6 / 313
第一章 非公式お茶会
5 赤ちゃんが産まれた日(回想)①
しおりを挟む
Side:アレリオン6歳 冬
アレリオンの目の前には、おっきなお腹を抱えて微笑んでいる母上がいた。
窓から差し込む陽の光で、うっすらと青味のかかった綺麗な銀髪がキラキラと輝いている。
髪の毛の色だけで言えば弟のアルフォードも同じ色だが、母の髪の毛はアレリオンと同じで全く癖のないストレートだ。
アレリオンの目には、川の水面がキラキラと輝いているように見える。
自分と同じ吊り上がった眦は、ともすればとてもきつい目つきに見えがちだが、優しい微笑みと空色の少し深みのある水色が印象を柔らかくしていた。
綺麗な色白を通り越して青白く見える肌。腰までの髪は三つ編みにされていて、一日のほとんどを寝台上で過ごしている。
母上は元々身体が弱かったらしいが、父上は宮廷医務官長なんていう、お医者様の中でも偉い立場だ。
「父上なら母上を治せるんでしょう!?」と噛みついたこともある。
しかし、魔法でも医術でもどうにもならないらしい。というよりも、どうにかなるところまで頑張ったから今、母上は生きているそうだ。
産まれた時から、成人まで生きることができるかどうかと言われていたらしい。
アレリオンを産む時も、隣で一緒に母上のお腹を眺めている弟のアルフォードを産む時も。
どちらも母上は命の危機に晒されていたらしい。
それでも自分達を産んでくれ愛情をくれた母上を、尊敬し愛していた。
きっとそれはアルフォードも一緒だろう。
そして今、母上の大きなお腹には弟か妹になる赤ちゃんが入っている。
今回も当たり前のように母上は命の危機に晒されるらしい。
命がけで子供を産まなくても、と思わなくもない。
少なくとも貴族のお役目として跡継ぎを産んでいるのだ。身体が弱いことも加味すれば誰も文句は言わないだろう。
それでも母上は、この小さな命を自身の命と引き換えにしてでも産みたいというのだ。
そんな希望を父上は黙って受け入れている。
アレリオンには両親の気持ちがさっぱりわからなかった。
まだ見ぬ命より自分の命のほうが大事なんじゃないのだろうか?僕なら自分の命の方が大事だ。
それともこれは貴族特有の、本音を言葉の裏に隠した化かしあいが行われているんだろうか?
母上は「アンにもいつか解る日が来るわ。」なんて言って微笑んでいたけど、本当にそんな日が来るのだろうか。
赤ちゃんがやってくるのは楽しみだが、母がいなくなってしまうのかもしれないと思うと不安もいっぱいだった。
寒空の広がるある日の昼下がり、少し邸の中がバタバタし始めた。
赤ちゃんがやってくるのはもう少しだけ先だと聞いていたのに、母上の身に何かあったのだろうか?
隣で不安そうにおろおろするアルフォードの頭を撫でてやる。
少しでも弟が落ち着くように。少しでも自分の心も落ち着くように。
どれくらいそうしていただろうか。
最近子を産んだばかりで、産休を取っていたはずの侍女サーニャに呼ばれた。
今すぐ母上の部屋へ来てほしい、と。
アルフォードと二人、慌てて母上の部屋に駆け込んだ。
寝台の上には大きなお腹を抱えて、苦しそうに浅く息を吐く母上の姿。
血の気の引いた土気色の肌。
じわじわと流れる汗と、肌にへばりついた綺麗な銀髪。
一目で分かった——きっとこの後もう二度と、母上と言葉を交わすことなどできなくなるのだろうと。
まだ4歳のアルフォードだってそう感じたに違いない。
ぼろぼろ泣きながら母上に縋り付いている。
自分も——そうできたらどんなに良かっただろうか。
涙は溢れ出してくるが僕はお兄ちゃんなんだ。と必死に言い聞かせる。
だが、きっと母上にはそんなやせ我慢はお見通しだったのだろう。
「二人とも、おいで。」
僕達をか細い声で呼び、二人まとめて抱きしめてくれた。
涙で視界が歪むが、苦しそうな母上の姿をこれ以上目に焼き付けることにならなくて良かったのかもしれない。
「いい……二人ともよく聞いて……。」
荒い息の合間を縫って母上の優しい声が響いた。
「お母さんはね、今……アシェルを産む、こと。後悔してないわ……。」
