氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第三章 王立学院中等部二年生

164 アシェルを甘えさせたい①

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Side:アシェル13歳 夏



アシェルのお見舞いに来ていた客人たちはお昼過ぎに来て帰っていったので、寝るまでにはたっぷり時間がある。

だというのに、アークエイドはソファに座っていたアシェルを抱きしめたまま、立ち上がり寝室へと向かう。

いつものように優しく寝台の上に降ろされる。

「少しだけ待っててくれ。」

「うん?いつもの流れだと、このままイチャつくかと思ったんだけど。」

熱っぽい嫉妬混じりのアークエイドは、大体しつこいくらいアシェルを蕩けさせてくる。

イザベルは無理をさせるなと言っていたが、この瞳のアークエイド相手には意味のない言葉だろう。

真っすぐ寝室に来たので、てっきりアークエイドはアシェルとイチャつきたいのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

「それはまた後でだ。アシェがすぐシたいって言うなら、今すぐでも良いけどな。」

クスリと笑ったアークエイドが、チュッとアシェルの唇に啄むようなキスをする。

「僕じゃなくて、アークがシたいんでしょ。」

「あぁ、今すぐにでもアシェを襲いたい。でも、今日は夜にな。待っててくれ。」

「うん。まぁそれは良いけど。時間かかる?それなら本読んでるけど。」

「そうだな。また声を掛ける。」

「分かった。」

寝室から出て行ったアークエイドの後姿を見送って、アシェルはヘッドボードに身体を預け『ストレージ』から本を取り出す。

いつもとは違う行動を取るアークエイドが、何を考えているのかさっぱりだ。

あまりにも予想していない行動すぎて、アシェルが何かしてしまっただろうかと不安になる。

何度も読み返しているほど大好きな分厚い薬草辞典の活字に眼を落とすも、内容が全く入ってこない。

諳んじて言える程読み込んでいるので、頭に内容が入ってこないこと自体は問題ではない。
ただ本に集中できないから、余計にアークエイドの不可解な行動が気になるのだ。

様子を見に行きたいが待ってろと言われた手前、アークエイドの様子を見に行くこともできない。

結局集中できない薬草辞典を閉じ、そわそわと落ち着かない気分で待っていると、ようやくアークエイドが戻ってきた。

その姿にようやく心が落ち着く。

「待たせたな。……本を読んでるんじゃなかったのか?」

「なんとなく気分になれなくて。それは?」

アークエイドは「珍しいな。」と言いながら、手にしたトレイをサイドチェストの上に置く。

「昼食代わりだ。もう良い時間だろ?」

言われてトレイの上を見れば、一口サイズのクラッカーの上にトマトやチーズなどが盛られているカナッペがいくつも乗っていた。

「わざわざ用意してくれたんだね、ありがとう。」

寝台の端に寄りカナッペに手を伸ばせば、その手がアークエイドに取られる。

「うん?食べるのはまだ早かった?」

「いや、アシェに食べさせたい。」

言いながらひょいっと抱えられて、アシェルがメルティーにしていたように横抱きにされる。

「自分で食べれるよ。」

「されるのは恥ずかしいのか?メルティーにはいつもしてるだろ。」

「それとこれとは、んぐっ。」

抗議の声を上げるアシェルの口に、生ハムとクリームチーズの乗ったカナッペが押し込まれる。

仕方なく咀嚼して飲み込めば、目の前の顔は嬉しそうに微笑んでいる。

そしてさらに口元にカナッペを持ってくる。

口を閉じて黙っていると、ちょんちょんと唇に押し付けられ、早く口を開けろと催促される。

アークエイドが全く引く気が無いのを感じて、仕方なく口にする。

「美味いか?」

「うん、まぁ。でも、自分で食べれる。」

「知ってる。俺がこうしたいだけだ。」

一部はアークエイドが食べたものの、結局そのほとんどが、アークエイドの手によってアシェルの口に運ばれた。

二人揃って「ごちそうさまでした。」と言う。

アークエイドは凄く満足気だが、一体何がしたいのだろうか。

「ねぇ、アーク。僕に食べさせることの、何に意味があるの?」

アシェルはむすっとしているのに、アークエイドは嬉しそうなままだ。

「意味か。アシェがこういうことに慣れれば、少しは甘えてくれるかと思ってな。」

「なるわけないでしょ。」

「ならないとしても、俺がしたくてしてるだけだ。」

「意味わかんないよ。」

