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第四章 王立学院中等部三年生
209 ダブルデート②
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※程ではないけど後半に微エロあります。ご注意くださいませ。
しつこいようですが、基本的にエロ回です。
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Side:アシェル14歳 春
カフェ【エトランジェ】の扉を潜りアークエイドが予約していたことを伝えると、小さな個室へ通された。
カフェならオープン席か、良くて半個室だと思っていたのだが、オープン席はどこにも見当たらなかった。
どうも、全ての席がこのように個室になっているらしい。
個室の中は一人で座るにはゆとりがあるが、二人で座ると肌が触れるようなソファが向かい合って二つ置いてある席だ。いわゆるペアシートというやつだろう。
テーブルの幅は普通のものより広く作られていて、カップル二組で向かい合っても声を抑えれば内緒話が出来そうだ。
明らかにそのパートナーと強制的に接近させる目的の部屋を見て、一瞬硬直したアルフォードを無視して、アークエイドに手を引かれたままアシェルとアークエイドは横並びに座ってしまう。
普段からアークエイドは隣にピッタリ寄り添って座ってくるし、椅子の広さがどうであろうと今更関係ない話だ。
それにさっさと座らないと、アルフォードがアシェルを隣に座らせるか、アークエイドを隣に座らせようとする未来が待っているだろう。
「お前ら少しは躊躇……いや、普段と変わらないのか。」
ようやく硬直の解けたアルフォードは、勝手に答えに辿り着いたようだ。
仕方なくイザベルを隣に座らせているが、アルフォードの顔は真っ赤でイザベルから視線を逸らしてしまっている。
相変わらずイザベルは少し頬を染めながらも、アルフォードが意識して照れてくれるのが嬉しいのかご機嫌だ。
「先に防音を掛けるぞ。」
「お店なのに、勝手に魔法を使っていいのかしら?」
アシェルの当然の疑問に答えてくれたのはイザベルだった。
その間にアークエイドは『防音』を使ったようで、魔力の反応を感じた。
「このカフェの売りは全室個室で、防音のみ室内で使うことを許されていますの。魔法が使えなくても、防音魔法のスクロールも販売していますわ。内緒の話やあまり誰にも聞かれたくない恋愛話で盛り上がるのに最適、という表向きの理由で話題ですけれど、人によっては逢瀬に使うことも珍しくないようですね。」
「なるほど……確かに防音がかけれて個室なら、ナニをしていてもバレないわね。個室のサイズも小さめだから、部屋数の確保も出来るものね。目的も考えるとほとんど予約必須みたいなものだし、ついでにスクロールも売れればカフェの狙い通りってところかしら。」
「恐らくは。」
アルフォードは逢瀬という言葉にナニを想像したのか、一層顔を真っ赤にしてしまった。
流石に初心すぎやしないだろうか。
「でも、注文はどうするのかしら?扉を開けて?」
「いいえ、少し上の方までしか紐が垂れていないけれど、アレを使うらしいですわ。サーヴァントベルと一緒ですわね。」
イザベルに促されて少し視線を上げれば、確かにサーヴァントベルのようなものがあった。
紐が短いのは万が一、誤って引っ張ってしまうことが無いようにだろう。
「利用目的の可能性を考えると、紐の長さもよく考えられているわね。なんにせよ、まずは注文しちゃいましょう。アル兄様。照れるのはいい加減にして、ちゃんとメニューに目を通してくださいませ。緊張するのは勝手ですが、ベルをほったらかしにせずに、ちゃんとエスコートしてあげてください。アル兄様だけデザート抜きにしますわよ?」
「それは嫌だ。俺だけなんて拷問すぎるだろ。」
アシェルがメニューを手渡せば、アルフォードは照れながらもイザベルと相談を始める。
今までだったらきっと何も気にせずに隣に座っていただろうに、意識するだけでこんなにも態度が変わるものなのかと思ってしまう。
アシェルはアークエイドが開いてくれたメニューに視線を落とし、真剣にケーキを選ぶ。
個室も話題の要因だろうが、メニューも豊富だ。人気なのも納得できる。
「アシェ。ケーキだけじゃなく、軽食も何が欲しいか選んでくれ。」
呼び方が変わったのは、防音しているので偽名を使う必要がないということだろう。
「ご飯も?それはいいけど、アークは何を食べたい?ケーキがメインみたいなものだし、僕はアークに合わせるよ。」
それならもっと前のページだとメニューを捲っていると、不意に、耳元に吐息がかかったのを感じた。
「今すぐアシェを食べたい。それと……言葉遣いが戻ってるぞ。」
声を抑えるためか、低く囁かれた艶っぽい声に背筋がゾクリとする。
さらにはペロリと耳を舐められ、頬が熱を持つのを感じながら咄嗟に口を覆った。
その何度も与えられたことのある甘く痺れるような快感に、思わず声が出てしまいそうだったのだ。
じとっと睨みつければ、いつもとは違う色味の、いつもと同じ熱を持ったアークエイドがくくっと笑った。
「ダブルデートなのが惜しいが仕方ないな。こういう店があると知れただけでも、今後の楽しみが出来た。」
そう言いながらさり気なく腰に腕を回されかけたので、その手を叩き落とす。
耳は不意打ちを食らってしまったが、アルフォードの前でそこまで許すつもりはない。
いつもはこれだけで大人しくなるのに、今日は何が何でもアシェルに絡みたいらしい。
アシェルの手にアークエイドの一回り大きな手が重なり、指を絡められる。
これくらいなら妥協点だ。
「アシェの線引きは難しいな。……で、どれにするんだ?」
