氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第三章 王立学院中等部二年生

178 スタンピードの始まり①

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Side:アシェル13歳 秋



お昼寝をしたあの日。
夜寝る前に話があると言ったイザベルから、スタンピードに参加することを聞いた。

その上で、夜は別に寝るか昼寝をすることも促された。
アシェルが昼寝をしたのは、アークエイドから聞いたそうだ。

やはりイザベルがスタンピードに参加するのは心配なのだが、無理はしないし自分に出来ることをしに行くだけだと言われてしまえば、アシェルは反対することができない。

早めに補給班にまわることは約束してもらったが、心配や不安が消えるわけではないので夜は一緒に過ごしたかった。

結局話を聞いていたリリアーデが日中ストレス発散を名目に皆を連れ出してくれて、その間だけ昼寝することになった。

そのお陰でこうして時計台の鐘の音で戦闘配置に付いている今、体調はとても良い。

わらわらと予定されていた配置場所の結界に、人がどんどん集まってくる。

魔物の侵攻が始まれば、また鐘の音が鳴り響くはずなので、しばらくは共に戦う人員と交流したり最終確認をする時間だ。

「お姉様、お兄様。そしてご友人の皆様。本日はよろしくお願いしますね。」

設営された救護テントから顔を出した、エメラルド色の瞳の少女が駆け寄ってくる。
髪の色はシルコットの双子より、少しだけ緑色が濃いようだ。

「シル。今日はよろしくね。あまり他の方に迷惑をかけてはダメよ?」

「殿下に我儘を言って付いてきたんじゃないよな?お願いだから大人しくしててくれよ。……我が家の次女、シルフィードだ。」

「もうっ。わたくしは医療班よ?助けることはあっても、迷惑をかけたりしないわ。皆様、はじめまして。アークエイド殿下には、婚約式の時にお会いしましたわね。」

軽く頬を膨らましたシルフィードが、次の瞬間には可愛らしい笑顔を浮かべる。
ころころと表情が変わって可愛らしい少女だ。

「あぁ、久しぶりだな。コレも兄上との条件の一つなのか?」

「勿論ですわ。こんな機会、王都ではなかなかありませんもの。本当はここではなくて、左右どちらかの配置を希望したのだけれど、それは許可が降りませんでしたわ……。ここよりも絶対楽しいと思うのに。」

医療班で何が楽しいのかと首を傾げる面々に、リリアーデが説明してくれる。

「シルは傷の治療をするのが好きというか……血みどろのケガ人の治療をするのが好きなのよ。殿下の求婚も、ケガ人を診る機会が減るからって断ろうとしたくらいには。これでも魔法頼りじゃない治療はとても上手なのよ。そうね……アシェの錬金好きくらいには、治療が好きだと思ってくれたら良いかしら。」

アシェルの錬金好きは、幼馴染の間では十分分かりやすい指標になるようだ。
なるほどと皆頷いているし、アシェルもそれなら楽しいと言ったのも理解できる。

「だな。絶対ここじゃなくて他が良いって言うのも、重傷者の割合が増えるからだろうしな。いくらアシェの作った結界があるとはいえ、そんな場所に自分の婚約者を置いておきたくはないだろう。」

「殿下はここ以外での参加は認めてくださらなかったから、妥協したのよ。魔の森の基礎レベルを考えると、どう考えてもここは戦力過多なんだもの。大森林の中層から深層の対応までできちゃいそうな構成だわ。お役目が無いのは良いことだけど、本当に無かったら残念って思っちゃうわよね。」

「そう思うのはシルだけよ。ケガ人なんて、擦り傷程度でもいない方が良いんだからね?」

「分かってますわ。あ、ご挨拶だけと思ってきましたの。まだ準備があるので失礼しますね。」

ぺこっと頭を下げたシルフィードは、パタパタと救護テントに消えていく。

「はぁ……シルの言うことは気にしないでくれ。王都にくれば少しは落ち着くかと思ったが……どうもアレは治りそうにないな。」

「だから治る治らないの問題じゃないって言ってるじゃない。もうあれは趣味嗜好的なものよ。魔物じゃなくて人間のスプラッターが好きだから、他人に手をかける……なんて子に育たなかっただけでも、良しとしなきゃ。」

