211 / 313
第四章 王立学院中等部三年生
210 ダブルデート③
しおりを挟む
*********
エロ回の中、唯一の真面目なお話
******
Side:アークエイド14歳 春
腕の中で眠ってしまったアシェルを起こしてしまわないように注意しながら、アークエイドは身体の力を抜いた。
この様子なら30分後に起こす時も、頑張らなくては起きてくれないだろう。
だが、お叱りを受ける可能性のある今。しっかり安眠してくれたのは幸運だったかもしれない。
「……すまない。」
流石になんと切り出して良いのか分からず気まずい沈黙の中、アークエイドは謝罪だけ口にする。
その謝罪に、アルフォードは戸惑いながらも返事をくれる。
「あー……えっと……。ベルが焚き付けたって言ってたし、殿下にそこまでさせたのは俺のせいだよな。こちらこそ申し訳ない。別に、ここで今起きたことにどうこう言うつもりも無いし、アシェが殿下との火遊びには同意の上だって言うのも理解した。ただ、その……甘える姿が普段のアシェと全然違ったから、戸惑ってるだけだ。それにまさか、人の傍でそんな風に寝るとは思ってなかった。」
「わたくしからも……流石にこうなるのは予想していなかったわ。申し訳ありません、アークエイド様。それに、本当にアシェル様はあっという間に寝入ってしまわれるのね。起きる気配も無いし……ねぇ、本当にアシェル様から返事は頂いてないの?しつこいようだけれど、アシェル様がこれだけ気を許されているのはアークエイド様だけだわ。もう一度プロポーズを待っている、っていう可能性は無いのかしら?」
アルフォードもイザベルもアシェルの扇情的な姿より、去年NMの毒に苦しんでうなされていた時の、前世の親友と勘違いしていたリリアーデに頼って甘えようとしていたアシェルの姿や喋り方に近かったことの方が衝撃だった。
それにアシェルがこうやって、わざわざ人の腕の中で眠りたがる姿もだ。
小さな時からアレリオンやアルフォードが誘っても一緒に寝てくれなかったし、仮に寝落ちたアシェルの添い寝をしていても、いつの間にか起きて寝台の隅っこに座っていたのだ。
アルフォード達はサーニャから、基本的に一旦寝てしまえば余程のことが無い限り夜中に起きることはないと聞いていた。
そのため人の気配に敏感なアシェルは、睡眠中という無防備な時に近くに誰かがいるのがダメなのだろうと結論付けたのだ。
一度アシェルから誘ってイザベルとお昼寝していた時は、イザベルが落ち込んでいる時だった。
その時もアシェルはうつらうつらしているが起きていて、まだ小さなアシェルのお昼寝の時間が確保できないのは問題だと、サーニャは二人を起こして怒った。
そうすることで、サーニャはアシェルとイザベルが一緒に寝ないように取り計らってくれた。
もしアシェルがちゃんと眠れているようなら良い傾向なため、わざわざ怒るつもりはなかったらしい。
このことはサーニャとアレリオンとアルフォード。そして執事長のウィリアムだけが知っている。
「アルフォードまで、アシェがこんな風に寝るイメージがないのか。アシェは一緒の寝台で寝る時も、最初の頃からすぐに寝ていたし、夜中に起きている気配は無かったぞ。朝の決まった時間に起きるくらいだ。ただ、閨を共にしても、いつもは自分から寄って来たりしなかった。こうしてわざわざ近寄ってきて、ここで寝て良いかの確認をして寝たのはコレで二回目だ。さっきのは……まさかあれくらいでアシェのスイッチが入るとは思ってなかった。本当にすまない。スイッチが入るまでは、普段のアシェの感じで言い返したりやり返したりしてくるから、今日くらいのスキンシップなら問題ないと思ったんだが……。プロポーズについてだが何度もいろんな形で、これでも事あるごとに伝えている。最近は前よりも気を許してくれてると感じることも増えたが、それでも“特別な好き”は分からないままだそうだ。」
二人の言葉にアークエイドなりの答えを返して、アルフォードが怒っていないのであれば、少し確認しておきたかったことを聞く。
「アルフォード、イザベル。今日のアシェは寝不足気味だったり、体調が悪かったりするか?」
唐突なアークエイドの問いの意味が分からず、二人は顔を見合わせてイザベルが口を開く。
「いえ、そのどちらも該当しないはずだわ。どうしてそう思われたのか、聞いても良いかしら?」
「言いにくいことだが……今日のスキンシップやキス程度で、アシェが気をやったり、寝たがることは無いんだ。だから、そのどっちかじゃないかと思ったんだが……。」
「多分だけど、理由は分かるぞ。」
どこか悪いのを隠しているのか心配していると、アルフォードは話を聞いて理由に思い至ったようだ。
「さっきずっと不安そうにしてたし、謝ったりしてただろ?不安で気疲れしてたところに、欲求が満たされて安心したんだろ。それで眠気が来たんだと思うぞ。アシェが小さい頃には、割とそういう事があったからな。」
「気疲れか……どこかが悪いんじゃなくて良かった。」
「なぁ、それより……アシェは普段から、殿下にはリリアーデ嬢にしてたみたいに甘えたりするのか?あんなアシェの喋り方を聞いたのは、あの時以来だ。」
「あの話し方は、薫だった時の話し方に近いんだ。前にリリィと前世の喋り方で喋っている時は、もっと抑揚の少ない、あまり感情の乗ってない喋り方だった。普段は甘えて来たり頼ってくることは無いぞ。そもそも相談や頼ったりするような必要があるという、前提条件を満たしていないからしないらしい。ただ、スイッチが入ったアシェは咲だと思っていたリリィに甘えようとしていた時みたいに、必ずして欲しいことと、ダメじゃないかを聞いて、謝ってこようとする。どれも些細なことだし、今までそれを拒絶したことは無いが……一度でも拒絶すると、二度とアシェは甘えてくれなくなる気がする。」
「間違いなく、甘えてくれなくなるだろうな。そうか、アシェはそこまで気を許してるんだな。どれだけ俺や兄上が頑張っても、そんな風に目に見えて甘えてくることは無いんだ。喋り方云々は除いてもな。……嘘だと思ってるだろ?」
アークエイドの顔を見て、アルフォードは苦笑を返してきた。
