52 / 313
第二章 王立学院中等部一年生
51 ”授け子”の伝えた創作物③
しおりを挟む
Side:アシェル12歳 夏
オートロック付きの扉を潜り、自室へ帰れば静かで広すぎる応接間が出迎えてくれる。
土日はイザベルに来ないように言ってるのでアシェル一人だ。
平日の授業がない時間にイザベルが掃除をしてくれているようなのだが、休日は一応アシェルが全部屋に清浄化をかけて回っていた。
今日も一通り『クリーン』をかけ終わり、仕事終わりの一杯代わりにマナポーションを飲んでから夜ご飯を作る。
といっても一人分を作るのは面倒なので、肉入り野菜炒めと目玉焼きをパンに挟んで食べるだけのお手軽料理だ。
ぺろりと食べ終え片付けを済ませてから、向かいの部屋の双子を訪ねた。
侍女が応対してくれたので、リリアーデの都合がいい時間に部屋に来てもらうように伝言を頼む。
今から食事の時間だというので、1時間後に伺いますと言われた。
部屋に戻り、アシェルはお風呂に入ることにする。
脱いだ服を洗濯籠に入れ、シャツの下に着けている窮屈な革の胸潰しも外してしまう。
外出の時は革製のしっかり補整が出来る物を使っていて、室内で急遽必要になった時の為に、ゴム製のホックで留めて簡単な補整ができる物も用意している。
それはすぐ着替えられるように、男性用の寝間着と大き目のガウンと共に応接間に近いお風呂場に置いてある。
シャワーでお風呂を済ませ、ドライヤーの魔道具を使うのも面倒で、乾いた髪の毛をイメージしながら『ドライ』で髪を乾かした。
髪の毛のついでに身体も乾かして、下着と女性物の寝間着を着てガウンを羽織る。
そして応接間で紅茶を飲んで待っていると、扉を叩く音がした。
「はーい、どちら様?」
「リリアーデよ。」
「一人?」
「デュークも一緒よ。居ないほうが良かったかしら?」
それなら問題ないと、鍵を開け二人を受け入れた。
「ううん、大丈夫だよ。いらっしゃい。呼び出してごめんね。」
「お邪魔します。あぁ、お風呂上りなのね、なるほど。」
「そうそう。あ、座って。カップ取ってくるから。」
二人分しか用意してなかったので、キッチンにもう一つカップを取りに行く。
実家では女性の恰好では女性の口調で話していたが、学院に入ってからは事情を知る二人相手の時は、どちらの恰好でもあまり気にせず普段通り話しかけている。
イザベルの前で寝間着なのにこんな喋り方をすると怒られてしまうが、今は注意をする人はいない。
戻ると二人はソファーに並んで座っていた。
「お待たせ。」
二人分新たに紅茶を注いで渡す。
「……僕は部屋に戻ろうか?」
「いや、別に構わないけど?リリィが心配でついてきたんでしょ?」
きょとんと返事するアシェルに、デュークは一人溜め息を吐いた。
デュークの苦悩が分かる味方はいないと分っていても、言わずにはいられない。
「まさか風呂上がりだとは思ってなかったんだ。」
「うん?」
「確かにね。でも別に帰らなくても良くない?」
「……そうだな。で、話はなんなんだ?」
全く意味の通じない二人の女性に、デュークは早々にさじを投げる。
自室でガウンを羽織っているとはいえ、女性が寝間着姿で男性を前にして平気なのが問題なのだが、アシェルとリリアーデは全く気にしていないようだった。
二人の感性が似通っていることも理解しているし、懇々と説明したところで前世の記憶のせいで理解を得られないことも、リリアーデ相手に嫌という程経験している。
「あぁ、ちょっとリリィに伝えたいことがあってね。えーと、【シーズンズ】、創作物、小説や——、あ、これはだめか。」
一つ一つ確かめるように呟くアシェルに、デュークが訝しげな顔をする。
リリアーデは全く気にすることなく、予想通り、単語の意味する内容に興味津々なようだ。
「恋愛小説。あ、これはいけるんだ。んーと。お兄様達や僕にアークの——。うん、難しいね。どう伝えたものか。」
うーんと腕を組んで悩むアシェルに、デュークがまさか、と口を挟む。
「アシェ……契約を魔法使ったな?」
何か心当たりがあったのだろうか。ぴたりと言い当てられる。
「うん、正解。良く分かったね。」
「明らかに不自然だからな。……誰と契約したんだ?」
「ティエリア・アーバンレイ侯爵令嬢だよ。あ、無理やりとかじゃなくて同意の上の契約だからね?」
ちょっぴり怒っているようなデュークの声に、慌ててフォローを入れる。
「契約の内容は?」
「【シーズンズ】の創作物に口出ししないことと、その創作物の内容を他言しないこと。これだけだから。契約書はサラなのを確認して僕が書いたから、これ以外のことは契約に入ってないよ。」
「それは契約魔法で縛るような内容なのか?」
「実物を見てきたけど、縛るような内容だね。」
「それをリリィに教えると?」
「やっぱり怒る?」
「当たり前だろ。」
デュークの過保護はココでも発揮されるらしい。
でも、是非この世界に漫画があるという感動をリリアーデと分かち合いたかった。
「絶対リリィは喜ぶ内容なんだけどなぁ。僕ですらちょっと感動したもん。」
「ねぇ、デューク?わたくしすっごく、すーっごく気になるのですけど??」
「気にするな。聞かなかったことにして。」
「無理よ!だって既に面白そうな単語しか聞いてないもの。これで待ったをかけるなんて、鬼畜の所業よ!」
「鬼畜でも何でもいいから。忘れれば問題ないだろう。」
