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数日はなんのかわりも無く過ごした。
俺自身はなんとなく熱っぽさを感じるのが続いているけど、定期テストも終わり、試験休み代わりの球技大会なんてのをやって、もうすぐクリスマスだし、ということは冬休みだからなんとなく学校が浮かれている。
進学校の悲しさか、年末ギリギリまで課外授業はあるけれど、俺は勉強が嫌いな訳では無いし兄さん達がいなければ家で退屈を持て余しているだけなので、それは良い暇つぶしだ。
九条が毎朝話しかけようとしなければ。
来年新学期が始まれば、席替えがある。
それまでの辛抱だ。
そして二年になればクラス替えもある。
俺はいつものようにホームルームの三分前に席に着いた。
九条がくるりと振り向いて俺ににこにこと話しかける。
「高橋君、あのさ、冬休み……」
「うん?」
いつもなら、この辺で先生が入ってくるのに今日はまだ来ない。
ち。
話続いちゃうじゃないか。
心の中で舌打ちするけど表情には出さないようにする。
「……シャンプー変えた?」
また、九条はその話をする。
若干戸惑ったような表情で。
冬休みの話をするつもりじゃなかったのかよ、と内心突っ込みを入れるけど、それで冬休みの話が無いならいいかと思い直す。
「変えてないけど」
「そっか」
むー、と考え込むように一度は黙り込むと、九条は、次の瞬間、ぱっと表情を明るくした。
なんなんだ?
「冬休み、遊びに行かない?初詣とかさ」
九条は俺と出かけたいらしい。
そういうの、お前のファンと行けば良いんじゃ無いの?そっちの方が喜ばれそうだし、そもそも、俺みたいな見た目ベータなオメガが優秀なアルファと一緒にいるなんてとんだスキャンダルだと思うし、えーと、えーと。
いい断りの言葉が思い浮かばず、言うに事欠いてした返事は。
「お前と?」
「うん」
俺の机に肘をついて、顎を乗せて、俺の返事を待っているようだ。
先生早く来ないかなあ……。
「冬休みは……」
なんの用事も無い。
悪の組織も正月休みだから、年末年始は活動は無いのだ。
例年は兄さん達と西の父親の自宅に行ってそこを根城に観光旅行をするんだけど、今年は兄さん達もいないから一人で西には行かないつもりだったし。
でも。
なんで俺を誘うんだろう。
いや、マジで。
「冬休みは?」
九条のにこにこ顔につられ、つい、『うん』と返事をしそうになった瞬間。
フォンフォンフォンフォンフォン。
九条のヒーローサイレンが鳴り響いた。
『悪者』が出た合図だ。
ヒーローは出動しなければいけない。
「ちっ。タイミング、悪過ぎ」
ヒーローとは思えぬ悪態をつき、九条は立ち上がる。
「すぐ戻るから、そのとき絶対返事きかせてね。高橋君」
「う、うん」
九条の手がさらっと俺の前髪をすくい上げ、そのまま、良い子、とでも言うように、頭を一撫でして教室を出て行った。
な、何なんだよ!
