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第二章 王立学院中等部一年生
83 学院祭とキルルのお願い③
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Side:アシェル13歳 冬
アシェルはその三人の保護者が話し合って出された、メイディー公爵家への正式な依頼である内容の文字を読み終わり、手紙を置いた。
そして居住まいを正し、目の前のキルルを見つめる。
アシェルがキリっとした表情になると同時に場の雰囲気が変わり、先ほどまでの柔らかな空気が消し飛ぶ。
「この度はメイディー公爵家、アシェル・メイディーへの指名依頼ありがとうございます。契約魔法については、当主アベルと交わしているようなので省略させて頂きますね。キルル・テイル様からのこの度の依頼、不肖の身ながら私、アシェル・メイディーが謹んでお受けさせていただきます。」
ペコリと下げた頭上に「お願いするわ。」と一言掛けられる。
これで正式に、この案件はアシェル預かりとなった。
「わたくし、あまり堅苦しいのは好きじゃないのよね。アシェルがその調子だと、わたくしも他所行きの顔をしなくてはいけないのだけれど……普段通り喋っても良いかしら?」
マリクがへこんだ時のように、しょんぼりと三角耳と尻尾をうな垂れさせたキルルが言う。
確かキルルはビースノート帝国のお姫様だったはずなのだが、とことん堅苦しいのは苦手なようだ。
そんな親子でそっくりな感情表現に、アシェルは柔らかく微笑んだ。
「えぇ、いつも通り喋ってください。さっきまでのは、一応形式的なものなので。」
とはいってもアシェルが直接指名を受けるのは初めてなので、父と兄達から習っていた形式に則っただけだ。
「仮にこれが正式依頼じゃなくても、マリクの治療や投薬を他人に任せるのは嫌です。大切な友人は、僕自身の手で助けてあげたいので。」
「でも……手紙にも書いておいたけれど、獣人の発情期は、人間の性欲とはまた違うものよ?痛い思いもするし、アシェルが抵抗しなければ、子供が出来る行為になるわ……それでもやってくれるの?」
不安そうなキルルに、アシェルは飛び切りの笑顔を向けた。
「僕の心配をしてくれるんですか?ありがとうございます。まぁマリクのためにもなるべく本番行為はしない方向でいきますけど、そうなったらその時はその時ですね。別に純潔であることにこだわりはないので。それにこんなワクワクすることなら、後で治療できる噛み傷なんてどうでもいいし、一、二週間寝不足でも全く問題ないですよ。それよりも、ハーフとはいえ獣人の生態に触れることへの期待の方が大きいです。万人受けじゃなくて、個人向けの特効薬づくりも絶対楽しいですよね。ふふ楽しみだなぁ。」
獣人の発情期の行動や注意事項も色々書いてあったが、それを込みでもリスクよりも、新しい知識と実験体付きの創薬に心が躍る。
襲われるのは癪だが、獣人の発情期はさすがに普段気にしている襲う襲われるの次元を超えているので、襲われる可能性があってもそこまで気にならない。
「アベルが断らないとは言ってたけど……本当に同類かソレ以上ね。」
ほんのり呆れの色が混じった声でキルルが言う。
「あ、断らないと言えば……。このことはマリクは知ってますか?」
被験者の了承があるかどうかは、依頼に取り組むうえでとても重要だ。
また、獣人族の感覚では性行為はスポーツ感覚で行われるとしても、人族の感覚であれば婚約・結婚相手とでないと、と拘る人もいる。
ハーフのマリクの感覚がどちら寄りなのかの確認も必要だ。
あくまでも発情期の性行為は本能による行為なので、本人が嫌がっているのに行為に及ぶわけにはいかない。
「いいえ……。発情期の抑制剤が効かないから、毎年色々試していることは伝えてるんだけど……。」
アシェルにお願いすることも、その過程で行われるであろうことも説明はされていないらしい。
「ちなみに閨教育は?」
「それは人族がやることよ。獣人は子供が出来る可能性くらいは教えるけど、細かいことを教えるってのはしないわ。」
「マリクは自慰行為について知ってますかね……?」
契約の一項目にあるので、これを本人が知っているかどうかは重要だ。
知らなければ、そこの教育も含まれる。
そして今まで発情期と言う強い性的欲求は、全て魔物退治という形で発散している。
もしかしなくても、自慰行為について知らない可能性があった。
二人の間にしばし沈黙が流れる。
「……分かりました。これに関しては薬に効果があった時に確認して、必要なら指導します。あと、頑張りますけど、お父様の薬でも効果がなかったのであれば、今年の発情期だけではどうにもならないかもしれません。期限は書かれてませんが、無期限……で大丈夫ですか?あ、もし薬が出来ずに翌年の発情期になっても、僕が相手するので大丈夫ですよ。」
「えぇ、それは問題ないわ。ごめんね、アシェルに負担をかけて。」
「そんなことないですよ。凄く楽しみです。ただ、このことは僕の侍女には伝えておきたいのですがいいですか?一人だけですし、信用はおけます。メイディーのことも良く知っていますので。」
「もちろんいいわよ。」
「では、マリクとベルを呼びますね。少しお待ちください。」
そう言ってアシェルは立ち上がり、食堂へと出る。
待ってくれていた全員の視線がアシェルを捕らえた。
「話は終わったのか?」
「ううん。ベル、マリク、ちょっと来てくれる?二人にも話を聞いてもらわないといけないから、呼びに来たんだ。」
「そうか。」
アークエイドの問いに答えながら二人を呼ぶと、二人とも近くに寄ってくる。
「かーさんは、俺にもよーじなの?」
「私もですか?」
「うん、中に入って。説明するから。皆はもうちょっとだけ待っててね。」
それだけ言って、また談話室の中に戻る。
新たな二人を椅子に座らせ——ようとしたが、イザベルは立ったままで聞くと言われてしまった。
テイル家の封蝋が付いた封筒を見て、メイディー公爵家に関りがあることだと思ったようだ。
「ねぇ、マリク。先程キルル様から依頼を受けたんだけど、発情期の少し前から飲む抑制剤が効かないって本当?狼獣人ならそろそろ飲み始めてないと、いつ来てもおかしくないよね?」
狼の発情期は冬、一月前後なのだと手紙には書かれていた。
アシェルの口から発情期と効いた途端、マリクの耳と尻尾がへにょりと垂れ下がる。
「かーさんの話って、俺のことだったの?……うん。身体が熱くってどーにもならないんだよねー。あんまり覚えてないし、あれは潜在消費の衝動に似てると思うー。ここ二年は、薬が効かない俺をかーさんが魔の森に連れて行ってくれてたから、どーにかなってたんだけど。今年もくるだろーから、学院休まないとなーって思ってたんだよねー。」
「そっか。その発情期の対応と薬の開発を、僕が正式に依頼を受けたんだ。だから今年の発情期は魔の森じゃなくて、僕の部屋で過ごしてもらう予定になるよ。」
「アシェに……依頼?」
きょとんとしたマリクに説明する。
視界の端でイザベルがやっぱり、という表情をしている。
「そう。マリクの発情期の相手をしながら、マリクの身体を調べたり、作った薬を飲ませたりするの。今回の発情期だけで終わるように頑張るつもりだけど、もし完成させきれなかったら来年の発情期も……って形になる。でね……一応、発情期前に確認しておきたいんだけど、マリクにとっての性行為に対するイメージって、獣人寄り?人族寄り??これがどっちなのかで、かなり対応の差が出ちゃうんだけど。」
人族寄りだった場合、本能に従うマリクを拘束し続けなくてはいけないし力勝負だ。
魔力でねじ伏せることはできるだろうが、労力と拘束が解けた時のことを考えると出来れば避けたい。
「アシェが俺の薬を作ってくれるーっていうのは分かったけど。発情期の俺は制御できないから、アシェを傷つけちゃうよー。」
「それは別にいいの。どっち寄りの考えかだけでも教えてよ。」
「うーん……俺はかーさんから話を聞いてるから、獣人寄りかなー?でも、俺が気にしなくても、アシェや周りは気にするでしょー。貴族の女の子だよー?」
へにょりとうなだれたまま情けない表情で聞かれる。
「いいや、全く。そんなもの気にしてチャンスを逃すほうが嫌だもん。ちなみに、お父様の許可が降りてるから、貴族令嬢って言うのは頭の中から消し去っていいよ。避妊についても、こっちで薬飲んでおくから気にしなくて良いからね。」
避妊薬であればホルモン剤だしすぐに作れるはずだ。
というよりもアシェルはまだ月の物がきていないので、下手に飲まない方がいいのかもしれないが。
胸ばかり出てきてるので、そろそろ身体が成熟してもおかしくはない。
一応、気を付けておく必要はある。
「本当にいいのー?」
「僕はいいというか、発情期の間マリクの身体をじっくり調べさせてもらうし、新しい薬の実験台になるのはマリクの方だよ。自分の心配したほうが良いんじゃない?」
励ます代わりに揶揄うと、うな垂れていた尻尾が股の間に挟まれた。
「うへーそっかー。俺の薬作るってことは、俺実験台だー。でも、仕方ないかー。アシェはそれでたのしーんだよね?こーいしょーが残るのはやめてねー。」
「そんなミスしないよ。あと……もしかしたら、乱入者が出るかもしれないんだけど、発情期の状態って幼馴染に見られても大丈夫?心配した誰かが、部屋に押し掛けてくる可能性があるんだよね……。」
特にアークエイド辺りが、という言葉はグッと飲み込んで尋ねる。
依頼内容をわざわざ言う気はないが、しばらく出てこないとなれば確実に誰かに事情を聴かれるだろう。
「あー別に薬のこと言っても、発情期中の裸見られたりとかもいーけど……俺、傷つけるかもだよー?獣人って、抑制剤なしだと発情期中に性交渉の相手以外の匂いがするのが凄い嫌だって聞いてるー。」
「見られたり知られたりが問題ないならそれでいいよ。そこは僕がなんとかしてあげるから気にしないで。」
「うん。ごめんねー。」
へにょっと耳の垂れた頭を、慰めるようによしよしと撫でてやる。
しばらく撫でていれば、いつものピンとした三角耳とぶんぶん揺れる尻尾になるだろう。
「というわけで、キルル様。大事な息子さん、お預かりしますね。マリクは発情期が近づいたっぽかったら、すぐに僕に言うんだよ。あと、その間はしばらく部屋に帰らないことを使用人に伝えておくこと。」
キルルとマリクが頷いたのを見て、今度はイザベルを見る。
「聞いてたからなんとなく分かるかもしれないけど、僕への指名依頼なんだ。お父様を通しての依頼だよ。マリクが発情期に入ったら寝室に籠るから。一週間から二週間は出てこないと思って。あとは朝と晩に軽食を寝室に持ってくる以外は、寝室に入らないこと。食事以外は自由にしてもらっていいけど、もし誰か尋ねてきたら、幼馴染に限り通していいからね。その代わり、何があっても自己責任だとだけ伝えてほしい。またその時に言えたら言うけど、大丈夫?」
「アシェル様からの御命令、しかと承りました。」
内容を理解したイザベルがペコリと頭を下げ、了承の意を伝える。
これでこの商談はまとまった。
キルルが『ストレージ』から取り出した大量の素材とレシピと思しき紙の束を、アシェルの『ストレージ』に詰め替える。
「というわけで、皆様。これでお開きでいいですか?」
三人の顔を見渡し、頷いたのをみて防音を『解除』する。
そして四人で食堂に出たのだった。
キルルは談話室を出た足で、そのまま帰路についた。
本当にこの依頼のためだけに来たようだ。
「何の話だったんだ?」
「新薬開発について、お父様からの手紙を持ってきてくれたんだ。」
楽しみで仕方ないという気分を隠しもせずに言うアシェルに、アークエイドが渋面を作る。
「まさか……また味見と称して毒薬を食らうんじゃないだろうな?」
「今回は被験者付きだから、僕は本当に舐めるだけだよ。効果あるか分からないから、魔力の流れ見るだけで解毒しちゃう感じになるかな。」
「被験者?」
「俺だよー。」
マリクが名乗りをあげたことで、アークエイドとエラートが心配そうな表情になった。
「マリク……お前凄いな。俺だったら絶対にやりたくないぞ、その役目。」
「エトに同意だ。」
「ねぇ、ちょっと。二人ともすっごく失礼なこと考えてない?僕は毒薬だけじゃなくて、ちゃんと治療薬だって作るんだからね。幼馴染相手に毒薬の治験するわけないでしょ。」
明らかにアシェルがマリクに毒薬で危害を与えることが前提になっている言葉に、頬を膨らませて抗議すればアークエイドが反応する。
「治験の相手が幼馴染じゃなくて他人なら。」
「同意があれば遠慮なく。同意がなくても犯罪者とかなら喜んで、かな。」
「はぁ……やっぱりそういう考えなんだな。」
「だってアシェだもんー。」
「まぁ、アシェだしな。」
「メイディーではごく普通の感性ですよ。私どもには理解の及ばない感覚ですが。」
イザベルの補足に、エラートが「まじか、これが普通なの?」とげんなりとした表情になった。
「まぁ、今すぐどうこうってわけじゃないんだけど。時期が来たら僕とマリクはしばらく授業お休みするから、またノートお願いしていい?辺境組にもお願いしておかないとなぁ。リリィの生物と家庭科はデュークに付き添ってもらわないとだし、マリクの授業はノアとトワと一緒の取ってたよね?」
「畜産と農業だねー。それは俺から頼んでおくよー。」
「と、いうわけで、この話はおしまい。皆待たせちゃってごめんね。どこか行きたいところはある?」
大人しくアシェル達の会話を聞いていた二人も交え、次に行く場所の相談をする。
残りの時間、まったりと王立学院祭を楽しんだ。
王立学院祭最終日のダンスパーティーでは、アシェルは申し込まれたダンスを片っ端から踊り続け、とびっきりの笑顔を振りまいた。
この後に楽しい依頼があると思うと、ストレスなく笑顔で対応できた。
それくらい楽しみで仕方がないのだ。
アークエイドは、マリクとエラートと共に壁の花になっていた。
本当は会場に来るのも渋られたが、アシェルの目の届かない場所に居るのは駄目だと強制参加だ。
そうでなくても、生徒会役員として会場に居なくてはいけなかったらしいのだが。
ラストダンス間際には王都組だけでこっそり会場を抜け出し、アルフォードの居る救護室に避難して、初めての王立学院祭を終えたのだった。
アシェルはその三人の保護者が話し合って出された、メイディー公爵家への正式な依頼である内容の文字を読み終わり、手紙を置いた。
そして居住まいを正し、目の前のキルルを見つめる。
アシェルがキリっとした表情になると同時に場の雰囲気が変わり、先ほどまでの柔らかな空気が消し飛ぶ。
「この度はメイディー公爵家、アシェル・メイディーへの指名依頼ありがとうございます。契約魔法については、当主アベルと交わしているようなので省略させて頂きますね。キルル・テイル様からのこの度の依頼、不肖の身ながら私、アシェル・メイディーが謹んでお受けさせていただきます。」
ペコリと下げた頭上に「お願いするわ。」と一言掛けられる。
これで正式に、この案件はアシェル預かりとなった。
「わたくし、あまり堅苦しいのは好きじゃないのよね。アシェルがその調子だと、わたくしも他所行きの顔をしなくてはいけないのだけれど……普段通り喋っても良いかしら?」
マリクがへこんだ時のように、しょんぼりと三角耳と尻尾をうな垂れさせたキルルが言う。
確かキルルはビースノート帝国のお姫様だったはずなのだが、とことん堅苦しいのは苦手なようだ。
そんな親子でそっくりな感情表現に、アシェルは柔らかく微笑んだ。
「えぇ、いつも通り喋ってください。さっきまでのは、一応形式的なものなので。」
とはいってもアシェルが直接指名を受けるのは初めてなので、父と兄達から習っていた形式に則っただけだ。
「仮にこれが正式依頼じゃなくても、マリクの治療や投薬を他人に任せるのは嫌です。大切な友人は、僕自身の手で助けてあげたいので。」
「でも……手紙にも書いておいたけれど、獣人の発情期は、人間の性欲とはまた違うものよ?痛い思いもするし、アシェルが抵抗しなければ、子供が出来る行為になるわ……それでもやってくれるの?」
不安そうなキルルに、アシェルは飛び切りの笑顔を向けた。
「僕の心配をしてくれるんですか?ありがとうございます。まぁマリクのためにもなるべく本番行為はしない方向でいきますけど、そうなったらその時はその時ですね。別に純潔であることにこだわりはないので。それにこんなワクワクすることなら、後で治療できる噛み傷なんてどうでもいいし、一、二週間寝不足でも全く問題ないですよ。それよりも、ハーフとはいえ獣人の生態に触れることへの期待の方が大きいです。万人受けじゃなくて、個人向けの特効薬づくりも絶対楽しいですよね。ふふ楽しみだなぁ。」
獣人の発情期の行動や注意事項も色々書いてあったが、それを込みでもリスクよりも、新しい知識と実験体付きの創薬に心が躍る。
襲われるのは癪だが、獣人の発情期はさすがに普段気にしている襲う襲われるの次元を超えているので、襲われる可能性があってもそこまで気にならない。
「アベルが断らないとは言ってたけど……本当に同類かソレ以上ね。」
ほんのり呆れの色が混じった声でキルルが言う。
「あ、断らないと言えば……。このことはマリクは知ってますか?」
被験者の了承があるかどうかは、依頼に取り組むうえでとても重要だ。
また、獣人族の感覚では性行為はスポーツ感覚で行われるとしても、人族の感覚であれば婚約・結婚相手とでないと、と拘る人もいる。
ハーフのマリクの感覚がどちら寄りなのかの確認も必要だ。
あくまでも発情期の性行為は本能による行為なので、本人が嫌がっているのに行為に及ぶわけにはいかない。
「いいえ……。発情期の抑制剤が効かないから、毎年色々試していることは伝えてるんだけど……。」
アシェルにお願いすることも、その過程で行われるであろうことも説明はされていないらしい。
「ちなみに閨教育は?」
「それは人族がやることよ。獣人は子供が出来る可能性くらいは教えるけど、細かいことを教えるってのはしないわ。」
「マリクは自慰行為について知ってますかね……?」
契約の一項目にあるので、これを本人が知っているかどうかは重要だ。
知らなければ、そこの教育も含まれる。
そして今まで発情期と言う強い性的欲求は、全て魔物退治という形で発散している。
もしかしなくても、自慰行為について知らない可能性があった。
二人の間にしばし沈黙が流れる。
「……分かりました。これに関しては薬に効果があった時に確認して、必要なら指導します。あと、頑張りますけど、お父様の薬でも効果がなかったのであれば、今年の発情期だけではどうにもならないかもしれません。期限は書かれてませんが、無期限……で大丈夫ですか?あ、もし薬が出来ずに翌年の発情期になっても、僕が相手するので大丈夫ですよ。」
「えぇ、それは問題ないわ。ごめんね、アシェルに負担をかけて。」
「そんなことないですよ。凄く楽しみです。ただ、このことは僕の侍女には伝えておきたいのですがいいですか?一人だけですし、信用はおけます。メイディーのことも良く知っていますので。」
「もちろんいいわよ。」
「では、マリクとベルを呼びますね。少しお待ちください。」
そう言ってアシェルは立ち上がり、食堂へと出る。
待ってくれていた全員の視線がアシェルを捕らえた。
「話は終わったのか?」
「ううん。ベル、マリク、ちょっと来てくれる?二人にも話を聞いてもらわないといけないから、呼びに来たんだ。」
「そうか。」
アークエイドの問いに答えながら二人を呼ぶと、二人とも近くに寄ってくる。
「かーさんは、俺にもよーじなの?」
「私もですか?」
「うん、中に入って。説明するから。皆はもうちょっとだけ待っててね。」
それだけ言って、また談話室の中に戻る。
新たな二人を椅子に座らせ——ようとしたが、イザベルは立ったままで聞くと言われてしまった。
テイル家の封蝋が付いた封筒を見て、メイディー公爵家に関りがあることだと思ったようだ。
「ねぇ、マリク。先程キルル様から依頼を受けたんだけど、発情期の少し前から飲む抑制剤が効かないって本当?狼獣人ならそろそろ飲み始めてないと、いつ来てもおかしくないよね?」
狼の発情期は冬、一月前後なのだと手紙には書かれていた。
アシェルの口から発情期と効いた途端、マリクの耳と尻尾がへにょりと垂れ下がる。
「かーさんの話って、俺のことだったの?……うん。身体が熱くってどーにもならないんだよねー。あんまり覚えてないし、あれは潜在消費の衝動に似てると思うー。ここ二年は、薬が効かない俺をかーさんが魔の森に連れて行ってくれてたから、どーにかなってたんだけど。今年もくるだろーから、学院休まないとなーって思ってたんだよねー。」
「そっか。その発情期の対応と薬の開発を、僕が正式に依頼を受けたんだ。だから今年の発情期は魔の森じゃなくて、僕の部屋で過ごしてもらう予定になるよ。」
「アシェに……依頼?」
きょとんとしたマリクに説明する。
視界の端でイザベルがやっぱり、という表情をしている。
「そう。マリクの発情期の相手をしながら、マリクの身体を調べたり、作った薬を飲ませたりするの。今回の発情期だけで終わるように頑張るつもりだけど、もし完成させきれなかったら来年の発情期も……って形になる。でね……一応、発情期前に確認しておきたいんだけど、マリクにとっての性行為に対するイメージって、獣人寄り?人族寄り??これがどっちなのかで、かなり対応の差が出ちゃうんだけど。」
人族寄りだった場合、本能に従うマリクを拘束し続けなくてはいけないし力勝負だ。
魔力でねじ伏せることはできるだろうが、労力と拘束が解けた時のことを考えると出来れば避けたい。
「アシェが俺の薬を作ってくれるーっていうのは分かったけど。発情期の俺は制御できないから、アシェを傷つけちゃうよー。」
「それは別にいいの。どっち寄りの考えかだけでも教えてよ。」
「うーん……俺はかーさんから話を聞いてるから、獣人寄りかなー?でも、俺が気にしなくても、アシェや周りは気にするでしょー。貴族の女の子だよー?」
へにょりとうなだれたまま情けない表情で聞かれる。
「いいや、全く。そんなもの気にしてチャンスを逃すほうが嫌だもん。ちなみに、お父様の許可が降りてるから、貴族令嬢って言うのは頭の中から消し去っていいよ。避妊についても、こっちで薬飲んでおくから気にしなくて良いからね。」
避妊薬であればホルモン剤だしすぐに作れるはずだ。
というよりもアシェルはまだ月の物がきていないので、下手に飲まない方がいいのかもしれないが。
胸ばかり出てきてるので、そろそろ身体が成熟してもおかしくはない。
一応、気を付けておく必要はある。
「本当にいいのー?」
「僕はいいというか、発情期の間マリクの身体をじっくり調べさせてもらうし、新しい薬の実験台になるのはマリクの方だよ。自分の心配したほうが良いんじゃない?」
励ます代わりに揶揄うと、うな垂れていた尻尾が股の間に挟まれた。
「うへーそっかー。俺の薬作るってことは、俺実験台だー。でも、仕方ないかー。アシェはそれでたのしーんだよね?こーいしょーが残るのはやめてねー。」
「そんなミスしないよ。あと……もしかしたら、乱入者が出るかもしれないんだけど、発情期の状態って幼馴染に見られても大丈夫?心配した誰かが、部屋に押し掛けてくる可能性があるんだよね……。」
特にアークエイド辺りが、という言葉はグッと飲み込んで尋ねる。
依頼内容をわざわざ言う気はないが、しばらく出てこないとなれば確実に誰かに事情を聴かれるだろう。
「あー別に薬のこと言っても、発情期中の裸見られたりとかもいーけど……俺、傷つけるかもだよー?獣人って、抑制剤なしだと発情期中に性交渉の相手以外の匂いがするのが凄い嫌だって聞いてるー。」
「見られたり知られたりが問題ないならそれでいいよ。そこは僕がなんとかしてあげるから気にしないで。」
「うん。ごめんねー。」
へにょっと耳の垂れた頭を、慰めるようによしよしと撫でてやる。
しばらく撫でていれば、いつものピンとした三角耳とぶんぶん揺れる尻尾になるだろう。
「というわけで、キルル様。大事な息子さん、お預かりしますね。マリクは発情期が近づいたっぽかったら、すぐに僕に言うんだよ。あと、その間はしばらく部屋に帰らないことを使用人に伝えておくこと。」
キルルとマリクが頷いたのを見て、今度はイザベルを見る。
「聞いてたからなんとなく分かるかもしれないけど、僕への指名依頼なんだ。お父様を通しての依頼だよ。マリクが発情期に入ったら寝室に籠るから。一週間から二週間は出てこないと思って。あとは朝と晩に軽食を寝室に持ってくる以外は、寝室に入らないこと。食事以外は自由にしてもらっていいけど、もし誰か尋ねてきたら、幼馴染に限り通していいからね。その代わり、何があっても自己責任だとだけ伝えてほしい。またその時に言えたら言うけど、大丈夫?」
「アシェル様からの御命令、しかと承りました。」
内容を理解したイザベルがペコリと頭を下げ、了承の意を伝える。
これでこの商談はまとまった。
キルルが『ストレージ』から取り出した大量の素材とレシピと思しき紙の束を、アシェルの『ストレージ』に詰め替える。
「というわけで、皆様。これでお開きでいいですか?」
三人の顔を見渡し、頷いたのをみて防音を『解除』する。
そして四人で食堂に出たのだった。
キルルは談話室を出た足で、そのまま帰路についた。
本当にこの依頼のためだけに来たようだ。
「何の話だったんだ?」
「新薬開発について、お父様からの手紙を持ってきてくれたんだ。」
楽しみで仕方ないという気分を隠しもせずに言うアシェルに、アークエイドが渋面を作る。
「まさか……また味見と称して毒薬を食らうんじゃないだろうな?」
「今回は被験者付きだから、僕は本当に舐めるだけだよ。効果あるか分からないから、魔力の流れ見るだけで解毒しちゃう感じになるかな。」
「被験者?」
「俺だよー。」
マリクが名乗りをあげたことで、アークエイドとエラートが心配そうな表情になった。
「マリク……お前凄いな。俺だったら絶対にやりたくないぞ、その役目。」
「エトに同意だ。」
「ねぇ、ちょっと。二人ともすっごく失礼なこと考えてない?僕は毒薬だけじゃなくて、ちゃんと治療薬だって作るんだからね。幼馴染相手に毒薬の治験するわけないでしょ。」
明らかにアシェルがマリクに毒薬で危害を与えることが前提になっている言葉に、頬を膨らませて抗議すればアークエイドが反応する。
「治験の相手が幼馴染じゃなくて他人なら。」
「同意があれば遠慮なく。同意がなくても犯罪者とかなら喜んで、かな。」
「はぁ……やっぱりそういう考えなんだな。」
「だってアシェだもんー。」
「まぁ、アシェだしな。」
「メイディーではごく普通の感性ですよ。私どもには理解の及ばない感覚ですが。」
イザベルの補足に、エラートが「まじか、これが普通なの?」とげんなりとした表情になった。
「まぁ、今すぐどうこうってわけじゃないんだけど。時期が来たら僕とマリクはしばらく授業お休みするから、またノートお願いしていい?辺境組にもお願いしておかないとなぁ。リリィの生物と家庭科はデュークに付き添ってもらわないとだし、マリクの授業はノアとトワと一緒の取ってたよね?」
「畜産と農業だねー。それは俺から頼んでおくよー。」
「と、いうわけで、この話はおしまい。皆待たせちゃってごめんね。どこか行きたいところはある?」
大人しくアシェル達の会話を聞いていた二人も交え、次に行く場所の相談をする。
残りの時間、まったりと王立学院祭を楽しんだ。
王立学院祭最終日のダンスパーティーでは、アシェルは申し込まれたダンスを片っ端から踊り続け、とびっきりの笑顔を振りまいた。
この後に楽しい依頼があると思うと、ストレスなく笑顔で対応できた。
それくらい楽しみで仕方がないのだ。
アークエイドは、マリクとエラートと共に壁の花になっていた。
本当は会場に来るのも渋られたが、アシェルの目の届かない場所に居るのは駄目だと強制参加だ。
そうでなくても、生徒会役員として会場に居なくてはいけなかったらしいのだが。
ラストダンス間際には王都組だけでこっそり会場を抜け出し、アルフォードの居る救護室に避難して、初めての王立学院祭を終えたのだった。
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