「大有りよ!」
リリアーデは何としても話の続きを聞きたそうだが、デュークが許す気配がない。
そんなデュークを無視してアシェルは話しだす。
「えっと。一応、話そうとしている内容の実物を見ようと思ったら、僕と同じように契約魔法は必要になると思う。理由は【シーズンズ】が愛でる対象及びその関係者だから。で、創作物の内容を話してはいけないのはソレを知らない人達相手だから、ファンクラブ会員へは話せるはずだよ。多分だけどリリィは分かるんじゃないかな。」
「契約の内容はなんとなくわかったけど、情報が少ないわ。」
「ナマモノの推しを愛でるファンが描く創作物で、本人や関係者には見せられないもので、特に趣味の同士にしか話せない活動と言えば?」
「!!」
デュークが首を傾げる中、リリアーデがピンと来たという顔をした。
「え、え?本当に??わたくし雑食だからなんでもいけましてよ。」
「って前に言ってたし、活字じゃない本があると言ったら?」
にやりと口角を上げるアシェルに、リリアーデが興奮する。
「まさか!漫画があるの!?この世界で本って言えば小説だもの。あっても挿絵くらいでしょう?」
「うん。その単語は契約に含まれるっぽくて言えなかったけど、在る。しかもクオリティ高め。」
アシェルの断言に、リリアーデが「生きてて良かった!」と握りこぶしを作る。
「本当は【シーズンズ】がどんな感じか見てみたくて集会に行ったら、まさかの創作物発言されてね。僕達がテーマなんて気になるし、契約魔法の内容も大したことないしで、即日契約しちゃったよね。で、遅くなったけど今日見てきたんだ。」
「待て、何でもないことのように言ってるが、契約魔法は大したことだからな?アシェもリリィもそこはしっかり認識してくれ。」
二人の会話についていけてないデュークは、辛うじて分かる魔法のことについては苦言を呈した。
「そう?創作物の内容を知らない人に話せないのと、その活動停止や破棄を伝えられないだけだよ?まぁ、実害があるわけじゃないし、彼女たちは娯楽で楽しんでるだけだから止めるつもりもないんだけど。」
「内容が問題なんじゃなくて、契約魔法を履行したのが問題なんだ。」
「そっかぁ……リリィがしたら怒る?」
「駄目に決まってるだろ。」
「ちょ!?いいじゃないのよ。アシェもしてるし、別に大したことないじゃない!」
「話聞いてたか?」
「そりゃ騙されて契約書を書かされたら怒るべきだけど、同意の上だし。その契約内容は同人活動を守る為にも必要な事なのよ!」
「その活動が解らないから、力説されても説得力がない。」
「もうっ、デュークの分からず屋っ。デュークが駄目って言っても、わたくしはアシェにお願いして同人誌を見せて貰うわよ?契約魔法を履行しても、わざわざ話そうとしない限りバレない自信があるもの。そしてわざわざ話すような内容じゃないもの。」
リリアーデはやると言えば、デュークを撒いてでも実行しそうな気がする。
デュークもそう思ったのか、小さくクソっと悪態を吐き眉根を寄せた。
「わかった。その代わり交換条件だ。僕も一緒に契約してその創作物とやらを見せて貰う。中身を知っていれば契約者同士が話すことは問題ないんだろう?こうなれば毒を食らわば皿までだ。」
よっぽど契約魔法に良いイメージがないらしい。
「デューク……別に悪事じゃないよ?」
「リリィがこれだけ乗り気なんだ、嫌な予感しかしないんだよ。僕的に意味は合っているから問題ない。」
「で、で?それって明日にでも見れるものなのかしら?」
わくわくと眼を輝かせたリリアーデに、アシェルは答える。
「明日は日曜日だし、ティエリア先輩が許可を出せば行けると思うよ。一応招待していいかは聞いてから話したし。シルコットの侍女を一人借りれる?手紙を出すから、それを二号棟の415号室に届けてほしいんだけど。」
「えぇ、もちろんよ。セリアを貸すわ。わたくしの侍女だからその格好でも大丈夫よ、安心して頂戴。こっちに呼んでもいいかしら?」
「うん。その間に手紙書いちゃうから。」
分かったわ、とリリアーデが部屋から出ていく。
『ストレージ』から手ごろな便箋と封筒、封蝋セットを取り出した。
ティエリアに二人の幼馴染に作品を見せてほしいことと、契約魔法を行うこと、その羊皮紙はこちらで用意すること、もし明日都合があうのであれば訪問していい時間を手紙にしてほしいことを書き封を閉じた。
コンコンと扉が叩かれ、入ってきたのはリリアーデだけだった。
「アシェが寝間着って言ったら、セリアは廊下で待つからだって。手紙だけもらってもいいかしら?」
「うん、書き終えたよ。表に部屋番号も書いてあるから。」
タタッと小走りで寄ってきたリリアーデに手紙を渡し、それが廊下で待つセリアという侍女に渡され扉が閉まった。
リリアーデはまたデュークの隣に腰を降ろす。
「ふふ、返事が楽しみね。」
「うん。で、デューク。契約魔法の羊皮紙のさらのやつ。こっちで出すから確認だけしておいてくれる?当日また見てもらっていいから。」
契約魔法の術式が書かれた羊皮紙を『ストレージ』から取り出してデュークに手渡す。
デュークはじっくり手で羊皮紙をなぞりながら確認し、アシェルに返した。
「新品だな。別にアシェが騙されたとは思ってないから安心してくれ。僕よりアシェの方が魔力を使ったものには敏感なんだから、別に疑ってるわけじゃないんだ。」