普段充電だなんだと兄妹で人前でべったりしても、それが通常営業なメイディーなのだ。
あれで甘えていなかったらなんだというのだろうか。
それにアシェルは、二人の兄には甘えているように見える。自分から膝の上に乗ったりするのは、今日みたいな特殊な場合を除いて、アレリオンとアルフォードにだけだ。
「やっとアシェが笑ってくれるようになって、成長してきて歩き回れるようになって。アシェは一人で何でもしようとしていたし、お手伝いなんて絵本の読み聞かせと食事の時くらいだったからな。まぁ、その辺りは記憶持ちだったってのもあるんだろうけど。アシェが自覚してたかは知らないけど、男装を始めてしっかりと身体を動かすようになるまでは、ちょくちょく体調を崩してたんだ。薬を飲ませる程じゃ無いし、サーニャが気を付けて治る程度だけどな。絶対いつもより身体は辛かったはずなのに、ニコニコ笑って子供らしく振舞うんだ。そうだな……例えば俺が悪戯をして、少しは不快な気分もしただろうけど、多分アシェにとってはそこまで気にならないことだったとする。それでもアシェはベルが怒ってむくれてた時みたいに、私は怒ってますよってむくれてアピールしてくるんだ。アシェにとって子供らしいお手本がベルだったんだろうな。アシェが小さな時の感情表現は、確実にベルの影響を受けていたから。俺もアン兄も、本気でアシェとベルが乳兄妹で良かったと思ったよ。」
どんな子供時代だったのか、アルフォードのこの話しだけでも容易に想像できてしまう。
イザベルは初めて聞いた話だったのだろう。珍しく驚きを隠せていない姿が目に入る。
「元々うちは他所の家よりスキンシップが多い方なんじゃないかと思うが、普段充電してるのだけは、元はアシェの為に始めたことなんだ。まぁ、今じゃ俺達もすっかり習慣になっちまって、ああやってアシェ達を可愛がらないと落ち着かないんだけどな。アシェは必要な時しか寄ってこなかったから、アシェが俺達に会いに来てもいい理由のために。うちではこれが当たり前のことなんだよって教えたんだよ。それと、何かを怖く感じたり不安だったりしても、ちゃんといつでも受け入れてくれる人間が居るって分かってもらう為にだな。アシェがパニックを起こしたり起こす寸前まで行くと、俺達からアシェに触れるわけにはいかなかったから。お陰で今は、何か嫌な事があった時は一人でため込まずに、俺達の誰かのところに来てるだろ?あれが俺やアン兄に出来た、アシェを甘えさせる、だ。多分充電する習慣がなければ、俺達に甘えてくることは無かったと断言できるな。あ、アシェには言うなよ?理由を知ったら、充電してくれなくなるだろうからな。」
あの充電が、元はアシェルのためだったということにも驚く。
それはイザベルもだったようだ。
「わざわざアシェに言うつもりはない。気を許しているというが、こんな風に甘えた姿をみせてくれるようになったのも、割と最近だしな。少しでも俺と同じ好意を持ってくれていれば良いなとは思うが、アシェがそう思ってくれるまで、俺は頑張るだけだ。」
「ほんとに殿下はアシェのことが好きだな。まぁ、アビーを見ていて、王族の恋愛事情は一応理解しているつもりだけど。もう殿下とアシェのことでどうこう言うつもりはないから、アシェが本気で嫌がってなければ好きにしてくれ。アシェも、そうやって甘えられる相手がパートナーになった方が幸せだろうしな。ただ何度も言ってるが、王命での政略結婚だけは許さないからな。」
「重々承知している。……それより、アルフォードは俺とアシェのことを考える前に、自分のことを考えたらどうだ?」
アークエイドの指摘に、アルフォードがうっとたじろいだ。
「なんで今の流れで俺の話になるんだよ。」
「アルお義兄様が、未だにお返事をくれないからですわ。」
「うっ……仕方ないだろ。いきなり好きだなんて言われても、それまで考えもしてなかったんだから。でも、今はちゃんと考えてるからっ。……それと、もし仮に付き合うとなっても、婚約も結婚もアン兄より後にだからな?これだけは譲れない。」
そこまで考えているのなら、既にアルフォードの中でイザベルは婚約しても良いと思える相手なのではないだろうか。
それならばうだうだと悩まずに、さっさとイザベルに返事をしてやればいいと思うのだが、それに気づいてもらえるかどうかが難しいということなのだろうか。
アルフォードの言葉を聞いて、明らかにイザベルがムッとした表情になる。
「それは、もし良いお返事を頂いたとして、わたくしは何年待てばいいのかしら?アレリオンお義兄様は、今まで浮いた話の一つもありませんわよね?」
「あぁ、ないな。でも……俺から言っていいのか分からないが、求婚している相手はいるらしい。俺もついこの前知ったばかりだけどな。」
「……アレリオンお義兄様が?……公爵家の求婚に、二つ返事で頷かないご令嬢がいるのかしら?それって、既婚者だったり婚約者がいたりしませんわよね?」
イザベルの問いに、アルフォードの視線が泳ぐ。
まさか、本当に報われぬ恋の相手なのだろうか。
「もし本当にそうなら、わたくしは公爵家跡取りであるアレリオンお義兄様に苦言を呈さなくてはいけないわ。」
「待て、ベル!アン兄の名誉のためにも、誓ってそういう相手じゃないから!相手のご令嬢にも今まで浮いた話は無いし、婚約者もいない。二人の関係も悪くはないと思うし、喧嘩しているところも見たことが無い。ただ、なんで返事を貰えないのか、アン兄にも分からないらしい。」
「ということは、アルお義兄様も知っているご令嬢なのね。何処のどなたなのかしら?殿方の耳に届いていなくても、女性の噂話には誰が道ならぬ恋をしているとかの噂は流れるものよ。そういった噂が無いか確認するから、相手のご令嬢の名前を教えて下さるかしら?」
言葉だけならイザベルは下手から聞いているように聞こえるが、表情と口調は話せと脅しているようにしか聞こえない。
だが、こればかりは地味に墓穴を掘ったアルフォードが悪い。
「……外堀は埋めるなって言われてるらしいし、アン兄もそれを守ってるから……ベルが名前を聞いても勝手に行動しないって約束してくれない限りは、教えられない。」
「ってことは、わたくしも知っている方なのね。約束しますわ。で、どなたですの?」
