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第二章 王立学院中等部一年生
54 衝動暴発①
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Side:アシェル12歳 夏
ダンスと剣術の授業を終え、お昼ご飯を食べながら時間いっぱいまで身体を休めたアシェル達は、三限目の結界学の授業の為に大講堂に向かって歩いていた。
デュークは結界学のロータス先生に呼び出されてしまったので、アシェルとアークエイド、エラートの三人だ。
週に一コマしかないこの結界学の授業は必修科目なので、一学年全員が大講堂に集まることになる。
そのため普段から騒がしいのだが、今日はあと数歩で大講堂の扉という辺りまでざわめきが聞こえてきていた。
「なんか騒がしいな?」
「だね、どうしたんだろ?」
騒がしさについて話しながら大講堂に入ると、そのざわめきと熱気がより一層大きなものとなる。
「あ、三人とも!遅いよ!!」
扉を開け入ってきたアシェル達に気付いたノアールが怒ったように言う。
確かに授業開始時間ぎりぎりな上、他の生徒の姿は見かけなかったので最後だと思うが遅刻ではないはずだ。
「三人はあの結界どうにかできないか!?リリィ達助けたくて俺達頑張ってるんだけど、無理なんだよ!」
切羽詰まったようなエトワールの言葉に「結界?助ける?」と疑問符を浮かべる三人に、マリクが「きょーたくの方見て。せんせーがなんかしたみたいなの。」と怒りを含ませた声で言う。
促され教室の前方を見れば、教卓のあたりでデュークを押し倒し馬乗りになったリリアーデがいた。
周囲の状況に目もくれず、貪るようにデュークの唇を奪っている。
その近くではロータス先生が喜色満面の笑みで二人を観察していた。
「衝動か。」
アークエイドが呟く間に、アシェルは結界を見てみようと『探査魔法』で二人の周囲を探る。
こんな見世物みたいになっているのだ。
幼馴染達が助けていないのには意味があるだろうと思ったが、予想通り。
リリアーデ達を中心に、ロータス先生も取り込んだ形で箱型の分厚い壁の結界が張られていた。
ボーン、ボーン、ボーンと三限目の開始を告げる鐘の音がなる。
「さぁ、皆さん揃いましたよね?今見ていただいているのはシルコット辺境伯爵家の加護の衝動です。こうして相性のいい相手から魔力を分けて貰って回復するそうです。実際同じ空間の私には目もくれずにね。この加護とは王家と四大公爵家、四大辺境伯爵家の直系にしかでない珍しい体質のことです。何故それらの直系にだけ特徴的な色が受け継がれるのか。加護が発現するのか。そして直系であるにも関わらず加護が出現するか否かが分かれるのか。そしてそれぞれの衝動の内容が違うのか。そのどれもが解明されていないのです。」
『拡声』された興奮と恍惚とした色を含んだロータス先生の声が、大講堂内に響き渡る。
「ふふふ。もうシルコット嬢には私の言葉も聞こえていないようですね。実際の加護持ちの潜在消費後の衝動を観れるのはとても貴重ですよ。しっかり観て勉強してくださいね。」
どこか悦に入ったロータス先生を見てギュッと拳を握りしめたエラートが、マリクに羽交い締めにされている。
「なんで止めるんだよ!?」
「無理だからー。結界も硬いし、せんせーも中に居るの。もー試したよ。」
「くそっ。」
そうしている間にも、リリアーデは濃厚なキスをデュークにしていた。
デュークの方は、すでにぐったりしているように見える。
あの様子では魔力枯渇を起こしてしまっているだろう。
「アシェ、どうだ?」
「だめ。結界一つにどれだけ魔力突っ込んだのさ。これ破ろうと思ったら僕まで潜在消費レベルで、ガッツリ魔力使わないと無理だよ。そこまで魔力がなくても時間をかければいけるけど……。」
「同意見だ。」
アークエイドの隠しもしない不愉快そうな表情。
幼馴染達の周囲に居る数人の生徒だけが、アシェル達のように結界をどうにかしようとしてくれているのだが、基本的に同級生たちはこの特殊な状況を騒ぎながら食い入るように見つめている。
