氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第四章 王立学院中等部三年生

228 三日間のお休み④

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Side:アシェル14歳 夏



翌日。

アシェルが起きるよりも早くイザベルがやってきて、起きるまで傍に控えていてくれたようだ。

アベルとの話は午後なので、薬が効いているアシェルをたっぷり寝かせてくれるためだろう。もうお昼前になっていた。

お陰でかなり頭も身体もスッキリしていた。

「お目覚めになられましたか?旦那様より、必要なら数を用意すると伺っておりますが……。」

「ううん。要らないよ。たまに飲むのなら良いかもしれないけど、多分毎日飲んでたら効かなくなっちゃうだろうから。分解にも慣れちゃうしね。あぁ、でも。デビュー前日くらいはちゃんと寝たいから、一つだけは貰っておいてほしいかも。素材的に量産もすぐに作るのも難しいやつだから、デビュー前に間に合えば良いっていう伝言もお願いできる?ウィルに言ってくれたら、お父様に伝えてくれると思うから。」

「かしこまりました。さぁ、お着替えいたしましょう。本日は時間がかかりますから。」

「うん、お願いね。」

寝間着を脱いで、あとはイザベルにお任せしてしまう。

流石にドレスを自分で着るのは無理だ。

「アシェル様……前より食べていらっしゃるのに、またお痩せになられましたね。週一でも食事はお辛いですか?」

「ううん。戻したりはしてないよ。ホルモン剤飲むの止めたから、前より太りにくくなってるんだと思う。どうせ減るなら、胸も一緒に減ってくれたらいいのに。」

「栄養が足りていないので増えてはいませんけど、ほとんど減りもしていないですからね。少々バランスが悪いので、コルセットの下に一枚かませますね。緩めに締めておきますが、気分が悪くなられるようでしたら教えてくださいませ。」

貴族令嬢は嫌でもコルセットを思いっきり締められるのに、その必要はないと判断されたらしい。

体調が悪い中、月の物が定期的に来るのは辛いのでホルモン剤を飲むのを止めたが、あまり心配をかけないためにも飲み続けたほうが良いだろうか。

そんなことを悩んでいる間に、イザベルはテキパキと身支度を整えてくれる。

しっかりとスキンケアをしてから化粧を施してくれ、髪も綺麗に結わえられる。

鏡に映るアシェルは、どこからどうみても健康的な令嬢だった。

「アシェル様。紅をつける前にこちらを。」

ホカホカと湯気をたてるマグカップを渡され、口をつける。
朝ご飯として、冷めないようにストレージに仕舞っておいてくれたのだろう。

「ありがとう。……ベルが作ったのじゃないわね。」

「料理長にお願いして、皆様にお出しするスープの、味付け前のモノを頂いてまいりました。これでしたら飲めるかと思いましたが、味が濃いですか?」

「ううん。大丈夫よ、ありがとう。」

いつもとは違う味のするスープを、ゆっくりと時間をかけて飲み干してしまう。

そのマグカップを返せば今度はココアが渡され、それも時間をかけて飲む。
昨日冒険者ギルドでココアは飲めたと伝えたので、わざわざ用意してくれたようだ。

多ければ残しても良いと言われたが綺麗に飲み干して、口を濯いで口紅をつけてもらう。

これでアベルと話すための支度は完了だ。

「旦那様の様子を確認してまいります。少々お待ちくださいませ。」

イザベルが確認を取ってくれ、今日アシェルと話すために午後のお休みを取ってくれたアベルの元へと向かう。

迎え入れられたアベルの私室には、アベルとメアリーが揃って座っていた。

「今日はわたくしの為に、お休みまで取っていただいて申し訳ありません。」

「気にしなくて良いよ。話しておかなくてはならないことだしね。座りなさい。」

アベルに促され、アベルたちの向かい側に座る。

アシェルの前に出された紅茶に一口だけ口をつけ、本題に入った。

「お父様。今年のデビューですが、性別の発表についてはどうしたらいいでしょうか?」

「私としてはどちらでも構わないと思うけれど、これを逃すと発表は難しくなるだろうからね。出来れば娘だと発表したいが……。アシェはそれで良いのかい?」

「えぇ、構いませんわ。……というよりも、もう誤魔化すのは難しいでしょうから。」

そっと胸元に手を当てると、アベルもそれで分かったのか苦笑する。

「そうだね。どうしても身体の成長に差は出てしまうからね。ただ……アシェはそれで嫌じゃないのかい?公爵家の娘だと分かれば間違いなく求婚が増えるだろうし、学院内でもアシェ自身にアプローチを掛ける男も増えるだろうね。それはアシェ自身が望むと望まないとに関わらず、自分自身が女だと強く意識せざるを得ない状況にしてしまうよ。」

「それは分かり切っていることなので大丈夫です。ですが……発表した後も、出来れば男の子の制服で学院には通いたいのですが、その許可はいただけますか?貴族令嬢はズボンを普段履かないことは分かっているのですが、昔も制服以外ほとんどスカートを履いたことが無かったので……スカートだと動きにくく感じてしまうんです。勿論今まで通り週に一度は女装でというなら、学院へも女性の制服で通いますし、割合を変えろと言うなら、週に一度男装でも構いません。」

アシェルの言葉に少しだけアベルが悩んだ。

やっぱり貴族令嬢だと発表してしまったら、もう男の子の恰好をするのはダメだろうか。

元はメアリーに好かれようとして始めたこととはいえ、既に男装で過ごすことに慣れてしまっている。
今更女の子の装いに戻したところで、周囲とどういう風に関わって良いのか分からなかった。

「アシェが過ごしやすいように過ごしてくれて構わないよ。今までと大きく生活を変えろと言うのは、精神的にも負担が大きいだろうからね。ただ、デビュタント翌日は噂が事実かを確認しにくる生徒がいるだろうから、一日だけは女性の制服を着てくれるかい?それと胸潰しを付けるのは止めて、邸の中で男装をしているスタイルくらいまでにすることは約束してほしい。さすがに無理に胸部を圧迫し続けるのは、骨格に影響が出て健康被害に繋がる恐れもあるからね。そのあたりはなるべくイザベルが気を付けてくれていたみたいだけれど、骨格の歪みは薬や魔法ではどうにもならないからね。あぁ。今後の社交界には、男装して出ることは許さないよ。もし男装してパーティーに参加するのなら、友人達のホームパーティーまでだね。」

「ありがとうございます、お父様。それと……デビュタント前に仲の良い友人には、女であることを伝えてしまっても良いでしょうか?出来れば、わたくし自身の口から説明したくて……。」

「前に言っただろう。女であることを打ち明けるかどうかは、アシェ自身が判断していいと。……アシェはアークエイド殿下の言う“特別な好き”を理解できたかい?」

今の話の流れで、何故それを聞かれるのかが分からない。

でもアベルが聞いてくるのだから、きっとこの打ち合わせに必要な事なのだろう。

「分かった……のだと思います。アークの言う“特別な好き”かどうかは分かりませんが、少なくとも、わたくしの中の一番はアークだったんだなって。……でも、アークには言うつもりはありませんわ。もしお父様が良いと思う縁談があれば、進めて貰って構いませんから。間違ってもわたくしの気持ちが、アークや陛下たちには伝わらないようにお願いします。」

「アシェは本当にそれで良いのかい?」

「えぇ。ムーラン皇女殿下との婚約の話もありますし。……何よりアークはもう、わたくしには愛想を尽かしてしまってるでしょうから。……なんにせよ、この気持ちを伝えるつもりはありませんわ。ムーラン皇女殿下とも仲良くされていますし、下手に横槍を入れたくありませんもの。」

にこりと笑ったアシェルの取り繕った笑みに、アベルもメアリーも気付かないふりをする。
指摘したところで、アシェルの意見が変わることは無いと知っているから。

「アシェの気持ちは分かったよ。理由を教えるわけにはいかないが、今すぐアシェがアークエイド殿下に“特別な好き”を伝えたとしても、殿下はそれを受け取らないだろうからね。まぁ、殿下にしては少し不器用すぎる気がするけれど……。アシェがどうして愛想を尽かされたと思ったのかは分からないけれど、殿下に限ってそれは無いと言っておくよ。王族の愛は本当にしつこいからね。」

アベルが理由を教えられないというのは、外交関係で何か理由があるのかもしれない。

ただどんな理由があったとしても、アークエイドがエッチなことを引き合いに出しながら、全く熱の籠っていない眼をしていたのは事実だ。
アシェルが全くアークエイドへ何の見返りも渡せていないのだから、仕方ないことだとも思う。

それに何か事情があるにしても、アシェルの状態は酷いらしく、シオンやカナリア、イザークにまで心配をされてしまっている。
【シーズンズ】の先輩たちには会う機会が無いので分からないが、敏い先輩たちも気付いているのだろう。

いつもなら周りが気付かないような些細なことでもアークエイドは気付くのに、少し誤魔化しただけですんなりと誤魔化し通せてしまった。しつこく聞かれることもなかった。
普段なら良かったと思うだけなのに、それが余計にアシェルへの興味は無くなったのだと感じてしまう。

「それからデビューのパートナーだが……殿下がパートナーを務められなくなってしまってね。アンが代わりにパートナーになるんだが、構わないかい?」

「えぇ。アークはムーラン皇女殿下のエスコートをしなくてはいけないでしょうから。こちらからお父様かアン兄様にお願いしようと思っていましたわ。」

「……殿下は、とても悔しがっておられたよ。例えアシェが同じ気持ちではなかったとしても、ずっとアシェがパーティーの時に隣に立ってくれることを望んでいたからね。特にデビューは一生に一度のものだから。」

