氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第一章 非公式お茶会

10 新しい家族②

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Side:アベル29歳 冬



アシェル達が庭へ出た後。
サロンの円卓にはアベルと、後妻になる予定のメアリー、そして長男のアレリオンだけが座っていた。

「さて、父上。丁度アシェがエンディット嬢を連れ出してくれましたし、先程の話の続きにしましょう。」

アシェルの行動でほんわかしていた空気がヒヤッとしたものに変わる。
笑顔を浮かべたままの息子からは、その顔に見合わない冷ややかな声色。

「それはアルにも聞かれたくない内容か。」

先程オマケのようにアルフォードをお守りにつけたことを思い、そう口にする。

「さぁどうでしょうか。少なくとも弟達に聞かせたい内容ではないですが、先程の私の返答で、アルも少しは予想していると思いますよ。」

二人ともメアリーとの再婚は否定しなかったはずだ。
アレリオンはアベル達と話がしたいと。アルフォードはアシェル達のことを気にかけていたなと考える。

しかし、今このような態度のアレリオンとメアリーを対話させるのは——いや、をするつもりが本当にあるのだろうか?

「メアリー夫人も席を外させるか?」

駄目元で聞くも、すぐに返事が返ってくる。

「まさか。先程“父上とエンディット夫人からのお話をお聞きしたい”と申しましたよね?父上と夫人が再婚されることに関して、とやかく言うつもりはありませんのでご安心ください。」

殊更にっこりと笑って見せるアレリオンの笑顔に、大人しく状況を見守っていたメアリーがびくりと肩を震わせた。
アベルはアレリオンの様子を見て、今は亡き妻シェリーの静かに怒っていた様子を思い出した。

(前にこれに近い状態で乗り込んできたのは、ほんの2年前か。)

普段は温厚なアレリオンがシェリーのように怒るということは、何かしら重大なことがあったに違いないと、思わず渋面を作る。

以前はアシェルにつけていた侍女達と、その侍女を手配した侍女長、そこから芋づる式で邸の使用人全体の見直しまで行ったのだ。
妻の死に悲しみ、その穴埋めをしようとがむしゃらに働いている間に、邸内の権力者にいいようにされてしまうところだった。

いつもは当主を立て、周囲に配慮し、家族を優しく見守るシェリーが怒ると、口では一切敵わなかったことを思い出す。

「まぁ、厳密には父上には用がありませんので、黙っていてください。」

「なっ。」

あまりの物言いに思わず声を荒げようとしたアベルへ、冷ややかなアレリオンの視線が飛んできた。

「黙っていてください。私が話を聞きたいのは父上ではなく、エンディット夫人ですので。」

「……分かった。」

「ありがとうございます、父上。」

何に怒っているのかが解らない以上、下手なことを口にするのは火に油を注ぐ事態になってしまいそうで、言われた通りにするしかない。
そんな息子にやり込められているアベルをみて、メアリーはおろおろと視線を彷徨わせていた。

堂々とした態度と言葉のアレリオンを見ていると、大人と子供が逆転してしまったような錯覚さえ覚えた。

「エンディット夫人、いくつか質問させてください。子供相手だと思って誤魔化したりしないでくださいね?」

「は、はい。」

もうアレリオンの顔に笑顔が浮かぶことは無かった。
冷めた目でメアリーを見据え、淡々と言葉を紡ぎだしていく。

「父上と会ったのは本当に仕事で?」

「えぇ……夫——エンディット伯爵の葬儀の後に、主治医だったアベル様の弟君より、ご紹介を頂いてお会いしました。その時が初対面でございます。」

本当は弟が仔細を報告してくれれば十分なことも多かったのだが、王都に戻ってきたくない弟はメアリーを紹介してきたのだ。
その方が夫を亡くしたばかりのメアリーにも情報提供の報酬という形で自由になるお金ができる。その上、主治医と言えどつきっきりではなく、やはり普段の様子は家族の方が詳しい。
カルテだけは弟から貰い、その穴埋めをメアリーから話を聞くことが仕事内容だった。

「叔父さんが……そういえばフレイム地方で仕事をしていたっけ。で、どうして王都へ?」

「先程アベル様より説明していただいた通り、住む場所が無くなった私達母娘を招いていただきました。娘もまだ小さく、男ではないから跡継ぎとは認めないと。隣の領地を治める子爵家出身ですが、そちらも出戻りは拒否され、どうにか市井で生きていかねばと思っていた頃合いでございます。」

「ふぅん、つまり父上の申し出は渡りに船だったわけだね。」

「はい、夫の病気の経過について情報提供をする代わりに、王都での生活の面倒を見て頂きました。」

「で、仕事で知り合った父上とエンディット夫人が、どうして結婚を意識するように?父上は確かに男やもめだけど、仕事相手にどうこうするような人間だとは思わないんだけど。」

「それはっ「父上は黙ってて。エンディット夫人に聞いてるの。」」

「……確かにアベル様は純粋にお仕事でいらしていました。……わたくしが勝手にお慕いし、その気持ちをアベル様に押し付けたのです。ですので、アベル様に非はございません。」

押し付けたとは言うが、今は国王をしている幼馴染や亡きシェリーのことを思うとかなり控えめなアタックだったと言える。
メアリーからの好意を感じ。さらにはメアリーを好ましいと感じたからこそ、この先の人生を共に歩みたいと願ったのだ。