俺は自分の頬が赤くなるのを感じて、そのまま動けなかった。
けど。
「おーい、高橋いるか」
がらりとドアを開け、先生が入ってきた。
「は、はい」
「お父さんが急病だそうだ。うちの人が迎えに来てるからすぐ帰れ」
「へ?」
見ると、ドアの向こうの廊下に、田中が立っていた。
教室がざわつく。
「高橋君、大丈夫?」
「さっさと帰れよ」
周囲の子達が心配そうに声を掛けてくれる。
「あ、ああ」
チチキトク
スグカエレ
これは、隠語だ。
高橋家に伝わる緊急事態の連絡。
さっき佐藤に送って貰ったときは何にもなかったのに。
俺は鞄を持って立ち上がった。
「じゃあ、帰ります」
「おお、気を落とすなよ」
先生とクラスメイトに見守られ、俺は学校を早退した。
校門の前に佐藤が運転する車が止まっていた。
俺が乗り込むと田中も乗り込み、車は静かに走り出す。
「何があった?」
「『カイブツ』出現です」
「……この前兄さんが言ってた?」
「そうです。千葉県の奥地の地層から発掘された恐竜の化石が動き出し、暴れています」
「……ヨホーニュース、入ってこないけど」
「報道規制がひかれています。パニックが起きますので」
「ふーん」
「ヒーロー達は先ほど出動しました。『カイブツ』が出現した際は彼らと共闘するのが昔からの協定です。敵はお互いでは無く『カイブツ』なので」
「……そんなに強いんだ?『カイブツ』」
「ヒーローと、悪の組織の親玉が手を組めば、それほどでも。さ、現場までお連れしますからこれに着替えて下さい。三葉様もヒーローに正体はばれたくないんでしょう?」
「そんな事は無いけど、九条びっくりするかと思って。冴えないオメガがいつも戦ってる敵の親玉なんて」
「本気で言ってます?」
「何?」
「いえ、一路様と次巳様の教育のたまものですね」
田中は、はい、と俺に戦闘服を渡してくれた。
もそもそと車内で着替え始める。
この服は科学の粋を集めた最新の技術を駆使して作り上げられている防御に優れた服だ。
なのは、実験の動画も見たし、データーも見たので理解している。
けど。
どうして、こんなにピチピチとしたボンテージファッションなんだよ。
上半身はチューブトップでへそ丸出し。
下半身も丈の短いショートパンツに太ももまでのニーハイブーツ。
どう考えても防御されてる部分が少ないんだけどさ。
兄さん達曰く、肌色の部分も透明なプロテクターで防御されてるから全身スーツだと思えって事らしいんだけど。
ちなみにこれは俺専用。
兄さん達はヒーローと似た感じの全身スーツなんだよ。
解せん。
「一路様と、次巳様は、三葉様を隠したいのか見せびらかせたいのか……」
「はい?」
田中がぼそぼそと何かを呟く。
「いえ、お似合いです」
「似合うも何も」
俺はふてくされてシートに深く身体を埋めた。
「ヒーローも喜ぶでしょう」
「はい?」
訳が分からない事を言う田中は無視することにした。
身体がだるい。
なんだかさらに熱っぽい。
この「戦い」が終わったら、ちょっとうちでのんびりしよう。
明日学校を休んでもバレないのだ。
何せ、チチキトク。
「着いたら起こして」
しばらく寝る事にした。
車は高速道路を使い二時間程走り千葉の山奥に着いた。
ここは最近発見された古代の時代を証明する地層があるところだ。
化石もその時代の恐竜かと思われていたみたいだけど、なんてことない『カイブツ』だったわけで。
現場に近寄ればヒーロー達がそれぞれの必殺技や武器を使って『カイブツ』と戦っていた。
赤いヒーロースーツが九条だ。
バイクに乗って戦う姿はやっぱりかっこいい。
『カイブツ』にかなりのダメージは与えているものの、致命傷は与えられていないみたいで、長期戦、消耗戦になりつつあるようだ。
俺は眼鏡を外して代わりに顔の半分を覆うマスクを付ける。
前髪を少し後ろに流したら身支度完了だ。
俺は車の屋根に登るとハンドマイクで「黒」達に命令した。
「ヒーロー達のフォローを。でもいのちだいじに」
「「「「はい!!!」」」」
黒達が威勢よく『カイブツ』に立ち向かうヒーロー達の援護に入る。
俺の方をちらちら見てちょっと頬を赤らめながら。
「いや、ぼっちゃん、ますますお綺麗になられて」
「似合いますよね。専用戦闘服」
「本当に一路様次巳様グッジョブです」
「ああ、あのヒールに踏まれたい」
聞こえてるからな。
ヒソヒソ話。
あいつら、減給にしてやろうか!
ハンドマイクを壊さんばかりに握りしめて怒りを抑えていたら、黒達が加勢に来たのに気づき九条が頭を下げた。
良い奴だなあ。
そして視線を動かして俺の姿を捉えると、ハッと目を見開き照れたように顔を伏せた。
「ど、どういうこと?」
こっちまで恥ずかしくなって身体が火照る。
マスクしてるから悪の組織の親玉が俺だって気づかれて無いと思うけど…
「ですから、ヒーローもよろこぶと申し上げましたでしょう?」
下から田中の声がした。
見るとニコニコと、いや、ニヤニヤと俺を見上げている。
意味わかんないし。
俺は『カイブツ』退治に集中する事にした。
黒達の活躍のおかげか『カイブツ』とヒーロー達の形勢は逆転した。
もう一パンチでいけそうな気がする。
腕時計型通信機から兄さん達の声が聞こえた。
「ミツ、どんな感じ?」
「うん。もう大丈夫そう。黒達を引かせるよ」
「そうして。報道規制が引かれていると言っても俺たち目立つ訳にはいかないから」
「うん」
俺は黒達に撤収命令を下した。彼らの無事の退却を見届けて俺自身もさっさと帰るかと最後に『カイブツ』に目をやると、なぜか、『カイブツ』はまっすぐ俺を見て、攻撃の体制をとった。
最後の足掻きか。
ヒーロー達より弱っちく見えたか?
