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第四章 王立学院中等部三年生
235 デビュタント③
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Side:アシェル14歳 夏
続々とホールの中に、今年デビューする貴族令息令嬢達が入場する。
ようやく準男爵家まで入場を終えて、少ししたところで国王陛下であるグリモニアからデイパーティーの始まりを告げる挨拶があり、一気に会場の中は賑やかになる。
今からアシェルがすることは、雛壇の上にいるグリモニアを始めとした王族と、今年は来賓として同じく雛壇の上にいるムーランとモーリス達に挨拶をすることだ。
白騎士やダーガやクーフェ達、そしてアベルも、護衛として雛壇の壁際に控えている。
これも家格順らしく、アシェルは真っ先に挨拶をしに行かなくてはならない。
それもパートナーであるアレリオンを伴わずに、一人でだ。
パーティーホールの中は沢山の人で賑わっているが、雛壇の前だけ挨拶する人間の為にぽっかりと開けている。
「アシェ、頑張っておいで。大丈夫。僕も父上も居るからね。」
「ありがとうございます、アン兄様。行ってきますね。」
アシェルが挨拶しないことには他の人が挨拶できないので、覚悟を決めてその開けた場所に歩み出る。
今年デビューする令息や令嬢を確認しようと、沢山の視線が集まるのを感じる。
指定の位置まで移動して歩みを止めたアシェルは、一つ深呼吸して壇上を見上げた。
「お目通り失礼いたします。メイディー公爵家が娘、アシェル・メイディーです。」
一瞬会場がざわつく。
メイディーの息子たちがこういう挨拶の時に言うのは、護衛のための女装だとしても息子か子としか自己紹介しないからだ。
挨拶を受けたグリモニアの眼が細められる。
「デビューおめでとう、アシェル嬢。しかし……息子ではなく娘とな?」
本来なら最初の一言を貰えば挨拶は終了だ。
だがグリモニアからの質問には答えなくてはいけないし、アシェルがれっきとしたメイディー公爵家の長女だと、ここで示さなくてはいけない。
「はい。本日までメイディー公爵家の三男として過ごさせていただいておりましたが、本来であれば長女にございます。長らく性別を偽っておりましたこと。この場で謝罪させていただきます。」
深々と頭を下げたアシェルの姿に、先程までとは非にならないどよめきが起きる。
遠慮なく向けられる視線が痛い。
「アベル……どういうことか説明してもらおうか。」
「娘の言った通りですよ。とてもメイディーらしい素質を持つ娘が、世間に潰されないためには必要でしたから。我が家の“メイディーらしい”という言葉は、男のためだけにある言葉ですからね。実際。アシェはメイディーの一員として、素晴らしい成果を既に出しているでしょう?もう大丈夫だと思ったので、本日公表することにいたしました。あぁ、私からの命令ですので、アシェを咎めないで下さいね。」
「……そういうことか。確かに、才能を埋もれさせるには勿体ない人材だが……。長女というのは惜しいな。」
「陛下にそう言っていただけて何よりです。席を外させていただいても?」
「構わん。お前のせいでこの状況になっているんだ。娘についていてやれ。」
「ありがとうございます。」
ぺこりと頭を下げたアベルが降りてくる。
グリモニアはアシェルが女だということは知っているので、これは事前に二人が打ち合わせしたパフォーマンスなのだろう。
それも責任をアベルに押し付けることで、アシェルが非難されないように。
グリモニア以外は何も聞かされていなかったのだろう。
壇上に居る人々の驚きの表情が目に入る。
「アシェ、よく頑張ったね。ソファに休みに行こうか。」
アベルはそういってアシェルをエスコートしてくれようとするが、身体が上手く動かない。
この視線の持ち主たちがどんな色の目をしているのか分からないが、身体がすくんでしまっている。
