心の行先に君がいた

みっしー

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第一章

1話②

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「うちの学校って屋上解放されてるんですか?」

 青春、出会いといえば屋上だと相場が決まっている。そう考えた私は、早速放課後に担任の先生を捕まえて聞いてみた。

「開いてないことはないけど、条件付きだからみんな面倒臭がって行かないのよねぇ」

「条件?……どんな内容なんですか?」

「あぁ、そんな嫌そうな顔しないで!無理難題じゃないのよ?ただ……」





 それから10分後、私の手には箒が握られていた。条件とは、使用者が責任を持って屋上を掃除することだったのだ。ちゃんと掃除することを誓って鍵を預かり、掃除をしたことを確認してもらって鍵を返すというシステムらしい。成績上位者だけ、みたいな特権的なシステムだったらどうしようかと思ったので掃除くらいならお安いものだ。一日一善というのはやはり大事だし、掃除をしているうちに運命が降ってくる可能性だってある。そう考えて、私は真面目に手を動かすことにした。

 屋上は思っていたよりも広い。周りを覆う少し高めの柵はあるけれど、それ以外には物がないので余計にそう感じるのかもしれない。上を見れば空だけが視界を占めて、息を吸えば外の気持ちの良い空気が体を巡る。校舎中を満たす忙しない時間の流れから、この場所だけは切り離されているように感じた。

「こんなもんかな。休憩しよーっと」

 目に見えるゴミは全部集め終わったので、箒や塵取りを収めると、私は綺麗になった屋上の床にそのまま座った。色気がないと言われてしまうかもしれないけれど、私はスカートの下に体操服の短パンを履いている。床とその短パンが接するようにスカートを避けて座れば、制服も汚れないので問題ない。まあ、そもそも掃除もしたし。そうして広い床のど真ん中に座ると、この空間を独占しているというちょっとした高揚感があった。思っていたよりも良い場所かもしれない。

「屋上掃除、日課にしようかな?」

 意外とありかもしれない。旅といえば色んなところに赴くものだと言われるかもしれないけれど、一つ一つの場所をじっくりみて回るのだって楽しい旅の一つだろう。気が済むまで屋上を堪能したと思った時には違う場所に行こう。それまではここに来て雲の流れを見たり、グラウンドの部活生を眺めてみたりしよう。運命は出会えたらラッキーくらいでも別に良い。というかそれならもはや一石二鳥だ。そう思えそうなくらいにはこの場所が気に入ってしまった。

 大きく息を吸い込んで思いっきり伸びをしてみると、スッキリと気持ちが切り替わるような感覚を覚えた。腕時計で時間を確認してみると、何だかんだで40分くらいはここで過ごしていたみたいだ。

「今日はこのくらいでいいかなー。隅の方に埃とか残ってないか一応確認してから帰ろ」

 私は勢いよく立ち上がり、屋上の隅から隅までを歩き回ることにした。あんまり人が来ている印象はないけれど、意外と埃は少なかったからたまに来ている人がいるのかもしれない。だとしたら忘れ物だってあり得る。そう思ってじっと床を眺めながら歩いていると、校舎の陰になっている場所に何かがあるのが見えた。

「これは……ノート?」

 近づいて手にとってみると、随分と使い込まれているように見えた。メーカーの名前は擦り切れているし、端っこの方もボロボロだ。それだけの思い入れの割には表裏のどちらにも持ち主の名前は書かれていない。これでは職員室に届けても迷宮入りしそうだ。プライバシー的にはちょっと良くないかもだけど、少しだけ中身を見てみるのもありかもしれない。これはあくまで持ち主を探すための行為だ。決して好奇心に負けたわけではない。そう、これは善意。持ち主に返してあげたいという私の澄み切った善意……。

「ちょーっと失礼しまーす」

 そこから先、側から見た私はもしかしたら、ページを捲り文字列を目でなぞるだけのロボットのように見えたかもしれない。私は没頭していた。

 手書きで綴られた文字が語るのは恋の話だった。人と接することに臆病になってしまった女の子と、そんな彼女を照らす太陽のように見えて、実は自分の在り方について悩みを抱えている男の子。そして、彼女たちを取り巻く様々な事情を持つ登場人物たちとその中で起こる感情の揺らぎ。テーマはシンプルで分かりやすいはずなのに、話は全然単調じゃない。繊細で美しい言葉がこの世界の輪郭をより優しく彩っている。今まで出会ったどんな物語よりも引き込まれるような感じがした。



 そうして、話は冒頭に戻るのである。

「とりあえず、ノート……」

「あ、うん。これ、秋風くんのだよね?いつから使ってるの?結構年季入ってるけど」

 差し出される手に、渋々ノートを渡した。

 目の前で怪訝そうな表情を見せるこの男の子の名前は秋風夕あきかぜゆうくん。私は彼を知っている。なぜなら、入学したての頃のオリエンテーション合宿で同じ班だったからだ。各クラスの同じ出席番号同士が集められたあの班、もしかしたら、この時のための布石だったのかもしれない。神様ったら粋なことする~!

「……朝宮には関係ないだろ。とりあえず、これの話は他の奴にはするなよ」

「もちろん。でも……、タダでっていうわけにはいかないかな?」

「……脅し?」

 途端に秋風くんは鋭い目つきでこちらを睨んだ。あー、言い方が悪かったな。

「ううん、お願い!あのね、」

 私は少し余白を作った。これは運命。これは始まりの1ページ。ならば、最高にロマンチックにしなくちゃ決まらない!しかし、そんな私の演出がお気に召さなかったのか、秋風くんはさらに眼光を鋭くした。私はそれに怯むことなく言葉を続けた。

「私、このお話の続きが読みたい!だから、続き書いたらまた見せてよ!ここでもいいし、どこか他の場所でもいい。人目のつかないところで、こっそりでいいから!」

「……どういう意味で言ってる?」

「え?そのまま。ファンになっちゃったんだもん!」

「はあ、…………は?」

 呆気に取られたように目を丸くする秋風くん。やっぱり珍しい表情だと思う。オリエンテーションの時の彼は本当に静かで、口数も少なければ表情も乏しかった。そんな彼のこんな顔を見ると、何だかほんの少しだけ音を立てて世界が動いたような気分になる。新しい発見をしたからだろうか?知らない一面を知って嬉しくなったからだろうか?とにかく、こんな心の動き方を私は今まで知らなかった。今初めて知ったこの感覚は、私が求めていたものの中心にあるべきものである気がする。

「とりあえず、今日は一緒に帰ろっか。もう下校時間過ぎちゃったし。まずは先生呼ばなきゃだね」

「え、あ……うん」

 よし、流れに任せて一緒に帰る作戦成功!まずは秋風くんのことをよく知らないといけない。オリエンテーションの時もあんま話せなかったし、何より、あんなに素敵な物語を書ける人がどんな人なのか、純粋に気になる。

 屋上の扉を閉める寸前、私はもう一度大きく息を吸った。さっきまでとは違うように感じるこの空気は全て、新しい出会いを知った新しい私の体を巡っていく。それが何だか擽ったく感じて、心がさらに躍った。
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