にっこりとイザベルに脅されているアルフォードは、躊躇いつつも不承不承口を開く。
この二人が結婚したら、アルフォードがイザベルの尻に敷かれている未来が見える。
「……サルビア嬢だ……。」
名前だけ聞いてもアークエイドはピンとこないが、イザベルには思い当たる名前があったらしい。
先程までの比ではないほど、その若草色の瞳が驚きで見開かれる。
「それは……本当に?」
「あぁ。アン兄の口から聞いたんだ。間違いない。その上で、さっさとベルに返事してサーニャの反応を見せろと言われた。本当はそれとなく、サルビア嬢のことをベルに聞くつもりだったんだが……。」
「それとなくなんて、アル義兄様に出来るわけないでしょう。今のように墓穴を掘るに決まってますわ。それにしても、お相手がお姉様だなんて……。」
イザベルのお姉様と言う言葉に、トラスト伯爵家の家族構成を思い浮かべる、
確か、トラスト伯爵家の第一子がサルビアと言う名前だったはずだ。
「なぁ、ベルはサルビア嬢から、何か聞いたりしてないか?」
アルフォードの問いに、イザベルは首を横に振る。
「いいえ。そもそもわたくしも、お父様やお母様でさえ、サルビアお姉様は独身を貫くものだと思っていましたわ。一応、お姉様には特定の相手がいないことも、道ならぬ恋をしている噂もないことはお伝えしてきますわね。わたくしが知る限り、サルビアお姉様とアレリオンお義兄様は仲が良いと思うし、サルビアお姉様がアレリオンお義兄様を嫌っているようには見えないわ。アレリオンお義兄様が諦めてないってことは、ハッキリと断られたわけでもなさそうだし……どうしてかしら?」
「それがアン兄にも分からないらしい。サーニャが反対するだろうからって言われてるらしいが、サルビア嬢の性格を考えると、サーニャが反対するってのだけが理由とは思えないだろ?」
「えぇ。お姉様は周りが何と言おうと、ご自分で決めたことは貫かれるわ。だからこそ、政略結婚をしていないのだもの。だからお母様が反対するだろうからって言うのは、間違いなく建前だわ。でもそうなると、本当に何故お返事しないのかが分からないわね……。」
二人で話している内容を大人しく聞いていると、腕の中で眠っていたアシェルが身動ぎした。
目が覚めたようだが、まだ少しぼんやりとした様子のアシェルの額におはようのキスをする。
お返しに、アシェルも少し首を伸ばして頬にキスをくれた。
「外で……ごめんなさい。」
少ししょんぼりしたアシェルに謝られるが、アルフォードが受け入れてくれるきっかけになったのは確かだ。
それに元々アークエイドは、人前でも構わずキスをしたり抱きしめたりして、アシェルをたっぷりと可愛がりたい。
アシェルが嫌でなければ、こうしてアルフォードの前であるにも関わらずアークエイドを求めてくれたことは嬉しい。
「俺は気にしてない。むしろもっと見せつけても良いくらいだ。」
「もうっ……。何の話をしてるの?」
ようやくしっかり覚醒してきたようだが、まだ腕の中から逃れるつもりはないらしい。
そんな些細なことが、地味に嬉しい。
二人はアシェルが起きたことにはまだ気づいていないようで、サルビアが何故アレリオンに明確な返事を出さないのか、という話をしている。
「アシェは気にしなくて良い。それより、もう少し寝てても良いんだぞ?」
「ううん。もう起きる。お腹も空いたし。……サルビアって、ベルのお姉さんのことだよね?」
どうやらアシェルの耳にも届いたらしい。
「らしい。それと、ちゃんと起きたなら言葉遣いを気を付けないと、もうフォローは出来ないぞ。」
「あれはフォローって言わないのよ?でもどうしよう……あんな姿を見られて、流石に恥ずかしいわ。」
どうやらアークエイドの腕の中に居てくれるのは、恥ずかしくて合わせる顔がないかららしい。
理由を知りたくなかった。
「二人とも気にしてなかった。それに、イザベルが焚き付けたこともアルフォードは知ってる。」
「そうなの……?じゃあ大丈夫……かしら?」
そーっと二人の様子を伺いながら、アシェルが膝の上を降りていく。
名残惜しいが仕方がない。
もし無理に引き留めれば、張り手の一つでも飛んできそうだ。
アシェルが動いたので、二人もアシェルが起きたことに気付いたのだろう。
話を中断してこちらを見た。
「あの、ご迷惑をおかけしました。」
ぺこりと頭を下げたアシェルを見て、二人は苦笑する。
「気にするな。もう眠くないか?」
「アークエイド様にお願いしたのはわたくしです。アークエイド様は悪くないので、お叱りでしたらわたくしにお願いします。」
「眠たく無いし、怒るつもりも無いわ。お話を中断させてしまってごめんなさい。でも……ベルのお姉さんがどうかしたの?」
どうやらアシェルが話しを聞いていたらしいことが分かり、二人は顔を見合わせた。
「あー……どっから聞いてた?」
「サルビア嬢が、何かのお返事を保留している理由が何だろうってことしか……。」
また顔を見合わせた二人は、こそこそと何かを相談する。
アレリオンの求婚相手がサルビアだと告げるかどうか相談しているのだろう。
「サルビア嬢が誰かと懇意にしているとか、聞いたことあるか?」
どうやらアレリオンのことは省いて、サルビアのことだけ話すことにしたらしい。
「いいえ。ベルのお姉さんだってことは知ってるけど、わたくしはお会いしたことも無いもの。……でも、サルビア嬢といえば、アン兄様にいつもお手紙を下さっていた方だわ。わたくしが三、四歳の頃の話だから、今もアン兄様と文通していらっしゃるかは知らないけれど。」
「アシェル様は、お姉様とアレリオンお義兄様が文通していたことを知っているのですか?」
「え、うん。今どんなことが流行ってるんだよとか、この物語が面白いらしいから本を取り寄せようかとか……。絵本の読み聞かせの代わりに、サルビア嬢のお手紙を見ながら話してくれたことが何度かあるから。それがどうしたの?」
きょとんと首を傾げるアシェルに、二人は何か問題解決の糸口を見つけたのだろう。
「なぁ、アシェ。アシェが覚えてるその手紙の中に、何かアン兄と約束したとか書いてなかったか?」
