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二回目の話。


身を投げた俺に起こったことは、「さすが、神子殿」って感じだった。
頭から地面に、しかも石畳に叩きつけられた俺の身体。
全身が痛みというよりは焼けるように熱くなった。
吐き気と頭痛と手足の先はピクリとも動かす事は出来ない。
俺が落ちた音で気づいたのか、あちこちから声や人が動く音がきこえてきた。
一番に俺の側に寄ってきたのは、多分リユイ。
俺を…神子を呼ぶ声が聞こえる。

神子って誰だよ…
俺には『朝霞カイ』って立派な名前があるのになあ…
ぼんやり考えていたら、身体中の熱がなんだか移動し始めた。
全身を覆っていた熱が先ずは頭に、それから内臓へと苦痛を伴いながら俺を覆う。

痛い。
めちゃくちゃ痛いけど声は出ない。
身体中の血や肉や骨が細胞レベルで燃えてる感じ。
なんだよ、神様、死なせるなら一気に死なせてくれよって祈ったのに。

痛みに意識を手放して気づけばまたあのふかふか布団のベッドに寝ていて、リユイが俺の頬に手を添えて心配そうに覗きこんでいた。
翠玉がランプの光を受けて揺らいでいる。

「…神子って死ねないんですか?」
開口一番俺はリユイに訊ねた。
「そうです。伝えるのを忘れていましたね。すみません」
申し訳ないというよりは、事務的にリユイは応えた。
添えられた手が離れていく。
その温もりがなくなるのを俺は少し寂しく感じる。

「別に貴方が謝る事では…」
まさか、いきなり自殺しようなんて思わないだろうし。なあ。

「いえ、知っていたらあんな事はしないでしょう?痛みはあるんですから」
「じゃあ歴代の神子や聖女はまだ生きているんですか?」
「いえ、子を一度でも成せば普通の身体になります。とにかく子を残すことが使命ですから、死なれたら困るわけです」
いったいどこをどうすればあの桜の樹からここに来るのにそんな身体に変態させられるのかさっぱりわからないんだけど。

「…なんか都合いい身体ですね。じゃあ、3人産めって言われたけど、1人産んだら死ぬ場合もあるんだ」
「ああ…神子は子を成せば多幸感に包まれ二度と自死を選ぶ事は無いと言われています。むしろ…」
リユイが言い淀む。心なしか、頬が赤くなっているようだ。
「むしろ?」
「あ、いえ」
言おうか言うまいか、そんな雰囲気で、翠玉が気まずそうに揺れる。
俺から視線を外し俯く。
「なんですか?」
…余計気になるし。
「知りたいですか?」
「はい」
「…性的欲求が高まり常に誰かとの性交を希望するようになるとか…」
あ、いや、でもこれは個人差があるようなので…とリユイは顔をあげて首を振った。

なんなのそのエロゲ設定みたいなの。
そもそも、この世界男でも妊娠できるっていうのがすごい。
そう疑問を口にすると、リユイはああ、違いますと首を振る。
「あ、それは、神子様にしかできないことで」
「へ?」
「胎の実、というのを身体に入れていただき、子を成せる身体にします」
この国の王族の中の神子、もしくは聖女の血が薄くなってくると国力が落ちる。
と、実は神殿の中庭にある神木に『胎の実』というのがなりだすらしい。
それが熟すと神子が召喚されるそうだ。
聖女の場合は花だけ咲いて実がならないらしい。
なので、王様は王妃様を迎えても子は成さない。
まずは『神子との子』を第一継承者にしなければならないので。
アレックス様は10年待ったんだという。
ご結婚されたのは5年前だそうだけど。
胎の実が成るのは国力が落ちていると突きつけられるようで、王様としては心が痛いみたいだけど、神子または聖女との子を成すという使命は非常に名誉な事なのでそのあたりは相殺されるみたい。

なお、この国では同性同士の結婚は認められてはいるけれど、子を成すことは無いらしい。
『胎の実』は一個しかならないから。

「5日後に神子様の身体に『胎の実』をいれる儀式を行います」
「はあ」
「それまでには傷は完全に癒えると思いますが、もう、あんなことはしないでください」
リユイは怒っているような、悲しそうな顔で俺を見た。
「…寝ます」

前回と違ってまる一昼夜寝ていたというわけじゃ無いみたいだった。
むしろ話しているうちに段々窓の向こうが明るくなってきているのを感じていた。
俺は布団に潜り込んだ。

「すみません。本当に」
リユイの小さな呟きが聞こえた。



俺に気を遣ってか、王様は明くる日の昼過ぎに部屋へやってきた。
というか、俺がそれまで眠っていたからだ。
ちょうど食事にするか、しないか、なんて話をしている時に王様は相変わらず温和な笑顔を浮かべて俺の顔をのぞき込んだ。
「神子殿、誤ってバルコニーから落ちたと聞いたが、大丈夫でしたか」
…そういうことになってるのね。
俺は布団の中で軽く頷いた。
「はい、ご心配おかけしました」
「大事な身体です。気をつけてください。次にそんなことのないように、嫌かと思いましたが足かせをつけさせていただきました」

そうなんだよ、気づけば俺の脚には枷がついていた。
立てるし、歩けるけど、バルコニーの柵から身を乗り出すことはできない。
あと、走れない。
犯罪者扱いかよ。

「不自由かもしれませんが、我慢してくださいね。貴方のためですから。困ったことがあればリユイかこの部屋のお付きに言ってください」
王様はそうにっこりと笑って5分もしないうちにお付きの人に仕事に戻れと言われて出て行ってしまった。
確かに俺のご機嫌ばかりとってる時間はないよな。
王様だし。

王様がいなくなったら俺は言った。
「これ、悪趣味すぎます」
上掛けを蹴り上げ枷を晒す。
「貴方が、あんな事をするから」
非難めいた眼差しに俺はぐっと、詰まる。
「別に死のうとしたわけじゃ・・・」
「じゃあ、なんですか」
月が二個あったから、見てたら父さんやゴローに会いたかったから…なんて、言っても意味分からないよな。
元の世界とこの世界が違いすぎて絶望を感じた、って、さ。
ここから落ちたら元の世界に戻れるかも。
そんな話も読んだことあった気がするし。
「リユイ、さん?」
「なんでしょう?」
「俺の名前、知ってます?」
「アサカカイ、様ですよね」
「知ってるんですね」
神子としか呼ばれないから、誰も俺の名前なんて知らないんだと思ってた。
「…あの召喚の儀の際、魔導師が持っていた魔方陣の書かれた紙にまずお名前がうかびましたから」
「へえ」
「その後、床に書かれた魔方陣の中央に、神子があらわれました。なので、貴方の名前だと認識しています」
「そうなんだ。じゃあ、カイって呼んでください」
神子じゃ無い、俺自身の名前で。
でもリユイは済まなそうに首を振った。
「…貴方を名前で呼べるのは、王だけです」
「どうして?」
「貴方はここにいる誰よりも位が高い。貴方と並ぶのは王だけですから」
「別に俺は普通の高校生なんですけど」
「高校生とは?」
「うーん、15歳から行く学校のことです。その上にもう一つ、学校があります」
「え?神子はおいくつですか?」
意外そうな顔で見られる。
え?
別に童顔なつもりは無いけれど。

「18です」
「…成人はされてるんですね」
ほっとした顔をするから、やはり俺は相当年下だと思われていたみたい。
え?
いくつに見えるんだろう。
「俺の国では成人は20歳からだけど、この国は違いますか?」
「18歳が成人ですね」
「ふーん。まあ、俺の国も一部そういう部分があります」
選挙権は18歳からだし、結婚も20歳の成人を待たなくてもできるし。
そう考えてみれば元の世界はいびつな年齢設定の『成人』だな、と思う。
「もう少しお年下かと思っていました」
「そう?若いなんて言われたことないけど」
少なくとも中学生に間違えられたことは、ないなあ。
「…すみません。そんな貴方を無理矢理呼び出して。ご家族もいるでしょうに」
リユイのせいじゃないのに、なんだかこの人謝ってばかりだなあと思う。
「父さんと焼き肉食べに行く予定だったな。そういえば」
「ちゃんと帰して差し上げますから」
リユイは困ったように笑った。
何年後、だよ。

そういえば、と、俺は目が覚めた時から思っていたお願いをすることにした。
「あの、」
「なんでしょう?」
「風呂に入りたいです」
ここに来て3日位たったと思うんだけど、俺は風呂に入っていない。
気絶?している間に身体は綺麗にしてくれているのか、不快感は無いけれど、やはり日本人は風呂に入ってさっぱりしたい。
「ああ、準備はしてあります。あなた方は湯浴み好きですからね」
…召喚されるのは日本人しかいないのか?
「じゃあ、食事の前にお風呂にしますか?」
うんと頷くとリユイはにっこり笑って寝ている俺に近づき背中と膝の裏に手を回し俺を抱えあげた。
「はあ?ちょ、ちょっと!」
なんでおもむろにお姫様抱っこ?
俺は軽くパニックを起こす。
「その枷では移動に時間がかかりますから」
「じゃあ外してください」
「外せません。陛下からのご命令です」
「別に何しても死なないし」
「…逃げられたら困りますよね」
「あ…まあ…」

王様は温和な顔してるが案外強かで冷たい…というか目的達成の為には手段を選ばない人らしい。

当たり前か。

小さい頃から神子と子を成せと教育されて好きな女の子との子供は作れないし、ここで俺に逃げられたら困るよな。

「誰か、神子が湯浴みを所望だ。世話を」
俺を抱えあげたリユイは扉の向こうに声をかけた。
「せ、世話?」
「はい」
「じ、自分でやります!」
俺のお世話係が女性か男性かは知らないけど、風呂は一人で入りたい!
「しかし…」
戸惑うようなリユイの表情。
偉い人は一人で風呂に入らないのかそれとも俺を一人にする事を迷っているのか。
「俺は誰かに風呂で世話をされている事を望んでなんていません!」
キッと、上目遣いで睨むと、やれやれと言った表情で
「分かりました」
とリユイは頷いた。
「ではお一人で」
と言って俺を風呂場に連れて行ってくれた。

風呂場はタイル張りの湯船にタップリの湯が張られている。
カランを回せばお湯がでるという水道の蛇口みたいなのも壁から出てるし、俺が今まで使っていた「風呂」と変わらなかった。

まあ、俺一人で入るにはだだっ広いけど。

脱衣場で着せられていたチュニックみたいな服を脱ぐ。
パンツもズボンも履かせられてないから足枷はまったく邪魔にはならなかった。
「何かありましたらお声掛けください。扉の向こうで待機していますから」
リユイは俺が服を脱ぐ前にそういうと脱衣場から出ていった。

湯船に入る前に置いてあった桶でかけ湯をする。
身体はかなりきれいにしてあったけどやはり所々血の固まりがついていた。
…こんなに拭き取れない血が付く位一度俺は死にかけたんだなあ。

壁の一部が鏡になっていた。
顔を覗き込めば頬やおでこに擦り傷がある。

すぐに完全に治るわけじゃないのか…

だからこの前リユイは俺の頬を撫でていたのかな。

俺はヨチヨチと湯船のヘリに近づき、絵本で見た人魚姫のように足をつけ、身体を湯に沈めた。

浅い湯船のヘリに頭を乗せて考える。
思い返せばここに来てからは気絶してるか死にかけてるか寝てるかで気持ちを整理している時間はなかったな。

せっかく大学に合格したと思ったら異世界トリップなんてして、神子なんて呼ばれて。
まあ、いきなり性奴隷オチとかおまけ扱いで粗雑な扱いを受けたりしなかっただけでもマシだよね。
今の所は足枷以外に乱暴だと思った事はない。
大事に扱われているんだと思う。

でも、異世界人だからという理由で無条件に神子になれるのってそもそもすごくない?
そういう資質のある人を召喚するって事なのかもしれないけど。

ぴちゃりと俺はお湯を掬いながら考える。

帰りたいなら、子どもを産むしかないのか。

まだここで『治癒』の仕事なんてしていないから全く実感は湧かない。
このままここで医者の真似事をしてても良いのかもしれない。

風呂から上がったら、リユイにきいてみようかな。
早速できればいいし。

心地よいお湯の温かさに俺は身を委ねていたら、どうやらそのままずるずるとお湯に身を沈めてしまったらしい。
ふっと気づけば息ができない。
そのまま呼吸していたから肺に水が回ったのだろうか。
多少の苦しさは感じるが、でも、それだけだ。

普通なら溺れ死ぬのに、死なないんだなあ…
このまま、なんかの標本になれそう…

ぼんやり考えていると、誰かの声が聞こえ、身体が水中から引き上げられた。
途端、今度は肺に溜まっていたお湯を上手く吐き出すことができず、俺は苦しくなり、首筋をかきむしる羽目になった。

死ぬ。
いや、死なないけど。
また苦しい…

ジタバタと暴れていると、唇に誰かの唇が重ねられる。
初日に王様に貰った口づけみたいに、なんか暖かな『気』のようなものが吹き込まれる。
「う、わあ・・・げぇ・・・げほげほ…」
その『気』に引き出され、一気に俺は水を吐き出した。
「あなたと言う人は!」

俺にキスして怒っているのはリユイだった。

そのままタオルみたいな布でぐるぐる巻きにされて部屋のソファまで運ばれた。

これが、二回目。
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