何もなかったかのようにアークエイドに問われ、あまり二人でこそこそしていてもおかしいかと、アシェルはもう一度メニューへ視線を落とした。
「言葉遣いが戻ったからって意地悪しないでちょうだい。ケーキと紅茶はコレ。軽食はアークが決めてくれるかしら。」
こういう時は男が注文してしまうものなので、アシェルは自分が決めた好みのものだけ伝えてしまう。
軽食はアークエイドに丸投げしたのに、アシェルの好みも考えてくれたのだろう。
スクランブルエッグとレタスの入ったサンドイッチになった。
全員が注文を決めたのを確認して、アルフォードが紐を引っ張った。
特に廊下から音がしたわけではないのだが、廊下側からコンコンと扉を叩かれ、店員が来たことが分かる。
こちらは防音をかけているしどうするのかと思ったら、こちら側にノッカーが付いていて、それを鳴らすと扉が開いた。
音は振動で伝わるので、ノッカー部分には廊下に伝わりやすいように何か細工をしているのかもしれない。
注文を聞くために半歩だけ部屋に入ってきた店員に、アルフォードとアークエイドが注文を伝える。
そう大して待たずにまたコンコンと扉が叩かれ、同じようなやり取りで注文の品が運ばれてきた。
どうやらこちらのノッカーが鳴らない限り、いきなり扉が開けられることは無いようだ。
「アルフォードお義兄様。流石にわたくしの分の味見は要りませんわ。」
アシェルがいつものようにアークエイドの食事の味見をしていると、向かい側からイザベルの声が聞こえてきた。
どうやらアルフォードも、イザベルの分の味見をしようとしているらしい。
「そうは言うけど、癖みたいなもんだよ。それに、イザベルのケーキも美味しそうだからな。どちらにしても味見はしたい。」
「ケーキに関しては、半分食べて頂いても構いませんわ。その代わりアルフォードお義兄様のケーキも、半分こしてくださいませ。」
「おっ、良いのか?それも気になってたんだよな。それと今日はプライベートなんだし、昔みたいにアルって呼んでくれないか?」
ケーキを半分もらえることが確定したからか、アルフォードは上機嫌で軽食と紅茶の味見を済ませていく。
アークエイドには分からないだろうが、アシェルには分かる。
イザベルは間違いなく、最初からアルフォードに半分あげるつもりでケーキを選んだということが。
そうでなければ、あんなに生クリームがたっぷり乗ったケーキは選ばないだろう。
イザベルの一番大好きなケーキはイチゴのタルトで、生クリームよりもカスタード派なのだから。
(アル兄様……名前の呼び方の指摘の前に、注文する前に気付いてあげてください……。なんでそこで、イチゴのショートケーキなんですか……。)
学院祭に来た時はアレリオンと一緒にアシェルの好みのケーキを注文してくれたのに、なんでこう、アルフォードはちょっと残念なんだろうか。
確かにイザベルはイチゴが好きだが、そこで頼むならイチゴのタルトであるべきだった。
心の中でため息を吐いてるアシェルをよそに、二人は会話を続けている。
「プライベートとは言え、メイディーに仕える使用人であることに変わりはないですわ。流石に……。」
「そりゃ外で愛称呼びだと目立つけど、今は防音してるし、身内しかいないだろ?イザベルは気を使いすぎなんだよ。」
「でしたら、アル義兄様も呼び方を戻してくれないと不公平ですわ。」
ちょぴり頬を膨らませたイザベルに笑いかけながら、アルフォードはご機嫌ついでに照れはどこかに置いてきたのだろう。
いつもの調子で、イザベルにイチゴを刺したフォークを差し出した。
「ほら、ベル。イチゴ好きだろ。あーん。」
そしていつもなら、自分で食べれます!と主張するイザベルは、頬を染めながらもおずおずとそのイチゴに口をつけた。
アルフォード達が頼んだ軽食はカナッペだ。オカズ系からオヤツ系まで色々乗っているので、イチゴが先でも問題ないとアルフォードは判断したようだ。
「アーク。もう食べて良いわよ。」
そんな向かい側の微笑ましい光景の観察をしながら、アシェルも全ての味見を終えて、アークエイドにゴーサインを出す。
味見はともかくサンドイッチは片手では食べにくいし、手を放してくれると思っていたのだが、アークエイドの手が離れる気配がない。
「アーク?手、離してくれるかしら?」
「左手だけだと食べにくいだろ?食べさせてやる。」
「自分で食べれるわ。」
「口移しが良いか?」
「ばっ……!良いわけないでしょう。離してくれないなら、魔法を使って食べるわ。」
「無理だと思うぞ、ここで新しい魔法を使うのは。防音以外は無効化するらしいからな。」
アークエイドの言葉に、純粋に興味が沸いて適当な魔法を使ってみる。
お店に入る前から使っている探査魔法は維持出来ているのに、確かに新たに組み上げた魔法は霧散してしまった。
「ほんとだ。……術者の魔力が流れてればどうかと思ったけど、拘束も駄目だね。元からのは影響が無いし、魔法の完成を読み取って魔力を散らしてるのかな。でも選択的に防音は許可して、他のを消すって難しいよね……。もし強姦を未然に防ぐためだとしたら?普通はわざわざ店の中で攻撃魔法なんて使わないし……。生活魔法も駄目。やっぱり認識阻害もだめ。地味に身体強化も駄目なんだ。身体強化の無効化ってどうやるんだろ。攻撃魔法は流石に無理だから……強化魔法は?……うん、これならいけるね。ってことは、使われそうな魔法に対する解除の術式を使ってるって事かな。何処にその仕掛けがあるんだろ。流石に探査魔法じゃ分からな——っんぅ!?」
初めて見る仕組みに思考の海に沈んでいると、首筋に口付けられたのを感じて急速に現実へと戻された。
「また言葉使いが戻ってる。それに跡は付けてないから良いだろ?」
何故兄を前にして、所有印を付けなかったら首筋に口付けしても良いという発想になるのか、全くもって分からない。