「仕方ありませんわ。アークは王族ですから、公務を果たさない訳にはいきませんもの。」

アベルは例え公務であっても、王族は惚れた相手をどうにかして優先しようとすることは知っている。
本来なら例え婚約話の出たムーランが居ようと、そのパートナーはモーリスに押し付けてでもアシェルのパートナー役を務めたはずだ。
だがこれが、アークエイドがアシェルの安全を優先した結果なのだとも知っている。

アークエイドがアシェルに構うことの出来ない理由を知っていて、それを教えることも出来ない。

アスラモリオン帝国との密約について知っているのは、王族と皇族。そしてその身を守る一部の人間だけだ。
アシェルはその一部に入っていないどころか護衛対象だ。

擦れ違ったまま心を摩耗させていく娘を見るのは辛いが、だからと言ってアベルの一存で教えるわけにもいかない。
父親として何もできないことが悔しい。

「今回はありがたいけど、聞き訳が良すぎるのも考えものだね。あとは……アシェに約束してもらいたい事があるんだ。デビューのデイパーティーの日は邸を出てから戻ってくるまで。決して魔法を使わないと約束しておくれ。」

「アークの周りを観るなということですか?」

でもそれなら、アベルがわざわざ魔法と大雑把に一括りにするだろうか。

ただでさえ社交界のパーティーは人の出入りが多く、王族へ危険が及ぶ可能性が高い。
それに今年は隣国の皇族が常に二人、各パーティーに参加することになるだろう。それだけでリスクは跳ね上がる。

普段のアベルなら、傍を離れるな、ずっと観ておけということはあっても、そんな危険な日に魔法を使うなとは言ってこないだろう。

理由が分からず首を傾げていると、アベルが頷き口を開く。

「正解だよ。でもそれだけじゃなくて全ての魔法をだ。必要なら身体強化くらいは使っても良いけど、体内での分解は魔力を絞って欲しい。もし気付いたら、私かアンが必ず近くに居るから声を掛けておくれ。それとアークエイド殿下には近寄らないように。」

「それは……あちらからわたくしが、危険人物扱いされてるということですか?お父様が必要だとおっしゃるのなら、不安ですけど約束しますわ。下手なことをして、外交に支障が出るといけませんもの。」

確かに正規の護衛ではないのに、片っ端から襲撃者の対応をしていたのだ。
警戒されていても仕方ない。

「辛いことを約束させてしまってごめんよ。」

「いいえ。お父様が必要だと判断されたんですもの。約束は守りますわ。……お父様とアン兄様は観ていらっしゃるんでしょう?」

「あぁ。それにアルもね。アルは騎士団員としての配置だから、少し離れているけれど。」

デイパーティーは夜会ほど会場が広くないはずだ。

三人観ていて、さらにアシェルの傍にアベルかアレリオンが居るのなら、そこにアシェルが加わって観てしまうと譲り合いが大変になるだろう。
そうでなくても、多くの護衛達が探査魔法サーチを使って警戒しているはずだ。

「理由は分かりましたわ。他に打ち合わせしておくことはありますか?」

「いや、私からはこれで全部だよ。」

「分かりましたわ。本日はお時間を作っていただき、ありがとうございます。」

「アシェル……身体は大事にしてね?学業は問題ないのなら、しばらく邸に戻ってきてゆっくりしても良いわ。貴女が倒れてしまうんじゃないかって、心配しているのよ。」

話が終わったのなら退室しようと頭を下げたアシェルに、ずっと心配そうに話を聞いていたメアリーが声をかけてくれる。
今日のメアリーの瞳には、アシェルの嫌な色は含まれていない。

「ありがとうございます、メアリーお義母様。わたくしは大丈夫ですわ。ベルもずっと傍に居てくれていますから。」

「そう……もう学院に戻るのでしょうけど、気を付けてね。」

「はい、ありがとうございます。では失礼しますね。」

アシェルは立ち上がってカーテシーをして、今度こそ本当にアベルの部屋を出て行く。

それを見送ったアベルとメアリーは、小さな溜め息を吐いた。

「旦那様……わたくしにもアシェルにも話せない理由があるのは存じ上げていますけど……。それでも、アシェルが無理をしているのを見るのは辛いわ。アシェルにだけでも教えてあげることは出来ないの?」

「出来たらどんなに良いかと思うけどね。アシェに話してしまったら、自分が囮になるといって聞かないだろうから……。」

「どちらにしても危険なのね。わたくしにも何かできることはあるかしら?」

「メアは気にしなくて良いんだよ。何かあっても私かアンが絶対に守ってみせるから。伊達に陛下の護衛を務めてはいないからね。それに学院内ではエラート殿もマリク殿も目を光らせていてくれるから。」

「そう……アシェルの傍に知っている子が居るのなら、少しは安心できるわ。」

そう笑いながらも、やはり心配そうなメアリーをアベルは抱きしめる。

「ごめんよ、メア。君にまで辛い思いをさせてしまって。」

「一番つらいのはアシェルだわ。せめて一生に一度のデビューの日に、何も起こらないことをお祈りしておくわ。」

両親の心配を知らぬまま、アシェルはまた王立学院での日常に戻ったのだった。

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