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第四章 王立学院中等部三年生
243 アシェルの欲しいもの②
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Side:アシェル14歳 夏
「はい、これでイベントはおしまい。少しは息抜きに、って、ちょっとっ。終わりだってばっ。」
キスを終えてアークエイドの腕の中から逃れようとしたのに、アークエイドに強く抱きしめられる。
耳や首筋に降ってくる沢山のキスと、艶っぽいアークエイドの声で名前を呼ばれる度に、身体に甘い痺れを運んでくる。
「アシェ……。もっとアシェとシたい。アシェ——。」
「っん、ダメだってばっ。いくらお年頃だからって、キスだけで欲情しないでよっ。ひゃっ!?やぁっ、痕付けないでっ。」
プチプチとボタンを外されたブラウスの隙間から、鎖骨よりも下にきつく吸い付かれる。
それも何度も。
熱に浮かされたようにアシェルの名前を呼びながら、所有印を付け、強く抱きしめたままお尻や胸をまさぐってくる。
キス一つで我慢できなくなるほど、欲求不満なのだろうか。
アシェルだってもっと欲しいという考えを、どうにか振り払う。
気を付けていないと、口走ってしまいそうだ。
いくら毎日ムーランが部屋に泊まっていると言っても、応接間と寝室では距離があるので、抜こうと思えば抜けるだろうと思う。
護衛に見られていて、自家発電するのは恥ずかしいとかなのだろうか。
それこそダニエルの魔力で頑張って部屋を覆ってもらって、一人で抜けばいいのにと思う。
ダニエルには何をしているかバレるが、大勢の護衛達にバレるより遥かにマシだろう。
「欲求不満なら、ダニエル殿に言いなよっ。っん。明け方に交代してるから、護衛達の人数少ない時間が、んんぅ、あるでしょ?ダニエル殿なら、自家発電中でも上手く……っ……誤魔化してくれるからっ。」
「流石に護衛状況はアシェに筒抜けか。……シたくなったらアシェが抜いてくれるんだろ?今だけは公務じゃなくて、プライベートだ。」
「もうアークには、させてくれる子がいるでしょ。別に僕がシたかったわけじゃないし、状況も違うもの。僕は女だって公表しちゃったから、気軽に部屋の行き来も無理だよ。その話はもう忘れて。」
アークエイドの瞳を見ることは出来ないが、それでも熱を持った下半身を押し付けられれば、興奮していることくらいは分かる。
ただ、今とその話をした時では状況が違いすぎるのだ。
じゃあ抜いてあげようか?とも言えない。何より公務中に不用意にアシェル達に近づいてはいけないのであれば、ファンクラブイベントの範疇を越える行為はアウトだろう。
ムーランはとても純情なようだし、イベントのキスですら嫌がりそうだと思ってしまうのに。
自分がシたかったわけではないと言いつつ。
身体だけでもアシェルに反応してくれたことが嬉しいなんて、なんて馬鹿な考えなのだろうか。
このまま無理やりにでも繋がってくれれば、人肌恋しさだけでも一時は満たされるのだろう。
そして、代わりではなくアークエイドの温もりは、満たされた後に間違いなく虚しさと悲しさを運んでくるだろうとも。
——それでも繋がりたいと思ってしまう。アークエイドの子種を注いで欲しいと。
でもアークエイドはここまでしておきながら、絶対これ以上は手を出してこないだろうということも分かっている。
所有印だって、わざわざ全てブラウスの隙間からですら見えない場所に付けている。
その為にブラウスのボタンは外されたが、それ以上脱がせようとしてきているわけではない。
触ってくるところだって、アシェルの弱い場所は避けている。
身体が反応していないわけではないし、理性の箍が外れて今にもアシェルを襲いそうに見せている。でも、実際にはアシェルを全く襲う気が無いことが伝わってくる。
とてもちぐはぐな印象だ。
アークエイドの瞳が見えれば、このちぐはぐな情報の持つ意味も分かったのだろうか。
アークエイドの意図が分からなくて、どうアシェルが行動すれば正解なのかが分からない。
「……そうだな。でもどうせ……アシェは嫌がらないんだろ?」
「っ!!」
何をと問う前に、またアークエイドと唇が重なる。
先程とは違い、頭も抑えられて無理やり舌が侵入してくる。
その強引な舌遣いは今までアシェルが経験したことがあるもので、アシェルを貪り尽くそうとしているようだ。背中をゾクゾクとした快感が襲う。
イベントとは関係ない口付けなのに、拒否するべきだと分かっているのに。
甘く蕩けるような快楽に抗うことが出来ない。
——抗いたくない。
「っんぅ……はぁっ……。ダメッ……んっ……。」
力が抜ける。
あの冷めた目をしたアークエイドを見たからこそ、恋愛感情などなく、性欲を満たすことが目的だと思うのに、それでも良いと思ってしまう。
もしかしたら。こうして見返りを渡せば、またアークエイドから好意を貰えるのではないかと。
ずっとこのままでいたいと。
——でも、それは贅沢な望みだ。
たっぷりとアシェルを蕩けさせた唇が離れる。
もっとキスしてほしいという言葉を、どうにか飲み込む。
そんな言葉。
迷惑以外の何物でもない。
「……っふ……はぁ……はぁ……。あーく……まんぞく、した?」
アークエイドの表情からは何も読み取れない。
「っ……アシェ、俺は……。いや……。……全て落ち着いたら、聞いてほしいことがある。」
「……すべて……?」
今更アシェルに何を聞けというのだろうか。
しかも、邪魔者が入れず他の誰にも聞かれない今ですら話せないようなことを。
嫌な予想しか浮かんでこなくて、聞きたくないと思ってしまう。
この幸せな気持ちを塗り替えてしまいたくない。
「あぁ。俺とムーラン皇女のこんや——。」
「やだっ、聞きたくないっ!!」
なるべく意識したくなくて、ムーランの名前を出していなかったのに。
アークエイドの口から、ムーランの名前を聞きたくない。
婚約の話なんて、もっと聞きたくない。
どうせ婚約式をしてしまえば、嫌でも情報は耳に入ってくるのだ。
それまで、二人がどうするかなんて聞きたくない。
これで結婚した後も傍に仕えて欲しいなどと言われたら、アシェルにはどうしたら良いのか分からない。
アークエイドに悪気はないとしても、アシェルには耐え難い拷問だ。
「アシェ、大事な話なんだ。お願いだから最後まで——。」
「嫌って言ってるでしょ!もう離してっ!!僕には関係ないっ!二人のことに僕を巻き込まないでっ!!」
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
言っても仕方のないことなのに、国の為にアークエイドがムーランとの婚約を選ぶのは仕方のないことだと分かっているのに。
それが嫌だと口にしないだけで精一杯なのだ。
その嫌だという気持ちすら、今まで蓋をして隠してきた。
そんなことを言う資格がないことも、言える立場でもないことは分かっているから。
ムーランがアークエイドの部屋に泊まるようになったのも。
襲撃者の対象を割り出すためにも、警護のためにも必要な事だったと分かっている。
護衛対象はばらけているより固まっているほうが、戦力を固めることが出来る。
それでも嫌だと思ってしまった。
常にアークエイドとムーランが一緒に居るのも。
アークエイドの隣にアシェルが居れないことも。
何もかもが嫌だった。
その醜い感情がバレないように。
周りに伝わってしまわないように。
——この醜い感情で周囲から嫌われてしまわないように。
アシェルなりに、頑張って見ないふりをしてきたのだ。
デビュタントを境に、二人から距離を取るつもりだった。
最低限いつも通りの対応をして、遠くから見守るつもりだった。
メイディーの役割だけを果たして、そこに私情を挟まないつもりだった。
でもアークエイドの口から先に聞いてしまえば、きっとこの醜い感情は溢れ出てしまう。
嫌だと。
ムーランと婚約しないで欲しいと。
アシェルはアークエイドが“特別な好き”の相手なのだと。
アシェルが言ってはいけない言葉が出てしまう。
「僕は、僕は何も聞きたくないっ!勝手にしてよ……僕には、関係ない……。」
コントロールできない感情が、涙になって溢れ出てくる。
この残酷な温もりから抜け出したいのに、身体に上手く力が入らない。
それに、アークエイドの腕の力も緩まらない。
——もうどうしたら良いのか分からない。
「アシェ!大丈夫かっ!?」
涙で歪む視界に、エラートの姿が映る。
アシェルが大声を出してしまったから、卓上ベルを鳴らしていないのに来てくれたようだ。
廊下がざわついている。
「……エト……助けて……もうやだ……。」
「アーク、何やってやがる。その腕を離せ。」
エラートの怒気を含んだ言葉に、ようやくアークエイドの腕が緩まった。
その腕からエラートが抱え上げてくれる。
「アシェ、もう大丈夫だからな。アークを連れてきた俺の責任だ。ファンクラブの連中が、イザベルを呼びに行ってくれてる。マリクも余計なものが来てないか警戒してくれている。だから、魔力を抑えろ。その調子で放出してると、アシェが倒れちまう。」
抑えろと言われても、アシェルは何も魔法を使っていない。
本当にアシェルから魔力が漏れているのだとしても、魔力が漏れている実感がないので止めようがない。
「わかんない……。何も、してない……。」
「そうか。……ダニエル殿を呼んでも良いか?俺じゃソレには対応できない。」
エラートの優しく諭すような言葉に、頷く。
それを見て、エラートが廊下に向かってダニエルを呼べば、すぐに来てくれた。
「殿下、お説教は後です。アシェル殿、今魔力が漏れてるのは分かりますか?」
首を横に振る。
何もかもがぐちゃぐちゃで、何も分からないし、分かりたくもない。
自分のことなのに、何一つコントロールできない。
「そうですか……無理やり私の魔力を流して止めますので。気持ち悪いですが我慢してくださいね。部屋の中を観られたくなければ、魔法が使えるようになったらいつものように魔力で覆ってくださって構いませんので。私共には、アシェル殿の魔力を掻い潜って中を観れるものはおりませんから。」
言うが早いか、アシェルの手から不快感と共にダニエルの魔力が流れてくる。
的確に魔力回路を塞ぐのではなく、ただ力技でアシェルの魔力回路を使えなくしていく。
こんなに流したら、ダニエルの魔力が枯渇してしまうのではないかと思うくらいに。
「……これで良いでしょう。」
少しだけ表情を歪めたダニエルの手が離れていく。
「……エト……青いの、ダニエル殿に。2本。」
「マナポーションだな。」
「いえ、私は……。」
「迷惑……かけたから。」
「では、コレはお礼ということで頂いておきます。私はただの護衛ですので、これ以上の気遣いは不要です。」
エラートの手でベルトホルスターから抜かれたマナポーションが、ダニエルの手に渡る。
そこにバタバタと走ってきたイザベルが到着する。
「アシェル様っ!魔力が……今はっ……!?」
「大丈夫ですよ。もう放出は止まってます。無理やり止めたので、暫くアシェル殿は魔法が使えませんが……。」
「そうですか、主人に代わりお礼を述べさせていただきます。ありがとうございます。……アシェル様、お部屋に戻りましょう。このままここに居ては、私程度の魔力量だと魔力酔いしてしまいます。」
イザベルが魔力酔いしてしまうほど、今この踊り場にはアシェルの魔力が満ちているのだろうか。
魔法が使えない状態のアシェルに、確認する術はない。
そもそも、魔力が漏れていたという自覚すらないのだ。
「エラート様、そのままアシェル様をお部屋まで連れてきていただいても良いでしょうか?アシェル様はこちらを。……先にお部屋へ向かってくださいませ。」
大きなバスタオルが頭から掛けられる。
そのバスタオルをかけてくれたイザベルの手を取った。
「やだ……ベルも一緒が良い……。一人ぼっちにしないで……。」
「アシェル様……そうですね。共にお部屋に戻ります。わたくしはアシェル様のお傍から離れたりしませんわ。アシェル様の隣に堂々といるために、アシェル様の侍女になったのですから。アシェル様が嫌と言っても、わたくしはお傍から離れたりしませんからね。……でも、少々お時間を頂いても良いでしょうか?少し話しておきたい事があるのです。アシェル様のお顔周りに、防音をかけさせてくださいね。」
返事をする代わりにぎゅっとイザベルの手を握り返せば、周囲の音が聞こえなくなる。