年頃の少年少女たちの集まりなのだ。他人が情事に耽る姿を娯楽か何かと勘違いしているに違いない。
「加護の研究者か何かしらないけど、なんでこんなやつを雇ってるんだよ。」
「いいから、トワも綻び探して!」
比較的魔力操作の得意な幼馴染達と協力者の魔力が結界の周囲を取り巻いて、どうにかして術式の隙を付き解除しようとしているのを感じる。
「綻びはあるよ……でも。」
アシェルはその綻びをゆっくりと紐解くように魔力を動かしているが、圧倒的に時間が足りない。
結界そのものの完成度も高いのだが、普通であれば問題なくアシェルは解除出来ていただろう。
これでも魔力操作に関してだけは、クラスの誰より上手であると自負しているのだ。
だが、加護持ちの膨大な魔力が惜しみなく注ぎ込まれたであろう結界は、魔力操作の得意なアシェルが頑張ったとしても時間がかかりすぎる。
「誰か、この状況になったのはいつからか知らないか?」
アークエイドの言葉に一人の女子生徒が手を挙げた。
「わ、わたくしが教室に来たよりも後のことで、かれこれ30分くらいは……。」
「デュークが魔力枯渇を起こしてから、そろそろ10分経つよー。しょーじき、俺らもやばいと思う。」
マリクの補足するような言葉に「そうか。」と呟いたアークエイドは決断を下す。
「このままココに居ると衝動暴発に巻き込まれる。もう猶予はないから今すぐ教室を出て離れるぞ。」
そのアークエイドの言葉に幼馴染達がこくりと頷く。
「わたくしは学院長に報告してまいります。」
一足早くイザベルが言い、駆け足で大講堂を出ていく。
アークエイドが『拡声』し、最終通告となる注意喚起をした。
「全員、衝動暴発に巻き込まれたくなければ、見るのを止めて今すぐ教室から離れろ。」
それだけ言って教室を出る。
幼馴染達と協力してくれていた数名、後はこの状況に不快そうな顔をしていた人間だけが席を立ち、アークエイドに続いて大講堂の外に出た。
「ノア、トワ、避難者の誘導を。」
「「分かった。」」
ノアールとエトワールは出てきた生徒達を連れて階段の方へ消える。
大講堂は5階で使われている数少ない教室の一つなので、離れるためには校舎外に出るのが一番だ。
「マリク。アシェの兄、アルフォードの匂いは分かるか?探して状況を。」
「分かるよー。見つけたら少しよゆーもって大講堂に入るよーに連れてくるねー。」
そう言ってマリクも駆け出していく。
「エトは一階下の教室の生徒達を避難させてくれ。教師に大講堂で衝動暴発が起きる、と言えばすぐに行動してくれるはずだ。」
「それはいいけど、二人は?」
「僕は暴発したあとにデュークの救助活動かな。ただでさえ魔力枯渇を起こしてるデュークの僅かに残った魔力も、教室中の生徒の魔力や結界の魔力も。間違いなく根こそぎリリィに奪われるからね。ま、自業自得の生徒達は余力があれば救助かな。」
そう言ってマナポーションを飲むアシェル。
「俺はアシェに魔力を温存させるために防御担当だな。生徒会室の前あたりで結界を張って、衝動暴発が起きたらすぐに突入できるようにする。」
「なるほどな。分かった。」
そういってエラートの姿も階段の下へ消えた。
「はい、アークも飲んでおいて。」
アシェルはマナポーションをアークエイドに渡しながら廊下を走る。
大講堂の丁度、中庭を挟んで向かい側に当たる生徒会執行部の教室前で立ち止まった二人は、ゆっくり深呼吸する。
アークエイドが『ストレージ』から結界の術式が書かれたスクロールとチョークのようなものを取り出し、二人が立てばギリギリという四角形の四隅にマークを記す。
「すまないが密着してくれ。限界まで結界の防御力を上げる。空気中の魔素濃度の変化だけは確認してもらってもいいか?」
「もちろん。結界作らせてごめんね。早めに助けに行かないと、デュークが危険だと思うから……。」
「分かっている。」
床に置いたスクロールの上、小さな四角の中に立ち、お互いの背中に腕を回してギュッと抱き締めた。
耳元でアークエイドが詠唱を紡ぐ声と、スクロールに魔力を流すのを感じる。
「魔素の煌めきよ。光は集い硬き水晶となれ。万物の事象より我が身を守り給え『障壁』。」
