54 / 313
第二章 王立学院中等部一年生
53 金曜午前は体力勝負②
しおりを挟む
Side:アシェル12歳 夏
アシェル達四人は、王立学院敷地内の一番北西にある第三演習場に来ていた。
全部で三つある演習場は、外壁に沿った第一演習場が一番小さく、同じ理由で第二演習場もほんの少し狭い。第三演習場は綺麗な正方形をしているため、学内行事等で演習場を使う場合は第三演習場が使われることが多い。
演習場はそれぞれコロッセオや野球ドームのように中央が開けていて、そこを囲むように観客席がある。
屋根のように見える天井は防御壁になっていて、普段の屋根のような見た目や、イベントがあれば無色透明で綺麗な青空を写すこともできるようになっている。
剣術は受講する男子生徒が多いので、演習場の中はそこそこ賑わっている。
「アシェル様っ!」
授業の開始を待つアシェルを呼ぶ声に振り返る。
そしてそこに居る、アシェルよりも小柄な少年に挨拶を返す。
「こんにちは、シオン君。」
少年——シオン・ミルトンは、兄クリストファーと同じ薄浅葱色の髪の毛に、瑠璃色の瞳をしている。その肩ほどまでの髪は癖毛でふわっとしていて、眼はクリクリしていて、背丈も相まって年齢よりも幼く見える。
同じクラスの彼は、生徒会執行部の広報委員長をしている。
そのため挨拶をするならアークエイドにでは?と思うのだが、アシェルは何故かシオンに気に入られていて、授業が一緒の時はこうして話しかけられることが多い。
「今日もお綺麗ですね。」
天使のような可愛い笑みを浮かべたシオンが言う。
それにアシェルも笑顔で返す。
「ありがとう。シオン君は今日も可愛いね。」
「えへへ、ありがとうございます。」
照れたように頬を染めるシオンに、一部の周囲の男子生徒が色めき立つのが解る。
(弟がいたらこんな感じだったのかな。)
アシェルは周囲の反応をそう受け取った。
「ねぇ、アシェル様。良かったら今日の授業、僕と一緒にやりませんか?アシェル様と手合わせしたいです。」
クリッとしたその眼に上目遣いに見上げられる。
自分の可愛さという武器を自覚し、十分に活用した行動だ。
アシェルがそれに答える前に、後ろからグイっと腰を引かれ、バランスを崩したアシェルはそのまま背後の人物の胸の中に捕らえられた。
「悪いな、シオン殿。アシェは俺と組む。」
耳元から聞こえる淡々としたアークエイドの声は、表情は見えないものの少し怒っているように聞こえる。
シオンはそれには気付かないようで「えー。たまには僕とも手合わせしてくださいよ。」なんて、うるうるした瞳で見つめてくる。
アークエイドの腕の中から逃れようとするが、身体強化でも使っているのか動けない。
逃げようとしたのを感じたのだろう。まわされた腕により一層力が入る。
「アーク、流石に恥ずかしいから離して?」
首を回してなんとかアークエイドの眼鏡の奥を見れば、シオンをじっと見つめる瞳には警戒心が滲んでいる。
吐息を感じるほど近くにあるその整った顔に、同じ生徒会執行部の役員なのに二人は仲が悪いななんて思ってしまう。
「大丈夫だよ。アークの傍から離れたりしないから安心して?」
優しくそう言えば、アークエイドと視線が交わりジッと見つめられる。
そして腕の中から解放された。
「というわけで、お誘いはお断りさせていただくよ。ごめんね。」
「残念だけど仕方ないかぁ。でもアークエイド様ずるいよ。アシェル様が優しいからって独り占めしようとするなんて。」
むぅっと頬を膨らませるシオンだが、それにアークエイドはふんっと鼻を鳴らしただけだった。
「別にアークは私を独り占めしようとなんてしてないよ。私が友人達と一緒に授業を受けたいんだ。」
そう言って、離れた位置にいる集団に目を向ける。
「ほら、シオン君のお友達が待ってるよ?友達を待たせちゃ可哀想だよ。」
「あぁ、アシェル様は本当に優しいなぁ。ふふ、今日はアシェル様に免じて引き下がりますね。……あ、僕はアシェル様も友達だと思ってますからね?」
「そう?ありがとう。」
「まだもうちょっとかかりそうかぁ……それでは失礼します。」
ぺこりと頭を下げたシオンを見送り、アークエイドに向き直る。
「もう、アーク。そろそろ僕がいなくても他の人と喋れるようにならないと駄目だよ?女子生徒の相手は荷が重いかもだけど、手合わせの申し込み位は対応できるでしょ?体術の時はどうしてるのさ。」
腰に手を当て苦言を呈せば、エラートとデュークがそれに答えた。
「体術はアシェとノア以外の男は参加してるからな。」
「4人もいれば誰かしら近くに居るから、代わりに対応してるよ。」
「まぁ、そうだろうとは思ってたんだけど。うーん。アークを甘やかしすぎたかな?いや、でもいくら学院とは言え変な奴が近づいてくるかもしれないって思うと、一人にさせたくないんだよなぁ。」
ぐぬぬと悩むアシェルにエラートとデュークは何も言わず、ただ苦笑を返したのだった。
剣術の授業が始まる。
まずはウォーミングアップ代わりの素振りをする。
刃を潰した片手剣を上下に振り下ろしながら、それを見て先生が生徒達にアドバイスをしていく。
それが終わると、そこかしこで打ち合いが始まる。
使っていい魔法は身体強化だけで自由に手合わせできるが、決まり手は寸止めするのがルールだ。
とはいえ、時折寸止めできなかった剣がヒットし、打ち身を作る生徒も少なくない。
何人かと手合わせをすると休憩を挟む生徒も出てくるのだが、幼馴染達は入れ替わり立ち替わり必ず誰かと手合わせしている。
「ダンスでもかなり動いたのに、皆は相変わらず戦闘民族だよね。」
手合わせを終え、水分補給をしながら言うアシェルにデュークが苦笑する。
デュークも水分補給をしているので、手合わせを終えたところだったようだ。
「そういうアシェも同類だからな?」
「そうかな?戦闘民族っていうか、僕は負けず嫌いなだけだよ。なんていうか……皆が余裕でこなしてることが出来なかったら悔しいじゃない?」
「リリィと同じことを言うんだな。まぁリリィの場合、体力が追い付いてないが。」
「こう見えても身体作りには力入れてるんだよ。お兄様達と一緒で、眼に見えて筋肉が付きにくい体質なのが残念だけどね。」
メイディー家の人間は身体を鍛えても線が細いままで、見た目的にがっしりした人間はいない。
それがちょっとした悩みなのだが、アシェルが女と知るデュークは「ムキムキになってどうする。」と呆れ顔だ。
『ストレージ』に水筒を収納すると、近くにいた生徒に手合わせを申し込まれ、それを受ける。
入れ替わりに水分補給に来たアークエイドは、デュークを次の相手にしたようだった。
飛んでくる剣戟を受け流しながら、相手の攻撃の隙に打ち込んでいく。
(強いな。)
キン、キンッ、カン。
金属音が響く中、目の前の生徒と二人だけになったような感覚に神経が研ぎ澄まされていく。
どちらも一歩も引かない攻防で、ギャラリーが出来つつあるのに気づかないまま撃ち合う。
(楽しいけど、そろそろオシマイ。)
目の前の相手の癖やパターンをつかんできたアシェルは、相手の一太刀を受け流した後、ぐっと足に力を込め男子生徒の横を抜ける。
そして背後から首筋に、潰れた刃をそっと突き付けた。
「参りました。」
背後を取られた男子生徒が言うのを合図に、アシェルも剣を降ろす。
そしてお互いに向き合い頭を下げた。
「「ありがとうございました。」」
壁際に戻り水分を摂っていると、幼馴染達が近づいてくる。
「お疲れ。後ろ取るなんて、良い相手だったんだな。」
「ありがと、エト。うん、なかなか強かったよ。確か子爵家の息子でしょ?きっちり鍛錬積めば化けると思うよ。」
ごくごくと水筒の中の水を飲み、吹き出る汗を袖で拭う。
「っていうことは、今はもう一つなのに背後を取ったんだな。」
「ふふ、結構楽しかったから。サービスしちゃった。」
「どんなサービスだよ。」
デュークの呆れたような声にアシェルは笑うだけだ。
「皆は面白い相手いた?」
かなり鍛錬を積んでいるアシェル達でも、相性や根本的な力強さや技術などの差で負けることも多いが、それでも上位に食い込んでいる。
力量差がありすぎる相手と撃ち合っても面白くないので、どうしても同じような相手との訓練になりがちだ。
「アシェと手合わせするのが一番楽しい。」
きっぱりと言い切るアークエイドに、アシェル達は苦笑する。
「それはアークと僕の実力が拮抗してるから、長く撃ち合えるってだけでしょ?」
「それが楽しい。」
「ほんと、昔っからアークはアシェとやるの好きだよな。」
「お茶会でも、二人はなかなか決着つかなかったものな。」
長年続けた非公式お茶会を思い出し、皆で笑った。
そうしてまた、申し込まれた相手と手合わせしているうちに授業は終わった。
「暑い、気持ち悪い、シャワー浴びたい。」
剣術の授業を終え、真夏の気候と一限目から動きっぱなしで汗だくなアシェルは、不機嫌さを隠しもせずに言った。
その珍しい様子に、更衣室の空き待ちをしている幼馴染達が顔を見合わせる。
「浴びたらいいんじゃねーの?今から昼休みだし、シャワーは順番待てば使えるだろ。」
そういってエラートは、着替えるための個室とは違う扉を指し示す。
「……ベルに止められてる。」
汗で額に張り付く銀髪をかき上げながら、拗ねたように言うアシェルに「なんで?」と誰ともなく声が上がる。
「髪と肌が荒れるからって。土日はなんとか自由を勝ち取ったけど、魔法でチャチャっと乾かすのがダメなんだって。……でもさ?ドライヤーでじっくり乾かすのって、時間かかるし面倒じゃない?」
同意を求めるようなアシェルに、ボブカットのデュークと、基本は短髪で襟足だけを伸ばしているエラートは苦笑する。
「いや、僕はそんなに。侍従がやってくれるし。」
「俺もそうだけど、まぁほっといても乾くからなぁ。」
今この場で唯一アシェルと同じロングヘア仲間のアークエイドに視線を向ければ、仕方ないなぁというように少し表情が動く。
「イザベルだけでなく、侍女をもっと連れてくれば良かっただろう。『クリーン』。これで我慢しろ。」
そう言いながら、全員に『クリーン』をかけてくれる。
ふわっと温かい空気に包まれたと思ったら、さっきまで気持ち悪かった汗は綺麗さっぱりどこかにいってしまった。
「アークが綺麗にしてくれたから暑いのは我慢するよ、ありがとう。」
「……そもそも自分で使えるのに、魔力温存したかっただけだろ?」
「あれ、バレてた?」
ふふっと笑ったアシェルだがアークエイドは何も言わなかった。
朝からなんだかんだと体力も身体強化も使っているが、三限目は結界術で魔力を使うので、マナポーションを飲むとしてもできるだけ魔力は温存しておきたかったのだ。
更衣室に空きができたので、それぞれ空いた場所に入り制服に着替える。
アシェルも制服に着替える。
6月からは夏服なので半袖のシャツ姿だが、身体のラインを隠す目的と薬瓶の持ち歩きも兼ねて、アシェルは夏服でもベストを着用している。
見た目を考慮して、薬瓶はベストの内側に隠れるようになっている。
お洒落目的でベストを着用している生徒もいるにはいるので、そこまで目立つこともない。
着替えを終えた四人は食堂に移動する。
授業の流れと着替えのタイミングによってはバラバラに食堂に行くこともあるが、今日は四人一緒だ。
二限目を終えた生徒たちが集まる食堂の券売機で食券を買い、窓口でトレイを受け取る。
どこに座ろうかと、二階に上がり彷徨っていると声がかかった。
「アシェ、今から昼ご飯か?こっちにおいで。」
アルフォードの声がしてそちらをみると、アルフォードにアビゲイル、ユリウスとマチルダが揃って座っていた。
アシェル達に気づいたユリウスとマチルダが席を立つ。
「いえ、お話の途中だったのでしょう?」
「あぁ、気にしなくていいよ。そろそろ席を立つ予定だったんだ。」
「えぇ。ゆっくりご飯を食べて頂戴。」
「ありがとうございます。」
席を譲ってくれた二人にペコリと頭を下げ見送る。
そしてありがたくアルフォード達に同席させてもらうことにする。
着席して、いつものように隣のアークエイドの食事を少しずつ摘まみ許可を出す。
そして皆で「いただきます。」をして昼食を取り始めた。
今日は皆お肉系のランチでパンも大盛りにしてもらった。
身体を動かしまくったので、身体がカロリーを欲しているのだ。
「ふふ、アシェルは過保護ね?お兄様とアレリオン様を見てるみたいだわ。」
そんなアビゲイルの言葉にきょとんとしたアシェルは「そうですか?」と言葉を続ける。
「アン兄様はしてたんですよね?てっきりアビー様のはアル兄様がやってるとばかり。」
「おいおい、俺達学年が違うんだぞ?」
毎回一緒に食べてるわけじゃないというアルフォードに、アシェルは首を傾げる。
「でも、お昼休みに一緒に食べることはできるでしょう?アル兄様はアビー様の婚約者だから、待ち合わせて二人で食事をしても誰も咎めませんよ?むしろアビー様の安全を考えると、アル兄様からお誘いしてでもご一緒するべきです。」
「婚約者じゃなくて婚約者候補だ。」
「ノアのことに決着がついてない以上、世間的にはアル兄様が相手なので大丈夫ですよ。」
「ふふふ。わたくしは別にいいのよ。お兄様やアークのように狙われやすい訳ではないもの。逆に余りにも過保護すぎて、アレリオン様やアシェルはそこまでしなくても良いのにって思っちゃうわ。」
そんなアビゲイルの言葉に、アシェルはうーんと悩む。
「なんていうか、こうしないと落ち着かないというか、するのが当たり前というか。特に学院って沢山他人がいるから不安なんですよね、多分。だから、ある意味自分のためです。」
特にレストランでの事件もあったので、余計に不安に感じるのだと思う。
やはり王族はいつどんなタイミングで狙われるか分からないのだなと思ったし、あれが命を脅かす猛毒の類ではなくて良かったと本気で思ったのだ。
考えながらそう口にしたアシェルに、アビゲイルは嬉しそうに笑った。
「アークのことを大切にしてくれてるのね、ありがとう。不愛想な弟だけどこれからもよろしくね、皆様。」
そういって頭を下げるアビゲイルに、アシェルとエラート、デュークも頭を下げ返す。
「じゃあそろそろわたくし達もいくわ。またね。」
アビゲイルの言葉を合図にアルフォードも共に席を立った。
「アシェ、またな。生徒会室にも遊びに来いよ。」
チュッとリップ音を立てたキスが頭頂部に落ちてきて、そのまま二人は立ち去った。
「なんていうか。皆兄弟大好きだな。」
しみじみと呟いた一人っ子のエラート言葉に、返事を返す者はいなかった。
アシェル達四人は、王立学院敷地内の一番北西にある第三演習場に来ていた。
全部で三つある演習場は、外壁に沿った第一演習場が一番小さく、同じ理由で第二演習場もほんの少し狭い。第三演習場は綺麗な正方形をしているため、学内行事等で演習場を使う場合は第三演習場が使われることが多い。
演習場はそれぞれコロッセオや野球ドームのように中央が開けていて、そこを囲むように観客席がある。
屋根のように見える天井は防御壁になっていて、普段の屋根のような見た目や、イベントがあれば無色透明で綺麗な青空を写すこともできるようになっている。
剣術は受講する男子生徒が多いので、演習場の中はそこそこ賑わっている。
「アシェル様っ!」
授業の開始を待つアシェルを呼ぶ声に振り返る。
そしてそこに居る、アシェルよりも小柄な少年に挨拶を返す。
「こんにちは、シオン君。」
少年——シオン・ミルトンは、兄クリストファーと同じ薄浅葱色の髪の毛に、瑠璃色の瞳をしている。その肩ほどまでの髪は癖毛でふわっとしていて、眼はクリクリしていて、背丈も相まって年齢よりも幼く見える。
同じクラスの彼は、生徒会執行部の広報委員長をしている。
そのため挨拶をするならアークエイドにでは?と思うのだが、アシェルは何故かシオンに気に入られていて、授業が一緒の時はこうして話しかけられることが多い。
「今日もお綺麗ですね。」
天使のような可愛い笑みを浮かべたシオンが言う。
それにアシェルも笑顔で返す。
「ありがとう。シオン君は今日も可愛いね。」
「えへへ、ありがとうございます。」
照れたように頬を染めるシオンに、一部の周囲の男子生徒が色めき立つのが解る。
(弟がいたらこんな感じだったのかな。)
アシェルは周囲の反応をそう受け取った。
「ねぇ、アシェル様。良かったら今日の授業、僕と一緒にやりませんか?アシェル様と手合わせしたいです。」
クリッとしたその眼に上目遣いに見上げられる。
自分の可愛さという武器を自覚し、十分に活用した行動だ。
アシェルがそれに答える前に、後ろからグイっと腰を引かれ、バランスを崩したアシェルはそのまま背後の人物の胸の中に捕らえられた。
「悪いな、シオン殿。アシェは俺と組む。」
耳元から聞こえる淡々としたアークエイドの声は、表情は見えないものの少し怒っているように聞こえる。
シオンはそれには気付かないようで「えー。たまには僕とも手合わせしてくださいよ。」なんて、うるうるした瞳で見つめてくる。
アークエイドの腕の中から逃れようとするが、身体強化でも使っているのか動けない。
逃げようとしたのを感じたのだろう。まわされた腕により一層力が入る。
「アーク、流石に恥ずかしいから離して?」
首を回してなんとかアークエイドの眼鏡の奥を見れば、シオンをじっと見つめる瞳には警戒心が滲んでいる。
吐息を感じるほど近くにあるその整った顔に、同じ生徒会執行部の役員なのに二人は仲が悪いななんて思ってしまう。
「大丈夫だよ。アークの傍から離れたりしないから安心して?」
優しくそう言えば、アークエイドと視線が交わりジッと見つめられる。
そして腕の中から解放された。
「というわけで、お誘いはお断りさせていただくよ。ごめんね。」
「残念だけど仕方ないかぁ。でもアークエイド様ずるいよ。アシェル様が優しいからって独り占めしようとするなんて。」
むぅっと頬を膨らませるシオンだが、それにアークエイドはふんっと鼻を鳴らしただけだった。
「別にアークは私を独り占めしようとなんてしてないよ。私が友人達と一緒に授業を受けたいんだ。」
そう言って、離れた位置にいる集団に目を向ける。
「ほら、シオン君のお友達が待ってるよ?友達を待たせちゃ可哀想だよ。」
「あぁ、アシェル様は本当に優しいなぁ。ふふ、今日はアシェル様に免じて引き下がりますね。……あ、僕はアシェル様も友達だと思ってますからね?」
「そう?ありがとう。」
「まだもうちょっとかかりそうかぁ……それでは失礼します。」
ぺこりと頭を下げたシオンを見送り、アークエイドに向き直る。
「もう、アーク。そろそろ僕がいなくても他の人と喋れるようにならないと駄目だよ?女子生徒の相手は荷が重いかもだけど、手合わせの申し込み位は対応できるでしょ?体術の時はどうしてるのさ。」
腰に手を当て苦言を呈せば、エラートとデュークがそれに答えた。
「体術はアシェとノア以外の男は参加してるからな。」
「4人もいれば誰かしら近くに居るから、代わりに対応してるよ。」
「まぁ、そうだろうとは思ってたんだけど。うーん。アークを甘やかしすぎたかな?いや、でもいくら学院とは言え変な奴が近づいてくるかもしれないって思うと、一人にさせたくないんだよなぁ。」
ぐぬぬと悩むアシェルにエラートとデュークは何も言わず、ただ苦笑を返したのだった。
剣術の授業が始まる。
まずはウォーミングアップ代わりの素振りをする。
刃を潰した片手剣を上下に振り下ろしながら、それを見て先生が生徒達にアドバイスをしていく。
それが終わると、そこかしこで打ち合いが始まる。
使っていい魔法は身体強化だけで自由に手合わせできるが、決まり手は寸止めするのがルールだ。
とはいえ、時折寸止めできなかった剣がヒットし、打ち身を作る生徒も少なくない。
何人かと手合わせをすると休憩を挟む生徒も出てくるのだが、幼馴染達は入れ替わり立ち替わり必ず誰かと手合わせしている。
「ダンスでもかなり動いたのに、皆は相変わらず戦闘民族だよね。」
手合わせを終え、水分補給をしながら言うアシェルにデュークが苦笑する。
デュークも水分補給をしているので、手合わせを終えたところだったようだ。
「そういうアシェも同類だからな?」
「そうかな?戦闘民族っていうか、僕は負けず嫌いなだけだよ。なんていうか……皆が余裕でこなしてることが出来なかったら悔しいじゃない?」
「リリィと同じことを言うんだな。まぁリリィの場合、体力が追い付いてないが。」
「こう見えても身体作りには力入れてるんだよ。お兄様達と一緒で、眼に見えて筋肉が付きにくい体質なのが残念だけどね。」
メイディー家の人間は身体を鍛えても線が細いままで、見た目的にがっしりした人間はいない。
それがちょっとした悩みなのだが、アシェルが女と知るデュークは「ムキムキになってどうする。」と呆れ顔だ。
『ストレージ』に水筒を収納すると、近くにいた生徒に手合わせを申し込まれ、それを受ける。
入れ替わりに水分補給に来たアークエイドは、デュークを次の相手にしたようだった。
飛んでくる剣戟を受け流しながら、相手の攻撃の隙に打ち込んでいく。
(強いな。)
キン、キンッ、カン。
金属音が響く中、目の前の生徒と二人だけになったような感覚に神経が研ぎ澄まされていく。
どちらも一歩も引かない攻防で、ギャラリーが出来つつあるのに気づかないまま撃ち合う。
(楽しいけど、そろそろオシマイ。)
目の前の相手の癖やパターンをつかんできたアシェルは、相手の一太刀を受け流した後、ぐっと足に力を込め男子生徒の横を抜ける。
そして背後から首筋に、潰れた刃をそっと突き付けた。
「参りました。」
背後を取られた男子生徒が言うのを合図に、アシェルも剣を降ろす。
そしてお互いに向き合い頭を下げた。
「「ありがとうございました。」」
壁際に戻り水分を摂っていると、幼馴染達が近づいてくる。
「お疲れ。後ろ取るなんて、良い相手だったんだな。」
「ありがと、エト。うん、なかなか強かったよ。確か子爵家の息子でしょ?きっちり鍛錬積めば化けると思うよ。」
ごくごくと水筒の中の水を飲み、吹き出る汗を袖で拭う。
「っていうことは、今はもう一つなのに背後を取ったんだな。」
「ふふ、結構楽しかったから。サービスしちゃった。」
「どんなサービスだよ。」
デュークの呆れたような声にアシェルは笑うだけだ。
「皆は面白い相手いた?」
かなり鍛錬を積んでいるアシェル達でも、相性や根本的な力強さや技術などの差で負けることも多いが、それでも上位に食い込んでいる。
力量差がありすぎる相手と撃ち合っても面白くないので、どうしても同じような相手との訓練になりがちだ。
「アシェと手合わせするのが一番楽しい。」
きっぱりと言い切るアークエイドに、アシェル達は苦笑する。
「それはアークと僕の実力が拮抗してるから、長く撃ち合えるってだけでしょ?」
「それが楽しい。」
「ほんと、昔っからアークはアシェとやるの好きだよな。」
「お茶会でも、二人はなかなか決着つかなかったものな。」
長年続けた非公式お茶会を思い出し、皆で笑った。
そうしてまた、申し込まれた相手と手合わせしているうちに授業は終わった。
「暑い、気持ち悪い、シャワー浴びたい。」
剣術の授業を終え、真夏の気候と一限目から動きっぱなしで汗だくなアシェルは、不機嫌さを隠しもせずに言った。
その珍しい様子に、更衣室の空き待ちをしている幼馴染達が顔を見合わせる。
「浴びたらいいんじゃねーの?今から昼休みだし、シャワーは順番待てば使えるだろ。」
そういってエラートは、着替えるための個室とは違う扉を指し示す。
「……ベルに止められてる。」
汗で額に張り付く銀髪をかき上げながら、拗ねたように言うアシェルに「なんで?」と誰ともなく声が上がる。
「髪と肌が荒れるからって。土日はなんとか自由を勝ち取ったけど、魔法でチャチャっと乾かすのがダメなんだって。……でもさ?ドライヤーでじっくり乾かすのって、時間かかるし面倒じゃない?」
同意を求めるようなアシェルに、ボブカットのデュークと、基本は短髪で襟足だけを伸ばしているエラートは苦笑する。
「いや、僕はそんなに。侍従がやってくれるし。」
「俺もそうだけど、まぁほっといても乾くからなぁ。」
今この場で唯一アシェルと同じロングヘア仲間のアークエイドに視線を向ければ、仕方ないなぁというように少し表情が動く。
「イザベルだけでなく、侍女をもっと連れてくれば良かっただろう。『クリーン』。これで我慢しろ。」
そう言いながら、全員に『クリーン』をかけてくれる。
ふわっと温かい空気に包まれたと思ったら、さっきまで気持ち悪かった汗は綺麗さっぱりどこかにいってしまった。
「アークが綺麗にしてくれたから暑いのは我慢するよ、ありがとう。」
「……そもそも自分で使えるのに、魔力温存したかっただけだろ?」
「あれ、バレてた?」
ふふっと笑ったアシェルだがアークエイドは何も言わなかった。
朝からなんだかんだと体力も身体強化も使っているが、三限目は結界術で魔力を使うので、マナポーションを飲むとしてもできるだけ魔力は温存しておきたかったのだ。
更衣室に空きができたので、それぞれ空いた場所に入り制服に着替える。
アシェルも制服に着替える。
6月からは夏服なので半袖のシャツ姿だが、身体のラインを隠す目的と薬瓶の持ち歩きも兼ねて、アシェルは夏服でもベストを着用している。
見た目を考慮して、薬瓶はベストの内側に隠れるようになっている。
お洒落目的でベストを着用している生徒もいるにはいるので、そこまで目立つこともない。
着替えを終えた四人は食堂に移動する。
授業の流れと着替えのタイミングによってはバラバラに食堂に行くこともあるが、今日は四人一緒だ。
二限目を終えた生徒たちが集まる食堂の券売機で食券を買い、窓口でトレイを受け取る。
どこに座ろうかと、二階に上がり彷徨っていると声がかかった。
「アシェ、今から昼ご飯か?こっちにおいで。」
アルフォードの声がしてそちらをみると、アルフォードにアビゲイル、ユリウスとマチルダが揃って座っていた。
アシェル達に気づいたユリウスとマチルダが席を立つ。
「いえ、お話の途中だったのでしょう?」
「あぁ、気にしなくていいよ。そろそろ席を立つ予定だったんだ。」
「えぇ。ゆっくりご飯を食べて頂戴。」
「ありがとうございます。」
席を譲ってくれた二人にペコリと頭を下げ見送る。
そしてありがたくアルフォード達に同席させてもらうことにする。
着席して、いつものように隣のアークエイドの食事を少しずつ摘まみ許可を出す。
そして皆で「いただきます。」をして昼食を取り始めた。
今日は皆お肉系のランチでパンも大盛りにしてもらった。
身体を動かしまくったので、身体がカロリーを欲しているのだ。
「ふふ、アシェルは過保護ね?お兄様とアレリオン様を見てるみたいだわ。」
そんなアビゲイルの言葉にきょとんとしたアシェルは「そうですか?」と言葉を続ける。
「アン兄様はしてたんですよね?てっきりアビー様のはアル兄様がやってるとばかり。」
「おいおい、俺達学年が違うんだぞ?」
毎回一緒に食べてるわけじゃないというアルフォードに、アシェルは首を傾げる。
「でも、お昼休みに一緒に食べることはできるでしょう?アル兄様はアビー様の婚約者だから、待ち合わせて二人で食事をしても誰も咎めませんよ?むしろアビー様の安全を考えると、アル兄様からお誘いしてでもご一緒するべきです。」
「婚約者じゃなくて婚約者候補だ。」
「ノアのことに決着がついてない以上、世間的にはアル兄様が相手なので大丈夫ですよ。」
「ふふふ。わたくしは別にいいのよ。お兄様やアークのように狙われやすい訳ではないもの。逆に余りにも過保護すぎて、アレリオン様やアシェルはそこまでしなくても良いのにって思っちゃうわ。」
そんなアビゲイルの言葉に、アシェルはうーんと悩む。
「なんていうか、こうしないと落ち着かないというか、するのが当たり前というか。特に学院って沢山他人がいるから不安なんですよね、多分。だから、ある意味自分のためです。」
特にレストランでの事件もあったので、余計に不安に感じるのだと思う。
やはり王族はいつどんなタイミングで狙われるか分からないのだなと思ったし、あれが命を脅かす猛毒の類ではなくて良かったと本気で思ったのだ。
考えながらそう口にしたアシェルに、アビゲイルは嬉しそうに笑った。
「アークのことを大切にしてくれてるのね、ありがとう。不愛想な弟だけどこれからもよろしくね、皆様。」
そういって頭を下げるアビゲイルに、アシェルとエラート、デュークも頭を下げ返す。
「じゃあそろそろわたくし達もいくわ。またね。」
アビゲイルの言葉を合図にアルフォードも共に席を立った。
「アシェ、またな。生徒会室にも遊びに来いよ。」
チュッとリップ音を立てたキスが頭頂部に落ちてきて、そのまま二人は立ち去った。
「なんていうか。皆兄弟大好きだな。」
しみじみと呟いた一人っ子のエラート言葉に、返事を返す者はいなかった。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。
また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
大金で買われた少女、狂愛の王子の檻で宝石になる ―無自覚な天才調合師は第二王子の婚約者(虫除け)を演じることになりました―
甘塩ます☆
恋愛
「君を金貨三十枚で買ったのは、安すぎたかな」
酒浸りの父と病弱な母に売られた少女・ユナを救ったのは、国中から「放蕩王子」と蔑まれる第二王子・エルフレードだった。
「虫除けの婚約者になってほしい」というエルの言葉を受け、彼の別邸で暮らすことになったユナ。しかし、彼女には無自覚の天才調合師だった。
ユナがその才能を現すたび、エルの瞳は暗く濁り、独占欲を剥き出しにしていく。
「誰にも見せないで。君の価値に、世界が気づいてしまうから」
これは、あまりに純粋な天才少女と、彼女を救うふりをして世界から隠し、自分の檻に閉じ込めようとする「猛禽」な王子の物語。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる