氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第二章 王立学院中等部一年生

55 衝動暴発②

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Side:アシェル12歳 夏



「アル、そこで止めなさい。」

有無を言わせないアビゲイルの声が響いた。

目の前の生徒に魔力譲渡しながら声のした方を見ると、アルフォードが肩で息をしながら治療に当たっているところだった。

「だが……。」

「それ以上は、貴方が魔力枯渇を起こしますわよ?馬鹿みたいにマナポーションを飲んでも無駄なことは知ってるでしょう。」

そう言いながらアビゲイルは、アルフォードの周りに転がっている数本の空の薬瓶を拾い集めている。

目の前の生徒の意識の回復を確認したアシェルは、アルフォードに声をかけた。

「アル兄様。あとは僕がやるから大丈夫ですよ。」

「でも……。」

意識のない生徒はあと7人。
それを見てアシェルだけに魔力譲渡をさせるのは、とアルフォードは言い淀むが、アシェルは首を振った。

「アル兄様が倒れては本末転倒です。もうかなり限界でしょう?僕なら大丈夫ですよ。なんたって第三子なのに加護持ちですので、ちょっとくらい無理しても倒れません。」

「だが衝動が。」

「知ってるでしょ?我が家の衝動は人畜無害な“喉の渇き”だって。アークもいてくれるし、まだマナポーションはあります。アル兄様はしっかり休んで回復してください。」

本当はマナポーションの残りは後一本だけなのだが、心配させるだけなのでそんなことは言わない。残っているのは事実だ。

「……分かった。無理はするなよ?」

「それは僕のセリフですよ。」

心配そうなアルフォードに苦笑を返す。

「アーク、あとはお願いしても良いかしら?教師も人数分と戸締りする人間だけ置いておくから、回復した生徒から医務室に運ばせて頂戴。もう指示は出してるから特別することはないけど、アシェルはお願いね?」

「当たり前だ。」

短いアビゲイルとアークエイドのやり取りの後、アルフォードはアビゲイルに支えられ大講堂を出て行った。

アシェルも残りの生徒の治療をしていく。

実は既に倦怠感を通り越して“渇き”を感じているが、それは無視した。
まだ先に飲んだマナポーションの回復力もあるのか、我慢できないほどの渇きではない。

今は救助活動の方が大事だ。

一人、また一人と治療を終え、先生に介抱されるのも確認せず次の生徒の手を取る。
最後の生徒の意識が戻るころには、アシェルも肩で息をしていた。

戸締りの為に残った先生に礼を言われ、微笑みだけ返す。

アークエイドが近寄ってきて、蓋を開けてくれたマナポーションの薬瓶を、奪うように取り中身を飲み干した。

「……もっと欲しい……。」

数口では癒されないほど喉の渇きが強くぼそりと呟く。

巻き込まれた生徒達を助けないと!という緊張の糸が切れると、潜在消費で起きた衝動を強く感じる。
加護判別をした時の比ではないくらい強い渇望に、今まで我慢できていたのが不思議なくらいに思えてしまうくらいだ。

アークエイドは『ストレージ』から水筒を取り出し、こちらも蓋を開けて手渡してくれた。
それに口を付ける前にふわりとお姫様抱っこされる。

「口を付けたもので悪いが我慢してくれ。あと、少しずつ飲め。すぐに飲んでしまうと、帰りつくまで辛いぞ。」

「うん、ありがとう。」

アークエイドの腕に抱かれたアシェルは、忠告通りちびちびと水を飲む。
コクリと喉を潤す水を嚥下する瞬間にだけ満たされた気分になるが、すぐにまた口渇感が襲ってくる。

アークエイドはそんなアシェルを抱き抱えたまま、足早に寮へ戻ったのだった。




寮のオートロックの扉を潜り、アシェルの部屋の鍵を開けて中に入ったアークエイドは、応接間のソファーにアシェルを降ろしてキッチンへ向かった。
冷蔵庫の中には果実水や牛乳が冷えていたので、それらといくつかのコップをトレイに乗せ、アシェルの元へと戻る。

アークエイドがコップに果実水を注いで手渡してやれば、先程の忠告を守りちびちびとアシェルが飲み始める。

「……ありがと、アーク。これだけ用意してくれたら大丈夫だよ。」

あとはマナポーションでの魔力回復を待つしかない。

「衝動が落ち着くまでは帰らない。」

「そんなこと言ってると帰れなくなるよ?」

多分本当に衝動が落ち着くまで帰るつもりはないんだろうなと、アシェルは苦笑してまた果実水を口にする。
アークエイドは人目が無くなったからか、伊達眼鏡を外して『ストレージ』に放り込んだ。

「明日は休みだし問題ないだろ。」

「せめて使用人さん達には——。」

言付けしないと心配するよ?と言おうとしたところで、コンコンと扉を叩く音がする。
そしてガチャリと鍵と扉が開き、イザベルが入ってきた。

「お戻りでしたか。アークエイド様、ありがとうございます。」

アシェルを連れ返ってきてくれたであろうアークエイドへ、イザベルが深々と礼をする。

「ベルもありがとう。いっぱい教師が来てくれたよ。」

「えぇ、医務室の方で手伝っておりましたので存じております。リリアーデ様とデューク様は一晩医務室で過ごすそうですが、意識はしっかりしてましたし、お元気そうでしたよ。アルフォードお義兄様がアシェル様の心配をしていましたがお加減は?」

イザベルが心配そうに顔を覗き込んでくる。
きっとアークエイドがいなければ、「身体は大丈夫なんですか!?なんで無理したんですか!!」なんて言いながらあちこちペタペタ触って確認したに違いない。

「加護の影響は出てるけど、アル兄様に比べたら楽なものだと思うよ。あの様子だと、ベッドに入るなり気絶したんじゃない?」

苦笑するアシェルに、イザベルは頷いて同意を示した。

「今日はお風呂とかはいいから、イザベルは下がって。寮でゆっくりしてね。」

「ですが……。」

「良いから。あ、寮に戻るついでに皆に大丈夫だよって伝えてもらえる?ご飯も各自でって。あと、シルコット家の使用人達にも、連絡は行ってるだろうけどどんな様子だったかだけは教えてあげて。心配してるだろうから。」

「分かりました。必ずゆっくりお休みくださいね?」

「あはは、流石にそんなに無理しないし、させてくれないと思う。」

ちらりと隣に座るアークエイドを見れば、イザベルも「そうですね。」と納得する。

「アークエイド様は連絡なさいましたか?」

「まだだ。」

「でしたら、そちらにも連絡しますが。」

「頼む。今日は自由に過ごしてくれと伝えておいてくれ。」

「承知いたしました。それでは失礼いたします。」

イザベルがペコリと礼をし部屋を出て、鍵をかける音が聞こえた。

それを確認したアシェルは、コップに新たな果実水を注ぎごくごくと飲み干す。
耐えていた水分への渇望に潤いがもたらされる。

、な……強がるのもいいが、イザベルも衝動については知ってるだろ。」

「知ってる、知ってるけど。こんな情けないとこ見せたくないもん。……本当はアークにも見せたくないけど、帰るつもりないんでしょ?」

また果実水を注ぎ直し、今度はちまちまと口にする。
衝動のままに飲み干していたら、あっという間に水腹になってしまう。

「ないな。別に俺の前でくらい弱いところを見せればいい。」

「ふふっ、そういうのは好きになった女の子に言ってあげたら喜ぶと思うよ。」

アークエイドにそんなイケメンな言葉をかけられた女の子はイチコロだろう。
そんなことを思いながらアシェルは笑う。

「……俺はアシェのことが好きだ。」

「あはは、ありがとう。まぁ、見せる見せないっていうか、もうすでに衝動に負けてるとこ見られたことあるし、今更だよね。」

前は媚薬の影響と潜在消費の衝動、そして強烈な眠気で朦朧としたままアークエイドに迷惑をかけたらしいことは覚えているが、細かい内容までは覚えていなかった。
ただキスを諦めた代わりに指に吸い付いたのは覚えていて、とても申し訳なく思いつつも蒸し返すのが恥ずかしいので謝れていないだけだ。

「まぁ……そうだな。」

アークエイドもあの日のことを思い出したのか、ほんのり耳が赤くなる。

なんとなく気恥ずかしいまま無言になり、コクリ、コクリとアシェルが嚥下する音だけが響く。

「覚えてるのか?」

「……その、指を咥えてしまったのは覚えてます、ごめんなさい!あとはお父様に睡眠薬飲まされたのは分かるけど、そのあとのことはふんわりしすぎてて。夢現って感じだったからあまり……。」