短縮していない詠唱を終えたと同時に、アシェル達の周囲に人一人分の厚みを持つ結界が出現する。
肩に載せられたアークエイドの頭がずしっと重くなった。
魔力を使いすぎて身体が怠いのだろう。
加護持ちは魔力枯渇でも動けるというだけで、潜在消費手前では倦怠感も感じるのだ。
「お疲れ様。」
「いや。この後、俺は役に立たないからな。」
「そりゃあここからはメイディー家の本領発揮だよ。あ、でも、一緒についてきてリリィは取り押さえてよね?たっぷり空気中の魔素も皆の魔力も吸って満足してるはずだけど、僕も相性良いから。万が一リリィに襲われたら、折角温存した魔力吸われちゃうからね。」
「くくっ、確かにな。」
お互い顔が見えないまま抱き締め合って、時が満ちるのを待つ。
使っていた『探査魔法』の情報が途絶えた。
「暴発した。」
「行くぞ。『解除』。」
アークエイドがかなり質量の減った結界を解くと、途端にズンと重苦しい空気に襲われた。
廊下を走る。
「魔素のない空気なんて初体験だよ。」
「俺もだ。」
大講堂の扉を開くとぐったりとした屍の山。
——生徒達が机に突っ伏したり、ある者は床に転がっている。
呻き声も上がっているが、失神している割合の方が高いように見える。
そんな教室を突っ切って。
結界どころか空気中の魔素すら無くなった空間で、デュークの上に覆いかぶさったままのリリアーデの身体を抱き上げる。
焦点は合っておらず、夢心地の幸せそうな表情だ。
そのままアークエイドに渡す。
「デューク、意識ある?」
ぺちぺちとその頬を叩くと、薄っすらと瞼が持ち上がった。
「……なん、とかな。」
「マナポーション入れるからちゃんと飲んでよ。」
アシェルはマナポーションを口に含み、そのままデュークの唇を奪う。そしてそのまま液体を流し込んだ。
こぼさないようにゆっくりと魔力も乗せて注ぎ込めば、コク、コクと嚥下する音が聞こえる。
全て飲ませたアシェルは唇を離し、デュークの手を取った。
「本当はリリィみたいにした方が、魔力の受け渡しはスムーズなんだけどね。」
そう言いながらゆっくり手の平から魔力を流し、デュークの身体に染みわたらせていく。
魔力の譲渡が目的なので循環はさせない。
「ははっ……じゃあ今のは大サービスだな。」
マナポーションに混ぜていた波長を合わせた魔力に気付いたのか、デュークは弱々しい声で言う。
そしてリリアーデの両脇の下に腕を通し、羽交い絞めにするようにして立っているアークエイドに視線を向けた。
「リリィは、大丈夫そうか?」
「あぁ。どちらかというと魔力過多気味なのか、ぼーっとしてるがな。これくらいなら問題ないだろ。」
「そうか。……クソ野郎は?」
「教師ならそこに転がっている。間近で、それも同じ結界の中で魔力暴発を食らったんだ。伯爵家程度じゃ、この後無事かどうかは半々ってところじゃないか。」
「ふっ、死んでくれても良いんだがな。リリィを騙しやがって。」
そんなことを話している幼馴染達の声を聴きながら、アシェルは魔力の受け渡しをしていく。
アシェルの持つ魔力を半分ほど消費しただろうか。
手からだと変換効率は悪いので、渡した量の三分の一から半分程度がデュークの魔力として浸透していればいいほうだが、もう問題なく動けるはずだ。
「どう?」
手を離して聞くと、デュークはゆっくり起き上がった。
「ありがとう。かなり楽になった。」
「良かったよ。」
タイミング良く大講堂の扉が開き、アルフォードを筆頭に教師達が入ってくる。
「意識のある生徒達からマナポーションを飲ませなさい!重傷者を発見した者は教卓のところまで運ぶように。」
声を張り上げるアビゲイルの指示に従う教師達。
皆大量のマナポーションを、その手に持ったバスケットに詰めているようだ。
アルフォードは真っ直ぐにアシェルの所まで来る。
「アシェ、お前は無事か?」
魔力暴発に巻き込まれていないかの確認だろう。
「えぇ、アークに守ってもらいました。今、友人に魔力譲渡したところです。」
「ポーションは?」
「自分の回復が必要なので配れないですね。」
「自分で飲む分はあるんだな?加護持ちなんだから、俺や他の奴が作ったポーションなんてほぼ役に立たないだろ。」
「あぁ、そういう意味なら大丈夫です。」
そう言ってアシェルもアルフォードも、マナポーションを一つ飲み干した。
これでもう少し魔力は回復するだろう。
アークエイドはデュークにリリアーデを引き渡し、医務室に向かわせたようだ。
双子に一人の教師が付き添って大講堂を出ていくのが見えた。
「なるべく俺が魔力譲渡するけど、こんだけくたばってたら多分、俺一人じゃ無理だ。あんまり負担かけたくないけど……。」
「そのためのメイディー家でしょ。」
早速運ばれてきた生徒の手を取り、アルフォードは生徒の意識が回復する程度まで魔力譲渡を行う。
意識さえ回復すればマナポーションを飲ませることができるので、過剰な受け渡しはしない。
「大丈夫か?」
心配そうな表情をしたアークエイドが、アシェルの隣に腰を降ろす。
「うん。……これ、預けておくね。最後の一本と鍵。潜在消費起こしたら、僕の部屋に連れて帰ってくれる?キッチンに詰め込んでくれればいいからさ。」
マナポーションと部屋の鍵をアークエイドの手の平に押し付ける。
「次兄の方は?」
「アル兄様は加護持ちじゃないから、動けなくなるまで魔力譲渡した時点で医務室行きだよ。まぁ、医務室行きか部屋に帰すかは、アビー様がなんとかしてくれるんじゃないかな。」
そう言ってアビゲイルの方に視線をやると、指示を飛ばしながらもアルフォードに気遣うような視線をチラチラと飛ばしているのが見える。
「そうだな。分かった。」
アシェルも続々と運ばれてくる生徒の手を取り魔力譲渡を始める。
驚くほど微かにしか残っていない魔力の形を再現しながらゆっくりと、相手の魔力回路に馴染ませて流れを作っていく。
魔力回路の中をスムーズに魔力が巡り始めると、うぅと呻き声を上げながら生徒の瞼が持ち上がる。
他人の魔力が体内に入ってくる感覚は気持ち悪いので、それが刺激になって目が覚めるのだろう。
「目が覚めた?教師がマナポーションを持ってくるから、必ずそれを飲んでね。飲めば今より身体が楽になるはずだから。」
コクっと頷いたのを見て、次の生徒に魔力譲渡をしに行く。
そうやってどんどん治療していく間、何もできないアークエイドは、時折回復した生徒を誘導しながら見守ってくれていた。
ダンスと剣術の授業を終え、お昼ご飯を食べながら時間いっぱいまで身体を休めたアシェル達は、三限目の結界学の授業の為に大講堂に向かって歩いていた。
デュークは結界学のロータス先生に呼び出されてしまったので、アシェルとアークエイド、エラートの三人だ。
週に一コマしかないこの結界学の授業は必修科目なので、一学年全員が大講堂に集まることになる。
そのため普段から騒がしいのだが、今日はあと数歩で大講堂の扉という辺りまでざわめきが聞こえてきていた。
「なんか騒がしいな?」
「だね、どうしたんだろ?」
騒がしさについて話しながら大講堂に入ると、そのざわめきと熱気がより一層大きなものとなる。
「あ、三人とも!遅いよ!!」
扉を開け入ってきたアシェル達に気付いたノアールが怒ったように言う。
確かに授業開始時間ぎりぎりな上、他の生徒の姿は見かけなかったので最後だと思うが遅刻ではないはずだ。
「三人はあの結界どうにかできないか!?リリィ達助けたくて俺達頑張ってるんだけど、無理なんだよ!」
切羽詰まったようなエトワールの言葉に「結界?助ける?」と疑問符を浮かべる三人に、マリクが「きょーたくの方見て。せんせーがなんかしたみたいなの。」と怒りを含ませた声で言う。
促され教室の前方を見れば、教卓のあたりでデュークを押し倒し馬乗りになったリリアーデがいた。
周囲の状況に目もくれず、貪るようにデュークの唇を奪っている。
その近くではロータス先生が喜色満面の笑みで二人を観察していた。
「衝動か。」
アークエイドが呟く間に、アシェルは結界を見てみようと『探査魔法』で二人の周囲を探る。
こんな見世物みたいになっているのだ。
幼馴染達が助けていないのには意味があるだろうと思ったが、予想通り。
リリアーデ達を中心に、ロータス先生も取り込んだ形で箱型の分厚い壁の結界が張られていた。
ボーン、ボーン、ボーンと三限目の開始を告げる鐘の音がなる。
「さぁ、皆さん揃いましたよね?今見ていただいているのはシルコット辺境伯爵家の加護の衝動です。こうして相性のいい相手から魔力を分けて貰って回復するそうです。実際同じ空間の私には目もくれずにね。この加護とは王家と四大公爵家、四大辺境伯爵家の直系にしかでない珍しい体質のことです。何故それらの直系にだけ特徴的な色が受け継がれるのか。加護が発現するのか。そして直系であるにも関わらず加護が出現するか否かが分かれるのか。そしてそれぞれの衝動の内容が違うのか。そのどれもが解明されていないのです。」
『拡声』された興奮と恍惚とした色を含んだロータス先生の声が、大講堂内に響き渡る。
「ふふふ。もうシルコット嬢には私の言葉も聞こえていないようですね。実際の加護持ちの潜在消費後の衝動を観れるのはとても貴重ですよ。しっかり観て勉強してくださいね。」
どこか悦に入ったロータス先生を見てギュッと拳を握りしめたエラートが、マリクに羽交い締めにされている。
「なんで止めるんだよ!?」
「無理だからー。結界も硬いし、せんせーも中に居るの。もー試したよ。」
「くそっ。」
そうしている間にも、リリアーデは濃厚なキスをデュークにしていた。
デュークの方は、すでにぐったりしているように見える。
あの様子では魔力枯渇を起こしてしまっているだろう。
「アシェ、どうだ?」
「だめ。結界一つにどれだけ魔力突っ込んだのさ。これ破ろうと思ったら僕まで潜在消費レベルで、ガッツリ魔力使わないと無理だよ。そこまで魔力がなくても時間をかければいけるけど……。」
「同意見だ。」
アークエイドの隠しもしない不愉快そうな表情。
幼馴染達の周囲に居る数人の生徒だけが、アシェル達のように結界をどうにかしようとしてくれているのだが、基本的に同級生たちはこの特殊な状況を騒ぎながら食い入るように見つめている。
年頃の少年少女たちの集まりなのだ。他人が情事に耽る姿を娯楽か何かと勘違いしているに違いない。
「加護の研究者か何かしらないけど、なんでこんなやつを雇ってるんだよ。」
「いいから、トワも綻び探して!」
比較的魔力操作の得意な幼馴染達と協力者の魔力が結界の周囲を取り巻いて、どうにかして術式の隙を付き解除しようとしているのを感じる。
「綻びはあるよ……でも。」
アシェルはその綻びをゆっくりと紐解くように魔力を動かしているが、圧倒的に時間が足りない。
結界そのものの完成度も高いのだが、普通であれば問題なくアシェルは解除出来ていただろう。
これでも魔力操作に関してだけは、クラスの誰より上手であると自負しているのだ。
だが、加護持ちの膨大な魔力が惜しみなく注ぎ込まれたであろう結界は、魔力操作の得意なアシェルが頑張ったとしても時間がかかりすぎる。
「誰か、この状況になったのはいつからか知らないか?」
アークエイドの言葉に一人の女子生徒が手を挙げた。
「わ、わたくしが教室に来たよりも後のことで、かれこれ30分くらいは……。」
「デュークが魔力枯渇を起こしてから、そろそろ10分経つよー。しょーじき、俺らもやばいと思う。」
マリクの補足するような言葉に「そうか。」と呟いたアークエイドは決断を下す。
「このままココに居ると衝動暴発に巻き込まれる。もう猶予はないから今すぐ教室を出て離れるぞ。」
そのアークエイドの言葉に幼馴染達がこくりと頷く。
「わたくしは学院長に報告してまいります。」
一足早くイザベルが言い、駆け足で大講堂を出ていく。
アークエイドが『拡声』し、最終通告となる注意喚起をした。
「全員、衝動暴発に巻き込まれたくなければ、見るのを止めて今すぐ教室から離れろ。」
それだけ言って教室を出る。
幼馴染達と協力してくれていた数名、後はこの状況に不快そうな顔をしていた人間だけが席を立ち、アークエイドに続いて大講堂の外に出た。
「ノア、トワ、避難者の誘導を。」
「「分かった。」」
ノアールとエトワールは出てきた生徒達を連れて階段の方へ消える。
大講堂は5階で使われている数少ない教室の一つなので、離れるためには校舎外に出るのが一番だ。
「マリク。アシェの兄、アルフォードの匂いは分かるか?探して状況を。」
「分かるよー。見つけたら少しよゆーもって大講堂に入るよーに連れてくるねー。」