「そっか。で、ただの父上のことが好きなの?宮廷医務官長としての父上が好きなの?それとも公爵として?」

「え……。」

不意に笑顔になったアレリオンの言葉に、メアリーは戸惑いの表情を浮かべて固まった。

「どれも……アベル様だと思うのですが。」

「そっか……。」

少し悩み答えを出したメアリーに、アレリオンは悩むように口元に手をやる。

(メアリーは打算などないと、私が言ったところで納得しないだろうな。)

アレリオンはメアリーが公爵夫人として納まりたいが為に、アベルを騙していると思ったのだろうか。

しかしアベルはメアリーからハッキリと思いを告げられ、再婚を意識するようになるまでは、ただの医師として接してきた。
伴侶として望んだからこそ、仕事で宮廷医務官長を務めていることを告げ、メイディー公爵家当主であることも話したのだ。

正直に話したら、せっかく再婚を意識した相手に逃げられそうになったくらいなのに、肩書やお金目当てではないだろう。

「質問を変えますね。もし即時私が公爵位を継ぎ、父上には隠居生活をしていただくことになったら……それでも貴女は父上と結婚しようと思いますか?その場合、公爵家の財産は自由に使えないものだと思ってくださいね。」

「まさかっ!アベル様と一緒に居られるのであれば、それだけでいいのです!……アベル様が公爵様だとお聞きした時、あまりにも身分が違うのは承知していましたから身を引くつもりでした。それでもとお傍に望んでいただけて……それだけで良かったのです。」

少し頬を染めたメアリーと目が合った。
何故こんなにもアベルのことを慕ってくれるのかはわからないが、アベル自身一緒に居たいと願ったのだ。

だからこそ、メアリーが再婚できるようになったこのタイミングで邸に招いたのだ。
子供達に反対されるだろうと思いながらも。
それすらもやはり逃げられそうになって、押し問答をしていたら帰宅が遅くなったというのが昨夜の顛末だ。

「……そこまで父上を……。」

アレリオンは難しい顔をして黙り込んでしまった。
財産目当てという誤解は解いておかねばならないと口を開く。

「一ついいか?」

「なんですか。」

「メアリー夫人は、再婚の話が出るまで私のことはほとんど何も知らなかったよ。名前もアベルとしか名乗っていなかったしね。妻を亡くしたことや、子供達がいることは話していたけれど。ただの医師ではなく宮廷医務官であることも、そこで役職を頂いているのも、メイディー公爵家当主であることも。メアリー夫人と一緒になりたいと思ったから伝えたのだ。喜んでくれると思っていたら雲隠れされそうになってしまって、また逃げられる前にと慌てて連れて帰ってきたんだけれどね。」

苦笑して見せると、アレリオンがぽかんとした表情を浮かべた。
そんな珍しい表情が見れるくらい、衝撃的な話だったらしい。

「公爵と伝えたら、逃げられそうになったんですか?」

「そう。だから、私を隠居させてくれるならさっさと隠居するよ。」

軽口を叩くように言うと、アレリオンの頭が横に振られる。

「あれは例え話です。私は成人までまだまだ先ですし、すぐに家督を継ぐつもりはないので頑張って下さい。家族が増えるのですから、それこそ馬車馬のように働いてください。」

「ははは、身体を壊さない程度に頑張らせてもらうよ。」

先程までの張り詰めていた空気が消えた。

(昔から頭の回る子だとは思っていたが、ここまで成長しているとは。次期当主と考えれば嬉しいのかもしれないが、親心としては複雑だな。)

才能もあるだろうが、シェリーが亡くなってから今まで邸でのことを色々やってくれていたのだ。
否応がなしに大人にならざるを得なかった部分もあるのだろう。

「あとはアルの言っていたことの確認をさせてもらいますね。」

ニコッと笑ったアレリオンはメアリーに向き直る。

「先程お返事しましたが、私達兄妹は、エンディット夫人もエンディット嬢も歓迎するつもりでいます。ですがいきなり母親だと言われても、実際の母を相手にするような態度にはならないと思います。アシェはどうかわかりませんが、無条件で新しい母として受け入れるには、私もアルも歳をとりすぎていますので。」

「えぇ、それは仕方ないことだと思うわ。」

「我が家に入られる以上、良好な関係を築きたいと思っています。……それはエンディット夫人から、私達兄妹に対しても同じように思っていただけるでしょうか?」

「……どういうことかしら?」

「いきなり子供が増えるのです。受け入れ難いこともあるでしょう。それでも歩み寄りたいと思っていただけるのなら、私達は良い家族になれると思います。ですがになるのであれば、私達とは少し距離をとっていただきたい。だからと言って、エンディット嬢をないがしろにするようなことはしませんので。」

とはなんだろうか?話が見えずに首を傾げるが、メアリーは思い当たる節があったようだ。
動揺で視線がおろおろと揺れている。

「あ……あれは、その。……末のお嬢様が、前奥様にそっくりだとお伺いしておりましたので……。メルと歳も近いし、どんな子か気になっておりまして……。失礼をしてしまっていたのであれば申し訳ありません。」

メアリーが深々と頭を下げた。

「……そうでしたか。では、お互い良好な関係を築いていく努力をする、ということで構いませんか?」

「はい。よろしくお願いします。」

「こちらこそ。……すみませんでした、父上。本当に詐欺じゃないなら、再婚自体に反対するつもりはありませんので安心して下さい。メアリーさんを大事にしてあげてくださいね。」

「あぁ、もちろんだよ。」

結局が何なのかはわからなかったが、いつものアレリオンに戻ったと感じほっとしたところで、庭の方から元気な喋り声が聞こえてきた。
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