しゅんと眉を下げ申し訳なさそうな表情になるアシェル。

「謝る必要はない、巻き込んだのは俺だしな。ただ……今後同じような事態になったら、ちゃんとアシェの解毒に魔力を割いてくれ。アシェを犠牲にしてまで助かりたいとは思わない。」

「そうは言われても、同じ状況になったら同じことする自信あるからなぁ。」

果実水をまたコクリと飲んで話を続ける。

「あれが死ぬような薬だったとしても、やっぱり僕よりアークの命の方が優先度が高いし。相手を解毒するために僕の魔力を入れるってことは、しばらく相手は魔力を上手く扱えなくなっちゃったりするしさ。そうなると、命に影響ない薬の解毒に魔力割くより、いざという時に使えるように温存しておきたいんだよね。」

どこまでも他人を助けることに重きを置いていて、アシェル自身のことは後回しな発言だ。
アークエイドは小さく溜め息を吐いた。

今日だって結局、デュークがリリアーデを抱えて動ける程度まで回復させた上で、アルフォードより多くの生徒に魔力を渡していた。

いくら人畜無害な衝動だとしても、耐えながら治療を続けるのはかなり辛かっただろう。
下手をしたらアシェル自身が衝動暴発を起こす恐れさえあったのだと、当の本人は分かっているのだろうか。

そんなことをアークエイドが考えているなんて知らないまま、アシェルはちびちびと果実水を飲む。
本当はマナポーションの在庫があればいいのだが、生憎とホルスターに常備してる薬剤以外は、教師を通して王立病院や王宮医務室に卸していて在庫がない。

(マナポーションは5本でも多いと思ってたけど、もっと要るかな。)

ホルスターに余りがあるので、マナポーションで埋めてしまってもいいかもしれないなどと考えながら、ちびちび果実水を飲んでいく。

「命に影響か……貞操の危機も気にしてくれ。」

「それ気にするのはご令嬢でしょ?男同士で何を気にするのさ。本当に手を出してきそうなやつらはちゃんと撃退したしね。」

「くくくっ、確かに。治療に難儀したって聞いたぞ。薬が強すぎて中和するのが大変だったとな。」

「ふふ、僕お手製だよ?素材の鮮度もお墨付きだしね。」

ふふんと自慢気なアシェルに、アークエイドはまたくくくっと笑った。
かと思えば真剣な顔でじっと見つめてくる。

「本当に手を出してきそうと思ったから撃退したんだろ?俺相手には思わなかったのか?」

今日のアークエイドは、どうもあの媚薬が使われた事件のことを蒸し返したいらしい。

「え、だって襲わなかったでしょ?」

「ふーん、そうか。アレはアシェの中では襲ってるうちに入らないのか。」

急に不機嫌そうな声になったアークエイドが、スッと手を伸ばしてきてゆっくりと首筋を撫でた。
——今は消えてしまった所有印のつけられた辺りを。

その痕と付けられた時の快感を思い出し、背中がゾクゾクとする。
アークエイドは時折こんな風に、いきなりスイッチが入ったようにドキッとする仕草をするので心臓に悪い。

「えっと、アーク、どうしたの?なんか様子が……。」

戸惑うアシェルに、あの時のような熱の籠ったサファイアブルーの瞳が向けられる。

「今日だって、デュークに口移しでマナポーションを飲ませていたしな。」

「あれは僕が襲ったんじゃなくてだからね?」

「知ってる。俺とのキスもだったからキスしてくれたんだろう?」

「うん、だっていったでしょ?」

瞳の持つ熱に対して、先程と変わらず不機嫌さを隠しもしない声だ。
もしかしてアシェルとファーストキスをしたのが嫌だったのだろうかと思い当たる。

そんなことを考えていたら手に持っていたグラスを取られ、その果実水をアークエイドが口に含んだ。
肩を押されてソファに押し倒され、柔らかいものが唇に触れる。

「なっ……ん……んく……。」

アシェルの叫びは声にならないまま、少し開いた唇から舌が侵入してきて、ゆっくりとぬるくなった果実水が流し込まれてくる。
甘味が増したと感じる果実水を飲み込むために動く首筋を、スーッとアークエイドの指が撫でていく。

(美味しい……じゃない。アークどうしちゃったの?この前の仕返し?いや、リリィ達見てあてられたとか……お年頃だから欲求不満??なんか前に近いことしちゃったし、手頃な友達で済ませておこうみたいな??)

ゾクゾクした快楽に飲まれそうになりながら、アシェルは頭の中で頓珍漢なことを考えていた。
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