氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

文字の大きさ
271 / 313
第四章 王立学院中等部三年生

270 記憶の欠片②

しおりを挟む
Side:アシェル14歳 秋



馬車は王立学院を出た後、大きな門を通り抜け、予想の斜め上をいく豪邸の前に止まった。

多分玄関なのだと思うが、両開きの扉は大きく、装飾も施されていて立派だ。

門からこの玄関まで、馬車なのにそれなりに時間がかかった。
貴族街に入る為の門ではなかったらしい。

乗る時同様、降りる時もアークエイドに介助してもらいながら馬車を降り。
その豪邸に息を呑んだ。

「おっきい……本当に、私の家?」

「間違いなく、ここはメイディー公爵邸ですわ。事情を知る使用人は限られていると思いますから、アシェ義兄様は頭を下げたりしないで下さいませ。一言、ただいま、というだけで大丈夫ですわ。」

「分かった。」

邸に着くまでの道中で、帰った時のお出迎えについて聞いている。
薫では絶対経験しなかったであろう状況に覚悟を決める。

イザベルとマルローネが扉を開けたと同時に、大勢の揃った声が聞こえる。

『お帰りなさいませ、お嬢様方。いらっしゃいませ、お客様。』

ずらっとならんだ使用人達が、綺麗に同じ角度で頭を下げている姿は、一平民の心しか持ち合わせていないアシェルには恐ろしく見える。

「……ただいま。」

「ただいま戻りましたわ。皆様、持ち場に戻ってくださいませ。」

メルティーの一言で、使用人達は蜘蛛の子を散らしたようにどこかへ消えていった。

恐らく、今残っているのが家族なのだろう。
それぞれのお付なのか、壁際に数名だけ使用人も残っている。

「おかえり、アシェ、メル。」

多分最初に口を開いた茶褐色の髪の男性がお父さんだ。メイディー直系の証らしい瞳が、アシェルと同じアメジスト色である。

口々におかえりと言われ、でもどこかアシェルの様子を見ているような気がする。
嫌な眼が混じっているわけではない。でも、そう感じるのだ。不安、なのだろうか。
アシェルのことを観察しているように感じる。

自分の子供が、兄妹が全く違う人格になってしまったのだ。
不安に思うのも仕方がないかもしれない。気味が悪いものを見る眼で見られなかっただけ良しとするべきかもしれない。

「アシェ、真ん中の人物がアベル殿、アシェのお父様だ。同じ髪色の隣の男性がアレリオン殿、アン兄様だ。反対隣のメルティーにそっくりな女性がメアリー夫人、メアリーお義母様。アシェにそっくりの銀髪がアルフォード、アル兄様だ。」

硬直した家族を仲裁するように、アークエイドがそれぞれの名前と呼び方を教えてくれる。

「皆アシェが薫の時に辛い経験をしたのを知っている。だからいつものように触れ合うと……知らない人間に手を伸ばされると怖いんじゃないかと思っているんだと思う。」

「アシェルが、知らない子になったのが怖いんじゃなくて?」

つい口をついて出てきた言葉に、「「そんなわけないっ。」」と男性の声が重なって聞こえた。

気付けば、左右から兄達に抱きしめられていた。

「アシェ、おかえり。大丈夫、前に言ったことは覚えてないだろうけど、アシェはどんなアシェでもアシェだよ。僕らの大好きな妹だ。」

「おかえり。ごめんな、いきなり無言で立ってるのが家族だって言われて怖かっただろ。アシェのこと嫌いになったりなんかしないからな。」

「ずるいですわ、お義兄様達だけ。さぁ、イザベル。混ざりますわよ!」

「わ、私は混ざりませんっ。」

慌てたイザベルの声が聞こえたと思ったら、手際よく二人の兄に身体を移動させられ、アシェルとイザベルの間にメルティー。その前後をアレリオンとアルフォードが挟んでいる状態になる。

未だ戸惑いの抜けきれないアシェルに、どこか諦めを悟ったイザベルが小さく呟いた。

「これがメイディーの充電でございます。メイディー兄妹の親愛の形と思ってくださいませ。幼少の頃はともかく、普段は私まで巻き込まれることはまずないのですが。……ご不快ですか?」

