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第四章 王立学院中等部三年生
264 スクロール①
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Side:ムーラン15歳 秋
アシェルが仲の良い友達と女子会をすると言って、その翌週から。
明らかにアシェルの様子が変わった。
生徒会室で義妹のメルティーと触れ合う時に、まるで恋人同士のような仕草や言動が見え始めた。
聞くところによると、それがメイディーの通常運転らしい。
それも、兄妹全員揃っているより糖度低めらしい。
だからムーランやモーリスの前でアークエイドに抱き抱えられても、一応一言文句は言うものの、人前で大人しく抱かれていても平気だったのかと思ってしまうくらいだった。
この件に関しては文化の差は大きいなと思ってしまう。
ただムーランはアシェルが元気になってよかったと思うと同時に、仲の良い友達として呼ばれなかったことを不服に思っていた。
アシェルを取り巻く人間の中で、ムーランが一番付き合いが短いのは分かる。
それでも、ムーランだってアシェルの友達ではないのかと、暗い気持ちが湧き上がるのが止められない。
それでもなんとか抑えていたのだが、少しだけ、嫌がらせをしてやろうと思った。
きっと僅かな時間とはいえ、ムーランのことは残るだろう。
嫌な人間として。
仲良くして欲しいのか、嫌われたいのか分からない行動だと自分でも思う。
どちらに転んだとしても、幸せな思い出をしっかり思い出せるのだ。
これはお祝い——いや、やっぱり意地悪なのだ。
その意地悪をする機会を作るのは、そう難しいことではなかった。
生徒会役員が生徒会室に揃うまで。
つまり全生徒が放課後になるまで、教室に残って談笑していることが多いからだ。
一応事情を知るノアールから、確実にメルティーが居る時間に生徒会室に行くためだと説明を受けている。
確かに。移動するだけで精神をすり減らしているアシェルは、生徒会室に入るなり真っ先にメルティーとの充電を始める。
さりげなくそれが出来るように配慮した結果、今の形に落ち着いたのだろう。
今日もアシェルを含めた顔見知り達は、教室に集まっていた。
メルティーもその教室に居るのだが、生徒会室以外では充電しないようだ。
リリアーデと一緒に、パトリシアという女子生徒も来ているので、一緒に来たのだろう。楽しそうに三人で話をしている。
いや、四人だった。クラスメイトのシオンも、何やら楽しそうに会話に加わっている。
メルティーの横には、婚約者だというマリクが立っている。
ムーランはアシェルとアークエイドと一緒に居て、ノアールとモーリスが来るのを待っている。
今日はメルティーがもう授業を終えているので、あとはノアールとモーリスさえ揃えば生徒会室に移動してしまうだろう。
話題も丁度、アスラモリオン帝国の術式研究についてだった。
そっと『ストレージ』から一枚のスクロールを取り出す。
「アークエイド様は実物を見た事があります?これは我が国の魔導士の一人が書いたのだけれど。今は魔術開発室の所長をしていますの。」
スクロールを開いてアークエイドに手渡すと、アークエイドは顔を顰めた。
「発表された論文を、アシェと一緒に見た事がある程度だが……。悪いが、元の術式がさっぱり分からない。アシェに見せても?」
「えぇ。因みに、わたくしにもさっぱり分かりませんの。一応どんなものかは聞いたのだけれど。なんでも自分でこうした術式を組む人は、素の術式を見破られるのを嫌うらしいですわ。」
アークエイドからアシェルにスクロールが渡る。
「ふふっ、その気持ちはちょっと分かるな。術式って個性が出るから。自分でどうやって求める効果を出そうかなとか、こっちの方が効率が良いかなとか。あとは使いたい術式でも相性が悪かったとか。苦労の上に作り上げて、一つの術式が出来上がるから。そうやって頑張って作ったものを、他の人に丸パクリされたら嫌でしょ?だからこうやって、ダミーをたっぷり仕込むんだよ。——ここまで緻密にダミーを書き上げる人も珍しいと思うけどね。」
「アシェルにはどこまでがダミーで、どれが本来の術式か分かるの?」
こんな複雑というよりは、殆ど黒い模様で埋め尽くされたようなスクロールを?という思いも込めて聞く。
「うん。なんとなくだけどね。ただ、メインの術式って大体真ん中に仕込むんだけど。見たことが無いんだよね。ムーラン嬢は、これがどんな術式か聞いてる?」
アシェルが術式をなんとなくだとしても読み取れることに驚き、そして注意を引けたことを喜んだ。
「これは思い出を視覚的に視ることが出来る術式らしいわ。使った本人にしか見えないから、まだ改良中らしいんだけれど。なんとなく覚えていることでも、鮮明に見ることが出来るらしいわよ。このスクロールに魔力を通しながら、楽しかったことや嬉しかったことを、最近の思い出から昔の思い出に遡って思い出していくと良いらしいわ。折角だから、アークエイド様とのことを思い出したらどうかしら?」
ムーランは術式に詳しくないが、このスクロールは、その視覚化した思い出を一時的に封印するものだと知っている。
昔使った時は、本当にすっぽりと忘れさせたかったことだけ忘れてくれて、その少女の記憶は半日で戻った。
僅かな時間だったとしても、少女と意中の相手だった男の関係を崩してやりたくて、このスクロールを使ったのだ。
そんなことをしても心は手に入らないと知っていたが、どうしても嫌がらせをしてやりたかった。
そして、そうやって記憶が無くなっても互いのことを想い合えるのなら、ムーランは潔く諦めることが出来ると。
もしアシェルが術式を見て中身に気づいてしまえば、使うのを拒否されるかもしれないし、怒られてしまうかもしれない。
でも、ムーランは何故かそれでも良いのだと思ってしまう。
アークエイドと付き合い始めたアシェルが羨ましくて、二人の関係を壊してやりたくて。何かしらの事情があったにせよ、ムーランを最後まで騙していたアシェルが憎くて。
昔と同じような気持ちでこのスクロールを持ち出したのに。昔はひたすら成功することだけを祈って、例え相手が拒否しようと無理やり使わせようと思っていたのに。何故こんな風に思い切りが付かないのだろうか。
でも、アシェルにスクロールを見せ、使うように促してしまった以上。
もう後戻りはできなかった。
「へぇ、どんな術式だろ。内容的にアスラモリオンらしい術式だよね。使わせてもらうなら、じっくり見させてもらうね。」
なんとなくとは、サラッと目を通した感想だったのかと、少しだけ焦りが浮かぶが「それはアシェルにあげたものだから良いわよ。」と促した。
「ダミーはこれかな……クスッ。これを描いた人は、相当ひねくれもので意地悪な人だね。それに、凄く分かりやすい性格をしてそうだ。対象はスクロールを使った人だけ……効果時間は……こんなに?使い終わったら術式が消える細工がしてあるし、時間内なら何度でも使えるってことかな?これがメインの術式だと思うんだけどな……闇系列って事しか分からないや。でも記憶関係なら、どうしてもメインは闇系列の精神干渉系を使わざるを得ないよね。闇系って一歩間違えば禁術扱いされるから、あんまり資料がないんだよなぁ。アスラモリオンでは普通に出回ってるのかな?今度モーリス殿に貰った資料の中に無いか見てみよっと。ねぇ、ムーラン嬢。これ、本当に僕が使ってしまっても良いの?使っちゃうと、もうこのスクロールは使えなくなっちゃうと思うけど。」
アシェルはすっすと指を滑らせながら、初めて見るはずの術式で、それも普通の人には分からないようにダミーをふんだんに取り入れていると聞いている術式を、どんどん読み解いているようだ。
それもモーリスのように、好奇心で瞳をキラキラと輝かせながら。
やっぱりアシェルはあの術式が読めてしまった。
プライドの高そうなユーウェンが観たら、きっと読み解かれたことに憤慨するのだろう。
ユーウェン曰く、ダミーを散りばめた術式を読み取られることは術式研究者としての恥だと言っていたから。
正直なところ、術式関係の授業が苦手なムーランには、何がどうなっているのかサッパリだ。
効果時間があることにも気付いているようだった。
もしアシェルがモーリスのような思考の持ち主なのだとしたら、もし全貌を理解していたとしても、少しくらい不調が出ようと、目の前のスクロールを試さずにはいられないだろう。
——そんなことに、気付きたくないのに気づいてしまった。
アシェルにこのスクロールを手渡し、最初に使って良いという許可を出してしまった時点で、アシェルにはこれを使わないという選択肢が無くなったのだということに。
「えぇ、それはアシェルにあげたものよ。遠慮なく使ってくれて構わないわ。……モーリスと同じ眼をしているもの。使うなって言われても、どんなものなのか確かめたくて仕方ないんでしょう?」
「あはは、お恥ずかしながら。じゃあ、使わせてもらうね。」