アシェルに分かるのは、真っ白なバスタオルで覆われた視界と、イザベルとエラートの温もりだけになった。
「はい、これでイベントはおしまい。少しは息抜きに、って、ちょっとっ。終わりだってばっ。」
キスを終えてアークエイドの腕の中から逃れようとしたのに、アークエイドに強く抱きしめられる。
耳や首筋に降ってくる沢山のキスと、艶っぽいアークエイドの声で名前を呼ばれる度に、身体に甘い痺れを運んでくる。
「アシェ……。もっとアシェとシたい。アシェ——。」
「っん、ダメだってばっ。いくらお年頃だからって、キスだけで欲情しないでよっ。ひゃっ!?やぁっ、痕付けないでっ。」
プチプチとボタンを外されたブラウスの隙間から、鎖骨よりも下にきつく吸い付かれる。
それも何度も。
熱に浮かされたようにアシェルの名前を呼びながら、所有印を付け、強く抱きしめたままお尻や胸をまさぐってくる。
キス一つで我慢できなくなるほど、欲求不満なのだろうか。
アシェルだってもっと欲しいという考えを、どうにか振り払う。
気を付けていないと、口走ってしまいそうだ。
いくら毎日ムーランが部屋に泊まっていると言っても、応接間と寝室では距離があるので、抜こうと思えば抜けるだろうと思う。
護衛に見られていて、自家発電するのは恥ずかしいとかなのだろうか。
それこそダニエルの魔力で頑張って部屋を覆ってもらって、一人で抜けばいいのにと思う。
ダニエルには何をしているかバレるが、大勢の護衛達にバレるより遥かにマシだろう。
「欲求不満なら、ダニエル殿に言いなよっ。っん。明け方に交代してるから、護衛達の人数少ない時間が、んんぅ、あるでしょ?ダニエル殿なら、自家発電中でも上手く……っ……誤魔化してくれるからっ。」
「流石に護衛状況はアシェに筒抜けか。……シたくなったらアシェが抜いてくれるんだろ?今だけは公務じゃなくて、プライベートだ。」
「もうアークには、させてくれる子がいるでしょ。別に僕がシたかったわけじゃないし、状況も違うもの。僕は女だって公表しちゃったから、気軽に部屋の行き来も無理だよ。その話はもう忘れて。」
アークエイドの瞳を見ることは出来ないが、それでも熱を持った下半身を押し付けられれば、興奮していることくらいは分かる。
ただ、今とその話をした時では状況が違いすぎるのだ。
じゃあ抜いてあげようか?とも言えない。何より公務中に不用意にアシェル達に近づいてはいけないのであれば、ファンクラブイベントの範疇を越える行為はアウトだろう。
ムーランはとても純情なようだし、イベントのキスですら嫌がりそうだと思ってしまうのに。
自分がシたかったわけではないと言いつつ。
身体だけでもアシェルに反応してくれたことが嬉しいなんて、なんて馬鹿な考えなのだろうか。
このまま無理やりにでも繋がってくれれば、人肌恋しさだけでも一時は満たされるのだろう。
そして、代わりではなくアークエイドの温もりは、満たされた後に間違いなく虚しさと悲しさを運んでくるだろうとも。
——それでも繋がりたいと思ってしまう。アークエイドの子種を注いで欲しいと。
でもアークエイドはここまでしておきながら、絶対これ以上は手を出してこないだろうということも分かっている。
所有印だって、わざわざ全てブラウスの隙間からですら見えない場所に付けている。
その為にブラウスのボタンは外されたが、それ以上脱がせようとしてきているわけではない。
触ってくるところだって、アシェルの弱い場所は避けている。
身体が反応していないわけではないし、理性の箍が外れて今にもアシェルを襲いそうに見せている。でも、実際にはアシェルを全く襲う気が無いことが伝わってくる。
とてもちぐはぐな印象だ。
アークエイドの瞳が見えれば、このちぐはぐな情報の持つ意味も分かったのだろうか。
アークエイドの意図が分からなくて、どうアシェルが行動すれば正解なのかが分からない。
「……そうだな。でもどうせ……アシェは嫌がらないんだろ?」
「っ!!」
何をと問う前に、またアークエイドと唇が重なる。
先程とは違い、頭も抑えられて無理やり舌が侵入してくる。
その強引な舌遣いは今までアシェルが経験したことがあるもので、アシェルを貪り尽くそうとしているようだ。背中をゾクゾクとした快感が襲う。
イベントとは関係ない口付けなのに、拒否するべきだと分かっているのに。
甘く蕩けるような快楽に抗うことが出来ない。
——抗いたくない。
「っんぅ……はぁっ……。ダメッ……んっ……。」
力が抜ける。
あの冷めた目をしたアークエイドを見たからこそ、恋愛感情などなく、性欲を満たすことが目的だと思うのに、それでも良いと思ってしまう。
もしかしたら。こうして見返りを渡せば、またアークエイドから好意を貰えるのではないかと。
ずっとこのままでいたいと。
——でも、それは贅沢な望みだ。
たっぷりとアシェルを蕩けさせた唇が離れる。
もっとキスしてほしいという言葉を、どうにか飲み込む。
そんな言葉。
迷惑以外の何物でもない。
「……っふ……はぁ……はぁ……。あーく……まんぞく、した?」
アークエイドの表情からは何も読み取れない。
「っ……アシェ、俺は……。いや……。……全て落ち着いたら、聞いてほしいことがある。」
「……すべて……?」
今更アシェルに何を聞けというのだろうか。
しかも、邪魔者が入れず他の誰にも聞かれない今ですら話せないようなことを。
嫌な予想しか浮かんでこなくて、聞きたくないと思ってしまう。
この幸せな気持ちを塗り替えてしまいたくない。
「あぁ。俺とムーラン皇女のこんや——。」
「やだっ、聞きたくないっ!!」
なるべく意識したくなくて、ムーランの名前を出していなかったのに。
アークエイドの口から、ムーランの名前を聞きたくない。
婚約の話なんて、もっと聞きたくない。
どうせ婚約式をしてしまえば、嫌でも情報は耳に入ってくるのだ。
それまで、二人がどうするかなんて聞きたくない。
これで結婚した後も傍に仕えて欲しいなどと言われたら、アシェルにはどうしたら良いのか分からない。
アークエイドに悪気はないとしても、アシェルには耐え難い拷問だ。
「アシェ、大事な話なんだ。お願いだから最後まで——。」
「嫌って言ってるでしょ!もう離してっ!!僕には関係ないっ!二人のことに僕を巻き込まないでっ!!」
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
言っても仕方のないことなのに、国の為にアークエイドがムーランとの婚約を選ぶのは仕方のないことだと分かっているのに。
それが嫌だと口にしないだけで精一杯なのだ。
その嫌だという気持ちすら、今まで蓋をして隠してきた。
そんなことを言う資格がないことも、言える立場でもないことは分かっているから。
ムーランがアークエイドの部屋に泊まるようになったのも。
襲撃者の対象を割り出すためにも、警護のためにも必要な事だったと分かっている。
護衛対象はばらけているより固まっているほうが、戦力を固めることが出来る。
それでも嫌だと思ってしまった。
常にアークエイドとムーランが一緒に居るのも。
アークエイドの隣にアシェルが居れないことも。
何もかもが嫌だった。
その醜い感情がバレないように。
周りに伝わってしまわないように。
——この醜い感情で周囲から嫌われてしまわないように。
アシェルなりに、頑張って見ないふりをしてきたのだ。
デビュタントを境に、二人から距離を取るつもりだった。
最低限いつも通りの対応をして、遠くから見守るつもりだった。
メイディーの役割だけを果たして、そこに私情を挟まないつもりだった。
でもアークエイドの口から先に聞いてしまえば、きっとこの醜い感情は溢れ出てしまう。
嫌だと。
ムーランと婚約しないで欲しいと。
アシェルはアークエイドが“特別な好き”の相手なのだと。
アシェルが言ってはいけない言葉が出てしまう。
「僕は、僕は何も聞きたくないっ!勝手にしてよ……僕には、関係ない……。」
コントロールできない感情が、涙になって溢れ出てくる。
この残酷な温もりから抜け出したいのに、身体に上手く力が入らない。
それに、アークエイドの腕の力も緩まらない。
——もうどうしたら良いのか分からない。
「アシェ!大丈夫かっ!?」
涙で歪む視界に、エラートの姿が映る。
アシェルが大声を出してしまったから、卓上ベルを鳴らしていないのに来てくれたようだ。
