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第三章 王立学院中等部二年生
162 解毒剤を待ちわびる④
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Side:アシェル13歳 夏
処置を終えてゴム手袋を外しながら、アベルたちが声を掛けてくれる。
「終わったよ。お疲れ様、アシェ。」
「やっぱりアシェは、最後まで我慢しちゃったね。」
「これ、鎮痛剤な。飲めるか?」
「ありがとうございます。鎮痛剤もいただきますね。」
アルフォードから薬瓶を受け取り、苦いその中身を飲み干す。
錠剤じゃなくて薬液なのは、少しでも早く効くようにだろう。
「傷と毒に関してはもう心配要らないと思うけれど、もし少しでも背中の具合が悪いようだったらイザベルに伝えなさい。そうすれば私に連絡がくるように手配しているからね。あと、筋力も落ちているだろう?ヒールポーションを置いていくから、毎食後にキッチリ飲みなさい。筋肉痛も治るし、筋肉が戻るのも早いからね。ただ、間違ってもヒールポーションを飲んで筋トレをしてはいけないよ。昔、歪な筋肉が付いて、逆に動けなくなった人間が居るからね。」
「それは困りますね。気を付けます。」
最後の笑い話に笑っていると、イザベルが部屋に戻ってきた。
「アシェル様。お食事をお持ちしました。少々味気ないかもしれませんが、まずは重湯だけです。お塩も持ってきていますので、味気なかったら少量足してくださいませ。」
「10日間飲まず食わずなら、重湯からでも仕方ないよ。消化不良を起こした方が大変だしね。」
「ご理解いただいているようで良かったです。リリアーデ様より、ある程度食事の指示がありますので、そちらにそってお作り致しますね。」
食事についてはアベルの指示なのかと思っていたのだが、まさかのリリアーデがしっかり指導して帰っていったようだ。
「リリィには沢山迷惑かけちゃったね。元気になったらお礼しに行かないと。」
「そう言うと思うとおしゃっていました。元気になったら登校してくれれば、それで十分だそうです。心配しているのも、何かをしてあげたかったのも皆一緒だからと。リリアーデ様は、知識と技術があったから手伝っただけ、だそうです。もし登校してしつこく謝ったりお礼を言うようなら、次同じような事があったら強制的に病院に突っ込むから、とも言っておられました。」
「それは嫌だな。うん、分かったよ。ベルもありがとうね。」
ずりずりと移動して、またヘッドボードに背中を預けたアシェルに、ほかほかと湯気をたてるマグカップが手渡される。
「それだけ動けるなら大丈夫そうだね。学校の授業は別に出なくても問題ないんだろう。しっかり療養してから戻りなさい。……それと、今年のデビュタントは無しだよ。もう過ぎてしまっているし、アシェの身体の方が大事だからね。」
「あ……すっかり忘れていました。すみません。」
「気にしなくて良いんだよ。それとNMを預かっていこうかな。アシェが持っていると聞いているよ。」
「出しますね。少し大きいのと、針先に気を付けてください。」
イザベルにマグカップを返して、ずりずりと寝台の端まで移動すれば、一人で立ち上がる前にアークエイドに支えらえる。
「今一人で立とうとしただろ。」
「すぐそこに行くだけなのに。」
「それでも付添えと言われているし、付添うつもりだ。」
過保護だななんて思いながら、寝台から数歩移動して、開けたその場所に『ストレージ』から紫色のNMポイズンビーを取り出す。
通常個体より二回りほどでかいそれの上下は、合わせるとアシェルの背丈よりもでかい。
「これが特殊固体か……。では、預かっていくよ。一応、魔法庁と騎士団が調べたけれど、他のNMは確認されていないからね。ただ、地形変化は数か所で起きているみたいだから、魔の森は調査の為に立ち入り禁止と正式に通達されたよ。まだ冒険者に待機指示は出ていないけれど、近いうちにメイディーに依頼が入るかもしれないね。」
アシェルが気にしているであろう内容を、アベルはしっかり教えてくれた。
NMはアベルの『ストレージ』に消えていき、アシェルも寝台へと戻る。