「逆にどうすればそうなるんだよ。」

「欲求が満たされなさ過ぎて……かしら?割と前世には居たわよ、そういう犯罪者。」

リリアーデとデュークがシルフィードについて色々話しているが、確かグレイニールと婚約する際に、医療班として働くことが条件になっていると言っていた。

もし約束が守られずその欲求が満たされなければ、前世の犯罪者予備軍みたいな扱いをされてしまうのだろうか。
——いや、その前に婚約を破棄して領地に帰る気がする。アシェルが同じ立場なら、絶対にそうするからだ。

「グレイ殿下も心配だろうね。どうりで僕の結界を欲しがったわけだ。」

「シルフィード嬢が参加していなくても、アシェの結界はあるだけでありがたい。どちらにせよ欲しがったと思うぞ。」

「まぁ、今後も必要なら魔法庁にお願いしたら、誰か作ってくれると思うよ。あ、トーマたちも設営終わったみたいだね。」

今日は【朱の渡り鳥】全員で、仮眠のためのテントや食事の支度をするスペースの準備をしていた。
もちろん他の支援部隊の人も準備を手伝っていた。

幼馴染達はそれぞれ打ち合わせや、久しぶりに見る顔と交流を取りに行ったりで、一人で【朱の渡り鳥】の元を訪れる。

「皆、設営お疲れ様。」

休憩を取り始めた【朱の渡り鳥】に声をかければ、トーマが笑顔で受け答えをしてくれる。
ガルド達は身分が高い人たちが多いせいか、少しばかり萎縮しているような気がする。

「あ、アシェルさん、ありがとうございます。スタンピードなんて初めてなんで、緊張しちゃいますね。って言っても、今回僕は裏方なんですけど。」

「こういったことも、長期戦になると大事だから。頼りにしてるよ。」

「頑張りますね。アシェルさんたちは、無理しないようにしてくださいね。交代要員だって沢山いるんですから。」

「俺たちで交代要員になれるのかわかんねぇけどな。」

「ガルド達は緊張しすぎだよ。戦闘員はほとんど同じ年齢か年下ばかりなんだし、緊張しすぎちゃ動きが悪くなるよ?」

揶揄う様にクスリと笑えば、ガルドも少しだけ笑みを浮かべてくれる。
こうして会話することで、少しは気が楽になってくれればいいのだが。アシェルは気の利いた冗談など言えないので、普段通り話すことしか出来ない。

「アシェルはいつも通りって感じだな、羨ましいぜ。確かにお偉いさんばっかりなのも緊張するけど、スタンピードの経験もないからよ。足手まといにならないか心配なんだよな。」