というよりも、何故アークエイドはこんなにべたべたしてくるのだろうか。
アシェルの知識にあるデートでは、お付き合い前の男女のデートで。それも外でこんなにべたべたとしないはずだ。
感想を言い合いながらケーキを食べている二人を横目に見ながら、なるべく聞こえないように小声で、それでも僅かに怒っていることを声色に乗せて言う。
「人前で良いわけないでしょっ。言葉遣いだって、普通に指摘してくれたら良いだけだわ。」
「アシェはそう言うが、俺はノアールの前でキスされたんだがな。普通に指摘してどうにかなるなら、もう今までになってるだろ?」
「だからって、なんで指摘の度にキスとかしてくるのよっ。それにノアの勉強のためだもの。別にわたくしは、あの時点ではマリク相手でも良かったのよ?」
「それは俺が嫌だ。イザベルに許可を貰ってる。アシェが今日、普段の言葉遣いに戻るようなら、好きなだけ手を出して良いってな。」
「なんでベルとそんな約束してるのよっ。そしてわたくしは許可を出してないのに、なんで当たり前のように手を出してくるのよ。くぅ……魔法が使えないのが悔しいわ……。」
本気で奥歯を噛みしめるアシェルに、アークエイドは魔法が自由に使えない店で良かったと、心の底から思った。
そうじゃなかったら、とっくの昔にバインドで締め上げられているんじゃないだろうか。
どうやらアシェルはずっと探査魔法を使っているようだが、近くに居ると干渉すると言っていたし今日はアビゲイルが居ないので、恐らくアルフォードの方は何も使っていないだろう。
となると、アルフォード達に悟られないように締め上げられていた可能性があったということだ。
「それは困るな。まぁ理由の一つは、本気でアシェに言葉遣いを見直させるためだと思うが……。恐らくショック療法的なものも含まれていると思うぞ。言葉遣いに限らず、ここでは好きにしろと言われたからな。」
「ショック療法……?アークがベルと事前に何を話したのか知らないけれど、もう少しわたくしにも分かるように説明してもらえるかしら?」
「アルフォードは純情すぎるんだろう?俺とアシェがイチャイチャしているところを見せて、荒療治したいらしい。」
つまりは男女の触れあいを目撃させることで、強制的に耐性を付けさせようということなのだろう。やたらとアークエイドがべたべたしてきた理由がようやくわかった。
イザベルの考えも分かったし、確かにアルフォードは純情すぎるので協力してあげたい気持ちはある。いざお付き合いしてもヘタレすぎて進展が無さ過ぎると、イザベルが可哀想すぎる。
だが、選りによってアシェルが女装の日を選ばなくても良かったのではないかと思う。
確かに男同士に見えると絵面は悪いだろうが、キスや抱きしめたりも、どうせするならアシェルがしてあげる側がいいのに。
「理由は分かったわ。分かったけれど……わたくしが女装の日を選ばなくても良かったんじゃないかしら?わたくしがしてあげる方なら、喜んでするわよ?」
「なんでだ?アシェはとても綺麗だぞ。ただ……いつもの綺麗な銀髪じゃないのが残念だ。」
首筋を掠めて項から背中へと動いていく手が、アシェルのいつもと違う亜麻色の髪の毛を梳き、手に取られた毛先にアークエイドがキスを落とす。
その愛しい壊れ物に触るかのような動きに、カァっと頬が染まるのを感じる。
「くくっ、なんだ、恥ずかしいのか?ノアの前でキスした時は、全く恥ずかしがっていなかったのにな。ただでさえアシェが可愛すぎて、我慢するのに必死なんだ。そんな表情で誘われたら、我慢できなくなるぞ?」
「僕は可愛く無いし、別に誘っても無いからっ。ひゃっ!?」
赤く染まったという自覚のある顔を背けたくて、アークエイドの身体をぐっと押しやったはずなのに、逆に腰を引かれ腕の中に納められてしまう。
そしてそのまま耳や首筋に、リップ音をたてながら何度も啄むようなキスが降ってくる。
「っん、言葉遣い、間違えたのは謝るわっ。だから、んっ……それ、やだぁ……っ、お兄様の前で、しないでぇ、んぅっ。」
アークエイドはアシェルの弱いところを知り尽くしていて、的確に甘くて心地よい痺れを運んでくる。
腕の中から逃れようと思うのに思ったように力が入らないし、リップ音まで立てられたらアルフォードやイザベル達に聞こえてしまいそうで恥ずかしい。
二人が今どうしているかを見る余裕もなく、溶けてしまいそうなほど熱くて赤くなった顔も見られたくなくて、逃れることのできなかったアークエイドの胸に顔を埋めた。
——そんなアシェルにアークエイドは、誘ってないとどの口が言うのだと思ってしまう。
今アルフォード達がいなければ、間違いなくこのまま押し倒していた。
髪の毛への口付けは普段のアシェルの行動を真似ただけなのに、まさかの顔を真っ赤にしてしまった。
普段アシェルがしているような行動は、少なからず二人の兄達もしている行動だ。
それをアルフォードに客観的に見せるためのつもりだったが、想定外に可愛すぎる反応が返ってきてしまったのだ。
口調に対して、アルフォードの前で抱き寄せたのはやりすぎたかと思ったが、少し身動ぎはしたものの、相変わらず本気で逃げ出す気配は無い。
分かりやすくイチャイチャするためとはいえ、ビクビクと反応するのが可愛くてアシェルの弱い場所にばかり口付けしたアークエイドにも非があるのだが、明らかに今のアシェルの声は少し高くて甘えているような、閨事で快楽を得ている時の声だった。
それに相変わらず、嫌だという理由が行為そのものではなく、アルフォードの前だから嫌だという。
アルフォード達がいなければ、こんな場所でも身体を重ねるのは構わないということなのだろうか。
防音をかけていても必死に声を抑えて我慢してよがるアシェルを想像してしまい、慌ててその妄想を打ち消した。
