氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第四章 王立学院中等部三年生

242 アシェルの欲しいもの①

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Side:アシェル14歳 夏



ファンクラブイベントが始まって三週間が経った。
もう7月も終わろうとしている。

お昼に二時間だけ開催している【甘いくちどけとトキメキ】イベントは、毎日大盛況だ。
初日は女物の制服だったが、胸はあるものの男物の制服の方が受けも良いし、アシェルも所作に気を付けなくて良い分楽に過ごせている。

イメージとしてはチョコレートをキスで半分こしているにも関わらず、二時間も入れ替わり立ち替わり人がやってくるので、お腹いっぱいになってしまう。

それでも今までほとんど何も食べれていなかった頃に比べると、少し顔色もマシになった。

パンはまだ無理だが、重湯とお粥のお米を数口なら食べられるようになった。

夕食として三分粥を出してくれるのだが、お米を沢山残してしまって申し訳ない気持ちになる。
お粥のお供の梅干しや昆布はパトリシアから仕入れて、イザベルがペースト状にしたものを出してくれている。

朝ご飯はゼリーやヨーグルトで、お昼はチョコレートと温かい牛乳だ。

三分粥が完食できるようになったら、一度兎肉や鶏肉の、あまり癖も脂身もない蒸し肉を試してみることになっている。

睡眠は、やっぱりちゃんと眠れているとは言い難い。

それでも平日は比較的眠れているほうだ。

毎日イベントで誰かしらを部屋に招いているので、人の温もりのお陰なのか気疲れなのか分からないが、30分程度は深く眠れる時間が出来ている。

お客様を送り出してそのまま少し眠れば、起きた頃にはアークエイドと観ないと約束した時間になっている。



今日も今日とてイベントの為に踊り場で待機して、沢山のご令嬢達とキスをしていく。

身内以外の男子生徒も少数居たが、大体は最初の一週間で来なくなった。
毎日せっせと顔を出している男の子はシオンくらいだ。

部屋に呼んでほしいご令嬢達も、時折ペット志望の子を招いていたが、そろそろアシェルとただイチャイチャしたいだけの子は打ち止めのようだ。

部屋でたっぷりと蕩けさせて可愛がれば悦んでくれるのだが、二回目までは考えないらしい。

ペット志望の子は何人か招いてみて、プレイスタイルの合う子を三人まで絞った。

SMや調教するプレイは、初対面同士だとかなり加減が難しい。
口頭である程度は確認していても、どこまでされたいのか、どれが嫌なのかの判別が難しいのだ。嫌がっているフリをして、無理やり組み敷かれたいタイプも居たりする。

その初回と二回目までのやり取りで、合うと感じた子だけを残したのだ。
流石に何度も招いているのに神経を使うままだと、温もりに癒されたいアシェルの方が参ってしまう。

最近はその三人のローテーションだ。

一人は部屋に招いて最初と最後のキス以外は放っておけば、勝手に大人の玩具である魔道具を使って一人でお楽しみするタイプ。
時々呼んで抱きしめても大人しく指示に従ってくれるので、程よい距離感で楽しむことが出来る。

イベント時間中はサボっているとはいえ、授業がぎっしり詰まっている火曜日はこの子一択だ。

残り二人は見られたいし、構ってほしいし、虐めて欲しいという。
かなりハード目なプレイを好む子達だ。
ローテーションと言いつつ、この二人はセットで呼ばれるのを好むようなので、まとめて招くことになる。別々に呼んだのは初回だけだった。

この二人の場合は好みがハッキリとしていて分かりやすいし、やり過ぎを心配する必要が無いことが分かった。むしろ、やり過ぎかもしれないと思うくらいが好まれる。
それにアシェルが疲れている時は、二人を放っておけば勝手に楽しんでいる。アシェルは時々口を挟むだけで良い。

イザベルもお客様が居る時間いっぱいは応接間に待機しているので、認識阻害をかけた仮面を装着させている。
シオンからもお誘いはあったのだが、アルフォード以外の男の裸は見たくないから男を誘うのだけは止めてくれと言われた。

今日もシオンとご令嬢達で終わりかなと思っていると、廊下から黄色い声とざわめきが聞こえる。

一週間前くらいにエラートから、ファンクラブイベントだしイザークたちが供給不足だと嘆いているので、アークエイドを巻き込んでも良いか確認を取られたのだ。

良いも何も、婚約式をしていないアークエイドには参加資格がある。
それに見えない場所とは言えアシェルとアークエイドが絡むことが確実となれば、ファンクラブ会員達はとても喜んでくれるだろうと思う。

リリアーデが久しぶりに新刊が沢山出ていると喜んでいたし、ファンサービスの一環としてなら問題ないと伝えたのだ。
——それでも、本当に来るとは思ってなかった。

「いらっしゃい、アーク。一応確認しておくけど、ここってお一人様までなんだよね。見えない護衛は連れて来てないよね?」

「今連れてるのはダニエルだけだが、受付に置いてきた。というか、マリクに止められていた。いきなりエトとマリクに拉致られたんだが、どういうイベントだ?ファンサービスしてこいって言われて、とりあえず受付で包みを貰ってきただけなんだが……。」

相変わらず認識阻害のかかった眼鏡をかけたアークエイドは、踊り場まで来たものの、その声はかなり困惑しているようだ。

手には一応、受付で渡されたであろう小さな包みを持っている。
包みを二つ持っているのは、一つはアークエイド用なのだろうか。

「本気で何も知らないまま来たわけ?」

アークエイドは頷く。
流石に、ルールを知らないイベント参加者は初めてだ。

「はぁ……もしかして説明する時間すら、ファンサービスの一環なのかな……。まぁ、二人で閉じこもってる時間が長いほうが、妄想は捗りそうだもんね……。とりあえず説明するから、隣に座ってくれる?僕だけ座ったまま話すのも、なんか変だし。」

「流石にそれは……。」

「今まで散々僕にピッタリ寄り添って座ってたんだし、今更でしょ。それにコレは、僕が誰かとイチャイチャするためのイベントなの。婚約者候補に悪いと思うなら、最初からここに来るべきじゃなかったんだけどね。良いから座って。」

放っておくとずっと立ったままでいそうなアークエイドの腕を引っ張って、無理やり座らせる。

その隣に腰を降ろせば、少しだけ空けておいた距離は詰められて、今までそうだったようにピッタリと寄り添って座ってくれた。
久しぶりのアークエイドの温もりに、ドキリと心臓が跳ねるが平静を装う。

今までのイベントでのどんな温もりよりも、ただこうして隣に居てくれることが嬉しくて、口元が緩みそうになる。そしてこんな些細な触れ合いですら、全く無くなっていたのだと気付く。
——アークエイドが近くに居たがっていたのも、少しだけ分かる気がする。

だがアシェルが“特別な好き”に気付いたことは、絶対にアークエイドにバレる訳にはいかないのだ。
ムーランと婚約するのなら、余計な憂いは無いほうが良い。

今更アシェルの気持ちを伝えたところで、迷惑以外の何物でもないのだから。

「……イチャイチャって、どういうことだ?」

「そのまんまだよ。【甘いくちどけとトキメキ】イベントは、婚約者の居ない参加者がチョコレート持って僕とキスしにくるの。一応、ファーストキスを取っておきたい人の為に、口移しじゃなくて指でも可だけど。僕とキスしてチョコの味がしなくなれば、次の人と交代するのがルール。僕よりかなりデカい相手じゃなければ、こうやって座ってる僕の腕の中に抱えて、かな。あと、製作陣だと割と細かい指定が入るから、ご希望のシチュエーションに合わせてって感じ。」

「供給不足だからファンサービスしてこいって言うのは、そういうことか……。つまり、この包みの中はチョコレートなんだな?」

「そういうこと。で、アークはどっちにする?」

前までなら迷わず口移しを選んだだろうアークエイドは、少しだけ悩んだ。
ムーランとのこともあるだろうし、イベント自体にも無理やり連れてこられたようだ。悩んでも仕方がない。

「……イベントに男も参加してるのか?アシェを抱える程の身長差ってことは、男だろ?」

答えではなく、何故か質問が返ってくる。
もしかして今の悩んだ時間で、その質問を考えていたのだろうか。

「え、うん。どうしても抱えられるのも抱えるのも嫌って人は、立ったまま指だけだけど、一応イチャイチャが目的なわけだし。流石にエトやイザーク君くらい身長差も筋肉量もあると、僕が抱えるのは変でしょ?そもそも。喜んで女の僕に抱えられたがるのって、シオンくらいなものだよ。最近は来てないけど、ファンの男の子もちらほら来てたよ。やっぱり最近ネタ不足で、行き詰ってたみたい。」

「エトも参加したのか?」

「エトとトワは初日に強制参加させられたみたい。リリィが張り付いてたから、間違いないと思うよ。イザーク君は、それに加担したが為に強制参加させられたっぽいね。」

「リリィが絡んでると聞くと、状況に納得できるな……。それは、俺がアシェを抱えてキスしても良いのか?」

「……いつも言ってるけど、僕はされるよりしてあげたい派なの。僕がアークを抱えてあげるよ。」

アークエイドになら抱えられても良いと思うのに、結局いつも通りの受け答えをする。
ここで素直に頷いてしまうのはおかしいだろう。

アークエイドになら身を任せても良いと思うくらいには、アークエイドに抱えられることに慣れてしまっているのだ。それに、その腕の中で眠れたらどんなに心地良いだろうかと思ってしまう。
——で居ようと思うのに余計な思考に流れてしまって、その思考を振り払う。

「イザークと俺なら、そう身長は変わらないだろ?」

「うっ……確かにそうなんだけど……。はぁ……仕方ないから乗ってあげる。」

「くくっ。それでも仕方ないからなんだな。言質は取ったからな。」

ひょいっと抱えられ、アークエイドの腕の中に抱かれる。

アークエイドの目元は分からないが、口元が綻んでいる。

いや、それよりも。
アークエイドがこんな風に笑うのは、留学生が来てから初めてだ。

ずっと淡々と返事を返し、笑って見せても口元だけで目が笑っていなかったのだから。
襲撃も毎日来ていたし、気疲れしてそうな日もあったから仕方ないとは思っていたのだが。

「アークがそうやって笑うの。久しぶりだね。」

「そう……かもしれないな。今年はずっと公務中だからな。ダニエルに、ここは普段の俺の護衛環境よりも、かなり厳重に守られてると言われた。……少しくらい、公務を忘れて学生らしくしても問題ないとな。」

「学生生活まで公務扱いなんて、大変だね。まぁ、探査魔法サーチを使ってくれてるらしいし、ここに繋がる場所はファンクラブ会員達が封鎖してるし、受付からの一方通行だもんね。」

「ソレだけじゃないぞ。下級生から上級生まで、魔法が得意な人間が色んな方向から四階と五階の廊下を監視している。それに加えて、鼻の良い獣の血の混じった生徒も多く駆り出されてるみたいだな。ここに一番近い階下には、見えなくても動いたものに反応する術式まで施されている。ダニエルでも突破は無理だと言っていた。」

会場運営は【シーズンズ】にお任せしていたが、そんなに厳重だったとは初耳である。
一体何からココを守るつもりなのだろうか。
——少し階下の術式も気になってしまう。

「それは知らなかったよ。……あんまりグズグズしてるとイベントの時間が無くなるし、早くキスしよ?」

流石に説明込みとはいえのんびりしすぎた。

スムーズに進んでいるなら、そろそろ次の人と交代していてもおかしくないくらいの時間が経っている。
それに、もうすぐ今日のイベント時間は終わりのはずだ。

可愛い包みからチョコレートを取り出し、アークエイドはチョコレートを咥える前に、何故かアシェルの唇をふにふにと触ってくる。

「唇触るんじゃなくて、キスしようって言ってるんだけど。あと……その眼鏡。邪魔だから外してくれない?」

「これは……外せないんだ。」

「そんなに顔色を窺われたくないって事?キスするときに当たっちゃうんだけど……。」

「違う。……パーティーの時に、アシェに会いに行っただろ?……公務中に友人に会いに行った罰だ。時期が来るまで昼間は外せないし、アシェの顔も見えない。」

「そんなに王族って大変なの?っていうか、たったそれだけで罰を受けるなら、今ここに来てるのがバレたら不味いんじゃ……。」

「ダニエルが止めなかったから、イベントへの強制参加は許容範囲なんだろ。父上に何を報告するかは、ダニエル次第だからな。やると不味いことは、予め制限されてる。」

アシェルの想像以上に、王族としてのアークエイドの生活は息苦しそうだ。
それだけ人目のある場所では、言動に気を付けなくてはいけないのだろう。

そして学院生活を公務だと言い切っているのは、ムーランとモーリスの相手があるからだろう。
アークエイドが幼馴染たちとも最低限しか話さないのは、この辺りの決まりのせいでもありそうだ。

ここの警備が厳重なら、ダニエルはアークエイドの息抜き目的で、イベントへの参加に何も言わなかった可能性が高い。
なんだかんだで、ダニエルはアークエイドに甘いのだ。

「じゃあ、ダニエル殿にあんまり心配かけないためにも、早くキスして終わらせよう。チョコちょうだい?僕の顔が見えないのに、アークからキスするなんて無理でしょ。」

「俺からシたい。」

チョコレートを奪おうとしたアシェルの手は、アークエイドが腕を伸ばしたことで届かなくなってしまう。

そしてそのまま、指の位置でアシェルの唇を確かめて、啄むように口付けされた。

「もう……アークから出来るって分かったから。チョコがないとイベントにならないでしょ。」

「チョコを咥えててくれ。その方が見やすそうだ。……アシェ——。——。」

唇に押し当てられたチョコレートを咥えれば、アークエイドと唇が重なる。

名前を呼ばれた後、アークエイドの唇が動いたような気がしたが、気のせいだっただろうか。

溶け始めて甘くなった口腔内を共有するように舌を押し込めば、すんなりと受け入れられる。
アークエイドの舌も負けじと押し返してくるので、今日までのイベントの中で一番激しいキスなのではないかと思う。
皆アシェルにされるがままだったから。

それに知らない誰かとキスをするよりも、誰かの欲を満たしてあげている時よりも。アークエイドの腕の中で唇を重ねている今が、一番心が満たされると感じる。
この温かくて居心地の良い温もりの中から離れたくない。

少しだけ、自分からアークエイドと距離を取ろうとしているのに、一体何をしているんだろうかと思わなくもない。
でもこれはそういうイベントなのだから、と自分に言い聞かせる。

互いの舌を求め合うほど、口の中の甘さは消えていく。

名残惜しい気持ちに蓋をして、唇を離した。
アークエイドの瞳が見えないことが、仕方のないこととはいえ悲しい。
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