氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第一章 非公式お茶会

6 赤ちゃんが産まれた日(回想)②

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Side:アレリオン6歳 冬



母の死から一月が経過した。

あの時産まれた赤ん坊のことなんて思い出すことなく悲しみに暮れて過ごしていたある日、父上が食卓で赤ん坊のことを口にした。

「アン、アル。……お前たちはアシェルに会いたいと思うかい?」

いつになく真剣な表情で問いかけられ、思わずアルフォードと顔を見合わせた。

そういえば、赤ん坊というのは昼夜を問わず泣く生き物ではなかっただろうか?

この一か月間。

最初の産声を聴いた以降、その泣き声を一度も聞いていないことに気が付いたのだ。

母上の最期の言葉を思い出し、今まで何をやっていたんだろう、と思う反面。
赤ん坊が母上の命を奪ったのだと思ってしまう。

果たして僕は、アシェルに愛情を注いであげることはできるのだろうか?

「「……。」」

アルフォードはどんなことを考えているのだろうか。

父上からどうしたい、と言われても答えは出せなかった。

「では質問を変えよう。——アシェルの顔を見るのも嫌かい?」

思わず伏せていた顔を上げて父を見た。

怒っているわけではない。でもどこか諦めたような表情をしている気がする。

何と答えるのが正解なんだろうか?

ぐるぐると思考が渦巻く中、隣に座っていたアルフォードが声をあげた。

「俺はっ、アシェルに会いたい!会いたいけど……アシェルのせいで母様は……。」

ぐずっと鼻をすする声が聞こえる。

「アルは会いたいと思ってくれるんだね。……アンはどうだい?」

否定も肯定もなくただ意見を受け入れる父上に、アレリオンも勇気を出して感情を伝えてみる。

もしかしたら公爵家の息子として相応しくないと思われるかもしれないけれど。

「僕は……今の今までアシェルのことなんて、忘れてました。……いや、考えたくなかったんだと、思います。母上に会えなくなって悲しいけど、でも母上はアシェルを産むことを望んでいて……。たまたまアシェルを産んだ時に、その。命の灯が消えただけで。いつでもその危険はあったんだと、そう、思ってます。」

そこまで言い切って、ちらりと父上の顔を盗み見る。

表情に変化がないのか、自分が読み取れないだけなのか分からなかった。

「……母上の最期の言葉もあります。産まれてくるのも楽しみでした。会いたいと……思うけれど。でも、アシェルの顔を見て、愛情ではなく。その、に、憎しみが湧いてしまったら……その時、僕は。僕は、どうしたらいいんでしょうか……。」

徐々に尻すぼみになっていく言葉。

そう、楽しみだったのだ。
家庭教師にお願いして、妊娠や出産、赤子のことについても一通り教えてもらっていた。

アルフォードを可愛がるように一杯愛情を注いで、ずっと守っていくんだと思っていた。

でも母上の死で、その原因になった赤ん坊を以前と同じ気持ちで受け入れることができなくなっていた。

アシェルのせいではない。解っていても、感情の整理がついていないのだ。

そんなハッキリしない自分の考えを伝えきって、今度はしっかりと父上の顔を見た。

そこにはいつもの優しい笑みを浮かべた父上がいた。

「こういったものはね、頭で理解したから受け入れられるっていうものじゃないんだよ。時間が解決するものもあるしね。——赤ん坊の成長はあっという間だ、まずは今この時の成長を見られなかったことを後悔する前に、一緒にアシェルに会いに行こうか?会ってみて、それでも駄目だと思ったら時間が解決するのを待てばいい。……でもきっと、お前達はアシェルを気にいると思うよ。」

お前達は優しい子だからね、といって父上は両手を差し出し微笑んだ。

僕は弟と顔を見合わせて————その手をとった。





————すぐにアシェルに会いに行くと思ったのに。まずはお風呂に入れられて、綺麗でシンプルな洋服に着替えて、マスクをつけられた。

(赤ん坊に会うのって、こんなに厳重なの?)