「え?」
思い出すのは、あの幼稚園で犬に噛まれた時。
シチュエーション、似てるし。
砂場じゃなく、車の上だけどさ。
「ミツ様!」
焦った田中の声が聞こえる。
まあ、でもあの時みたいな子どもじゃないし。
戦闘服の防御力を最大に出力しつつ対峙の姿勢に構える。
だって、ここで逃げたら、「悪の組織」の親玉がすたるだろ?
「来い」
だって、もう犬を怖がった三歳児じゃないし。大丈夫。
崩れ去りそうな『カイブツ』が大きな口を開けて俺に襲いかかった。
が。
俺の体を誰かが、いや、赤いスーツのヒーローが、攫ってく。
その瞬間、俺の体温が急激に上がった気がした。
だって、懐かしい物凄くいい匂いが俺を包んだから。
下腹部をどろりとした熱が渦巻く。
やつが乗っているバイクの背中に乗せられて、眼下に『カイブツ』の後頭部が広がった。
他のヒーロー達が最後の必殺技をお見舞して、『カイブツ』が砕け散る。
安堵となんかよく分からない熱を感じて俺は目の前の背中にすりすりと額を擦り付けた。
わかった。
ここ数日感じていた身体のだるさ。
これ、発情期だ。
そして今感じてるのは、九条の、アルファの、フェロモン。
悪の組織の親玉がヒーローのフェロモンに当てられるなんて、兄さん達にバレたら叱られるよ。
でも、こんなにアルファのフェロモンって気持ちいいんだなあ。
その香りにうっとりしていると、
「大丈夫?高橋君」
振り向いて九条が確認した。
「怪我はない?ないよね。だって、こんなにいい香りさせてる」
「は?は?」
九条は幸せそうに手を後ろに回して俺の頭を撫でた。
「ば、お、お前、運転!」
「ああ、はいはい」
空を飛んでいたバイクはゆっくりと地上に着陸し、心配そうに見ていた田中達の前に俺を降ろした。
けど。
九条の腕は俺の腰にぎゅっと回されている。
確かに俺の身体は今けだるくて自力で立てそうな気はしないけど。
「九条、ちょっと、何」
その拘束の強さに焦り、振り向くとボロボロのヒーロースーツから見える鎖骨。
そしてそこにあるひきつれた様な古い傷。
「…それ」
俺は思わずその傷に触れた。
その手を取って、九条が俺の指先に口付ける。
「これ?好きな子を守った男の勲章」
にや、っと九条は笑う。
この匂い、この傷。
「……『い』くん?」
「ん?」
なんだよ、って変な顔をする九条。
「俺を犬から庇ってくれた…」
「そうそう、でもなんで『い』?」
「だって、名札にそう書いてあって」
「ああ、名札に『いくと』って書いてあったんだっけ?あれ、先生の聞き間違いでさ、『りくと』が正解ね」
マジかよ。
俺の憧れのヒーローはここにいたのかよ。
いや、こいつもヒーローだけどさ。
「さて」
九条は俺の手首に巻かれている通信機に向かって喋りだした。
「高橋の兄さんたち~」
『なんだ!その声はヒーロー赤か!』
「無事にカイブツは倒しましたよ。で、高橋が…三葉が発情期になりまして」
言わないでよ、そういうの。
身内にばれてもちょっと恥ずかしいんだけど。
『はあ?ミツに替われ!』
通信機の向こうで一路兄さんの怒鳴り声が聞こえる。
「しばらくお預かりしますね。このままじゃ三葉辛いだろうし」
『佐藤、田中、赤からミツを守れ!』
「あ~一路様、次巳様、ワタクシたちではヒーローには太刀打ちできませんで」
田中はパチンと下手くそなウインクを九条になげて。
「学校への発情期休暇の届けは代行しておきますので」
俺の通信機のスイッチを切った。
「田中そんなことして兄さん達に怒られない?」
「大丈夫です。怒っているのは一路様だけで、次巳様と旦那様はおおよそ理解されています」
しらっとした顔で田中は俺の手首から通信機を外した。
九条はひょいっと俺をお姫様抱っこしてバイクに運ぼうとする。
「田中さん、佐藤さん、三葉お借りしますね~。ちゃんと捕まっててね三葉」
「はい、九条様。よろしくお願いしますね」
田中は深々とお辞儀して俺たちを見送る。
「ちょ、ちょっと」
なんなの、こいつら。
知り合い?