無意識にスカートの下に伸ばそうとしてしまっていた手も、ちゃんと腰に戻しておく。
理性を総動員してアシェルにキスを落とすのも止めて、腕の力を緩めても離れていく気配のないアシェルの温もりを堪能する。
「ねぇ、あーく……てぇ、貸してほしいの……ダメ、かな?」
顔を上げる気配のないまま聞かれ、アークエイドは大人しく手を差し出した。
これはアルフォード達の死角で、痛みを伴う罰でも受けなくてはいけないのだろうか。だが、確かにアークエイドもやりすぎたと思う。
身体強化も使えないと言っていたので、以前の不届き物のように力任せに指を折られるということは無いだろう。
そんな風に痛みが来るのを覚悟していたのだが、アシェルの手に包まれたアークエイドの指は、ぬるりとした熱さに包まれる。
「まっ、アシェっ!」
アークエイドには見えない位置で、アシェルが指に舌を絡めてくるのを感じる。
指と指の間まで丁寧に舌を這わせながら、時折奥まで咥えられチュウっと吸い付かれる。
その自身のモノへのご奉仕ではないのに、そう錯覚してしまいそうな愛撫に、僅かに残っている理性を掻き集めてどうにか襲いたい衝動を抑える。
これはアシェルが恥ずかしかったから、アークエイドにも同じことをやってやろうということなのだろうか。
心の底から、指定されたのが手で良かったと思う。
「アシェ……アルフォードもイザベルも居る。流石にそれ以上されると、我慢できなくなる。」
アルフォードとイザベルと言う言葉にアシェルがピクリと跳ね、指への愛撫が止まる。
ホッとしたのもつかの間、おずおずと顔を上げたアシェルの蕩けた瞳と上気した頬を見て、今の愛撫は嫌がらせでは無かったことを知る。
どうやらアークエイドは、最後までするつもりがないのなら入れてはいけないスイッチを入れてしまったらしい。
「……あーくぅ……口が寂しいの……。イヤって言わないから……キス、したい……ダメ……?」
状況的に本当は断るべきなのだろうが、この甘えておねだりしているようで、断られる不安を抱えていそうな問いに、出来ればダメだとは言いたくない。
ここでダメだと言うと、もう二度とアシェルからは、どんなおねだりの言葉も細やかすぎる我儘の言葉も貰えなくなる気がしてしまうのだ。
どうせイザベルはアークエイドがアシェルとこそこそ喋りながらしていたことを、全部アルフォードに見せているだろう。
その時に会話の内容が聞こえていたかは怪しいが、今のアシェルの言葉は全く声を抑えていなかった。確実に聞こえていただろうと、イザベルに助けを求めて視線を送る。
予想通りバッチリ二人は経過を見守っていて、イザベルはいつも通りだが、アルフォードはあまりにも赤裸々すぎる妹のおねだりに、顔を真っ赤にして目を白黒させている。
——純情じゃなくても、流石に実の妹のこんな姿を見るのは刺激が強すぎるだろう。
アークエイドの視線に気づいたイザベルが、急いでアルフォードに何かを耳打ちしている。
その僅かな間にも、蕩けていたアシェルの表情が悲しそうに変化していく。
「……ここじゃ、ダメ……だよね……。我儘言って、ごめ——。」
「ダメなわけないだろ。でも、アシェは良いのか?アルフォードも居るんだぞ?」
どこか抑揚の少ない悲しげな声に、慌てて直ぐに返事をしなかった理由を取繕う。
アークエイドの言葉を聞いて、アシェルがホッとしたのが伝わってくる。
コクコクと縦に頷いたアシェルが口を開いた。
「二人が居てもイヤじゃなかったら……キス、してくれる……?」
返事をする前にチラリとイザベルとアルフォードを確認すると、二人とも小さく両手で丸を作っている。
そのサインよりも、イザベルからの「断ったらどうなるか分かってますよね。」という無言の圧が怖い。
それはアシェルのためを思ってなのか、アルフォードに見せろという意味なのか、そのどちらもなのか。残念ながらアークエイドに判別は付かない。
「アシェがキスをしたいなら、いくらでも。」
頭を引き寄せ、嬉しそうに綻んだ唇に舌を這わせれば、すんなりと受け入れられた。
こんな風に甘えてこようとする時のアシェルは、決して自分から舌をいれてくることがない。
反撃されないからと言って、決してアシェルのキスがいつもと比べて下手になるわけではない。こちらが攻めているはずなのに絞られてしまいそうなほど、もっと欲しいと舌を絡めて吸い付いてアピールしてくる。
攻めてきても受け身でもキスが上手すぎるなんて、反則だと思う。
ピチャピチャと唾液の絡む音を響かせながら、アシェルが満足して舌の動きが緩慢になるまで唇を重ねる。
このまま首筋や耳を愛撫してしまっては本末転倒なので、無意識に動かしたくなる両手でアシェルを強く抱きしめる。
それに反応してか、アシェルがアークエイドの胸にしがみつく手にも、ぎゅっと力が入った。
いつもおねだりしてくる時よりも長く舌を絡ませ、ようやく満足したらしいアシェルから唇を離す。
アシェルは荒い息で蕩けた表情のまま、どこか満足そうにぼーっとしている。
流石にイかせてやったわけではないので、ここまでぼーっとしているのを見ると心配になってくるが、アークエイドも息が荒くなっている。酸欠気味なだけかもしれない。
「……っは……はぁ……満足したか?」
コクコクと頷いて返事が返ってくる。
それからアークエイドの胸にしがみついたまま、自分から膝の上に乗ってきたアシェルは、もぞもぞと身体を動かしている。
その既視感のある行動に、アークエイドは問われる前に答えを聞いてみることにする。
また不安を抱えたまま質問させるのは可哀想だ。
「寝るのか?もし寝るのなら、このまま寝て良いぞ。」
「……うん……30分だけ……。」
しっくりくる寝心地の良い場所を見つけたのか、言うが早いか、腕の中でアシェルがすぅすぅと規則的な寝息をたて始めた。