ガルドだけは騎士団と共に、魔物の攻撃を盾で捌く役回りだ。
捌く数も多くなるし周囲との連携の兼ね合いもあるので、余計に緊張するのだろう。

「大丈夫だよ。無理だって思ってたら、エトがタンク役には組み込ませなかっただろうから。自信もって。いつもどおり、魔物を引き付けて捌くだけで良いんだから。」

「分かってるって。まぁでも、確かに緊張しすぎてちゃダメだよな。ちょっと交流深めてくるぜ。」

「ふふ、ガルドらしい発想だね。エトももう騎士団と一緒に居ると思うから、声かけてきたらいいと思うよ。」

ガルドを見送れば、アーニャに声を掛けられる。

ガルドと違って、アーニャはうきうきとした気分を隠しきれていない。
これくらいの方が一番コンディションが良いだろう。

「今日は魔法使いの方が沢山いらっしゃるんですよね?どんな魔法が見れるんでしょう。もう楽しみで楽しみで。」

「前に皆で顔合わせしたでしょう?あのあとから、アーニャはずっとこんな調子なのよ。」

「知らない詠唱とかも聞けますかね?短縮か無詠唱かな。いえ、それよりもやっぱり、実物をこの眼で見たいです。大きな魔法も使われますかね?」

「でっけぇ魔法が使われたとして、見る暇があんのかって話しなんだけどな。いつもと違って、アーニャはかなり後ろからだろ?」

ジンの言う通り、魔法を使う人たちは結界のすぐ近くに配置されることになっている。
目視できる距離ではあるが、間近で戦うわけではないので迫力はあまりないだろう。

「使う魔法については聞いてないけど、もしかしたら極大魔法を使うかもって言ってたよ。個別で上級魔法を使うより、その人員が集まって極大魔法を使った方が、殲滅力も範囲も桁違いだからね。」

「極大魔法!それって、ある程度練度の高い術者が何人も集まって、魔力もたっぷり注いで発動する魔法ですよね。魔力の提供者はもちろんですが、最終的な発動者にはそれ以上の魔力操作精度と魔力量が必要になるって言う。」

「アーニャは物知りだね。そうだよ。極大魔法は使う術式への理解も必要になるから、魔力の提供は王立学院生とその卒業生だけ。その中でも選りすぐりになるだろうけどね。」

「アシェルさんも一緒に使うんですか?」

「僕は剣術も使えるし、基本的には強化魔法をかけるバッファーだからね。多分アル兄様と分担になると思うけど、前衛で強化魔法が途切れないように支援しつつ、戦うって感じかな。」

各種属性の攻撃魔法は使えても、無属性の支援魔法系は使えない人も多い。

支援系は身体についての知識もだが、ある程度の魔力操作精度も必要になってくる。
普段から細かい魔力操作を練習したり意識していないと、詠唱しただけでは使えないようだ。

あるとないとでは戦闘難易度が大違いなので、是非辺境の魔法戦闘員には練習してもらいたいものである。

「もう一人の兄貴もじゃないのか?」

「アン兄様はグレイ殿下の近くに居ると思うから……それと、アビー王女。最前線じゃなくて、後衛で戦うと思うよ。極大魔法を使うなら王族の魔力は欲しいし、魔力操作精度ならグレイ殿下よりもアン兄様の方が上だしね。」

本当はアルフォードがアビゲイルの傍に居たいだろうが、こればかりは適材適所だ。

アレリオンも前衛で戦えなくもないが、どちらかというと前衛より後衛向きだ。
それにアレリオンが前衛に出るともれなくグレイニールが付いてくる可能性を考えると、最前線には出てこないだろう。

「みなさまー。お食事の用意が出来ましたので、食べに来て下さいー。」

『拡声』された女性の声が結界内に響き渡る。

声に誘われるように人波が動き、それぞれおにぎりを二つと豚汁ならぬオーク汁が振舞われている。
このあとの休憩はバラバラになるので、戦前の腹ごしらえだろう。

アシェルも配給を受けるために列に並べば、パトリシアとスターク子爵家の夫婦がせっせとおにぎりを握っている。

配給を受け取って挨拶の為に近づけば、先にパトリシアが声を掛けてくれた。

「あ、アシェ先輩だぁ。わたしは応援しかできませんがぁ、頑張ってくださいねぇ。」

「パティ嬢も来てたんだね。ってことは、オーク汁はサクラの味付け?食べるのが楽しみだな。」

「えへへ、我が家の自信作ですよぉ。朝はサンドイッチなんかがメインですけどぉ、夜は和食の方が栄養取りやすいですからねぇ。みそ汁の具もたっぷりですしぃ、おにぎりも具次第で色々なバリエーションを作れますからぁ。」

「じゃあ夜はくいっぱぐれないようにしなきゃだね。」

「是非しっかり食べてくださいねぇ。あ、良かったらそこの椅子使ってくださいねぇ。アーク先輩にエト先輩、マリク先輩は一緒じゃないんですかぁ?」

パトリシアが勧めてくれた、恐らく補給員たちが休憩に使うであろう椅子をありがたく借りることにした。
ちまちまとオーク汁をすすりながら、パトリシアとのんびり会話する。