「負担をかけてしまってごめんよ。」
ふわりとアシェルの身体が持ち上がった。
アベルに抱えられて、休憩の為に設けられたソファへと移動する。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」
腕の中で緊張に身体を強張らせたまましがみつくアシェルに、アベルは苦笑する。
「アシェが気にすることじゃないよ。さぁ、少し休もう。」
アシェルが引いたので、ノアール、エラートと順番にまた挨拶が行われている。
覚悟はしていたことなのに、結局アベルに迷惑をかけてしまった。
もう目立つ場所に居る訳ではないのに、それでもやっぱりアシェルに注がれる視線は残っている。
そんなアシェルを抱えたままソファに腰を降ろしたアベルの元へ、メアリーとアレリオンがやってくる。
「アシェル、お疲れ様。大丈夫よ。ここで少しゆっくりしましょう。ご婦人やご令嬢達のお相手は、わたくしに任せてちょうだいね。」
「父上、代わりますよ。アシェ、お疲れ様。よく頑張ったね。ここに挨拶しに来る人もいるだろうけど、僕や父上に任せてね。」
「メアリーお義母様……アン兄様。ありがとうございます。」
ソファは二人掛けなので、アレリオンがアベルの隣に腰を降ろし、アシェルはアレリオンの膝の上に受け渡される。
ぎゅっとしがみつくアシェルの背中を、宥める様に優しくポンポンと撫でてくれる。
「さぁ、メアはこっちだよ。」
「旦那様っ。わたくしは立っていますわ。」
「アンにアシェを盗られてしまったからね。」
サッと立ち上がったアベルは、メアリーを抱えて着席する。
メアリーは顔を真っ赤にして手で顔を覆ってしまった。
そんなメイディーの通常営業とも言える状態の四人の元へ、一人の老齢の紳士が声を掛けた。
「メイディー卿。並びにご令嬢のアシェル嬢。この度は社交界デビューおめでとうございます。」
その声の持ち主は、アシェルもよく知る王立病院の院長先生だ。
「院長先生……お祝いありがとうございます。このような格好で失礼いたします。」
「オーラム卿、ありがとう。どうだい?うちの娘は可愛いだろう?」
「メイディー卿は相変わらずですな。改めて、自己紹介させていただきましょう。メイディー地方の侯爵をしている、ヴェイル・オーラムと申します。アシェル嬢の作った薬やレシピにはとても助けられているよ。それに、健やかにお育ちのようでなによりだ。」
院長改め、ヴェイルは柔らかい笑みを浮かべた。
ただアシェルは今まで薬やレシピを王立病院に提供したことはあっても、入院したことは無い。
社交辞令だろうかと首を傾げたアシェルに、ヴェイル自身が説明してくれた。
「アシェル嬢は覚えていらっしゃらないだろうけど、私はお生まれになってからしばらく、担当医をさせていただいていたからね。あぁだから私は、最初から三男ではなく長女だと知っていたよ。貴族名鑑の写真を見た時は驚いたけれど、アシェル嬢の才能を考えると良い判断だったと思うしね。」
確かアシェルが本邸に移ってくるまでは、サーニャと一緒に数名の医師も泊まり込みでアシェルの面倒を見てくれていたはずだ。
さすがに乳児期の記憶は朧気だが、頑張って記憶を引き出せば該当する人物が居る気がする。目の前の人物は、記憶にあるよりもかなり老けてしまっているが。
「副院長……?」
「おや。そうだね、当時はまだ副院長だったよ。メイディー卿。貴方がずっと副院長なんて呼ぶから、アシェル嬢が覚えてしまったんじゃないのかい?」
「うちの子は頭が良いとずっと言ってるだろう?」
アベルとヴェインは互いに笑って言葉を交わしている。
アベルの子供自慢は、どうやら医療従事者の間では有名な話らしい。
「さて、私がいつまでも話していると、挨拶を待っている部下たちが来れないからね。このままここで挨拶で良いんだろう?」
「あぁ。流石にアシェをホールに戻すわけにはいかないからね。」