「一応ね?契約って信用問題だからさ。」
「それが解っててなんで契約魔法を。」
「だからこそだよ。それで約束が確実に守れるんだもの。安いものでしょ。」
「ふっ、アシェは約束を守らないのは嫌いだもんな。」
「誰だって嫌でしょ?」
「あら、口先だけの奴なんていくらでもいるわよ。わたくし達は誰一人、アシェと約束したら破らないと思うけど。」
「破った後が怖いからな。」
双子は同じ光景を思い浮かべ、ブルっと身体を震わせた。
非公式お茶会で朝の差し入れ受け渡しの時間が設けられ、それが段々と徹底され始めた頃。
何度も警備をかいくぐって離宮に近づこうとする一人の令嬢がいたのだ。
魔法まで駆使して侵入してくる令嬢を捕まえ、ルールを説明し解放してあげたのが二回。
そして三回目に捕まえた時にアシェルが令嬢に、ルールを守らないと誤って攻撃してしまうかもしれないからルールを守ってねと約束させたらしい。
そこまでは王都組から聞いた話だ。
四回目は秋の皆が揃うお茶会の日だった。
例のごとく忍び込んできた令嬢に気づいたアシェルが、魔法で身体強化と速度向上を自身にかけ、恐らく探査魔法で見つけたのであろう姿も気配もない令嬢に拘束をかけた。
皆が気付いた時には、相手の魔法を解除したのであろうアシェルが、令嬢の背後から首元にダガーの刃を突き付けて立っていた。
その時にいつもの優しい声色で、見たことないほど冷たい目をしたアシェルが「悪い子だね、僕との約束を守れないなんて。お仕置きしてほしかったの?」と口元にだけ笑みを浮かべ囁くように言ったのだ。
令嬢は拘束で全身拘束されていて、口も塞がれていたので叫ぶこともできず、何が起きたのか分からないまま青い顔をしていた。
使った魔法は本人から聞いたが、全て無詠唱だったので本当に一瞬の出来事だった。
そのあとは事態に気づいた騎士が対応してくれてそれっきりだ。
その話は朝の令嬢達にも伝わったらしく不届き者はいなくなったし、アシェルはすぐにいつも通りに戻ったのだが、幼心にアシェルを怒らせてはいけないと感じたものだった。
それ以来アシェルとした約束は、何があっても破ってはいけないと幼馴染達は認識している。
二人がそんな昔のことを思い出しているなんて思わないアシェルはそうかな?なんて笑いながら「お茶が冷えちゃったね。新しいの淹れなおすね。」と魔道ポットに魔力を通し始める。
双子が絶対分かってないよねと顔を見合わせる中、コンコンと扉を叩く音がした。
「どちら様?」
「シルコット辺境伯爵家侍女のセリアと申します。先程のお返事を賜って参りました。」
「あ、貰うわ。」
リリアーデが立ち上がり扉を少し開け、手紙だけ受け取り戻ってきた。
受け取った手紙を『ストレージ』のペーパーナイフで開き、内容を三人で覗き込む。
そこには同士が増えるのを歓迎する文章と、契約魔法の羊皮紙をアシェルが用意することへの了承、そして明日の朝10時以降であればいつでもいいし、何時までいてくれても構わないという内容が、便箋いっぱいに書かれていた。
「……凄い熱量だな。」
「良いご令嬢なんだけどね。」
苦笑するアシェルとデューク。リリアーデは目を輝かせている。
「明日、朝10時に伺いましょう!?アシェも良いかしら?」
「うん。10時に廊下で待ち合わせようか。すぐそこだしね。」
「分かったわ。ふふふ、今日ちゃんと寝れるかしら?今から楽しみだわ。」
「ちゃんと寝てくれよ……。返事も来たし、そろそろ僕達は部屋に戻るな。」
「夜遅くにきてもらってごめんね、また明日。」
双子を見送って、アシェルは食器を片付け、少しだけ読書をしたあと寝台に入り目を閉じた。
昨夜の宣言通り、日曜日朝10時に部屋の前の廊下で待ち合わせをしたアシェルとリリアーデ、デュークは、女子寮の2号棟415号室のティエリアの部屋を訪ねた。
今日はリリアーデが一緒にいるので、呼び出しではなく直接の訪問だ。
「ようこそいらっしゃいました。まずはお掛けになって。」
出迎えてくれたティエリアに促され、それぞれ応接間のソファーに座る。
アシェルは『ストレージ』から契約魔法用の羊皮紙を取り出し、全員の手元に一周させ、羊皮紙に問題がないことを確認してもらう。
「今日も契約魔法は私が魔力を通してもいいですか?それと、彼女たちは連名で署名してもらいますが構いませんか?」
「あら、今日はわたくしも魔力は温存してますけど……そうね、お願いいたしますわ。」
「内容は私の時と同じで構いませんね?」
「えぇ。一応アシェル様との契約書も用意しているから、書き写していただいたらいいわ。」
「ありがとうございます。」
ティエリアの了承を得て、アシェルは羊皮紙にペンを滑らせた。
『契約者、ティエリア・アーバンレイとリリアーデ・シルコットとデューク・シルコットはここに誓う。
ファンクラブ【シーズンズ】の創作活動について、活動の停止・発行書物の破棄を進言・強行しないこと。
ファンクラブ【シーズンズ】の創作活動で発行された書物について、閲覧し知りえた内容をそれを知る者以外に他言しないこと。
以上を契約内容とし、三者同意の上、名を記載するものとする。』
そう書き終え、ティエリアから順に内容を確認し記名していく。
一巡して戻ってきた羊皮紙に「『契約』。」と唱えれば、アシェルの時同様、羊皮紙はキラキラと輝き術式がスッと溶けるように消えた。
「無事完了しました。」
