氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第四章 王立学院中等部三年生

227 三日間のお休み③

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Side:アシェル14歳 夏



無事に冒険者ギルドでイザベルと落ち合ったアシェルは、馬車を借りてメイディー公爵家のタウンハウスに帰ってきた。
一人なら歩いても良いのだが、イザベルまで歩かせるわけにはいかないからだ。

馬車は停留所にタクシー代わりの馬車が数台停まっている。
目的地を告げ、お金を払えばそこまで運んでくれる辻馬車だ。

まだ昼間だと言うのにイザベルはお風呂の準備をしてくれ、アシェルをお風呂に入れてくれた。
極上のマッサージ付きだ。

それから素麺を湯がいて持ってきてくれる。

邸に居る間は食事は要らないと伝えて貰ったし、アベルと話すのは明日だ。

肌に悪いからと目元のカバーもしてくれなかった。
今日はいつ寝ても良いように、先に食事を持ってきてくれたのだろう。

固形物を受け付けなくなっていたが、週に一度であれば辛うじて、素麺だけは食べられるようになっていた。

毎日や一日置きだと吐き戻してしまうので、今はイザベルがこうやって様子を見て素麺を出してくれる。
普段は丁寧に具の取り除かれたコンソメスープで栄養を摂っている。

一度栄養剤を作って飲んでみたのだが、味が濃く感じて飲めなかった。
錬金しても味見が出来ないので、長らくマナポーション以外は作っていない。

「ベル……ベルは料理長のご飯食べておいで?使用人のご飯って言っても、素麺より美味しいのが色々出てくるでしょ?」

「わたくしはアシェル様とお食事を共にしたいから、一緒に居るのです。それに今回は邸の侍女として戻ってきたわけじゃありませんから。こうしてアシェル様と一緒に食事を摂っても問題ないはずです。それに、素麺も美味しいですから。」

アシェルは今、自室の小さな応接セットでイザベルと素麺を食べていた。
侍女ではないというものの、いつものお仕着せ姿だ。

寮は応接間があるので寝室には応接セットは置いていないが、一応邸の私室にはシンプルなものを置いてある。

明らかにアシェルのお世話の為に付いてきたのに、お風呂上りからずっとこう言い張られているのだ。

「じゃあ、今日は一緒に寝てくれる?侍女じゃないなら、一緒に寝ても良いでしょ?」

「アシェル様がそれでお眠りになられるのでしたら、ご一緒させていただきますが……わたくしが隣に居たら、アシェル様はお眠りになられないでしょう?ソファで眠らせていただくから、気になさらないで。」

「じゃあ、ベルが眠たくなるまででも良いから。それまでに寝れてなかったら、僕がソファに行くよ。」

「駄目です。ただでさえ疲れが取れていないのに、ソファでお眠りになるのは許しませんからね。……もう横になられるのであれば、わたくしが眠たくなるまででしたらお邪魔させてもらいますわ。片付けと寝支度を終わらせたら戻ってまいりますので。」

「ほんと?じゃあベルが戻るのを待ってるね。……ちゃんと戻ってきてくれる?」

「当たり前です。わたくしはアシェル様の侍女ですよ。アシェル様がお望みでしたら、どこへでもお供します。というよりも、アシェル様が嫌がってもお傍に仕えさせていただきますから。」