アシェルが手を置いたスクロールが、魔力で淡く光る。
好奇心に輝くその瞳には、一体何が見えているのだろうか。
それはムーランには分からないことだった。
アシェルが仲の良い友達と女子会をすると言って、その翌週から。
明らかにアシェルの様子が変わった。
生徒会室で義妹のメルティーと触れ合う時に、まるで恋人同士のような仕草や言動が見え始めた。
聞くところによると、それがメイディーの通常運転らしい。
それも、兄妹全員揃っているより糖度低めらしい。
だからムーランやモーリスの前でアークエイドに抱き抱えられても、一応一言文句は言うものの、人前で大人しく抱かれていても平気だったのかと思ってしまうくらいだった。
この件に関しては文化の差は大きいなと思ってしまう。
ただムーランはアシェルが元気になってよかったと思うと同時に、仲の良い友達として呼ばれなかったことを不服に思っていた。
アシェルを取り巻く人間の中で、ムーランが一番付き合いが短いのは分かる。
それでも、ムーランだってアシェルの友達ではないのかと、暗い気持ちが湧き上がるのが止められない。
それでもなんとか抑えていたのだが、少しだけ、嫌がらせをしてやろうと思った。
きっと僅かな時間とはいえ、ムーランのことは残るだろう。
嫌な人間として。
仲良くして欲しいのか、嫌われたいのか分からない行動だと自分でも思う。
どちらに転んだとしても、幸せな思い出をしっかり思い出せるのだ。
これはお祝い——いや、やっぱり意地悪なのだ。
その意地悪をする機会を作るのは、そう難しいことではなかった。
生徒会役員が生徒会室に揃うまで。
つまり全生徒が放課後になるまで、教室に残って談笑していることが多いからだ。
一応事情を知るノアールから、確実にメルティーが居る時間に生徒会室に行くためだと説明を受けている。
確かに。移動するだけで精神をすり減らしているアシェルは、生徒会室に入るなり真っ先にメルティーとの充電を始める。
さりげなくそれが出来るように配慮した結果、今の形に落ち着いたのだろう。
今日もアシェルを含めた顔見知り達は、教室に集まっていた。
メルティーもその教室に居るのだが、生徒会室以外では充電しないようだ。
リリアーデと一緒に、パトリシアという女子生徒も来ているので、一緒に来たのだろう。楽しそうに三人で話をしている。
いや、四人だった。クラスメイトのシオンも、何やら楽しそうに会話に加わっている。
メルティーの横には、婚約者だというマリクが立っている。
ムーランはアシェルとアークエイドと一緒に居て、ノアールとモーリスが来るのを待っている。
今日はメルティーがもう授業を終えているので、あとはノアールとモーリスさえ揃えば生徒会室に移動してしまうだろう。
話題も丁度、アスラモリオン帝国の術式研究についてだった。
そっと『ストレージ』から一枚のスクロールを取り出す。
「アークエイド様は実物を見た事があります?これは我が国の魔導士の一人が書いたのだけれど。今は魔術開発室の所長をしていますの。」
スクロールを開いてアークエイドに手渡すと、アークエイドは顔を顰めた。
「発表された論文を、アシェと一緒に見た事がある程度だが……。悪いが、元の術式がさっぱり分からない。アシェに見せても?」
「えぇ。因みに、わたくしにもさっぱり分かりませんの。一応どんなものかは聞いたのだけれど。なんでも自分でこうした術式を組む人は、素の術式を見破られるのを嫌うらしいですわ。」
アークエイドからアシェルにスクロールが渡る。
「ふふっ、その気持ちはちょっと分かるな。術式って個性が出るから。自分でどうやって求める効果を出そうかなとか、こっちの方が効率が良いかなとか。あとは使いたい術式でも相性が悪かったとか。苦労の上に作り上げて、一つの術式が出来上がるから。そうやって頑張って作ったものを、他の人に丸パクリされたら嫌でしょ?だからこうやって、ダミーをたっぷり仕込むんだよ。——ここまで緻密にダミーを書き上げる人も珍しいと思うけどね。」
「アシェルにはどこまでがダミーで、どれが本来の術式か分かるの?」
こんな複雑というよりは、殆ど黒い模様で埋め尽くされたようなスクロールを?という思いも込めて聞く。
「うん。なんとなくだけどね。ただ、メインの術式って大体真ん中に仕込むんだけど。見たことが無いんだよね。ムーラン嬢は、これがどんな術式か聞いてる?」
アシェルが術式をなんとなくだとしても読み取れることに驚き、そして注意を引けたことを喜んだ。