「ううん……驚いたけど、嫌な感じじゃなくて、ぽかぽかする。なんていうか、馴染んでる。……うん、ベルが居たらもっと嬉しいのにって思う日もあったから、今日は珍しいって思う。皆の真っ直ぐの髪の毛も好きだけど、アル兄様のふわふわも気持ちいいの。」

アシェルの言葉に、団子になっている全員が安堵したのが伝わってくる。
充電について思い出したことを口にしたからだろう。リリアーデが思ったことを口にするように言った意味がよく分かった。

「本当に、封印そのものは弱そうだね。因みに術式の解読を試みたけど、ダミーが多すぎる。アークエイド殿下、申し訳ないが一筆貰えないだろうか?」

むぎゅむぎゅと体温を分け合っていると、どこか納得したようなアベルの声がした。

「分かっている。だが、術式に詳しいモーリス殿でも、直ぐには読み切れないようだった。……彼もいた方が良いと思うが?」

アークエイドの言葉に、アベルがぐぬぬと唸った。

「旦那様……割り切れないのは分かりますが、皇子殿下は悪くないはずですわ。本当にアシェルを狙ったものなのか。皇女殿下の親しい誰かを狙おうとしたのか。その術式が分かれば無作為なのか、誰かを狙ったものか分かる可能性もあるのでしょう?わたくしは、協力を願い出たほうが良いと思いますわ。」

「……分かってるよ、メア。殿下、モーリス殿にも手紙を書かせてもらう。それから……ムーラン皇女殿下は、今王宮に居る。明日帝国と連絡を取るそうだ。私はモニアにそこ迄しか聞いていない。」

「情報感謝する。手紙を書く場所を。」

アークエイドは一人のメイドに連れられて、どこかへ行ってしまった。

「手紙を書くが、その前に……アシェ。私にも抱きしめさせてくれるかい?」

優しく問いかけられ頷けば、団子になっていた温もりが離れていく。
一人ずつ皆の頬にキスをしながら。

流石海外?文化と、どこか感動し。イザベルからキスを貰うと、メルティーに自分の頬にキスをしてくれと言われキスをする。
後程イザベルに聞いたが、年長者から順番に、年下全員の頬にキスをして離れるのが充電完了の合図らしい。ちなみにおやすみのキスもこの順番らしい。

アベルに優しく抱きしめられる。
だが兄妹で抱き合った時のような、身体に馴染む感じはしない。

首を傾げているとアベルが苦笑した。

「私はあまり子供たちを抱き締めていなかったからね。小さい時はよくこうしていたんだが、本当に小さい時だけなんだよ。だが、今日はどうしても抱きしめたかったんだ。メア、君もだろう?」

「えぇ。その……わたくしも良いかしら?」

どこか遠慮気味にメアリーに問われ頷く。

柔らかい温もりに包まれたが、やっぱりどこか不思議な感じだ。
違和感とは言わないが、馴染みがないことは伝わってくる。

「抱き加減は苦しくない?」

「はい。お兄様達より柔らかいのが、なんだか不思議な感じです。」

「ふふっそうね。家族になったのは随分と前だけど……こうして抱きしめてあげるのは初めてなの。覚えてなくて困ることも沢山あると思うけれど、わたくし達はアシェルの味方よ。こうして姿を見るまで、とても心配だったの。血は繋がってなくても、わたくしの大事な娘ですもの。どんな些細な事でも良いの。相談でも愚痴でも、遠慮なく言ってちょうだい。」

「ありがとうございます、メアリーお義母様。」

何故だかその言葉が物凄く嬉しくて。
アシェルはふわりと笑顔を浮かべた。

その笑顔を見たメアリーも嬉しそうで、心がぽかぽかでお腹いっぱいだ。
邸に着く前にあった冷たい家族に会う不安は、すっかり溶けきっていた。



一通りアシェルに馴染があった邸の中の部屋を案内され、とても広いらしい庭園は明日見学することになった。
イザベルと、乳母のサーニャも一緒に周ってくれた。

サーニャを見て安心感を覚えたのは、きっと乳母としてお世話してくれていたからだろう。
それを伝えたら喜んでくれた。

邸の構造はなんとなく覚えていたようだ。
きっとこれもどうでも良いことだったのだろう。

サロンを見て、兄妹でクッキーに混じったスパイスやハーブを当てる遊びをしていたのを思い出した。食堂ではお肉だったなぁとか、とても短いエピソードがいくつも浮かんできた。