もし病院にお見舞いに行くのだとしても、大袈裟なくらいの準備ではないだろうか?
そう思いつつも、医師をしている父上が言うことなのだ。必要なのだろう。

完全防備でアルフォードと共に父に手を引かれ、屋敷の一階の端の更に奥。
短い回廊で繋がった離れの扉を叩いた。

この離れは執務室や領地運営に必要な資料が置いてあるため、普段アレリオンやアルフォードは立ち入り禁止になっているエリアだ。

離れの扉からは白衣を着たおじさんがでてきて、父上となにやら話しながら案内してくれ、一階にある一室の前で止まった。

その扉をコンコンと叩くと、中からはメイド服を着たサーニャが出てきた。

「こんばんは、旦那様。そしてお坊ちゃまがた。」

夜も遅くに尋ねたというのに、サーニャはすっと礼をとったあと、部屋の中に招き入れてくれた。

ベビーベッドは二つあった。
部屋の入り口から程なくのところに置いてあるベッドに寝ているのはサーニャの子供だろうか。

サーニャと同じ、マルベリー色の髪の毛の赤ん坊が眠っていた。
ぷくぷくむちむちでとても可愛い赤ちゃんだ。

物音に反応してキャッキャと笑い声をあげている。

さっきまでの悩みはどこへやら。
赤ん坊がこんなに可愛いなんて、とアシェルのことが気になった。

もう一つのベッドは広い室内の中央にぽつんと置かれ、天蓋に囲まれている。

「アシェルお嬢様は私が抱き上げますので、少々お待ちくださいね。」

サーニャの言葉で、今の今までアシェルが自分の弟か妹かすら知らなかったことに気が付いた。
アシェルは僕らの妹だった。

サーニャはニコッと笑うと天蓋の中から小柄な赤ん坊を抱きあげた。

(綺麗……母上の髪の毛みたいだ。)

窓から差し込む月明かりで、母上そっくりな青味を帯びた銀髪がキラキラしている。
透き通るような白肌も髪も、母上やアルフォードと同じ色だ。

そして——。

「あの、父上。……お尋ねしたいことがあるのですが。」

「なんだい?」

「その……赤子の成長はそれぞれであることは学んだので分かるのです。ですがそれでも……。」

先ほど部屋の入り口で見たサーニャの子は、赤ん坊らしくむちむちしていた。
生後一ヶ月と少しのはずだが、思っていたよりも大きかった。

でも今、目の前でサーニャに抱かれている赤ん坊は、あまりにも小さく肉付きも悪いのではないのだろうか?

柔らかそうなふくよかさはあるものの、赤ん坊らしいむちむち感はない。

ちらちらとアシェルとサーニャの子を見比べていたからだろうか。それとも最初から問われることが分かっていたのだろうか。

質問は最後まで言えてないのに、父上はゆっくりと話し出した。

「アン、アル。よく聞きなさい。……アシェルと丸一ヶ月会えなかったのも、今こうやって清潔にしてマスクまでつけて会いに来たのも。全部意味があるんだよ。」

父上の言葉にアルフォードと顔を見合わせて首を傾げる。

「そうだね。お前たちにはまだ難しいだろうけど……。赤ん坊——アシェルが産まれるはずの日よりも早く産まれたのは分かるかい?」

こくんと頷く。

「本当はまだお腹の中で大きくならないといけない時期なのに、シェリー……お母さんの身体のほうに限界が来てしまったんだ。だからアシェルは身体が大きく育ちきる前に、この世に生まれたんだよ。」

なるほど。それで同じ頃合いでサーニャが産んだ子よりも、アシェルが一回り小さいのかと納得した。

その納得を他所に、父上はさらに言葉を続ける。

「アシェルは身体が小さく産まれてしまっただけでなく、本来なら子供を産んだばかりのお母さんからもらう、栄養たっぷりのお乳も飲むことができなかったんだ。子供を産んだばかりのお母さんから最初の数日だけ出る成分に、赤ちゃんが自分で免役をつけるまでに必要な、免疫力を与える栄養が入っているんだよ。……この辺りは難しいから、気になるならいずれ自分たちでしっかりと学びなさい。——赤ん坊とはそもそも体調を崩しやすい。その上、身体が育ちきる前に産まれたのに、バイ菌への抵抗力をあげるための、栄養たっぷりのお乳も飲むことができなかった。……どういうことかわかるかい?」

一つ一つ言い含めるように並べられる言葉に背筋が凍る。

(それはつまり——もしかしたら僕らが顔を見る前に、アシェルは死んじゃってたかもしれないってこと……?)