「エトは騎士団の方で、アークとマリクとはこの後合流すると思うよ。」

「なるほどですぅ。アシェ先輩もお強いでしょうけど、怪我をなさらないようにしてくださいねぇ。」

「心配してくれてありがとう、パティ嬢。」

「なんかぁ、嬢ってつけられると慣れませんねぇ。呼び捨てでいいんですけどぉ。」

「流石に王立学院生相手に、敬称を付けないわけにもいかないからね。」

「貴族って面倒ですねぇ。」

喋りつつもひたすら手を動かしていたパトリシアが、必要分作り終わったのか手を洗ってきて隣に座る。

パトリシアはおにぎり一つだけのようだ。

パトリシアとお喋りしていると、不意に目の前に見知った団体様が現れる。
どうやら挨拶に来てくれたようだ。

「アシェル様、お久しぶりです。そちらの仲の良さそうなご令嬢を紹介してもらえませんか?」

「シオン君、久しぶりだね。それにティエリア先輩たちもお久しぶりです。こちらはスターク子爵家のパトリシア嬢だよ。今年の一年生で、冒険者エリアにある食堂も経営していらっしゃるんだ。だから、冒険者活動の時にお世話になってるんだよ。」

「はじめましてぇ、スターク子爵家が娘、パトリシア・スタークと申しますぅ。アシェ先輩やエト先輩たちにはぁ、いつもサクラをごひいきにしていただいてますぅ。」

立ち上がってぺこりとパトリシアが頭を下げる。
紹介者が座ったままも失礼かと思い、アシェルも立ち上がる。

「スターク嬢と、とっても仲がよろしいんですね。アシェル様を愛称呼びだなんて、羨ましいなぁ。ねぇ、アシェル様。僕はまだ愛称で呼んじゃだめですか?」

「様付で愛称だと、僕の名前は少し言いにくくない?ようやく、さん付けまで格上げしてくれるのかな?それとも、呼び捨てにしてくれるの?」

このタイミングで声をかけてきたのは、パトリシアについて知りたいというよりも、アシェルを愛称で呼びたかっただけなのかもしれない。

シオンの背後でティエリアとカナリア、ミルルのテンションが上がっているが見ないことにする。
ユーリとイザークも来ていて、皆冒険者らしい動きやすい恰好をしている。

「呼び捨て……凄く魅力的だけど、呼びやすさ的にはさん付けの方が良いかな……悩んじゃいますね。格上げだなんて……僕はアシェル様のことを親しい友人だと思ってるんですが、アシェル様もそう思ってくれてますか?もしそうなら、僕もアシェル様に呼び捨てにして欲しいです。僕に愛称はありませんから、君付けより呼び捨ての方が親しい感じがするので。」

「僕も親しい間柄だと思ってるよ。じゃあ、シオンって呼ばせてもらおうかな。パティ嬢、今話している男の子がシオン・ミルトン、侯爵家で僕と同じクラスだよ。ウェンディー辺境伯爵家のユーリ嬢は一つ上。あとは皆侯爵家で、アーバンレイ侯爵家で五つ上のティエリア嬢、同じクラスのカナリア嬢。チェンバー侯爵家のミルル嬢は一つ上。ドゥーム侯爵家で同じクラスのイザーク殿だよ。」

