氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第二章 王立学院中等部一年生

84 特別な好きは解らない①

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Side:アシェル13歳 冬



王立学院祭が終了して、後期になってから浮ついていた空気はすっかり落ち着き、普段通りの学院の姿になっていた。

いつも通りの生活に戻ったので、アシェルもストレスとイライラから解放された。
どころか、これからの新薬の開発という仕事に。期待とワクワクとした楽しい気分で毎日を過ごしている。

それといつもと違うことが二つ。

授業とお昼ご飯以外の時間は、可能な限り図書室に籠っていた。
時間を気にせず没頭してしまうので、夜ご飯会は無い。いつ再開するか、本当に再開するのかは今のところ未定だ。

今日もいくつかの参考資料を読書スペースのテーブルに積み上げ、ソファに腰を降ろす。
どれも獣人に関する本で、医療や薬についての文献だ。

人族には大丈夫でも、獣人族には禁忌の薬もある。

マリクが発情期に入ってしまう前に、しっかりと下調べは必要だ。
積み上げた本を順番にペラペラと捲りながら読み込んでいく。

流石アベルが手配してくれただけあって、支給された素材達には獣人に使えないものは入っていないようだった。
そもそも、獣人族に禁忌となる素材はあまり多くないようで、人族のそれと近いように感じる。

どちらかというと、獣人族の種族によって得手不得手があるという感じだろうか。
この辺りは好き嫌いの問題なので考慮するつもりはない。

何冊目かの文献を読み終わりテーブルに積み上げる。

ふと隣を見ると、いつものようにぴったりと寄り添うようにアークエイドが座っていた。

アシェルが図書室に籠るようになってから、アークエイドも暇が出来ればこうやって隣にやってくる。
非公式お茶会の書庫でそうしていたように。

「アーク、今日も来たんだね。」

「アシェが近くに居ないと落ち着かない。」

アシェルが声を掛けたことで、アークエイドも本から顔を上げアシェルを見る。
非公式お茶会の時とは違って伊達メガネ付ではあるが、そこにはいつもと同じ、表情の乏しい見慣れた顔が座っている。

アシェルが何も返さないと、サファイアブルーの瞳がアシェルの顔から積み上げた本の背表紙へと移った。

「今日も獣人関連の本か。テイル夫人が来ていたし、マリクで実験するようなことを言ってたから分からなくもないが……。いくつか不穏な単語が見えるのは気のせいか?」

「不穏?」

アークエイドの言葉の意味が分からずに首を傾げると、いくつかの本の背表紙を指し示される。

そのどれもが、獣人族の発情期についてと抑制剤に関連するものだ。

「これがどうかしたの?」

「どうかしたのって……。まぁいい、夜部屋に行く。時間もないし図書室で騒ぐわけにもいかないからな。」

そう言ってアークエイドが立ち上がる。
懐中時計を確認すると、もう放課後になっていた。
今から生徒会執行部に顔を出しに行くのだろう。

そういえば、クリストファーに牽制もかけておかないとなと思い至る。
学院祭まではほぼ毎日入り浸っていたが、アシェル自身に余裕が無さ過ぎて保留になっていた。
まぁ下手に狙うより、クリストファーはつれない態度の方が燃えるタイプのようなので、稀に飴を与える程度の鞭で丁度良さそうだが。

「待って、僕も行く。」

アシェルがそう言えば、アークエイドは本の返却を手伝ってくれ、一緒に連れ立って生徒会執行部の教室まで歩く。
二か月以上毎日通いつめ、見慣れた看板を掲げた扉をアークエイドと潜った。

「ん、あれ。アシェ、なんかあったのか?」

いち早くアシェルの姿に気が付いたアルフォードが、手にしていた書類を置いてアシェルの元まで来てくれる。

「いいえ。今はベルもいますし、指名依頼を頂いたので毎日が楽しくて仕方ないです。」

アルフォードに手を引かれ、応接セットのソファに二人で座る。

「そうか。まぁ、アシェならいい薬が作れるだろ。それより……今日は抱き着いてくれないのか?」

「ふふ、毎日僕が充電してると思ってましたけど、アル兄様も僕で充電してましたね。」

ちょっぴり寂しそうなアルフォードの声に笑い、立ち上がってアルフォードに向かい合うようにして跨った。
首に腕を回して、ふわふわの銀髪の兄を抱き締める。
そしていつもの癖で、ポニーテールになっているふわふわに指を絡める。