「ふふっ、ベルが言うと信憑性あるな。じゃあ待ってるね。」

にこっと微笑んだアシェルは、いそいそと布団の中に潜ってしまう。

疲れが溜まっているのか、それだけ心への負担が大きいのか。

最近ではイザベルが近くを離れる時に、不安を口にすることが増えた。
かなり情緒不安定になってしまっている。

それとは別にこの三日間で、今までと違う噂が出回り始めたのが気がかりだ。

そんなイザベルの気苦労は知らず、戻ってきたイザベルと一緒に横になったアシェルは、ご機嫌でイザベルを愛でていた。

「やっぱりベルは可愛いなぁ。絶対いいお嫁さんになるし、アル兄様には勿体ないよ。僕が本当に男だったら、ベルのことお嫁さんにしたかったな。」

「っ、分かりましたからっ。向かい合わせで、あまり強く抱きしめないでください。……メルティー様が凶器だという意味が良く分かりますわ。」

「あはは……ごめんね。後ろからなら良い?ベルをぎゅってしてたいんだ。」

アシェルの希望に合わせ、背中を向けてくれたイザベルをまた抱きしめる。

イザベルに迷惑をかけてしまっているのは分かっているが、違うと分かっていても人肌が恋しい。

「アシェル様はまだ“特別な好き”が分かっておられないのでしょう?もしアシェル様が本当に男だったとして、“特別な好き”をくれない相手にわたくしを嫁がせるつもりですか?」

「んー……それは嫌だなぁ。でも、僕が男だったらって考えたら、多分僕の“特別な好き”はベルだったんじゃないかなって思うよ。そう考えた時、ベルしか考えられなかったから。」

「……アシェル様は。“特別な好き”を理解されたのですか?」

「どうなんだろう……これが本当に皆の言う、“特別な好き”か分からないんだよね。でも色々考えたら、大切なモノはいっぱいあるのに一緒に一生過ごすって考えたら、驚くほどスッキリしてた。一人しか残らなかったんだもん。……ねぇ。僕がクリストファー先輩に睡眠薬盛られた時……あの時のシャツ、アークのだよね?」

そう。アシェルの中に残ったのはアークエイドだけだった。
もし自分が男ならと考えたらイザベルも残ったが、もしもの話だし、その前提条件が無ければ他の誰も残らなかったのだ。

「……お気づきでしたか。」

「ううん。気付いたのはついこの前。イザベルを泣かせちゃった日に、アークに抱きしめられて……あの生地じゃなくて、アークの匂いがしたから眠れたんだなって。おかしな話だよね。ずっと一緒に居た時は分からなかったのに、アークが居なくなって初めて分かったんだよ。今更気付いたって遅いのに……。」

「アシェル様。別に遅くはありません。それをアークエイド様にお伝えすれば——。」

「駄目だよ。アークがぎゅってしてくれた時、いつもの眼をしてなかったもん。僕がいつも貰ってばっかりで、何もお返し出来てないから。愛想尽かされちゃったんだと思う。そもそも家族じゃないのに、何もお返ししてない時もずっと愛情をくれようとしてたのがおかしいんだから。それに……もしアークがまだ好きでいてくれても、ムーラン嬢と婚約するかもしれないでしょ?それなのに余計な事言えないよ。僕なんかより、国同士の繋がりの方が大事だから。ムーラン嬢はアークのこと好きだし、ちゃんと話せば分かってくれる子だから。少し矯正は大変かもしれないけど、ちゃんとして良いことと悪いことが分かれば、素敵なレディになると思うよ。公務の間はちゃんと皇族らしい振る舞いが出来ていたから。」

イザベルがぎゅっと、アシェルの腕を抱きしめてくれる。

「アシェル様……わたくしはアシェル様のお傍にずっといますわ。血の繋がりはなくても、アシェル様はわたくしの大切な家族です。見返りなんて必要ありませんわ。わたくしにも旦那様や奥様やご兄妹にも。見返りなんて無くても、皆アシェル様のことが大好きです。」

「ありがとう、ベル。僕も大好きだよ。……人肌は恋しいけど、やっぱりベルと一緒に寝ると眠れそうにないね。眼を閉じてると、ベルがベッドから落ちちゃんじゃないかってドキドキしちゃう。」

「わたくしはもう小さな赤ん坊ではありませんわっ。覚えてないんですから、あまり言わないで下さいませっ。」

イザベルはそういうが、アシェルは思いだそうとすれば思いだせるのだ。
小さくてぷくぷくとしていて愛らしい。そしてお転婆すぎて危なっかしいイザベルのことを。

それにアークエイドがくれた沢山の愛情も思いだせる。
普通はこんなにハッキリと思い出せないらしいので、幸せな思い出があるだけでも恵まれている。

初恋は叶わないものだと聞いた事があるし、そもそも貴族なので恋愛結婚できる人の方が稀だろう。

家族や友人からの愛情も沢山貰って、薫だった時には考えられないほど光と愛情にあふれた世界に生きているのだから、これ以上望むのは贅沢だ。
もっと贅沢がしたいなんて我儘を言ってしまうと、神様にこの幸せな世界を取り上げられてしまいそうだ。

