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第1部 エド・ホード
第7話 呪い
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夏の終わりに、リテアの学校の合格通知が届いた。今日の間に荷物をまとめて、リテアは三日後にはこの村を出ていくらしい。一度よそへ行ってしまえば、きっと二度と戻らないだろうことは、さすがの僕にもわかっていた。
これまでに外へ行った大人たちは、誰もが、必ず帰ってくる、と約束をしてこの村を去った。が、実際に帰った人はいない。たまに顔を見せに戻ることはあるけれど、またすぐに街へ戻ってしまうのだった。
通知から二日目の夜にお別れ会をして、村の人たちと大騒ぎをして朝まで歌った。出発前夜はゆっくり休めるように、とのことだったが、僕はもちろん、最後の夜はツリーハウスへ行った。最後くらいは、リテアと二人きりでいたいと思った。
ランプに火を灯して絨毯に座り、揺れる影を見ながらラジオを聞いた。しかし零時を過ぎても、リテアはやってこなかった。彼女の心は、すでにこの村を発ってしまったのだろう。やがてオイルが燃え尽きたのか、ランプの明かりは消えてしまった。自分の手のひらも見えない暗闇のなかで、僕は急激に胸が苦しくなるのを感じた。
森の声が聞こえていた。
窓を見ると、燃え立つような青白い火が、ガラスの表面を波打っていた。くらりくらりとひるがえり、その火が身を大きくするたび、僕の苦痛も大きくなった。火はゆっくり伸びてきて、胸のなかへ入ってくる。消えろ、と僕は強く念じた。消えろ、消えろ、消えろ。火はリテアの人形に燃え移り、やがて静かに同化すると、本人とうりふたつの姿になった。
表情こそ変わらないものの、弾力や肌触りや匂いさえ、本物と区別がつかなかった。森の声が頭にこだまし、胸が張り裂けそうなほど苦しくなる。消えろ、消えろ、と念じながら、僕はリテアの身体にしがみついた。火は僕の胸を焼き尽くし、森の声で囁いた。石を取れ。その一瞬、僕は間違いなくリテアといた。彼女は半袖の白い寝間着姿で、タオルケットにくるまり眠っていた。石を取れ、と声が言う。僕は心が割れそうになるのをこらえながら、無我夢中でリテアの首飾りに手を伸ばした。石を掴むと同時に涙があふれて、森の声も青白い火も消えてしまった。
次に気がついたとき、部屋にはすでに朝の光が差し込んでいた。眠っていたというよりは、気を失っていたんじゃないか、と思うほど短い間に感じられた。森を出て村へ帰ると、
「おお、エド、無事だったか」
「エレンが心配してるよ」
と近所の人たちに次々と声をかけられた。何か変だと思いながら家に帰ると、外で待っていたエレンおばさんが、目に大粒の涙を浮かべながら僕を抱きしめた。
「……エド、よかったわ、あなたは無事だったのね」
「ごめん、おばさん。何かあったの?」
「落ち着いて聞いてね」
エレンおばさんは僕の肩をつかんだまま、地面に両膝をついてこちらを見つめた。
「どうしたの?」
「リテアちゃんがね、亡くなったのよ」
「は?」
僕は急に視界がせまくなるように感じた。
「昨日の夜、家に強盗が入ったのよ。かわいそうに、ご両親は気づきもしなかったそうよ」
僕は言葉を失った。エレンおばさんは僕をまた強く抱きしめると、
「夕方から葬儀があるからね」
と涙声で言った。きちんとお別れをしないとね。
僕はエレンおばさんの腕を引きはがして、リテアの家に走っていった。エレンおばさんは僕を止めなかった。
リテアの家には、すでに多くの人が集まっていた。みんな黒い服を着て、申し合せたように浮かない顔をしている。レンガ造りの広いリビングに、花束で埋め尽くされた棺があった。リテアはそのなかで眠っていた。半袖の白い寝間着姿で、いつも身につけているはずの首飾りはしていなかった。
「やあエド、来てくれたんだね」
リテアのお父さんが、僕を見つけて声をかけてくれた。
おじさんのまぶたは赤くはれていて、僕はとっさになんて言っていいかわからなくなった。
「よかった、無事だったんだね。君にも何かあったんじゃないかって、みんな心配していたんだよ」
「リテアはどうしたんですか?」
「強盗に襲われたんだ。うちに忍び込んだはいいが、金目のものが見つからなかったんだろうね、娘の首飾りを盗っていったよ」
「……首飾り?」
僕は恐怖と罪悪感に気を失いそうになった。
「大丈夫かい?」
「……僕のせいなんです」
そう言うと、部屋中の人たちの視線が集まった。
「ちょっとこっちに」
おじさんは僕の手をつかむと、部屋の二階へ連れていった。
「いったいどういうことだい?」
「僕が首飾りを盗ったんです」
「首飾りを持っているのか?」
僕は首を横に振った。
「そうだろう。まだ誰にも伝えていないが、家の鍵はすべて閉まったままだった。もちろん娘の部屋も全部だよ。密室だったんだ。普通の人間が入れるわけない」
「僕は森に入りました。昨日も森にいたんです。それで……」
「娘を待ってくれていたんだね。昨日の夜は、私が早く眠るように注意したから……こんなことなら、行かせていればよかったよ」
「僕のせいなんです」
「でも森にいたんだろう? 大丈夫、エドのせいじゃない。君くらいの年頃の子は、身近に起こった不幸を、なんでも自分のせいみたいに思ってしまうものなんだ。もとはと言えば、私が首飾りなんてやらなければ」
「あの首飾りはなんなんですか?」
僕はふいと思い出して先を続けた。
「リテアはおじさんが、妖精王にもらったものだと話していました。あの首飾りには、何か不思議な力があるんですか?」
「馬鹿なことを言っちゃいけない。あれは出張の土産に買ったものだよ」
「リテアはたしか、魔法の本の話もしていました。森のどこかに幽霊たちの住む屋敷があって、死者の魂を呼び寄せてるって。そこに行けば、リテアとまた話せますか?」
おじさんはうつむいたまま首を横に振った。
「悪いけどみんなデタラメだよ」
「でも」
「でもたしかに森は危険だ。私も少しあまかった。もう森には入っちゃいけないよ」
おじさんはそう言うと、僕の頭をそっとなでた。
僕はまた一階に戻って、棺のなかのリテアを見つめた。頬が少しこけていて、あんなにやわらかそうだった肌は見る影もなかった。誰が首飾りを盗ったのだろう、と僕は思った。誰がリテアを殺したのだろう。
お前だ、と森の声が言った気がした。
これまでに外へ行った大人たちは、誰もが、必ず帰ってくる、と約束をしてこの村を去った。が、実際に帰った人はいない。たまに顔を見せに戻ることはあるけれど、またすぐに街へ戻ってしまうのだった。
通知から二日目の夜にお別れ会をして、村の人たちと大騒ぎをして朝まで歌った。出発前夜はゆっくり休めるように、とのことだったが、僕はもちろん、最後の夜はツリーハウスへ行った。最後くらいは、リテアと二人きりでいたいと思った。
ランプに火を灯して絨毯に座り、揺れる影を見ながらラジオを聞いた。しかし零時を過ぎても、リテアはやってこなかった。彼女の心は、すでにこの村を発ってしまったのだろう。やがてオイルが燃え尽きたのか、ランプの明かりは消えてしまった。自分の手のひらも見えない暗闇のなかで、僕は急激に胸が苦しくなるのを感じた。
森の声が聞こえていた。
窓を見ると、燃え立つような青白い火が、ガラスの表面を波打っていた。くらりくらりとひるがえり、その火が身を大きくするたび、僕の苦痛も大きくなった。火はゆっくり伸びてきて、胸のなかへ入ってくる。消えろ、と僕は強く念じた。消えろ、消えろ、消えろ。火はリテアの人形に燃え移り、やがて静かに同化すると、本人とうりふたつの姿になった。
表情こそ変わらないものの、弾力や肌触りや匂いさえ、本物と区別がつかなかった。森の声が頭にこだまし、胸が張り裂けそうなほど苦しくなる。消えろ、消えろ、と念じながら、僕はリテアの身体にしがみついた。火は僕の胸を焼き尽くし、森の声で囁いた。石を取れ。その一瞬、僕は間違いなくリテアといた。彼女は半袖の白い寝間着姿で、タオルケットにくるまり眠っていた。石を取れ、と声が言う。僕は心が割れそうになるのをこらえながら、無我夢中でリテアの首飾りに手を伸ばした。石を掴むと同時に涙があふれて、森の声も青白い火も消えてしまった。
次に気がついたとき、部屋にはすでに朝の光が差し込んでいた。眠っていたというよりは、気を失っていたんじゃないか、と思うほど短い間に感じられた。森を出て村へ帰ると、
「おお、エド、無事だったか」
「エレンが心配してるよ」
と近所の人たちに次々と声をかけられた。何か変だと思いながら家に帰ると、外で待っていたエレンおばさんが、目に大粒の涙を浮かべながら僕を抱きしめた。
「……エド、よかったわ、あなたは無事だったのね」
「ごめん、おばさん。何かあったの?」
「落ち着いて聞いてね」
エレンおばさんは僕の肩をつかんだまま、地面に両膝をついてこちらを見つめた。
「どうしたの?」
「リテアちゃんがね、亡くなったのよ」
「は?」
僕は急に視界がせまくなるように感じた。
「昨日の夜、家に強盗が入ったのよ。かわいそうに、ご両親は気づきもしなかったそうよ」
僕は言葉を失った。エレンおばさんは僕をまた強く抱きしめると、
「夕方から葬儀があるからね」
と涙声で言った。きちんとお別れをしないとね。
僕はエレンおばさんの腕を引きはがして、リテアの家に走っていった。エレンおばさんは僕を止めなかった。
リテアの家には、すでに多くの人が集まっていた。みんな黒い服を着て、申し合せたように浮かない顔をしている。レンガ造りの広いリビングに、花束で埋め尽くされた棺があった。リテアはそのなかで眠っていた。半袖の白い寝間着姿で、いつも身につけているはずの首飾りはしていなかった。
「やあエド、来てくれたんだね」
リテアのお父さんが、僕を見つけて声をかけてくれた。
おじさんのまぶたは赤くはれていて、僕はとっさになんて言っていいかわからなくなった。
「よかった、無事だったんだね。君にも何かあったんじゃないかって、みんな心配していたんだよ」
「リテアはどうしたんですか?」
「強盗に襲われたんだ。うちに忍び込んだはいいが、金目のものが見つからなかったんだろうね、娘の首飾りを盗っていったよ」
「……首飾り?」
僕は恐怖と罪悪感に気を失いそうになった。
「大丈夫かい?」
「……僕のせいなんです」
そう言うと、部屋中の人たちの視線が集まった。
「ちょっとこっちに」
おじさんは僕の手をつかむと、部屋の二階へ連れていった。
「いったいどういうことだい?」
「僕が首飾りを盗ったんです」
「首飾りを持っているのか?」
僕は首を横に振った。
「そうだろう。まだ誰にも伝えていないが、家の鍵はすべて閉まったままだった。もちろん娘の部屋も全部だよ。密室だったんだ。普通の人間が入れるわけない」
「僕は森に入りました。昨日も森にいたんです。それで……」
「娘を待ってくれていたんだね。昨日の夜は、私が早く眠るように注意したから……こんなことなら、行かせていればよかったよ」
「僕のせいなんです」
「でも森にいたんだろう? 大丈夫、エドのせいじゃない。君くらいの年頃の子は、身近に起こった不幸を、なんでも自分のせいみたいに思ってしまうものなんだ。もとはと言えば、私が首飾りなんてやらなければ」
「あの首飾りはなんなんですか?」
僕はふいと思い出して先を続けた。
「リテアはおじさんが、妖精王にもらったものだと話していました。あの首飾りには、何か不思議な力があるんですか?」
「馬鹿なことを言っちゃいけない。あれは出張の土産に買ったものだよ」
「リテアはたしか、魔法の本の話もしていました。森のどこかに幽霊たちの住む屋敷があって、死者の魂を呼び寄せてるって。そこに行けば、リテアとまた話せますか?」
おじさんはうつむいたまま首を横に振った。
「悪いけどみんなデタラメだよ」
「でも」
「でもたしかに森は危険だ。私も少しあまかった。もう森には入っちゃいけないよ」
おじさんはそう言うと、僕の頭をそっとなでた。
僕はまた一階に戻って、棺のなかのリテアを見つめた。頬が少しこけていて、あんなにやわらかそうだった肌は見る影もなかった。誰が首飾りを盗ったのだろう、と僕は思った。誰がリテアを殺したのだろう。
お前だ、と森の声が言った気がした。
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