一先ず最悪の状況を避けれたことに、三人は安堵の息を吐いたのだった。
※程ではないけど後半に微エロあります。ご注意くださいませ。
しつこいようですが、基本的にエロ回です。
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Side:アシェル14歳 春
カフェ【エトランジェ】の扉を潜りアークエイドが予約していたことを伝えると、小さな個室へ通された。
カフェならオープン席か、良くて半個室だと思っていたのだが、オープン席はどこにも見当たらなかった。
どうも、全ての席がこのように個室になっているらしい。
個室の中は一人で座るにはゆとりがあるが、二人で座ると肌が触れるようなソファが向かい合って二つ置いてある席だ。いわゆるペアシートというやつだろう。
テーブルの幅は普通のものより広く作られていて、カップル二組で向かい合っても声を抑えれば内緒話が出来そうだ。
明らかにそのパートナーと強制的に接近させる目的の部屋を見て、一瞬硬直したアルフォードを無視して、アークエイドに手を引かれたままアシェルとアークエイドは横並びに座ってしまう。
普段からアークエイドは隣にピッタリ寄り添って座ってくるし、椅子の広さがどうであろうと今更関係ない話だ。
それにさっさと座らないと、アルフォードがアシェルを隣に座らせるか、アークエイドを隣に座らせようとする未来が待っているだろう。
「お前ら少しは躊躇……いや、普段と変わらないのか。」
ようやく硬直の解けたアルフォードは、勝手に答えに辿り着いたようだ。
仕方なくイザベルを隣に座らせているが、アルフォードの顔は真っ赤でイザベルから視線を逸らしてしまっている。
相変わらずイザベルは少し頬を染めながらも、アルフォードが意識して照れてくれるのが嬉しいのかご機嫌だ。
「先に防音を掛けるぞ。」
「お店なのに、勝手に魔法を使っていいのかしら?」
アシェルの当然の疑問に答えてくれたのはイザベルだった。
その間にアークエイドは『防音』を使ったようで、魔力の反応を感じた。
「このカフェの売りは全室個室で、防音のみ室内で使うことを許されていますの。魔法が使えなくても、防音魔法のスクロールも販売していますわ。内緒の話やあまり誰にも聞かれたくない恋愛話で盛り上がるのに最適、という表向きの理由で話題ですけれど、人によっては逢瀬に使うことも珍しくないようですね。」
「なるほど……確かに防音がかけれて個室なら、ナニをしていてもバレないわね。個室のサイズも小さめだから、部屋数の確保も出来るものね。目的も考えるとほとんど予約必須みたいなものだし、ついでにスクロールも売れればカフェの狙い通りってところかしら。」
「恐らくは。」
アルフォードは逢瀬という言葉にナニを想像したのか、一層顔を真っ赤にしてしまった。
流石に初心すぎやしないだろうか。
「でも、注文はどうするのかしら?扉を開けて?」
「いいえ、少し上の方までしか紐が垂れていないけれど、アレを使うらしいですわ。サーヴァントベルと一緒ですわね。」
イザベルに促されて少し視線を上げれば、確かにサーヴァントベルのようなものがあった。
紐が短いのは万が一、誤って引っ張ってしまうことが無いようにだろう。
「利用目的の可能性を考えると、紐の長さもよく考えられているわね。なんにせよ、まずは注文しちゃいましょう。アル兄様。照れるのはいい加減にして、ちゃんとメニューに目を通してくださいませ。緊張するのは勝手ですが、ベルをほったらかしにせずに、ちゃんとエスコートしてあげてください。アル兄様だけデザート抜きにしますわよ?」
「それは嫌だ。俺だけなんて拷問すぎるだろ。」
アシェルがメニューを手渡せば、アルフォードは照れながらもイザベルと相談を始める。
今までだったらきっと何も気にせずに隣に座っていただろうに、意識するだけでこんなにも態度が変わるものなのかと思ってしまう。
アシェルはアークエイドが開いてくれたメニューに視線を落とし、真剣にケーキを選ぶ。
個室も話題の要因だろうが、メニューも豊富だ。人気なのも納得できる。
「アシェ。ケーキだけじゃなく、軽食も何が欲しいか選んでくれ。」
呼び方が変わったのは、防音しているので偽名を使う必要がないということだろう。
「ご飯も?それはいいけど、アークは何を食べたい?ケーキがメインみたいなものだし、僕はアークに合わせるよ。」
それならもっと前のページだとメニューを捲っていると、不意に、耳元に吐息がかかったのを感じた。
「今すぐアシェを食べたい。それと……言葉遣いが戻ってるぞ。」
声を抑えるためか、低く囁かれた艶っぽい声に背筋がゾクリとする。
さらにはペロリと耳を舐められ、頬が熱を持つのを感じながら咄嗟に口を覆った。
その何度も与えられたことのある甘く痺れるような快感に、思わず声が出てしまいそうだったのだ。
じとっと睨みつければ、いつもとは違う色味の、いつもと同じ熱を持ったアークエイドがくくっと笑った。
「ダブルデートなのが惜しいが仕方ないな。こういう店があると知れただけでも、今後の楽しみが出来た。」
そう言いながらさり気なく腰に腕を回されかけたので、その手を叩き落とす。
耳は不意打ちを食らってしまったが、アルフォードの前でそこまで許すつもりはない。
いつもはこれだけで大人しくなるのに、今日は何が何でもアシェルに絡みたいらしい。
アシェルの手にアークエイドの一回り大きな手が重なり、指を絡められる。
これくらいなら妥協点だ。
「アシェの線引きは難しいな。……で、どれにするんだ?」
何もなかったかのようにアークエイドに問われ、あまり二人でこそこそしていてもおかしいかと、アシェルはもう一度メニューへ視線を落とした。