「これは思い出を視覚的に視ることが出来る術式らしいわ。使った本人にしか見えないから、まだ改良中らしいんだけれど。なんとなく覚えていることでも、鮮明に見ることが出来るらしいわよ。このスクロールに魔力を通しながら、楽しかったことや嬉しかったことを、最近の思い出から昔の思い出に遡って思い出していくと良いらしいわ。折角だから、アークエイド様とのことを思い出したらどうかしら?」
ムーランは術式に詳しくないが、このスクロールは、その視覚化した思い出を一時的に封印するものだと知っている。
昔使った時は、本当にすっぽりと忘れさせたかったことだけ忘れてくれて、その少女の記憶は半日で戻った。
僅かな時間だったとしても、少女と意中の相手だった男の関係を崩してやりたくて、このスクロールを使ったのだ。
そんなことをしても心は手に入らないと知っていたが、どうしても嫌がらせをしてやりたかった。
そして、そうやって記憶が無くなっても互いのことを想い合えるのなら、ムーランは潔く諦めることが出来ると。
もしアシェルが術式を見て中身に気づいてしまえば、使うのを拒否されるかもしれないし、怒られてしまうかもしれない。
でも、ムーランは何故かそれでも良いのだと思ってしまう。
アークエイドと付き合い始めたアシェルが羨ましくて、二人の関係を壊してやりたくて。何かしらの事情があったにせよ、ムーランを最後まで騙していたアシェルが憎くて。
昔と同じような気持ちでこのスクロールを持ち出したのに。昔はひたすら成功することだけを祈って、例え相手が拒否しようと無理やり使わせようと思っていたのに。何故こんな風に思い切りが付かないのだろうか。
でも、アシェルにスクロールを見せ、使うように促してしまった以上。
もう後戻りはできなかった。
「へぇ、どんな術式だろ。内容的にアスラモリオンらしい術式だよね。使わせてもらうなら、じっくり見させてもらうね。」
なんとなくとは、サラッと目を通した感想だったのかと、少しだけ焦りが浮かぶが「それはアシェルにあげたものだから良いわよ。」と促した。
「ダミーはこれかな……クスッ。これを描いた人は、相当ひねくれもので意地悪な人だね。それに、凄く分かりやすい性格をしてそうだ。対象はスクロールを使った人だけ……効果時間は……こんなに?使い終わったら術式が消える細工がしてあるし、時間内なら何度でも使えるってことかな?これがメインの術式だと思うんだけどな……闇系列って事しか分からないや。でも記憶関係なら、どうしてもメインは闇系列の精神干渉系を使わざるを得ないよね。闇系って一歩間違えば禁術扱いされるから、あんまり資料がないんだよなぁ。アスラモリオンでは普通に出回ってるのかな?今度モーリス殿に貰った資料の中に無いか見てみよっと。ねぇ、ムーラン嬢。これ、本当に僕が使ってしまっても良いの?使っちゃうと、もうこのスクロールは使えなくなっちゃうと思うけど。」
アシェルはすっすと指を滑らせながら、初めて見るはずの術式で、それも普通の人には分からないようにダミーをふんだんに取り入れていると聞いている術式を、どんどん読み解いているようだ。
それもモーリスのように、好奇心で瞳をキラキラと輝かせながら。
やっぱりアシェルはあの術式が読めてしまった。
プライドの高そうなユーウェンが観たら、きっと読み解かれたことに憤慨するのだろう。
ユーウェン曰く、ダミーを散りばめた術式を読み取られることは術式研究者としての恥だと言っていたから。
正直なところ、術式関係の授業が苦手なムーランには、何がどうなっているのかサッパリだ。
効果時間があることにも気付いているようだった。
もしアシェルがモーリスのような思考の持ち主なのだとしたら、もし全貌を理解していたとしても、少しくらい不調が出ようと、目の前のスクロールを試さずにはいられないだろう。
——そんなことに、気付きたくないのに気づいてしまった。
アシェルにこのスクロールを手渡し、最初に使って良いという許可を出してしまった時点で、アシェルにはこれを使わないという選択肢が無くなったのだということに。
「えぇ、それはアシェルにあげたものよ。遠慮なく使ってくれて構わないわ。……モーリスと同じ眼をしているもの。使うなって言われても、どんなものなのか確かめたくて仕方ないんでしょう?」
「あはは、お恥ずかしながら。じゃあ、使わせてもらうね。」
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