廊下がざわついている。
「……エト……助けて……もうやだ……。」
「アーク、何やってやがる。その腕を離せ。」
エラートの怒気を含んだ言葉に、ようやくアークエイドの腕が緩まった。
その腕からエラートが抱え上げてくれる。
「アシェ、もう大丈夫だからな。アークを連れてきた俺の責任だ。ファンクラブの連中が、イザベルを呼びに行ってくれてる。マリクも余計なものが来てないか警戒してくれている。だから、魔力を抑えろ。その調子で放出してると、アシェが倒れちまう。」
抑えろと言われても、アシェルは何も魔法を使っていない。
本当にアシェルから魔力が漏れているのだとしても、魔力が漏れている実感がないので止めようがない。
「わかんない……。何も、してない……。」
「そうか。……ダニエル殿を呼んでも良いか?俺じゃソレには対応できない。」
エラートの優しく諭すような言葉に、頷く。
それを見て、エラートが廊下に向かってダニエルを呼べば、すぐに来てくれた。
「殿下、お説教は後です。アシェル殿、今魔力が漏れてるのは分かりますか?」
首を横に振る。
何もかもがぐちゃぐちゃで、何も分からないし、分かりたくもない。
自分のことなのに、何一つコントロールできない。
「そうですか……無理やり私の魔力を流して止めますので。気持ち悪いですが我慢してくださいね。部屋の中を観られたくなければ、魔法が使えるようになったらいつものように魔力で覆ってくださって構いませんので。私共には、アシェル殿の魔力を掻い潜って中を観れるものはおりませんから。」
言うが早いか、アシェルの手から不快感と共にダニエルの魔力が流れてくる。
的確に魔力回路を塞ぐのではなく、ただ力技でアシェルの魔力回路を使えなくしていく。
こんなに流したら、ダニエルの魔力が枯渇してしまうのではないかと思うくらいに。
「……これで良いでしょう。」
少しだけ表情を歪めたダニエルの手が離れていく。
「……エト……青いの、ダニエル殿に。2本。」
「マナポーションだな。」
「いえ、私は……。」
「迷惑……かけたから。」
「では、コレはお礼ということで頂いておきます。私はただの護衛ですので、これ以上の気遣いは不要です。」
エラートの手でベルトホルスターから抜かれたマナポーションが、ダニエルの手に渡る。
そこにバタバタと走ってきたイザベルが到着する。
「アシェル様っ!魔力が……今はっ……!?」
「大丈夫ですよ。もう放出は止まってます。無理やり止めたので、暫くアシェル殿は魔法が使えませんが……。」
「そうですか、主人に代わりお礼を述べさせていただきます。ありがとうございます。……アシェル様、お部屋に戻りましょう。このままここに居ては、私程度の魔力量だと魔力酔いしてしまいます。」
イザベルが魔力酔いしてしまうほど、今この踊り場にはアシェルの魔力が満ちているのだろうか。
魔法が使えない状態のアシェルに、確認する術はない。
そもそも、魔力が漏れていたという自覚すらないのだ。
「エラート様、そのままアシェル様をお部屋まで連れてきていただいても良いでしょうか?アシェル様はこちらを。……先にお部屋へ向かってくださいませ。」
大きなバスタオルが頭から掛けられる。
そのバスタオルをかけてくれたイザベルの手を取った。
「やだ……ベルも一緒が良い……。一人ぼっちにしないで……。」
「アシェル様……そうですね。共にお部屋に戻ります。わたくしはアシェル様のお傍から離れたりしませんわ。アシェル様の隣に堂々といるために、アシェル様の侍女になったのですから。アシェル様が嫌と言っても、わたくしはお傍から離れたりしませんからね。……でも、少々お時間を頂いても良いでしょうか?少し話しておきたい事があるのです。アシェル様のお顔周りに、防音をかけさせてくださいね。」
返事をする代わりにぎゅっとイザベルの手を握り返せば、周囲の音が聞こえなくなる。
アシェルに分かるのは、真っ白なバスタオルで覆われた視界と、イザベルとエラートの温もりだけになった。
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