氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第四章 王立学院中等部三年生

241 甘いくちどけとトキメキ④

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Side:エラート15歳 夏



放課後になり、エラートはアークエイドの部屋を訪れていた。

アークエイドに誘われたのではなく、エラートから約束を取り付けたのだ。

応接間に居たムーランに嫌な顔をされたが、無視して書斎になっている部屋まで案内してもらう。

アシェルはムーランのことを気にかけていたし、良いご令嬢だと言っていたが、エラートからすればアシェルに負担をかけるだけの嫌な奴だ。

確かに最初の頃より大人しくなったが、これだけアシェルが疲弊する原因は、そもそもムーランのせいだ。
事情を知るエラートは、せめてムーランさえ留学してこなければ、この一年平穏に過ごせていたのにと思ってしまう。

「わざわざ放課後に悪いな。ついでに、防音サイレスと、近衛はダニエル殿までにしてくれねぇか?じゃねぇと、俺がここに来た意味がねぇからな。」

「言う通りにしてくれ。ダニエルは姿を見せろ。」

エラートには見えない護衛の確認はできないし、本当に防音サイレスがかかっているのか確認することも出来ない。
ただ認識阻害インビジを使っただけの相手なら気配で分かるが、気配遮断ステルスは練度が低い相手ではないと見つけることが出来ない。

白騎士のダニエルの姿が現れる。
扉の前に控えて、余計なものが来ないか監視するつもりらしい。

「いいぞ。……昼間のことだろ?」

「分かってんじゃねぇか。今日はダニエル殿しか連れて来てなかったんだろ?じゃなかったら、アシェに近づくわけがねぇ。でもな、アシェの気持ちも考えてやれよ。朝わざわざ喧嘩したとまで言って、お前らから距離を取ってるのに、きっちり護衛だけはしてんだぞ?」

アークエイドの表情は眼鏡のせいで分からない。
普通の眼鏡ではないことは分かるので、魔道具なのだろう。

「昨日……アシェの体調が悪そうだったから、気になったんだ。」

「それこそ今更だぜ。リリィにそれ言ったら、間違いなく殴られるぞ?それと、その眼鏡取れ。何考えてるのか分かんねぇのは気にくわねぇ。」

「……無理だ。」

エラートは喧嘩腰なのに、申し訳なさそうな声だけが返ってくる。
付き合いが長いので声から分かるが、これだと余計に相手を怒らせるだけだ。

「はぁ……その言い方は火に油注ぐだけだ。理由を言え、理由を。」

「……契約魔法で縛られている。事が落ち着くまで、寝る時間以外は外せない。」

「は……?二つ目の契約魔法まで使ったのか?」

アークエイドがこくんと頷く。

「一つ目は口が滑って、アシェに好きだの愛してるだの言えないようにだろ。あちらさんの目を向けさせないためにも間違っても口に出来ねぇし、アークのことだからポロっと言いそうだから分かるが……。なんで眼鏡なんだ?ソレ、昔使ってたやつじゃなくて、パーティーでつけてたやつだろ?」

「厳密には強化版だ。……アシェの顔も見えなくなってる。今までだって、アシェが体調は悪そうだって事には気付いていたんだ。細かく様子を確認できるわけじゃないから、なんとなくだが。ただ、俺からは何も言えなかっただけで……。アシェが俺に隠そうとしているのに、指摘して言い合いをするのも、敵にアシェの不調を知られるわけにもいかないからな。でも昨日は明らかにパニックの寸前だったし、熱も出てそうだった。近くで顔を見たから間違いないと思う。クリストファーが体調の悪いアシェに付け込んだんじゃないかと思って、心配だったんだ。形としては、ムーラン嬢がアシェに会いに行くと言ったのに付き合った形だが……それを止めずにアシェに近づいた罰だな。俺が様子を見に行きたがってたのは、父上にはお見通しだったって訳だ。」

「で、大人しく契約魔法使ったって訳か?」

またアークエイドが頷いた。

デイパーティーの間中、エラートはグリモニアへの挨拶以外は、なるべくアシェルの姿が見えるところに立っていた。そもそもその為に、今年デビューすることに決めたのだ。
パートナーのミランダには、友人とお喋りして来いとだけ伝えて。

クリストファーは確実に、エラートが近くに待機していることに気が付いていた。
それでも視線や仕草で追い払われることはなかった。

アシェルの体調が悪かったからか、元から手を出すつもりが無かったのか、エラートが見ていたからなのか。
絡んでいたのは、アークエイドとムーランに見せつけるためだけだった。

でも、見られたくなければテラスへのカーテンを閉めればいいだけだ。
食事を運んできたシオンのように。

クリストファーまでは警戒していなかったが、注意を払う必要があるだろうか。
どう考えてもエラートがアシェルを見張っていることに、違和感を感じていなかったように思う。
——何をどこまで知っているのだろうか。

アークエイドとムーランがやってきたのは、流石にエラートも予想がついていなかった。
というか、今まで散々適度以上の距離を保っていたのに、何をやってるんだと思った。

特にパーティー中なんて、ヒューナイトもアスラモリオンも護衛を沢山配置していて、下手をしたら間者や刺客が紛れ込んでいる恐れもあるのだ。

そして罰としてアシェルの表情すら見えなくなるペナルティを受けているのに、今日のことである。

頭が痛くなりそうだ。

「あのなぁ……なんでそれだけされておきながら、今日アシェに絡んだんだよ。確かに魔道具渡す程度なら問題ねぇけど、アシェに触ったのはバレると不味いだろ。」

「ダニエルもマリクも、余計なものは居ないと言っていた。アシェも探査魔法サーチを使ってなかったんだろ?……少しでもアシェに触りたかった。寝苦しそうだったし、熱がある時は冷やさないといけないと、前にリリィに怒られた。」

どう考えても冷やすのはついでで、アシェルに触りたかっただけだと思う。
眼鏡のせいで表情は分かりにくかったが、エラートもマリクも、アシェルに触れた後からアシェルがお礼を言うまで、口元を緩めているアークエイドを見たのだから。

「なぁ……本当にアシェに言っちゃダメなのか?早くに教えておけば、ここまでアシェが体調を崩すこともなかっただろうし、わざわざ俺達とまで距離を取ろうとし始めなかったはずなんだが?」

今のアシェルでは手練れに対抗できるか分からないが、少なくとも始業式直後の体調なら、アシェルに魔法で敵う人間は少ないだろう。その上、アシェルは武術にも長けている。

大体はどちらかに偏っている人ばかりなので、余程のことが無い限りアシェルが負けることは無いはずだ。

アシェルが囮役にならないようにという理由は聞いているが、どう考えても表向きの理由だ。
アシェルの実力を知っていれば、問題解決の為にはアシェルを囮にした方がベストだということは分かっていることだろう。

アシェルの部屋に近づいている不審者のことも気になるが、アークエイドとの約束を守っているアシェルに教える訳にはいかない。
アシェルは約束を破ることも破られることも、極端に嫌う。

アークエイドにも伝えられないし、リリアーデとデューク頼みだ。

「言えない……。確定で脅威が訪れると分かっていれば、アシェは俺の傍からも、ムーラン嬢の傍からも離れないだろ?それだと、条件を達成できない。」

「あのなぁ……俺が全部知ってるみたいに話すけど、俺が知ってるのはアシェが狙われる可能性があるってことと、それをアシェが知らないこと。アークがアシェに構うと、狙われる確率が高くなること。その狙ってくるやつらはアスラモリオン関連だってことだからな?マリクもだ。言えねぇんだろうと思って聞いてねぇんだから、気になる情報を小出しにすんな。」

「それだけなのか?」

驚きを僅かに含んだ声の主は、壁際に控えるダニエルを見た。

「エラート殿とマリク殿はソレだけだと思いますよ。そもそも相手方は、余計な人間から情報が漏れるのを気にされていましたから。城で説明を受けたのであればアスラモリオンの者も同席で、最低限しか伝えらえれていないはずです。殿下の独断で教えても問題ないと思いますよ。そもそも、あちらが一方的にあれこれ条件を付けて来ただけですし、契約魔法の中には他言してはいけないという文言はありませんでしたから。」

「そうか……。気になるなら、俺が分かる範囲で話すが?」

「いや、気にはなるけど……。聞いちまって良いのか?それに今更だけど、ここで防音サイレス使ってんの、怪しまれてねぇか?」

「あぁ、それなら大丈夫だ。ムーラン嬢に、幼馴染が恋愛相談に来るから夕食はその後だと伝えてある。こうでも言っておかないと、突撃してくる恐れもあるからな。」

エラートの知らないところで、勝手に恋愛相談の為にアークエイドに約束を取り付けたことになっているようだ。

「納得いかねぇが仕方ねぇ。確かに、人払いするのも分かる内容だしな。ただ……そういうのは事前に教えてくれよ。辻褄が合わなくなるだろうが。」

「すまない。」

「で、結局アスラモリオンとの話はどうなってんだ?そもそも、何でアークが巻き込まれてるんだよ。」

「外交パーティーにやってきたムーラン嬢が、俺に惚れたと言いだしたのがきっかけだ。そもそも恋多き乙女らしくてな。直ぐに惚れたというらしいんだが、そこからのアプローチが凄いし、その惚れた相手にパートナーが出来るまで諦めないらしい。それで俺が矢面に立たされた。」