「アン兄様と?……ううん。約束については書かれていなかったわ。どうしてそんなことを聞くのかは、教えて頂けないの?」
「その……サーニャには絶対言わないでくれよ?」
アシェルがこくんと頷いたのを見て、アルフォードは話す。
「どうも、アン兄がサルビア嬢に求婚しているらしいんだが、もう何年も返事を貰えてないらしい。多分、嫌だとも良いとも。アシェは知らないだろうが、俺達はトラスト家の子供達とは幼馴染だから、小さい時から面識があるんだ。それで、サルビア嬢はなんで返事をしないんだろうなって話をしてたんだ。一応、サーニャに絶対反対されるからって言われてるらしいんだが、サルビア嬢の性格を考えると、どうしてもその理由に納得できなくてな。外堀も埋めるなと言われてるから、お手上げ状態らしい。だから、何かその手紙の中にヒントが無いかと思ってな。」
アルフォードの話に、アシェルは記憶を手繰り寄せているのだろう。
少し黙り込んでから口を開く。
「求婚って、どんな形でしたのかしら?」
「いや、流石にそこまでは……。俺が聞いたのは、小さい時から嫁に来てほしいことは伝えていて、学院に居る時に一度正式にプロポーズしたってことだけだ。それもついこの間聞いたばかりだし、グレイ殿下しかプロポーズのことは知らないらしい。」
「そう……。」
それを聞いて、アシェルはまた黙り込んでしまう。
「多分だけど、きっとサルビア嬢の望んだプロポーズではなかったんだわ。」
「それは……お姉様が、アレリオンお義兄様とは結婚したくないってことかしら?」
イザベルが悲しそうに言った言葉に、アシェルは首を振る。
「違うわ。多分、プロポーズの環境が悪かったんだと思うの。……伝わるかしら?」
「なんでそう思うのか。俺達にも分かるように詳しく説明してもらえないか?アン兄のプロポーズの、どこかが悪かったことは分かったから。」
「うん。アン兄様は学院でプロポーズしたのよね?グレイ殿下しか知らなかったのなら、きっと目立たないようにプロポーズしたと思うの。でも、サルビア嬢はロマンチックな方だわ。サーニャが反対するって言ってたらしいけど、そんなこと気にせずに、アン兄様に迎えに来て欲しかったんじゃないかと思うの。」
「お姉様がロマンチックだと言われても、ピンとこないわ。」
「そうなの?……でも、間違いなくサルビア嬢はロマンチストだと思うわ。恋に夢見る感じの。」
アシェルが断言するが、イザベルもアルフォードも、どうしてもイメージが噛み合わないらしい。
「アシェ。何故サルビア嬢がロマンチストだと思う?きっとそれを説明しないと、二人には伝わらないぞ。」
「普段がどんな方かは知らないけれど、いつもお手紙の中には今どんな物語が流行っているとか、こんなオペラを見て来たとか、そんな話が書いてあったの。そのどれもが恋愛もので、王子様がお姫様を救い出して求婚するようなものだったり、愛の為に周囲の反対を押し切って結婚したりするようなお話だったわ。身分違いの女性を、それでも構わないからって娶る話もあったわね。逆に悲恋とか、ドロドロしてそうなあまりにも現実的な恋のお話は無かったわ。そう言ったお話の好きな方みたいだったから、ロマンチストだと思うの。それに必ず、アン兄様にも同じものを見てほしいって書いてあったわ。……コレで説明になったかしら?」
二人が頷いたのを見て、アシェルがホッと胸を撫で下ろした。
「アシェは、その物語のタイトルを覚えてるか?」
「えぇ。これでも記憶力は良いほうだもの。それに、処分されていない限り全部うちの書庫にあるはずだわ。アン兄様が読んでいるかは分からないけれど、わたくしは全部読んだ事があるから。」
「そうか。出来たら、アン兄にその本のタイトルを教えてやってくれるか?それと……アシェはどういう状況なら、サルビア嬢は求婚の返事をくれると思う?」
構わないわと答えた後、アシェルはまた少し黙り込む。
「色好い返事が貰えるかは分からないけれど……。邸にトラスト伯爵家の全員と、わたくし達の家族全員を集めて、皆の前でサルビア嬢に求婚すれば、返事を頂けると思うわ。でも、事前に集める理由を教えてしまうのはダメ。それじゃ外堀を埋めたことになってしまうし、そんなプロポーズをしたらお返事をいただけたとしても、きっとサルビア嬢は悲しむわ。お兄様達はベルの兄妹と幼馴染なのよね?集める理由は何でもいいけれど、たまには家族同士で交流しようとか、当たり障りのない理由をつけて、夕食に招待するとか。そういうので良いと思うわ。リュート様とオーレン嬢はもうご婚約されているから、出来ればリュート様の婚約者だけでもご招待したほうが良いわね。サルビア嬢の兄妹の婚約者は、家族になることが決まっている人だから。」
アシェルが少ない情報で導き出した答えに、三人はただただ驚くことしか出来ない。
アシェルの話を聞くまで解決の糸口どころか、返事を保留する理由ですら分からなかったのだから。
そしてアークエイドは、他人の状況をこれだけ上手く把握して答えに辿り着くことが出来るのに、未だに“特別な好き”の答えには辿り着けないらしいアシェルに、もどかしさを覚える。
「そうか……アシェ。その話も、アン兄にしてもらえるか?俺に話すくらいには悩んでるようだったから、アシェの助言はとても役に立つと思う。」
「えぇ、構わないわ。アン兄様も、早くお返事を頂きたいでしょうし。でも、もし婚約されても、わたくしは婚約式には出られないのよね。残念だわ。」
しゅんとアシェルが肩を落としてしまう。
だが、本来婚約式は互いの家族が揃って参加するものだ。
流石に親族一同という訳にはいかないが、アレリオンの妹であるアシェルが婚約式に参加できないということは無いはずだ。
エロ回の中、唯一の真面目なお話
******
Side:アークエイド14歳 春
腕の中で眠ってしまったアシェルを起こしてしまわないように注意しながら、アークエイドは身体の力を抜いた。
この様子なら30分後に起こす時も、頑張らなくては起きてくれないだろう。
だが、お叱りを受ける可能性のある今。しっかり安眠してくれたのは幸運だったかもしれない。
「……すまない。」
流石になんと切り出して良いのか分からず気まずい沈黙の中、アークエイドは謝罪だけ口にする。