どうして食事を食べさせれば、アシェルが甘えるようになると思うのだろうか。
雛鳥ではないのだが。

「アシェが俺で充電できるようになれば良いなと思ってる。」

「充電は、お兄様達やメルでするから十分だよ。」

「あの時は俺で充電してくれただろ?」

あの時とは、きっと薫の記憶を思い出すために、アークエイドの私室にアレリオンとお邪魔していた時のことだろう。

「あれはたまたま。」

「それを、たまたまじゃなくして欲しいんだが。」

「無理な相談だね。」

「まぁ、アシェがそう言うのは分かってるけどな。」

じゃあなんで?と問おうとした唇に、啄むようなキスが降ってくる。

「意味がないとか言わないでくれよ?それと……俺はこれでも、アシェに求婚してるんだが?」

それは先程アシェルが、独身のまま邸に居座るつもりだと言ったからだろう。

ついさっきまで機嫌が良かった瞳に嫉妬の色が混じっている。

「知ってるけど、婚約してるわけじゃないし。」

「アルフォードはノアに期限のことを言っていたが……時期は違えど、アシェも同じ状況なのは、分かってるよな?」

「まぁ、一応ね。ただ僕は、“特別な好き”が解るまで、アークの告白に頷くことは無いからね。」

「どうしたら解ってもらえる?」

「それが解ってたら、もう答え出してるよ。あれだ。さっき言ってた、解らないところが分からない状態。逆にどういう感覚なの?前にリリィに、前世の話で結婚した経緯を聞いたけど、僕には解らないままだし。」

術式のようにヒントを持ったピースが散らばっていれば、どんなに良かったことだろうか。
アシェルの中には、まずそのパズルのピースが見当たらないのだ。

「リリィの?どういう話を聞いたのかは知らないが……。俺はアシェに他のヤツを近付けたくないし、なんなら閉じ込めてしまいたいくらい好きだ。アシェが俺の知らない話をリリィとしただけでも嫉妬するし、シオンと触れ合うのも嫌だ。言ったところで、アシェは止めないし、閉じ込めたところで勝手に抜け出すだろうから実行しないだけで。」

そういえばリリアーデの話を聞いた時に、デュークが守りたいとか、他のヤツと二人っきりになって欲しくないとか言っていた。
あと、手元に置いて逃がしたくないという単語も。

「デュークもだけど、アークもヤンデレ気質なわけ?」

「やんでれ?」

「えっと……精神を病むほど相手のことが好きで、手に入らないならいっそ自分の手で殺してしまって、相手が他の人とくっつけなくしようとか。監禁して自分だけが関われるようにしようとか。そういう思考に至る人のこと……かな?説明しろって言われると難しいけど、恋人になると甘々になるのをデレって言って、ヤンデレのヤンは精神を病むからそう言われてる。アークに伝わらないってことは、やっぱり前世の言葉になるのかな?」

「俺はアシェを殺したいなんて思わない。」

「思ってたら、流石に引くからね?」

「そういえば……くーでれとか、つんでれとか。それも同じような意味か?」

何故アークエイドがそんな単語を知っているのだろうか。

カナリアかリリアーデが口にした言葉でも聞いたのだろうか。

「クーデレは普段クールで素っ気ないとか、仲良くなるまでは冷たいのに、いざ恋人とか恋愛感情を向けた相手には甘くなること。ツンデレは近いんだけど、普段ツンツンしてて怒ってるのかって思うような態度なのに、二人っきりの時とかは甘々で、嫌っているように見えて実は大好きとか。そういう感じ。あくまでも僕の認識は、だけど。」

「草食と肉食は?」

「こっちは魔物にそういう食性があるのか知らないけど……前世には魔物じゃなくて、動物って言うのが居て、言ってしまえば家畜と野生の魔物とって感じ。その動物が草を主食にしてたら草食。肉を主食にしてたら肉食。人間みたいに色々食べるのは雑食って言うんだけど。それを元に、ガツガツしてるかどうかっていう違いかな。お肉が大好きな人って、パワフルって言うか、活発って言うか、そんなイメージあるでしょ?反対にお野菜が好きな人って、線が細そうって言うか、優しそうって言うか、穏やかそうなイメージ。それを比喩してるんだよ。」

「なるほどな。」

「で、なんでそんなこと聞くの?っていうか、何処でそんな単語聞いたのさ。」

「別に知らなくても問題ないだろ。で、俺はその分類では好みじゃないのか?」

アークエイドが何を聞きたいのかが全く分からない。

ただ、アシェルに言えるのは一つだけだ。

「こういう分類って、二次元……空想上の世界だから成り立つだけだよ。登場人物たちに色んな役割設定を与えて、その設定を元にした仮想恋愛を楽しむためのもの。だから、現実世界で好みとか好みじゃないとかは、違う話。」