惚れやすく惚れた相手にパートナーが出来るまでとは、かなりしつこいタイプだ。
ハッキリ断られれば諦めると言っている分。一途で愛が重たくてしつこいヒューナイトの王族の方が可愛く思える。

「ムーラン皇女派は俺と結婚させてアスラモリオンに呼び寄せることで、第一皇子から継承権を取りたいらしい。多分、ムーラン皇女は傀儡扱いだな。驚くほど教育が偏っている。逆に、国を傾けないためにムーラン皇女を帝位につかせたくない連中もいる。それとは別に、今後の憂いを払う為に、ムーラン皇女とモーリス皇子、ついでにオマケの俺を始末したい連中だな。毎晩来ていたらしい暗殺者集団は、この始末したい連中が雇ったらしい。……戦闘音がした日の方が少なかったから、6月に入るまで毎日来ていたのに気づいてなかった。せめて教えてくれていれば、早めに夜観るのを止めさせたのに。」

非難がましいアークエイドの声に、ダニエルはにっこりと微笑んだ。

「平和ボケされている殿下が悪いのでしょう?メイディーであれば当然のことをしていただけなのですから。私に責任を擦り付けないでください。お昼に二時間休ませる約束を取り付けた私を、褒めて頂いてもいいくらいですよ。」

確かにアシェルならやりそうだと、少し考えれば分かる話だ。
王立学院祭の一般公開日ですら、厳重すぎる程の護衛をしていたのだから。

特にあれだけ寝不足の顔をしていれば、気付かない方がおかしい。

「うっ……。とにかく、このムーラン皇女派の人間も、多分中で分裂している。アシェを俺についてこさせたい連中と、邪魔だから排除したい連中だ。排除したい連中は、他の派閥にも居るだろうな。」

「なんでそこでアシェが出てくるんだ?アークが他国と婚姻を結んだところで、アシェはセットじゃねぇだろ。」

「あぁ。もしそれでセットならアスノームに嫁ぐ姉上に、アルフォードが付いていくはずだからな。ただ、あっちはそれを知らない人間の方が多い。名前の売れたメイディーを取り込みたい連中と、いつ牙を向けるか分からないメイディーを恐れる連中だ。……これが一つ目のアシェが狙われる可能性だ。」

「一つ目ってことは、まだあるのかよ。」

「もう一つは、俺とムーラン皇女が上手く行っていると見せたい、皇帝陛下の思惑だな。厳密には、その思惑を成功させるために暗躍している臣下だな。……そもそも、皇帝も馬鹿じゃない。いくら皇女が望んだからと、留学にかこつけて俺との婚約を打診したりはしないだろう。皇帝陛下は昔ヒューナイトに留学していたことがあるし、その時の父上と母上も見ている。俺に婚約者候補がいることも、一目惚れ体質だってことも知っている。間違いなく、ムーラン皇女は俺の一目惚れ相手ではないだろうってこともな。」

「だったら何でまた。」

「あっちの貴族院の有力者の中に、ムーラン皇女を娶りたい人間がいるらしい。……謀反の可能性があるみたいだ。国内に居れば間違いなく、周囲を固められて婚約させられる。だから留学させてきた。娶った上で謀反を起こして、皇位継承者をムーラン皇女だけにしたいようだな。そうすれば、名実、血筋共に皇帝になれる。その証拠集めと、あわよくば諦めさせるために俺とムーラン皇女が上手くいっていると思わせる必要がある。前の暗殺集団がこいつの雇った奴なら話は早かったんだがな。最初からムーラン皇女を狙ってたから違うとは思っていたが、本当に違った。」

「それは、アークが狙われる可能性が高いって事だろ?大丈夫なのか?」

「近衛が居るし、俺だって戦えない訳じゃない。それに……連れてきている使用人達は、最初からある程度戦闘をこなせる人間しか連れてきていない。変に警戒していると思われて、尻尾を掴めない方が困る。大人しくやられるつもりはないが、力が及ばないとしたら俺はそこまでだったってだけだ。……少なくとも、この謀反の証拠が見つかるまで、俺がアシェに近づくのは許されてないんだ。ムーラン皇女は謀反の話までは知っているが、俺がアシェと距離をとらないといけないことは知らない。」

話の流れは分かったが、全体的にアスラモリオンに有利過ぎる話だ。

そもそも、アークエイドは本当に巻き込まれただけだ。

「流石に、そこまで言いなりになる必要なくねぇか?弱み握られてるとか、借金してるとかか?」

「……弱み、かもな。アシェの身柄を人質に取られてる。」

人質と言われても、アシェルは学院で過ごしているし、誘拐したところで成功率は低いだろう。

首を傾げるエラートに、アークエイドが補足する。

「去年の夏頃から、アシェに密偵が付いていたらしい。それもご丁寧に、アシェが観ている時やメイディー邸は避けて遠くからな。性格や能力を見た上で……そして女で俺の一目惚れ相手だと知っている上で。アスラモリオンの話を飲まなければ、アシェをモーリス殿下の嫁としてもらうと言われた。それもモーリス殿下には婚約者が居るから、妾としてだ。アシェは自分の意思とは関係なく、国同士の繋がりのためだと言われたら迷いなく嫁ぐだろ。必要な事だからって。公爵位で身分が高いのも、あちらとしたら好都合だ。アシェがモーリス殿下を選んだのなら何も言わないが、無理やり連れていくのは絶対に許せない。」

本来なら大きな陰謀に巻き込まれるくらいなら、貴族令嬢の一人を差し出した方が国としてのダメージは少ないだろう。
天秤にかけられているのは、王子の命か貴族令嬢の身柄なのだから。

だが、それを一目惚れ体質で同じ気質を持つヒューナイトの王族が許せないことも、家族思いなメイディーが許せないことも知っていての取引なのだろう。

留学して来ていてグリモニアとアンジェラと近い年齢だったというのなら、アベルメイディーのことも知っていたはずだ。

エラートだって、父親のロバートからいくつか当時のエピソードを聞いて知っている。

メイディーの大切なモノを守るための非情さと強さを。

王族は一目惚れ相手の傍から離れたがらないことも。
もし王族の方から身を引くとしたらキッパリと断られた時か、その相手を守る為だということを。

確かに非公式お茶会の時から、アークエイドはアシェルと一緒に過ごしたがっていた。
趣味が合うからかと思っていたが、一目惚れ相手だと言われると納得できることばかりだ。

そして一目惚れ相手を見つけた王族は、断られたあとは短命であるとも聞いた。
身体を酷使しすぎて、早くに命を落としてしまうそうだ。

故障して動き続ける魔道具のように、休むということを忘れたように働き続ける。そして最終的に、エネルギーを使い果たして死ぬのだと。

一目惚れ相手は、王族にとってのエネルギー源で安定剤みたいなものだとロバートは言っていた。
近くに居ることで活力になり、そして休むべきタイミングで休養を取ることが出来るのだと。

そこまで考えて、嫌な予感にゾッとしてしまう。

アシェルも限界が近そうだが、そのアシェルを心配するリリアーデも不眠気味だという。
そしてその二人を気遣うイザベルとデュークも、少しずつ疲れが溜まってきている。

それは、アシェルと距離を置こうとしているアークエイドも一緒なのではないかと。

思えば今年に入ってから、今の魔道具ではない普通の眼鏡をかけている日も多かった。

アークエイドの感情の変化は幼馴染たちには分かるとはいえ、やはり眼鏡があるとそれだけで分かりにくくなってしまう。
しかも常にムーランと一緒に居るアークエイドとは、顔を合わせる機会も話す機会も限られていた。

少しくらいアークエイドの体調が悪くても、気付きにくい環境が出来上がってしまっている。

「なぁ、アーク……お前眠れてるか?」

「なんだ、いきなり?……そもそもあまり眠りは深くないし、長い睡眠も必要ない。睡眠中が一番危険だしな。」

「質問を変える。アシェと一緒に寝てる時と比べてどうだ?今年に入ってから、疲れが取れにくいとか、いつもより寝にくいとかは?」

「疲れは取れにくいが、襲撃の可能性が高いし、それで夜間も警戒しているせいだろ。流石に熟睡とは言いにくい。アシェと一緒の時は……そもそも普段とは比べられない。アシェを抱きしめて眠るだけで、いつもより短い睡眠時間でもかなり疲れが取れるんだ。……それがどうかしたのか?」