その謝罪に、アルフォードは戸惑いながらも返事をくれる。
「あー……えっと……。ベルが焚き付けたって言ってたし、殿下にそこまでさせたのは俺のせいだよな。こちらこそ申し訳ない。別に、ここで今起きたことにどうこう言うつもりも無いし、アシェが殿下との火遊びには同意の上だって言うのも理解した。ただ、その……甘える姿が普段のアシェと全然違ったから、戸惑ってるだけだ。それにまさか、人の傍でそんな風に寝るとは思ってなかった。」
「わたくしからも……流石にこうなるのは予想していなかったわ。申し訳ありません、アークエイド様。それに、本当にアシェル様はあっという間に寝入ってしまわれるのね。起きる気配も無いし……ねぇ、本当にアシェル様から返事は頂いてないの?しつこいようだけれど、アシェル様がこれだけ気を許されているのはアークエイド様だけだわ。もう一度プロポーズを待っている、っていう可能性は無いのかしら?」
アルフォードもイザベルもアシェルの扇情的な姿より、去年NMの毒に苦しんでうなされていた時の、前世の親友と勘違いしていたリリアーデに頼って甘えようとしていたアシェルの姿や喋り方に近かったことの方が衝撃だった。
それにアシェルがこうやって、わざわざ人の腕の中で眠りたがる姿もだ。
小さな時からアレリオンやアルフォードが誘っても一緒に寝てくれなかったし、仮に寝落ちたアシェルの添い寝をしていても、いつの間にか起きて寝台の隅っこに座っていたのだ。
アルフォード達はサーニャから、基本的に一旦寝てしまえば余程のことが無い限り夜中に起きることはないと聞いていた。
そのため人の気配に敏感なアシェルは、睡眠中という無防備な時に近くに誰かがいるのがダメなのだろうと結論付けたのだ。
一度アシェルから誘ってイザベルとお昼寝していた時は、イザベルが落ち込んでいる時だった。
その時もアシェルはうつらうつらしているが起きていて、まだ小さなアシェルのお昼寝の時間が確保できないのは問題だと、サーニャは二人を起こして怒った。
そうすることで、サーニャはアシェルとイザベルが一緒に寝ないように取り計らってくれた。
もしアシェルがちゃんと眠れているようなら良い傾向なため、わざわざ怒るつもりはなかったらしい。
このことはサーニャとアレリオンとアルフォード。そして執事長のウィリアムだけが知っている。
「アルフォードまで、アシェがこんな風に寝るイメージがないのか。アシェは一緒の寝台で寝る時も、最初の頃からすぐに寝ていたし、夜中に起きている気配は無かったぞ。朝の決まった時間に起きるくらいだ。ただ、閨を共にしても、いつもは自分から寄って来たりしなかった。こうしてわざわざ近寄ってきて、ここで寝て良いかの確認をして寝たのはコレで二回目だ。さっきのは……まさかあれくらいでアシェのスイッチが入るとは思ってなかった。本当にすまない。スイッチが入るまでは、普段のアシェの感じで言い返したりやり返したりしてくるから、今日くらいのスキンシップなら問題ないと思ったんだが……。プロポーズについてだが何度もいろんな形で、これでも事あるごとに伝えている。最近は前よりも気を許してくれてると感じることも増えたが、それでも“特別な好き”は分からないままだそうだ。」
二人の言葉にアークエイドなりの答えを返して、アルフォードが怒っていないのであれば、少し確認しておきたかったことを聞く。
「アルフォード、イザベル。今日のアシェは寝不足気味だったり、体調が悪かったりするか?」
唐突なアークエイドの問いの意味が分からず、二人は顔を見合わせてイザベルが口を開く。
「いえ、そのどちらも該当しないはずだわ。どうしてそう思われたのか、聞いても良いかしら?」
「言いにくいことだが……今日のスキンシップやキス程度で、アシェが気をやったり、寝たがることは無いんだ。だから、そのどっちかじゃないかと思ったんだが……。」
「多分だけど、理由は分かるぞ。」
どこか悪いのを隠しているのか心配していると、アルフォードは話を聞いて理由に思い至ったようだ。
「さっきずっと不安そうにしてたし、謝ったりしてただろ?不安で気疲れしてたところに、欲求が満たされて安心したんだろ。それで眠気が来たんだと思うぞ。アシェが小さい頃には、割とそういう事があったからな。」
「気疲れか……どこかが悪いんじゃなくて良かった。」
「なぁ、それより……アシェは普段から、殿下にはリリアーデ嬢にしてたみたいに甘えたりするのか?あんなアシェの喋り方を聞いたのは、あの時以来だ。」
「あの話し方は、薫だった時の話し方に近いんだ。前にリリィと前世の喋り方で喋っている時は、もっと抑揚の少ない、あまり感情の乗ってない喋り方だった。普段は甘えて来たり頼ってくることは無いぞ。そもそも相談や頼ったりするような必要があるという、前提条件を満たしていないからしないらしい。ただ、スイッチが入ったアシェは咲だと思っていたリリィに甘えようとしていた時みたいに、必ずして欲しいことと、ダメじゃないかを聞いて、謝ってこようとする。どれも些細なことだし、今までそれを拒絶したことは無いが……一度でも拒絶すると、二度とアシェは甘えてくれなくなる気がする。」
「間違いなく、甘えてくれなくなるだろうな。そうか、アシェはそこまで気を許してるんだな。どれだけ俺や兄上が頑張っても、そんな風に目に見えて甘えてくることは無いんだ。喋り方云々は除いてもな。……嘘だと思ってるだろ?」
アークエイドの顔を見て、アルフォードは苦笑を返してきた。
普段充電だなんだと兄妹で人前でべったりしても、それが通常営業なメイディーなのだ。
あれで甘えていなかったらなんだというのだろうか。
それにアシェルは、二人の兄には甘えているように見える。自分から膝の上に乗ったりするのは、今日みたいな特殊な場合を除いて、アレリオンとアルフォードにだけだ。
「やっとアシェが笑ってくれるようになって、成長してきて歩き回れるようになって。アシェは一人で何でもしようとしていたし、お手伝いなんて絵本の読み聞かせと食事の時くらいだったからな。まぁ、その辺りは記憶持ちだったってのもあるんだろうけど。アシェが自覚してたかは知らないけど、男装を始めてしっかりと身体を動かすようになるまでは、ちょくちょく体調を崩してたんだ。薬を飲ませる程じゃ無いし、サーニャが気を付けて治る程度だけどな。絶対いつもより身体は辛かったはずなのに、ニコニコ笑って子供らしく振舞うんだ。そうだな……例えば俺が悪戯をして、少しは不快な気分もしただろうけど、多分アシェにとってはそこまで気にならないことだったとする。それでもアシェはベルが怒ってむくれてた時みたいに、私は怒ってますよってむくれてアピールしてくるんだ。アシェにとって子供らしいお手本がベルだったんだろうな。アシェが小さな時の感情表現は、確実にベルの影響を受けていたから。俺もアン兄も、本気でアシェとベルが乳兄妹で良かったと思ったよ。」
どんな子供時代だったのか、アルフォードのこの話しだけでも容易に想像できてしまう。
イザベルは初めて聞いた話だったのだろう。珍しく驚きを隠せていない姿が目に入る。
「元々うちは他所の家よりスキンシップが多い方なんじゃないかと思うが、普段充電してるのだけは、元はアシェの為に始めたことなんだ。まぁ、今じゃ俺達もすっかり習慣になっちまって、ああやってアシェ達を可愛がらないと落ち着かないんだけどな。アシェは必要な時しか寄ってこなかったから、アシェが俺達に会いに来てもいい理由のために。うちではこれが当たり前のことなんだよって教えたんだよ。それと、何かを怖く感じたり不安だったりしても、ちゃんといつでも受け入れてくれる人間が居るって分かってもらう為にだな。アシェがパニックを起こしたり起こす寸前まで行くと、俺達からアシェに触れるわけにはいかなかったから。お陰で今は、何か嫌な事があった時は一人でため込まずに、俺達の誰かのところに来てるだろ?あれが俺やアン兄に出来た、アシェを甘えさせる、だ。多分充電する習慣がなければ、俺達に甘えてくることは無かったと断言できるな。あ、アシェには言うなよ?理由を知ったら、充電してくれなくなるだろうからな。」
あの充電が、元はアシェルのためだったということにも驚く。
それはイザベルもだったようだ。
「わざわざアシェに言うつもりはない。気を許しているというが、こんな風に甘えた姿をみせてくれるようになったのも、割と最近だしな。少しでも俺と同じ好意を持ってくれていれば良いなとは思うが、アシェがそう思ってくれるまで、俺は頑張るだけだ。」
「ほんとに殿下はアシェのことが好きだな。まぁ、アビーを見ていて、王族の恋愛事情は一応理解しているつもりだけど。もう殿下とアシェのことでどうこう言うつもりはないから、アシェが本気で嫌がってなければ好きにしてくれ。アシェも、そうやって甘えられる相手がパートナーになった方が幸せだろうしな。ただ何度も言ってるが、王命での政略結婚だけは許さないからな。」
「重々承知している。……それより、アルフォードは俺とアシェのことを考える前に、自分のことを考えたらどうだ?」
アークエイドの指摘に、アルフォードがうっとたじろいだ。
「なんで今の流れで俺の話になるんだよ。」
「アルお義兄様が、未だにお返事をくれないからですわ。」
「うっ……仕方ないだろ。いきなり好きだなんて言われても、それまで考えもしてなかったんだから。でも、今はちゃんと考えてるからっ。……それと、もし仮に付き合うとなっても、婚約も結婚もアン兄より後にだからな?これだけは譲れない。」
そこまで考えているのなら、既にアルフォードの中でイザベルは婚約しても良いと思える相手なのではないだろうか。
それならばうだうだと悩まずに、さっさとイザベルに返事をしてやればいいと思うのだが、それに気づいてもらえるかどうかが難しいということなのだろうか。
アルフォードの言葉を聞いて、明らかにイザベルがムッとした表情になる。
「それは、もし良いお返事を頂いたとして、わたくしは何年待てばいいのかしら?アレリオンお義兄様は、今まで浮いた話の一つもありませんわよね?」
「あぁ、ないな。でも……俺から言っていいのか分からないが、求婚している相手はいるらしい。俺もついこの前知ったばかりだけどな。」
「……アレリオンお義兄様が?……公爵家の求婚に、二つ返事で頷かないご令嬢がいるのかしら?それって、既婚者だったり婚約者がいたりしませんわよね?」
イザベルの問いに、アルフォードの視線が泳ぐ。
まさか、本当に報われぬ恋の相手なのだろうか。
「もし本当にそうなら、わたくしは公爵家跡取りであるアレリオンお義兄様に苦言を呈さなくてはいけないわ。」
「待て、ベル!アン兄の名誉のためにも、誓ってそういう相手じゃないから!相手のご令嬢にも今まで浮いた話は無いし、婚約者もいない。二人の関係も悪くはないと思うし、喧嘩しているところも見たことが無い。ただ、なんで返事を貰えないのか、アン兄にも分からないらしい。」
「ということは、アルお義兄様も知っているご令嬢なのね。何処のどなたなのかしら?殿方の耳に届いていなくても、女性の噂話には誰が道ならぬ恋をしているとかの噂は流れるものよ。そういった噂が無いか確認するから、相手のご令嬢の名前を教えて下さるかしら?」
言葉だけならイザベルは下手から聞いているように聞こえるが、表情と口調は話せと脅しているようにしか聞こえない。
だが、こればかりは地味に墓穴を掘ったアルフォードが悪い。
「……外堀は埋めるなって言われてるらしいし、アン兄もそれを守ってるから……ベルが名前を聞いても勝手に行動しないって約束してくれない限りは、教えられない。」
「ってことは、わたくしも知っている方なのね。約束しますわ。で、どなたですの?」
にっこりとイザベルに脅されているアルフォードは、躊躇いつつも不承不承口を開く。
この二人が結婚したら、アルフォードがイザベルの尻に敷かれている未来が見える。
「……サルビア嬢だ……。」
名前だけ聞いてもアークエイドはピンとこないが、イザベルには思い当たる名前があったらしい。
先程までの比ではないほど、その若草色の瞳が驚きで見開かれる。
「それは……本当に?」
「あぁ。アン兄の口から聞いたんだ。間違いない。その上で、さっさとベルに返事してサーニャの反応を見せろと言われた。本当はそれとなく、サルビア嬢のことをベルに聞くつもりだったんだが……。」
「それとなくなんて、アル義兄様に出来るわけないでしょう。今のように墓穴を掘るに決まってますわ。それにしても、お相手がお姉様だなんて……。」
イザベルのお姉様と言う言葉に、トラスト伯爵家の家族構成を思い浮かべる、
確か、トラスト伯爵家の第一子がサルビアと言う名前だったはずだ。
「なぁ、ベルはサルビア嬢から、何か聞いたりしてないか?」
アルフォードの問いに、イザベルは首を横に振る。
「いいえ。そもそもわたくしも、お父様やお母様でさえ、サルビアお姉様は独身を貫くものだと思っていましたわ。一応、お姉様には特定の相手がいないことも、道ならぬ恋をしている噂もないことはお伝えしてきますわね。わたくしが知る限り、サルビアお姉様とアレリオンお義兄様は仲が良いと思うし、サルビアお姉様がアレリオンお義兄様を嫌っているようには見えないわ。アレリオンお義兄様が諦めてないってことは、ハッキリと断られたわけでもなさそうだし……どうしてかしら?」
「それがアン兄にも分からないらしい。サーニャが反対するだろうからって言われてるらしいが、サルビア嬢の性格を考えると、サーニャが反対するってのだけが理由とは思えないだろ?」
「えぇ。お姉様は周りが何と言おうと、ご自分で決めたことは貫かれるわ。だからこそ、政略結婚をしていないのだもの。だからお母様が反対するだろうからって言うのは、間違いなく建前だわ。でもそうなると、本当に何故お返事しないのかが分からないわね……。」
二人で話している内容を大人しく聞いていると、腕の中で眠っていたアシェルが身動ぎした。
目が覚めたようだが、まだ少しぼんやりとした様子のアシェルの額におはようのキスをする。
お返しに、アシェルも少し首を伸ばして頬にキスをくれた。
「外で……ごめんなさい。」
少ししょんぼりしたアシェルに謝られるが、アルフォードが受け入れてくれるきっかけになったのは確かだ。
それに元々アークエイドは、人前でも構わずキスをしたり抱きしめたりして、アシェルをたっぷりと可愛がりたい。
アシェルが嫌でなければ、こうしてアルフォードの前であるにも関わらずアークエイドを求めてくれたことは嬉しい。
「俺は気にしてない。むしろもっと見せつけても良いくらいだ。」
「もうっ……。何の話をしてるの?」
ようやくしっかり覚醒してきたようだが、まだ腕の中から逃れるつもりはないらしい。
そんな些細なことが、地味に嬉しい。
二人はアシェルが起きたことにはまだ気づいていないようで、サルビアが何故アレリオンに明確な返事を出さないのか、という話をしている。
「アシェは気にしなくて良い。それより、もう少し寝てても良いんだぞ?」
「ううん。もう起きる。お腹も空いたし。……サルビアって、ベルのお姉さんのことだよね?」
どうやらアシェルの耳にも届いたらしい。
「らしい。それと、ちゃんと起きたなら言葉遣いを気を付けないと、もうフォローは出来ないぞ。」
「あれはフォローって言わないのよ?でもどうしよう……あんな姿を見られて、流石に恥ずかしいわ。」
どうやらアークエイドの腕の中に居てくれるのは、恥ずかしくて合わせる顔がないかららしい。
理由を知りたくなかった。
「二人とも気にしてなかった。それに、イザベルが焚き付けたこともアルフォードは知ってる。」
「そうなの……?じゃあ大丈夫……かしら?」
そーっと二人の様子を伺いながら、アシェルが膝の上を降りていく。
名残惜しいが仕方がない。
もし無理に引き留めれば、張り手の一つでも飛んできそうだ。
アシェルが動いたので、二人もアシェルが起きたことに気付いたのだろう。
話を中断してこちらを見た。
「あの、ご迷惑をおかけしました。」
ぺこりと頭を下げたアシェルを見て、二人は苦笑する。
「気にするな。もう眠くないか?」
「アークエイド様にお願いしたのはわたくしです。アークエイド様は悪くないので、お叱りでしたらわたくしにお願いします。」
「眠たく無いし、怒るつもりも無いわ。お話を中断させてしまってごめんなさい。でも……ベルのお姉さんがどうかしたの?」
どうやらアシェルが話しを聞いていたらしいことが分かり、二人は顔を見合わせた。
「あー……どっから聞いてた?」
「サルビア嬢が、何かのお返事を保留している理由が何だろうってことしか……。」
また顔を見合わせた二人は、こそこそと何かを相談する。
アレリオンの求婚相手がサルビアだと告げるかどうか相談しているのだろう。
「サルビア嬢が誰かと懇意にしているとか、聞いたことあるか?」
どうやらアレリオンのことは省いて、サルビアのことだけ話すことにしたらしい。
「いいえ。ベルのお姉さんだってことは知ってるけど、わたくしはお会いしたことも無いもの。……でも、サルビア嬢といえば、アン兄様にいつもお手紙を下さっていた方だわ。わたくしが三、四歳の頃の話だから、今もアン兄様と文通していらっしゃるかは知らないけれど。」
「アシェル様は、お姉様とアレリオンお義兄様が文通していたことを知っているのですか?」
「え、うん。今どんなことが流行ってるんだよとか、この物語が面白いらしいから本を取り寄せようかとか……。絵本の読み聞かせの代わりに、サルビア嬢のお手紙を見ながら話してくれたことが何度かあるから。それがどうしたの?」
きょとんと首を傾げるアシェルに、二人は何か問題解決の糸口を見つけたのだろう。
「なぁ、アシェ。アシェが覚えてるその手紙の中に、何かアン兄と約束したとか書いてなかったか?」
「アン兄様と?……ううん。約束については書かれていなかったわ。どうしてそんなことを聞くのかは、教えて頂けないの?」
「その……サーニャには絶対言わないでくれよ?」
アシェルがこくんと頷いたのを見て、アルフォードは話す。
「どうも、アン兄がサルビア嬢に求婚しているらしいんだが、もう何年も返事を貰えてないらしい。多分、嫌だとも良いとも。アシェは知らないだろうが、俺達はトラスト家の子供達とは幼馴染だから、小さい時から面識があるんだ。それで、サルビア嬢はなんで返事をしないんだろうなって話をしてたんだ。一応、サーニャに絶対反対されるからって言われてるらしいんだが、サルビア嬢の性格を考えると、どうしてもその理由に納得できなくてな。外堀も埋めるなと言われてるから、お手上げ状態らしい。だから、何かその手紙の中にヒントが無いかと思ってな。」