「やっぱり起きそうなんですね。スタンピード。」
「あぁ。ただ、直ぐにというわけではないようだね。1~2か月の間には、というのが魔法庁の予想だよ。今は各種薬品に必要な素材をかき集めているところだから、依頼が入るのは今月末だろうね。アシェもその時は手伝ってくれるかい?」
「勿論です。僕の実験室の素材も、必要なものは全部持っていってもらって構いません。ヒールポーションは頂きましたし、当面必要になりそうな薬品と数は、ホルスターとストレージに十分量ありますので。」
「そう言ってもらえると助かるよ。それと、今から言う薬の、アシェの最も効果が高くて比較的早く効果があるもののレシピを貸してもらえるかい?素材の入手元については問わないから。」
アシェルが王立病院に提出しているのは、ナイトレイ王都で入手しやすい素材に絞って効果を追求したレシピだ。
恐らく、そうじゃないレシピが欲しいということだろう。
『ストレージ』のレシピの束を覗き込みながら、アベルの言葉に頷く。
「ヒールポーション。マナポーション。造血剤。気付け薬。止血剤。それから、魔の森に対応した抗麻痺薬と解毒剤各種。」
言われた薬のレシピの束を取り出して積み上げていく。
「治療系はこれだけで。それから集団の魔物に対して、アシェなら少人数と力が弱いもので戦う場合。薬も使うならどういう手段を取る?」
「それは薬と魔法を併用することと、魔物の群れに人間が混じっていないのが前提で良いですか?」
「それで良いよ。」
アベルの問いに少し頭を悩ませ答えを出す。
「まずは足の速いフォレストウルフとフォレストタイガーが来ると思うので、そいつらの動きを鈍くします。理想は王都から離れたルートの数か所に、衝撃で割れる加工をした瓶に催涙剤を入れてばらまいておくのが良いでしょう。あれは眼にも来ますが、鼻にもダメージが入ります。それに、後続にも少し効果を期待できるかもしれません。その先頭を相手している間に、恐らく今度は魔の森の小型から中型が来ます。王都から姿が見えた時点で、麻痺毒を混ぜた水で雨を降らせて麻痺させますね。毛皮で吸収しにくいでしょうから、ついでにライトアローで傷がつけば、そこから吸収されるでしょう。最後にフォレストベアなんかの脚が遅いのが来るので、そこも同様に対処します。最終にトレントも混じると思いますが、木の実持ちが居た時点で、ファイアアローで木の実だけを打ち抜きます。長距離の弓の名手が居るなら火矢でもいいですが、安全距離などを考えると、練度の高い魔法を使える人間が適切かと思います。あとはバラバラに辿り着く魔物を殲滅するだけですね。あくまでも第一波だけの予想なので、入り混じると思いますが。どれくらいの時間や頻度で続くのか分からないので、できれば全員が一度に対応ではなく、複数パーティーで半分ずつ対応して、疲れたり一定時間で補給や回復の為に前線を入れ替えるのが理想です。」
どれだけ薬を使って補助をしたとしても、魔物は沢山湧いてくるはずだ。
長丁場になるのは分かり切っているので、出来るだけ長く前線を維持させるためには、戦い続けるのではなく定期的に人員を入れ替える必要があるだろう。
「なるほどね。ちなみに、雨と一緒にライトアローを使うのはどうしてだい?」
「ライトアローであれば、角度をつけて飛ばしても雨の軌道を邪魔しません。あれは先端にだけしか当たり判定がありませんから、後ろの矢に見える部分は水が透過します。効果的に傷を付け、なおかつ雨を傷口に届けるためには、光属性の魔法が一番効果的だと判断しました。」
「濡らしているのに、木の実持ちのトレントにファイアアローを使うのは?」
「木の実の中は胞子……とても細かい可燃性の粉です。動いているトレントの木の実の中にまで火と酸素を届けることで、粉塵爆発を狙います。粉をこちらまで持ってこられると厄介ですので。」
「なるほどね。ありがとう、アシェ。とてもいい意見が聞けたよ。それらのレシピも、念のため貰っておいても良いかい?」
レシピを手渡せば、ふんわりと柔らかい笑みを浮かべたアベルに頭を撫でられる。
アベルがアシェルを褒める時は、大体こうやって頭を撫でてくれる。
「あくまでも理想論ですが、少しでもお父様のお役にたったなら良かったです。」