なんで?
「月に一回ヒーローと悪の組織の打ち合わせ会合があるんですよね。そこで」
「それ、俺の仕事じゃないの?」
「一路様と次巳様が『アルファの巣窟にミツを行かせるな』とのご命令でワタクシと佐藤で代行しておりました」
「ふーん」
そうですか。
知らなかったのは俺だけですか。
ちょっと拗ねるけど、そもそも、教室で九条が何度も話しかけて来るのを無視してたのは俺だし。
「しかしながら三葉様、ワタクシどもは三葉様の味方ですよ。お嫌なら全力でお止めします」
田中の目が笑っていない。
「あー、うん」
俺はちょっと考えて九条の腰に手を回した。
「あとはよろしく、田中、佐藤」
もう我慢できない程の熱が俺の中を這いずり回っていた。
番は、運命はこの匂いだと、俺の中のオメガが叫んでいる。
どうして気づかなかったんだろう。
こんなに近くにいたのに。
「ずっと助けてくれてありがとうって言いたかったんだ『い』くんに」
「だって、運命だし。当たり前」
九条はバイクのエンジンを掛けながら言った。
後ろに乗せられてヘルメットをかぶせられる。
「『い』くんじゃなく、陸斗って呼んでね、三葉」
「りょーかい」
俺はぎゅっと抱きしめた腕に力を入れた。
運命だもん。
当たり前。
俺自身はなんとなく熱っぽさを感じるのが続いているけど、定期テストも終わり、試験休み代わりの球技大会なんてのをやって、もうすぐクリスマスだし、ということは冬休みだからなんとなく学校が浮かれている。
進学校の悲しさか、年末ギリギリまで課外授業はあるけれど、俺は勉強が嫌いな訳では無いし兄さん達がいなければ家で退屈を持て余しているだけなので、それは良い暇つぶしだ。
九条が毎朝話しかけようとしなければ。
来年新学期が始まれば、席替えがある。
それまでの辛抱だ。
そして二年になればクラス替えもある。
俺はいつものようにホームルームの三分前に席に着いた。
九条がくるりと振り向いて俺ににこにこと話しかける。
「高橋君、あのさ、冬休み……」
「うん?」
いつもなら、この辺で先生が入ってくるのに今日はまだ来ない。
ち。
話続いちゃうじゃないか。
心の中で舌打ちするけど表情には出さないようにする。
「……シャンプー変えた?」
また、九条はその話をする。
若干戸惑ったような表情で。
冬休みの話をするつもりじゃなかったのかよ、と内心突っ込みを入れるけど、それで冬休みの話が無いならいいかと思い直す。
「変えてないけど」
「そっか」
むー、と考え込むように一度は黙り込むと、九条は、次の瞬間、ぱっと表情を明るくした。
なんなんだ?
「冬休み、遊びに行かない?初詣とかさ」
九条は俺と出かけたいらしい。
そういうの、お前のファンと行けば良いんじゃ無いの?そっちの方が喜ばれそうだし、そもそも、俺みたいな見た目ベータなオメガが優秀なアルファと一緒にいるなんてとんだスキャンダルだと思うし、えーと、えーと。
いい断りの言葉が思い浮かばず、言うに事欠いてした返事は。
「お前と?」
「うん」
俺の机に肘をついて、顎を乗せて、俺の返事を待っているようだ。
先生早く来ないかなあ……。
「冬休みは……」
なんの用事も無い。
悪の組織も正月休みだから、年末年始は活動は無いのだ。
例年は兄さん達と西の父親の自宅に行ってそこを根城に観光旅行をするんだけど、今年は兄さん達もいないから一人で西には行かないつもりだったし。
でも。
なんで俺を誘うんだろう。
いや、マジで。
「冬休みは?」
九条のにこにこ顔につられ、つい、『うん』と返事をしそうになった瞬間。
フォンフォンフォンフォンフォン。
九条のヒーローサイレンが鳴り響いた。
『悪者』が出た合図だ。
ヒーローは出動しなければいけない。
「ちっ。タイミング、悪過ぎ」
ヒーローとは思えぬ悪態をつき、九条は立ち上がる。
「すぐ戻るから、そのとき絶対返事きかせてね。高橋君」
「う、うん」
九条の手がさらっと俺の前髪をすくい上げ、そのまま、良い子、とでも言うように、頭を一撫でして教室を出て行った。
な、何なんだよ!
俺は自分の頬が赤くなるのを感じて、そのまま動けなかった。
けど。
「おーい、高橋いるか」
がらりとドアを開け、先生が入ってきた。
「は、はい」
「お父さんが急病だそうだ。うちの人が迎えに来てるからすぐ帰れ」
「へ?」
見ると、ドアの向こうの廊下に、田中が立っていた。
教室がざわつく。
「高橋君、大丈夫?」
「さっさと帰れよ」
周囲の子達が心配そうに声を掛けてくれる。
「あ、ああ」
チチキトク
スグカエレ
これは、隠語だ。
高橋家に伝わる緊急事態の連絡。
さっき佐藤に送って貰ったときは何にもなかったのに。
俺は鞄を持って立ち上がった。
「じゃあ、帰ります」
「おお、気を落とすなよ」
先生とクラスメイトに見守られ、俺は学校を早退した。
校門の前に佐藤が運転する車が止まっていた。
俺が乗り込むと田中も乗り込み、車は静かに走り出す。
「何があった?」
「『カイブツ』出現です」
「……この前兄さんが言ってた?」
「そうです。千葉県の奥地の地層から発掘された恐竜の化石が動き出し、暴れています」
「……ヨホーニュース、入ってこないけど」
「報道規制がひかれています。パニックが起きますので」
「ふーん」
「ヒーロー達は先ほど出動しました。『カイブツ』が出現した際は彼らと共闘するのが昔からの協定です。敵はお互いでは無く『カイブツ』なので」
「……そんなに強いんだ?『カイブツ』」
「ヒーローと、悪の組織の親玉が手を組めば、それほどでも。さ、現場までお連れしますからこれに着替えて下さい。三葉様もヒーローに正体はばれたくないんでしょう?」
「そんな事は無いけど、九条びっくりするかと思って。冴えないオメガがいつも戦ってる敵の親玉なんて」
「本気で言ってます?」
「何?」
「いえ、一路様と次巳様の教育のたまものですね」
田中は、はい、と俺に戦闘服を渡してくれた。
もそもそと車内で着替え始める。
この服は科学の粋を集めた最新の技術を駆使して作り上げられている防御に優れた服だ。
なのは、実験の動画も見たし、データーも見たので理解している。
けど。
どうして、こんなにピチピチとしたボンテージファッションなんだよ。
上半身はチューブトップでへそ丸出し。
下半身も丈の短いショートパンツに太ももまでのニーハイブーツ。
どう考えても防御されてる部分が少ないんだけどさ。
兄さん達曰く、肌色の部分も透明なプロテクターで防御されてるから全身スーツだと思えって事らしいんだけど。
ちなみにこれは俺専用。
兄さん達はヒーローと似た感じの全身スーツなんだよ。
解せん。
「一路様と、次巳様は、三葉様を隠したいのか見せびらかせたいのか……」
「はい?」
田中がぼそぼそと何かを呟く。
「いえ、お似合いです」
「似合うも何も」
俺はふてくされてシートに深く身体を埋めた。
「ヒーローも喜ぶでしょう」
「はい?」
訳が分からない事を言う田中は無視することにした。
身体がだるい。
なんだかさらに熱っぽい。
この「戦い」が終わったら、ちょっとうちでのんびりしよう。
明日学校を休んでもバレないのだ。
何せ、チチキトク。
「着いたら起こして」
しばらく寝る事にした。
車は高速道路を使い二時間程走り千葉の山奥に着いた。
ここは最近発見された古代の時代を証明する地層があるところだ。
化石もその時代の恐竜かと思われていたみたいだけど、なんてことない『カイブツ』だったわけで。
現場に近寄ればヒーロー達がそれぞれの必殺技や武器を使って『カイブツ』と戦っていた。
赤いヒーロースーツが九条だ。
バイクに乗って戦う姿はやっぱりかっこいい。
『カイブツ』にかなりのダメージは与えているものの、致命傷は与えられていないみたいで、長期戦、消耗戦になりつつあるようだ。
俺は眼鏡を外して代わりに顔の半分を覆うマスクを付ける。
前髪を少し後ろに流したら身支度完了だ。
俺は車の屋根に登るとハンドマイクで「黒」達に命令した。
「ヒーロー達のフォローを。でもいのちだいじに」
「「「「はい!!!」」」」
黒達が威勢よく『カイブツ』に立ち向かうヒーロー達の援護に入る。
俺の方をちらちら見てちょっと頬を赤らめながら。
「いや、ぼっちゃん、ますますお綺麗になられて」
「似合いますよね。専用戦闘服」
「本当に一路様次巳様グッジョブです」
「ああ、あのヒールに踏まれたい」
聞こえてるからな。
ヒソヒソ話。
あいつら、減給にしてやろうか!
ハンドマイクを壊さんばかりに握りしめて怒りを抑えていたら、黒達が加勢に来たのに気づき九条が頭を下げた。
良い奴だなあ。
そして視線を動かして俺の姿を捉えると、ハッと目を見開き照れたように顔を伏せた。
「ど、どういうこと?」
こっちまで恥ずかしくなって身体が火照る。
マスクしてるから悪の組織の親玉が俺だって気づかれて無いと思うけど…
「ですから、ヒーローもよろこぶと申し上げましたでしょう?」
下から田中の声がした。
見るとニコニコと、いや、ニヤニヤと俺を見上げている。
意味わかんないし。
俺は『カイブツ』退治に集中する事にした。
黒達の活躍のおかげか『カイブツ』とヒーロー達の形勢は逆転した。
もう一パンチでいけそうな気がする。
腕時計型通信機から兄さん達の声が聞こえた。
「ミツ、どんな感じ?」
「うん。もう大丈夫そう。黒達を引かせるよ」
「そうして。報道規制が引かれていると言っても俺たち目立つ訳にはいかないから」
「うん」
俺は黒達に撤収命令を下した。彼らの無事の退却を見届けて俺自身もさっさと帰るかと最後に『カイブツ』に目をやると、なぜか、『カイブツ』はまっすぐ俺を見て、攻撃の体制をとった。
最後の足掻きか。
ヒーロー達より弱っちく見えたか?
「え?」
思い出すのは、あの幼稚園で犬に噛まれた時。
シチュエーション、似てるし。
砂場じゃなく、車の上だけどさ。
「ミツ様!」
焦った田中の声が聞こえる。
まあ、でもあの時みたいな子どもじゃないし。
戦闘服の防御力を最大に出力しつつ対峙の姿勢に構える。
だって、ここで逃げたら、「悪の組織」の親玉がすたるだろ?
「来い」
だって、もう犬を怖がった三歳児じゃないし。大丈夫。
崩れ去りそうな『カイブツ』が大きな口を開けて俺に襲いかかった。
が。
俺の体を誰かが、いや、赤いスーツのヒーローが、攫ってく。
その瞬間、俺の体温が急激に上がった気がした。
だって、懐かしい物凄くいい匂いが俺を包んだから。
下腹部をどろりとした熱が渦巻く。
やつが乗っているバイクの背中に乗せられて、眼下に『カイブツ』の後頭部が広がった。
他のヒーロー達が最後の必殺技をお見舞して、『カイブツ』が砕け散る。
安堵となんかよく分からない熱を感じて俺は目の前の背中にすりすりと額を擦り付けた。
わかった。
ここ数日感じていた身体のだるさ。
これ、発情期だ。
そして今感じてるのは、九条の、アルファの、フェロモン。
悪の組織の親玉がヒーローのフェロモンに当てられるなんて、兄さん達にバレたら叱られるよ。
でも、こんなにアルファのフェロモンって気持ちいいんだなあ。
その香りにうっとりしていると、
「大丈夫?高橋君」
振り向いて九条が確認した。
「怪我はない?ないよね。だって、こんなにいい香りさせてる」
「は?は?」
九条は幸せそうに手を後ろに回して俺の頭を撫でた。
「ば、お、お前、運転!」
「ああ、はいはい」
空を飛んでいたバイクはゆっくりと地上に着陸し、心配そうに見ていた田中達の前に俺を降ろした。
けど。
九条の腕は俺の腰にぎゅっと回されている。
確かに俺の身体は今けだるくて自力で立てそうな気はしないけど。
「九条、ちょっと、何」
その拘束の強さに焦り、振り向くとボロボロのヒーロースーツから見える鎖骨。
そしてそこにあるひきつれた様な古い傷。
「…それ」
俺は思わずその傷に触れた。
その手を取って、九条が俺の指先に口付ける。
「これ?好きな子を守った男の勲章」
にや、っと九条は笑う。
この匂い、この傷。
「……『い』くん?」
「ん?」
なんだよ、って変な顔をする九条。
「俺を犬から庇ってくれた…」
「そうそう、でもなんで『い』?」
「だって、名札にそう書いてあって」
「ああ、名札に『いくと』って書いてあったんだっけ?あれ、先生の聞き間違いでさ、『りくと』が正解ね」
マジかよ。
俺の憧れのヒーローはここにいたのかよ。
いや、こいつもヒーローだけどさ。
「さて」
九条は俺の手首に巻かれている通信機に向かって喋りだした。
「高橋の兄さんたち~」
『なんだ!その声はヒーロー赤か!』
「無事にカイブツは倒しましたよ。で、高橋が…三葉が発情期になりまして」
言わないでよ、そういうの。
身内にばれてもちょっと恥ずかしいんだけど。
『はあ?ミツに替われ!』
通信機の向こうで一路兄さんの怒鳴り声が聞こえる。
「しばらくお預かりしますね。このままじゃ三葉辛いだろうし」
『佐藤、田中、赤からミツを守れ!』
「あ~一路様、次巳様、ワタクシたちではヒーローには太刀打ちできませんで」
田中はパチンと下手くそなウインクを九条になげて。
「学校への発情期休暇の届けは代行しておきますので」
俺の通信機のスイッチを切った。
「田中そんなことして兄さん達に怒られない?」
「大丈夫です。怒っているのは一路様だけで、次巳様と旦那様はおおよそ理解されています」
しらっとした顔で田中は俺の手首から通信機を外した。
九条はひょいっと俺をお姫様抱っこしてバイクに運ぼうとする。
「田中さん、佐藤さん、三葉お借りしますね~。ちゃんと捕まっててね三葉」
「はい、九条様。よろしくお願いしますね」
田中は深々とお辞儀して俺たちを見送る。
「ちょ、ちょっと」
なんなの、こいつら。
知り合い?
なんで?
「月に一回ヒーローと悪の組織の打ち合わせ会合があるんですよね。そこで」
「それ、俺の仕事じゃないの?」
「一路様と次巳様が『アルファの巣窟にミツを行かせるな』とのご命令でワタクシと佐藤で代行しておりました」
「ふーん」
そうですか。
知らなかったのは俺だけですか。
ちょっと拗ねるけど、そもそも、教室で九条が何度も話しかけて来るのを無視してたのは俺だし。
「しかしながら三葉様、ワタクシどもは三葉様の味方ですよ。お嫌なら全力でお止めします」
田中の目が笑っていない。
「あー、うん」
俺はちょっと考えて九条の腰に手を回した。
「あとはよろしく、田中、佐藤」
もう我慢できない程の熱が俺の中を這いずり回っていた。
番は、運命はこの匂いだと、俺の中のオメガが叫んでいる。
どうして気づかなかったんだろう。
こんなに近くにいたのに。
「ずっと助けてくれてありがとうって言いたかったんだ『い』くんに」
「だって、運命だし。当たり前」
九条はバイクのエンジンを掛けながら言った。
後ろに乗せられてヘルメットをかぶせられる。
「『い』くんじゃなく、陸斗って呼んでね、三葉」
「りょーかい」
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当たり前。
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目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?
モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。
平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。
ムーンライトノベルズにも掲載しております。
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
起きたらオメガバースの世界になっていました
さくら優
BL
眞野新はテレビのニュースを見て驚愕する。当たり前のように報道される同性同士の芸能人の結婚。飛び交うα、Ωといった言葉。どうして、なんで急にオメガバースの世界になってしまったのか。
しかもその夜、誘われていた合コンに行くと、そこにいたのは女の子ではなくイケメンαのグループで――。
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