「言葉遣いが戻ったからって意地悪しないでちょうだい。ケーキと紅茶はコレ。軽食はアークが決めてくれるかしら。」
こういう時は男が注文してしまうものなので、アシェルは自分が決めた好みのものだけ伝えてしまう。
軽食はアークエイドに丸投げしたのに、アシェルの好みも考えてくれたのだろう。
スクランブルエッグとレタスの入ったサンドイッチになった。
全員が注文を決めたのを確認して、アルフォードが紐を引っ張った。
特に廊下から音がしたわけではないのだが、廊下側からコンコンと扉を叩かれ、店員が来たことが分かる。
こちらは防音をかけているしどうするのかと思ったら、こちら側にノッカーが付いていて、それを鳴らすと扉が開いた。
音は振動で伝わるので、ノッカー部分には廊下に伝わりやすいように何か細工をしているのかもしれない。
注文を聞くために半歩だけ部屋に入ってきた店員に、アルフォードとアークエイドが注文を伝える。
そう大して待たずにまたコンコンと扉が叩かれ、同じようなやり取りで注文の品が運ばれてきた。
どうやらこちらのノッカーが鳴らない限り、いきなり扉が開けられることは無いようだ。
「アルフォードお義兄様。流石にわたくしの分の味見は要りませんわ。」
アシェルがいつものようにアークエイドの食事の味見をしていると、向かい側からイザベルの声が聞こえてきた。
どうやらアルフォードも、イザベルの分の味見をしようとしているらしい。
「そうは言うけど、癖みたいなもんだよ。それに、イザベルのケーキも美味しそうだからな。どちらにしても味見はしたい。」
「ケーキに関しては、半分食べて頂いても構いませんわ。その代わりアルフォードお義兄様のケーキも、半分こしてくださいませ。」
「おっ、良いのか?それも気になってたんだよな。それと今日はプライベートなんだし、昔みたいにアルって呼んでくれないか?」
ケーキを半分もらえることが確定したからか、アルフォードは上機嫌で軽食と紅茶の味見を済ませていく。
アークエイドには分からないだろうが、アシェルには分かる。
イザベルは間違いなく、最初からアルフォードに半分あげるつもりでケーキを選んだということが。
そうでなければ、あんなに生クリームがたっぷり乗ったケーキは選ばないだろう。
イザベルの一番大好きなケーキはイチゴのタルトで、生クリームよりもカスタード派なのだから。
(アル兄様……名前の呼び方の指摘の前に、注文する前に気付いてあげてください……。なんでそこで、イチゴのショートケーキなんですか……。)
学院祭に来た時はアレリオンと一緒にアシェルの好みのケーキを注文してくれたのに、なんでこう、アルフォードはちょっと残念なんだろうか。
確かにイザベルはイチゴが好きだが、そこで頼むならイチゴのタルトであるべきだった。
心の中でため息を吐いてるアシェルをよそに、二人は会話を続けている。
「プライベートとは言え、メイディーに仕える使用人であることに変わりはないですわ。流石に……。」
「そりゃ外で愛称呼びだと目立つけど、今は防音してるし、身内しかいないだろ?イザベルは気を使いすぎなんだよ。」
「でしたら、アル義兄様も呼び方を戻してくれないと不公平ですわ。」
ちょぴり頬を膨らませたイザベルに笑いかけながら、アルフォードはご機嫌ついでに照れはどこかに置いてきたのだろう。
いつもの調子で、イザベルにイチゴを刺したフォークを差し出した。
「ほら、ベル。イチゴ好きだろ。あーん。」
そしていつもなら、自分で食べれます!と主張するイザベルは、頬を染めながらもおずおずとそのイチゴに口をつけた。
アルフォード達が頼んだ軽食はカナッペだ。オカズ系からオヤツ系まで色々乗っているので、イチゴが先でも問題ないとアルフォードは判断したようだ。
「アーク。もう食べて良いわよ。」
そんな向かい側の微笑ましい光景の観察をしながら、アシェルも全ての味見を終えて、アークエイドにゴーサインを出す。
味見はともかくサンドイッチは片手では食べにくいし、手を放してくれると思っていたのだが、アークエイドの手が離れる気配がない。
「アーク?手、離してくれるかしら?」
「左手だけだと食べにくいだろ?食べさせてやる。」
「自分で食べれるわ。」
「口移しが良いか?」
「ばっ……!良いわけないでしょう。離してくれないなら、魔法を使って食べるわ。」
「無理だと思うぞ、ここで新しい魔法を使うのは。防音以外は無効化するらしいからな。」
アークエイドの言葉に、純粋に興味が沸いて適当な魔法を使ってみる。
お店に入る前から使っている探査魔法は維持出来ているのに、確かに新たに組み上げた魔法は霧散してしまった。
「ほんとだ。……術者の魔力が流れてればどうかと思ったけど、拘束も駄目だね。元からのは影響が無いし、魔法の完成を読み取って魔力を散らしてるのかな。でも選択的に防音は許可して、他のを消すって難しいよね……。もし強姦を未然に防ぐためだとしたら?普通はわざわざ店の中で攻撃魔法なんて使わないし……。生活魔法も駄目。やっぱり認識阻害もだめ。地味に身体強化も駄目なんだ。身体強化の無効化ってどうやるんだろ。攻撃魔法は流石に無理だから……強化魔法は?……うん、これならいけるね。ってことは、使われそうな魔法に対する解除の術式を使ってるって事かな。何処にその仕掛けがあるんだろ。流石に探査魔法じゃ分からな——っんぅ!?」
初めて見る仕組みに思考の海に沈んでいると、首筋に口付けられたのを感じて急速に現実へと戻された。
「また言葉使いが戻ってる。それに跡は付けてないから良いだろ?」
何故兄を前にして、所有印を付けなかったら首筋に口付けしても良いという発想になるのか、全くもって分からない。
というよりも、何故アークエイドはこんなにべたべたしてくるのだろうか。
アシェルの知識にあるデートでは、お付き合い前の男女のデートで。それも外でこんなにべたべたとしないはずだ。
感想を言い合いながらケーキを食べている二人を横目に見ながら、なるべく聞こえないように小声で、それでも僅かに怒っていることを声色に乗せて言う。
「人前で良いわけないでしょっ。言葉遣いだって、普通に指摘してくれたら良いだけだわ。」
「アシェはそう言うが、俺はノアールの前でキスされたんだがな。普通に指摘してどうにかなるなら、もう今までになってるだろ?」
「だからって、なんで指摘の度にキスとかしてくるのよっ。それにノアの勉強のためだもの。別にわたくしは、あの時点ではマリク相手でも良かったのよ?」
「それは俺が嫌だ。イザベルに許可を貰ってる。アシェが今日、普段の言葉遣いに戻るようなら、好きなだけ手を出して良いってな。」
「なんでベルとそんな約束してるのよっ。そしてわたくしは許可を出してないのに、なんで当たり前のように手を出してくるのよ。くぅ……魔法が使えないのが悔しいわ……。」
本気で奥歯を噛みしめるアシェルに、アークエイドは魔法が自由に使えない店で良かったと、心の底から思った。
そうじゃなかったら、とっくの昔にバインドで締め上げられているんじゃないだろうか。
どうやらアシェルはずっと探査魔法を使っているようだが、近くに居ると干渉すると言っていたし今日はアビゲイルが居ないので、恐らくアルフォードの方は何も使っていないだろう。
となると、アルフォード達に悟られないように締め上げられていた可能性があったということだ。
「それは困るな。まぁ理由の一つは、本気でアシェに言葉遣いを見直させるためだと思うが……。恐らくショック療法的なものも含まれていると思うぞ。言葉遣いに限らず、ここでは好きにしろと言われたからな。」
「ショック療法……?アークがベルと事前に何を話したのか知らないけれど、もう少しわたくしにも分かるように説明してもらえるかしら?」
「アルフォードは純情すぎるんだろう?俺とアシェがイチャイチャしているところを見せて、荒療治したいらしい。」
つまりは男女の触れあいを目撃させることで、強制的に耐性を付けさせようということなのだろう。やたらとアークエイドがべたべたしてきた理由がようやくわかった。
イザベルの考えも分かったし、確かにアルフォードは純情すぎるので協力してあげたい気持ちはある。いざお付き合いしてもヘタレすぎて進展が無さ過ぎると、イザベルが可哀想すぎる。
だが、選りによってアシェルが女装の日を選ばなくても良かったのではないかと思う。
確かに男同士に見えると絵面は悪いだろうが、キスや抱きしめたりも、どうせするならアシェルがしてあげる側がいいのに。
「理由は分かったわ。分かったけれど……わたくしが女装の日を選ばなくても良かったんじゃないかしら?わたくしがしてあげる方なら、喜んでするわよ?」
「なんでだ?アシェはとても綺麗だぞ。ただ……いつもの綺麗な銀髪じゃないのが残念だ。」
首筋を掠めて項から背中へと動いていく手が、アシェルのいつもと違う亜麻色の髪の毛を梳き、手に取られた毛先にアークエイドがキスを落とす。
その愛しい壊れ物に触るかのような動きに、カァっと頬が染まるのを感じる。
「くくっ、なんだ、恥ずかしいのか?ノアの前でキスした時は、全く恥ずかしがっていなかったのにな。ただでさえアシェが可愛すぎて、我慢するのに必死なんだ。そんな表情で誘われたら、我慢できなくなるぞ?」
「僕は可愛く無いし、別に誘っても無いからっ。ひゃっ!?」
赤く染まったという自覚のある顔を背けたくて、アークエイドの身体をぐっと押しやったはずなのに、逆に腰を引かれ腕の中に納められてしまう。
そしてそのまま耳や首筋に、リップ音をたてながら何度も啄むようなキスが降ってくる。
「っん、言葉遣い、間違えたのは謝るわっ。だから、んっ……それ、やだぁ……っ、お兄様の前で、しないでぇ、んぅっ。」
アークエイドはアシェルの弱いところを知り尽くしていて、的確に甘くて心地よい痺れを運んでくる。
腕の中から逃れようと思うのに思ったように力が入らないし、リップ音まで立てられたらアルフォードやイザベル達に聞こえてしまいそうで恥ずかしい。
二人が今どうしているかを見る余裕もなく、溶けてしまいそうなほど熱くて赤くなった顔も見られたくなくて、逃れることのできなかったアークエイドの胸に顔を埋めた。
——そんなアシェルにアークエイドは、誘ってないとどの口が言うのだと思ってしまう。
今アルフォード達がいなければ、間違いなくこのまま押し倒していた。
髪の毛への口付けは普段のアシェルの行動を真似ただけなのに、まさかの顔を真っ赤にしてしまった。
普段アシェルがしているような行動は、少なからず二人の兄達もしている行動だ。
それをアルフォードに客観的に見せるためのつもりだったが、想定外に可愛すぎる反応が返ってきてしまったのだ。
口調に対して、アルフォードの前で抱き寄せたのはやりすぎたかと思ったが、少し身動ぎはしたものの、相変わらず本気で逃げ出す気配は無い。
分かりやすくイチャイチャするためとはいえ、ビクビクと反応するのが可愛くてアシェルの弱い場所にばかり口付けしたアークエイドにも非があるのだが、明らかに今のアシェルの声は少し高くて甘えているような、閨事で快楽を得ている時の声だった。
それに相変わらず、嫌だという理由が行為そのものではなく、アルフォードの前だから嫌だという。
アルフォード達がいなければ、こんな場所でも身体を重ねるのは構わないということなのだろうか。
防音をかけていても必死に声を抑えて我慢してよがるアシェルを想像してしまい、慌ててその妄想を打ち消した。
無意識にスカートの下に伸ばそうとしてしまっていた手も、ちゃんと腰に戻しておく。
理性を総動員してアシェルにキスを落とすのも止めて、腕の力を緩めても離れていく気配のないアシェルの温もりを堪能する。