生母の部屋では、男の子の服を引っぱり出したことを。
理由は分からなくても、それまではドレスで日常を過ごしていたことを思いだし、それはそれでなんだか不思議な気分だった。ずっと男の子の恰好をしていたわけではなかったらしい。

その部屋の衣装室には、アシェルが使っていたという大きなベビーベッドも残っていた。
その中を覗き込んで、最初に残っていた夢の景色はこれだったんだなと思う。

近くにはイザベルが使っていたという通常サイズのベビーベッドもあって、そちらの方が見慣れていると思ったし、イザベルが転げ落ちるんじゃないかというハラハラ感も思い出した。

「アシェル様っ。何でそれを真っ先に思い出すんですか……。」

そのことを言葉にすると、ちょっとイザベルは落ち込み気味だが、それだけ印象的だったという事だ。

「だって、赤ちゃんが高いところから落ちたら危ないし。柵に手や足を挟んで骨折することもあるんだよ?私がもっと大きければ、ちゃんと危なくないように遊ばせてあげれるのにって、ずっと思ってた。」

「そういえば薫様は、孤児院の出身でございましたね。」

サーニャの言葉に頷く。

「うん。小さい子のお世話は大きい子の役目だから。ちゃんと何が危ないかとか教えてもらったの。何がどうしてダメなのか、知らないと対処できないから。」

「経験ではなく知識としてそれを子供に教えることが出来る、素晴らしい指導者様がいらっしゃったのですね。」

「うん……施設長の奥さんは、厳しいけど優しい人だった。厳しいのも、私達が将来困らないようにだったから。とても、良い人。」

こんな風に喋りながら各部屋を周り、なんとなくではあるけれどこんな生活をしていたなという記憶が蘇ってきた。
きっと今ある点が繋がれば、もっとハッキリするのだろう。時系列も繋がるんじゃないかと思う。

夕飯は軽食を取ったからと断り、アシェルの部屋にやってきた。
シンプルながらも調度品は高級品だと分かるのだが、貴族の部屋はこんなものなのだろうか。と思ってイザベルに聞いた。

無駄にゴテゴテしていないのは、アシェルの希望らしい。
花瓶すら要らないと言われたと嘆いていたが、要らないと思う。

生活に不要だと伝えたら、全く同じことをおっしゃっておりました、とサーニャが笑った。

アークエイドは客間に泊まるか、自分の家——というよりも王宮に帰るのかと思っていた。

だがイザベルに手伝ってもらい寝支度を終えたアシェルの部屋に、同じく寝支度を整えたアークエイドがサーニャと共に入ってきた。

「その……アシェの部屋で寝る様にとメイディー卿に言われたんだが。ソファを借りても良いか?」

困惑したように問われるが、家主であるアベルが決めたのだ。アシェルに異論はない。

「うん。お布団、一緒でも良いよ?広いから、二人でもスペース余るくらいだもの。」

寮もそうだったが、邸の自室にも何サイズか分からない特大ベッドが置いてある。
小さな子供なら、全面使えばぐるっと一周頭を並べて寝れそうな気がしてしまうくらいだ。

「……アシェ。アシェがそういう事に、全くもって無頓着なのは知っている。知っているけどな。一応恋人同士になったとはいえ、今のアシェにその自覚は無いんだろ?だったら、軽々しく異性と寝台を共にしても良いとか言うな。そもそも、夜間異性を部屋に入れるの自体良くないんだ。どうしても部屋に通さなくてはいけない事情があるなら、必ず使用人を傍に置いて、部屋の扉は少しあけておくこと。いいか、これは貴族令嬢なら当たり前の知識だ。」

