歪な2人の結婚生活

みっしー

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14話

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 人生の中に、何か一つ意味を見出そうとすれば、いつだって消えてしまいたくなった。存在を否定されるために生まれてきたのか、人に怯えるために生まれてきたのか、孤独に慣れるために生まれてきたのか。そんなことを問うても、この世界が答えてくれることはない。だから何度も絶望して、何度も救いを求めた。その先に、どんな景色が映るのかなんて想像もできないほど、いたって抽象的な幸せの形に焦がれていたのだ。

「……ィラ、……ライラ?」

 小声で彼女に呼びかけるリックの声に、ライラは閉じていた瞼を持ち上げる。そこに広がるのは華やかに装飾されたチャペルで、彼女はそこで今この瞬間愛を誓うところだった。神父が穏やかな声で決まった台詞を紡ぐ。あとはそれに返事をするだけだ。まさにその時になって、ライラはそれまでの人生を思い返していた。

 悲しみが悲しみとして存在していたのはいつまでだったか。自分の感情を偽っていたら、いつの間にかそれを表現する術を失っていた。それが少しずつ変わっていったのは、間違いなく隣に立つ彼がいたからだとライラは思う。例えば、ありのままの自分を受け入れてくれる人なら誰でも良かったのかというと、きっとそういうわけではない。彼は彼女を引き留めた。彼は彼女を理解しようとした。彼は彼女に言葉をくれた。彼は彼女に心を渡した。その全てがなければきっと、ライラは満たされなかったのだ。渇いた心を満たす全てを、凍っていた心から溶け出した感情が惜しみなく注いだ。

 ライラはずっと恐れていた。誰かに近づいたとき、その人が離れてしまう瞬間を、自分に何の興味も抱かなくなる瞬間を、もう二度と味わいたくなかったから。だからずっと誰かと一緒にいるなんて、考えられる日が来るとは思わなかった。でも、今なら言える。

「新婦ライラ。あなたはリックを夫とし、健やかなる時ときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

 どんな時でも、きっと彼となら。そんな楽観的な考えすら幸せだと思える。だから、今なら躊躇うことなく言えるのだ。

「誓います」

 その言葉は、ライラのこれまでの人生の中で最も重みを持つ言葉になった。それだけの思いをのせることができたことに、ライラは喜びを感じていた。

「それでは誓いのキスを」

 神父の言葉を合図にベールが持ち上げられ、ライラの視界は何の遮りもなくはっきりと目の前の光景を映した。そこにはこの世の誰よりも幸せそうに笑う一人の男性がいる。ライラはその目に映る全てを絵画にして飾っておきたいと思った。そして惜しみながらもゆっくりと瞳を閉じると、二人の唇は静かに重なった。



「……はじめまして」

 招待客への挨拶をしていると、ついに彼と顔を合わせる時間がやって来た。久々に見るその姿は前よりも大人びていて、ライラはありのままでいようとは思いつつもやはり接し方に迷っていた。そんなライラを知ってか知らずか、彼はリックの方に話しかけていた。

「ああ、はじめまして。ヘンリー殿のことは、ライラからも聞いている」

「……そう、ですか」

 ヘンリーの言葉には分かりやすく不安が滲んでいた。その様子を見てしまうと、ライラは身の振り方をあれこれと考えるのが馬鹿らしくなってしまった。そんなことよりも、目の前の弟に向き合わなければならない。

「どうして、そんな顔をするの?」

 ライラの問いは、側から見れば淡白で冷たい。自分の夫への態度が良くないからと、弟を嗜めている姉にも見えるかもしれない。しかし、ヘンリーもリックも彼女のそれが単純な疑問であるとわかっていた。だから、ヘンリーはライラの方を向いてきまり悪そうに呟く。

「だって、あなたは僕がお嫌いでしょう」

 ライラは一瞬呆然とした。しかし、少し考えると表情を変えて弟を安心させるように微笑んだ。見たことのないその表情にヘンリーは驚いたように目を見開く。リックはそんな姉弟のやり取りを微笑みながら眺めていた。心中ではライラの背中を押すように応援の言葉を送りながら。そして、ライラはそれに応えるかのように言葉を紡ぐ。

「私は、確かに昔はあなたが嫌いだった。でも、離れてみて思った。私はあなたが私の痛みを知らなかったことにきっと苛立ったんだと思うけれど、私もあなたの痛みを知らなかった」

 その言葉に、ヘンリーは表情を変えた。少し、泣きそうな顔だった。

「私達は、人との向き合い方を教えられずに育った。だから、あの家で私たちは分かり合えなかった。でも、これからはきっと分かり合える。……学校に、行き始めたんでしょう?」

「……はい。僕は、ずっとあの環境が当たり前だと思っていました。でも、友人達と一緒にいると、家では満たされないものが満たされるんです。とても、楽しくて……」

「私も同じだよ。だから、今日見てほしかったの。私が幸せを感じられる居場所を、それを作ってくれた人を」

 ライラはそう言いながらリックに視線を向けた。ヘンリーの視線もリックに向く。リックはそれを受け止めるように、彼らに微笑んで見せた。

「俺も、ライラと出会って初めて幸せというものを真に理解したように思う。だから、ヘンリー殿にも安心して欲しい。君の姉上は、俺が責任を持って幸せにし続ける」

「僕には……我が家にはそんな言葉をいただく権利はありません」

 俯くヘンリーの言葉にライラが何か言おうと口を開くと、彼はライラの方を向き直った。ライラは少し肩に力が入る。

「……勝手に、幸せになってください。今日言いたかったのはそれだけです」

 ヘンリーはそのままその場を去ろうとした。ライラは手を掴んで思わず引き止める。

「また、会おうね……?私は、ヘンリーがあの家に居続けなくたって良いと思ってる。困ったら話も聞くよ。それに……その、……」

「フィルデロードの屋敷はいつでもヘンリー殿を歓迎する。空き部屋だってあるのだから、一緒に住んだって構わない」

 ライラの言葉を補うようなリックの言葉に、ライラは大きく頷いた。それを受けたヘンリーは少し面映い気持ちを抱えながら振り向く。

「僕だって子どもじゃないんですから。新婚の邪魔はしませんよ。でも、……今度は手土産くらいは持って伺います」

 今度こそ、と言わんばかりに小さくお辞儀をした後、小さくなっていくヘンリーの背中をライラとリックは柔らかい微笑みで見送った。

 その後も、感極まって涙を流すエリザベスや、まるで自分のことのように幸せそうな国王など、多くの人と言葉を交わした。ライラのことを「子犬令嬢」だと記憶していた人々はその日を境に彼女への印象が変わったと言う。しかし、それは決して悪いものではなく、「世界で一番幸せそうに微笑む貴婦人」として、その後の彼女は知られるようになるのである。

「ねぇ、リック」

「どうした?」

 多くの人に祝福されるその中で、ライラは目を細めた。リックはそんな彼女の様子を伺うように、横顔をじっと見つめる。

「私はずっと、歪な自分がとても嫌で、誰にも受け入れてもらえないと思っていました。でも、あなたと一緒にいる私は、まるで欠けた部分が満たされたみたいに、ちゃんとした人でいられる気がして……、初めて、この世に生まれた喜びを知ることができました」

「それは俺だって同じだ。ライラに出会えて初めて、自分の欠けた部分が満たされたように思う」

 リックの言葉にライラは嬉しそうに微笑む。そしてまたゆっくりと言葉を紡いだ。

「もしかしたら、そういう、歪で欠けた部分を満たし合うことが、愛と呼ばれるのかもしれないと思いました。……ねぇ、リック」

 ライラはリックの方に向き直り、じっとその瞳を見つめた。リックは突然のことに目を丸くする。

「私を、愛してくれてありがとう。愛しています。私がずっと、あなたを満たすことができる存在でありたいです」

 リックは不意に涙が出そうになった。しかし、それを堪えて微笑む。その笑顔は少し歪んでいた。ライラはそんな彼を見て、くすりと笑う。

「俺はいつだってあなたがいることで満たされている。愛しているよ、ライラ。これからの人生の全てで、愛というものの意味を、その美しさを、一緒に学んでいこう」

「はい!」

 ライラは笑った。まるで幸せの中心にいるように笑った。それは鮮やかに、そして温かく、リックの視界を彩って、リックの表情もつられるように同じものになる。会場にいた全ての人が、その光景に願わずにはいられなかったという。

 二人の未来に、幸多からんことを。





○○○○○○○○○○○○○○○○○○○



「歪な2人の結婚生活」は以上で完結です!色々とありまして最終話を書くのに一年弱かけてしまいました。ここまで読んでくださった方には感謝しかありません。本当にありがとうございました!
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みんなの感想(1件)

まり
2024.01.30 まり

温かく優しい気持ちになる読後感。
ライラとリックが少しずつ心を通わせていく、素敵なお話をありがとうございました✨

解除

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