「ねぇ、あーく……てぇ、貸してほしいの……ダメ、かな?」
顔を上げる気配のないまま聞かれ、アークエイドは大人しく手を差し出した。
これはアルフォード達の死角で、痛みを伴う罰でも受けなくてはいけないのだろうか。だが、確かにアークエイドもやりすぎたと思う。
身体強化も使えないと言っていたので、以前の不届き物のように力任せに指を折られるということは無いだろう。
そんな風に痛みが来るのを覚悟していたのだが、アシェルの手に包まれたアークエイドの指は、ぬるりとした熱さに包まれる。
「まっ、アシェっ!」
アークエイドには見えない位置で、アシェルが指に舌を絡めてくるのを感じる。
指と指の間まで丁寧に舌を這わせながら、時折奥まで咥えられチュウっと吸い付かれる。
その自身のモノへのご奉仕ではないのに、そう錯覚してしまいそうな愛撫に、僅かに残っている理性を掻き集めてどうにか襲いたい衝動を抑える。
これはアシェルが恥ずかしかったから、アークエイドにも同じことをやってやろうということなのだろうか。
心の底から、指定されたのが手で良かったと思う。
「アシェ……アルフォードもイザベルも居る。流石にそれ以上されると、我慢できなくなる。」
アルフォードとイザベルと言う言葉にアシェルがピクリと跳ね、指への愛撫が止まる。
ホッとしたのもつかの間、おずおずと顔を上げたアシェルの蕩けた瞳と上気した頬を見て、今の愛撫は嫌がらせでは無かったことを知る。
どうやらアークエイドは、最後までするつもりがないのなら入れてはいけないスイッチを入れてしまったらしい。
「……あーくぅ……口が寂しいの……。イヤって言わないから……キス、したい……ダメ……?」
状況的に本当は断るべきなのだろうが、この甘えておねだりしているようで、断られる不安を抱えていそうな問いに、出来ればダメだとは言いたくない。
ここでダメだと言うと、もう二度とアシェルからは、どんなおねだりの言葉も細やかすぎる我儘の言葉も貰えなくなる気がしてしまうのだ。
どうせイザベルはアークエイドがアシェルとこそこそ喋りながらしていたことを、全部アルフォードに見せているだろう。
その時に会話の内容が聞こえていたかは怪しいが、今のアシェルの言葉は全く声を抑えていなかった。確実に聞こえていただろうと、イザベルに助けを求めて視線を送る。
予想通りバッチリ二人は経過を見守っていて、イザベルはいつも通りだが、アルフォードはあまりにも赤裸々すぎる妹のおねだりに、顔を真っ赤にして目を白黒させている。
——純情じゃなくても、流石に実の妹のこんな姿を見るのは刺激が強すぎるだろう。
アークエイドの視線に気づいたイザベルが、急いでアルフォードに何かを耳打ちしている。
その僅かな間にも、蕩けていたアシェルの表情が悲しそうに変化していく。
「……ここじゃ、ダメ……だよね……。我儘言って、ごめ——。」
「ダメなわけないだろ。でも、アシェは良いのか?アルフォードも居るんだぞ?」
どこか抑揚の少ない悲しげな声に、慌てて直ぐに返事をしなかった理由を取繕う。
アークエイドの言葉を聞いて、アシェルがホッとしたのが伝わってくる。
コクコクと縦に頷いたアシェルが口を開いた。
「二人が居てもイヤじゃなかったら……キス、してくれる……?」
返事をする前にチラリとイザベルとアルフォードを確認すると、二人とも小さく両手で丸を作っている。
そのサインよりも、イザベルからの「断ったらどうなるか分かってますよね。」という無言の圧が怖い。
それはアシェルのためを思ってなのか、アルフォードに見せろという意味なのか、そのどちらもなのか。残念ながらアークエイドに判別は付かない。
「アシェがキスをしたいなら、いくらでも。」
頭を引き寄せ、嬉しそうに綻んだ唇に舌を這わせれば、すんなりと受け入れられた。
こんな風に甘えてこようとする時のアシェルは、決して自分から舌をいれてくることがない。
反撃されないからと言って、決してアシェルのキスがいつもと比べて下手になるわけではない。こちらが攻めているはずなのに絞られてしまいそうなほど、もっと欲しいと舌を絡めて吸い付いてアピールしてくる。
攻めてきても受け身でもキスが上手すぎるなんて、反則だと思う。
ピチャピチャと唾液の絡む音を響かせながら、アシェルが満足して舌の動きが緩慢になるまで唇を重ねる。
このまま首筋や耳を愛撫してしまっては本末転倒なので、無意識に動かしたくなる両手でアシェルを強く抱きしめる。
それに反応してか、アシェルがアークエイドの胸にしがみつく手にも、ぎゅっと力が入った。
いつもおねだりしてくる時よりも長く舌を絡ませ、ようやく満足したらしいアシェルから唇を離す。
アシェルは荒い息で蕩けた表情のまま、どこか満足そうにぼーっとしている。
流石にイかせてやったわけではないので、ここまでぼーっとしているのを見ると心配になってくるが、アークエイドも息が荒くなっている。酸欠気味なだけかもしれない。
「……っは……はぁ……満足したか?」
コクコクと頷いて返事が返ってくる。
それからアークエイドの胸にしがみついたまま、自分から膝の上に乗ってきたアシェルは、もぞもぞと身体を動かしている。
その既視感のある行動に、アークエイドは問われる前に答えを聞いてみることにする。
また不安を抱えたまま質問させるのは可哀想だ。
「寝るのか?もし寝るのなら、このまま寝て良いぞ。」
「……うん……30分だけ……。」
しっくりくる寝心地の良い場所を見つけたのか、言うが早いか、腕の中でアシェルがすぅすぅと規則的な寝息をたて始めた。
一先ず最悪の状況を避けれたことに、三人は安堵の息を吐いたのだった。
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