アークエイドが呆れたような、それでも忠告とマナーを教えてくれるが、これだけ広いベッドに一人で寝て、もう一人がソファはおかしいのではないかと思ってしまう。

「……どうして?これだけ広いんだもの。一人で寝たら勿体ないくらい広いから、大丈夫。それに、アークはよくお泊りしてたんでしょ?家主のお父様がこの部屋でって言ってるんだから、問題ないはず。」

「夜間に寝室に異性を招いたり、一緒の寝台で眠るのを許可するという事は、閨事……身体を重ねても良いという事だ。同じように寝間着で異性の前に出るのも同じ意味だ。だから貴族令嬢は、間違いが起こったりしないように、お付き合い前の異性と部屋で二人っきりにならないし、なる時は扉を開けておいて物音が使用人達に聞こえる様にする。物音で異変があれば、周囲の使用人達が飛んでくる。それに寝台で二人で眠ることもしない。……分かったか?」

「……分からないわ。そういうマナーがあることは理解したけど、これだけ大きなベッドがあるんだから、一人をソファで寝かせるくらいなら一緒に寝た方が良いと思う。ソファじゃ身体が痛くなるし。それに、同意なくエッチするのがダメって言うのは分かるけど、一緒の布団で寝るからとか、寝間着姿を見せたからエッチに同意は分からない。もしそれで勝手に勘違いして無理やり手を出すなら、男の理性が弱すぎるだけ。お酒が入ってるならともかく、普通の人間はその程度で勘違いして手を出したりしないわ。」

アークエイドの小言の意味が分からずに小首を傾げるアシェルに、アークエイドとイザベルは盛大に溜め息を吐き。サーニャは、まぁまぁと微笑ましそうに見守っていた。

「……デュークが匙を投げる気持ちが分かる気がする。」

「まぁ……リリアーデ様も、アシェル様と同じような感性の持ち主ですから……。」

何の話をしているのかは分からないが、二人が呆れていることは伝わってくる。

「とりあえず、アークはこの部屋で寝るんだよね?ベルとサーニャは?」

「私もイザベルも普段は自分の邸から通っておりますが、本日は邸に泊まります。私達は使用人室がありますので、寝る場所については気になさらなくて大丈夫ですよ。もし侍女に用事がある時は、サイドチェストの上の方にある紐を一度、引っ張ってくださいませ。無いとは思いますが、もし曲者が来た場合は二回以上続けて引っ張ってくださいね。それでは、失礼いたします。」

「おやすみなさいませ、アシェル様、アークエイド様。」

「あ、おやすみなさい。」

「おやすみ。」

部屋を出て行く二人を見送り、サーニャに言われた紐の位置を確認する。
わざわざ夜に人を呼ぶことなんてないと思うが、教えてもらったのに知らないでは済まないから。

ソファに隣り合って座ったまま、お風呂上りに出された果実水をちまちまと飲みながら尋ねる。

「曲者って?」

「はぁ……さっきの話を聞いてるのに二人っきりになった現状より、そっちを気にするんだな。滅多にないと思うが、貴族の金品を狙ったり、命を狙った人間が紛れ込むことがある。そういった害を為す人間のことだ。まぁ、メイディー邸を狙う奴は、余程命を捨てたいんだな、と思うがな。」

「門番さんたち、強いの?」

「警備は門番だけじゃない、どの邸もな。中には姿を隠していたり、気配を絶ったまま警備にあたる人間もいる。それに……一番強いのは警備達じゃなくて、メイディーの直系たちだ。メイディー卿も兄達も、もちろんアシェも……本気を出せば、王宮の警備達に気付かれずに忍び込めるだろうし、国王陛下の首だって誰にも気付かれずに落とせるだろう。それだけの実力があるし、それだけの努力をしている。」

「……私も?」

強さの物差しとしての例えなのだと思うが、なんだか話が物騒だ。

「あぁ、今は忘れてしまっているだろうがな。メイディー直系は魔法を使うのがとても上手いんだ。いずれ思い出すだろ。そうだ、ストレージはイメージに使った時と同じだけ魔力を乗せればいい。詠唱しながら剣を出していたら、襲われた時不利になる。身体強化は良いが……他の魔法は思い出したとしても、使う前に一言かけてくれ。周囲に被害が出ないとも限らないし、身体が覚えているとは思うが、暴発すると不味いからな。」

「分かった。危ない魔法だってきっとあるものね。……そろそろ寝よう?落ち着いたら、眠たくなったわ。」

二人分の飲み終わったグラスをミニキッチンに運び、洗おうとしたらアークエイドに止められた。
下げるのまでは良くても、洗うのはよろしくないらしい。なんならローテーブルに置いたままでいいくらいだと言われた。

そのあと履き慣れないスリッパを時々すっ飛ばしながら、部屋の中を練り歩く。
だが、探しているものが見つからない。

うろうろしているアシェルを見守っていたアークエイドだが、あまりにも不審な行動に声をかけられる。

「どうしたんだ?」

「電気のスイッチ……ボタン?何処だろうと思って。壁じゃないのかな?」

「あぁなるほど。それは魔力で動いてるんだ、消してやるから寝台へ入れ。」

どうりでどれだけ探しても見当たらない訳である。
魔道具というやつなのだろうが、魔力の使い方はまだ思い出せていないのでアークエイドにお任せすることにした。

電気を消したアークエイドが入れるように、窓際のほうへ身体を寄せて布団に潜る。

「真ん中で寝れば良いだろ。」

「アークの分。ソファは身体に悪いからダメ。」

「……俺は夜目が効く。そのつもりなら、こっち側に寝てくれ。右手がすぐに動かせないと都合が悪い。」

「分かった。」

ふかふかの布団の上を這って、言われた通り扉側に身体を寄せて横になる。

都合が悪いというのは、きっと曲者対策なんだろうなと思った。
右手が利き手なら、剣を振るのも右手だろうから。

アークエイドが手を触れた灯からどんどん消えていく。

カーテンの隙間から漏れる月明かりだけになり、ギシリと音がした。
どうやら無事寝台に辿り着いたらしい。
アシェルには真っ暗で何も分からないが。

「おやすみ、アシェ。」

「おやすみなさい。」

挨拶だけだとなんとなく物足りなさを感じつつ、それでも瞳を閉じていれば睡魔が訪れた。
それは薫にとっては当たり前で、アークエイドにとっては長すぎる時間だった。

アークエイドはそっと取り出した懐中時計で、時間を確認する。
眠たくなったと言っていたのに、規則的な寝息が聞こえだしたのは寝台に入ってから丁度一時間だ。

今までの寝入りの良さを疑いたくなる。

知らない場所で緊張しているからだったら良いが、これが続くようだと寝不足に気を付けないとと思いつつ、アークエイドも瞳を閉じた。





========



Side:アレリオン21歳 秋



その日、丁度仕事を終えたアレリオンは、直ぐに帰るとアベルに急かされて王宮を出た。

騎士団に勤めているアルフォードも拾って、三人で馬車に乗り邸に帰る。
なんでも至急邸に戻るように伝令が来たらしい。

出迎えてくれたのは顔面蒼白のメアリーだった。

アークエイドから手紙が届いたのだと、アベル宛てだが至急と書いてあったので先に内容は確認したと告げられ、アベルがまず目を通す。

それが回ってきて、目を通してアルフォードへ。

誰もかれも、殺意を抑えられなかった。
明確な殺意に不慣れな使用人達は、ウィリアムとサーニャが手際よく下がらせたため、恐怖から失神するような使用人は出なかった。

三人が書いたそれぞれの主観も交えた手紙を四人で何度も読み直して、この状況でもアシェルが怒っていない、何か起こせば記憶を取り戻した時アシェルが悲しむという文面を見て。
どうにか気持ちを落ち着かせた。

アシェルが帰ってきた時に恐怖を抱けば、きっと二度とこの邸に足を踏み入れたくないと思ってしまうだろうから。
可愛い可愛い妹に、仮に記憶が戻るまでの間だったとしても怖い人間だと思われたくなかった。嫌われたくないと思った。