「じゃあ、アシェのレシピは預からせてもらうよ。大量発注の依頼が終わったら返すからね。私達はこれで帰るけれど、ゆっくり養生するんだよ。もし寮での生活が難しいなら、邸にいつでも帰ってきていいからね。」
「はい。今回は僕の為にお時間を取ってくれてありがとうございます。」
「アークエイド殿下、アシェを頼みますね。」
「あぁ。メイディー卿達もゆっくり休んでくれ。」
「アシェ、無理はしちゃ駄目だよ。ちゃんとイザベルとアークエイド殿下の言うことを聞くんだよ。」
「なんかあればイザベルを俺のところに寄こしてくれたら、すぐに駆けつけるからな。お大事に。」
アレリオンとアルフォードにも交互に頭を撫でて貰う。
三人はイザベルにもよろしくと声をかけて、一礼したあと寝室を出て行った。
「アシェル様……重湯を温め直してまいりましょうか?」
「ううん。飲みやすい温度になっているだろうし、そのまま貰うよ。お父様たちのお見送りに行ってくれる?部屋の鍵も閉めないとだし。」
「かしこまりました。他の幼馴染の方々やシオン様、カナリア様、イザーク様にもお伝えしてまいりますので、しばらく席を外させていただきますね。」
「分かった。そのまま寮に戻って寝ておいで。大丈夫。過保護なアークが、きっと僕が好き勝手に動くのは止めるから。」
「イザベルもしっかり休んで来い。」
「分かりました。アークエイド様、アシェル様をよろしくお願いいたします。」
イザベルも出て行って、アークエイドと二人部屋に取り残される。
ぬるくなって飲みやすい重湯を、胃に負担をかけないようにちまちまと飲んでいると、ぎしりと音がして、いつものようにアシェルの隣にぴったりと寄り添うように座った。
「アークも横になっていいよ。なんなら寝ててくれても良いし。皆あんまり寝てないんでしょ?」
「アシェにはお見通しか。」
「……だって、皆目の下にクマ作ってるし、顔色悪かったもん。ごめんね、僕の為に。」
「誰もアシェに謝って欲しいと思ってない。アシェの言う、出来ることを出来る人がしただけだ。俺は見ていることしか出来なかったがな。」
「それでも心配してくれたんでしょう、ありがとう。」
結局アシェルが重湯を飲み終わるまでアークエイドは眠らず、飲み終わったマグカップの片付けまでしてくれた。
その間にヒールポーションを飲んでおく。
寝てしまう前にお手洗いを済ませておきたくて寝台の端に移動すれば、しっかりアークエイドが支えるためについてくる。
「あの……さすがにリリィみたいに、中まではついてこないよね?いくらアークが興味あるとしても、さすがにそういうプレイは趣味じゃないんだけど。」
「こんな時にそんな冗談言うくらいには元気だと分かった。下着を下ろして座るまで付添って、扉の前で待って声を掛けて貰えと言われている。……一人で下着とズボンを上げてから呼ぶか勝手に出てくるようなら、ずっと中で張り付いていろ、だそうだ。」
なんでアシェルが考えていることが分かったのだろうか。
アークエイドが。いや、この場合はそれを教えたであろうリリアーデが、エスパーか何かなのだろうか。
「流石にそれは嫌。ちゃんと勝手に動かずに待ってるから、ちょっとだけ扉からは離れててよね。」
「分かってる。」
アークエイドはきっちりリリアーデに教えられた通りに、アシェルの介助をしてくれた。
歩行時の付き添いといい、過保護すぎやしないだろうか。
別に寄りかかっているわけでもないのに歩くときは必ず、アークエイドの腕が脇の下に入れられていて、警察に捕獲された犯人のようだ。
無事に寝台まで戻って横になれば、ようやくアークエイドも横になる。
「背中は、もう触っても大丈夫なのか?」
「うん。もう痛くもなんともないよ。」
アシェルが答えれば、向かい合って横になっていたアークエイドに抱きしめられる。
「良かった……後遺症や傷跡が残ったらと心配だった。」
「アン兄様やお父様が処置してくれたんだよ。残るわけないじゃない。多分全員の誤算は、僕の体内魔力が上手く働かなかったままだったっていうことと、解毒剤がすんなり出来なかったことじゃない?そんなに難しい毒なのかな……僕も元気な時に味見したいけど、味見させてもらえるのかな?NMだから、研究機関とかに持っていかれそうだよね。ってなると手に入らないか。残念。」
新素材であることに間違いはないし、特殊固体のため、あの一匹以外から同じものが手に入るとは思えない。
今更、もう一本確保しておくんだったと思いながら喋っていると、アークエイドの呆れたような声がする。
「こんな目にあってるのに、ものがあれば味見する気なのか……本当に味見が好きだな。流石に今回は嫌がるかと思ってたんだが。本当は元気になってから言うつもりだったんだが……兄達からの伝言だ。アシェの採取した毒は半分残している。味見するなり解毒剤を作るなり毒薬を作るなり自由にしてくれ、だそうだ。ただ味見をした時に体内魔力が今回と同じ動きをしてしまうなら、味見以上は禁止なのと、一緒に置いていった今回の解毒剤を飲むように。だそうだ。」
「もしかしたら身体がそういう対応だって覚えてて、また同じ感じになる可能性はあるけど……。なんで今回の解毒剤?自分で解毒剤作って飲んでみるのもありかなって思うんだけど。」
「味見以上が禁止になると言ってるだろう。解毒剤を作るのも禁止だ。アレリオン殿曰く、二人の兄の体内での反応と、アシェの体内での反応が全く違ったらしい。普通の解毒剤はかなり早く出来上がってたんだ。ただ、その解毒剤の効果を残したまま、アシェの中の魔力が効果を邪魔しないような解毒剤を作るのに時間がかかったんだ。正しい魔力の動きが分からないのに、そんな細かい調整の要る薬は作れないだろう。この条件が吞めないのなら、毒は渡さないからな。」
アークエイドの言う通り、三人がかりでこんなに時間がかかったのだとしたら、正しい魔力反応が無かった場合、アシェルには解毒剤を作ることは出来ないかもしれない。
「分かった。ちゃんと言われたことは守るよ。約束する。」
「それなら良い。……ようやくアシェに触れた……。アシェがこのまま回復しないんじゃないかと心配だったんだ。もうこんなことしないでくれ……アシェが居なくなったら俺は……。」
アークエイドの腕の力が強まる。
アークエイドはそう言うが、同じ状況になればアシェルはまた同じことをするだろう。
そうすることで大切な人たちを守れるのなら、アシェル自身が傷つくことなど痛くもなんともない。
「僕は僕の大切な人が傷つく方が嫌なんだ。だから、いくら大切なアークの頼みでも、ソレは聞けないし約束できないよ。」
「だが、アシェがこんなに痛い思いをする必要はっ!」
「痛くないと言えば噓になるけど、これでアークが傷ついてたら、僕はもっと痛い思いをしたと思うから。これで良いんだよ。それにお兄様達やお父様まで僕の治療に駆け付けてくれたんだよ?回復しないなんてこと、あるわけないじゃない。」
「アシェ……。」
「それにね、悪いことばかりじゃなかったんだよ。夢の中で、咲がずっと僕の傍にいてくれたんだ。薫は身体が丈夫とは言い難かったから。隠しても何故か咲と健斗にだけはバレちゃって、無理やり布団に引きずり込まれてたんだよね。今思えば、薬も飲まずに我慢するから悪化してたんだと思うんだけど。」
「そうか……二人は薫にとって、本当に良い親友だったんだな。」
「うん。私の大切な親友で家族。」
アシェルは覚えていないが、リリアーデを咲だと思っていたアシェルは、咲にだけは弱音を吐いて頼ろうとしていた。
そしてその度に、我儘を言ってごめんなさい、と謝っていた。
アシェルがあんな風に、アークエイドに弱音を吐いてくれることはあるのだろうか。
リリアーデは無理だと言っていたが、いつかアシェルにとってそういう存在にアークエイドがなれたら良いと思う。
「さぁ、疲れただろう。喋ってないでしっかり寝たほうが良い。」
「うん。アークもちゃんと寝てよ?おやすみ。」
「おやすみ、アシェ。」
チュッと額におやすみのキスが落とされ、アシェルもアークエイドの頬にキスをしてから瞳を閉じた。
すぐにアシェルの意識は落ちて、穏やかなすぅすぅという寝息が聞こえ始める。
相変わらずアシェルは寝るのが早い。
アークエイドも愛しい温もりを抱きしめながら、瞳を閉じた。
ようやくアークエイドも安心して眠れそうだ。
処置を終えてゴム手袋を外しながら、アベルたちが声を掛けてくれる。
「終わったよ。お疲れ様、アシェ。」
「やっぱりアシェは、最後まで我慢しちゃったね。」
「これ、鎮痛剤な。飲めるか?」
「ありがとうございます。鎮痛剤もいただきますね。」
アルフォードから薬瓶を受け取り、苦いその中身を飲み干す。
錠剤じゃなくて薬液なのは、少しでも早く効くようにだろう。
「傷と毒に関してはもう心配要らないと思うけれど、もし少しでも背中の具合が悪いようだったらイザベルに伝えなさい。そうすれば私に連絡がくるように手配しているからね。あと、筋力も落ちているだろう?ヒールポーションを置いていくから、毎食後にキッチリ飲みなさい。筋肉痛も治るし、筋肉が戻るのも早いからね。ただ、間違ってもヒールポーションを飲んで筋トレをしてはいけないよ。昔、歪な筋肉が付いて、逆に動けなくなった人間が居るからね。」
「それは困りますね。気を付けます。」
最後の笑い話に笑っていると、イザベルが部屋に戻ってきた。
「アシェル様。お食事をお持ちしました。少々味気ないかもしれませんが、まずは重湯だけです。お塩も持ってきていますので、味気なかったら少量足してくださいませ。」
「10日間飲まず食わずなら、重湯からでも仕方ないよ。消化不良を起こした方が大変だしね。」
「ご理解いただいているようで良かったです。リリアーデ様より、ある程度食事の指示がありますので、そちらにそってお作り致しますね。」
食事についてはアベルの指示なのかと思っていたのだが、まさかのリリアーデがしっかり指導して帰っていったようだ。
「リリィには沢山迷惑かけちゃったね。元気になったらお礼しに行かないと。」
「そう言うと思うとおしゃっていました。元気になったら登校してくれれば、それで十分だそうです。心配しているのも、何かをしてあげたかったのも皆一緒だからと。リリアーデ様は、知識と技術があったから手伝っただけ、だそうです。もし登校してしつこく謝ったりお礼を言うようなら、次同じような事があったら強制的に病院に突っ込むから、とも言っておられました。」
「それは嫌だな。うん、分かったよ。ベルもありがとうね。」
ずりずりと移動して、またヘッドボードに背中を預けたアシェルに、ほかほかと湯気をたてるマグカップが手渡される。
「それだけ動けるなら大丈夫そうだね。学校の授業は別に出なくても問題ないんだろう。しっかり療養してから戻りなさい。……それと、今年のデビュタントは無しだよ。もう過ぎてしまっているし、アシェの身体の方が大事だからね。」
「あ……すっかり忘れていました。すみません。」
「気にしなくて良いんだよ。それとNMを預かっていこうかな。アシェが持っていると聞いているよ。」
「出しますね。少し大きいのと、針先に気を付けてください。」
イザベルにマグカップを返して、ずりずりと寝台の端まで移動すれば、一人で立ち上がる前にアークエイドに支えらえる。
「今一人で立とうとしただろ。」
「すぐそこに行くだけなのに。」
「それでも付添えと言われているし、付添うつもりだ。」
過保護だななんて思いながら、寝台から数歩移動して、開けたその場所に『ストレージ』から紫色のNMポイズンビーを取り出す。
通常個体より二回りほどでかいそれの上下は、合わせるとアシェルの背丈よりもでかい。
「これが特殊固体か……。では、預かっていくよ。一応、魔法庁と騎士団が調べたけれど、他のNMは確認されていないからね。ただ、地形変化は数か所で起きているみたいだから、魔の森は調査の為に立ち入り禁止と正式に通達されたよ。まだ冒険者に待機指示は出ていないけれど、近いうちにメイディーに依頼が入るかもしれないね。」
アシェルが気にしているであろう内容を、アベルはしっかり教えてくれた。
NMはアベルの『ストレージ』に消えていき、アシェルも寝台へと戻る。
「やっぱり起きそうなんですね。スタンピード。」
「あぁ。ただ、直ぐにというわけではないようだね。1~2か月の間には、というのが魔法庁の予想だよ。今は各種薬品に必要な素材をかき集めているところだから、依頼が入るのは今月末だろうね。アシェもその時は手伝ってくれるかい?」
「勿論です。僕の実験室の素材も、必要なものは全部持っていってもらって構いません。ヒールポーションは頂きましたし、当面必要になりそうな薬品と数は、ホルスターとストレージに十分量ありますので。」
「そう言ってもらえると助かるよ。それと、今から言う薬の、アシェの最も効果が高くて比較的早く効果があるもののレシピを貸してもらえるかい?素材の入手元については問わないから。」
アシェルが王立病院に提出しているのは、ナイトレイ王都で入手しやすい素材に絞って効果を追求したレシピだ。
恐らく、そうじゃないレシピが欲しいということだろう。
『ストレージ』のレシピの束を覗き込みながら、アベルの言葉に頷く。
「ヒールポーション。マナポーション。造血剤。気付け薬。止血剤。それから、魔の森に対応した抗麻痺薬と解毒剤各種。」
言われた薬のレシピの束を取り出して積み上げていく。
「治療系はこれだけで。それから集団の魔物に対して、アシェなら少人数と力が弱いもので戦う場合。薬も使うならどういう手段を取る?」
「それは薬と魔法を併用することと、魔物の群れに人間が混じっていないのが前提で良いですか?」
「それで良いよ。」
アベルの問いに少し頭を悩ませ答えを出す。
「まずは足の速いフォレストウルフとフォレストタイガーが来ると思うので、そいつらの動きを鈍くします。理想は王都から離れたルートの数か所に、衝撃で割れる加工をした瓶に催涙剤を入れてばらまいておくのが良いでしょう。あれは眼にも来ますが、鼻にもダメージが入ります。それに、後続にも少し効果を期待できるかもしれません。その先頭を相手している間に、恐らく今度は魔の森の小型から中型が来ます。王都から姿が見えた時点で、麻痺毒を混ぜた水で雨を降らせて麻痺させますね。毛皮で吸収しにくいでしょうから、ついでにライトアローで傷がつけば、そこから吸収されるでしょう。最後にフォレストベアなんかの脚が遅いのが来るので、そこも同様に対処します。最終にトレントも混じると思いますが、木の実持ちが居た時点で、ファイアアローで木の実だけを打ち抜きます。長距離の弓の名手が居るなら火矢でもいいですが、安全距離などを考えると、練度の高い魔法を使える人間が適切かと思います。あとはバラバラに辿り着く魔物を殲滅するだけですね。あくまでも第一波だけの予想なので、入り混じると思いますが。どれくらいの時間や頻度で続くのか分からないので、できれば全員が一度に対応ではなく、複数パーティーで半分ずつ対応して、疲れたり一定時間で補給や回復の為に前線を入れ替えるのが理想です。」
どれだけ薬を使って補助をしたとしても、魔物は沢山湧いてくるはずだ。
長丁場になるのは分かり切っているので、出来るだけ長く前線を維持させるためには、戦い続けるのではなく定期的に人員を入れ替える必要があるだろう。
「なるほどね。ちなみに、雨と一緒にライトアローを使うのはどうしてだい?」
「ライトアローであれば、角度をつけて飛ばしても雨の軌道を邪魔しません。あれは先端にだけしか当たり判定がありませんから、後ろの矢に見える部分は水が透過します。効果的に傷を付け、なおかつ雨を傷口に届けるためには、光属性の魔法が一番効果的だと判断しました。」
「濡らしているのに、木の実持ちのトレントにファイアアローを使うのは?」
「木の実の中は胞子……とても細かい可燃性の粉です。動いているトレントの木の実の中にまで火と酸素を届けることで、粉塵爆発を狙います。粉をこちらまで持ってこられると厄介ですので。」
「なるほどね。ありがとう、アシェ。とてもいい意見が聞けたよ。それらのレシピも、念のため貰っておいても良いかい?」
レシピを手渡せば、ふんわりと柔らかい笑みを浮かべたアベルに頭を撫でられる。
アベルがアシェルを褒める時は、大体こうやって頭を撫でてくれる。
「あくまでも理想論ですが、少しでもお父様のお役にたったなら良かったです。」
「じゃあ、アシェのレシピは預からせてもらうよ。大量発注の依頼が終わったら返すからね。私達はこれで帰るけれど、ゆっくり養生するんだよ。もし寮での生活が難しいなら、邸にいつでも帰ってきていいからね。」
「はい。今回は僕の為にお時間を取ってくれてありがとうございます。」
「アークエイド殿下、アシェを頼みますね。」
「あぁ。メイディー卿達もゆっくり休んでくれ。」
