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第三章 王立学院中等部二年生
131 記憶持ちの相談②
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Side:???(アシェルの前世)
アシェル(の名前も覚えていない前世)は乳児期から児童養護施設で過ごしていた。
施設の職員たちにミルクを貰い、おしめを変えて貰い、ハイハイやつかまり立ちが出来るようになってくると、同じような年頃の子供達と一緒に遊ばされる。
その中でアシェルは一人だけ浮いていた。
感情表現が乏しく、同じ年頃の子と活発に遊ぶこともしない。
少し年上の子供達への読み聞かせをしている職員の膝の上で、しばらく一緒に絵本の読み聞かせを聞いていたと思ったら、気付けば一人で絵本をぺらぺらと捲っていた。
良くも悪くも手間のかからない、子供らしくない子供だった。
どうもアシェルは頭が良すぎたらしい。
アシェル・メイディーのように知識欲があるのに、それが満たされない。
読み聞かせで覚えた平仮名で、退屈な絵本も全て読み切ってしまった。
大人達の会話も注意して聞いていれば、段々と内容の理解も出来るようになってくる。
本音と建て前も、表情や視線から読み取れるようになっていった。
職員達から、気味の悪いものを見るような瞳を向けられていたことを覚えている。
そんな退屈で灰色の世界に居たアシェルが3歳になった頃。
その日も同じ年頃の子の輪の中に入れないまま。一人でぼんやりして過ごすアシェルの元に、男の子と女の子がやってきた。
退屈そうに過ごすアシェルに言葉をかけ、笑顔を向け、灰色の世界から連れ出してくれた。
二人はちょっとした何でもないことでも、大袈裟に笑ったり泣いたり、喧嘩したり落ち込んだり。
ころころと表情が変わって、アシェルにはないものを持っていた。
そんな二人を通してみる世界は色づいていて、二人と一緒なら年相応の子供らしく振舞うことも出来るようになった。
4歳になったころから3ヶ月ほど記憶は途切れ、弱い頭痛がする。
その後はまた施設に居て、心配そうな二人と過ごしている。
それからも5歳になる前の2か月、5歳の3ヶ月と飛んで6歳の誕生日を迎えた6か月も記憶に蓋があり、歳を重ねるにつれ頭痛が酷くなっていく。
特に6か月の記憶の蓋はかなりズキズキと痛んだ。
もしかするとフラッシュバックした記憶はこの頃で、記憶に蓋のある期間は里親に引き取られていたのかもしれない。
そして記憶の蓋から記憶のある場所になってすぐは、アシェルの見ている世界はまた色を無くしていた。
自分を無感動に見下ろす自分がいる。そんな感じの、何にも心が動かない、アシェルはただの傍観者の世界だ。
そんなアシェルの世界は、二人が時間をかけて色を取り戻してくれる。
二人と一緒に見る世界だけが色づいて、アシェルを二人と同じ世界に繋ぎとめてくれる。
そんな二人と一緒に小学校に通った。
親が居ないことで言われる陰口も虐めもあった。
担任の先生からでさえ蔑むような眼で見られた。
虐めの事実は黙認されていて、小学校全体が事なかれ主義だった。
この頃からだ。
人の視線や感情に敏感だったアシェルが、パニックを起こすようになったのは。
心ない悪口と向けられる沢山の負の感情を内包した視線。
そして記憶の蓋の中にある何かが積もりに積もった結果だった。
========
Side:アシェル13歳 春
「孤児の癖に。捨てられた子供。女の癖に頭が良くても役に立たない。役立たずの天才。心を無くした欠陥品。気味の悪い子供。大人からも子供からも言いたい放題言われてました。施設出身の子供は、分かりやすい社会的弱者なんです。そうだ……やっぱり今までの記憶の蓋は、里親に引き取られてますね。私の頭が良いと聞いて引き取って、施設で見た私とは違ったから、こんな子が欲しかったんじゃないって言って、施設に返されてました。少なからず育児放棄も身体的暴力も振るわれたことがあります。傷を作って戻っても、職員達は知らん顔でしたが。半年居た家では、そのどちらもと、性的虐待もありましたね。そこの父親が幼女趣味だったのですが、あまりにも私が無反応なので面白くなかったようです。パニックになった私を助けてくれたのも、二人の幼馴染でした。私は二人を振り払って、泣いて。そんな私を、二人だけが抱きしめてくれました。それからも何度かパニックを起こして、その度に二人に助けてもらってます。そこから小学校を卒業する12歳まで、レベルが低すぎて退屈な授業を受けながら、二人といる時だけ子供らしくいられる時間を過ごしました。」