「了解した。ちなみに、アシェル嬢の個人依頼はいつから受け付けるんだい?」
「うーん、今すぐにという訳にはいかないかな。色々と落ち着いたらだね。」
「まぁ、確かに。しばらくはあまり目立たない方が良いだろうね。今日の話で暫くうるさいだろうから。では、失礼するよ。」
ヴェイルが去った後、顔見知りから初対面まで沢山の人が挨拶に来てくれた。
アベルの繋がりもあるのだろうが、紹介を聞くと医療従事者ばかりだ。
流石にアシェルが女だったと知る人は居なかったが、それでもメイディーらしい才能を潰さないための嘘だったと受け入れられているようだ。
その才能が埋もれなくて良かったと、力説してくれる人までいた。
アシェルが一言言葉を交わすだけで、あとはアベルとアレリオンが対応してくれる。
その挨拶が終われば、今度はご婦人やご令嬢達が連なってやってきた。
こちらはメアリーが一手に引き受けてくれて、アシェルは頭を下げるだけだ。
というよりも、皆扇で口元を隠してうふふ、おほほと社交辞令や噂の飛び交う、腹の探り合いのような会話を繰り広げている。メアリーも。
かなり神経を使う会話のようなので、メアリーが相手を引き受けてくれたのだろう。
疲れの取り切れていない今のアシェルには上手く対応できる気がしないので、有り難くメアリーに甘えることにした。
「アシェ、挨拶ばかりで疲れただろう。……少し熱があるんじゃないのかい?身体が熱いよ。」
アレリオンの顔が近づいて、こつんと額がくっつけられる。
少しひんやりと感じるので、確かに熱が出ているのかもしれない。気疲れしてしまったのだろうか。
「大丈夫ですわ。沢山ご紹介いただいたので、知恵熱かもしれません。」
言いながら、きゃぁっと小さな歓声が沸き上がった周囲を見てみる。
遠巻きにこちらを見ている男女のペアの中に、ユーリとミルルが居るのが見えた。少し離れた位置にはシャーロットとマチルダが居て、その隣に苦笑するユリウスと担任のクライスまで立っている。
——もしかして、遠巻きに見ている壁のようになっている人たちは、パートナーの片割れないし両方がファンクラブ会員だったりするのだろうか。
どんな場所でもブレない【シーズンズ】の行動に苦笑していると、その人ごみの中からクリストファーがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「アシェル嬢、デビューおめでとう。アレリオン先輩、お久しぶりですね。」
「ありがとうございます。」
「久しぶり、クリストファー君。」
「挨拶はひと段落付いたようなのでアシェル嬢をテラスにお誘いしたいんですが、宜しいですか?アレリオン先輩も挨拶回りがあるでしょう?」
確かに社交界は、顔を繋ぐ場所でもある。
アシェルに付きっきりにさせてしまったせいで、アレリオンの貴重な時間を奪ってしまった。
「うーん……そうだね。アシェ。少し風に当たっておいで。でも、もし寒気がするようだったりしたら、クリストファー君に休憩室まで案内してもらいなさい。」
「わたくし、ここでお父様たちと一緒に待ってますわよ?」
「父上とメアリー義母上も挨拶をしないといけない人がいるからね。クリストファー君。今日はメイディーの女の子として連れて来てるんだ。アシェが本気で嫌がらなければ、ナニをしてもどんな噂になっても構わないから、連れて行ってくれるかい?少し熱があるみたいだから、身体が冷えすぎないようにだけしてやってほしいんだ。」
まさかアレリオンが、クリストファーにアシェルを託すとは思わなかった。
それに何を想定した言葉なのか、その意図も分からない。
「私はレディが本気で嫌がることをするつもりはありませんよ。男性でしたら別ですけどね。アシェル嬢。お手をどうぞ。」
まだ戸惑いの中にいるアシェルに、クリストファーの手が伸ばされる。
「アシェ、行っておいで。」
「……分かりましたわ。クリストファー様、よろしくお願いしますね。」
膝から降りるためにアレリオンの頬にキスをすれば、お返しのキスを貰う。
アレリオンの温もりから離れたアシェルは、クリストファーの手を取り、一緒にテラスへと向かった。
続々とホールの中に、今年デビューする貴族令息令嬢達が入場する。
ようやく準男爵家まで入場を終えて、少ししたところで国王陛下であるグリモニアからデイパーティーの始まりを告げる挨拶があり、一気に会場の中は賑やかになる。
今からアシェルがすることは、雛壇の上にいるグリモニアを始めとした王族と、今年は来賓として同じく雛壇の上にいるムーランとモーリス達に挨拶をすることだ。
白騎士やダーガやクーフェ達、そしてアベルも、護衛として雛壇の壁際に控えている。
これも家格順らしく、アシェルは真っ先に挨拶をしに行かなくてはならない。
それもパートナーであるアレリオンを伴わずに、一人でだ。
パーティーホールの中は沢山の人で賑わっているが、雛壇の前だけ挨拶する人間の為にぽっかりと開けている。
「アシェ、頑張っておいで。大丈夫。僕も父上も居るからね。」
「ありがとうございます、アン兄様。行ってきますね。」
アシェルが挨拶しないことには他の人が挨拶できないので、覚悟を決めてその開けた場所に歩み出る。
今年デビューする令息や令嬢を確認しようと、沢山の視線が集まるのを感じる。
指定の位置まで移動して歩みを止めたアシェルは、一つ深呼吸して壇上を見上げた。
「お目通り失礼いたします。メイディー公爵家が娘、アシェル・メイディーです。」
一瞬会場がざわつく。
メイディーの息子たちがこういう挨拶の時に言うのは、護衛のための女装だとしても息子か子としか自己紹介しないからだ。
挨拶を受けたグリモニアの眼が細められる。
「デビューおめでとう、アシェル嬢。しかし……息子ではなく娘とな?」
本来なら最初の一言を貰えば挨拶は終了だ。
だがグリモニアからの質問には答えなくてはいけないし、アシェルがれっきとしたメイディー公爵家の長女だと、ここで示さなくてはいけない。
「はい。本日までメイディー公爵家の三男として過ごさせていただいておりましたが、本来であれば長女にございます。長らく性別を偽っておりましたこと。この場で謝罪させていただきます。」
深々と頭を下げたアシェルの姿に、先程までとは非にならないどよめきが起きる。
遠慮なく向けられる視線が痛い。
「アベル……どういうことか説明してもらおうか。」
「娘の言った通りですよ。とてもメイディーらしい素質を持つ娘が、世間に潰されないためには必要でしたから。我が家の“メイディーらしい”という言葉は、男のためだけにある言葉ですからね。実際。アシェはメイディーの一員として、素晴らしい成果を既に出しているでしょう?もう大丈夫だと思ったので、本日公表することにいたしました。あぁ、私からの命令ですので、アシェを咎めないで下さいね。」
「……そういうことか。確かに、才能を埋もれさせるには勿体ない人材だが……。長女というのは惜しいな。」
「陛下にそう言っていただけて何よりです。席を外させていただいても?」
「構わん。お前のせいでこの状況になっているんだ。娘についていてやれ。」
「ありがとうございます。」
ぺこりと頭を下げたアベルが降りてくる。
グリモニアはアシェルが女だということは知っているので、これは事前に二人が打ち合わせしたパフォーマンスなのだろう。
それも責任をアベルに押し付けることで、アシェルが非難されないように。
グリモニア以外は何も聞かされていなかったのだろう。
壇上に居る人々の驚きの表情が目に入る。
「アシェ、よく頑張ったね。ソファに休みに行こうか。」
アベルはそういってアシェルをエスコートしてくれようとするが、身体が上手く動かない。
この視線の持ち主たちがどんな色の目をしているのか分からないが、身体がすくんでしまっている。
「負担をかけてしまってごめんよ。」
ふわりとアシェルの身体が持ち上がった。
アベルに抱えられて、休憩の為に設けられたソファへと移動する。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」
腕の中で緊張に身体を強張らせたまましがみつくアシェルに、アベルは苦笑する。
「アシェが気にすることじゃないよ。さぁ、少し休もう。」
アシェルが引いたので、ノアール、エラートと順番にまた挨拶が行われている。
覚悟はしていたことなのに、結局アベルに迷惑をかけてしまった。
もう目立つ場所に居る訳ではないのに、それでもやっぱりアシェルに注がれる視線は残っている。
そんなアシェルを抱えたままソファに腰を降ろしたアベルの元へ、メアリーとアレリオンがやってくる。
「アシェル、お疲れ様。大丈夫よ。ここで少しゆっくりしましょう。ご婦人やご令嬢達のお相手は、わたくしに任せてちょうだいね。」
「父上、代わりますよ。アシェ、お疲れ様。よく頑張ったね。ここに挨拶しに来る人もいるだろうけど、僕や父上に任せてね。」
「メアリーお義母様……アン兄様。ありがとうございます。」
ソファは二人掛けなので、アレリオンがアベルの隣に腰を降ろし、アシェルはアレリオンの膝の上に受け渡される。
ぎゅっとしがみつくアシェルの背中を、宥める様に優しくポンポンと撫でてくれる。
「さぁ、メアはこっちだよ。」
「旦那様っ。わたくしは立っていますわ。」
「アンにアシェを盗られてしまったからね。」
サッと立ち上がったアベルは、メアリーを抱えて着席する。
メアリーは顔を真っ赤にして手で顔を覆ってしまった。
そんなメイディーの通常営業とも言える状態の四人の元へ、一人の老齢の紳士が声を掛けた。
「メイディー卿。並びにご令嬢のアシェル嬢。この度は社交界デビューおめでとうございます。」
その声の持ち主は、アシェルもよく知る王立病院の院長先生だ。
「院長先生……お祝いありがとうございます。このような格好で失礼いたします。」
「オーラム卿、ありがとう。どうだい?うちの娘は可愛いだろう?」
「メイディー卿は相変わらずですな。改めて、自己紹介させていただきましょう。メイディー地方の侯爵をしている、ヴェイル・オーラムと申します。アシェル嬢の作った薬やレシピにはとても助けられているよ。それに、健やかにお育ちのようでなによりだ。」
院長改め、ヴェイルは柔らかい笑みを浮かべた。
ただアシェルは今まで薬やレシピを王立病院に提供したことはあっても、入院したことは無い。
社交辞令だろうかと首を傾げたアシェルに、ヴェイル自身が説明してくれた。
「アシェル嬢は覚えていらっしゃらないだろうけど、私はお生まれになってからしばらく、担当医をさせていただいていたからね。あぁだから私は、最初から三男ではなく長女だと知っていたよ。貴族名鑑の写真を見た時は驚いたけれど、アシェル嬢の才能を考えると良い判断だったと思うしね。」
確かアシェルが本邸に移ってくるまでは、サーニャと一緒に数名の医師も泊まり込みでアシェルの面倒を見てくれていたはずだ。
さすがに乳児期の記憶は朧気だが、頑張って記憶を引き出せば該当する人物が居る気がする。目の前の人物は、記憶にあるよりもかなり老けてしまっているが。
「副院長……?」
「おや。そうだね、当時はまだ副院長だったよ。メイディー卿。貴方がずっと副院長なんて呼ぶから、アシェル嬢が覚えてしまったんじゃないのかい?」
「うちの子は頭が良いとずっと言ってるだろう?」
アベルとヴェインは互いに笑って言葉を交わしている。
アベルの子供自慢は、どうやら医療従事者の間では有名な話らしい。
「さて、私がいつまでも話していると、挨拶を待っている部下たちが来れないからね。このままここで挨拶で良いんだろう?」
「あぁ。流石にアシェをホールに戻すわけにはいかないからね。」
「了解した。ちなみに、アシェル嬢の個人依頼はいつから受け付けるんだい?」
「うーん、今すぐにという訳にはいかないかな。色々と落ち着いたらだね。」