やっぱり王族にとっての一目惚れ相手は、ロバートの言うようにエネルギー源で安定剤なのだと思う。
そのアシェルエネルギー源と離れざるを得ないアークエイドは、無理をしているという自覚が全くなさそうなのも心配だ。

「どうかしたも何も……そんなんじゃ、先にアークが倒れるだろうがっ。そこまでしてアシェを避けなきゃいけねぇのかよ。」

「あぁ。ムーラン皇女との婚約話を、取り下げて貰うための条件だからな。学院生活における襲撃から、ムーラン皇女とモーリス殿下を守ること。ムーラン皇女と婚姻を結んで謀反を起こそうとしている貴族の尻尾を掴むこと。もしくは、アスラモリオンが見つけるのを待つこと。そのためにムーラン皇女と親密であると周囲に印象付けること。そして一連のことを、アシェには伝えないこと。ムーラン皇女とモーリス殿はこれが条件だと思ってる。本人は俺の気が変わればいつでも婚約したいとは言っているが、迷惑をかけているからと、ちゃんと条件を守る為に協力してくれている。でも俺の方には、アシェに近づかないこと、近付けないことが条件として入っている。普通の学院生活程度には問題ないが、親密に見える行動は取れない。友人としてよりも、ただの護衛やクラスメイト程度に扱わなくちゃいけないんだ。……眠りで疲れが取れにくいことよりも、アシェに触れることが出来ない方が辛い。」

「そんなもん、アークが断れば良いだけの話だろ。そこまで脅してくる国と、わざわざ婚姻で友好を深める必要はねぇよ。」

「俺が断れば、結局アシェを連れていくと言われてる。一番穏便に済ませるには、これが一番なんだ。」

ここまで友人達が疲弊しきっていて、一番穏便だと言えるのだろうか。
少なくとも平穏とは程遠いし、いつ誰が倒れてもおかしくない状況だ。

アスラモリオン帝国が都合の良いように、他人の恋心を利用しているだけにしか思えない。

「くそっ。なんでこっちを巻き込むんだよっ。てめぇの国のことくらい、てめぇの国だけで片付けやがれっ。」

「……すまない。せめて去年の段階でそこまで気付けていれば、無理やりにでもアシェと婚約するなり対策出来たんだが……。俺にもアシェにも婚約者がいないことをいいことに、そこに付け込まれた。」

「そんなの関係ねぇだろ!やり方が気にくわねぇ。あっちは都合が良かっただけかもしれねぇが、どれだけ影響が出てると思ってやがるっ。ふざけんなっ!」

「エト、殺気を抑えろ。流石にあっちの護衛が反応している。」

「……わりぃ。せっかく用意した言い訳が無駄になるな。……なんか聞かれたら、ライバルが居たとか、そんな感じにしといてくれ。事情は分かったから。」

「恋愛のライバルに殺気を向けるって……よっぽどだぞ?」

「分かってるよっ。でも、なんかアークに言われると納得いかねぇな。……少し落ち着くまで、ここに居ても良いか?今皇女の顔を見たくねぇ。」

本当はアークエイドと一緒に出たほうが良いのは分かっているが、これだけ胸糞悪い話を聞いて、すぐにムーランの顔を見たくなかった。
食事のタイミングによっては、モーリスとも顔を合わせることになるだろう。

それに、可能ならダニエルと話しておきたいこともある。

「分かった。俺は応接間に戻るが、ダニエルは置いていく。帰る時はダニエルに案内してもらえ。それと、気になることがあればダニエルに聞いてくれればいい。」

「あぁ、ありがとよ。」

アークエイドが出て行き、パタンと書斎の扉が閉まる。

「……これって、まだ防音サイレス効いてるんすか?出来たら、大人のダニエル殿にも相談したいんすけど。」

防音サイレスは私がかけましたし、部屋にも私達二人だけです。いつも通りでどうぞ。」

「お言葉に甘えさせてもらうな。あまり堅苦しいのは得意じゃなくて。……リリィとデュークの言ってた不審者って、ダニエル殿の方で確認できたか?」

エラートの質問にダニエルは首を横に振る。

「部屋の中からは全く。リリアーデ嬢がお気づきということは、恐らく護衛達から見える方向だけを綿密に偽装しているのでしょうね。アシェル殿の探査魔法サーチでは、そんな杜撰な偽装はすぐにバレますので。間違いなく、アシェル殿が夜は観なくなったのを知ったうえで、徐々に距離を詰めているのだと思いますよ。少しずつ距離を詰めているのは、急に近づいた気配に警戒されない為でしょうね。今どの辺りか分かりますか?」

「アークとアシェの部屋の間は越してるらしいけど、相変わらずゆっくりらしいぜ。そもそも約一か月かけてようやく半分だし……。デュークから仕掛けるとしたら、今月後半じゃないかって話だ。」

「なるほど。その時期が近づけば、より周囲を警戒しなくてはいけませんね。……メイディーであれば偽装されても気付けるかもしれないのに、力不足で申し訳ないです。」

「俺にはさっぱりだから、観れるだけでもすげぇですから。あの感じじゃまだ気付いてなさそうだけど、ダニエル殿はイベントのことは知ってるのか?」

「勿論ですよ。護衛対象に関する情報は生命線ですから。一応暴走されないように、周囲にも気を配らないといけませんしね。」

ファンクラブイベントの存在を知ってアークエイドが暴走しないように、だろう。
パーティーのことを考えると、一緒にムーランまで暴走しそうだ。

それでもアークエイドの状態を見ていると、確認しておかないといけないことがある。

「ファンクラブ公式イベントとしてやっていて、多分明日からも参加者は増えると思う。アシェに先に確認を取ってからにはなるが……そのイベントにアークが参加するのは、アシェに近づいたことになるのか。それとも、ただの学生がやっているイベントに他の学生のように参加しただけだと言い張れるのか。どっちだ?」

「難しいところですが……。アシェル殿へチョコレートを食べさせることが目的の、ファンとの交流イベントですよね。殿下も観賞対象でしょうし、アシェル殿と殿下が踊り場に居れば、実際がどうであれファンサービスにはなるでしょうね。殿下自ら参加しに行くのは問題がありますが。」

「つまり俺達が無理やり連れて行って、ファンサービスしろってイベントに強制参加させる分には良いんだな?……継続させたかったら、実際のファンクラブ会員達に泣きつかせたら、たまに参加してもおかしくなくなるか?」

「そうですね。可愛いファンのお願いくらい、たまには聞いてあげても良いでしょうから。そもそも去年までは二人揃っていたからこそ、殿下が何もしなくてもファンサービスになっていたわけですしね。今年は既にファンを蔑ろにしてしまっていますし、ファンクラブを持つ学生の行動として、ファンサービスを咎められるのはお門違いな話になるかと。……そもそもの話。先方の身勝手な言い分のせいで、殿下が学生らしく過ごせる時間も、友人達との関わりも絶たざるを得なくなっているんです。少しくらい学生らしいことをしても、問題ありませんよね。」

つまりダニエル的には、状況さえ整えればアークエイドをイベントに参加させるのは賛成だということだ。

それに、ダニエルも相当腹に据えかねているようだ。
近衛騎士という立場上、大人しくしているだけだろう。

「了解した。」

「あぁ、それと……今回の話は、マリク殿や他の幼馴染の皆さんまでは伝えても良いですが、アシェル殿とイザベル嬢。そしてメルティー嬢には伝わらないようにお願いしますね。殿下が体調を心配している程度なら、伝えても構いません。」

「……理由は?」

「殿下がまだ、アシェル殿の中で大切なモノとして扱われているのなら……。」

濁された言葉は、今学院に居る皇族か、アスラモリオンにいる皇帝陛下へ手を下す可能性があるということだろう。

きっとアシェルの家族は、それぞれが優先する王族がストッパーになっているはずだ。
でも被害を受けているのがアークエイドであれば、アシェルはアークエイドが止める声など聞きはしないだろう。

大切なモノへの被害を止めるために、一番合理的で効果的な手段を、躊躇わずにとるはずだ。

「確かにそれは不味いな。分かった。……やりきれねぇな。」

「えぇ、本当に。また何かありましたら教えてください。」

基本的にちょっとしたダニエルとのやり取りは、剣術か体術の時間に行っている。
ダニエルの位置や声を聞くのは、基本的にマリク頼りではあるのだが。

「あぁ。今日はお暇するな。」

ダニエルに伴われ、アークエイドの部屋を後にする。

応接間を仕切った片側で食事をしていたようで、帰りにアークエイド達に顔を合わせることは無かった。
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