アルフォードも同じことに思い至ったのだろう、表情を硬くした。

バイ菌への抵抗力が弱いのだ。
それはこの部屋に僕たちを連れてくるだけでも、これだけ厳重になってしまうのだろうと納得してしまった。

僕たちが答えにたどり着いたことを察したのか、それまでの真面目な顔を崩した父上が笑顔で言う。

「ちょっと脅しすぎてしまったね。アシェルの当面の危機は去ったからもう大丈夫だよ。これでも身体は、産まれた時よりうんと大きくなったしね。幸いサーニャがイザベルにあげるお乳を分けてくれているから、全くお乳を貰えない赤ん坊より丈夫だ。心配しなくても大丈夫だよ、そうじゃなければお前たちをここまで連れてきていないからね。」

(良かった。父上が大丈夫っていうなら大丈夫だ。)

サーニャの子はイザベルというのだろう。
名前からして女の子だろうか。

赤ん坊が寝てる部屋でしっかりと声を出すのは躊躇われ、サーニャに感謝をこめてお辞儀する。
隣で慌てたようにアルフォードも頭を下げた。

サーニャはニコッと笑って礼を受け取って、アシェルを見やすいようしゃがんでくれる。

初めてみた妹は————可愛かった。

少しふくよかさに欠けるものの、それでもほっぺはぷにぷにで柔らかそうだ。
天使のようなあどけない寝顔で、今は閉じている瞳は母上似の吊り目なのか、父上似の垂れ目なのか。
瞳の色は間違いなく自分達と同じ、アメジスト色だろう。


まじまじとその寝顔を眺めていると、ゆっくり瞼が開きこちらを見た——ような気がする。
月の光が透けるようなアメジストの瞳は、母上似の跳ねた眦。

髪や肌の色、髪質や顔つき。どれを見ても瞳の色以外、母上の生き写しだ。

部屋に来るまで悩んでいたものはなんだったのだろうか。
こんなに小さくて可愛い妹を憎むなんて無理な話だ。
暖かい気持ちが胸から溢れてくる。

そしてこんなに小さなアシェルは、僕たちが当たり前のように貰っていた、母上からの愛情を受け取ることはできないのだ。

(僕はアルと……そしてアシェルのお兄ちゃんだ。母上の分までたっぷり愛情を注いで、守ってみせる……!)

心の中で決意を新たにするアレリオンと、アシェルに触れてみたくてうずうずしているアルフォード。

「アシェルお嬢様の手でしたら、触れあっていただいてもよろしいですよ。人差し指を出してくださいませ。」

サーニャの言葉にアルフォードがパァっと顔を輝かせ、いそいそと赤ん坊の手に人差し指を近づけた。

そのちっちゃな掌に指が触れた瞬間——ぎゅっと弟の人差し指が握りこまれた。

アルフォードの顔が驚き、喜びに変化する。

それが羨ましくて、自分の人差し指を反対の掌にそっと押し付けた——ら、そのちっちゃな指でぎゅっと人差し指が握りこまれた。

もっと弱々しいのかと思ったが、思ったよりも力があるようだ。

アシェルは今までほったらかしだった僕達を、受け入れてくれたのだろうか?
その小さな温もりが嬉しかった。

そのあとは父とサーニャに、どうすればアシェルに会いに来れるか。
何に気を付けなければいけないのか。
なんとしてもアシェルと面会できるようにしてもらおうと、根掘り葉掘り聞きだした。

残念ながらイザベルが泣き出してお世話の時間になったので退室したが、塞ぎこんでいたこの一か月の中で、とても満ち足りた一日となった。



————少し大きくなってから知ることになる。
あの時アシェルが指を握ってくれたのは、赤ん坊の時だけにある反射だということを。
また、赤ん坊が産まれたから母親が死んだのではない。母親が死んだから腹を裂いて赤ん坊を取り上げたのだと。
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