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第二章 王立学院中等部一年生
89 カミングアウト①
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Side:アシェル13歳 冬
アークエイドから特別な好きを伝えられてから数日が経ち、一月に入った。
いつもと同じ日常に見えて、その陰でアークエイドは毎日のようにアシェルに「好きだ。」と言ってくる。
その上、マリクとリリアーデ、デュークの前では、女と知られているのだから良いだろうと、二人っきりじゃなくても好きだと言われる始末。
気を抜けば人前でも抱きしめようとしてくるので、最近では見えない攻防戦を繰り広げていた。
(マリクの様子を観察したいのに……すっごい邪魔。)
アシェルの考えていることなどお見通しであろうアークエイドは、ジトっとした視線を向けられても機嫌が良い。
——他の男を見るなとか普通に言いそうな気がするし、考えていそうな気がして確かめてはいない。
そんな二人を見るリリアーデがこそっと話しかけてきた。
「この前から、アークがすっごい好き好きオーラだしてるんだけど。アシェと付き合ってるの?」
「ううん。身体の関係は持ったけど、付き合ってはないよ。僕の好きとアークの好きは違うもの。」
何でもないことのように言うアシェルに、リリアーデはうーん、と頭を悩ませる。
「ちゃんと好きの意味が違うって伝えてる?男って単純だから、身体の関係=恋人みたいに思いがちなのよね。その辺はキッチリ言っておかないと。」
「ちゃんと伝えてるから知ってるはずだよ。その上で頑張るんだって。」
「あぁ、あれは頑張ってる状態なのね。なら良かったわ。」
リリアーデが安堵したところで、その隣。アシェルの斜め前に座っているデュークが後ろを向いた。
「何が良いんだ。お前ら馬鹿なんじゃないか?授業中にする話じゃないし、そもそも論点がおかしすぎるだろ。」
声を抑えて、それでもイライラとした様子は隠しもせずに言ってくる。
デュークの言う通り、今は必修科目である経済学の授業中だ。
「論点?」
「アシェとアークが付き合ってるか、付き合ってないかっていう話でしょう?」
きょとんと首を傾げる二人に、常識人で苦労人のデュークは頭を抱える。
「アーク、なんでこんな訳の分からないことになってるんだよ。」
「流れでこうなった。」
「それ、意味わからないからな。」
アシェルの隣に座るアークエイドは、デュークの問いに簡潔に答えた。
その反対隣のイザベルは無反応だ。
火遊びのことを知ってるので今更なのだろう。
既にアシェルのことを女だと気づいてるメンバーについては伝えてある。
デューク達の前の列にエラートとマリク、その前にノアールとエトワールが座っている。
月曜の二限目のこの時間は他に被る授業が無いので、全員この時間に経済学を取っているのだ。
「はぁ。幼馴染達に男同士でイチャついてるって思われたくないし、女だって皆に言っちゃおうかな。別に、是が非でも隠さないといけないわけじゃないし。」
「良いんじゃないかしら。わたくし達が晩御飯を食べに伺ってる間も、ずっと胸潰し着けてるでしょう?あれは良くないわ。折角大きいのに、綺麗な形が崩れちゃうもの。」
「ねぇさん、それ以上は口を閉じようか?公衆の面前ではしたないことを口にするな。」
「うっ……ごめんなさい。でも、アシェがカミングアウトするのは賛成よ。皆なら言いふらしたりしないし大丈夫よ。」
それだけ言い残しリリアーデは前を向く。
デュークの怒ってますオーラに負けたようだ。
「事情は知らないが……僕も皆に伝えるのは賛成だ。今後フォローが必要なことも出てくるかもしれないしね。」
そう言ってデュークも前を見た。
そんな双子の言葉を受け、アシェルは久しぶりに夕食の食事会をしようと幼馴染達を誘ったのだった。
19時30分。
今までそうだったように、久しぶりのリーンリーンと言う来訪音が鳴り響く。
新学期に入ってからと言うよりも、夏休みに入る少し前から、全員揃った食事会をしていなかった。賑やかな応接間は久しぶりだ。
「ふふ。今日は久しぶりの食事会だし、夏休みにお肉を沢山仕入れておいたからね。焼き肉パーティーをしたいと思います!薄く切ったのから、分厚いステーキサイズまで用意してるから、好きなのを焼いて食べてね。野菜が欲しい人はノアかトワから貰って、自分で切ってね。」
最近は閉じていた仕切りの扉を解放し、そこにはアシェルが術式を組んで作ったバーベキューコンロを四つ並べてある。
その周りには九人分のキャンプ椅子、折り畳みテーブルの上に肉の山、応接セットのテーブルの上にも肉の山と取り皿や焼き肉のたれ、塩やレモンを置いてある。
セルフサービススタイルだ。
「もしスープが飲みたかったらキッチンの鍋に入ってるから、マグカップにいれるなりして飲んでね。紅茶と珈琲も、もう淹れたやつがポットに入ってキッチンにあるから。これも好きにして。あ、生肉は絶対トング使ってよ。食中毒起こしても助けてやらないからね。」
いくつも山を作る大量の肉に、体育会系の男達がおぉ!と感激の声を上げている。
それとは別に、リリアーデも感激の声を上げていた。
「バーベキューじゃないの!このコンロどうしたの??炭……は入ってないわね、煙が出てないもの。でも、ちゃんと熱くなってるわ。」