「当たり前だろ。俺にとってアシェは癒しなんだから。兄上に、俺だけズルいって言われそうだけどな。」

笑いながらアシェルを抱き締めるアルフォードも、アシェルの背中を流れる銀髪に愛おしそうに指を絡めている。

学院祭が終われば無くなるはずだった甘ったるい日常がそこにあることに、アビゲイルが溜め息を吐いた。

「ねぇ、アーク。今度は何があったのかしら?」

その質問に困るのはアークエイドの方だ。

「アシェがイライラするようなことは何も。むしろ、最近は機嫌が良すぎるくらいだ。」

「っていうことは、ただ遊びに来ただけなのね。まぁアルの機嫌が良くなるから、問題がないのなら別に良いのだけれど。」

そう言ってアビゲイルは処理していた書類に戻っていく。

アークエイドも書類を捌きながら銀髪の兄妹を見ていると、その甘ったるいまでの二人に絡みに行くいつもの人物が見えた。

「やぁ、アシェル君。学院祭が終わっても、アシェル君と生徒会室で会えるなんて思ってなかったよ。僕の方からアシェル君に会いに行こうかな、って思ってたくらいだったんだよ。」

今までのようにアシェルを口説きに来たクリストファーに、それまでの素っ気ない態度ではなく、飛びっきり甘い笑顔を向けてアシェルは答える。

「ふふ、クリストファー先輩がわざわざ会いに来てくれるなんて光栄ですね。今は機嫌が良いので、少しくらい先輩の相手をしてあげても良いですよ?」

「うっとりしてしまいそうになるほど綺麗な笑顔だね。アルフォード先輩に抱き着いていなかったら、抱きしめてしまっていたかもしれないよ。」

「残念ながら、僕は抱きしめられるより抱きしめてあげたいタイプなんですよね。」

ふふふ、とアシェルとクリストファーは笑みを浮かべる。
そんな似たもの同士のやり取りに横やりが入った。

「兄様だけアシェル様に相手してもらうなんてズルいです!ねぇ、アシェル様っ。僕とも遊んでくれませんか?兄様と違って、僕は抱きしめて貰いたいタイプですよ。」

ここぞとばかりに、シオンが自分を売り込みにきた。
アシェルとアルフォードを挟んだ、クリストファーの反対隣に陣取ったシオンは、小動物のようなウルっとした瞳で見上げてくる。

「二人にアシェはやらねぇよ。俺の癒しの時間を邪魔すんな。」

「大好きなアル兄様がダメって言うから、遊ぶのはまた今度だね。」

アルフォードの言葉でミルトン兄弟を揶揄うのは終わりにする。

「アルフォード先輩には敵わないなぁ。本当に羨ましい限りだよ。」

「えー残念。でもでも、僕はいつでも抱きしめてくれていいですからねっ。なんなら部屋に来てくれても良いですよ。」

「ふふ、検討だけしとくね。」

「いい結果になるのを楽しみにしてますね。」

「シオンのところには行くか検討するのに、俺のところには来てくれないのか?」

「アル兄様のところの使用人と、顔を合わせたくないですもん。シオン君のところのは、赤の他人なんでどうでもいいですけど。」

「本当にアシェは嫌いだよなぁ……。でも、イザベルが戻ってきて良かったな。やっぱりイザベルの手入れの方が、アシェの髪も肌も綺麗だ。」

言いながらアシェルの髪をひと房すくったアルフォードは、チュッと口元に近付けてリップ音をたてた。
ミルトン兄弟の乱入なんてなかったかのように、また銀髪の兄妹の周りに甘い空気が流れる。

「当然です。ベルは僕の大切な侍女ですからね。アル兄様が欲しいって言ってもあげませんよ?」

「アシェからイザベルを取り上げたりしねぇよ。今回の依頼の間も、居ないと困るだろ?ただ、イザベルに被害が及ばないようにだけしとけよ。」

「もう、僕がそんな初歩的なミスするわけないでしょ?」

「それもそうだな。」

チュッと頬にキスを受け、アルフォードの頬に口付けして離れる。
充電完了の合図だ。

「アル。相変わらず甘々なのは良いけれど、充電したのならキッチリ働きなさいよ?」

充電タイム終了を見計らって、アビゲイルがアルフォードに書類を差し出す。
そして役員全員の顔を見渡して言った。

「学院祭関係のことは今日で終わるし、あとは幹部だけで処理をするわ。各委員長は帰って良いわよ。ついでにアークも帰って良いわ。アシェルを送ってあげなさい。」

生徒会執行部の幹部とは会長、副会長、書記、会計のことだ。

「幹部だけだったら俺いらねーだろ。」

「幹部だけって言ったけれど、中等部生を帰してるのよ。だからアルはきっちり働いてちょうだいね。」

アルフォードの抗議を、アビゲイルはさらっと流す。

帰って良いと言われた中等部の面々は、それぞれ「お疲れさまでした。」と挨拶して生徒会室を出ていく。

アシェルもアークエイドと一緒に挨拶をして寮へと戻った。





アシェルの部屋に話があると言っていたアークエイドを迎え入れる。

イザベルがもう戻っていて、紅茶を淹れてくれる。
その姿を眺めながらアシェルは口を開いた。

「で、話って何なの?図書室で何か言ってたよね。」

いつものように隣にピッタリと寄り添うように座ったアークエイドは、さっさと伊達メガネを『ストレージ』に放り込んでしまう。
——いつも思うのだが、そんなに邪魔なら外して生活すればいいのに。

「アルフォードも言っていたが、結局なんの依頼なんだ?父親と兄公認の割には、アシェの読んでる本の内容は不穏だ。それにイザベルに被害がどうのとか、さっき言ってただろ。」

心配してくれているのは分かるのだが、本来依頼には守秘義務が付きまとう。

「あのねぇ……守秘義務って知ってる?今回は幼馴染には言っても良いことになってるから言うけど、本来なら聞いても教えてあげれないんだからね。分かった?」

言い聞かせるように話すと、アークエイドが頷く。

「今回の依頼は、マリクに合う発情期抑制薬の開発だよ。だから獣人関連の文献を見てたし、発情期の行動や抑制剤関係の書物も漁ってたの。」

「マリクの……そうか。ハーフとは言え、獣人だから発情期があるのか。」

「そういうこと。本来なら獣人も混血も、それぞれ専用の抑制剤を飲めば行動のコントロールが効くんだけど……。マリクにはどうも合ってないみたいで、全くコントロールできてないらしいんだよね。そこでメイディーへの依頼ってわけ。」

メイディー公爵家のネームバリューは伊達ではない。

依頼者の望む通りの薬を調合することが出来る上に、効果も折り紙付き。
特に一般的な薬が身体に合わず個人に合わせた薬を得たい場合には、下手な医者に調薬してもらうよりもメイディーに頼んだ方が確実だ。

それにメイディーは何でも依頼を受けるわけではない。
必ず依頼者の希望を聞いた上で、可能である物しか受注はしない。

誰かを殺すための、解毒の難しい猛毒をと言われても作ることは無い。
——自分の知識欲を満たすために作ることはあるが、それは本人だけが知る知識だ。

「なるほど。だが、それとイザベルの被害に何の関連が?薬を作るだけだろ??」

「そうだよ。ただ、今薬を投与しても、ちゃんと効いたかどうか分からないから。発情期を待って、その間に投薬と改良を繰り返して、薬を完成させる感じだね。発情期の間だけっていう期限付きだから、時間と魔力との勝負かな。腕が鳴るよね。」

うきうきした気分でこれからの予定を語るアシェル。

「待て。抑制剤の効いてない獣人の発情期に投薬……?それは発情期中のマリクに会うってことか……?」

「うん。だって、ちゃんと状態の確認しないと、薬の改良が出来ないじゃない。」

何かおかしいこと言った?と首を傾げるアシェルに、アークエイドは頭痛がしてくる気がする。

「それがどういう意味か分かってるのか!?あれだけ襲われるのが嫌だなんだと言っておきながらっ!」

「それは嫌だけど、今回は仕方ないかなって。獣人の本能を無駄に抑えつけて、食い殺されたくないし。マリクにそんなことさせたくないもん。」

「そういう問題じゃないだろっ!しかも、これを父親と兄が知ってて止めないのか!?」

イライラと声を荒げるアークエイドだが、アシェルには何故アークエイドが怒っているのかが解らない。

「じゃあどういう問題なの?そりゃ、僕への指名依頼とはいえ、メイディーへの依頼だもん。知ってて当たり前でしょ。」

「っ!!」

ぐっと握り拳を作り黙り込んだアークエイドに、それまで様子を見ていたイザベルが口を挟んだ。

「僭越ながら……アークエイド様の感覚は一般人としておかしくありません。ですが、依頼を受けたのはメイディーであることを御考慮くださいませ。」

「……どういう意味だ。」

「まだ見ぬ新しい知識への貪欲さ。自身の身体を犠牲にしてでも作り上げる、新薬の開発と改良への熱意と努力。それらが我が主達の、一般常識よりも優先度の高いものです。懐へ入れた者には慈悲深く、その反面そうでないものには容赦ない……。既にアークエイド殿はその身を以って御存じでしょう?」

アークエイドがレストラン【ウォルナット】での媚薬事件を思い出し、押し黙る。

「ちょっと待って、ベル。それだと僕やお父様達メイディーに、一般常識がないみたいじゃないか。」

「そう申し上げております。一般常識のある者なら、わざわざ作成した猛毒を服用したりしません。」

「だって使ってみないと効果が分からないじゃない。改良点も見つけやすいし。」

「その感覚が一般人と違うと、もう少しご自覚なさいませ。一般人はあんなもの舐めたら、天に召されてしまいます。」

「そりゃ、メイディーの体質が特殊だからね。特徴は活かさないと損でしょ?」

「普通はそのような体質でも、わざわざ毒薬を服用しようとはなさいません。」

アシェルとイザベルの一歩も譲らない言い合いの合間に、アークエイドはなんとか口を挟む。

「つまり、一家全員アシェみたいな感性だと思った方が良い、ということだな?」

確認するようなセリフに、イザベルは「はい。」と頷いた。

「少なくとも、創薬・調薬とそれに伴う改良などについては、同じと思っていただいてもいいかと。些かアシェル様の感性は輪をかけて酷い気もしますが……。今回も、アシェル様のお身体のことよりも、依頼内容の優先度が高いようです。現に、アルフォードお義兄様は私の心配をしても、アシェル様の心配はしていらっしゃらなかったでしょう?」

「して……なかったな。」

普段あれほど溺愛して見せるのに、今回の件については、アルフォードは一切心配している様子がなかった。

「でしょうね。……今回の依頼がアシェル様に来たのは、マリク様がアシェル様の大切なモノ幼馴染だからでございます。それ以上の他意はないと思いますのでご安心ください……といって、安心できるものでもないと思いますが。」

イザベルは大切な主に恋心を抱いているアークエイドに、憐れむような視線を向ける。
王族は一目惚れ体質で執着心が強いというし、アシェルの性別を正しく認識しているかは分からないが、どちらであってもその愛情は向けられるだろう。

メイディーに仕えるイザベルだからなんとか受け入れてはいるが、彼らの感性は一般的には受け入れがたい考え方だろう。
それに発情期中の獣人を相手にするということは——。

アークエイドもその意味を理解しているのだろう。

その上で、やる気に満ち溢れたアシェルを止めようがないことも、マリクの今後のことを考えると身体に合う抑制剤が必要なことも。

ただ、理解と受け入れられるかどうかは、また別の話だ。

アシェルは一人、二人の会話についていけなかったのか、気付けば書物に目を落としていた。
イザベルがアークエイドの質問に答えているのを見て、自分は必要ないと思ったのだろう。

そんな主を横目に見て、イザベルは溜息を吐く。
つくづくこの王子様は難儀な相手に恋をしたものだと。

「私は、本日はこれで下がらせていただきますね。アシェル様にそうお伝えください。幸い明日は土曜日ですので、心行くまでしてくださいませ。……くれぐれも、アシェル様を怒らせない範囲で。」

耳を赤く染めたアークエイドに、イザベルは一礼して退室する。

メイディーの心を射止めるのは、かなり難しいことをイザベルは知っている。
愛情深く慈悲深いように見えるが、括りは大切かそれ以外しかないのだ。
それ故、大切な中の“特別”になるのはとても難しい。

特にアシェルの場合、二人の兄とも違うを感じる事がある。
二人の兄と違ってしっかり引き留めておかなければ、イザベルの世界から消えてしまいそうな気がして怖いのだ。

だからこそ、アークエイドには早く女性であることを伝え、火遊びではなく心を繋げた存在になって欲しい。
性別など関係なく、アシェルのことを好きだと伝えてほしかった。

——イザベルは残念ながら、今までのアークエイドの“好き”は全くアシェルに伝わっていないことを知らない。

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