アシェルの紹介にそれぞれ頭を下げて、一言よろしくと言ってくれる。

パトリシアは一人一人に礼を返していて、陽の光を浴びて淡いピンクに見える髪の毛が何度もふわふわ揺れた。

「アシェル様、お会いしたかったですわ。それに再会してすぐにファンサービス!素晴らしいですわ。」

相変わらずティエリアはテンションが高めだ。
ファンサービスとはシオンとの会話のことなのだろうか?何に対してなのかはよく分からない。

ティエリアがドレスや制服、ワンピース姿ではなく、パンツスタイルなのはとても珍しいものを見れたなと思う。

「ふふ、ティエリア先輩は相変わらずですね。でも、こういう方がお好みなんじゃないですか?」

前にクリストファーの話をした時に、ティエリアはミルトン兄弟の噂話を知っていた。

ということはシオンが男を遊び相手にしている、受け側だということも知っているはずだ。

アシェルよりも少しだけ背の低いシオンの腰を抱き寄せる。
シオンも嫌がるどころか、嬉しそうにアシェルを抱きしめてくれる。

「アシェ……さん。むぅ……愛称呼びは羨ましいのに、しっくりきませんね。今日もこうして抱きしめて貰えるなんて思ってませんでした。」

「スタンピードに参加してくれるシオンや先輩たちへのご褒美、かな。シオンはもっと違うご褒美が欲しかったの?」

「アシェル様はどんなご褒美をくれますか?僕、アシェル様からのご褒美なら、なんだって喜んじゃうと思います。」

どうやら愛称呼びは諦めたらしく、結局様付けで呼ばれる。
でも確かにシオンから様付け以外で呼ばれると違和感があるので、アシェルもこの方が落ち着く。

「じゃあ今度二人っきりの時に、またシてあげようか?」

「本当ですか?じゃあ、またアシェル様がお一人の時に伺いますね。」

「ふふ、楽しみにしてるね。」

お互い見つめ合い、匂わせるセリフの応酬をするアシェルとシオンに、【シーズンズ】の面々が興奮して叫びかねない勢いだ。
作家陣はしっかりメモも取っている。

「もしかしてぇ、アシェ先輩って女性よりも男性の方がお好みですかぁ?パフォーマンスだけじゃないとしたらぁ、どこまでお二人の関係が進んでるのか気になりますねぇ。」

どうやらパトリシアも理解がある方らしい。
“授け子”なので同性愛について知っているだけの可能性もあるが。

「僕は相手の性別は問わないよ。さぁ、どこまでだろうね。パティ嬢もぎゅってして欲しいの?」

「なるほどぉ、バイタチかバイリバですかねぇ。どう見てもミルトン先輩はネコさんですもんねぇ。アシェ先輩が優男プレイボーイでぇ、ミルトン先輩は小悪魔ショタっ子ってところでしょうかぁ。」

「アシェル様っ!どうして同士がこんなに近くに居るのに、もっと早く紹介してくださらなかったんですの!?それに、それに……スターク子爵家と言えば、シルコット辺境伯爵家に続いて“授け子”が出た家系ではありませんか!パトリシアさん、良ければわたくしとお友達になってくださらないかしら?それと是非、ファンクラブ【シーズンズ】へ入会していただきたいわ。」

ふむふむと頷いて考察を述べるパトリシアに、カナリアがぐいぐい押しかけていく。
姉妹揃って普段は理知的なのに、【シーズンズ】関連のことになると熱意が凄い。

「えっとぉ……宗教やマルチへの勧誘はお断りですぅ?」

「パティ嬢……それはきっとリリィくらいにしか通じないよ。王立学院には、僕と僕のお兄様二人、それからアークの四人を対象にしたファンクラブがあるんだよ。前期までの会長がティエリア先輩で、現会長がカナリア嬢。シオンは違うけど、残りの三人はファンクラブ会員で、作家さんだね。」

「あぁ、そういうことですかぁ。作家さんって言うと、こっちだと小説ですよねぇ。」

「“授け子”でしたら、小説だけでなく漫画もご存じなんじゃないかしら?パトリシアさんのいた場所にはそういう文化はありまして?わたくし達の発行物は“授け子”の伝えた文化に影響を受けていて、アシェル様たちを題材に描いていますの。」

「こっちにも漫画があるんですかぁ?それは初耳ですぅ。ってことはぁ、一次創作や二次創作じゃなくて2.5次元なんですねぇ。なるほどぉ、四人をアイドル扱いして同人誌を描かれているんですねぇ。」

「理解が早くて素晴らしいですわ!入会は学院でもう少し詳しく話した後でも構いませんので、是非検討してくださいませ。」

「漫画が読めるならぁ、ですねぇ。」

「入会していただければいくらでも!あと、アシェル様。パトリシアさんにもシオン殿にしているように、ぎゅってしてあげてください。主にミルル先輩の為に。」

会話の流れを見守って抱き着いたままだったシオンがチュッとアシェルの頬にキスをしたので、アシェルもシオンの頬にキスを返せば、やはりファンたちのテンションは上がる。
シオンのファンでは無いのに、シオンもファンサービス精神が旺盛だ。

