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第1部 エド・ホード
第15話 風のブラウン
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一階のロビーの奥には、海岸の見える広いレストランがあった。エビピラフや、スモークサーモン、ローストビーフなど、さまざまな料理がところせましと並べてある。お客さんたちは大きな平皿を持って、思い思いに料理を取り分けていた。列に並んでいるのは若い人たちばかりで、みんなラルフさんと同世代くらいに見えた。
「君にその気があれば、このレストランにも毎日、来られるようになるよ」
「どういうことですか?」
「つまりラベラーズの学生になればね。それについては、また詳しく説明するよ」
ラルフさんに案内されて、僕は大きな八人がけのテーブルに着いた。
「僕はこれから集まりがあるから、一旦、ここで失礼するよ。好きなものを食べて、適当に部屋でくつろいでて」
はあ、と僕は頷いた。
ラルフさんはおかしそうに笑うと、心配しないで、と言った。
「君の同級生に、いろいろ教えてくれるように頼んどいたから」
「同級生?」
「君と同じ十三歳のね。ここは魔術学校と言っても大学だから、通ってる学生はほとんどが十八歳以上なんだ。だから……少し変わったところもあるけど……彼女もきっと喜ぶと思うよ」
「女の子なんですか?」
「女の子は嫌いかい?」
「……べつに」
と曖昧にこたえると、ラルフさんはまたおかしそうに笑った。それじゃあ、と手を振って、ロビーのほうへ行ってしまう。途端に心細く感じながらも、僕は平皿を取って料理の列に並んだ。さまざまな料理を一口分ずつ取り分けていると、フライドポテトの大皿の前で、それだけを山盛りにしている女の子がいた。ゆるりとした黒い部屋着姿で、客室用の茶色いスリッパをそのまま履いてきている。サイドテールにされた髪は亜麻色で、ポテトを見つめる大きな瞳も、リテアと同じ鳶色だった。
「……あの」
僕は自分でも気づかないうちに声をかけていた。
「ん?」
彼女はこちらを向くと、ああ、ごめん、ごめん、と僕にトングを差し出してきた。
「あ、いや」
「あれー? もしかして君、エド・ホード?」
「知ってるの?」
「当たり前じゃん、君ってかなり有名だよ? まあ、私も負けてないけどね」
「君は?」
「カミラ・ブラウン。風のブラウンって聞いたことない?」
「僕と同じ十三歳の?」
「そうだけど……本当に私のこと知らないの?」
「まだ十三歳ってことと、僕にいろいろ学校について教えてくれること以外は」
少し変わったところもあるけど……、と言われたことは黙っておいた。
「君って少し変わってるね」
カミラはいたずらっぽく笑って言った。どこで食べるの? と訊いてくるので、一緒に列を外れて同じテーブルに着いた。
「こんなにいろんな料理があるのに、フライドポテトしか食べないの?」
「君もすぐそうなるよ」
カミラはポテトをくわえて笑った。そのとき胸元のネックレスが光って、僕は思わず目を奪われた。柳の葉の形の石飾り。リテアのものとよく似ていたが、彼女のは鮮やかな青色だった。
「それ、どうしたの?」
「これ?」
カミラはネックレスを指でつまんで訊き返した。「本当にわからないの?」
うん、と僕は頷いた。
「ただ友達が、よく似たのを持ってたから」
カミラは眉を八の字にして笑った。
「君ってほんと面白いね」
僕らはそれから互いの自己紹介をはじめた。カミラは高貴な魔術者の家系の生まれらしく、牧歌的な僕の田舎暮らしを、前のめりになって聞いてくれた(「キクイモって何?」「十二歳式って何?」「滝つぼに飛び込むって何?」)。
もちろん学校のことも教えてくれた。カミラやラルフさんの在籍するラベラーズ魔術大学は、名前の通り魔術を学び、研究するための大学らしい。このホテルはマリンタイムズと言って、ラベラーズの特待生だけが使用できる言わば豪華な学生寮らしい。
「でもどうして僕が?」
「スカウトされたんだよ。まあ、実際は私の場合と同じで、アベカ派の監視下に置いておきたいっていうのが本音だとは思うけど」
「もう少し詳しく聞いてもいい?」
僕がお願いすると、カミラは上を向いてあきれたように笑った。
「本当に何も知らないんだね。いいよ。まず、魔術にはアベカ派とニバル派って言う二つの流れがあって、まあ、アベカ派が圧倒的に多数派なんだ。ニバル派の魔術者はどこか妖しげな人たちが多くて――みんな一匹狼なんだけど――ちょうど一年くらい前に、そのなかでも特に悪名高いバリアム公爵って人が、伝説の邪槍グングニルを手に入れたって噂が魔術界に広がったんだ」
「グングニルって、もしかして四大霊剣の?」
「それは知ってるんだ?」
「ラルフさんにちらっと聞いたんだ」
カミラはコーラを飲んで頷くと、じゃあさ、と首をかしげた。
「グングニルの能力については知ってる?」
僕は首を横に振った。あのね、とカミラが先を続ける。
「グングニルの槍は、使用者がひとたび念じるだけで、いかなる敵も刺しつらぬくことができるんだ。たとえ地球の裏側にいたとしてもね。それなのに、キクイモを食べて大きくなった田舎育ちの男の子が、その槍を丸腰で跳ね返した。そんなことができるのは、おそらく彼の息子しかいない。魔術界は騒然だよ。だいたいその少年は、悪い魔術にかけられたとはいえ、堕天使の召喚を、一人きりでやってのけた」
「彼の息子って?」
「それも?」カミラは吹き出して笑った。「だって自分のお父さんでしょう?」
「知らないんだ」
カミラは急に神妙な顔をすると、デザート取りに行こうか、と言って立ちあがった。フルーツタルトや、いちごのムース、ラムレーズンのアイスクリームなんかを取って、僕たちはまた席に戻った。
「もしよかったら、このあと一緒に買い物へ行かない? 私が街を案内するよ」
「いいの?」
嬉しくなってつい訊き返すと、カミラはにかっと笑って親指を立てた。
「まずは服を買わないとね。今着てるのも、民族的でかわいいけど」
「今日は見るだけにしておくよ。実はお金を持ってないんだ」
「かたいこと言わないの。私たちは特待生だよ?」
カミラは不敵に微笑むと、唇についたココアパウダーを指で拭った。
「君にその気があれば、このレストランにも毎日、来られるようになるよ」
「どういうことですか?」
「つまりラベラーズの学生になればね。それについては、また詳しく説明するよ」
ラルフさんに案内されて、僕は大きな八人がけのテーブルに着いた。
「僕はこれから集まりがあるから、一旦、ここで失礼するよ。好きなものを食べて、適当に部屋でくつろいでて」
はあ、と僕は頷いた。
ラルフさんはおかしそうに笑うと、心配しないで、と言った。
「君の同級生に、いろいろ教えてくれるように頼んどいたから」
「同級生?」
「君と同じ十三歳のね。ここは魔術学校と言っても大学だから、通ってる学生はほとんどが十八歳以上なんだ。だから……少し変わったところもあるけど……彼女もきっと喜ぶと思うよ」
「女の子なんですか?」
「女の子は嫌いかい?」
「……べつに」
と曖昧にこたえると、ラルフさんはまたおかしそうに笑った。それじゃあ、と手を振って、ロビーのほうへ行ってしまう。途端に心細く感じながらも、僕は平皿を取って料理の列に並んだ。さまざまな料理を一口分ずつ取り分けていると、フライドポテトの大皿の前で、それだけを山盛りにしている女の子がいた。ゆるりとした黒い部屋着姿で、客室用の茶色いスリッパをそのまま履いてきている。サイドテールにされた髪は亜麻色で、ポテトを見つめる大きな瞳も、リテアと同じ鳶色だった。
「……あの」
僕は自分でも気づかないうちに声をかけていた。
「ん?」
彼女はこちらを向くと、ああ、ごめん、ごめん、と僕にトングを差し出してきた。
「あ、いや」
「あれー? もしかして君、エド・ホード?」
「知ってるの?」
「当たり前じゃん、君ってかなり有名だよ? まあ、私も負けてないけどね」
「君は?」
「カミラ・ブラウン。風のブラウンって聞いたことない?」
「僕と同じ十三歳の?」
「そうだけど……本当に私のこと知らないの?」
「まだ十三歳ってことと、僕にいろいろ学校について教えてくれること以外は」
少し変わったところもあるけど……、と言われたことは黙っておいた。
「君って少し変わってるね」
カミラはいたずらっぽく笑って言った。どこで食べるの? と訊いてくるので、一緒に列を外れて同じテーブルに着いた。
「こんなにいろんな料理があるのに、フライドポテトしか食べないの?」
「君もすぐそうなるよ」
カミラはポテトをくわえて笑った。そのとき胸元のネックレスが光って、僕は思わず目を奪われた。柳の葉の形の石飾り。リテアのものとよく似ていたが、彼女のは鮮やかな青色だった。
「それ、どうしたの?」
「これ?」
カミラはネックレスを指でつまんで訊き返した。「本当にわからないの?」
うん、と僕は頷いた。
「ただ友達が、よく似たのを持ってたから」
カミラは眉を八の字にして笑った。
「君ってほんと面白いね」
僕らはそれから互いの自己紹介をはじめた。カミラは高貴な魔術者の家系の生まれらしく、牧歌的な僕の田舎暮らしを、前のめりになって聞いてくれた(「キクイモって何?」「十二歳式って何?」「滝つぼに飛び込むって何?」)。
もちろん学校のことも教えてくれた。カミラやラルフさんの在籍するラベラーズ魔術大学は、名前の通り魔術を学び、研究するための大学らしい。このホテルはマリンタイムズと言って、ラベラーズの特待生だけが使用できる言わば豪華な学生寮らしい。
「でもどうして僕が?」
「スカウトされたんだよ。まあ、実際は私の場合と同じで、アベカ派の監視下に置いておきたいっていうのが本音だとは思うけど」
「もう少し詳しく聞いてもいい?」
僕がお願いすると、カミラは上を向いてあきれたように笑った。
「本当に何も知らないんだね。いいよ。まず、魔術にはアベカ派とニバル派って言う二つの流れがあって、まあ、アベカ派が圧倒的に多数派なんだ。ニバル派の魔術者はどこか妖しげな人たちが多くて――みんな一匹狼なんだけど――ちょうど一年くらい前に、そのなかでも特に悪名高いバリアム公爵って人が、伝説の邪槍グングニルを手に入れたって噂が魔術界に広がったんだ」
「グングニルって、もしかして四大霊剣の?」
「それは知ってるんだ?」
「ラルフさんにちらっと聞いたんだ」
カミラはコーラを飲んで頷くと、じゃあさ、と首をかしげた。
「グングニルの能力については知ってる?」
僕は首を横に振った。あのね、とカミラが先を続ける。
「グングニルの槍は、使用者がひとたび念じるだけで、いかなる敵も刺しつらぬくことができるんだ。たとえ地球の裏側にいたとしてもね。それなのに、キクイモを食べて大きくなった田舎育ちの男の子が、その槍を丸腰で跳ね返した。そんなことができるのは、おそらく彼の息子しかいない。魔術界は騒然だよ。だいたいその少年は、悪い魔術にかけられたとはいえ、堕天使の召喚を、一人きりでやってのけた」
「彼の息子って?」
「それも?」カミラは吹き出して笑った。「だって自分のお父さんでしょう?」
「知らないんだ」
カミラは急に神妙な顔をすると、デザート取りに行こうか、と言って立ちあがった。フルーツタルトや、いちごのムース、ラムレーズンのアイスクリームなんかを取って、僕たちはまた席に戻った。
「もしよかったら、このあと一緒に買い物へ行かない? 私が街を案内するよ」
「いいの?」
嬉しくなってつい訊き返すと、カミラはにかっと笑って親指を立てた。
「まずは服を買わないとね。今着てるのも、民族的でかわいいけど」
「今日は見るだけにしておくよ。実はお金を持ってないんだ」
「かたいこと言わないの。私たちは特待生だよ?」
カミラは不敵に微笑むと、唇についたココアパウダーを指で拭った。
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