「そうか……。アシェはその“仮想恋愛”を知っているのに、恋愛感情は分からないのか?」

「だってああいうのは、最初から登場人物たちと恋人状態になるための物語だから。ゲームって呼ばれる娯楽の中だと、選択肢を選ぶだけで会話が進むしね。言ってしまえば他人の恋バナを聞いてるような感じかな。逆に“仮想恋愛”みたいなのが恋愛だったら、僕には一生無理だよ。手を繋いだだけでドキドキなんて、出来るわけないし。」

「くくっ、アシェならそうだろうな。こうやって抱いていても、全く恥ずかしそうでもないしな。」

「アークがこうやって僕を抱えようとするのは、いつものことでしょ。降りて良いんだったら降りるけど?」

それは困るとばかりに、アークエイドの腕がギュッと締まる。

「話しは戻るが……アシェが寝不足の翌朝に素直だったり、媚薬を使えば甘えてくるのは、デレることになるのか?」

アークエイドの言う内容に、カァっと頬が熱くなるのを感じる。

アシェルの反応を嬉しそうに見つめるサファイアブルーの瞳に、熱が宿っている。

「良いから忘れてっ!そんなこと覚えてなくて良いの!」

「へぇ……ソレは恥ずかしいんだな?こうしているアシェも可愛いが、甘えてくるアシェはとびっきり可愛いぞ。イきすぎた時のおねだりもな。」

「そんなこと忘れてってば。」

「無理な相談だな。この前マリクとシた日の朝、満足してなかっただろ。」

「なんのこ、ひゃっぅ!?」

そんなことには気付かなくても良いのにと思いながらとぼけようとすると、不意に首筋にぬるりとした感触がする。

「くくっ。相変わらず、首や耳元は弱いな。こっちも同時にされた方がイイんだろ?」

「んっ、違っ……!」

舐められた場所にアークエイドの吐息がかかり、少しスースーする刺激が背中にゾクゾクとした快感を連れてくる。

「そうか?マリクと二人で攻めたら、アシェは凄く蕩けていたがな。おねだりも、いつもより早かった。」

「そんなことっ、んぅ。」

否定しようとした唇は塞がれ、強引にアークエイドの舌が侵入してくる。

押し返そうとしても、好き勝手に口の中を堪能してくる。

「……っふ……んぅ……。」

アシェルの息が荒くなり、唇の隙間から嬌声が漏れたことで、ようやく満足したのか唇が離れていく。

「やっぱりこっちの方がイイんだな。今すぐ襲いたいくらい扇情的な表情をしているぞ。」

火傷しそうなほど熱を持った涼しげな瞳が、満足気に笑みを浮かべる。

「良いわけないでしょっ。僕はされるよりする方が良いんだってば。」

「知ってる。だからって、シオンに手を出そうとするなよ。」

なんでここで、シオンの名前が出てくるのだろうか。

「シオン君とは、キスまでしかしたことないけど。」

「それ以上されてたら困る。」

「でも現状、僕は恋人も婚約者も居ないし、フリーなら遊ぶのくらい良いでしょ。お互い、本気で好き合ってるとかじゃないんだし……。言ってしまえば、マリクがイチャイチャしたいって言ってくるのと一緒だよ。シオン君もクリストファー先輩も、どう見ても遊び相手を探してるだけだし。」

きょとんとした顔でいつぞやのシオンのような事を言うアシェルに、アークエイドは頭を抱えたくなる。

自分も身体の関係が先だったため強く言えないが、それでも本当にアークエイドに求婚されていると分かっているのだろうか。
それともこれは、わざとアークエイドに嫉妬させたいのだろうか。——アシェルに限ってそれはないと断言できる。

それとシオンから、遊んでいるのに束縛するのはちょっとうざったい、と言われたことも思い出す。
ならどうすれば良いのだろうか。ほったらかしにしていたら、近いうちにシオンとも関係を持ちそうな気がする。

「シオンには、性別を言ってないだろ。」

「まぁ言ってないけど……男同士のヤり方は知ってるし、別に僕は脱がなくても、どうとでもヤりようはあるし。それにアークには、僕の行動をどうこう言う権利は無いんだからね。言っちゃえばアークもシオン君も、僕から見れば同じ立ち位置なんだから。」

この世界には魔法があるのだ。

イメージに適切な魔力を乗せてやれば発現するので、アシェルにモノがついてないからといって、男同士の交わりに近いものが出来ないわけではない。

本物には劣るかもしれないが、シオンであればそれでも悦んでくれるような気はする。

実際にするかどうかは置いといて、シオンとの言葉遊びは楽しいのだ。
楽しませて貰っている分、欲しがればちょっとくらいご褒美をあげても罰は当たらない気がする。

「それは……そうだが。何度も言ってるが、俺はアシェに求婚してるんだぞ?」

「じゃあ、僕がシオン君から求婚されたら、堂々と身体の関係持って良いの?」

「なんでそうなる。」

「だって、そういうことじゃない。」

「……シオンに、アシェを満足させられるとは思えない。」

満足とは何を指して言っているのだろうか。

「別に僕は相手がたっぷり蕩けてくれたら、それだけで満足だよ?」

「じゃあなんで、あの朝は不満そうだったんだ?」

確かに三人でシた翌朝、アシェルはちょっぴり不完全燃焼だった。
実際に挿れて自分で動くのが始めてのことだったからかもしれないと、勝手にそう結論づけたのだが。

黙り込んだアシェルの首を、アークエイドの長い指がなぞっていく。

その刺激にビクッと身体を揺らしたアシェルを見ながら、アークエイドは口を開く。

「理由か言い訳でも考えてるのか?物足りなかったんだろ。」

「そんなんじゃっ。」

「じゃあ、どうして不機嫌だったんだ?俺に分からないとでも思ってたか?」

今日のアークエイドも、やっぱりしつこい。

嫉妬を含んだ瞳は、じっとアシェルを見つめてくる。

「多分、挿れて自分で動くのが初めてだったからだよ。薫は素股以外したことなかったんだもん。しょうがないでしょ。」

「そういうことにしとくか。」

それはアシェルの出した答えには満足していないということだろうか。
アシェルの中では、それで結論付けたのだが。

「それより……。本当はアシェを甘えさせたかったが、こんな話をしてたらアシェを襲いたくなった。」

チュッと唇が啄まれる。

「……ソレ、いつもでしょ?」

「アシェのことが好きだからな。」

「そうは言われてもって感じだけど。するなら、今日こそ僕がシてあげたいんだけど?」

いつもやられっぱなしは嫌だ。
最近は、アークエイドのペースに乗せられっぱなしな気がする。

「それより俺は、アシェが媚薬で蕩けた姿を見たい。」

どれだけあの媚薬が気に入ったのだろうか。

アークエイドは絶倫なので、アシェルが乱れ続ける姿を見て、思う存分ヤりたいということなのだろうか。

確かに媚薬なしで朝方までは、かなり辛かった。
マリクが首を噛んでいたから、辛うじて意識が残っていたというだけだ。

「最高傑作は、この前使い切ったでしょ。」

「まだアシェの作った媚薬があるだろ?それとも、一人の時に使ったか?香を作ったと言ってたと思うが。」

そういえば、あの後に媚薬香を試す気にはなれず、そのままストレージに入れてしまっている。
最高傑作でかなり満足してしまっていたし、香だと体内で分解しても換気をしっかり行わない限り効果が続くので、一人では試す気になれなかったのだ。

「……ある。けど、あんなの使ったら、アークが先に理性飛ばしちゃうでしょ。」

「それも良いが……まずはアシェだけで香を吸えば、効果の出方は変わってくるだろ?香を焚いた部屋で、アシェとシたい。」

確かに吸入した時間が違えば、効果の出方にも時間差があるだろう。
吸入してから効果を得るので、効果が出始めるのは薬液よりもゆっくりだし、あの最高傑作のようにすぐに理性が飛びそうになるようなものでもない。

「それって、僕だけ先に、香を焚いた部屋で待機してろって事?」

「そういうことだ。」

言葉にして確認すれば、熱を持った瞳が笑う。

「放置プレイされるわけだね。まぁでも、試してみたかったのはあるし……。アークがそれでシたいっていうなら、一番出来が良さそうなのを使ってみようかな。使っても使わなくてもアークが絶倫なのは変わらないから、イマイチ男性側の効果が分かりにくいけど。」

「香炉はあるのか?」

「無かったら作らないよ。じゃあ、さっさと焚くから、部屋を出るなら出てよね。」

するりとアークエイドの膝の上から抜け出して、『ストレージ』から香炉と以前フォアレン草で作ったお香を取り出す。
ついでにレポート用紙の束と万年筆もだ。メモ書きする時間があるのかどうかは分からないが。

アシェルの作ったお香は、ちゃんとヒューナイトで使用しても問題ない素材しか使っていないので、後遺症を気にする必要もない。

「じゃあ、また時間を置いて来る。」

サイドチェストの上で香炉の準備を始めたアシェルの頬に、チュッとキスされる。
それからアークエイドは、カナッペを乗せていたトレイを持って寝室を出て行く。

「理論上の効果は、ウォルナットのより強いんだけど……どれだけ効果があるかな。」

アークエイドは確実に媚薬を娯楽目的で使おうとしているのに、アシェルは味見の一環だと思うと楽しくて仕方がない。

火をつけた香が立ち昇る部屋の中で胸潰しを外して楽な格好になったアシェルは、万年筆を握りしめた。
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