ズキズキと痛む頭を無視して無理やり記憶を引き出したので少し気分は悪いが、何があったのかを知ってスッキリとした自分もいる。
幼少期は覚えてなかったのではなかった。思い出せていなかっただけだったのだ。
「顔色が悪いよ。少し休もうか。横になりなさい。」
アレリオンに促され、ソファのアームレストを枕に身体を横たえる。
あの灰色で空虚な世界は、二人の幼馴染が居なければアシェルがずっと囚われていた世界だ。
人とズレていることを自覚して、ただ無感動に生きていた。
アシェルはこの世界に、メイディー家に生まれ変わったことに強く感謝する。
恐らくこの世界であっても、庶民に産まれていても他の貴族として産まれていても、アシェルの前には灰色の世界が広がっていただけだろう。
メイディーの貪欲な知識欲を持つ、同じような人達が家族だったからこそ。そんな家族が愛情を注いでくれたからこそ。アシェルは世界から切り離されずに済んだのだ。
だからこそ、アシェルは色付き輝く世界で生きていくことが出来る。
大切な幼馴染達が、さらに世界を美しく見せてくれる。
どれだけ得ても無くならない未知の存在が、アシェルの心を躍らせてくれる。
「アシェ、大丈夫か。」
ゆっくりと背中を往復するアークエイドの手が温かい。
「うん。ちょっと思い出の中に、色の無い世界が多すぎただけ。あと、僕はメイディー家に産まれて良かったなって。」
「なんでだ?」
「前世の私と、僕の本質は一緒なんだよ。……考えてみなよ。メイディー以外の人間が僕のように貪欲に知識を求めたり、一人でブツブツ考え込んだり、突拍子もないこと言い出したらどう思う?まず最初に、変な人を見る眼で見られるでしょ。それがメイディーってだけで、まぁメイディーの人間だったらってなるよね。それにお父様やお兄様達みたいに、僕と同じ感性をもって、同じように知識を求める人達が身近にいる。少しズレてる僕の世界を共有できる人達がいる。すごく有り難いことだと思うよ。」
アシェルが説明すると、アレリオンがそれに賛同してくれる。
「確かに、メイディーという名前の持つ力は凄いよね。アシェの言う通り、普通であれば変人扱いされるけれど。我が家は高位貴族なのに、当主以外が独身で各地を旅していても、それに違和感を持たれないくらいには知識に貪欲で行動的な一族だ。ただ、アシェの世界を一部は共有できていると自負しているけれど、やっぱり全部を知るのは無理かな。父上が、アシェにだけは一目置いているんだよ。そうじゃなければ、5歳の子供の誕生日におねだりされたからって、実験室を建てたりしないからね。」
「実験室のおねだりが5歳……もう少し歳がいってからかと思ってたが。アシェが言ったと思うと納得してしまうな。確かに、初めて会った時からホルスターを着けていたから、錬金はしてるんだよな。」
アレリオンがクスクス笑っている傍ら、アークエイドが呆れたように言う。
「お父様やお兄様達は凄いですよ。尊敬できる家族に囲まれていて、愛情をたっぷりかけてもらって、僕は幸せ者です。……すみません、寝ても良いですか?思ったよりも記憶を引き出すのは負担みたいです。」
「いいよ。ゆっくりお休み。殿下、アシェはどこに寝かせるつもりですか?」
「寝台だ。一緒に横になるつもりだが、構わないか?アレリオン殿も一緒にと考えていたが。」
確かにアークエイドの寝台は、3人で寝ても十分な広さがある。
「いいえ、私はここのソファをお借りするつもりです。医務局の仮眠室の寝台より、こちらのソファの方が上質ですからね。」
「分かった。ただ、疲れが取れないようなら、いつでも寝台で寝てくれ。アシェ、少し移動するぞ。」
精神的疲労と眠気で重怠い身体がふわりと浮いて、ふかふかの寝台に寝かされた。
「ありがと。ごめんね、おやすみ。」
「おやすみ、アシェ。」
チュッと額にキスされたのを感じながら重たい瞼を閉じれば、すぐに意識は落ちていった。
そんなアシェルに掛け布団をかけてやり、ソファに戻ったアークエイドに、アレリオンがちくりと釘をさす。
「ねぇ、殿下。殿下はまだ、アシェから告白を受け入れて貰ってないでしょう?兄の前でアシェにおやすみのキスをするなんて、いい度胸してるね。ここにアシェを泊まらせている間は、手を出したら流石に怒るからね。今回の記憶の件だって、アシェに殿下が告白してなかったら、無理に思い出そうとしてなかったかもしれないんだから。」
優しそうな微笑みを浮かべてはいるが、アシェルを見慣れているアークエイドには、それが警告であることが分かる。
メイディーの笑顔には種類があるのだ。
「唇にしてないんだ、挨拶のキスくらい良いだろう。告白をしないと、ずっとただの友人どまりだ。……今でさえ特別な好きじゃないって言われてるのに。それに、その口ぶりだと知ってるんだろう?母上やテイル夫人、メイディー卿も知ってたんだ。兄であるアレリオン殿が知っていてもおかしくない。」
「ふふ、そうだね。詳細までは分からないけど、アシェとちょくちょく同衾していることは知っているよ。アシェが嫌がっていないこともね。あと、ミルトンの兄弟はアシェを遊び相手にしたいみたいだね。上手くあしらって遊んでるみたいだけど。あぁ、アルとメルは知らないから安心してね。アルが知ったら、殿下のところに殴り込みに行きそうだしね。」
クスクスと笑っているが、アシェルがどういう判断や対応をするのか楽しみにしているというところだろうか。
瞳の中に僅かな好奇心が見受けられる。
「殴り込みは困るな。……アシェから孤児院出身だとは聞いていたが、想像以上に重たい話だった。」
「アシェの反応から、かなり酷い虐待を受けていたのは予想出来ていたけど、アシェが昔も天才と呼ばれるタイプの子だとは予想外だったよ。“日本”っていうのは、同調圧力と言うか、周囲と同じで抜きんでていないことの方が良いとされる風習があるらしいからね。孤児院出身というのも合わせて、かなり辛く当たられて生きにくかったんじゃないかな。これが上流階級の出身とかなら、相応しい教育を受けて、アシェの望む然るべき道に進めたかもしれないのに、上手くいかないものだね。」
「やっぱり知識欲は、満たされないと辛いものなのか?」
アークエイドの漠然とした問いに、アレリオンは少し悩んで答えを出した。
「そうだね。まだまだ知らないものが溢れているし、知りたいことも一杯あるから、アシェのいう灰色の世界を見たことは無いけど、想像は出来るね。興味を惹かれるものもなくて、周りには知っている情報しか溢れてなくて、新しいもののない変化のない世界……退屈だと思わない方が不思議だよ。」
「それは……確かにそうだな。」
「これでも僕らは、アシェが興味を惹くものを探すのに苦労したんだよ。メイディーに稀に産まれる女子は、男子と違って錬金なんかの知識欲が薄いって言われていたし、加護も出現しにくいって言われてる第三子だったしね。殿下の護衛にだって、本来なら私かアルが兼任する予定だったんだ。どうにかしてアシェの眼に、僕らが見ているものを見せたくて必死だった。でもアシェは、自由に歩けるようになってからは、自分から絵本を持ってきて、膝の上で一緒に文字を眼で追いながら聞いてたんだよ。ちっちゃいアシェも可愛かったな。今のアシェもとても可愛いけどね。」
ちょっぴり妹自慢を挟みつつ、アレリオンは続ける。
「アシェが初めて興味を持ったのが絵本だったんだ。最初は目についたものを持ってきていたのに、世界の神話や授け子関連の絵本や、少し上の子が持ってくるような本を持ってきた時には驚いたけれどね。どう見ても、文字を理解して持ってきているとしか思えなかったから。だから早い段階から、サーニャが出来る範囲で教育をしてくれて、家庭教師も頼み込んでつけて貰ったんだ。そこに男装したいって言い出して、父上が許可したからね。男女の生活に必要なことを学ぶために、毎日ほとんどの時間を勉強して過ごして、空いた時間は楽しそうに錬金をしてっていう生活だけど、それが楽しかったみたいだったよ。錬金と読書以外に趣味らしい趣味がないアシェが飽きないように、可能な限り勉強はどんどん教えてもらったし、身体を動かす時間を増やして調整したり、書庫の本も新しいものをどんどん入れてもらったりね。お陰で、我が家の書庫は流行りの小説が大体揃っているよ。多分、僕らよりも父上よりも、一番メイディーらしいと思うね。」
「街に出かけたいとか、休みが欲しいとか、そういうのは無かったのか?」
大抵家庭教師に勉強漬けにされると、子供から言われる言葉だ。
アークエイドも必要性は理解していても、小さい時はなんでこんなことを、と思っていた時期もあった。
グレイニールの役に立てるようになりたくて、サボることなく授業を受けたが。
「言われたことは無いね。逆に促さないと外には出ないしね。欲しい素材はサーニャにメモを渡して、執事が揃えていたよ。割と非公式お茶会は楽しみにしてたみたいで、外出といえばそれくらいかな。あぁ、あとは毎月の冒険者活動も楽しんでたみたいだよ。心配だったけれど、上手くやっているようだね。ソロの時に二つ名がついたんだろう?アルから聞いたよ。アシェに言うと嫌がりそうだから言ってないけどね。」
「ソロで魔力をガンガン使って魔の森をまっすぐ突っ切って、手当たり次第に剣で首を刎ねて回ってたそうだ。……一つ聞きたい。アシェが魔物を倒す時、一切殺気が出ないんだ。あれは訓練してるのか?」
アレリオンの瞳が、面白いものを見つけた時のアシェルみたいに輝いた。
「へぇ、一切でないのかい?模擬戦だからかと思っていたけど違ったのかな。あぁ、きっとアシェにとっては、魔物はどうでもいいものなんだろうね。脅威ではなく、ただの動く素材やお肉としか思ってないんじゃないかな。肉を切る時に殺気を出す人間は居ないだろう?多分、だけれどね。メイディーの人間は、大切なモノかそれ以外かの括りで分けているけど、魔物達はそれ以外の中でも最底辺って感じだろうね。さぁ、アシェが起きるまで、僕らも仮眠を取ろうか。執務があるならしていてもらっても構わないけれど、アシェに合わせて話を聞くのが一番効率が良いだろうからね。」
「そうだな。おやすみ、アレリオン殿。」
「おやすみなさい、殿下。」
アークエイドはアシェルが眠る寝台で、アレリオンは『ストレージ』から取り出したブランケットを掛けて、そのままソファに横になった。
アシェル(の名前も覚えていない前世)は乳児期から児童養護施設で過ごしていた。
施設の職員たちにミルクを貰い、おしめを変えて貰い、ハイハイやつかまり立ちが出来るようになってくると、同じような年頃の子供達と一緒に遊ばされる。
その中でアシェルは一人だけ浮いていた。
感情表現が乏しく、同じ年頃の子と活発に遊ぶこともしない。
少し年上の子供達への読み聞かせをしている職員の膝の上で、しばらく一緒に絵本の読み聞かせを聞いていたと思ったら、気付けば一人で絵本をぺらぺらと捲っていた。
良くも悪くも手間のかからない、子供らしくない子供だった。
どうもアシェルは頭が良すぎたらしい。
アシェル・メイディーのように知識欲があるのに、それが満たされない。
読み聞かせで覚えた平仮名で、退屈な絵本も全て読み切ってしまった。
大人達の会話も注意して聞いていれば、段々と内容の理解も出来るようになってくる。
本音と建て前も、表情や視線から読み取れるようになっていった。
職員達から、気味の悪いものを見るような瞳を向けられていたことを覚えている。
そんな退屈で灰色の世界に居たアシェルが3歳になった頃。
その日も同じ年頃の子の輪の中に入れないまま。一人でぼんやりして過ごすアシェルの元に、男の子と女の子がやってきた。
退屈そうに過ごすアシェルに言葉をかけ、笑顔を向け、灰色の世界から連れ出してくれた。
二人はちょっとした何でもないことでも、大袈裟に笑ったり泣いたり、喧嘩したり落ち込んだり。
ころころと表情が変わって、アシェルにはないものを持っていた。
そんな二人を通してみる世界は色づいていて、二人と一緒なら年相応の子供らしく振舞うことも出来るようになった。
4歳になったころから3ヶ月ほど記憶は途切れ、弱い頭痛がする。
その後はまた施設に居て、心配そうな二人と過ごしている。
それからも5歳になる前の2か月、5歳の3ヶ月と飛んで6歳の誕生日を迎えた6か月も記憶に蓋があり、歳を重ねるにつれ頭痛が酷くなっていく。