「えぇ、わたしはべつにぃ——。」

「パティは僕が触れるのは嫌?もし嫌だったら、僕の手を振り解いて逃げてね。僕はパティの温もりを感じていたいけど、嫌なことをしたい訳じゃないから。」

パトリシアに後ろから抱きつき、腰と肩に腕を回して優しく抱きしめる。
嫌なら抜け出せるように緩く抱き着いたが、腕の中から逃げ出すつもりはないようだ。

「嫌じゃないですけど、アシェさん手慣れすぎですぅ。なんですか、乙ゲーか何かですかぁ。確かに好きなヒロインみたいな見た目にしてって言いましたけどぉ、嫉妬でドロドロは怖いので嫌ですぅ。」

「ふふ、逃げないんだね、嬉しいよ。パティは何も気にしなくて良いんだよ。僕がパティのことを守ってあげる。そしたら僕だけを見て、僕のことだけを考えてくれる?」

「はわわぁ……なんですかぁ、これぇ。過激なファンサービスすぎて、キュン死しそうですぅ。」

「へぇ、じゃあ……もっと恥ずかしいこともする?パティがずっとドキドキしちゃうような。」

「は、はず……もう無理ですぅ。誰かお助け下さいませぇ。中性的なイケボで耳元で囁かれるなんてぇ、耳が孕みますぅ。」

「クスッ、残念。また今度だね。」

わたわたとパトリシアがもがき始めたので、耳元にチュッとリップ音をさせて腕から解放してあげる。

顔を真っ赤にしたパトリシアを近くで模写していたミルルは、目にも止まらないスピードで万年筆を動かしている。
これが次の作品にどんな影響を与えるのか、今から楽しみだ。

「アシェル様っ、素晴らしいです!創作意欲が止まりませんっ。あぁ、スタンピードなんてほっといて、今すぐ作品を描きたいですわ!早く来て、早く終わってくれませんかしら。」

「ミルル先輩……さすがに早くは終わらないと思いますよ。後衛なら魔力切れの後に時間が取れるかもですけど、ミルル先輩は俺らと同じ前衛でしょう?」

イザークの言葉に驚くが、ミルルは本当に前衛で申請したようだ。

「獣人の特徴は出てないけれど、これでも一般男性よりは力も早さもあるから、前衛にまわった方が能力が活かせる……のだけど、後衛で申請するべきだったわ。でも、これだけでも来たかいがありましたわね。アシェル様はサービス精神旺盛なので嬉しいですわ。」

「ふふ、だって明らかに【シーズンズ】で団体申し込みしたでしょ?まさかシオンも一緒だなんて思わなかったけど。」

「俺が誘ったんですよ。シオンも強いし、メンバー的に前衛不足だったんで。まさかこんな風に、きっちり考えられた団体戦だなんて思ってなかったですけどね。ちなみに、パーティー名も【シーズンズ】で押し通しました。」

「お陰でこうしてアシェル様にお会いできたので、イザーク様に誘っていただけて良かったです。」

「僕も本来は知り合いの冒険者と連携して戦う算段をしてたけど……確かにこの方が休憩も取りやすくなるし、治療の心配もしなくて良いから良かったよ。お陰で僕も楽しめそうだしね。」

補助役に回る予定だったが、それはあくまでも少人数で補充が効かない戦闘を想定していたからだ。

これならアシェルも前線で戦えるし、戦力だって十分だろう。

ゴーン、ゴーンと鐘の音が連続で鳴り響く。
魔物の行進が始まった合図——スタンピードの始まりだ。

「始まるみたいだね。皆、無理をしないようにしてくださいね。」

「皆様、頑張ってくださいねぇ。お怪我がないようにお祈りしておりますぅ。」

パトリシアに応援されながら、それぞれ与えられた初期配置に移動した。

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