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第1部 エド・ホード
第5話 十二歳式
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「エドー、迎えにきたよ」
外から呼ばれて玄関に出ると、リテアがお祭りの衣装を着て立っていた。赤染のドレスに革のベルトを巻いて、頭には羽飾りをつけていた。うっすら引かれた口紅や、なめらかな肩やイヤリングも、何もかもが彼女を大人っぽく見せていた。僕は急に寂しくなった。自分だけがいつまでも大人になれないでいる気がした。
「緊張してる?」
リテアが僕に笑いかける。が、僕にはそれさえも、大人びた仕草に感じられた。リテアは自分がおかしいからではなく、僕のために笑ったのだ。それは以前の僕たちとはまったく違ってしまっていた。
「平気だよ」
と僕は言った。本当の気持ちを伝えられたらどれだけよかっただろうと思いながら。
「あらー、リテアちゃん、綺麗だねえ」
エレンおばさんも出てきて言った。
「リテアちゃんは、夏が終わったら街に出るの?」
「まだ決まったわけではないですけど」
リテアは少し困ったように言った。
「いいのよ。もう大人なんだから、自分のことは自分で決めないとね」
じゃあ、私もあとで行くからね、とエレンおばさんに送り出されて、僕たちは二人で成人の滝へ向かった。この村の子供は、数えで十二になる年に、崖から滝つぼに飛び込むことになっている。理由は誰も知らないけれど、昔からの決まりなのだそうだ。
「崖から飛べば、少しは気持ちが変わるのかな?」
僕は隣を歩くリテアに言った。
「変わるって?」
「なんだろう、ちょっとは大人になるっていうか……」
「どうだろうね」
リテアはまた例の大人びた笑みを浮かべた。
「ねえエド、どうなったとしても、わたしたちはずっと友達だよね?」
僕はとっさに言葉を返せなかった。
沈黙を埋めるように、リテアはまた小さく笑った。
滝のある崖の上には、すでに多くの大人たちが集まっていた。木のベンチや供物台には、焼き鳥や尾頭つきの魚など、ご馳走がところせましと並べてある。村のお年寄りたちが火を囲み、笛や太鼓の音を合わせていた。陽気でどこか妖しい演奏と、激しい水音が重なると、薄暗い火明かりのせいもあってか、途端に神聖な気分になった。
村にはうんと小さな子を除いて、子供は僕たち二人しかいない。僕もリテアも、成人の儀式を見るのはこれがはじめてのことだった。緊張でたいした会話もできないまま、ときどき顔を見合わせてはヘラヘラしていた。
十六夜の月が空に昇ると、いよいよ儀式がはじまった。僕たちはお酒を口に含み、順番に崖の際へ並んだ。笛が止み、太鼓の音が早くなる。鼓動までもが早くなって、目の前の奈落に息がつまった。
「森の神々よ、わたしはリテア・オルセン、この夏で晴れて成人となる」
リテアが右手を高くあげて宣言する。声が少しうわずっていた。
「わたしはこの秋に街へ出て、科学の発展のため勉強します。いつか魔法みたいな道具を両手いっぱいに抱えて、この村へ戻ってくることを誓います」
村の人たちが一斉に拍手をする。楽器の音が高らかに響いて、飛べー、とみんながはやしたてた。リテアは僕のほうを振り返って片目をつむると、そのまま背後に倒れるように身を投げた。わあっと歓声があがって、指笛と拍手が割れんばかりに響く。次は僕の番だった。
「僕の名前はエド・ホード。この夏で晴れて成人となる」
ここまでは練習通り。が、次の言葉が出てこなかった。重苦しい沈黙に、水音だけが響いている。大丈夫よ、とリテアのお母さんが、温かい声援を送ってくれた。エレンおばさんは不安そうにこちらを見ている。
「僕は……、僕は……」
水音だけが響いている。村の人たちの視線を矢のように感じた。
「僕は……、普通の大人になりたい」
笛の音は鳴らなかった。拍手も指笛もない。大人たちは明らかに戸惑っていた。僕のせいだ。僕が儀式を台無しにした。全身から冷や汗が出る。かと言って、自分がどんな大人になりたいのかもわからなかった。
僕は逃げるように身を投げた。それこそ自分を捨てるみたいに。
外から呼ばれて玄関に出ると、リテアがお祭りの衣装を着て立っていた。赤染のドレスに革のベルトを巻いて、頭には羽飾りをつけていた。うっすら引かれた口紅や、なめらかな肩やイヤリングも、何もかもが彼女を大人っぽく見せていた。僕は急に寂しくなった。自分だけがいつまでも大人になれないでいる気がした。
「緊張してる?」
リテアが僕に笑いかける。が、僕にはそれさえも、大人びた仕草に感じられた。リテアは自分がおかしいからではなく、僕のために笑ったのだ。それは以前の僕たちとはまったく違ってしまっていた。
「平気だよ」
と僕は言った。本当の気持ちを伝えられたらどれだけよかっただろうと思いながら。
「あらー、リテアちゃん、綺麗だねえ」
エレンおばさんも出てきて言った。
「リテアちゃんは、夏が終わったら街に出るの?」
「まだ決まったわけではないですけど」
リテアは少し困ったように言った。
「いいのよ。もう大人なんだから、自分のことは自分で決めないとね」
じゃあ、私もあとで行くからね、とエレンおばさんに送り出されて、僕たちは二人で成人の滝へ向かった。この村の子供は、数えで十二になる年に、崖から滝つぼに飛び込むことになっている。理由は誰も知らないけれど、昔からの決まりなのだそうだ。
「崖から飛べば、少しは気持ちが変わるのかな?」
僕は隣を歩くリテアに言った。
「変わるって?」
「なんだろう、ちょっとは大人になるっていうか……」
「どうだろうね」
リテアはまた例の大人びた笑みを浮かべた。
「ねえエド、どうなったとしても、わたしたちはずっと友達だよね?」
僕はとっさに言葉を返せなかった。
沈黙を埋めるように、リテアはまた小さく笑った。
滝のある崖の上には、すでに多くの大人たちが集まっていた。木のベンチや供物台には、焼き鳥や尾頭つきの魚など、ご馳走がところせましと並べてある。村のお年寄りたちが火を囲み、笛や太鼓の音を合わせていた。陽気でどこか妖しい演奏と、激しい水音が重なると、薄暗い火明かりのせいもあってか、途端に神聖な気分になった。
村にはうんと小さな子を除いて、子供は僕たち二人しかいない。僕もリテアも、成人の儀式を見るのはこれがはじめてのことだった。緊張でたいした会話もできないまま、ときどき顔を見合わせてはヘラヘラしていた。
十六夜の月が空に昇ると、いよいよ儀式がはじまった。僕たちはお酒を口に含み、順番に崖の際へ並んだ。笛が止み、太鼓の音が早くなる。鼓動までもが早くなって、目の前の奈落に息がつまった。
「森の神々よ、わたしはリテア・オルセン、この夏で晴れて成人となる」
リテアが右手を高くあげて宣言する。声が少しうわずっていた。
「わたしはこの秋に街へ出て、科学の発展のため勉強します。いつか魔法みたいな道具を両手いっぱいに抱えて、この村へ戻ってくることを誓います」
村の人たちが一斉に拍手をする。楽器の音が高らかに響いて、飛べー、とみんながはやしたてた。リテアは僕のほうを振り返って片目をつむると、そのまま背後に倒れるように身を投げた。わあっと歓声があがって、指笛と拍手が割れんばかりに響く。次は僕の番だった。
「僕の名前はエド・ホード。この夏で晴れて成人となる」
ここまでは練習通り。が、次の言葉が出てこなかった。重苦しい沈黙に、水音だけが響いている。大丈夫よ、とリテアのお母さんが、温かい声援を送ってくれた。エレンおばさんは不安そうにこちらを見ている。
「僕は……、僕は……」
水音だけが響いている。村の人たちの視線を矢のように感じた。
「僕は……、普通の大人になりたい」
笛の音は鳴らなかった。拍手も指笛もない。大人たちは明らかに戸惑っていた。僕のせいだ。僕が儀式を台無しにした。全身から冷や汗が出る。かと言って、自分がどんな大人になりたいのかもわからなかった。
僕は逃げるように身を投げた。それこそ自分を捨てるみたいに。
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