「アシェ、無理はしちゃ駄目だよ。ちゃんとイザベルとアークエイド殿下の言うことを聞くんだよ。」
「なんかあればイザベルを俺のところに寄こしてくれたら、すぐに駆けつけるからな。お大事に。」
アレリオンとアルフォードにも交互に頭を撫でて貰う。
三人はイザベルにもよろしくと声をかけて、一礼したあと寝室を出て行った。
「アシェル様……重湯を温め直してまいりましょうか?」
「ううん。飲みやすい温度になっているだろうし、そのまま貰うよ。お父様たちのお見送りに行ってくれる?部屋の鍵も閉めないとだし。」
「かしこまりました。他の幼馴染の方々やシオン様、カナリア様、イザーク様にもお伝えしてまいりますので、しばらく席を外させていただきますね。」
「分かった。そのまま寮に戻って寝ておいで。大丈夫。過保護なアークが、きっと僕が好き勝手に動くのは止めるから。」
「イザベルもしっかり休んで来い。」
「分かりました。アークエイド様、アシェル様をよろしくお願いいたします。」
イザベルも出て行って、アークエイドと二人部屋に取り残される。
ぬるくなって飲みやすい重湯を、胃に負担をかけないようにちまちまと飲んでいると、ぎしりと音がして、いつものようにアシェルの隣にぴったりと寄り添うように座った。
「アークも横になっていいよ。なんなら寝ててくれても良いし。皆あんまり寝てないんでしょ?」
「アシェにはお見通しか。」
「……だって、皆目の下にクマ作ってるし、顔色悪かったもん。ごめんね、僕の為に。」
「誰もアシェに謝って欲しいと思ってない。アシェの言う、出来ることを出来る人がしただけだ。俺は見ていることしか出来なかったがな。」
「それでも心配してくれたんでしょう、ありがとう。」
結局アシェルが重湯を飲み終わるまでアークエイドは眠らず、飲み終わったマグカップの片付けまでしてくれた。
その間にヒールポーションを飲んでおく。
寝てしまう前にお手洗いを済ませておきたくて寝台の端に移動すれば、しっかりアークエイドが支えるためについてくる。
「あの……さすがにリリィみたいに、中まではついてこないよね?いくらアークが興味あるとしても、さすがにそういうプレイは趣味じゃないんだけど。」
「こんな時にそんな冗談言うくらいには元気だと分かった。下着を下ろして座るまで付添って、扉の前で待って声を掛けて貰えと言われている。……一人で下着とズボンを上げてから呼ぶか勝手に出てくるようなら、ずっと中で張り付いていろ、だそうだ。」
なんでアシェルが考えていることが分かったのだろうか。
アークエイドが。いや、この場合はそれを教えたであろうリリアーデが、エスパーか何かなのだろうか。
「流石にそれは嫌。ちゃんと勝手に動かずに待ってるから、ちょっとだけ扉からは離れててよね。」
「分かってる。」
アークエイドはきっちりリリアーデに教えられた通りに、アシェルの介助をしてくれた。
歩行時の付き添いといい、過保護すぎやしないだろうか。
別に寄りかかっているわけでもないのに歩くときは必ず、アークエイドの腕が脇の下に入れられていて、警察に捕獲された犯人のようだ。
無事に寝台まで戻って横になれば、ようやくアークエイドも横になる。
「背中は、もう触っても大丈夫なのか?」
「うん。もう痛くもなんともないよ。」
アシェルが答えれば、向かい合って横になっていたアークエイドに抱きしめられる。
「良かった……後遺症や傷跡が残ったらと心配だった。」
「アン兄様やお父様が処置してくれたんだよ。残るわけないじゃない。多分全員の誤算は、僕の体内魔力が上手く働かなかったままだったっていうことと、解毒剤がすんなり出来なかったことじゃない?そんなに難しい毒なのかな……僕も元気な時に味見したいけど、味見させてもらえるのかな?NMだから、研究機関とかに持っていかれそうだよね。ってなると手に入らないか。残念。」
新素材であることに間違いはないし、特殊固体のため、あの一匹以外から同じものが手に入るとは思えない。
今更、もう一本確保しておくんだったと思いながら喋っていると、アークエイドの呆れたような声がする。
「こんな目にあってるのに、ものがあれば味見する気なのか……本当に味見が好きだな。流石に今回は嫌がるかと思ってたんだが。本当は元気になってから言うつもりだったんだが……兄達からの伝言だ。アシェの採取した毒は半分残している。味見するなり解毒剤を作るなり毒薬を作るなり自由にしてくれ、だそうだ。ただ味見をした時に体内魔力が今回と同じ動きをしてしまうなら、味見以上は禁止なのと、一緒に置いていった今回の解毒剤を飲むように。だそうだ。」
「もしかしたら身体がそういう対応だって覚えてて、また同じ感じになる可能性はあるけど……。なんで今回の解毒剤?自分で解毒剤作って飲んでみるのもありかなって思うんだけど。」
「味見以上が禁止になると言ってるだろう。解毒剤を作るのも禁止だ。アレリオン殿曰く、二人の兄の体内での反応と、アシェの体内での反応が全く違ったらしい。普通の解毒剤はかなり早く出来上がってたんだ。ただ、その解毒剤の効果を残したまま、アシェの中の魔力が効果を邪魔しないような解毒剤を作るのに時間がかかったんだ。正しい魔力の動きが分からないのに、そんな細かい調整の要る薬は作れないだろう。この条件が吞めないのなら、毒は渡さないからな。」
アークエイドの言う通り、三人がかりでこんなに時間がかかったのだとしたら、正しい魔力反応が無かった場合、アシェルには解毒剤を作ることは出来ないかもしれない。
「分かった。ちゃんと言われたことは守るよ。約束する。」
「それなら良い。……ようやくアシェに触れた……。アシェがこのまま回復しないんじゃないかと心配だったんだ。もうこんなことしないでくれ……アシェが居なくなったら俺は……。」
アークエイドの腕の力が強まる。
アークエイドはそう言うが、同じ状況になればアシェルはまた同じことをするだろう。
そうすることで大切な人たちを守れるのなら、アシェル自身が傷つくことなど痛くもなんともない。
「僕は僕の大切な人が傷つく方が嫌なんだ。だから、いくら大切なアークの頼みでも、ソレは聞けないし約束できないよ。」
「だが、アシェがこんなに痛い思いをする必要はっ!」
「痛くないと言えば噓になるけど、これでアークが傷ついてたら、僕はもっと痛い思いをしたと思うから。これで良いんだよ。それにお兄様達やお父様まで僕の治療に駆け付けてくれたんだよ?回復しないなんてこと、あるわけないじゃない。」
「アシェ……。」
「それにね、悪いことばかりじゃなかったんだよ。夢の中で、咲がずっと僕の傍にいてくれたんだ。薫は身体が丈夫とは言い難かったから。隠しても何故か咲と健斗にだけはバレちゃって、無理やり布団に引きずり込まれてたんだよね。今思えば、薬も飲まずに我慢するから悪化してたんだと思うんだけど。」
「そうか……二人は薫にとって、本当に良い親友だったんだな。」
「うん。私の大切な親友で家族。」
アシェルは覚えていないが、リリアーデを咲だと思っていたアシェルは、咲にだけは弱音を吐いて頼ろうとしていた。
そしてその度に、我儘を言ってごめんなさい、と謝っていた。
アシェルがあんな風に、アークエイドに弱音を吐いてくれることはあるのだろうか。
リリアーデは無理だと言っていたが、いつかアシェルにとってそういう存在にアークエイドがなれたら良いと思う。
「さぁ、疲れただろう。喋ってないでしっかり寝たほうが良い。」
「うん。アークもちゃんと寝てよ?おやすみ。」
「おやすみ、アシェ。」
チュッと額におやすみのキスが落とされ、アシェルもアークエイドの頬にキスをしてから瞳を閉じた。
すぐにアシェルの意識は落ちて、穏やかなすぅすぅという寝息が聞こえ始める。
相変わらずアシェルは寝るのが早い。
アークエイドも愛しい温もりを抱きしめながら、瞳を閉じた。
ようやくアークエイドも安心して眠れそうだ。
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【ご報告】
2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。
また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
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