「まぁ、確かに。しばらくはあまり目立たない方が良いだろうね。今日の話で暫くうるさいだろうから。では、失礼するよ。」
ヴェイルが去った後、顔見知りから初対面まで沢山の人が挨拶に来てくれた。
アベルの繋がりもあるのだろうが、紹介を聞くと医療従事者ばかりだ。
流石にアシェルが女だったと知る人は居なかったが、それでもメイディーらしい才能を潰さないための嘘だったと受け入れられているようだ。
その才能が埋もれなくて良かったと、力説してくれる人までいた。
アシェルが一言言葉を交わすだけで、あとはアベルとアレリオンが対応してくれる。
その挨拶が終われば、今度はご婦人やご令嬢達が連なってやってきた。
こちらはメアリーが一手に引き受けてくれて、アシェルは頭を下げるだけだ。
というよりも、皆扇で口元を隠してうふふ、おほほと社交辞令や噂の飛び交う、腹の探り合いのような会話を繰り広げている。メアリーも。
かなり神経を使う会話のようなので、メアリーが相手を引き受けてくれたのだろう。
疲れの取り切れていない今のアシェルには上手く対応できる気がしないので、有り難くメアリーに甘えることにした。
「アシェ、挨拶ばかりで疲れただろう。……少し熱があるんじゃないのかい?身体が熱いよ。」
アレリオンの顔が近づいて、こつんと額がくっつけられる。
少しひんやりと感じるので、確かに熱が出ているのかもしれない。気疲れしてしまったのだろうか。
「大丈夫ですわ。沢山ご紹介いただいたので、知恵熱かもしれません。」
言いながら、きゃぁっと小さな歓声が沸き上がった周囲を見てみる。
遠巻きにこちらを見ている男女のペアの中に、ユーリとミルルが居るのが見えた。少し離れた位置にはシャーロットとマチルダが居て、その隣に苦笑するユリウスと担任のクライスまで立っている。
——もしかして、遠巻きに見ている壁のようになっている人たちは、パートナーの片割れないし両方がファンクラブ会員だったりするのだろうか。
どんな場所でもブレない【シーズンズ】の行動に苦笑していると、その人ごみの中からクリストファーがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「アシェル嬢、デビューおめでとう。アレリオン先輩、お久しぶりですね。」
「ありがとうございます。」
「久しぶり、クリストファー君。」
「挨拶はひと段落付いたようなのでアシェル嬢をテラスにお誘いしたいんですが、宜しいですか?アレリオン先輩も挨拶回りがあるでしょう?」
確かに社交界は、顔を繋ぐ場所でもある。
アシェルに付きっきりにさせてしまったせいで、アレリオンの貴重な時間を奪ってしまった。
「うーん……そうだね。アシェ。少し風に当たっておいで。でも、もし寒気がするようだったりしたら、クリストファー君に休憩室まで案内してもらいなさい。」
「わたくし、ここでお父様たちと一緒に待ってますわよ?」
「父上とメアリー義母上も挨拶をしないといけない人がいるからね。クリストファー君。今日はメイディーの女の子として連れて来てるんだ。アシェが本気で嫌がらなければ、ナニをしてもどんな噂になっても構わないから、連れて行ってくれるかい?少し熱があるみたいだから、身体が冷えすぎないようにだけしてやってほしいんだ。」
まさかアレリオンが、クリストファーにアシェルを託すとは思わなかった。
それに何を想定した言葉なのか、その意図も分からない。
「私はレディが本気で嫌がることをするつもりはありませんよ。男性でしたら別ですけどね。アシェル嬢。お手をどうぞ。」
まだ戸惑いの中にいるアシェルに、クリストファーの手が伸ばされる。
「アシェ、行っておいで。」
「……分かりましたわ。クリストファー様、よろしくお願いしますね。」
膝から降りるためにアレリオンの頬にキスをすれば、お返しのキスを貰う。
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