「確認ですけれど、同じファンクラブ会員でも入ったばかりだと創作物を見たことがない者もいますわ。そういう人がいる場所では例えば——といっても、このように発言できませんの。では早速ご案内しますわ。」
ティエリアに促され、書庫ならぬ宝物庫に足を踏み入れる。
リリアーデはその立ち並ぶ冊子に感動の声を上げた。
「凄い、凄いわ!薄い本が……同人誌がこんなに沢山あるなんて!!」
「ふふふ。さすが“授け子”様ですわ。文化をご存知ですのね。」
「ティエリア先輩。一つ訂正すると、“授け子”全員が知っているわけではないと思うので注意してね。」
嬉しそうに笑うティエリアに、一応アシェルは補足を入れる。
同人活動がメジャーだと思われたら“授け子”に風評被害だと言われてしまいそうだ。
そんなことを気にせずティエリアは、それぞれの本棚を指し示しながら説明する。
「一番手前の本棚がアレリオン様、その向かいがアルフォード様、その奥の二つはアシェル様と殿下ですけれど、一応手前がアシェル様で一番奥が殿下の本棚になってますわ。それぞれの棚から出した本は、同じ棚に戻すか、もしくは奥にあるテーブルの上に置いておいて頂けましたらこちらで戻しますわ。では、ご自由にご覧下さいませ。」
その声に待ってましたとばかりにリリアーデが目の前の本棚に飛びついて、アシェルのようにそれぞれの棚から少しずつぱらぱらと中身を確認し、どのようなものがあるか確認していく。
「デュークはどうする?」
「創作物の内容を見ないと会話にならないんだろう?」
「だね。というわけで、デュークには僕がおススメのエリアを教えてあげるよ。誰のが見たい?」
「……それはさっきの四人から?」
「うん。そういうものだから。」
「……。それは……アシェのものでもいいのか?」
誰のを?と言われても決まらなかったのだろう。苦肉の策と言った感じで発された言葉に「勿論。」と笑ってアシェルの本棚の前に移動する。
そして一冊先に取り、漫画の中身を見せる。
「こういうのが漫画って呼ばれるやつで、小説とは違って文字だけじゃなくて、絵で描写されている読み物だよ。小説よりはさらっと読みやすいやつだね。」
「これが……リリィから聞いたことがあるから大体分かる。」
「そっか。じゃあ、デュークが読むならココからココまでと、ココならいいよ。他を見るのは自己責任でお願いね?」
「そう言われると余計に気になるんだが。」
そう言いながらもデュークはリリアーデと同じようにそれぞれの棚から取り出した冊子をペラペラ捲り、どのような並びになっているのか確認しだす。
「んー。単純に刺激が強いのがココ。」
恋愛もののR18コーナーを示し、ティエリアが近くにいないことを確認してデュークの耳元で「前世では成人指定のエッチなやつ。」と耳打ちする。
その言葉にデュークの耳が赤くなる。
「それで、ココから先がもっと刺激の強いやつ。——なんだけど。って、これも見てないと駄目な奴?向こうの文化だから??」
出てこなかったBLという単語に自問自答していると、デュークから声がかかる。
「つまり見ないことには話にならないってことだろ。どんなのか見てみるよ。」
「あーうん。あの、気を悪くしないでね?多分リリィが読みたいジャンルのものだと思うんだけど、その……。」
なんと説明したものかと迷うアシェルだが「おススメは?」と聞かれたので、表紙の絵で選んだ一冊を取り出しページを開いた。
ぺらぺらとページを捲りながら説明する。
「えーと、BLとかボーイズラブとか言われるもので、男同士で……エッチなことしちゃう……やつなんだよね。普通は同性となんて考えないよね、娯楽とはいえ見せてごめんね。一般的には隠すべきものって文化だったし、契約魔法もこれが一番大きいのかなって思う。」
「いや、理解した。ありがとう。」
申し訳なさそうに言ったアシェルを見たデュークは、そういえばアシェルもリリアーデも同性婚が可能であることを知らなかったなと思い至る。
知らないからこそ、男として扱われるアシェルやその兄達、アークエイドが対象として描かれているのに娯楽として楽しめるのだろうと。
現実味のある話だと知ったら楽しめなくなるに違いない。
でもこの作者たちは恐らく知っていて描いているのだろうなと思う。
アークエイドの本棚と言われた後半に、幼馴染達が出演したものがあるのを見てデュークは頭を抱えたくなった。
そんなデュークとは対照的に、リリアーデは本棚からごっそり抜いた冊子を嬉々とした顔で読破していった。
そのモチーフが幼馴染でも、その兄妹でも、リリアーデには全く関係ないようだ。
そんなリリアーデとティエリアが意気投合したのは言うまでもなく、今度は妹を交えて女性だけの読書会をする話まで持ち上がっていた。
男装をしているアシェルと男のデュークはその話を横目に聞きながら、お茶を飲みつつ静かに過ごしたのだった。
オートロック付きの扉を潜り、自室へ帰れば静かで広すぎる応接間が出迎えてくれる。
土日はイザベルに来ないように言ってるのでアシェル一人だ。
平日の授業がない時間にイザベルが掃除をしてくれているようなのだが、休日は一応アシェルが全部屋に清浄化をかけて回っていた。
今日も一通り『クリーン』をかけ終わり、仕事終わりの一杯代わりにマナポーションを飲んでから夜ご飯を作る。
といっても一人分を作るのは面倒なので、肉入り野菜炒めと目玉焼きをパンに挟んで食べるだけのお手軽料理だ。
ぺろりと食べ終え片付けを済ませてから、向かいの部屋の双子を訪ねた。
侍女が応対してくれたので、リリアーデの都合がいい時間に部屋に来てもらうように伝言を頼む。
今から食事の時間だというので、1時間後に伺いますと言われた。
部屋に戻り、アシェルはお風呂に入ることにする。
脱いだ服を洗濯籠に入れ、シャツの下に着けている窮屈な革の胸潰しも外してしまう。
外出の時は革製のしっかり補整が出来る物を使っていて、室内で急遽必要になった時の為に、ゴム製のホックで留めて簡単な補整ができる物も用意している。
それはすぐ着替えられるように、男性用の寝間着と大き目のガウンと共に応接間に近いお風呂場に置いてある。
シャワーでお風呂を済ませ、ドライヤーの魔道具を使うのも面倒で、乾いた髪の毛をイメージしながら『ドライ』で髪を乾かした。
髪の毛のついでに身体も乾かして、下着と女性物の寝間着を着てガウンを羽織る。
そして応接間で紅茶を飲んで待っていると、扉を叩く音がした。
「はーい、どちら様?」
「リリアーデよ。」
「一人?」
「デュークも一緒よ。居ないほうが良かったかしら?」
それなら問題ないと、鍵を開け二人を受け入れた。
「ううん、大丈夫だよ。いらっしゃい。呼び出してごめんね。」
「お邪魔します。あぁ、お風呂上りなのね、なるほど。」
「そうそう。あ、座って。カップ取ってくるから。」
二人分しか用意してなかったので、キッチンにもう一つカップを取りに行く。
実家では女性の恰好では女性の口調で話していたが、学院に入ってからは事情を知る二人相手の時は、どちらの恰好でもあまり気にせず普段通り話しかけている。
イザベルの前で寝間着なのにこんな喋り方をすると怒られてしまうが、今は注意をする人はいない。
戻ると二人はソファーに並んで座っていた。
「お待たせ。」
二人分新たに紅茶を注いで渡す。
「……僕は部屋に戻ろうか?」
「いや、別に構わないけど?リリィが心配でついてきたんでしょ?」
きょとんと返事するアシェルに、デュークは一人溜め息を吐いた。
デュークの苦悩が分かる味方はいないと分っていても、言わずにはいられない。
「まさか風呂上がりだとは思ってなかったんだ。」
「うん?」
「確かにね。でも別に帰らなくても良くない?」
「……そうだな。で、話はなんなんだ?」
全く意味の通じない二人の女性に、デュークは早々にさじを投げる。
自室でガウンを羽織っているとはいえ、女性が寝間着姿で男性を前にして平気なのが問題なのだが、アシェルとリリアーデは全く気にしていないようだった。
二人の感性が似通っていることも理解しているし、懇々と説明したところで前世の記憶のせいで理解を得られないことも、リリアーデ相手に嫌という程経験している。
「あぁ、ちょっとリリィに伝えたいことがあってね。えーと、【シーズンズ】、創作物、小説や——、あ、これはだめか。」
一つ一つ確かめるように呟くアシェルに、デュークが訝しげな顔をする。
リリアーデは全く気にすることなく、予想通り、単語の意味する内容に興味津々なようだ。
「恋愛小説。あ、これはいけるんだ。んーと。お兄様達や僕にアークの——。うん、難しいね。どう伝えたものか。」
うーんと腕を組んで悩むアシェルに、デュークがまさか、と口を挟む。
「アシェ……契約を魔法使ったな?」
何か心当たりがあったのだろうか。ぴたりと言い当てられる。
「うん、正解。良く分かったね。」
「明らかに不自然だからな。……誰と契約したんだ?」
「ティエリア・アーバンレイ侯爵令嬢だよ。あ、無理やりとかじゃなくて同意の上の契約だからね?」
ちょっぴり怒っているようなデュークの声に、慌ててフォローを入れる。
「契約の内容は?」
「【シーズンズ】の創作物に口出ししないことと、その創作物の内容を他言しないこと。これだけだから。契約書はサラなのを確認して僕が書いたから、これ以外のことは契約に入ってないよ。」
「それは契約魔法で縛るような内容なのか?」
「実物を見てきたけど、縛るような内容だね。」
「それをリリィに教えると?」
「やっぱり怒る?」
「当たり前だろ。」
デュークの過保護はココでも発揮されるらしい。
でも、是非この世界に漫画があるという感動をリリアーデと分かち合いたかった。
「絶対リリィは喜ぶ内容なんだけどなぁ。僕ですらちょっと感動したもん。」
「ねぇ、デューク?わたくしすっごく、すーっごく気になるのですけど??」
「気にするな。聞かなかったことにして。」
「無理よ!だって既に面白そうな単語しか聞いてないもの。これで待ったをかけるなんて、鬼畜の所業よ!」
「鬼畜でも何でもいいから。忘れれば問題ないだろう。」
「大有りよ!」
リリアーデは何としても話の続きを聞きたそうだが、デュークが許す気配がない。
そんなデュークを無視してアシェルは話しだす。
「えっと。一応、話そうとしている内容の実物を見ようと思ったら、僕と同じように契約魔法は必要になると思う。理由は【シーズンズ】が愛でる対象及びその関係者だから。で、創作物の内容を話してはいけないのはソレを知らない人達相手だから、ファンクラブ会員へは話せるはずだよ。多分だけどリリィは分かるんじゃないかな。」
「契約の内容はなんとなくわかったけど、情報が少ないわ。」
「ナマモノの推しを愛でるファンが描く創作物で、本人や関係者には見せられないもので、特に趣味の同士にしか話せない活動と言えば?」