そう言ってマリクも駆け出していく。
「エトは一階下の教室の生徒達を避難させてくれ。教師に大講堂で衝動暴発が起きる、と言えばすぐに行動してくれるはずだ。」
「それはいいけど、二人は?」
「僕は暴発したあとにデュークの救助活動かな。ただでさえ魔力枯渇を起こしてるデュークの僅かに残った魔力も、教室中の生徒の魔力や結界の魔力も。間違いなく根こそぎリリィに奪われるからね。ま、自業自得の生徒達は余力があれば救助かな。」
そう言ってマナポーションを飲むアシェル。
「俺はアシェに魔力を温存させるために防御担当だな。生徒会室の前あたりで結界を張って、衝動暴発が起きたらすぐに突入できるようにする。」
「なるほどな。分かった。」
そういってエラートの姿も階段の下へ消えた。
「はい、アークも飲んでおいて。」
アシェルはマナポーションをアークエイドに渡しながら廊下を走る。
大講堂の丁度、中庭を挟んで向かい側に当たる生徒会執行部の教室前で立ち止まった二人は、ゆっくり深呼吸する。
アークエイドが『ストレージ』から結界の術式が書かれたスクロールとチョークのようなものを取り出し、二人が立てばギリギリという四角形の四隅にマークを記す。
「すまないが密着してくれ。限界まで結界の防御力を上げる。空気中の魔素濃度の変化だけは確認してもらってもいいか?」
「もちろん。結界作らせてごめんね。早めに助けに行かないと、デュークが危険だと思うから……。」
「分かっている。」
床に置いたスクロールの上、小さな四角の中に立ち、お互いの背中に腕を回してギュッと抱き締めた。
耳元でアークエイドが詠唱を紡ぐ声と、スクロールに魔力を流すのを感じる。
「魔素の煌めきよ。光は集い硬き水晶となれ。万物の事象より我が身を守り給え『障壁』。」
短縮していない詠唱を終えたと同時に、アシェル達の周囲に人一人分の厚みを持つ結界が出現する。
肩に載せられたアークエイドの頭がずしっと重くなった。
魔力を使いすぎて身体が怠いのだろう。
加護持ちは魔力枯渇でも動けるというだけで、潜在消費手前では倦怠感も感じるのだ。
「お疲れ様。」
「いや。この後、俺は役に立たないからな。」
「そりゃあここからはメイディー家の本領発揮だよ。あ、でも、一緒についてきてリリィは取り押さえてよね?たっぷり空気中の魔素も皆の魔力も吸って満足してるはずだけど、僕も相性良いから。万が一リリィに襲われたら、折角温存した魔力吸われちゃうからね。」
「くくっ、確かにな。」
お互い顔が見えないまま抱き締め合って、時が満ちるのを待つ。
使っていた『探査魔法』の情報が途絶えた。
「暴発した。」
「行くぞ。『解除』。」
アークエイドがかなり質量の減った結界を解くと、途端にズンと重苦しい空気に襲われた。
廊下を走る。
「魔素のない空気なんて初体験だよ。」
「俺もだ。」
大講堂の扉を開くとぐったりとした屍の山。
——生徒達が机に突っ伏したり、ある者は床に転がっている。
呻き声も上がっているが、失神している割合の方が高いように見える。
そんな教室を突っ切って。
結界どころか空気中の魔素すら無くなった空間で、デュークの上に覆いかぶさったままのリリアーデの身体を抱き上げる。
焦点は合っておらず、夢心地の幸せそうな表情だ。
そのままアークエイドに渡す。
「デューク、意識ある?」
ぺちぺちとその頬を叩くと、薄っすらと瞼が持ち上がった。
「……なん、とかな。」
「マナポーション入れるからちゃんと飲んでよ。」
アシェルはマナポーションを口に含み、そのままデュークの唇を奪う。そしてそのまま液体を流し込んだ。
こぼさないようにゆっくりと魔力も乗せて注ぎ込めば、コク、コクと嚥下する音が聞こえる。
全て飲ませたアシェルは唇を離し、デュークの手を取った。
「本当はリリィみたいにした方が、魔力の受け渡しはスムーズなんだけどね。」
そう言いながらゆっくり手の平から魔力を流し、デュークの身体に染みわたらせていく。
魔力の譲渡が目的なので循環はさせない。
「ははっ……じゃあ今のは大サービスだな。」
マナポーションに混ぜていた波長を合わせた魔力に気付いたのか、デュークは弱々しい声で言う。