アシェルは今から産まれる赤ちゃんの名前だ。
男の子でも女の子でも良いようにって家族みんなで考えた名前。
「……お母さん、ずっと。身体が弱かったから……私の子供が、こんなに元気に……。私が、生きた証だわ……。」
苦しそうに眉根を寄せながら、それでもどうにか微笑もうとしている母上。
「……あなた、達も……。アベルも……。愛してるわ……。……そして……アシェ、ルも……。」
続きを言いかけた唇はそのまま力を失ってしまった。
必死に縋り付いて母を呼びながら泣き喚く僕達は、待機していた侍従達によって母上から引き剥がされ、廊下に連れ出された。
医師や侍女たちが慌ただしく母上の部屋へ出入りを始めた。
何か叫ぶように色々な言葉が飛び交っていた気がするが、そのどれも意味のある音として聞くことはできなかった。
気付けば廊下で、父上が泣きながら僕達を抱き締めていた。
きっとあの優しい母上は、新しい命に愛情を注げと言いたかったのだと思う。
母上の命を奪った者ではなく、僕達と同じ母上の生きた証を繋ぐ者として。
男三人でぐずぐず泣きあっていると、赤子の鳴き声が響いた。
——母上は助からなかった。
アシェルが産まれてすぐは、正直なところ母上の死が悲しすぎて赤ん坊の顔を見に行く気も起きなかった。
だから僕もアルフォードも、産まれてすぐに父上しか呼ばれなかったことに何の違和感も抱いていなかったのだ。
産まれたアシェルに会うことがないまま、母上の葬儀は行われた。
アレリオンの目の前には、おっきなお腹を抱えて微笑んでいる母上がいた。
窓から差し込む陽の光で、うっすらと青味のかかった綺麗な銀髪がキラキラと輝いている。
髪の毛の色だけで言えば弟のアルフォードも同じ色だが、母の髪の毛はアレリオンと同じで全く癖のないストレートだ。
アレリオンの目には、川の水面がキラキラと輝いているように見える。
自分と同じ吊り上がった眦は、ともすればとてもきつい目つきに見えがちだが、優しい微笑みと空色の少し深みのある水色が印象を柔らかくしていた。
綺麗な色白を通り越して青白く見える肌。腰までの髪は三つ編みにされていて、一日のほとんどを寝台上で過ごしている。
母上は元々身体が弱かったらしいが、父上は宮廷医務官長なんていう、お医者様の中でも偉い立場だ。
「父上なら母上を治せるんでしょう!?」と噛みついたこともある。
しかし、魔法でも医術でもどうにもならないらしい。というよりも、どうにかなるところまで頑張ったから今、母上は生きているそうだ。
産まれた時から、成人まで生きることができるかどうかと言われていたらしい。
アレリオンを産む時も、隣で一緒に母上のお腹を眺めている弟のアルフォードを産む時も。
どちらも母上は命の危機に晒されていたらしい。
それでも自分達を産んでくれ愛情をくれた母上を、尊敬し愛していた。
きっとそれはアルフォードも一緒だろう。
そして今、母上の大きなお腹には弟か妹になる赤ちゃんが入っている。
今回も当たり前のように母上は命の危機に晒されるらしい。
命がけで子供を産まなくても、と思わなくもない。
少なくとも貴族のお役目として跡継ぎを産んでいるのだ。身体が弱いことも加味すれば誰も文句は言わないだろう。
それでも母上は、この小さな命を自身の命と引き換えにしてでも産みたいというのだ。
そんな希望を父上は黙って受け入れている。
アレリオンには両親の気持ちがさっぱりわからなかった。
まだ見ぬ命より自分の命のほうが大事なんじゃないのだろうか?僕なら自分の命の方が大事だ。
それともこれは貴族特有の、本音を言葉の裏に隠した化かしあいが行われているんだろうか?
母上は「アンにもいつか解る日が来るわ。」なんて言って微笑んでいたけど、本当にそんな日が来るのだろうか。
赤ちゃんがやってくるのは楽しみだが、母がいなくなってしまうのかもしれないと思うと不安もいっぱいだった。
寒空の広がるある日の昼下がり、少し邸の中がバタバタし始めた。
赤ちゃんがやってくるのはもう少しだけ先だと聞いていたのに、母上の身に何かあったのだろうか?
隣で不安そうにおろおろするアルフォードの頭を撫でてやる。
少しでも弟が落ち着くように。少しでも自分の心も落ち着くように。
どれくらいそうしていただろうか。
最近子を産んだばかりで、産休を取っていたはずの侍女サーニャに呼ばれた。
今すぐ母上の部屋へ来てほしい、と。
アルフォードと二人、慌てて母上の部屋に駆け込んだ。
寝台の上には大きなお腹を抱えて、苦しそうに浅く息を吐く母上の姿。
血の気の引いた土気色の肌。
じわじわと流れる汗と、肌にへばりついた綺麗な銀髪。
一目で分かった——きっとこの後もう二度と、母上と言葉を交わすことなどできなくなるのだろうと。
まだ4歳のアルフォードだってそう感じたに違いない。
ぼろぼろ泣きながら母上に縋り付いている。
自分も——そうできたらどんなに良かっただろうか。
涙は溢れ出してくるが僕はお兄ちゃんなんだ。と必死に言い聞かせる。
だが、きっと母上にはそんなやせ我慢はお見通しだったのだろう。
「二人とも、おいで。」
僕達をか細い声で呼び、二人まとめて抱きしめてくれた。
涙で視界が歪むが、苦しそうな母上の姿をこれ以上目に焼き付けることにならなくて良かったのかもしれない。
「いい……二人ともよく聞いて……。」
荒い息の合間を縫って母上の優しい声が響いた。
「お母さんはね、今……アシェルを産む、こと。後悔してないわ……。」
アシェルは今から産まれる赤ちゃんの名前だ。
男の子でも女の子でも良いようにって家族みんなで考えた名前。
「……お母さん、ずっと。身体が弱かったから……私の子供が、こんなに元気に……。私が、生きた証だわ……。」
苦しそうに眉根を寄せながら、それでもどうにか微笑もうとしている母上。
「……あなた、達も……。アベルも……。愛してるわ……。……そして……アシェ、ルも……。」
続きを言いかけた唇はそのまま力を失ってしまった。
必死に縋り付いて母を呼びながら泣き喚く僕達は、待機していた侍従達によって母上から引き剥がされ、廊下に連れ出された。
医師や侍女たちが慌ただしく母上の部屋へ出入りを始めた。
何か叫ぶように色々な言葉が飛び交っていた気がするが、そのどれも意味のある音として聞くことはできなかった。
気付けば廊下で、父上が泣きながら僕達を抱き締めていた。
きっとあの優しい母上は、新しい命に愛情を注げと言いたかったのだと思う。
母上の命を奪った者ではなく、僕達と同じ母上の生きた証を繋ぐ者として。
男三人でぐずぐず泣きあっていると、赤子の鳴き声が響いた。
——母上は助からなかった。
アシェルが産まれてすぐは、正直なところ母上の死が悲しすぎて赤ん坊の顔を見に行く気も起きなかった。
だから僕もアルフォードも、産まれてすぐに父上しか呼ばれなかったことに何の違和感も抱いていなかったのだ。
産まれたアシェルに会うことがないまま、母上の葬儀は行われた。
8
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。
また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
大金で買われた少女、狂愛の王子の檻で宝石になる ―無自覚な天才調合師は第二王子の婚約者(虫除け)を演じることになりました―
甘塩ます☆
恋愛
「君を金貨三十枚で買ったのは、安すぎたかな」
酒浸りの父と病弱な母に売られた少女・ユナを救ったのは、国中から「放蕩王子」と蔑まれる第二王子・エルフレードだった。
「虫除けの婚約者になってほしい」というエルの言葉を受け、彼の別邸で暮らすことになったユナ。しかし、彼女には無自覚の天才調合師だった。
ユナがその才能を現すたび、エルの瞳は暗く濁り、独占欲を剥き出しにしていく。
「誰にも見せないで。君の価値に、世界が気づいてしまうから」
これは、あまりに純粋な天才少女と、彼女を救うふりをして世界から隠し、自分の檻に閉じ込めようとする「猛禽」な王子の物語。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる