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第一章
2話
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空はもうすっかり夜の色を着込んでいる。駅までの道には程よく建物があるから光には困らないけれど、やっぱり夏の同じ時間とは違う雰囲気を纏っている。半年前くらいまでは新鮮だった景色にも今ではもうすっかり慣れてしまった。と思っていたけれど、一緒に帰る人が違うと、それだけでそわそわと落ち着かない気持ちがある。不思議だ。
「私さ、秋風くんにずっと聞きたかったことがあるんだ」
沈黙の合間を覗くように声を出すと、隣を歩く秋風くんは俯けていた顔をこちらの方に持ち上げる。それだけのことがちょっと嬉しい。
「え、何?」
「えへへ。……もしかしてさ、『秋生まれなの?』って聞かれること、多かったりしない?」
大それた質問が来ると思っていたのか、秋風くんの顔からは拍子抜けしたように真顔が抜け落ちていった。目を丸くして、空いた口が塞がらないといった様子だ。しかし流石の私でも、ほとんど話したことがない人にそんなに重量級の質問を投げたりはしない。少し納得はいかないものの、おかげでいい表情が見られた。私は嬉しくてさらに口角が上がってしまう。すると、すぐに平常を取り戻した秋風くんが静かに言葉を返した。
「……まあ、多いかも」
「やっぱり!私も春生まれだと思われること多いんだ。ほら、千春って名前だからさ」
「え、いや。僕のは苗字だけど……その名前で春生まれじゃないの?」
「って思うよねー。でも、誕生日は秋なんだ。親が名前を考えたタイミングが春だったのと、春のように沢山の素敵な出会いに恵まれますようにって意味らしいよ」
「そっか。いい名前だね」
そう呟く秋風くんの表情を覗き込んでみる。穏やかだ。けれど、私の視線に気づくと彼は驚いたように立ち止まった。私もそれに合わせて立ち止まる。それから、真っ黒な瞳をじっと見つめて、にっこりと笑ってみせた。
「これね、私の雑談テーマの中でも十八番なんだ。これでみんなの誕生日を聞き出して覚えるの!だから、秋風くんの誕生日も教えて?それに他の秋風くんの話も聞きたいな」
「……つまらないと思うけど」
「いいよ。っていうか、それは聞いてみなきゃわかんないし。それに盛り上げ上手だよ、私」
「そうなんだ……。じゃあ、信じるよ?」
「よし、任せな!」
それから、奇跡的に同じ方面だったので電車で隣に並んで吊り革に掴まりながら、私は秋風くんに沢山の質問をした。その度に秋風くんはぽつりぽつりと言葉を溢すように答えてくれた。冬生まれで、誕生日は1月23日。趣味は小説を読むことと書くこと。部活には私と同じで入ってないけれど、代わりに生徒会で会計をしているらしい。最寄駅は私の最寄駅の5つ手前で、今は従兄弟のお兄さんのお家に一緒に住んでいるらしい。「夕」という名前の由来は聞いたことがないので、今度聞いてみると言ってくれた。
「あ、次で降りる」
駅名のアナウンスの後、秋風くんは思い出したように言った。もしかしたら、私と同じようにあっという間だったと思ってくれたのだろうか。
「おー、じゃあまた明日だね。私、明日も放課後は屋上にいるつもりだから」
「それは……来いって言ってる?」
「うーん、否定はしない。ただとりあえず、待ってるからね」
私は笑顔で親指を立てる。秋風くんは少し呆れたような面持ちだった。そうしているうちに駅に着いたので、私は手を振って秋風くんを見送った。振り返してくれたわけではないけれど、彼は右手を顔の横に持ち上げていた。一応、別れの挨拶自体は返してもらえたということで良さそうだ。私は思わずニヤけてしまった。
秋風くんのいなくなった電車で、私は空いた席を見つけて座った。電車が揺れる音や車内のアナウンス、所々聞こえる話し声はさっきまでと変わらないはずなのに、なんだか一気に静かになった気がする。自分が話していたっていうのはあるんだろうけど、何だかそれとは違う静けさだ。自分が思うよりももっと、私ははしゃいでいたのかもしれない。余韻に浸るように目を閉じてみる。
『小説を読むことと……書く、こと』
趣味を聞いた時の、秋風くんの声と表情が脳裏に浮かんだ。少し震えた声と、躊躇うような視線。見られてしまったから割り切って言ってくれたのだと思うけれど、それでも、書くことが好きなのだと教えてくれたことに心が温かくなる感じがした。続きを読ませて欲しいとは頼んだけれど、次に読めるのはいつになるだろう。その時、どんな表情でノートを渡してくれるだろうか。考えていると、明日やその先が楽しみになる。これが運命の力なのだろうか。だとしたら私が信じてきたものはやっぱりとんでもなく素晴らしいものだということになるだろう。朝起きたときはいつもと変わらなかったはずなのに。今日は本当に良い日だった。明日もそうだといい。願いながらも何となく、私はすでにそうなると確信できていた。
「私さ、秋風くんにずっと聞きたかったことがあるんだ」
沈黙の合間を覗くように声を出すと、隣を歩く秋風くんは俯けていた顔をこちらの方に持ち上げる。それだけのことがちょっと嬉しい。
「え、何?」
「えへへ。……もしかしてさ、『秋生まれなの?』って聞かれること、多かったりしない?」
大それた質問が来ると思っていたのか、秋風くんの顔からは拍子抜けしたように真顔が抜け落ちていった。目を丸くして、空いた口が塞がらないといった様子だ。しかし流石の私でも、ほとんど話したことがない人にそんなに重量級の質問を投げたりはしない。少し納得はいかないものの、おかげでいい表情が見られた。私は嬉しくてさらに口角が上がってしまう。すると、すぐに平常を取り戻した秋風くんが静かに言葉を返した。
「……まあ、多いかも」
「やっぱり!私も春生まれだと思われること多いんだ。ほら、千春って名前だからさ」
「え、いや。僕のは苗字だけど……その名前で春生まれじゃないの?」
「って思うよねー。でも、誕生日は秋なんだ。親が名前を考えたタイミングが春だったのと、春のように沢山の素敵な出会いに恵まれますようにって意味らしいよ」
「そっか。いい名前だね」
そう呟く秋風くんの表情を覗き込んでみる。穏やかだ。けれど、私の視線に気づくと彼は驚いたように立ち止まった。私もそれに合わせて立ち止まる。それから、真っ黒な瞳をじっと見つめて、にっこりと笑ってみせた。
「これね、私の雑談テーマの中でも十八番なんだ。これでみんなの誕生日を聞き出して覚えるの!だから、秋風くんの誕生日も教えて?それに他の秋風くんの話も聞きたいな」
「……つまらないと思うけど」
「いいよ。っていうか、それは聞いてみなきゃわかんないし。それに盛り上げ上手だよ、私」
「そうなんだ……。じゃあ、信じるよ?」
「よし、任せな!」
それから、奇跡的に同じ方面だったので電車で隣に並んで吊り革に掴まりながら、私は秋風くんに沢山の質問をした。その度に秋風くんはぽつりぽつりと言葉を溢すように答えてくれた。冬生まれで、誕生日は1月23日。趣味は小説を読むことと書くこと。部活には私と同じで入ってないけれど、代わりに生徒会で会計をしているらしい。最寄駅は私の最寄駅の5つ手前で、今は従兄弟のお兄さんのお家に一緒に住んでいるらしい。「夕」という名前の由来は聞いたことがないので、今度聞いてみると言ってくれた。
「あ、次で降りる」
駅名のアナウンスの後、秋風くんは思い出したように言った。もしかしたら、私と同じようにあっという間だったと思ってくれたのだろうか。
「おー、じゃあまた明日だね。私、明日も放課後は屋上にいるつもりだから」
「それは……来いって言ってる?」
「うーん、否定はしない。ただとりあえず、待ってるからね」
私は笑顔で親指を立てる。秋風くんは少し呆れたような面持ちだった。そうしているうちに駅に着いたので、私は手を振って秋風くんを見送った。振り返してくれたわけではないけれど、彼は右手を顔の横に持ち上げていた。一応、別れの挨拶自体は返してもらえたということで良さそうだ。私は思わずニヤけてしまった。
秋風くんのいなくなった電車で、私は空いた席を見つけて座った。電車が揺れる音や車内のアナウンス、所々聞こえる話し声はさっきまでと変わらないはずなのに、なんだか一気に静かになった気がする。自分が話していたっていうのはあるんだろうけど、何だかそれとは違う静けさだ。自分が思うよりももっと、私ははしゃいでいたのかもしれない。余韻に浸るように目を閉じてみる。
『小説を読むことと……書く、こと』
趣味を聞いた時の、秋風くんの声と表情が脳裏に浮かんだ。少し震えた声と、躊躇うような視線。見られてしまったから割り切って言ってくれたのだと思うけれど、それでも、書くことが好きなのだと教えてくれたことに心が温かくなる感じがした。続きを読ませて欲しいとは頼んだけれど、次に読めるのはいつになるだろう。その時、どんな表情でノートを渡してくれるだろうか。考えていると、明日やその先が楽しみになる。これが運命の力なのだろうか。だとしたら私が信じてきたものはやっぱりとんでもなく素晴らしいものだということになるだろう。朝起きたときはいつもと変わらなかったはずなのに。今日は本当に良い日だった。明日もそうだといい。願いながらも何となく、私はすでにそうなると確信できていた。
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