氷の王子様と微笑みの男装令嬢

芯夜

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第五章 【アンブロシア】

296 お披露目パーティー①

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Side:“アンブロシア”アシェル



お披露目パーティーまでに時間があるからと、マナーの講師を呼んでくれた。
しかし“古都”と礼儀作法の違いはない様で、しっかりメイディー邸で身につけていたために早々に打ち切られた。

身体が小さいが故の動きにくさや、見た目的な洗練さに欠けるものの。
ご両親以上にしっかりなさっています、と褒めて貰った。

公爵家という上位貴族の教育を受けてきたのだ。
当然と言えば当然である。
——アシェルが受けていた礼儀作法は王太子妃教育で施されるほど厳しいものだったことを、家族の中で本人だけが知らない。

これなら誕生日パーティーも問題なく行えるだろう。

「ママ、アシェはふつーのこ。がんばるね。」

「いつもどおりで——。良くないわね。まぁ私達も余所行きだから、違和感あっても無視してね?」

「うん。」

貴族にとって社交の場は一種の戦場だ。
こちらの人間関係や重要人物は分からないが、弱みを見せても利用できると思わせてもいけない。

アシェルは神託の元、死体を生き返らせたように見られたからか、一部で神格化されているらしい。
されたところでいつかは元の世界に戻るのだ。変なことに巻き込まれたくない。権力争いにも全く興味が無い。

まだ幼子であるアシェルを政治の道具にされないためには、アシェルがそこらへんの子供と変わらないのだと印象付ける必要があった。
権謀術数には疎いので、巻き込まれても上手く対処できない。
そのため変に賢いよりは、ただの子供である方が良いと思うのだ。

それを咲に伝えると、咲も理解したようだ。

隣の部屋で最終打ち合わせをしていたらしい健斗も戻ってくる。

咲の要望を取り入れた雪の妖精のようなドレスを着たまま、健斗の腕に抱かれた。
反対の腕には咲がエスコートされている。

パーティーホールには既に大勢の人が集まっていた。

健斗が来訪者へ感謝を告げる言葉を告げ、パーティーが始まる。

ひっきりなしに色んな人が挨拶に訪れ、あまりに話が長く咲と健斗が対応に困っている時にはぐずって見せた。

更には周囲から咲と健斗を引き剥がして、別々にアプローチしようとする姿も見られる。
今日は二人ともアシェルの傍を離れない予定だったのだが、言葉巧みに行動を誘導され、最終的にその手練手管に二人は勝てなかったようだ。
それでも元一般人が、手慣れた貴族相手によく頑張った方だろう。

「ママっ、ママぁ。」

「アシェル。ママはあっちでお話があるんだよ。パパはここに居ないとだし。」

「やらぁっ。ママもパパもいっしょ。いっしょってゆったー。ママぁ。」

健斗の腕の中から咲に向かって手を伸ばし、一生懸命母親を恋しがる子供を演じる。
しっかり濡れた目を擦ることも忘れない。

2歳程度なら母親の後追いしたり、親の姿が見えなくなったらギャン泣きする子もいるものだ。それが貴族としては見目の良くないことだとしても。

というよりも、そもそもこんな小さな子供を社交界に放り出そうという大人がおかしいのだ。
身体が小さいせいもあるのかもしれないが、体感としてはデビュタント以上の規模のように感じている。
やるなら少人数を招いたホームパーティーが限度だと思う。

「申し訳ありません。娘は私と夫が一緒にいないとぐずってしまうの。数年もすればそんなことも無いんでしょうけど。でも、とても可愛い盛りなんですよ。」

ここぞとばかりに咲がドレス軍団に断りを入れて戻ってくる。

健斗の腕から降ろされたアシェルがドレスの裾にしがみつき、約束を破ったと癇癪を起して泣き止まない。
同情的な視線と不快感のこめられた視線に晒されながら、二人は周囲に断りを入れて休憩室に移動した。

パタンと防音の扉が閉められ、部屋の中には事態を察知してついてきた事情をよく知る人間だけになる。護衛代わりに給仕に紛れていたようだ。
侍女達はさっとお茶の準備を始めた。

それまで駄々っ子を演じていたアシェルがすんと大人しくなる。

「お疲れ、アシェル。助かった。」

「あの人たちしつこいのよねぇ。それにしても温度差が凄いわ。っていうか、嘘泣き出来たの?」

「これはまほーですわ。ただの水よ。けーびがすっとんでくるかと思ったけれど、大丈夫だったわね。……それはそれで問題だと思うけれど。」

侍女に頬を濡らす水をふき取ってもらいながら、アシェルは小さなため息を吐く。

この世界では魔法を使うと、術式が可視化出来る形で光る。
この嘘泣きの為に魔法陣が見えないように、かなり弱い出力になるように練習したのだ。
因みに使ったのは生活魔法のウォーターである。

「人見知りで親離れできない我儘な子。かなりの人数が、わたくしに失望していたわ。各層が平等に発言権を持つのだから、もー少し権力争いはマシかと思ってたのだけれど。取り入りたい人間も、しっきゃくを狙う人間も多そうね。少しだけれど、どーじょーてきな人も居たわ。何にどーじょーしたのかにもよるけど。味方につけるにはいいんじゃないかしら?」

女装で喋る時は薫を意識すると上手くいく。
そのため瞳は何も映していないような目になっているのだが、咲と健斗は見慣れているので特に気にしなかった。少し懐かしくすら感じるくらいだ。

喋り方も少し淡々としているが、それでも薫だった時より感情が分かりやすい。
少なくとも咲と健斗は、長年もっと淡白な受け答えをしていた薫と過ごしていたのだ。
アシェルの言葉の端々に感情が豊富に含まれていることを、二人でひっそり喜んでいた。

「健斗ー。うちの子が、うちの子が。すっごい大人びたこと言っててつらい。そして私よりちゃんとお嬢様でつらい。」

辛いと言われても、一応これでも十数年公爵令嬢なのだ。男装が多かったが、令嬢としての教育もキッチリ受けている。
頑張って喋る練習をしたおかげで、かなり流暢に喋れるようになったし、付け焼刃の咲が適う訳がない。

「咲がお嬢すぎる言葉遣いは嫌だっつったんだろ。まぁアシェルの言いたいことも分かるけどな。明らかにアシェルのこと値踏みしてたし。やっぱあいつら好きになれねぇな。」

「まぁ、悪意たっぷりなのは見たら分かるものね。口先三寸でおべっかつかわれてもーよねぇ。はぁー。昔はパーティーとかなんか楽しそうって思ってたけど、全然楽しめないわ。これならダンジョン籠った方が楽しいわよ。」

「同感。もうちょっと楽なポジだったらなぁ。神様の求める役割的に仕方ないんだけどさ。このままここでゆっくりするか?」

ソファに座って侍女の用意してくれた紅茶を飲みながら、咲と健斗はこのままパーティーが終わるまで引きこもろうとしだした。
気持ちは分かるが、逃げ込む口実を作り易い今こそ交友関係を広げられるように努力するべきだ。アシェルはずっとここに居る訳にはいかないのだから。

「だめよ。お付き合いしたほーが良さそうな人を絞るから、ちゃんと会場に戻ってちょうだい。ちゅーりつじゃなくて、味方にしないとダメだわ。わたくしじゃ、しゃこーかいの知識が足りてないから役に立てないの。ちゃんとフォローしてくれる人を味方につけないと。」

勉強はしているが経験がないのだ。
一応社交界デビューは済ませたものの、なんだかんだであの後一切パーティーには出席していない。
デビュタントの時だって、直接言葉を交わしたのはほぼ医療関係者だけだった。

個人的なパーティーにもお茶会にも招待が無かったのは、女性だと発表したアシェルをどう扱うべきかという戸惑いもあったのだろうと思っている。
——実は全てアベルの判断で断っていたのだが、アシェルは何も知らない。

「正論過ぎてつらい。っていうか、なんでアシェルがそんなに積極的なのよ。あんだけ嫌がってたのに。」

「二人のため。というのは建前よ。まどーしの塔の、偉い方が。今日頑張ったら、誰かをこーしに付けてくれるらしいわ。ちゃんと報告できる成果をあげないと。ゆーしゅーな人揃いってきーてるから。楽しみなの。」

「あ、うん。分かったわ。つまりついでっていうか、それが宿題ね?」

アシェルが瞳を輝かせて頷く。

魔導士の塔には前世の記憶を持っている人間が混じっているらしい。
これはこの世界の文明を進めるために、最初から参考にした世界に関する専門知識を持つ人間が必要だったからだそうだ。

アシェルとは面識のない優秀な人間が選ばれているらしいが、その人達は咲と健斗に友好的だ。
優秀過ぎて権力には興味なく。魔法に関しての研究が第一な人たちだというのもあるかもしれない。はたまた近しい境遇だからだろうか。

少し手紙でやり取りをしたことがあるが、アシェルを同類だと察知したからか、アシェルの動かし方をよく心得ている。
宿題だってこれをやれと明確に指示されたわけではないが、シンプルな内容から推察した結果だ。
立場的に命令するわけでもなく、他者から邪推されにくい内容だった。流石頭のいい人たちの集まりである。

そんなやる気満々のアシェルに促されながら、咲と健斗はパーティー会場に戻った。

アシェルは人の悪意に敏感だ。咲と健斗以上に。

今日だけの感想でもアシェルのお墨付きであれば、味方になってもらう条件としては十分だろう。
少なくともただのお披露目と誕生日パーティーに、下心満載で来ていないことは分かるのだから。

何年も経ち、二人は思ったのだった。
この時のアシェルの人選は、やはり間違っていなかったのだと。
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