「ふふ、見た目だけはバーベキューコンロだよ。外見だけはこんな感じでって、馴染みの鍛冶師にお願いして作ってもらったからね。中に術式を組み込んでいて、魔力で熱が発生するようにしてるんだ。全体を均一じゃなくて、真ん中あたりが一番熱くて、縁の方は保温レベルになるように調整するのが難しかったかな。実際の炭火焼みたいに、温度に違いがあった方が焼き加減の調節がしやすいでしょ。で、ここから吸気して、焼いた時に出る煙や匂いは出来る限り吸収して、この先でクリーンを使って綺麗にして排気されるように組んでみたんだよね。」
「まって、アシェ。凄いのは分かったけど、内容は全く理解できないわ。あれでしょ、煙の出ない焼き肉ホットプレート……そんな感じの商品みたいと思えばいいのね?」
「多分、それであってると思う……?まぁ、使ってみたら分かると思うよ。さ、皆食べよう。いただきます。」
アシェルの号令に合わせて、全員が「いただきます。」と言い、思い思いに肉を焼き始める。
「アシェは凄いよね。こういうのが欲しいって思ったら、自分で魔道具作っちゃうんだから。」
「ノアだって作ろうと思えば作れると思うよ。魔法はイメージだけど、魔術は計算やパズルみたいなものだから、法則さえ覚えてしまえば簡単だよ。どういうものが欲しいのかに合わせて、パーツを色々用意して、そこにハマったり、他と喧嘩しないようなものをはめていくと出来上がり。」
「簡単に言うけど、多分すっごく難しいことしてると思うよ。そもそも必要な術式って言うけど、完成された術式を見ても、何がどうなってるのか分からないもん。」
「そうなの?でも授業で——。」
「アシェは授業が必要ないくらい進んでるだろ。普通は必要最低限の術式を丸暗記で、書けるようになるまで、だ。改良となると膨大な知識が要るし、専門家の分野だな。」
ノアールとアシェルの意見の食い違いに、アークエイドが助け船を入れた。
「折角面白い分野なのに、マイナーなのかぁ。残念。」
「ねーところで、アシェ。このばーべきゅーこんろ??商業ギルドに登録しないー?見た目が同じ感じのはあるけど、魔力で動くのは見たことないんだよねー。術式とか、構造を教えてもらってー、商業ギルドが作って売る。アシェにはーアイディア料と、今後の売り上げから30%。大体50%が原価で、20%は人件費とか諸々のギルドの取り分なんだけどー。どうー?」
マリクの提案に、うーんと頭を悩ませる。
「魔道具になると値段が高いから、誰も買わないんじゃないの?」
「そんなことないよー。ちょっとした魔力持ちの人間か、クズ魔石でもあれば使えるようになってるでしょー、あれ。燃料代をコストカットできることとー、燃料を燃やした煙の有害物質を考えると、欲しい人は多いと思うなー。」
煙の有害物質は一酸化炭素のことだろうか。炭などが不完全燃焼だと発生してしまうやつだ。
「まぁ、登録したほうがってマリクが言うなら登録しようかな?春休みとかでいい?」
「うん、いーよー。じゃあ、一緒に商業ギルドいこーねー。手続き教えてあげるよー。」
「分かった。よろしくね。」
「なー、今日はラビット肉ねぇの?ボアにベアにバッファローにオーク……どれも癖やら脂やらが強いから、淡白なのを少し挟みてぇんだけど。」
『ストレージ』からホーンラビットの肉を取り出して、既に空になっているお皿の上に置いた。
「エト、ココに置いてるからね。」
「おーありがとな。」
「淡白なのが欲しいなら、いくらでも野菜出してやるぞ?」
「トワが食えばいいだろ。俺は肉が食いてぇんだよっ。」
エトワールが『ストレージ』から取り出した玉ねぎやキャベツを、ほれほれとエラートに押し付け、それを突き返されるという攻防戦が始まる。
それを皆で笑いながら観戦し、焼き上がった肉を食べていく。
賑やかで、心休まる時間だ。
こうやってゆっくりと全員が集まるのは久しぶりなので、授業の話だけでなく、夏休みの間の話になった。
「僕は久しぶりに船に乗せられたけど、久しぶりすぎて少し船酔いしちゃったんだよね。陸に戻ってもしばらく揺れてる感じだったし……。ちょっと乗ってないだけで酔うって、流石に落ち込んじゃったよ。」
「元々ノアは船酔い酷かったもんな。学院入るまでに、ようやく船酔いしない日が多くなったって感じだったしなぁ。」
「双子なのに、トワは初めて乗った時から全く酔わないんだよ。不公平だと思わない?」
「ノアとトワは一卵性?二卵性??見た目がそっくりだから、一卵性双生児かなって思っていたのだけれど。」
「一卵性らしいけど、体質とかは遺伝じゃないみたい。」
「デュークとリリィは、男女だから二卵性だもんな。の割には、見た目そっくりだけど。」
「まぁ、性別は違えど双子だからな。」
そんな辺境組の双子同士で話している中、王都組の話題の矛先はイザベルに向いていた。
「なぁ、イザベルって、護身術習ってたって本当か?もしそうなら、手合わせしたいんだけど。」
「えぇ、一通りは。あくまでも護身術ですので、エラート様とでは勝負にならないと思いますが……。」
「ちょっと、エト。ベルの細腕で、エトの馬鹿力に敵うわけないでしょ。ベルに傷一つでも付けたら、エト相手でも容赦しないからね?」
「俺が悪かった、イザベルには手合わせ申し込まないからっ。アシェを敵に回したくねぇ。」
「アシェ強いもんねー。でも、夏休みに三の森で会った時はびっくりしたよー。」
「夏休み……。そういえば、【血濡れの殺人人形】って名前が付いた時に、マリクとキルル夫人に会ったって言ってたな。だが、アシェからは三の森に行ったとは聞いてないが?」
「言ってないからね。」
「初めて行く場——。」
「なんか俺が知らない間に面白いことになってね?何があったら二つ名なんてつくんだよ。」
アークエイドからのお説教が始まりそうになるが、エラートが二つ名に反応し遮ったため、その話に乗ることにする。
怒られると思ったから言わなかったのだ。
二の森強行軍だけでも怒られてしまったのだから。
「ちょっと夏休みにストレス発散しに、冒険しに行ってね。いちいちクリーンかけるのも魔力が勿体ないから、返り血浴びたまま歩いてたからか、そんな名前が付いたらしい。」
「ついたらしい、じゃない。アレは言われても仕方ないと思うぞ。」
「アークはアシェと一緒じゃ無かったよねー?会った時、アシェの匂いしかしなかったからー。」
「夏休み最終日の強行軍に付き合った。というか、近くで見ていただけだ。」
「あー別の日なんだねー。」
「そういう面白そうなのは誘ってくれよ。夏休みは親父からしごかれてしんどかったんだぞ。」
ぶーぶーと文句を言うエラートに笑う。
エラートの父親は第一騎士団副団長だし、一度会っただけだがかなり厳格そうだった。
時間があるのを良いことに、たっぷりとしごかれたのだろう。
「アシェル様。」
「どうしたの、ベル?」
「わたくしは、アシェル様が旅行に行くと言うからお休みを頂いたと思っていたのに、聞き間違いだったかしら?寮にも早くから帰っていたみたいでしたものね。わたくし、聞いておりませんけど?」
お仕着せを着ているのに、まるでドレスと扇を装備しているかのような仕草と笑みで問い詰められる。
イザベルが侍女としてではなく、こうして喋っているのはかなりご立腹な証だ。
「ベル、落ち着いて?その……皆と行くと、僕が暴れる暇もなく片付いちゃうから、ちょっと一人で暴れてこようかなって……。」
「それは旦那様や、お義兄様方、メルティー様はご存知ですの?」
イザベルの瞳が、言ってないでしょ?と確信を持っていることが解る。
「ベルへの説明と同じ。」
「やっぱり。アシェル様、少しは周りの者のことも考えてって、あれほど言ってるでしょう!?一人で毒薬の味見をするのすら心配だって、止めてほしいって言ってますよね?これは兄妹の誰一人止めないのでもう諦めてますが。でも、冒険はわざわざリスクを負う必要はありませんよね?な・ぜ、黙ってお一人で出かけたのですかっ。」
「言ったら止めるでしょ。王都の外に旅行しに行くって言ったから、嘘は吐いてないからね。」
「当たり前です!それに、討伐に出ることを旅行とは言いませんっ。」
「たまには一人でのびのびとしたかったんだよ。」
「普段から一人でのびのびとなさってるでしょう。邸でも家庭教師が付いていない時間は、実験室に籠って出てこなかったじゃないですかっ。」
「実験室の居心地が良いんだもん。やりたいことは一杯あるのに、習い事で時間も足りなかったし。」
「それで時間が出来たら、味見と言って毒薬を服用するんですよね?何度ぐったりしたアシェル様を見つけたと思ってるんですか?わたくしの方が寿命が縮みそうになるんですよ。」
わーわーと言い争いを始めたアシェルとイザベルを眺めながら、マリクはしょんぼりと耳と尻尾をうなだれさせた。
「俺、言っちゃいけないこと言ったかなー。」
「マリクのせいじゃない。あれはアシェが悪い。」
「アシェも暴れたかったって言ってたからー。今度皆で討伐に行ったら、譲ってあげた方が良いかなー?」
「どうだろうな……アシェは譲られても喜ばねぇ気がするぞ。普段は魔物より、その辺に生えてる素材の方が気になってるみたいだしよ。」
普段のアシェルは魔物のことは食糧か資金源、たまに素材という認識で、魔素がたっぷりの中育った植物素材の方に目を惹かれている印象がある。
魔物に注意は向けているだろうが、そもそも過剰戦力なので、アシェルが採取する余裕があるのだ。
「喜ばないだろうな。その程度じゃ楽しめないって言うと思う。ストレス発散についていったが……手を出すなと忠告してきた上で、俺のことも忘れてひたすら魔物を切り倒してたからな。ずっと愚痴を吐きながら、的確に背後から魔物の首を切って、笑顔で血飛沫浴びてるんだぞ。」
「うわぁ、俺、ぜってーその場に居合わせたくない。二つ名に納得しちまうな。」
「アシェはおにんぎょーさんみたいに、きれーだもんねー。」
三人はアシェルとイザベルの方へ視線を戻す。
何故か双子達まで加わって、イザベルのお説教から魔の森の話に変わっている。
「へぇ。うちの国境沿いの森とは、だいぶと植生が違うのね。やっぱり気温とかもあるのかしら?出てくる魔物はあまり変わりないように見えるけど、強さはちょっと分からないわ。」
「僕も、実際に戦ってみないと判別つかないね。一の森がエルマン大森林の浅いところより弱いのは確かだけど。二の森で浅いエリアってイメージだから、中間エリアくらいなのかな。」
「魔の森みたいに目に見える区切りがないから、じんわり強さが変わっていく感じなんだよね?力試しにはちょうど良さそうだよね。血の臭いで沢山釣れそうな気がするし。」
「アシェル様。今度は本当に旅行に行くと言って、エルマン大森林に行ったりしないでくださいね?約束してくださいませ。」
「それは無理だよ。人生何があるか分からないもの。心の片隅に留めておくね。」
イザベルにジトっとした眼で見られるが、約束してしまうわけにはいかない。
エルマン大森林は南北に大きく広がる森林だ。
その中でもシルコット領とエルフェナーレ王国を挟む位置に大魔素溜まりが在り、魔物が多く手強いエリアになっている。
エルフェナーレ王国に行くときはシルコット領ではなく、シルコット地方の南北どちらからか繋がる街道を行くことになる。
だが、通るのはエルマン大森林だ。何かの折に約束が邪魔になるのは嫌だ。
「アシェは簡単に言うが、スタンピードが起きると、本当にヤバいくらい魔物が出てくるんだぞ。」
「そうね。死者を出さないのが手一杯。負傷者多数、だものね。まぁうちの私兵団に、魔法使いが少ないのも要因の一つだと思うわ。アシェのような補助魔法を使える人が居れば、もう少し勝率は上がると思うのよね。」
「あーそれ分かるな。俺のとこの私兵団も魔法使いは少ないし、アシェみたいな補助魔法はまず使えないからな。」
「アスノームの場合は、私兵団が陸と海とに分かれてるから、余計に人材不足なんだよね。」
「それを考えると、うちの私兵団は一か所に投入できる分マシだな。」
「僕はメイディー領に行ったことないし、辺境とはまた違うだろうからなぁ。領地の防衛って大変なんだなって事くらいしか分からないや。」
アスノーム領には港町があるが、その南に広がるマーモン大海にも大魔素溜まりがある。
マーモン大海を挟んだ向こうにはアスラモリオン帝国があり、船路でしか辿り着けない国だ。
ヒューナイト王国は、東西南北の国境に大魔素溜まりがある。その中でも特に魔素と瘴気が濃いとされているのが大森林と大海だ。
シルコット領とアスノーム領は、常に討伐隊を派遣し魔物を間引かないと、大規模なスタンピードが起きてしまうのだという。
王都の北東にある魔の森もスタンピードのリスクはあるのだが、冒険者がよく討伐に出向くエリアなので、今までスタンピードが起きた報告はないそうだ。
当然各地にある小さな魔素溜まりでもスタンピードの危険性はあるが、大抵は領主が異変に気付いた時点で対応することで事なきを得ている。
もしくは、対応したことでスタンピードの規模が少し小さくなる。
そんな異変に気付いた時点で、大規模なスタンピードを食い止めるのが手遅れになってしまうのが東西南北にある大魔素溜まりなのだ。
「アシェル様はお邸から出ませんし、旦那様も暇がありませんものね。」
「領地に関する内政は、お父様とお兄様達で終わらせちゃうしね。お父様達だって実験好きなのに、僕だけ時間を自由に使っていいよって言われても、ちょっと気が引けちゃうよね。僕も手伝えば早く終わるはずなのにさ。」
勉強がかなり進んできた時に、アベルに直談判して、アシェルも家のことを手伝うと言った事がある。
次期当主のスペアですらないが、アシェルの学びは多岐に渡り、領地経営や帳簿の付け方まで教えて貰っているのだ。
だが返ってきた答えは「アシェは家のことではなく、実験や創薬に力を入れてほしい。私達ではゆっくり時間が取れないし、アシェの作る薬はどれも素晴らしいからね。もっとアシェの作ったものを見たいんだ。」だ。
それもメイディーの仕事の一つだと言われたので引き下がったが、父や兄達の作る薬も素晴らしいのにと思う。
「えらいわね……領地の運営なんて、全く手を出してないわよ。今の内から手伝うなんて考えてもみなかったわ。」
リリアーデが感心したように言う隣で、デュークが溜め息を吐く。
「だろうな。言っとくけど、僕は携わってるからな?リリィと婚約が決まった時から。本来ならリリィが次期当主だけど、直系だからどっちでもいいだろって。」
「そうなの?知らなかったわ。言ってくれたら手伝うのに。」
「僕がやったほうが早い。まだ母上の手伝いレベルだから、そんなに手間もかからなかったし。」
「そう?皆はもうお手伝いとかしてるの??」
「うちは領地運営の勉強はしてるけど。」
「実質討伐任務だけだな。」
ノアールとエトワールからの視線を貰い、エラートが答える。
「俺は全然だな。多分うちの書記官と執事長がメインでやってて、大事な書類だけ親父が認可おろしてるらしいぜ。」
そのエラートに視線を貰ったマリクが続く。
「俺は領地の書類仕事はしてないねー。それはかーさんがしてる。商業ギルドの勉強はさせられるし、とーさんの仕事はたまに手伝ってるよー。」
「最後は俺か。一応執務はやっている。兄上ほどじゃないがな。公務は一応こなしているが、公務じゃない社交関係は断っているな。」
「アークってちゃんと王子様だったんだね。」
思わず感想が口からこぼれ、アークエイドに睨まれる。
アシェルの中で、アークエイドは家族や幼馴染達以外には不愛想だし、コミュニケーションを取っているイメージがなさすぎるのだ。
未だに武芸の手合わせ申し込みは、幼馴染の仲介役が必要な男なのである。周囲もそれを分かっていて、幼馴染にアークエイドとの手合わせを申し込むくらい認知されている。
それに執務をしているというのも、書類仕事をする姿を見たことがないせいか、どこかしっくりこない。
「当たり前だろ。王太子は兄上だが、これでも一応王族だからな。色々と面倒なんだ。」
不機嫌そうな中には、恐らく公務以外のものも混じっているのだろう。
王位争いとか派閥とか。
アークエイドの“色々”にそういったものが内包されていることを、全員が悟っているが口にはしない。
はっきりと口にされない限り聞くべきではない問題だ。
「そっか。そろそろ、お肉でお腹いっぱいになったかな?一応デザートにシャーベット用意してあるけど、いる人ー?」
雰囲気を変えるようにアシェルが言えば、全員の手が上がったため、イザベルと二人でキッチンへ用意をしに行った。
アークエイドから特別な好きを伝えられてから数日が経ち、一月に入った。
いつもと同じ日常に見えて、その陰でアークエイドは毎日のようにアシェルに「好きだ。」と言ってくる。
その上、マリクとリリアーデ、デュークの前では、女と知られているのだから良いだろうと、二人っきりじゃなくても好きだと言われる始末。
気を抜けば人前でも抱きしめようとしてくるので、最近では見えない攻防戦を繰り広げていた。
(マリクの様子を観察したいのに……すっごい邪魔。)
アシェルの考えていることなどお見通しであろうアークエイドは、ジトっとした視線を向けられても機嫌が良い。
——他の男を見るなとか普通に言いそうな気がするし、考えていそうな気がして確かめてはいない。
そんな二人を見るリリアーデがこそっと話しかけてきた。
「この前から、アークがすっごい好き好きオーラだしてるんだけど。アシェと付き合ってるの?」
「ううん。身体の関係は持ったけど、付き合ってはないよ。僕の好きとアークの好きは違うもの。」
何でもないことのように言うアシェルに、リリアーデはうーん、と頭を悩ませる。
「ちゃんと好きの意味が違うって伝えてる?男って単純だから、身体の関係=恋人みたいに思いがちなのよね。その辺はキッチリ言っておかないと。」
「ちゃんと伝えてるから知ってるはずだよ。その上で頑張るんだって。」
「あぁ、あれは頑張ってる状態なのね。なら良かったわ。」
リリアーデが安堵したところで、その隣。アシェルの斜め前に座っているデュークが後ろを向いた。
「何が良いんだ。お前ら馬鹿なんじゃないか?授業中にする話じゃないし、そもそも論点がおかしすぎるだろ。」
声を抑えて、それでもイライラとした様子は隠しもせずに言ってくる。
デュークの言う通り、今は必修科目である経済学の授業中だ。
「論点?」
「アシェとアークが付き合ってるか、付き合ってないかっていう話でしょう?」
きょとんと首を傾げる二人に、常識人で苦労人のデュークは頭を抱える。
「アーク、なんでこんな訳の分からないことになってるんだよ。」
「流れでこうなった。」
「それ、意味わからないからな。」
アシェルの隣に座るアークエイドは、デュークの問いに簡潔に答えた。
その反対隣のイザベルは無反応だ。
火遊びのことを知ってるので今更なのだろう。
既にアシェルのことを女だと気づいてるメンバーについては伝えてある。
デューク達の前の列にエラートとマリク、その前にノアールとエトワールが座っている。
月曜の二限目のこの時間は他に被る授業が無いので、全員この時間に経済学を取っているのだ。
「はぁ。幼馴染達に男同士でイチャついてるって思われたくないし、女だって皆に言っちゃおうかな。別に、是が非でも隠さないといけないわけじゃないし。」
「良いんじゃないかしら。わたくし達が晩御飯を食べに伺ってる間も、ずっと胸潰し着けてるでしょう?あれは良くないわ。折角大きいのに、綺麗な形が崩れちゃうもの。」
「ねぇさん、それ以上は口を閉じようか?公衆の面前ではしたないことを口にするな。」
「うっ……ごめんなさい。でも、アシェがカミングアウトするのは賛成よ。皆なら言いふらしたりしないし大丈夫よ。」
それだけ言い残しリリアーデは前を向く。
デュークの怒ってますオーラに負けたようだ。
「事情は知らないが……僕も皆に伝えるのは賛成だ。今後フォローが必要なことも出てくるかもしれないしね。」
そう言ってデュークも前を見た。
そんな双子の言葉を受け、アシェルは久しぶりに夕食の食事会をしようと幼馴染達を誘ったのだった。
19時30分。
今までそうだったように、久しぶりのリーンリーンと言う来訪音が鳴り響く。
新学期に入ってからと言うよりも、夏休みに入る少し前から、全員揃った食事会をしていなかった。賑やかな応接間は久しぶりだ。
「ふふ。今日は久しぶりの食事会だし、夏休みにお肉を沢山仕入れておいたからね。焼き肉パーティーをしたいと思います!薄く切ったのから、分厚いステーキサイズまで用意してるから、好きなのを焼いて食べてね。野菜が欲しい人はノアかトワから貰って、自分で切ってね。」
最近は閉じていた仕切りの扉を解放し、そこにはアシェルが術式を組んで作ったバーベキューコンロを四つ並べてある。
その周りには九人分のキャンプ椅子、折り畳みテーブルの上に肉の山、応接セットのテーブルの上にも肉の山と取り皿や焼き肉のたれ、塩やレモンを置いてある。
セルフサービススタイルだ。
「もしスープが飲みたかったらキッチンの鍋に入ってるから、マグカップにいれるなりして飲んでね。紅茶と珈琲も、もう淹れたやつがポットに入ってキッチンにあるから。これも好きにして。あ、生肉は絶対トング使ってよ。食中毒起こしても助けてやらないからね。」
いくつも山を作る大量の肉に、体育会系の男達がおぉ!と感激の声を上げている。
それとは別に、リリアーデも感激の声を上げていた。
「バーベキューじゃないの!このコンロどうしたの??炭……は入ってないわね、煙が出てないもの。でも、ちゃんと熱くなってるわ。」
「ふふ、見た目だけはバーベキューコンロだよ。外見だけはこんな感じでって、馴染みの鍛冶師にお願いして作ってもらったからね。中に術式を組み込んでいて、魔力で熱が発生するようにしてるんだ。全体を均一じゃなくて、真ん中あたりが一番熱くて、縁の方は保温レベルになるように調整するのが難しかったかな。実際の炭火焼みたいに、温度に違いがあった方が焼き加減の調節がしやすいでしょ。で、ここから吸気して、焼いた時に出る煙や匂いは出来る限り吸収して、この先でクリーンを使って綺麗にして排気されるように組んでみたんだよね。」
「まって、アシェ。凄いのは分かったけど、内容は全く理解できないわ。あれでしょ、煙の出ない焼き肉ホットプレート……そんな感じの商品みたいと思えばいいのね?」
「多分、それであってると思う……?まぁ、使ってみたら分かると思うよ。さ、皆食べよう。いただきます。」
アシェルの号令に合わせて、全員が「いただきます。」と言い、思い思いに肉を焼き始める。
「アシェは凄いよね。こういうのが欲しいって思ったら、自分で魔道具作っちゃうんだから。」
「ノアだって作ろうと思えば作れると思うよ。魔法はイメージだけど、魔術は計算やパズルみたいなものだから、法則さえ覚えてしまえば簡単だよ。どういうものが欲しいのかに合わせて、パーツを色々用意して、そこにハマったり、他と喧嘩しないようなものをはめていくと出来上がり。」
「簡単に言うけど、多分すっごく難しいことしてると思うよ。そもそも必要な術式って言うけど、完成された術式を見ても、何がどうなってるのか分からないもん。」
「そうなの?でも授業で——。」
「アシェは授業が必要ないくらい進んでるだろ。普通は必要最低限の術式を丸暗記で、書けるようになるまで、だ。改良となると膨大な知識が要るし、専門家の分野だな。」
ノアールとアシェルの意見の食い違いに、アークエイドが助け船を入れた。
「折角面白い分野なのに、マイナーなのかぁ。残念。」
「ねーところで、アシェ。このばーべきゅーこんろ??商業ギルドに登録しないー?見た目が同じ感じのはあるけど、魔力で動くのは見たことないんだよねー。術式とか、構造を教えてもらってー、商業ギルドが作って売る。アシェにはーアイディア料と、今後の売り上げから30%。大体50%が原価で、20%は人件費とか諸々のギルドの取り分なんだけどー。どうー?」
マリクの提案に、うーんと頭を悩ませる。
「魔道具になると値段が高いから、誰も買わないんじゃないの?」
「そんなことないよー。ちょっとした魔力持ちの人間か、クズ魔石でもあれば使えるようになってるでしょー、あれ。燃料代をコストカットできることとー、燃料を燃やした煙の有害物質を考えると、欲しい人は多いと思うなー。」
煙の有害物質は一酸化炭素のことだろうか。炭などが不完全燃焼だと発生してしまうやつだ。
「まぁ、登録したほうがってマリクが言うなら登録しようかな?春休みとかでいい?」
「うん、いーよー。じゃあ、一緒に商業ギルドいこーねー。手続き教えてあげるよー。」
「分かった。よろしくね。」
「なー、今日はラビット肉ねぇの?ボアにベアにバッファローにオーク……どれも癖やら脂やらが強いから、淡白なのを少し挟みてぇんだけど。」
『ストレージ』からホーンラビットの肉を取り出して、既に空になっているお皿の上に置いた。
「エト、ココに置いてるからね。」
「おーありがとな。」
「淡白なのが欲しいなら、いくらでも野菜出してやるぞ?」
「トワが食えばいいだろ。俺は肉が食いてぇんだよっ。」
エトワールが『ストレージ』から取り出した玉ねぎやキャベツを、ほれほれとエラートに押し付け、それを突き返されるという攻防戦が始まる。
それを皆で笑いながら観戦し、焼き上がった肉を食べていく。
賑やかで、心休まる時間だ。
こうやってゆっくりと全員が集まるのは久しぶりなので、授業の話だけでなく、夏休みの間の話になった。
「僕は久しぶりに船に乗せられたけど、久しぶりすぎて少し船酔いしちゃったんだよね。陸に戻ってもしばらく揺れてる感じだったし……。ちょっと乗ってないだけで酔うって、流石に落ち込んじゃったよ。」
「元々ノアは船酔い酷かったもんな。学院入るまでに、ようやく船酔いしない日が多くなったって感じだったしなぁ。」
「双子なのに、トワは初めて乗った時から全く酔わないんだよ。不公平だと思わない?」
「ノアとトワは一卵性?二卵性??見た目がそっくりだから、一卵性双生児かなって思っていたのだけれど。」
「一卵性らしいけど、体質とかは遺伝じゃないみたい。」
「デュークとリリィは、男女だから二卵性だもんな。の割には、見た目そっくりだけど。」
「まぁ、性別は違えど双子だからな。」
そんな辺境組の双子同士で話している中、王都組の話題の矛先はイザベルに向いていた。
「なぁ、イザベルって、護身術習ってたって本当か?もしそうなら、手合わせしたいんだけど。」
「えぇ、一通りは。あくまでも護身術ですので、エラート様とでは勝負にならないと思いますが……。」
「ちょっと、エト。ベルの細腕で、エトの馬鹿力に敵うわけないでしょ。ベルに傷一つでも付けたら、エト相手でも容赦しないからね?」
「俺が悪かった、イザベルには手合わせ申し込まないからっ。アシェを敵に回したくねぇ。」
「アシェ強いもんねー。でも、夏休みに三の森で会った時はびっくりしたよー。」
「夏休み……。そういえば、【血濡れの殺人人形】って名前が付いた時に、マリクとキルル夫人に会ったって言ってたな。だが、アシェからは三の森に行ったとは聞いてないが?」
「言ってないからね。」
「初めて行く場——。」
「なんか俺が知らない間に面白いことになってね?何があったら二つ名なんてつくんだよ。」
アークエイドからのお説教が始まりそうになるが、エラートが二つ名に反応し遮ったため、その話に乗ることにする。
怒られると思ったから言わなかったのだ。
二の森強行軍だけでも怒られてしまったのだから。
「ちょっと夏休みにストレス発散しに、冒険しに行ってね。いちいちクリーンかけるのも魔力が勿体ないから、返り血浴びたまま歩いてたからか、そんな名前が付いたらしい。」
「ついたらしい、じゃない。アレは言われても仕方ないと思うぞ。」
「アークはアシェと一緒じゃ無かったよねー?会った時、アシェの匂いしかしなかったからー。」
「夏休み最終日の強行軍に付き合った。というか、近くで見ていただけだ。」
「あー別の日なんだねー。」
「そういう面白そうなのは誘ってくれよ。夏休みは親父からしごかれてしんどかったんだぞ。」
ぶーぶーと文句を言うエラートに笑う。
エラートの父親は第一騎士団副団長だし、一度会っただけだがかなり厳格そうだった。
時間があるのを良いことに、たっぷりとしごかれたのだろう。
「アシェル様。」
「どうしたの、ベル?」
「わたくしは、アシェル様が旅行に行くと言うからお休みを頂いたと思っていたのに、聞き間違いだったかしら?寮にも早くから帰っていたみたいでしたものね。わたくし、聞いておりませんけど?」
お仕着せを着ているのに、まるでドレスと扇を装備しているかのような仕草と笑みで問い詰められる。
イザベルが侍女としてではなく、こうして喋っているのはかなりご立腹な証だ。
「ベル、落ち着いて?その……皆と行くと、僕が暴れる暇もなく片付いちゃうから、ちょっと一人で暴れてこようかなって……。」
「それは旦那様や、お義兄様方、メルティー様はご存知ですの?」
イザベルの瞳が、言ってないでしょ?と確信を持っていることが解る。
「ベルへの説明と同じ。」
「やっぱり。アシェル様、少しは周りの者のことも考えてって、あれほど言ってるでしょう!?一人で毒薬の味見をするのすら心配だって、止めてほしいって言ってますよね?これは兄妹の誰一人止めないのでもう諦めてますが。でも、冒険はわざわざリスクを負う必要はありませんよね?な・ぜ、黙ってお一人で出かけたのですかっ。」
「言ったら止めるでしょ。王都の外に旅行しに行くって言ったから、嘘は吐いてないからね。」
「当たり前です!それに、討伐に出ることを旅行とは言いませんっ。」
「たまには一人でのびのびとしたかったんだよ。」
「普段から一人でのびのびとなさってるでしょう。邸でも家庭教師が付いていない時間は、実験室に籠って出てこなかったじゃないですかっ。」
「実験室の居心地が良いんだもん。やりたいことは一杯あるのに、習い事で時間も足りなかったし。」
「それで時間が出来たら、味見と言って毒薬を服用するんですよね?何度ぐったりしたアシェル様を見つけたと思ってるんですか?わたくしの方が寿命が縮みそうになるんですよ。」
わーわーと言い争いを始めたアシェルとイザベルを眺めながら、マリクはしょんぼりと耳と尻尾をうなだれさせた。
「俺、言っちゃいけないこと言ったかなー。」
「マリクのせいじゃない。あれはアシェが悪い。」
「アシェも暴れたかったって言ってたからー。今度皆で討伐に行ったら、譲ってあげた方が良いかなー?」
「どうだろうな……アシェは譲られても喜ばねぇ気がするぞ。普段は魔物より、その辺に生えてる素材の方が気になってるみたいだしよ。」
普段のアシェルは魔物のことは食糧か資金源、たまに素材という認識で、魔素がたっぷりの中育った植物素材の方に目を惹かれている印象がある。
魔物に注意は向けているだろうが、そもそも過剰戦力なので、アシェルが採取する余裕があるのだ。
「喜ばないだろうな。その程度じゃ楽しめないって言うと思う。ストレス発散についていったが……手を出すなと忠告してきた上で、俺のことも忘れてひたすら魔物を切り倒してたからな。ずっと愚痴を吐きながら、的確に背後から魔物の首を切って、笑顔で血飛沫浴びてるんだぞ。」
「うわぁ、俺、ぜってーその場に居合わせたくない。二つ名に納得しちまうな。」
「アシェはおにんぎょーさんみたいに、きれーだもんねー。」
三人はアシェルとイザベルの方へ視線を戻す。
何故か双子達まで加わって、イザベルのお説教から魔の森の話に変わっている。
「へぇ。うちの国境沿いの森とは、だいぶと植生が違うのね。やっぱり気温とかもあるのかしら?出てくる魔物はあまり変わりないように見えるけど、強さはちょっと分からないわ。」
「僕も、実際に戦ってみないと判別つかないね。一の森がエルマン大森林の浅いところより弱いのは確かだけど。二の森で浅いエリアってイメージだから、中間エリアくらいなのかな。」
「魔の森みたいに目に見える区切りがないから、じんわり強さが変わっていく感じなんだよね?力試しにはちょうど良さそうだよね。血の臭いで沢山釣れそうな気がするし。」
「アシェル様。今度は本当に旅行に行くと言って、エルマン大森林に行ったりしないでくださいね?約束してくださいませ。」
「それは無理だよ。人生何があるか分からないもの。心の片隅に留めておくね。」
イザベルにジトっとした眼で見られるが、約束してしまうわけにはいかない。
エルマン大森林は南北に大きく広がる森林だ。
その中でもシルコット領とエルフェナーレ王国を挟む位置に大魔素溜まりが在り、魔物が多く手強いエリアになっている。
エルフェナーレ王国に行くときはシルコット領ではなく、シルコット地方の南北どちらからか繋がる街道を行くことになる。
だが、通るのはエルマン大森林だ。何かの折に約束が邪魔になるのは嫌だ。
「アシェは簡単に言うが、スタンピードが起きると、本当にヤバいくらい魔物が出てくるんだぞ。」
「そうね。死者を出さないのが手一杯。負傷者多数、だものね。まぁうちの私兵団に、魔法使いが少ないのも要因の一つだと思うわ。アシェのような補助魔法を使える人が居れば、もう少し勝率は上がると思うのよね。」
「あーそれ分かるな。俺のとこの私兵団も魔法使いは少ないし、アシェみたいな補助魔法はまず使えないからな。」
「アスノームの場合は、私兵団が陸と海とに分かれてるから、余計に人材不足なんだよね。」
「それを考えると、うちの私兵団は一か所に投入できる分マシだな。」
「僕はメイディー領に行ったことないし、辺境とはまた違うだろうからなぁ。領地の防衛って大変なんだなって事くらいしか分からないや。」
アスノーム領には港町があるが、その南に広がるマーモン大海にも大魔素溜まりがある。
マーモン大海を挟んだ向こうにはアスラモリオン帝国があり、船路でしか辿り着けない国だ。
ヒューナイト王国は、東西南北の国境に大魔素溜まりがある。その中でも特に魔素と瘴気が濃いとされているのが大森林と大海だ。
シルコット領とアスノーム領は、常に討伐隊を派遣し魔物を間引かないと、大規模なスタンピードが起きてしまうのだという。
王都の北東にある魔の森もスタンピードのリスクはあるのだが、冒険者がよく討伐に出向くエリアなので、今までスタンピードが起きた報告はないそうだ。
当然各地にある小さな魔素溜まりでもスタンピードの危険性はあるが、大抵は領主が異変に気付いた時点で対応することで事なきを得ている。
もしくは、対応したことでスタンピードの規模が少し小さくなる。
そんな異変に気付いた時点で、大規模なスタンピードを食い止めるのが手遅れになってしまうのが東西南北にある大魔素溜まりなのだ。
「アシェル様はお邸から出ませんし、旦那様も暇がありませんものね。」
「領地に関する内政は、お父様とお兄様達で終わらせちゃうしね。お父様達だって実験好きなのに、僕だけ時間を自由に使っていいよって言われても、ちょっと気が引けちゃうよね。僕も手伝えば早く終わるはずなのにさ。」
勉強がかなり進んできた時に、アベルに直談判して、アシェルも家のことを手伝うと言った事がある。
次期当主のスペアですらないが、アシェルの学びは多岐に渡り、領地経営や帳簿の付け方まで教えて貰っているのだ。
だが返ってきた答えは「アシェは家のことではなく、実験や創薬に力を入れてほしい。私達ではゆっくり時間が取れないし、アシェの作る薬はどれも素晴らしいからね。もっとアシェの作ったものを見たいんだ。」だ。
それもメイディーの仕事の一つだと言われたので引き下がったが、父や兄達の作る薬も素晴らしいのにと思う。
「えらいわね……領地の運営なんて、全く手を出してないわよ。今の内から手伝うなんて考えてもみなかったわ。」
リリアーデが感心したように言う隣で、デュークが溜め息を吐く。
「だろうな。言っとくけど、僕は携わってるからな?リリィと婚約が決まった時から。本来ならリリィが次期当主だけど、直系だからどっちでもいいだろって。」
「そうなの?知らなかったわ。言ってくれたら手伝うのに。」
「僕がやったほうが早い。まだ母上の手伝いレベルだから、そんなに手間もかからなかったし。」
「そう?皆はもうお手伝いとかしてるの??」
「うちは領地運営の勉強はしてるけど。」
「実質討伐任務だけだな。」
ノアールとエトワールからの視線を貰い、エラートが答える。
「俺は全然だな。多分うちの書記官と執事長がメインでやってて、大事な書類だけ親父が認可おろしてるらしいぜ。」
そのエラートに視線を貰ったマリクが続く。
「俺は領地の書類仕事はしてないねー。それはかーさんがしてる。商業ギルドの勉強はさせられるし、とーさんの仕事はたまに手伝ってるよー。」
「最後は俺か。一応執務はやっている。兄上ほどじゃないがな。公務は一応こなしているが、公務じゃない社交関係は断っているな。」
「アークってちゃんと王子様だったんだね。」
思わず感想が口からこぼれ、アークエイドに睨まれる。
アシェルの中で、アークエイドは家族や幼馴染達以外には不愛想だし、コミュニケーションを取っているイメージがなさすぎるのだ。
未だに武芸の手合わせ申し込みは、幼馴染の仲介役が必要な男なのである。周囲もそれを分かっていて、幼馴染にアークエイドとの手合わせを申し込むくらい認知されている。
それに執務をしているというのも、書類仕事をする姿を見たことがないせいか、どこかしっくりこない。
「当たり前だろ。王太子は兄上だが、これでも一応王族だからな。色々と面倒なんだ。」
不機嫌そうな中には、恐らく公務以外のものも混じっているのだろう。
王位争いとか派閥とか。
アークエイドの“色々”にそういったものが内包されていることを、全員が悟っているが口にはしない。
はっきりと口にされない限り聞くべきではない問題だ。
「そっか。そろそろ、お肉でお腹いっぱいになったかな?一応デザートにシャーベット用意してあるけど、いる人ー?」
雰囲気を変えるようにアシェルが言えば、全員の手が上がったため、イザベルと二人でキッチンへ用意をしに行った。
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