「!!」
デュークが首を傾げる中、リリアーデがピンと来たという顔をした。
「え、え?本当に??わたくし雑食だからなんでもいけましてよ。」
「って前に言ってたし、活字じゃない本があると言ったら?」
にやりと口角を上げるアシェルに、リリアーデが興奮する。
「まさか!漫画があるの!?この世界で本って言えば小説だもの。あっても挿絵くらいでしょう?」
「うん。その単語は契約に含まれるっぽくて言えなかったけど、在る。しかもクオリティ高め。」
アシェルの断言に、リリアーデが「生きてて良かった!」と握りこぶしを作る。
「本当は【シーズンズ】がどんな感じか見てみたくて集会に行ったら、まさかの創作物発言されてね。僕達がテーマなんて気になるし、契約魔法の内容も大したことないしで、即日契約しちゃったよね。で、遅くなったけど今日見てきたんだ。」
「待て、何でもないことのように言ってるが、契約魔法は大したことだからな?アシェもリリィもそこはしっかり認識してくれ。」
二人の会話についていけてないデュークは、辛うじて分かる魔法のことについては苦言を呈した。
「そう?創作物の内容を知らない人に話せないのと、その活動停止や破棄を伝えられないだけだよ?まぁ、実害があるわけじゃないし、彼女たちは娯楽で楽しんでるだけだから止めるつもりもないんだけど。」
「内容が問題なんじゃなくて、契約魔法を履行したのが問題なんだ。」
「そっかぁ……リリィがしたら怒る?」
「駄目に決まってるだろ。」
「ちょ!?いいじゃないのよ。アシェもしてるし、別に大したことないじゃない!」
「話聞いてたか?」
「そりゃ騙されて契約書を書かされたら怒るべきだけど、同意の上だし。その契約内容は同人活動を守る為にも必要な事なのよ!」
「その活動が解らないから、力説されても説得力がない。」
「もうっ、デュークの分からず屋っ。デュークが駄目って言っても、わたくしはアシェにお願いして同人誌を見せて貰うわよ?契約魔法を履行しても、わざわざ話そうとしない限りバレない自信があるもの。そしてわざわざ話すような内容じゃないもの。」
リリアーデはやると言えば、デュークを撒いてでも実行しそうな気がする。
デュークもそう思ったのか、小さくクソっと悪態を吐き眉根を寄せた。
「わかった。その代わり交換条件だ。僕も一緒に契約してその創作物とやらを見せて貰う。中身を知っていれば契約者同士が話すことは問題ないんだろう?こうなれば毒を食らわば皿までだ。」
よっぽど契約魔法に良いイメージがないらしい。
「デューク……別に悪事じゃないよ?」
「リリィがこれだけ乗り気なんだ、嫌な予感しかしないんだよ。僕的に意味は合っているから問題ない。」
「で、で?それって明日にでも見れるものなのかしら?」
わくわくと眼を輝かせたリリアーデに、アシェルは答える。
「明日は日曜日だし、ティエリア先輩が許可を出せば行けると思うよ。一応招待していいかは聞いてから話したし。シルコットの侍女を一人借りれる?手紙を出すから、それを二号棟の415号室に届けてほしいんだけど。」
「えぇ、もちろんよ。セリアを貸すわ。わたくしの侍女だからその格好でも大丈夫よ、安心して頂戴。こっちに呼んでもいいかしら?」
「うん。その間に手紙書いちゃうから。」
分かったわ、とリリアーデが部屋から出ていく。
『ストレージ』から手ごろな便箋と封筒、封蝋セットを取り出した。
ティエリアに二人の幼馴染に作品を見せてほしいことと、契約魔法を行うこと、その羊皮紙はこちらで用意すること、もし明日都合があうのであれば訪問していい時間を手紙にしてほしいことを書き封を閉じた。
コンコンと扉が叩かれ、入ってきたのはリリアーデだけだった。
「アシェが寝間着って言ったら、セリアは廊下で待つからだって。手紙だけもらってもいいかしら?」
「うん、書き終えたよ。表に部屋番号も書いてあるから。」
タタッと小走りで寄ってきたリリアーデに手紙を渡し、それが廊下で待つセリアという侍女に渡され扉が閉まった。
リリアーデはまたデュークの隣に腰を降ろす。
「ふふ、返事が楽しみね。」
「うん。で、デューク。契約魔法の羊皮紙のさらのやつ。こっちで出すから確認だけしておいてくれる?当日また見てもらっていいから。」
契約魔法の術式が書かれた羊皮紙を『ストレージ』から取り出してデュークに手渡す。
デュークはじっくり手で羊皮紙をなぞりながら確認し、アシェルに返した。
「新品だな。別にアシェが騙されたとは思ってないから安心してくれ。僕よりアシェの方が魔力を使ったものには敏感なんだから、別に疑ってるわけじゃないんだ。」
「一応ね?契約って信用問題だからさ。」
「それが解っててなんで契約魔法を。」
「だからこそだよ。それで約束が確実に守れるんだもの。安いものでしょ。」
「ふっ、アシェは約束を守らないのは嫌いだもんな。」
「誰だって嫌でしょ?」
「あら、口先だけの奴なんていくらでもいるわよ。わたくし達は誰一人、アシェと約束したら破らないと思うけど。」
「破った後が怖いからな。」
双子は同じ光景を思い浮かべ、ブルっと身体を震わせた。
非公式お茶会で朝の差し入れ受け渡しの時間が設けられ、それが段々と徹底され始めた頃。
何度も警備をかいくぐって離宮に近づこうとする一人の令嬢がいたのだ。
魔法まで駆使して侵入してくる令嬢を捕まえ、ルールを説明し解放してあげたのが二回。
そして三回目に捕まえた時にアシェルが令嬢に、ルールを守らないと誤って攻撃してしまうかもしれないからルールを守ってねと約束させたらしい。
そこまでは王都組から聞いた話だ。
四回目は秋の皆が揃うお茶会の日だった。
例のごとく忍び込んできた令嬢に気づいたアシェルが、魔法で身体強化と速度向上を自身にかけ、恐らく探査魔法で見つけたのであろう姿も気配もない令嬢に拘束をかけた。
皆が気付いた時には、相手の魔法を解除したのであろうアシェルが、令嬢の背後から首元にダガーの刃を突き付けて立っていた。
その時にいつもの優しい声色で、見たことないほど冷たい目をしたアシェルが「悪い子だね、僕との約束を守れないなんて。お仕置きしてほしかったの?」と口元にだけ笑みを浮かべ囁くように言ったのだ。
令嬢は拘束で全身拘束されていて、口も塞がれていたので叫ぶこともできず、何が起きたのか分からないまま青い顔をしていた。
使った魔法は本人から聞いたが、全て無詠唱だったので本当に一瞬の出来事だった。
そのあとは事態に気づいた騎士が対応してくれてそれっきりだ。
その話は朝の令嬢達にも伝わったらしく不届き者はいなくなったし、アシェルはすぐにいつも通りに戻ったのだが、幼心にアシェルを怒らせてはいけないと感じたものだった。
それ以来アシェルとした約束は、何があっても破ってはいけないと幼馴染達は認識している。
二人がそんな昔のことを思い出しているなんて思わないアシェルはそうかな?なんて笑いながら「お茶が冷えちゃったね。新しいの淹れなおすね。」と魔道ポットに魔力を通し始める。
双子が絶対分かってないよねと顔を見合わせる中、コンコンと扉を叩く音がした。
「どちら様?」
「シルコット辺境伯爵家侍女のセリアと申します。先程のお返事を賜って参りました。」
「あ、貰うわ。」
リリアーデが立ち上がり扉を少し開け、手紙だけ受け取り戻ってきた。
受け取った手紙を『ストレージ』のペーパーナイフで開き、内容を三人で覗き込む。
そこには同士が増えるのを歓迎する文章と、契約魔法の羊皮紙をアシェルが用意することへの了承、そして明日の朝10時以降であればいつでもいいし、何時までいてくれても構わないという内容が、便箋いっぱいに書かれていた。
「……凄い熱量だな。」
「良いご令嬢なんだけどね。」
苦笑するアシェルとデューク。リリアーデは目を輝かせている。
「明日、朝10時に伺いましょう!?アシェも良いかしら?」
「うん。10時に廊下で待ち合わせようか。すぐそこだしね。」
「分かったわ。ふふふ、今日ちゃんと寝れるかしら?今から楽しみだわ。」
「ちゃんと寝てくれよ……。返事も来たし、そろそろ僕達は部屋に戻るな。」
「夜遅くにきてもらってごめんね、また明日。」
双子を見送って、アシェルは食器を片付け、少しだけ読書をしたあと寝台に入り目を閉じた。
昨夜の宣言通り、日曜日朝10時に部屋の前の廊下で待ち合わせをしたアシェルとリリアーデ、デュークは、女子寮の2号棟415号室のティエリアの部屋を訪ねた。
今日はリリアーデが一緒にいるので、呼び出しではなく直接の訪問だ。
「ようこそいらっしゃいました。まずはお掛けになって。」
出迎えてくれたティエリアに促され、それぞれ応接間のソファーに座る。
アシェルは『ストレージ』から契約魔法用の羊皮紙を取り出し、全員の手元に一周させ、羊皮紙に問題がないことを確認してもらう。
「今日も契約魔法は私が魔力を通してもいいですか?それと、彼女たちは連名で署名してもらいますが構いませんか?」
「あら、今日はわたくしも魔力は温存してますけど……そうね、お願いいたしますわ。」
「内容は私の時と同じで構いませんね?」
「えぇ。一応アシェル様との契約書も用意しているから、書き写していただいたらいいわ。」
「ありがとうございます。」
ティエリアの了承を得て、アシェルは羊皮紙にペンを滑らせた。
『契約者、ティエリア・アーバンレイとリリアーデ・シルコットとデューク・シルコットはここに誓う。
ファンクラブ【シーズンズ】の創作活動について、活動の停止・発行書物の破棄を進言・強行しないこと。
ファンクラブ【シーズンズ】の創作活動で発行された書物について、閲覧し知りえた内容をそれを知る者以外に他言しないこと。
以上を契約内容とし、三者同意の上、名を記載するものとする。』
そう書き終え、ティエリアから順に内容を確認し記名していく。
一巡して戻ってきた羊皮紙に「『契約』。」と唱えれば、アシェルの時同様、羊皮紙はキラキラと輝き術式がスッと溶けるように消えた。
「無事完了しました。」
「確認ですけれど、同じファンクラブ会員でも入ったばかりだと創作物を見たことがない者もいますわ。そういう人がいる場所では例えば——といっても、このように発言できませんの。では早速ご案内しますわ。」
ティエリアに促され、書庫ならぬ宝物庫に足を踏み入れる。
リリアーデはその立ち並ぶ冊子に感動の声を上げた。
「凄い、凄いわ!薄い本が……同人誌がこんなに沢山あるなんて!!」
「ふふふ。さすが“授け子”様ですわ。文化をご存知ですのね。」
「ティエリア先輩。一つ訂正すると、“授け子”全員が知っているわけではないと思うので注意してね。」
嬉しそうに笑うティエリアに、一応アシェルは補足を入れる。