特に6か月の記憶の蓋はかなりズキズキと痛んだ。
もしかするとフラッシュバックした記憶はこの頃で、記憶に蓋のある期間は里親に引き取られていたのかもしれない。
そして記憶の蓋から記憶のある場所になってすぐは、アシェルの見ている世界はまた色を無くしていた。
自分を無感動に見下ろす自分がいる。そんな感じの、何にも心が動かない、アシェルはただの傍観者の世界だ。
そんなアシェルの世界は、二人が時間をかけて色を取り戻してくれる。
二人と一緒に見る世界だけが色づいて、アシェルを二人と同じ世界に繋ぎとめてくれる。
そんな二人と一緒に小学校に通った。
親が居ないことで言われる陰口も虐めもあった。
担任の先生からでさえ蔑むような眼で見られた。
虐めの事実は黙認されていて、小学校全体が事なかれ主義だった。
この頃からだ。
人の視線や感情に敏感だったアシェルが、パニックを起こすようになったのは。
心ない悪口と向けられる沢山の負の感情を内包した視線。
そして記憶の蓋の中にある何かが積もりに積もった結果だった。
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Side:アシェル13歳 春
「孤児の癖に。捨てられた子供。女の癖に頭が良くても役に立たない。役立たずの天才。心を無くした欠陥品。気味の悪い子供。大人からも子供からも言いたい放題言われてました。施設出身の子供は、分かりやすい社会的弱者なんです。そうだ……やっぱり今までの記憶の蓋は、里親に引き取られてますね。私の頭が良いと聞いて引き取って、施設で見た私とは違ったから、こんな子が欲しかったんじゃないって言って、施設に返されてました。少なからず育児放棄も身体的暴力も振るわれたことがあります。傷を作って戻っても、職員達は知らん顔でしたが。半年居た家では、そのどちらもと、性的虐待もありましたね。そこの父親が幼女趣味だったのですが、あまりにも私が無反応なので面白くなかったようです。パニックになった私を助けてくれたのも、二人の幼馴染でした。私は二人を振り払って、泣いて。そんな私を、二人だけが抱きしめてくれました。それからも何度かパニックを起こして、その度に二人に助けてもらってます。そこから小学校を卒業する12歳まで、レベルが低すぎて退屈な授業を受けながら、二人といる時だけ子供らしくいられる時間を過ごしました。」
ズキズキと痛む頭を無視して無理やり記憶を引き出したので少し気分は悪いが、何があったのかを知ってスッキリとした自分もいる。
幼少期は覚えてなかったのではなかった。思い出せていなかっただけだったのだ。
「顔色が悪いよ。少し休もうか。横になりなさい。」
アレリオンに促され、ソファのアームレストを枕に身体を横たえる。
あの灰色で空虚な世界は、二人の幼馴染が居なければアシェルがずっと囚われていた世界だ。
人とズレていることを自覚して、ただ無感動に生きていた。
アシェルはこの世界に、メイディー家に生まれ変わったことに強く感謝する。
恐らくこの世界であっても、庶民に産まれていても他の貴族として産まれていても、アシェルの前には灰色の世界が広がっていただけだろう。
メイディーの貪欲な知識欲を持つ、同じような人達が家族だったからこそ。そんな家族が愛情を注いでくれたからこそ。アシェルは世界から切り離されずに済んだのだ。
だからこそ、アシェルは色付き輝く世界で生きていくことが出来る。
大切な幼馴染達が、さらに世界を美しく見せてくれる。
どれだけ得ても無くならない未知の存在が、アシェルの心を躍らせてくれる。
「アシェ、大丈夫か。」
ゆっくりと背中を往復するアークエイドの手が温かい。
「うん。ちょっと思い出の中に、色の無い世界が多すぎただけ。あと、僕はメイディー家に産まれて良かったなって。」
「なんでだ?」
「前世の私と、僕の本質は一緒なんだよ。……考えてみなよ。メイディー以外の人間が僕のように貪欲に知識を求めたり、一人でブツブツ考え込んだり、突拍子もないこと言い出したらどう思う?まず最初に、変な人を見る眼で見られるでしょ。それがメイディーってだけで、まぁメイディーの人間だったらってなるよね。それにお父様やお兄様達みたいに、僕と同じ感性をもって、同じように知識を求める人達が身近にいる。少しズレてる僕の世界を共有できる人達がいる。すごく有り難いことだと思うよ。」
アシェルが説明すると、アレリオンがそれに賛同してくれる。
「確かに、メイディーという名前の持つ力は凄いよね。アシェの言う通り、普通であれば変人扱いされるけれど。我が家は高位貴族なのに、当主以外が独身で各地を旅していても、それに違和感を持たれないくらいには知識に貪欲で行動的な一族だ。ただ、アシェの世界を一部は共有できていると自負しているけれど、やっぱり全部を知るのは無理かな。父上が、アシェにだけは一目置いているんだよ。そうじゃなければ、5歳の子供の誕生日におねだりされたからって、実験室を建てたりしないからね。」
「実験室のおねだりが5歳……もう少し歳がいってからかと思ってたが。アシェが言ったと思うと納得してしまうな。確かに、初めて会った時からホルスターを着けていたから、錬金はしてるんだよな。」
アレリオンがクスクス笑っている傍ら、アークエイドが呆れたように言う。
「お父様やお兄様達は凄いですよ。尊敬できる家族に囲まれていて、愛情をたっぷりかけてもらって、僕は幸せ者です。……すみません、寝ても良いですか?思ったよりも記憶を引き出すのは負担みたいです。」
「いいよ。ゆっくりお休み。殿下、アシェはどこに寝かせるつもりですか?」
「寝台だ。一緒に横になるつもりだが、構わないか?アレリオン殿も一緒にと考えていたが。」
確かにアークエイドの寝台は、3人で寝ても十分な広さがある。
「いいえ、私はここのソファをお借りするつもりです。医務局の仮眠室の寝台より、こちらのソファの方が上質ですからね。」
「分かった。ただ、疲れが取れないようなら、いつでも寝台で寝てくれ。アシェ、少し移動するぞ。」
精神的疲労と眠気で重怠い身体がふわりと浮いて、ふかふかの寝台に寝かされた。
「ありがと。ごめんね、おやすみ。」
「おやすみ、アシェ。」
チュッと額にキスされたのを感じながら重たい瞼を閉じれば、すぐに意識は落ちていった。
そんなアシェルに掛け布団をかけてやり、ソファに戻ったアークエイドに、アレリオンがちくりと釘をさす。
「ねぇ、殿下。殿下はまだ、アシェから告白を受け入れて貰ってないでしょう?兄の前でアシェにおやすみのキスをするなんて、いい度胸してるね。ここにアシェを泊まらせている間は、手を出したら流石に怒るからね。今回の記憶の件だって、アシェに殿下が告白してなかったら、無理に思い出そうとしてなかったかもしれないんだから。」
優しそうな微笑みを浮かべてはいるが、アシェルを見慣れているアークエイドには、それが警告であることが分かる。
メイディーの笑顔には種類があるのだ。
「唇にしてないんだ、挨拶のキスくらい良いだろう。告白をしないと、ずっとただの友人どまりだ。……今でさえ特別な好きじゃないって言われてるのに。それに、その口ぶりだと知ってるんだろう?母上やテイル夫人、メイディー卿も知ってたんだ。兄であるアレリオン殿が知っていてもおかしくない。」
「ふふ、そうだね。詳細までは分からないけど、アシェとちょくちょく同衾していることは知っているよ。アシェが嫌がっていないこともね。あと、ミルトンの兄弟はアシェを遊び相手にしたいみたいだね。上手くあしらって遊んでるみたいだけど。あぁ、アルとメルは知らないから安心してね。アルが知ったら、殿下のところに殴り込みに行きそうだしね。」
クスクスと笑っているが、アシェルがどういう判断や対応をするのか楽しみにしているというところだろうか。
瞳の中に僅かな好奇心が見受けられる。
「殴り込みは困るな。……アシェから孤児院出身だとは聞いていたが、想像以上に重たい話だった。」
「アシェの反応から、かなり酷い虐待を受けていたのは予想出来ていたけど、アシェが昔も天才と呼ばれるタイプの子だとは予想外だったよ。“日本”っていうのは、同調圧力と言うか、周囲と同じで抜きんでていないことの方が良いとされる風習があるらしいからね。孤児院出身というのも合わせて、かなり辛く当たられて生きにくかったんじゃないかな。これが上流階級の出身とかなら、相応しい教育を受けて、アシェの望む然るべき道に進めたかもしれないのに、上手くいかないものだね。」
「やっぱり知識欲は、満たされないと辛いものなのか?」
アークエイドの漠然とした問いに、アレリオンは少し悩んで答えを出した。
「そうだね。まだまだ知らないものが溢れているし、知りたいことも一杯あるから、アシェのいう灰色の世界を見たことは無いけど、想像は出来るね。興味を惹かれるものもなくて、周りには知っている情報しか溢れてなくて、新しいもののない変化のない世界……退屈だと思わない方が不思議だよ。」
「それは……確かにそうだな。」
「これでも僕らは、アシェが興味を惹くものを探すのに苦労したんだよ。メイディーに稀に産まれる女子は、男子と違って錬金なんかの知識欲が薄いって言われていたし、加護も出現しにくいって言われてる第三子だったしね。殿下の護衛にだって、本来なら私かアルが兼任する予定だったんだ。どうにかしてアシェの眼に、僕らが見ているものを見せたくて必死だった。でもアシェは、自由に歩けるようになってからは、自分から絵本を持ってきて、膝の上で一緒に文字を眼で追いながら聞いてたんだよ。ちっちゃいアシェも可愛かったな。今のアシェもとても可愛いけどね。」
ちょっぴり妹自慢を挟みつつ、アレリオンは続ける。
「アシェが初めて興味を持ったのが絵本だったんだ。最初は目についたものを持ってきていたのに、世界の神話や授け子関連の絵本や、少し上の子が持ってくるような本を持ってきた時には驚いたけれどね。どう見ても、文字を理解して持ってきているとしか思えなかったから。だから早い段階から、サーニャが出来る範囲で教育をしてくれて、家庭教師も頼み込んでつけて貰ったんだ。そこに男装したいって言い出して、父上が許可したからね。男女の生活に必要なことを学ぶために、毎日ほとんどの時間を勉強して過ごして、空いた時間は楽しそうに錬金をしてっていう生活だけど、それが楽しかったみたいだったよ。錬金と読書以外に趣味らしい趣味がないアシェが飽きないように、可能な限り勉強はどんどん教えてもらったし、身体を動かす時間を増やして調整したり、書庫の本も新しいものをどんどん入れてもらったりね。お陰で、我が家の書庫は流行りの小説が大体揃っているよ。多分、僕らよりも父上よりも、一番メイディーらしいと思うね。」
「街に出かけたいとか、休みが欲しいとか、そういうのは無かったのか?」
大抵家庭教師に勉強漬けにされると、子供から言われる言葉だ。
アークエイドも必要性は理解していても、小さい時はなんでこんなことを、と思っていた時期もあった。
グレイニールの役に立てるようになりたくて、サボることなく授業を受けたが。
「言われたことは無いね。逆に促さないと外には出ないしね。欲しい素材はサーニャにメモを渡して、執事が揃えていたよ。割と非公式お茶会は楽しみにしてたみたいで、外出といえばそれくらいかな。あぁ、あとは毎月の冒険者活動も楽しんでたみたいだよ。心配だったけれど、上手くやっているようだね。ソロの時に二つ名がついたんだろう?アルから聞いたよ。アシェに言うと嫌がりそうだから言ってないけどね。」
「ソロで魔力をガンガン使って魔の森をまっすぐ突っ切って、手当たり次第に剣で首を刎ねて回ってたそうだ。……一つ聞きたい。アシェが魔物を倒す時、一切殺気が出ないんだ。あれは訓練してるのか?」
アレリオンの瞳が、面白いものを見つけた時のアシェルみたいに輝いた。
「へぇ、一切でないのかい?模擬戦だからかと思っていたけど違ったのかな。あぁ、きっとアシェにとっては、魔物はどうでもいいものなんだろうね。脅威ではなく、ただの動く素材やお肉としか思ってないんじゃないかな。肉を切る時に殺気を出す人間は居ないだろう?多分、だけれどね。メイディーの人間は、大切なモノかそれ以外かの括りで分けているけど、魔物達はそれ以外の中でも最底辺って感じだろうね。さぁ、アシェが起きるまで、僕らも仮眠を取ろうか。執務があるならしていてもらっても構わないけれど、アシェに合わせて話を聞くのが一番効率が良いだろうからね。」
「そうだな。おやすみ、アレリオン殿。」
「おやすみなさい、殿下。」
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