アベルは使用人に手紙を託し、ついでにもし折り返しの手紙があれば運べるように待機していたモイちゃんも、マリクの元へ戻してもらうようにお願いしている。
秋空は暗くなるのが早く、今から飛んでいたら陽が落ち切ってしまうかもしれないからだ。

伝令と迎えを兼ねた馬車が邸を出て行く音がして、帰ってくるまでがとても長く感じた。

もし拒絶されて邸に戻って来なかったらどうしようかと思っていた。

だが戻ってきた馬車が門をくぐる前に、見覚えのある魔力を感じた。

「これは……。」

「アシェの魔力ですね。」

「思い出したのか?」

自由にしろと書いたがアークエイドが来ることは分かっているので、せめてアシェルの大切なモノに危害が及ばないようにと、三人がかりで『探査魔法サーチ』を展開していた。
本来なら警備の厳重な王立学院の敷地を出た瞬間に、自分自身で周囲を確認したかっただろうと。それをアシェル自身がしていることが、波状に広がったアシェルの魔力が伝わってくる。

「いや、ダメだね。多分アシェは、無意識にやってるんじゃないかな。」

「確かに、こちらのアプローチへは何も返ってきませんね。魔力は出ているけど、特別な異変だけを感知するためかな?」

「いつから使ってんだ?幸い、無駄な魔力は乗ってないけど……。」

「三人とも難しい顔をしていては、アシェルが困ってしまいますよ。無意識でも身体が覚えている。大事なアークエイド殿下を護ろうとしている。それでいいではありませんか。それよりもわたくしは……今のアシェルに受け入れて貰えるのかが心配ですわ。」

アシェルを出迎えるにあたり、こちらから足を踏み出さないようにと決めた。
少なくとも何度か言葉を交わして、アシェルが警戒心を抱いていないか確認しなくてはいけない。

馬車が門を潜り抜け、玄関ホールの扉が開いた。

アシェルは——やっぱりあの何も映していない眼をしていた。
だけど無表情と言い切れない程度には、感情が見える。

あの眼なら、本当に何もかもに絶望した真っ暗な瞳でなければ。
どん底ではないのだと思った。

だがアシェルの魔力が出続けているのが気になる。
邸に入れば消える、というのが三人の予想だった。

メルティーが使用人達を下がらせた。

残ったのは、家族とアシェルが信用を置く使用人達。

そこでようやく、アシェルの魔力の波が消えた。
それはアシェルが今、この場を安全だと、無意識だったとしても認識したという事で。
そう思ってくれたことが嬉しかった。

アークエイドが、誰が誰だか分からないであろうアシェルに家族を紹介してくれる。
きっちり普段アシェルが呼んでいた呼び名を添えて。

「アシェルが、知らない子になったのが怖いんじゃなくて?」

不意に紡がれたアシェルの言葉。

「「そんなことないっ。」」

胸を締め付けられるような言葉に、気付けばアルフォードと一緒にアシェルを抱きしめていた。
戸惑いはあるようだったが、押しのけられたり、暴れられたりしなかった。

それだけでも、アレリオンからしたら不幸中の幸いに思えた。
酷い状況だが、最悪の状況ではないのだと。

何故だか、これなら大丈夫だと、そう思えたのだ。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 【ご報告】 2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。 また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。 引き続きよろしくお願いいたします。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

大金で買われた少女、狂愛の王子の檻で宝石になる ―無自覚な天才調合師は第二王子の婚約者(虫除け)を演じることになりました―

甘塩ます☆
恋愛
「君を金貨三十枚で買ったのは、安すぎたかな」 酒浸りの父と病弱な母に売られた少女・ユナを救ったのは、国中から「放蕩王子」と蔑まれる第二王子・エルフレードだった。 ​「虫除けの婚約者になってほしい」というエルの言葉を受け、彼の別邸で暮らすことになったユナ。しかし、彼女には無自覚の天才調合師だった。 ​ユナがその才能を現すたび、エルの瞳は暗く濁り、独占欲を剥き出しにしていく。 「誰にも見せないで。君の価値に、世界が気づいてしまうから」 ​これは、あまりに純粋な天才少女と、彼女を救うふりをして世界から隠し、自分の檻に閉じ込めようとする「猛禽」な王子の物語。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...