そしてリリアーデの両脇の下に腕を通し、羽交い絞めにするようにして立っているアークエイドに視線を向けた。
「リリィは、大丈夫そうか?」
「あぁ。どちらかというと魔力過多気味なのか、ぼーっとしてるがな。これくらいなら問題ないだろ。」
「そうか。……クソ野郎は?」
「教師ならそこに転がっている。間近で、それも同じ結界の中で魔力暴発を食らったんだ。伯爵家程度じゃ、この後無事かどうかは半々ってところじゃないか。」
「ふっ、死んでくれても良いんだがな。リリィを騙しやがって。」
そんなことを話している幼馴染達の声を聴きながら、アシェルは魔力の受け渡しをしていく。
アシェルの持つ魔力を半分ほど消費しただろうか。
手からだと変換効率は悪いので、渡した量の三分の一から半分程度がデュークの魔力として浸透していればいいほうだが、もう問題なく動けるはずだ。
「どう?」
手を離して聞くと、デュークはゆっくり起き上がった。
「ありがとう。かなり楽になった。」
「良かったよ。」
タイミング良く大講堂の扉が開き、アルフォードを筆頭に教師達が入ってくる。
「意識のある生徒達からマナポーションを飲ませなさい!重傷者を発見した者は教卓のところまで運ぶように。」
声を張り上げるアビゲイルの指示に従う教師達。
皆大量のマナポーションを、その手に持ったバスケットに詰めているようだ。
アルフォードは真っ直ぐにアシェルの所まで来る。
「アシェ、お前は無事か?」
魔力暴発に巻き込まれていないかの確認だろう。
「えぇ、アークに守ってもらいました。今、友人に魔力譲渡したところです。」
「ポーションは?」
「自分の回復が必要なので配れないですね。」
「自分で飲む分はあるんだな?加護持ちなんだから、俺や他の奴が作ったポーションなんてほぼ役に立たないだろ。」
「あぁ、そういう意味なら大丈夫です。」
そう言ってアシェルもアルフォードも、マナポーションを一つ飲み干した。
これでもう少し魔力は回復するだろう。
アークエイドはデュークにリリアーデを引き渡し、医務室に向かわせたようだ。
双子に一人の教師が付き添って大講堂を出ていくのが見えた。
「なるべく俺が魔力譲渡するけど、こんだけくたばってたら多分、俺一人じゃ無理だ。あんまり負担かけたくないけど……。」
「そのためのメイディー家でしょ。」
早速運ばれてきた生徒の手を取り、アルフォードは生徒の意識が回復する程度まで魔力譲渡を行う。
意識さえ回復すればマナポーションを飲ませることができるので、過剰な受け渡しはしない。
「大丈夫か?」
心配そうな表情をしたアークエイドが、アシェルの隣に腰を降ろす。
「うん。……これ、預けておくね。最後の一本と鍵。潜在消費起こしたら、僕の部屋に連れて帰ってくれる?キッチンに詰め込んでくれればいいからさ。」
マナポーションと部屋の鍵をアークエイドの手の平に押し付ける。
「次兄の方は?」
「アル兄様は加護持ちじゃないから、動けなくなるまで魔力譲渡した時点で医務室行きだよ。まぁ、医務室行きか部屋に帰すかは、アビー様がなんとかしてくれるんじゃないかな。」
そう言ってアビゲイルの方に視線をやると、指示を飛ばしながらもアルフォードに気遣うような視線をチラチラと飛ばしているのが見える。
「そうだな。分かった。」
アシェルも続々と運ばれてくる生徒の手を取り魔力譲渡を始める。
驚くほど微かにしか残っていない魔力の形を再現しながらゆっくりと、相手の魔力回路に馴染ませて流れを作っていく。
魔力回路の中をスムーズに魔力が巡り始めると、うぅと呻き声を上げながら生徒の瞼が持ち上がる。
他人の魔力が体内に入ってくる感覚は気持ち悪いので、それが刺激になって目が覚めるのだろう。
「目が覚めた?教師がマナポーションを持ってくるから、必ずそれを飲んでね。飲めば今より身体が楽になるはずだから。」
コクっと頷いたのを見て、次の生徒に魔力譲渡をしに行く。
そうやってどんどん治療していく間、何もできないアークエイドは、時折回復した生徒を誘導しながら見守ってくれていた。
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