同人活動がメジャーだと思われたら“授け子”に風評被害だと言われてしまいそうだ。
そんなことを気にせずティエリアは、それぞれの本棚を指し示しながら説明する。
「一番手前の本棚がアレリオン様、その向かいがアルフォード様、その奥の二つはアシェル様と殿下ですけれど、一応手前がアシェル様で一番奥が殿下の本棚になってますわ。それぞれの棚から出した本は、同じ棚に戻すか、もしくは奥にあるテーブルの上に置いておいて頂けましたらこちらで戻しますわ。では、ご自由にご覧下さいませ。」
その声に待ってましたとばかりにリリアーデが目の前の本棚に飛びついて、アシェルのようにそれぞれの棚から少しずつぱらぱらと中身を確認し、どのようなものがあるか確認していく。
「デュークはどうする?」
「創作物の内容を見ないと会話にならないんだろう?」
「だね。というわけで、デュークには僕がおススメのエリアを教えてあげるよ。誰のが見たい?」
「……それはさっきの四人から?」
「うん。そういうものだから。」
「……。それは……アシェのものでもいいのか?」
誰のを?と言われても決まらなかったのだろう。苦肉の策と言った感じで発された言葉に「勿論。」と笑ってアシェルの本棚の前に移動する。
そして一冊先に取り、漫画の中身を見せる。
「こういうのが漫画って呼ばれるやつで、小説とは違って文字だけじゃなくて、絵で描写されている読み物だよ。小説よりはさらっと読みやすいやつだね。」
「これが……リリィから聞いたことがあるから大体分かる。」
「そっか。じゃあ、デュークが読むならココからココまでと、ココならいいよ。他を見るのは自己責任でお願いね?」
「そう言われると余計に気になるんだが。」
そう言いながらもデュークはリリアーデと同じようにそれぞれの棚から取り出した冊子をペラペラ捲り、どのような並びになっているのか確認しだす。
「んー。単純に刺激が強いのがココ。」
恋愛もののR18コーナーを示し、ティエリアが近くにいないことを確認してデュークの耳元で「前世では成人指定のエッチなやつ。」と耳打ちする。
その言葉にデュークの耳が赤くなる。
「それで、ココから先がもっと刺激の強いやつ。——なんだけど。って、これも見てないと駄目な奴?向こうの文化だから??」
出てこなかったBLという単語に自問自答していると、デュークから声がかかる。
「つまり見ないことには話にならないってことだろ。どんなのか見てみるよ。」
「あーうん。あの、気を悪くしないでね?多分リリィが読みたいジャンルのものだと思うんだけど、その……。」
なんと説明したものかと迷うアシェルだが「おススメは?」と聞かれたので、表紙の絵で選んだ一冊を取り出しページを開いた。
ぺらぺらとページを捲りながら説明する。
「えーと、BLとかボーイズラブとか言われるもので、男同士で……エッチなことしちゃう……やつなんだよね。普通は同性となんて考えないよね、娯楽とはいえ見せてごめんね。一般的には隠すべきものって文化だったし、契約魔法もこれが一番大きいのかなって思う。」
「いや、理解した。ありがとう。」
申し訳なさそうに言ったアシェルを見たデュークは、そういえばアシェルもリリアーデも同性婚が可能であることを知らなかったなと思い至る。
知らないからこそ、男として扱われるアシェルやその兄達、アークエイドが対象として描かれているのに娯楽として楽しめるのだろうと。
現実味のある話だと知ったら楽しめなくなるに違いない。
でもこの作者たちは恐らく知っていて描いているのだろうなと思う。
アークエイドの本棚と言われた後半に、幼馴染達が出演したものがあるのを見てデュークは頭を抱えたくなった。
そんなデュークとは対照的に、リリアーデは本棚からごっそり抜いた冊子を嬉々とした顔で読破していった。
そのモチーフが幼馴染でも、その兄妹でも、リリアーデには全く関係ないようだ。
そんなリリアーデとティエリアが意気投合したのは言うまでもなく、今度は妹を交えて女性だけの読書会をする話まで持ち上がっていた。
男装をしているアシェルと男のデュークはその話を横目に聞きながら、お茶を飲みつつ静かに過ごしたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。
また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
大金で買われた少女、狂愛の王子の檻で宝石になる ―無自覚な天才調合師は第二王子の婚約者(虫除け)を演じることになりました―
甘塩ます☆
恋愛
「君を金貨三十枚で買ったのは、安すぎたかな」
酒浸りの父と病弱な母に売られた少女・ユナを救ったのは、国中から「放蕩王子」と蔑まれる第二王子・エルフレードだった。
「虫除けの婚約者になってほしい」というエルの言葉を受け、彼の別邸で暮らすことになったユナ。しかし、彼女には無自覚の天才調合師だった。
ユナがその才能を現すたび、エルの瞳は暗く濁り、独占欲を剥き出しにしていく。
「誰にも見せないで。君の価値に、世界が気づいてしまうから」
これは、あまりに純粋な天才少女と、彼女を救うふりをして世界から隠し、自分の檻に閉じ込めようとする「猛禽」な王子の物語。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる