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第二章 王立学院中等部一年生
106 依頼達成報告とお祝い④
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Side:アシェル13歳 冬
「あ、アシェー。ご飯美味しーよ。珍しーのいっぱいだねー。」
お皿の上に色々と取り分けて食べている三人は、美味しい食事を楽しんでいるようだ。
「ふふ、喜んでもらえて良かったわ。お父様が手配してくださったらしいの。食事の後はデザートも出てくるらしいから、しっかりお腹を空けておかないとダメよ。料理長の作るチョコレートケーキは絶品なんだから。」
今も昔も、料理長の作るチョコレートケーキが、アシェルの中で一番美味しい大好物だ。
今日も楽しみにしている。
「へぇ、チョコレートケーキか。美味しそうだね。」
「俺にはちょっと甘すぎるかもしれねぇけど、アシェのお勧めなら食べてみるかな。っていうかさ、親父酒飲んでねぇ?騎士服だから仕事かと思ってたんだけど。」
「一応仕事なんじゃないかしら。不測の事態の時に動けたら良いだけだもの。それに近くにお父様も居るし、お兄様達も警戒してるから大丈夫よ。」
「なら良いんだけどさ。久しぶりに、親父があんな風に楽しそうに笑ってるのを見た気がする。おふくろが亡くなってから忙しそうにしてて、あんまり笑ったとこ見なくなったんだよな。」
しみじみとエラートが言う。
確か非公式お茶会が始まった頃には、エラートの母親も亡くなっていたはずだ。
「……我が家も、メアリーお義母様が来るまでは大変だったらしいわ。お兄様達がお母様の代わりに仕事をこなしてたらしいから。今はメアリーお義母様に、女主人としての仕事は引き継いでるらしいけどね。」
あのタイミングでメアリーを連れてきたのは恋愛感情もあったのかもしれないが、アベル的に丁度良かったのかもしれないと、最近のアシェルは思っている。
二人の関係の深さを知りたいとは思ってないので、実際のところどうかは分からないが。
「俺も少しは手伝わないとだよな。冬休みは稽古じゃなくて、俺にもできる仕事教えてもらうかな。」
「きっとカドラス卿は喜ぶと思うわよ。手伝わせてくれるかはおいといてね。」
「そこだよな。まぁ、言うだけ言ってみるさ。」
エラートとの少ししんみりとした話が終わると、スッとイザベルがやってくる。
「アシェル様、良ければお食事を摂り分けますが。」
「お願いしていいかしら?わたくしと同じものをアークにも取ってあげて。」
「心得ております。」
言うが早いか、イザベルは器用に片手でお皿を二枚広げて、少しずつ食事を摂り分けてくれる。
一先ず一通り味見したいアシェルの為に、全て一口サイズだ。
「アークのも取ってくれてるから少し待っててちょうだいね。苦手なものがあったら、残してもらって構わないわ。もっと食べたいって思ったのがあったら、覚えておいてベルかサーニャに言ってちょうだい。」
「分かった。好き嫌いはないし、大丈夫だと思う。」
色とりどりの食事が取り分けられた皿が、イザベルから手渡される。
イザベルは壁際で待機するようだ。
折角のお祝いだが、こればかりは仕方ない。
「どれも美味しそうだわ。」
パクっと一口ずつ色々と楽しむ。
色とりどりの料理達は、山の幸から海の幸まで食材もいろいろだ。
「幸せそうに食べるな。」
「だって美味しいんだもの。美味しいって幸せでしょ。」
「確かにそうだな。」
お皿に盛られた最後の一つを食べ終わると、スッと新しいお皿が差し出された。
流石イザベル。
タイミングがバッチリだ。
「凄いな。」
「だって、わたくしの自慢の侍女ですもの。料理人も使用人も、わたくし達が色々味見したいのを知ってるから、どれも一口ずつ楽しめるようにしてくれてるのよね。」
「達?」
「ほら、あっち。アイザックはアル兄様の侍従ね。ベルみたいに食事を摂り分けてくれてるでしょ、二人分……じゃなくて三人分だわ。大変ね。」
アルフォードは踊り終えたアビゲイルとノアールと一緒に居るようで、アイザックは三人分取り分けていた。
流石に三つの皿を片手で持って盛り付けはできないようで、トレイを使っている。
「あっちのエリックはアン兄様の侍従よ。殿下の分も合わせて二人分でしょ。」
エリックもイザベルのように、片手で二枚の皿を広げて盛り付けている。
「マルローネはメルの侍女なの。メアリーお義母様はあまり食べないから、メルの分だけ取り分けてくれてるみたいね。わたくし達が一口ずつ食べるからか、メルも少しずつ味見するのが好きなのよね。メルは体内魔力なんて関係なく、料理に使ってるハーブなんかを当てちゃうから凄いのよ。」
ちょっぴり義妹の自慢を挟みつつ、最後の一人を示す。
「お父様たちの場所へは大き目のワゴン置いてあるでしょ?こっちの食事を少しずつ盛り付けたお皿が乗ってるはずよ。メアリーお義母様のはマルローネが担当するから、最低三枚。お父様と、国王陛下とアンジェラ様の分ね。残りは皆で楽しんでもらって、追加が欲しいって言われたら取りに来る感じかしら。」
「薬だけじゃなく、食事の味見も好きな一家なんだな。まさかメルティーまでもとは思ってなかったが。」
「だって、美味しいものは味見したくなるじゃない。好きなものはお腹に余裕があれば、また食べればいいんだし。まぁこんな感じだから、パーティー料理って言うのもあるけど、最初から少しずつ取り分けやすいように出してくれてるのよ。そして一巡するまでは、使用人達がちゃんと取り分けてくれるの。」
今までもここで行われる小規模なホームパーティーのようなものに参加していただけだが、アシェルの場合はサーニャかイザベルがずっとお世話をしてくれていた。
社交界ではあまり食べてはいけないらしいのが残念でならない。
ずっと食事コーナーに居座っていたいくらいだ。
「至れり尽くせりだな。俺達にも。」
「流石に王族を前に、自分達だけ取り分けてもらうなんて出来ないわよ。同じものを食べてれば、異変があればすぐに気付けるしね。」
アシェルが食事を楽しんでいる間に、ダンスホールが賑やかになっている。
男女関係なく、女性パートを踊れる人を相手にダンスをしているようだ。
「アシェル様。こちらの食事は一通り終わりましたが、あちらのを持ってきますか?」
「いいえ、それは後で良いわ。ねぇ、アーク。折角だし踊りに行きましょう?今なら全ての花が咲くわ。」
「花……ドレスのことだよな。アシェル嬢、私と一曲踊っていただけますか?」
「えぇ、喜んで。」
律義にしっかりダンスの申し込みをしてくれたアークエイドの手を取り、ダンスホールへ移動する。
ヒールを履いてアークエイドと向き合うと、視線が凄く近い。
喋っている間は出来るだけ顔を見ないようにしていたが、相変わらず涼し気なサファイアブルーの瞳は、じわじわと焼きつくような熱を持っている。
「ねぇ、アーク。わたくし、このヒールでも結構踊れるのよ。スカートが綺麗に開くダンスが良いわ。アークならリードが上手だし、出来るでしょう?」
「出来るが……足を踏まないでくれよ?」
冗談交じりだと分かるその言葉に、頬を膨らませて見せる。
「もう、踏んだりしないわよ。これでも運動神経は悪くないし、アークのダンスの癖だって知ってるもの。」
アークエイドのリードに合わせてステップを踏む。
「言うほどアシェと踊ってないよな?」
「ちゃんと授業中にもチェックしてるわよ。いつかお父様に、アークの社交界参加に付き添えって言われるのは分かってたから。成人の歳かなって思ってたけど、この感じだと来年にはデビューさせられそうだわ。」
「そのデビューは俺がエスコート出来るだろうか。」
くるっとターンすると、青色のスカートがふわっと広がる。
「出来るんじゃなくて、しなきゃダメなのよ。アークがパートナーじゃないなら、わたくしはドレスを着ないし、デビューだってもっと遅くしてもらうわ。」
「それは困るな。でも綺麗なアシェを、誰にも見せたくない。」
「綺麗って……前例があるから、誰もわたくしのことを女だなんて思わないだろうって、お父様が言ってたわ。アン兄様と一緒で、王族の護衛のための女装って認識になるみたいね。護衛も、武力じゃなくて毒薬対応の方だと思うわ。本当に女かも?って思うのは、多分他国の来賓とかじゃないかしら。まぁ、この見た目じゃ女装疑惑が沸くだけだと思うけれどね。」
アシェルのブルー、リリアーデのグリーン、メルティーのピンク、メアリーのオレンジ、キルルのレッド。
色とりどりの花が、音楽に合わせてダンスホールに花開く。
「前にも言ったが、この国は同性婚が出来るんだ。綺麗な人なら性別なんて関係ないという人もいる。安心できない。」
「そういえば、そんなこと言ってたわね。結婚願望もないし、すっかり忘れてたわ。」
ミルトン兄弟は真剣な交際の申し込みというよりも、火遊びする相手を探しているようなので、同性婚のことは全く気にしていなかった。
「一言余計だ。これは、アシェと付き合えたとしても、結婚してもらえるかまで気にしないとダメな奴か。」
「あら、アークの言う特別な好きを、わたくしからもアークへあげられるようになれば、お付き合いはするわ。そして、アークとのお付き合いは婚約と結婚もセットでしょう?流石にそこで嫌がったりしないわ。」
音楽が変わるがそのままダンスはそのまま続ける。
正式な場ではないので、続けて踊っても問題ないだろう。
なんだかんだで、アークエイドと踊るのは踊りやすいし楽しい。
それに踊っていれば、パーティーの場でもこういう話はしやすい。
密着しているからだろうか。
「そこは考えてくれてるんだな。ということは、やっぱりアシェに特別な好きを解ってもらえるように頑張るしかないのか。」
「身体だけの関係なら奥さんが出来るまで続けても良いから、諦めてシャーロット先輩と婚約したらどうかしら?あ、シャーロット様がダメって言ったら、婚約中でも身体の関係はダメよ。許可がもらえたら、ね。」
本来、浮気と不倫はダメなものだ。
ただ、貴族だと結婚するまで閨を共にしてはいけないとか、ややこしそうだ。
双方から安全な欲を解消する娼婦くらいの扱いをしてもらえるなら相手をしても良いが、そうじゃなければ泥沼な予感しかしないので相手は出来ない。
「あのなぁ……言ってるだろ。俺はアシェと一緒になりたいんだ。シャーロット嬢じゃない。アシェの身体だけが欲しい訳じゃないんだ。」
「でも、シャーロット先輩は年上でしょ?アークの卒業か、わたくしが返事を出すまで待ってたら、流石に嫁き遅れちゃうんじゃないかしら。わたくしの前世ならいざ知らず、貴族の結婚適齢期って早いんでしょう?」
「まぁ、学院卒業から20歳前後で大体結婚してしまうな。シャーロット嬢のことは、アシェが気にしなくて良いんだ。もう二人で婚約はしないと、だいぶ前に話しがついてる。」
「……それって、僕がアークを振ったら、アークは誰とも結婚しないってこと?そうなると、僕への告白がすっごく重たい話になるんだけど。シャーロット先輩に他に好きな人が居て、身を引くとかそういうやつなの?だいぶ前っていつからそんな話してたわけ。僕が告白されたのって、かなり最近なんだけど。」
一目惚れ体質の王族の為に、相手と良縁に恵まれなかったり、相手とそもそも出会えなかった時のための婚約者候補だ。
その婚約者候補と婚約する道が残されていないとしたら。
アークエイドにあるのはアシェルと結婚するか、独身のまま生涯を終えるか、未亡人でもなんでもいいからとりあえず誰かと政略結婚するかだ。
アシェルの決断への責任が重すぎないだろうか。
「アシェ、口調が普段通りになってるぞ。重たかろうがなんだろうが、俺はアシェ以外要らないからな。そもそも、シャーロット嬢と結婚しても子作りはしなかっただろうから、独身でも結婚しても一緒だ。」
「あんなに可愛いご令嬢なのに、男として機能しないの?それとも、どちらかに要因があって不妊とか……それだと、婚約者候補からは外されそうね。じゃあ、シャーロット先輩が男性恐怖症とか潔癖とかかしら?でも、男性恐怖症って感じではなかったわよね。それに生徒会室で見てても、潔癖って感じもなかったし。」
「全部違うし、なんでそこまで色々考え付くんだ。多分アシェには解らない理由だから、考えるのを諦めろ。」
「解らないって言われると、なんか悔しいわ。」
「お願いだから、シャーロット嬢に直接聞いたりするなよ。デリケートな問題だし、この件に関してはまだ他に話してないんだからな。」
「聞くのが失礼に当たっちゃうなら聞けないわ。ただ、陛下やアンジェラ様に伝えてないのは不味くないかしら。一生独身って言うと、心配かけちゃうわよ?」
アシェルも一生独身のつもりだったのを棚に上げてしまっているが、王族ならもしものために子孫を残せる可能性は必要なのではないだろうか。
三人も居れば、一人くらい結婚しなくても良いのだろうか。その辺りはよく分からない。
「なんで独身なのが前提なんだ。まぁ、いずれ折を見て話すつもりだ。時期についてはシャーロット嬢とも話し合わないといけないしな。」
「そっか、二人の秘密だものね。早めに伝えられるように祈ってるわ。」
なんだかんだとアークエイドと三曲続けて踊ったので、ダンスを終える。
女役で踊れる人材はリリアーデを除いて引っ張りだこなので、アシェルも次の人と踊る。
リリアーデが引っ張り出されない理由は言わずもがなだ。メイディー家の男性陣は踊っていたようだが。
マリクとエラートと踊って、兄達と踊る。
グレイニールと踊った後はアベルと踊り、ニクス、ロバート、グリモニアと、大人達とも踊った。
王子達や国王陛下とダンスをするなんて普通なら恐れ多いことなのだが、当たり前のようにダンスを申し込まれた。
グリモニアは漆黒の髪にルビーレッドの瞳、しっかりした体躯の褐色肌の凛々しい男性だ。
アビゲイルはグリモニア似、グレイニールとアークエイドはアンジェラ似のようだ。
アシェルがグリモニアと踊り終わったところで、音楽がまた変わり、ダンスタイムの終了を告げた。
たっぷりと踊りまくった女役の面々は、メアリーとメルティー、アンジェラはお疲れのようだ。
それに、散々マリクに振り回されていたノアールも。
「もー僕、マリクと踊りたくない。身長差もあるのに、あんなに動かれたら体力持たないよ。僕じゃなくてトワと踊ってよ。僕がエトと踊るから。」
「えー、だって一杯動いた方が楽しいでしょー。」
疲労困憊なノアールに対して、マリクはかなり上機嫌だ。
「エトは身長あるし体育会系だけど、ダンスは丁寧だもんな。踊りやすくて楽なんだけど、次はノアに譲るか。」
「なぁ、トワ。それ、俺のダンスが丁寧なのは意外、って言ってるように聞こえるんだが……気のせいじゃないだろ。」
「だって、ステップの歩幅とかキッチリ俺に合わせてるだろ?俺が踊りやすいってことは、ノアも踊りやすいってことだし。ってわけで、次からはノアをエトが誘って、マリクは俺を誘ってくれよ。」
「仕方ないなー。じゃあ、授業でもよろしくねー。」
どうやら話はまとまったようだ。
「アシェル様、こちらをどうぞ。」
スッとイザベルがお皿に乗った料理——いや、おつまみだろう。塩っ気が強そうなものが乗っている——を差し出してくれる。
「ありがとう。取っておいてくれたのね。」
「はい。これで全部です。お飲み物はどうされますか?」
アシェルと一緒にお皿を受け取ったアークエイドに視線を向ける。
アシェルは踊り続けて喉が渇いてるが、アークエイドはどうだろうか。
塩っ気の多い料理ばかりなので、飲み物はあった方が良いと思うが。
「アーク、何か飲みたいものあるかしら?というか、ごめんなさいね。食べてる間、飲み物まで気が回ってなかったわ。」
「アシェが踊ってる間に、サーニャに頼んで飲んでたから気にしなくて良いぞ。メニュー的に赤ぶどうジュースを貰うか。酒が飲めたらワインで良いんだろうけどな。」
アークエイドの言う通り、アシェル達はまだ飲酒が出来ない。
それでもこの国の成人となる16歳からお酒は解禁されるので、前世の20歳と較べるとずいぶんと早い。
正式な夜会への参加も16歳から可能だ。
「かしこまりました。」
「お酒ねぇ……。酔おうと思ったら、魔力絞らないとダメなのよね。これだけは、ある意味便利で、ある意味残念な体質だなって思うわ。」
「アルコールにまで反応するのか。」
「誰でも身体が分解する成分だもの。この体質が働かないわけないじゃない。」
グラスをイザベルに手渡され、ボトルからぶどうジュースを注いでくれる。
グラスには銀の細工や柄が入った繊細なデザインのものだ。
綺麗で実用的なグラスである。
アークエイドのグラスに注ぐ間に、アシェルは味見を済ませてしまう。
「あら、アシェはお酒を飲んでも酔いにくいのは残念ね。でも、魔力次第で酔わないというか、二日酔いがなさそうなのは羨ましいかもしれないわ。お酒を飲むのは楽しいけど、二日酔いだけが難点なのよね。」
リリアーデは前世では、結構お酒を飲む方だったのだろうか。
残念ながら、アシェルに飲酒の記憶はないので二日酔いの辛さは分からない。
「リリィはお酒を飲むのは好きなの?二日酔いって、お酒に弱いか、物凄く飲みすぎた人がなるイメージだけれど……どっちだったのかしら?」
「お酒に酔えるまで飲めたら楽しいわね。わたくし、前世は辛いモノや炭酸が苦手だったから、お酒も辛くて飲みにくかったんだけれど。胃も弱かったし。でも、酔った感覚が好きで飲んでたのよね。一人で飲むより、皆でわいわい飲むのが好きだわ。一人で飲むのは楽しくないもの。」
「あら……もしかして今も辛いものは苦手だったりするかしら?あまり気にしてなかったけど……。飲み会が好きなのね。でも胃が弱いなら……二日酔いは吐き気が酷かったんじゃないかしら。」
「頭痛がしたことはないわね。わたくしの二日酔いと言えば吐き気だったわ。今世は辛いものも人並みには食べれるし、身体も精神も丈夫みたいだし、良いこと尽くめよ。実は、ちょっぴり成人が楽しみなのよね。」
リリアーデは心の底から嬉しそうな笑顔で笑う。
心身ともに健康なことは何よりも嬉しいことだろう。
確かリリアーデは、前世では看護師をしていた上に、本人も心を病んでいたらしいから。病気の辛さは嫌というほど分かっているのだろう。
「じゃあ成人したら、皆で飲み会でもしましょう。わたくしの部屋なら、酔い潰れてもどうにかなるわ。お風呂もトイレも二つずつあるしね。」
「良いわね、それ。片方占拠されてても、もう一つトイレがあるって素敵だわ。そういえば、16歳の誕生日から飲めるのかしら?それとも、年が変わったら?」
「さぁ……16歳からとしか聞いてなかったわ。」
リリアーデの疑問を口にするが、アシェルも答えを持っていない。
前世の感覚で言えば誕生日を越したらなのだが、そうなると夜会への参加も人によって差が出来てしまう。
そうなると7月の社交界シーズンの始まりを告げる夜会でデビューするのは、同学年の約半数は出来なくなってしまう。
質問に答えてくれたのはアークエイドだった。
「16になる年の4月1日から飲酒も、夜会への参加も可能になる。そこで差が出ると不平不満が出るからな。」
「良かったわ。冒険者登録は10歳の誕生日を迎えてないとダメだったから、飲酒や夜会ももしかしたらって思ってたわ。わたくしの部屋で、皆で飲み会するのが楽しみね。」
酒癖の悪い人がいないことを願うばかりだ。
皆で楽しくお酒を楽しめたら良いなと思う。大人達が今、楽しそうに談笑しているように。
イザベルに追加で特に美味しかった料理を取ってもらい、その後にのんびりデザートを楽しんでいるとアベルが歩いてくる。
「やぁ、皆。今日は楽しめたかな?そろそろお開きにするから、母屋の方へ移動しようと思うんだけどいいかな?もし、食事を摂り足りないのなら、今好きなものを使用人に言づけてもらえたら、あとで客間に届けさせるからね。」
どうやらこれでお開きになるらしい。
大人達も連れ添って、母屋への扉に近いこちらへ歩いてくる。
——国王陛下夫妻も。
なんとなく予想はしていたが、一家全員でお泊りするらしい。
子供達もそれぞれ食べたい料理や飲み物がある人は自己申告し、アベルの後ろを歩いて母屋へ向かったのだった。
「あ、アシェー。ご飯美味しーよ。珍しーのいっぱいだねー。」
お皿の上に色々と取り分けて食べている三人は、美味しい食事を楽しんでいるようだ。
「ふふ、喜んでもらえて良かったわ。お父様が手配してくださったらしいの。食事の後はデザートも出てくるらしいから、しっかりお腹を空けておかないとダメよ。料理長の作るチョコレートケーキは絶品なんだから。」
今も昔も、料理長の作るチョコレートケーキが、アシェルの中で一番美味しい大好物だ。
今日も楽しみにしている。
「へぇ、チョコレートケーキか。美味しそうだね。」
「俺にはちょっと甘すぎるかもしれねぇけど、アシェのお勧めなら食べてみるかな。っていうかさ、親父酒飲んでねぇ?騎士服だから仕事かと思ってたんだけど。」
「一応仕事なんじゃないかしら。不測の事態の時に動けたら良いだけだもの。それに近くにお父様も居るし、お兄様達も警戒してるから大丈夫よ。」
「なら良いんだけどさ。久しぶりに、親父があんな風に楽しそうに笑ってるのを見た気がする。おふくろが亡くなってから忙しそうにしてて、あんまり笑ったとこ見なくなったんだよな。」
しみじみとエラートが言う。
確か非公式お茶会が始まった頃には、エラートの母親も亡くなっていたはずだ。
「……我が家も、メアリーお義母様が来るまでは大変だったらしいわ。お兄様達がお母様の代わりに仕事をこなしてたらしいから。今はメアリーお義母様に、女主人としての仕事は引き継いでるらしいけどね。」
あのタイミングでメアリーを連れてきたのは恋愛感情もあったのかもしれないが、アベル的に丁度良かったのかもしれないと、最近のアシェルは思っている。
二人の関係の深さを知りたいとは思ってないので、実際のところどうかは分からないが。
「俺も少しは手伝わないとだよな。冬休みは稽古じゃなくて、俺にもできる仕事教えてもらうかな。」
「きっとカドラス卿は喜ぶと思うわよ。手伝わせてくれるかはおいといてね。」
「そこだよな。まぁ、言うだけ言ってみるさ。」
エラートとの少ししんみりとした話が終わると、スッとイザベルがやってくる。
「アシェル様、良ければお食事を摂り分けますが。」
「お願いしていいかしら?わたくしと同じものをアークにも取ってあげて。」
「心得ております。」
言うが早いか、イザベルは器用に片手でお皿を二枚広げて、少しずつ食事を摂り分けてくれる。
一先ず一通り味見したいアシェルの為に、全て一口サイズだ。
「アークのも取ってくれてるから少し待っててちょうだいね。苦手なものがあったら、残してもらって構わないわ。もっと食べたいって思ったのがあったら、覚えておいてベルかサーニャに言ってちょうだい。」
「分かった。好き嫌いはないし、大丈夫だと思う。」
色とりどりの食事が取り分けられた皿が、イザベルから手渡される。
イザベルは壁際で待機するようだ。
折角のお祝いだが、こればかりは仕方ない。
「どれも美味しそうだわ。」
パクっと一口ずつ色々と楽しむ。
色とりどりの料理達は、山の幸から海の幸まで食材もいろいろだ。
「幸せそうに食べるな。」
「だって美味しいんだもの。美味しいって幸せでしょ。」
「確かにそうだな。」
お皿に盛られた最後の一つを食べ終わると、スッと新しいお皿が差し出された。
流石イザベル。
タイミングがバッチリだ。
「凄いな。」
「だって、わたくしの自慢の侍女ですもの。料理人も使用人も、わたくし達が色々味見したいのを知ってるから、どれも一口ずつ楽しめるようにしてくれてるのよね。」
「達?」
「ほら、あっち。アイザックはアル兄様の侍従ね。ベルみたいに食事を摂り分けてくれてるでしょ、二人分……じゃなくて三人分だわ。大変ね。」
アルフォードは踊り終えたアビゲイルとノアールと一緒に居るようで、アイザックは三人分取り分けていた。
流石に三つの皿を片手で持って盛り付けはできないようで、トレイを使っている。
「あっちのエリックはアン兄様の侍従よ。殿下の分も合わせて二人分でしょ。」
エリックもイザベルのように、片手で二枚の皿を広げて盛り付けている。
「マルローネはメルの侍女なの。メアリーお義母様はあまり食べないから、メルの分だけ取り分けてくれてるみたいね。わたくし達が一口ずつ食べるからか、メルも少しずつ味見するのが好きなのよね。メルは体内魔力なんて関係なく、料理に使ってるハーブなんかを当てちゃうから凄いのよ。」
ちょっぴり義妹の自慢を挟みつつ、最後の一人を示す。
「お父様たちの場所へは大き目のワゴン置いてあるでしょ?こっちの食事を少しずつ盛り付けたお皿が乗ってるはずよ。メアリーお義母様のはマルローネが担当するから、最低三枚。お父様と、国王陛下とアンジェラ様の分ね。残りは皆で楽しんでもらって、追加が欲しいって言われたら取りに来る感じかしら。」
「薬だけじゃなく、食事の味見も好きな一家なんだな。まさかメルティーまでもとは思ってなかったが。」
「だって、美味しいものは味見したくなるじゃない。好きなものはお腹に余裕があれば、また食べればいいんだし。まぁこんな感じだから、パーティー料理って言うのもあるけど、最初から少しずつ取り分けやすいように出してくれてるのよ。そして一巡するまでは、使用人達がちゃんと取り分けてくれるの。」
今までもここで行われる小規模なホームパーティーのようなものに参加していただけだが、アシェルの場合はサーニャかイザベルがずっとお世話をしてくれていた。
社交界ではあまり食べてはいけないらしいのが残念でならない。
ずっと食事コーナーに居座っていたいくらいだ。
「至れり尽くせりだな。俺達にも。」
「流石に王族を前に、自分達だけ取り分けてもらうなんて出来ないわよ。同じものを食べてれば、異変があればすぐに気付けるしね。」
アシェルが食事を楽しんでいる間に、ダンスホールが賑やかになっている。
男女関係なく、女性パートを踊れる人を相手にダンスをしているようだ。
「アシェル様。こちらの食事は一通り終わりましたが、あちらのを持ってきますか?」
「いいえ、それは後で良いわ。ねぇ、アーク。折角だし踊りに行きましょう?今なら全ての花が咲くわ。」
「花……ドレスのことだよな。アシェル嬢、私と一曲踊っていただけますか?」
「えぇ、喜んで。」
律義にしっかりダンスの申し込みをしてくれたアークエイドの手を取り、ダンスホールへ移動する。
ヒールを履いてアークエイドと向き合うと、視線が凄く近い。
喋っている間は出来るだけ顔を見ないようにしていたが、相変わらず涼し気なサファイアブルーの瞳は、じわじわと焼きつくような熱を持っている。
「ねぇ、アーク。わたくし、このヒールでも結構踊れるのよ。スカートが綺麗に開くダンスが良いわ。アークならリードが上手だし、出来るでしょう?」
「出来るが……足を踏まないでくれよ?」
冗談交じりだと分かるその言葉に、頬を膨らませて見せる。
「もう、踏んだりしないわよ。これでも運動神経は悪くないし、アークのダンスの癖だって知ってるもの。」
アークエイドのリードに合わせてステップを踏む。
「言うほどアシェと踊ってないよな?」
「ちゃんと授業中にもチェックしてるわよ。いつかお父様に、アークの社交界参加に付き添えって言われるのは分かってたから。成人の歳かなって思ってたけど、この感じだと来年にはデビューさせられそうだわ。」
「そのデビューは俺がエスコート出来るだろうか。」
くるっとターンすると、青色のスカートがふわっと広がる。
「出来るんじゃなくて、しなきゃダメなのよ。アークがパートナーじゃないなら、わたくしはドレスを着ないし、デビューだってもっと遅くしてもらうわ。」
「それは困るな。でも綺麗なアシェを、誰にも見せたくない。」
「綺麗って……前例があるから、誰もわたくしのことを女だなんて思わないだろうって、お父様が言ってたわ。アン兄様と一緒で、王族の護衛のための女装って認識になるみたいね。護衛も、武力じゃなくて毒薬対応の方だと思うわ。本当に女かも?って思うのは、多分他国の来賓とかじゃないかしら。まぁ、この見た目じゃ女装疑惑が沸くだけだと思うけれどね。」
アシェルのブルー、リリアーデのグリーン、メルティーのピンク、メアリーのオレンジ、キルルのレッド。
色とりどりの花が、音楽に合わせてダンスホールに花開く。
「前にも言ったが、この国は同性婚が出来るんだ。綺麗な人なら性別なんて関係ないという人もいる。安心できない。」
「そういえば、そんなこと言ってたわね。結婚願望もないし、すっかり忘れてたわ。」
ミルトン兄弟は真剣な交際の申し込みというよりも、火遊びする相手を探しているようなので、同性婚のことは全く気にしていなかった。
「一言余計だ。これは、アシェと付き合えたとしても、結婚してもらえるかまで気にしないとダメな奴か。」
「あら、アークの言う特別な好きを、わたくしからもアークへあげられるようになれば、お付き合いはするわ。そして、アークとのお付き合いは婚約と結婚もセットでしょう?流石にそこで嫌がったりしないわ。」
音楽が変わるがそのままダンスはそのまま続ける。
正式な場ではないので、続けて踊っても問題ないだろう。
なんだかんだで、アークエイドと踊るのは踊りやすいし楽しい。
それに踊っていれば、パーティーの場でもこういう話はしやすい。
密着しているからだろうか。
「そこは考えてくれてるんだな。ということは、やっぱりアシェに特別な好きを解ってもらえるように頑張るしかないのか。」
「身体だけの関係なら奥さんが出来るまで続けても良いから、諦めてシャーロット先輩と婚約したらどうかしら?あ、シャーロット様がダメって言ったら、婚約中でも身体の関係はダメよ。許可がもらえたら、ね。」
本来、浮気と不倫はダメなものだ。
ただ、貴族だと結婚するまで閨を共にしてはいけないとか、ややこしそうだ。
双方から安全な欲を解消する娼婦くらいの扱いをしてもらえるなら相手をしても良いが、そうじゃなければ泥沼な予感しかしないので相手は出来ない。
「あのなぁ……言ってるだろ。俺はアシェと一緒になりたいんだ。シャーロット嬢じゃない。アシェの身体だけが欲しい訳じゃないんだ。」
「でも、シャーロット先輩は年上でしょ?アークの卒業か、わたくしが返事を出すまで待ってたら、流石に嫁き遅れちゃうんじゃないかしら。わたくしの前世ならいざ知らず、貴族の結婚適齢期って早いんでしょう?」
「まぁ、学院卒業から20歳前後で大体結婚してしまうな。シャーロット嬢のことは、アシェが気にしなくて良いんだ。もう二人で婚約はしないと、だいぶ前に話しがついてる。」
「……それって、僕がアークを振ったら、アークは誰とも結婚しないってこと?そうなると、僕への告白がすっごく重たい話になるんだけど。シャーロット先輩に他に好きな人が居て、身を引くとかそういうやつなの?だいぶ前っていつからそんな話してたわけ。僕が告白されたのって、かなり最近なんだけど。」
一目惚れ体質の王族の為に、相手と良縁に恵まれなかったり、相手とそもそも出会えなかった時のための婚約者候補だ。
その婚約者候補と婚約する道が残されていないとしたら。
アークエイドにあるのはアシェルと結婚するか、独身のまま生涯を終えるか、未亡人でもなんでもいいからとりあえず誰かと政略結婚するかだ。
アシェルの決断への責任が重すぎないだろうか。
「アシェ、口調が普段通りになってるぞ。重たかろうがなんだろうが、俺はアシェ以外要らないからな。そもそも、シャーロット嬢と結婚しても子作りはしなかっただろうから、独身でも結婚しても一緒だ。」
「あんなに可愛いご令嬢なのに、男として機能しないの?それとも、どちらかに要因があって不妊とか……それだと、婚約者候補からは外されそうね。じゃあ、シャーロット先輩が男性恐怖症とか潔癖とかかしら?でも、男性恐怖症って感じではなかったわよね。それに生徒会室で見てても、潔癖って感じもなかったし。」
「全部違うし、なんでそこまで色々考え付くんだ。多分アシェには解らない理由だから、考えるのを諦めろ。」
「解らないって言われると、なんか悔しいわ。」
「お願いだから、シャーロット嬢に直接聞いたりするなよ。デリケートな問題だし、この件に関してはまだ他に話してないんだからな。」
「聞くのが失礼に当たっちゃうなら聞けないわ。ただ、陛下やアンジェラ様に伝えてないのは不味くないかしら。一生独身って言うと、心配かけちゃうわよ?」
アシェルも一生独身のつもりだったのを棚に上げてしまっているが、王族ならもしものために子孫を残せる可能性は必要なのではないだろうか。
三人も居れば、一人くらい結婚しなくても良いのだろうか。その辺りはよく分からない。
「なんで独身なのが前提なんだ。まぁ、いずれ折を見て話すつもりだ。時期についてはシャーロット嬢とも話し合わないといけないしな。」
「そっか、二人の秘密だものね。早めに伝えられるように祈ってるわ。」
なんだかんだとアークエイドと三曲続けて踊ったので、ダンスを終える。
女役で踊れる人材はリリアーデを除いて引っ張りだこなので、アシェルも次の人と踊る。
リリアーデが引っ張り出されない理由は言わずもがなだ。メイディー家の男性陣は踊っていたようだが。
マリクとエラートと踊って、兄達と踊る。
グレイニールと踊った後はアベルと踊り、ニクス、ロバート、グリモニアと、大人達とも踊った。
王子達や国王陛下とダンスをするなんて普通なら恐れ多いことなのだが、当たり前のようにダンスを申し込まれた。
グリモニアは漆黒の髪にルビーレッドの瞳、しっかりした体躯の褐色肌の凛々しい男性だ。
アビゲイルはグリモニア似、グレイニールとアークエイドはアンジェラ似のようだ。
アシェルがグリモニアと踊り終わったところで、音楽がまた変わり、ダンスタイムの終了を告げた。
たっぷりと踊りまくった女役の面々は、メアリーとメルティー、アンジェラはお疲れのようだ。
それに、散々マリクに振り回されていたノアールも。
「もー僕、マリクと踊りたくない。身長差もあるのに、あんなに動かれたら体力持たないよ。僕じゃなくてトワと踊ってよ。僕がエトと踊るから。」
「えー、だって一杯動いた方が楽しいでしょー。」
疲労困憊なノアールに対して、マリクはかなり上機嫌だ。
「エトは身長あるし体育会系だけど、ダンスは丁寧だもんな。踊りやすくて楽なんだけど、次はノアに譲るか。」
「なぁ、トワ。それ、俺のダンスが丁寧なのは意外、って言ってるように聞こえるんだが……気のせいじゃないだろ。」
「だって、ステップの歩幅とかキッチリ俺に合わせてるだろ?俺が踊りやすいってことは、ノアも踊りやすいってことだし。ってわけで、次からはノアをエトが誘って、マリクは俺を誘ってくれよ。」
「仕方ないなー。じゃあ、授業でもよろしくねー。」
どうやら話はまとまったようだ。
「アシェル様、こちらをどうぞ。」
スッとイザベルがお皿に乗った料理——いや、おつまみだろう。塩っ気が強そうなものが乗っている——を差し出してくれる。
「ありがとう。取っておいてくれたのね。」
「はい。これで全部です。お飲み物はどうされますか?」
アシェルと一緒にお皿を受け取ったアークエイドに視線を向ける。
アシェルは踊り続けて喉が渇いてるが、アークエイドはどうだろうか。
塩っ気の多い料理ばかりなので、飲み物はあった方が良いと思うが。
「アーク、何か飲みたいものあるかしら?というか、ごめんなさいね。食べてる間、飲み物まで気が回ってなかったわ。」
「アシェが踊ってる間に、サーニャに頼んで飲んでたから気にしなくて良いぞ。メニュー的に赤ぶどうジュースを貰うか。酒が飲めたらワインで良いんだろうけどな。」
アークエイドの言う通り、アシェル達はまだ飲酒が出来ない。
それでもこの国の成人となる16歳からお酒は解禁されるので、前世の20歳と較べるとずいぶんと早い。
正式な夜会への参加も16歳から可能だ。
「かしこまりました。」
「お酒ねぇ……。酔おうと思ったら、魔力絞らないとダメなのよね。これだけは、ある意味便利で、ある意味残念な体質だなって思うわ。」
「アルコールにまで反応するのか。」
「誰でも身体が分解する成分だもの。この体質が働かないわけないじゃない。」
グラスをイザベルに手渡され、ボトルからぶどうジュースを注いでくれる。
グラスには銀の細工や柄が入った繊細なデザインのものだ。
綺麗で実用的なグラスである。
アークエイドのグラスに注ぐ間に、アシェルは味見を済ませてしまう。
「あら、アシェはお酒を飲んでも酔いにくいのは残念ね。でも、魔力次第で酔わないというか、二日酔いがなさそうなのは羨ましいかもしれないわ。お酒を飲むのは楽しいけど、二日酔いだけが難点なのよね。」
リリアーデは前世では、結構お酒を飲む方だったのだろうか。
残念ながら、アシェルに飲酒の記憶はないので二日酔いの辛さは分からない。
「リリィはお酒を飲むのは好きなの?二日酔いって、お酒に弱いか、物凄く飲みすぎた人がなるイメージだけれど……どっちだったのかしら?」
「お酒に酔えるまで飲めたら楽しいわね。わたくし、前世は辛いモノや炭酸が苦手だったから、お酒も辛くて飲みにくかったんだけれど。胃も弱かったし。でも、酔った感覚が好きで飲んでたのよね。一人で飲むより、皆でわいわい飲むのが好きだわ。一人で飲むのは楽しくないもの。」
「あら……もしかして今も辛いものは苦手だったりするかしら?あまり気にしてなかったけど……。飲み会が好きなのね。でも胃が弱いなら……二日酔いは吐き気が酷かったんじゃないかしら。」
「頭痛がしたことはないわね。わたくしの二日酔いと言えば吐き気だったわ。今世は辛いものも人並みには食べれるし、身体も精神も丈夫みたいだし、良いこと尽くめよ。実は、ちょっぴり成人が楽しみなのよね。」
リリアーデは心の底から嬉しそうな笑顔で笑う。
心身ともに健康なことは何よりも嬉しいことだろう。
確かリリアーデは、前世では看護師をしていた上に、本人も心を病んでいたらしいから。病気の辛さは嫌というほど分かっているのだろう。
「じゃあ成人したら、皆で飲み会でもしましょう。わたくしの部屋なら、酔い潰れてもどうにかなるわ。お風呂もトイレも二つずつあるしね。」
「良いわね、それ。片方占拠されてても、もう一つトイレがあるって素敵だわ。そういえば、16歳の誕生日から飲めるのかしら?それとも、年が変わったら?」
「さぁ……16歳からとしか聞いてなかったわ。」
リリアーデの疑問を口にするが、アシェルも答えを持っていない。
前世の感覚で言えば誕生日を越したらなのだが、そうなると夜会への参加も人によって差が出来てしまう。
そうなると7月の社交界シーズンの始まりを告げる夜会でデビューするのは、同学年の約半数は出来なくなってしまう。
質問に答えてくれたのはアークエイドだった。
「16になる年の4月1日から飲酒も、夜会への参加も可能になる。そこで差が出ると不平不満が出るからな。」
「良かったわ。冒険者登録は10歳の誕生日を迎えてないとダメだったから、飲酒や夜会ももしかしたらって思ってたわ。わたくしの部屋で、皆で飲み会するのが楽しみね。」
酒癖の悪い人がいないことを願うばかりだ。
皆で楽しくお酒を楽しめたら良いなと思う。大人達が今、楽しそうに談笑しているように。
イザベルに追加で特に美味しかった料理を取ってもらい、その後にのんびりデザートを楽しんでいるとアベルが歩いてくる。
「やぁ、皆。今日は楽しめたかな?そろそろお開きにするから、母屋の方へ移動しようと思うんだけどいいかな?もし、食事を摂り足りないのなら、今好きなものを使用人に言づけてもらえたら、あとで客間に届けさせるからね。」
どうやらこれでお開きになるらしい。
大人達も連れ添って、母屋への扉に近いこちらへ歩いてくる。
——国王陛下夫妻も。
なんとなく予想はしていたが、一家全員でお泊りするらしい。
子供達もそれぞれ食べたい料理や飲み物がある人は自己申告し、アベルの後ろを歩いて母屋へ向かったのだった。
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