「僕はちゃんとここで横になってるから、アル兄様のお部屋に泊まらせてもらっておいで?きっとアル兄様はとっても喜んでくれるから。」

「わたくしはソファでっ!」

「それはダメ。ベルがここで寝て僕がソファで寝るか、ベルがアル兄様と寝て僕がここで寝るか。どっちかだよ。もし使用人室で寝たりしたら、僕は今日邸を脱走して、明日お父様とお話しする時間まで戻ってこないからね。」

「……分かりましたわ。アル様のところへ行ってまいります。その前にアシェル様の錬金小屋から魔道具を持ってまいりますので。御用がある時は必ずそちらでお呼びください。というよりも、寝台を降りられる前には必ずお呼びください。それが約束できないのであれば、私は一晩中でも壁際に控えさせていただきます。」

「今日は侍女じゃないって言ったのに……。」

「お傍に置いて下さらないのでしたら、最低条件です。アシェル様の条件を呑むのですから、わたくしの条件も吞んでいただけますよね?」

イザベルは聞いてくれているが、アシェルが嫌だと言っても聞いてはくれないだろう。
このイザベルの問いに選択肢は無いのだ。

「分かった。ちゃんと約束する。」

イザベルを腕の中から解放すると、何か取り出してサイドチェストの上に置かれた。

「本当はもう少し遅い時間にお渡しする予定でしたが……。旦那様のお作りになられた睡眠薬とマナポーションです。お眠りになりたいのに眠れなければ服用くださいませ。それから旦那様から伝言です。本日は周りに気にするものは無いのだから、ゆっくりとお眠りになるようにとのことです。」

イザベルはそう説明しながらネグリジェの上からお仕着せを着て、手早くシニヨンキャップの中に髪の毛を纏めていれてしまう。

しっかり仕事をするためじゃないので簡単に身支度をしているのだろうが、手際の良すぎる早着替えだ。

「お父様が?……皆に心配かけちゃってるみたいだし、もう飲んでおくよ。その方が、ベルも安心でしょ?」

「そうですね。アシェル様が寝付くまでは傍におりますし、お眠りになられたら魔道具を持ってきて、ボタンはサイドチェストの上に置いておきます。ちゃんとアル様のお部屋を伺うと約束しますので、ゆっくりお休みになられてください。」

「うん、ありがとう。おやすみなさい。」

「おやすみなさいませ。」

アベルの用意してくれた薬瓶を二本とも飲み干し、アシェルはまた布団の中に潜りこんだ。

掛け布団の上から、イザベルがぽんぽんと一定のリズムで背中を叩いてくれる。

強烈な眠気に襲われながらも、うつらうつらとして中々寝付けなかったアシェルがようやく寝付いたのは、10分以上経ったころだった。
アベル曰く、常人なら飲んですぐ夢の中だという睡眠薬なのに。

イザベルは戸締りを確認して、空調の魔道具と足元灯の一つにだけ魔力を注ぎ、アロマも焚いておく。
少しでもリラックスできる様にラベンダーの香りだ。

リリアーデに助言を受けてお昼寝の時に使っているようなので、匂いが嫌だったり気分が悪くなったりはしないだろう。

それから魔道具を取ってきて伝えておいた場所に置き、アベルにアシェルの様子を報告に行く。
明日の朝で良いと言われていたが、まだ就寝時間には早いし、アシェルのことが心配だろう。

報告を終えたイザベルは、アシェルとの約束通り、アルフォードの元を訪れた。
アシェルが特別な好きに気づいたらしいことと、それを伝える気はなさそうだということを伝えておいた。

そして、アルフォードがイザベルを大切なモノの中で一番だと気付いた選び方を教えて貰った。
アシェルの話しぶりに、恐らく同じようにふるいにかける作業をしたのだろう。

王立学院内で出回り始めた噂のことは、アルフォードに伝えることが出来なかった。


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