アルフォードの話に、アシェルは記憶を手繰り寄せているのだろう。
少し黙り込んでから口を開く。
「求婚って、どんな形でしたのかしら?」
「いや、流石にそこまでは……。俺が聞いたのは、小さい時から嫁に来てほしいことは伝えていて、学院に居る時に一度正式にプロポーズしたってことだけだ。それもついこの間聞いたばかりだし、グレイ殿下しかプロポーズのことは知らないらしい。」
「そう……。」
それを聞いて、アシェルはまた黙り込んでしまう。
「多分だけど、きっとサルビア嬢の望んだプロポーズではなかったんだわ。」
「それは……お姉様が、アレリオンお義兄様とは結婚したくないってことかしら?」
イザベルが悲しそうに言った言葉に、アシェルは首を振る。
「違うわ。多分、プロポーズの環境が悪かったんだと思うの。……伝わるかしら?」
「なんでそう思うのか。俺達にも分かるように詳しく説明してもらえないか?アン兄のプロポーズの、どこかが悪かったことは分かったから。」
「うん。アン兄様は学院でプロポーズしたのよね?グレイ殿下しか知らなかったのなら、きっと目立たないようにプロポーズしたと思うの。でも、サルビア嬢はロマンチックな方だわ。サーニャが反対するって言ってたらしいけど、そんなこと気にせずに、アン兄様に迎えに来て欲しかったんじゃないかと思うの。」
「お姉様がロマンチックだと言われても、ピンとこないわ。」
「そうなの?……でも、間違いなくサルビア嬢はロマンチストだと思うわ。恋に夢見る感じの。」
アシェルが断言するが、イザベルもアルフォードも、どうしてもイメージが噛み合わないらしい。
「アシェ。何故サルビア嬢がロマンチストだと思う?きっとそれを説明しないと、二人には伝わらないぞ。」
「普段がどんな方かは知らないけれど、いつもお手紙の中には今どんな物語が流行っているとか、こんなオペラを見て来たとか、そんな話が書いてあったの。そのどれもが恋愛もので、王子様がお姫様を救い出して求婚するようなものだったり、愛の為に周囲の反対を押し切って結婚したりするようなお話だったわ。身分違いの女性を、それでも構わないからって娶る話もあったわね。逆に悲恋とか、ドロドロしてそうなあまりにも現実的な恋のお話は無かったわ。そう言ったお話の好きな方みたいだったから、ロマンチストだと思うの。それに必ず、アン兄様にも同じものを見てほしいって書いてあったわ。……コレで説明になったかしら?」
二人が頷いたのを見て、アシェルがホッと胸を撫で下ろした。
「アシェは、その物語のタイトルを覚えてるか?」
「えぇ。これでも記憶力は良いほうだもの。それに、処分されていない限り全部うちの書庫にあるはずだわ。アン兄様が読んでいるかは分からないけれど、わたくしは全部読んだ事があるから。」
「そうか。出来たら、アン兄にその本のタイトルを教えてやってくれるか?それと……アシェはどういう状況なら、サルビア嬢は求婚の返事をくれると思う?」
構わないわと答えた後、アシェルはまた少し黙り込む。
「色好い返事が貰えるかは分からないけれど……。邸にトラスト伯爵家の全員と、わたくし達の家族全員を集めて、皆の前でサルビア嬢に求婚すれば、返事を頂けると思うわ。でも、事前に集める理由を教えてしまうのはダメ。それじゃ外堀を埋めたことになってしまうし、そんなプロポーズをしたらお返事をいただけたとしても、きっとサルビア嬢は悲しむわ。お兄様達はベルの兄妹と幼馴染なのよね?集める理由は何でもいいけれど、たまには家族同士で交流しようとか、当たり障りのない理由をつけて、夕食に招待するとか。そういうので良いと思うわ。リュート様とオーレン嬢はもうご婚約されているから、出来ればリュート様の婚約者だけでもご招待したほうが良いわね。サルビア嬢の兄妹の婚約者は、家族になることが決まっている人だから。」
アシェルが少ない情報で導き出した答えに、三人はただただ驚くことしか出来ない。
アシェルの話を聞くまで解決の糸口どころか、返事を保留する理由ですら分からなかったのだから。
そしてアークエイドは、他人の状況をこれだけ上手く把握して答えに辿り着くことが出来るのに、未だに“特別な好き”の答えには辿り着けないらしいアシェルに、もどかしさを覚える。
「そうか……アシェ。その話も、アン兄にしてもらえるか?俺に話すくらいには悩んでるようだったから、アシェの助言はとても役に立つと思う。」
「えぇ、構わないわ。アン兄様も、早くお返事を頂きたいでしょうし。でも、もし婚約されても、わたくしは婚約式には出られないのよね。残念だわ。」
しゅんとアシェルが肩を落としてしまう。
だが、本来婚約式は互いの家族が揃って参加するものだ。
流石に親族一同という訳にはいかないが、アレリオンの妹であるアシェルが婚約式に参加できないということは無いはずだ。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。
また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
大金で買われた少女、狂愛の王子の檻で宝石になる ―無自覚な天才調合師は第二王子の婚約者(虫除け)を演じることになりました―
甘塩ます☆
恋愛
「君を金貨三十枚で買ったのは、安すぎたかな」
酒浸りの父と病弱な母に売られた少女・ユナを救ったのは、国中から「放蕩王子」と蔑まれる第二王子・エルフレードだった。
「虫除けの婚約者になってほしい」というエルの言葉を受け、彼の別邸で暮らすことになったユナ。しかし、彼女には無自覚の天才調合師だった。
ユナがその才能を現すたび、エルの瞳は暗く濁り、独占欲を剥き出しにしていく。
「誰にも見せないで。君の価値に、世界が気づいてしまうから」
これは、あまりに純粋な天才少女と、彼女を救うふりをして世界から隠し、自分の檻に閉じ込めようとする「猛禽」な王子の物語。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる