氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第四章 王立学院中等部三年生

210 ダブルデート③

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エロ回の中、唯一の真面目なお話

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Side:アークエイド14歳 春



腕の中で眠ってしまったアシェルを起こしてしまわないように注意しながら、アークエイドは身体の力を抜いた。

この様子なら30分後に起こす時も、頑張らなくては起きてくれないだろう。
だが、お叱りを受ける可能性のある今。しっかり安眠してくれたのは幸運だったかもしれない。

「……すまない。」

流石になんと切り出して良いのか分からず気まずい沈黙の中、アークエイドは謝罪だけ口にする。

その謝罪に、アルフォードは戸惑いながらも返事をくれる。

「あー……えっと……。ベルが焚き付けたって言ってたし、殿下にそこまでさせたのは俺のせいだよな。こちらこそ申し訳ない。別に、ここで今起きたことにどうこう言うつもりも無いし、アシェが殿下との火遊びには同意の上だって言うのも理解した。ただ、その……甘える姿が普段のアシェと全然違ったから、戸惑ってるだけだ。それにまさか、人の傍でそんな風に寝るとは思ってなかった。」

「わたくしからも……流石にこうなるのは予想していなかったわ。申し訳ありません、アークエイド様。それに、本当にアシェル様はあっという間に寝入ってしまわれるのね。起きる気配も無いし……ねぇ、本当にアシェル様から返事は頂いてないの?しつこいようだけれど、アシェル様がこれだけ気を許されているのはアークエイド様だけだわ。もう一度プロポーズを待っている、っていう可能性は無いのかしら?」

アルフォードもイザベルもアシェルの扇情的な姿より、去年NMの毒に苦しんでうなされていた時の、前世の親友と勘違いしていたリリアーデに頼って甘えようとしていたアシェルの姿や喋り方に近かったことの方が衝撃だった。

それにアシェルがこうやって、わざわざ人の腕の中で眠りたがる姿もだ。

小さな時からアレリオンやアルフォードが誘っても一緒に寝てくれなかったし、仮に寝落ちたアシェルの添い寝をしていても、いつの間にか起きて寝台の隅っこに座っていたのだ。

アルフォード達はサーニャから、基本的に一旦寝てしまえば余程のことが無い限り夜中に起きることはないと聞いていた。
そのため人の気配に敏感なアシェルは、睡眠中という無防備な時に近くに誰かがいるのがダメなのだろうと結論付けたのだ。

一度アシェルから誘ってイザベルとお昼寝していた時は、イザベルが落ち込んでいる時だった。

その時もアシェルはうつらうつらしているが起きていて、まだ小さなアシェルのお昼寝の時間が確保できないのは問題だと、サーニャは二人を起こして怒った。
そうすることで、サーニャはアシェルとイザベルが一緒に寝ないように取り計らってくれた。

もしアシェルがちゃんと眠れているようなら良い傾向なため、わざわざ怒るつもりはなかったらしい。
このことはサーニャとアレリオンとアルフォード。そして執事長のウィリアムだけが知っている。

「アルフォードまで、アシェがこんな風に寝るイメージがないのか。アシェは一緒の寝台で寝る時も、最初の頃からすぐに寝ていたし、夜中に起きている気配は無かったぞ。朝の決まった時間に起きるくらいだ。ただ、閨を共にしても、いつもは自分から寄って来たりしなかった。こうしてわざわざ近寄ってきて、ここで寝て良いかの確認をして寝たのはコレで二回目だ。さっきのは……まさかあれくらいでアシェのスイッチが入るとは思ってなかった。本当にすまない。スイッチが入るまでは、普段のアシェの感じで言い返したりやり返したりしてくるから、今日くらいのスキンシップなら問題ないと思ったんだが……。プロポーズについてだが何度もいろんな形で、これでも事あるごとに伝えている。最近は前よりも気を許してくれてると感じることも増えたが、それでも“特別な好き”は分からないままだそうだ。」

二人の言葉にアークエイドなりの答えを返して、アルフォードが怒っていないのであれば、少し確認しておきたかったことを聞く。

「アルフォード、イザベル。今日のアシェは寝不足気味だったり、体調が悪かったりするか?」

唐突なアークエイドの問いの意味が分からず、二人は顔を見合わせてイザベルが口を開く。

「いえ、そのどちらも該当しないはずだわ。どうしてそう思われたのか、聞いても良いかしら?」

「言いにくいことだが……今日のスキンシップやキス程度で、アシェが気をやったり、寝たがることは無いんだ。だから、そのどっちかじゃないかと思ったんだが……。」

「多分だけど、理由は分かるぞ。」

どこか悪いのを隠しているのか心配していると、アルフォードは話を聞いて理由に思い至ったようだ。

「さっきずっと不安そうにしてたし、謝ったりしてただろ?不安で気疲れしてたところに、欲求が満たされて安心したんだろ。それで眠気が来たんだと思うぞ。アシェが小さい頃には、割とそういう事があったからな。」

「気疲れか……どこかが悪いんじゃなくて良かった。」

「なぁ、それより……アシェは普段から、殿下にはリリアーデ嬢にしてたみたいに甘えたりするのか?あんなアシェの喋り方を聞いたのは、あの時以来だ。」

「あの話し方は、薫だった時の話し方に近いんだ。前にリリィと前世の喋り方で喋っている時は、もっと抑揚の少ない、あまり感情の乗ってない喋り方だった。普段は甘えて来たり頼ってくることは無いぞ。そもそも相談や頼ったりするような必要があるという、前提条件を満たしていないからしないらしい。ただ、スイッチが入ったアシェは咲だと思っていたリリィに甘えようとしていた時みたいに、必ずして欲しいことと、ダメじゃないかを聞いて、謝ってこようとする。どれも些細なことだし、今までそれを拒絶したことは無いが……一度でも拒絶すると、二度とアシェは甘えてくれなくなる気がする。」

「間違いなく、甘えてくれなくなるだろうな。そうか、アシェはそこまで気を許してるんだな。どれだけ俺や兄上が頑張っても、そんな風に目に見えて甘えてくることは無いんだ。喋り方云々は除いてもな。……嘘だと思ってるだろ?」

アークエイドの顔を見て、アルフォードは苦笑を返してきた。

普段充電だなんだと兄妹で人前でべったりしても、それが通常営業なメイディーなのだ。
あれで甘えていなかったらなんだというのだろうか。

それにアシェルは、二人の兄には甘えているように見える。自分から膝の上に乗ったりするのは、今日みたいな特殊な場合を除いて、アレリオンとアルフォードにだけだ。

「やっとアシェが笑ってくれるようになって、成長してきて歩き回れるようになって。アシェは一人で何でもしようとしていたし、お手伝いなんて絵本の読み聞かせと食事の時くらいだったからな。まぁ、その辺りは記憶持ちだったってのもあるんだろうけど。アシェが自覚してたかは知らないけど、男装を始めてしっかりと身体を動かすようになるまでは、ちょくちょく体調を崩してたんだ。薬を飲ませる程じゃ無いし、サーニャが気を付けて治る程度だけどな。絶対いつもより身体は辛かったはずなのに、ニコニコ笑って振舞うんだ。そうだな……例えば俺が悪戯をして、少しは不快な気分もしただろうけど、多分アシェにとってはそこまで気にならないことだったとする。それでもアシェはベルが怒ってむくれてた時みたいに、私は怒ってますよってむくれてアピールしてくるんだ。アシェにとってお手本がベルだったんだろうな。アシェが小さな時の感情表現は、確実にベルの影響を受けていたから。俺もアン兄も、本気でアシェとベルが乳兄妹で良かったと思ったよ。」

どんな子供時代だったのか、アルフォードのこの話しだけでも容易に想像できてしまう。
イザベルは初めて聞いた話だったのだろう。珍しく驚きを隠せていない姿が目に入る。

「元々うちは他所の家よりスキンシップが多い方なんじゃないかと思うが、普段充電してるのだけは、元はアシェの為に始めたことなんだ。まぁ、今じゃ俺達もすっかり習慣になっちまって、ああやってアシェ達を可愛がらないと落ち着かないんだけどな。アシェは必要な時しか寄ってこなかったから、アシェが俺達に会いに来てもいい理由のために。うちではこれが当たり前のことなんだよって教えたんだよ。それと、何かを怖く感じたり不安だったりしても、ちゃんといつでも受け入れてくれる人間が居るって分かってもらう為にだな。アシェがパニックを起こしたり起こす寸前まで行くと、俺達からアシェに触れるわけにはいかなかったから。お陰で今は、何か嫌な事があった時は一人でため込まずに、俺達の誰かのところに来てるだろ?あれが俺やアン兄に出来た、アシェを甘えさせる、だ。多分充電する習慣がなければ、俺達に甘えてくることは無かったと断言できるな。あ、アシェには言うなよ?理由を知ったら、充電してくれなくなるだろうからな。」

あの充電が、元はアシェルのためだったということにも驚く。
それはイザベルもだったようだ。

「わざわざアシェに言うつもりはない。気を許しているというが、こんな風に甘えた姿をみせてくれるようになったのも、割と最近だしな。少しでも俺と同じ好意を持ってくれていれば良いなとは思うが、アシェがそう思ってくれるまで、俺は頑張るだけだ。」

「ほんとに殿下はアシェのことが好きだな。まぁ、アビーを見ていて、王族の恋愛事情は一応理解しているつもりだけど。もう殿下とアシェのことでどうこう言うつもりはないから、アシェが本気で嫌がってなければ好きにしてくれ。アシェも、そうやって甘えられる相手がパートナーになった方が幸せだろうしな。ただ何度も言ってるが、王命での政略結婚だけは許さないからな。」

「重々承知している。……それより、アルフォードは俺とアシェのことを考える前に、自分のことを考えたらどうだ?」

アークエイドの指摘に、アルフォードがうっとたじろいだ。

「なんで今の流れで俺の話になるんだよ。」

「アルお義兄様が、未だにお返事をくれないからですわ。」

「うっ……仕方ないだろ。いきなり好きだなんて言われても、それまで考えもしてなかったんだから。でも、今はちゃんと考えてるからっ。……それと、もし仮に付き合うとなっても、婚約も結婚もアン兄より後にだからな?これだけは譲れない。」

そこまで考えているのなら、既にアルフォードの中でイザベルは婚約しても良いと思える相手なのではないだろうか。
それならばうだうだと悩まずに、さっさとイザベルに返事をしてやればいいと思うのだが、それに気づいてもらえるかどうかが難しいということなのだろうか。

アルフォードの言葉を聞いて、明らかにイザベルがムッとした表情になる。

「それは、もし良いお返事を頂いたとして、わたくしは何年待てばいいのかしら?アレリオンお義兄様は、今まで浮いた話の一つもありませんわよね?」

「あぁ、ないな。でも……俺から言っていいのか分からないが、求婚している相手はいるらしい。俺もついこの前知ったばかりだけどな。」

「……アレリオンお義兄様が?……公爵家の求婚に、二つ返事で頷かないご令嬢がいるのかしら?それって、既婚者だったり婚約者がいたりしませんわよね?」

イザベルの問いに、アルフォードの視線が泳ぐ。
まさか、本当に報われぬ恋の相手なのだろうか。

「もし本当にそうなら、わたくしは公爵家跡取りであるアレリオンお義兄様に苦言を呈さなくてはいけないわ。」

「待て、ベル!アン兄の名誉のためにも、誓ってそういう相手じゃないから!相手のご令嬢にも今まで浮いた話は無いし、婚約者もいない。二人の関係も悪くはないと思うし、喧嘩しているところも見たことが無い。ただ、なんで返事を貰えないのか、アン兄にも分からないらしい。」

「ということは、アルお義兄様も知っているご令嬢なのね。何処のどなたなのかしら?殿方の耳に届いていなくても、女性の噂話には誰が道ならぬ恋をしているとかの噂は流れるものよ。そういった噂が無いか確認するから、相手のご令嬢の名前を教えて下さるかしら?」

言葉だけならイザベルは下手から聞いているように聞こえるが、表情と口調は話せと脅しているようにしか聞こえない。
だが、こればかりは地味に墓穴を掘ったアルフォードが悪い。

「……外堀は埋めるなって言われてるらしいし、アン兄もそれを守ってるから……ベルが名前を聞いても勝手に行動しないって約束してくれない限りは、教えられない。」

「ってことは、わたくしも知っている方なのね。約束しますわ。で、どなたですの?」

にっこりとイザベルに脅されているアルフォードは、躊躇いつつも不承不承口を開く。

この二人が結婚したら、アルフォードがイザベルの尻に敷かれている未来が見える。

「……サルビア嬢だ……。」

名前だけ聞いてもアークエイドはピンとこないが、イザベルには思い当たる名前があったらしい。

先程までの比ではないほど、その若草色の瞳が驚きで見開かれる。

「それは……本当に?」

「あぁ。アン兄の口から聞いたんだ。間違いない。その上で、さっさとベルに返事してサーニャの反応を見せろと言われた。本当はそれとなく、サルビア嬢のことをベルに聞くつもりだったんだが……。」

「それとなくなんて、アル義兄様に出来るわけないでしょう。今のように墓穴を掘るに決まってますわ。それにしても、お相手がお姉様だなんて……。」

イザベルのお姉様と言う言葉に、トラスト伯爵家の家族構成を思い浮かべる、
確か、トラスト伯爵家の第一子がサルビアと言う名前だったはずだ。

「なぁ、ベルはサルビア嬢から、何か聞いたりしてないか?」

アルフォードの問いに、イザベルは首を横に振る。

「いいえ。そもそもわたくしも、お父様やお母様でさえ、サルビアお姉様は独身を貫くものだと思っていましたわ。一応、お姉様には特定の相手がいないことも、道ならぬ恋をしている噂もないことはお伝えしてきますわね。わたくしが知る限り、サルビアお姉様とアレリオンお義兄様は仲が良いと思うし、サルビアお姉様がアレリオンお義兄様を嫌っているようには見えないわ。アレリオンお義兄様が諦めてないってことは、ハッキリと断られたわけでもなさそうだし……どうしてかしら?」

「それがアン兄にも分からないらしい。サーニャが反対するだろうからって言われてるらしいが、サルビア嬢の性格を考えると、サーニャが反対するってのだけが理由とは思えないだろ?」

「えぇ。お姉様は周りが何と言おうと、ご自分で決めたことは貫かれるわ。だからこそ、政略結婚をしていないのだもの。だからお母様が反対するだろうからって言うのは、間違いなく建前だわ。でもそうなると、本当に何故お返事しないのかが分からないわね……。」

二人で話している内容を大人しく聞いていると、腕の中で眠っていたアシェルが身動ぎした。

目が覚めたようだが、まだ少しぼんやりとした様子のアシェルの額におはようのキスをする。
お返しに、アシェルも少し首を伸ばして頬にキスをくれた。

「外で……ごめんなさい。」

少ししょんぼりしたアシェルに謝られるが、アルフォードが受け入れてくれるきっかけになったのは確かだ。

それに元々アークエイドは、人前でも構わずキスをしたり抱きしめたりして、アシェルをたっぷりと可愛がりたい。
アシェルが嫌でなければ、こうしてアルフォードの前であるにも関わらずアークエイドを求めてくれたことは嬉しい。

「俺は気にしてない。むしろもっと見せつけても良いくらいだ。」

「もうっ……。何の話をしてるの?」

ようやくしっかり覚醒してきたようだが、まだ腕の中から逃れるつもりはないらしい。
そんな些細なことが、地味に嬉しい。

二人はアシェルが起きたことにはまだ気づいていないようで、サルビアが何故アレリオンに明確な返事を出さないのか、という話をしている。

「アシェは気にしなくて良い。それより、もう少し寝てても良いんだぞ?」

「ううん。もう起きる。お腹も空いたし。……サルビアって、ベルのお姉さんのことだよね?」

どうやらアシェルの耳にも届いたらしい。

「らしい。それと、ちゃんと起きたなら言葉遣いを気を付けないと、もうフォローは出来ないぞ。」

「あれはフォローって言わないのよ?でもどうしよう……あんな姿を見られて、流石に恥ずかしいわ。」

どうやらアークエイドの腕の中に居てくれるのは、恥ずかしくて合わせる顔がないかららしい。
理由を知りたくなかった。

「二人とも気にしてなかった。それに、イザベルが焚き付けたこともアルフォードは知ってる。」

「そうなの……?じゃあ大丈夫……かしら?」

そーっと二人の様子を伺いながら、アシェルが膝の上を降りていく。
名残惜しいが仕方がない。
もし無理に引き留めれば、張り手の一つでも飛んできそうだ。



アシェルが動いたので、二人もアシェルが起きたことに気付いたのだろう。
話を中断してこちらを見た。

「あの、ご迷惑をおかけしました。」

ぺこりと頭を下げたアシェルを見て、二人は苦笑する。

「気にするな。もう眠くないか?」

「アークエイド様にお願いしたのはわたくしです。アークエイド様は悪くないので、お叱りでしたらわたくしにお願いします。」

「眠たく無いし、怒るつもりも無いわ。お話を中断させてしまってごめんなさい。でも……ベルのお姉さんがどうかしたの?」

どうやらアシェルが話しを聞いていたらしいことが分かり、二人は顔を見合わせた。

「あー……どっから聞いてた?」

「サルビア嬢が、何かのお返事を保留している理由が何だろうってことしか……。」

また顔を見合わせた二人は、こそこそと何かを相談する。
アレリオンの求婚相手がサルビアだと告げるかどうか相談しているのだろう。

「サルビア嬢が誰かと懇意にしているとか、聞いたことあるか?」

どうやらアレリオンのことは省いて、サルビアのことだけ話すことにしたらしい。

「いいえ。ベルのお姉さんだってことは知ってるけど、わたくしはお会いしたことも無いもの。……でも、サルビア嬢といえば、アン兄様にいつもお手紙を下さっていた方だわ。わたくしが三、四歳の頃の話だから、今もアン兄様と文通していらっしゃるかは知らないけれど。」

「アシェル様は、お姉様とアレリオンお義兄様が文通していたことを知っているのですか?」

「え、うん。今どんなことが流行ってるんだよとか、この物語が面白いらしいから本を取り寄せようかとか……。絵本の読み聞かせの代わりに、サルビア嬢のお手紙を見ながら話してくれたことが何度かあるから。それがどうしたの?」

きょとんと首を傾げるアシェルに、二人は何か問題解決の糸口を見つけたのだろう。

「なぁ、アシェ。アシェが覚えてるその手紙の中に、何かアン兄と約束したとか書いてなかったか?」

「アン兄様と?……ううん。約束については書かれていなかったわ。どうしてそんなことを聞くのかは、教えて頂けないの?」

「その……サーニャには絶対言わないでくれよ?」

アシェルがこくんと頷いたのを見て、アルフォードは話す。

「どうも、アン兄がサルビア嬢に求婚しているらしいんだが、もう何年も返事を貰えてないらしい。多分、嫌だとも良いとも。アシェは知らないだろうが、俺達はトラスト家の子供達とは幼馴染だから、小さい時から面識があるんだ。それで、サルビア嬢はなんで返事をしないんだろうなって話をしてたんだ。一応、サーニャに絶対反対されるからって言われてるらしいんだが、サルビア嬢の性格を考えると、どうしてもその理由に納得できなくてな。外堀も埋めるなと言われてるから、お手上げ状態らしい。だから、何かその手紙の中にヒントが無いかと思ってな。」

アルフォードの話に、アシェルは記憶を手繰り寄せているのだろう。
少し黙り込んでから口を開く。

「求婚って、どんな形でしたのかしら?」

「いや、流石にそこまでは……。俺が聞いたのは、小さい時から嫁に来てほしいことは伝えていて、学院に居る時に一度正式にプロポーズしたってことだけだ。それもついこの間聞いたばかりだし、グレイ殿下しかプロポーズのことは知らないらしい。」

「そう……。」

それを聞いて、アシェルはまた黙り込んでしまう。

「多分だけど、きっとサルビア嬢の望んだプロポーズではなかったんだわ。」

「それは……お姉様が、アレリオンお義兄様とは結婚したくないってことかしら?」

イザベルが悲しそうに言った言葉に、アシェルは首を振る。

「違うわ。多分、プロポーズの環境が悪かったんだと思うの。……伝わるかしら?」

「なんでそう思うのか。俺達にも分かるように詳しく説明してもらえないか?アン兄のプロポーズの、どこかが悪かったことは分かったから。」

「うん。アン兄様は学院でプロポーズしたのよね?グレイ殿下しか知らなかったのなら、きっと目立たないようにプロポーズしたと思うの。でも、サルビア嬢はロマンチックな方だわ。サーニャが反対するって言ってたらしいけど、そんなこと気にせずに、アン兄様に迎えに来て欲しかったんじゃないかと思うの。」

「お姉様がロマンチックだと言われても、ピンとこないわ。」

「そうなの?……でも、間違いなくサルビア嬢はロマンチストだと思うわ。恋に夢見る感じの。」

アシェルが断言するが、イザベルもアルフォードも、どうしてもイメージが噛み合わないらしい。

「アシェ。何故サルビア嬢がロマンチストだと思う?きっとそれを説明しないと、二人には伝わらないぞ。」

「普段がどんな方かは知らないけれど、いつもお手紙の中には今どんな物語が流行っているとか、こんなオペラを見て来たとか、そんな話が書いてあったの。そのどれもが恋愛もので、王子様がお姫様を救い出して求婚するようなものだったり、愛の為に周囲の反対を押し切って結婚したりするようなお話だったわ。身分違いの女性を、それでも構わないからって娶る話もあったわね。逆に悲恋とか、ドロドロしてそうなあまりにも現実的な恋のお話は無かったわ。そう言ったお話の好きな方みたいだったから、ロマンチストだと思うの。それに必ず、アン兄様にも同じものを見てほしいって書いてあったわ。……コレで説明になったかしら?」

二人が頷いたのを見て、アシェルがホッと胸を撫で下ろした。

「アシェは、その物語のタイトルを覚えてるか?」

「えぇ。これでも記憶力は良いほうだもの。それに、処分されていない限り全部うちの書庫にあるはずだわ。アン兄様が読んでいるかは分からないけれど、わたくしは全部読んだ事があるから。」

「そうか。出来たら、アン兄にその本のタイトルを教えてやってくれるか?それと……アシェはどういう状況なら、サルビア嬢は求婚の返事をくれると思う?」

構わないわと答えた後、アシェルはまた少し黙り込む。

「色好い返事が貰えるかは分からないけれど……。邸にトラスト伯爵家の全員と、わたくし達の家族全員を集めて、皆の前でサルビア嬢に求婚すれば、返事を頂けると思うわ。でも、事前に集める理由を教えてしまうのはダメ。それじゃ外堀を埋めたことになってしまうし、そんなプロポーズをしたらお返事をいただけたとしても、きっとサルビア嬢は悲しむわ。お兄様達はベルの兄妹と幼馴染なのよね?集める理由は何でもいいけれど、たまには家族同士で交流しようとか、当たり障りのない理由をつけて、夕食に招待するとか。そういうので良いと思うわ。リュート様とオーレン嬢はもうご婚約されているから、出来ればリュート様の婚約者だけでもご招待したほうが良いわね。サルビア嬢の兄妹の婚約者は、家族になることが決まっている人だから。」

アシェルが少ない情報で導き出した答えに、三人はただただ驚くことしか出来ない。
アシェルの話を聞くまで解決の糸口どころか、返事を保留する理由ですら分からなかったのだから。

そしてアークエイドは、他人の状況をこれだけ上手く把握して答えに辿り着くことが出来るのに、未だに“特別な好き”の答えには辿り着けないらしいアシェルに、もどかしさを覚える。

「そうか……アシェ。その話も、アン兄にしてもらえるか?俺に話すくらいには悩んでるようだったから、アシェの助言はとても役に立つと思う。」

「えぇ、構わないわ。アン兄様も、早くお返事を頂きたいでしょうし。でも、もし婚約されても、わたくしは婚約式には出られないのよね。残念だわ。」

しゅんとアシェルが肩を落としてしまう。

だが、本来婚約式は互いの家族が揃って参加するものだ。
流石に親族一同という訳にはいかないが、アレリオンの妹であるアシェルが婚約式に参加できないということは無いはずだ。
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