Hearty Beat

いちる

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「お疲れ様でした~」
 満場の拍手に包まれて初陣は無事に終了した。
 むしろアンコールの拍手が鳴り止まず、メンバーの代わりにスタッフが出て残念そうに「この時間はアンコールは無いんです。俺も残念ですけど」と終演を告げたのだった。
「この時間のアンコール要求なんて初めてですよ。今日は何個『初』があったかな」スタッフは指を折って数えながら興奮していた。

「ずいぶん落ち着いてたじゃん?」
 楽屋へ退きながらダイスケがポンと圭の胸を叩きながら言った。
「そう思います?」
 ぐったりとした顔で肩を落として圭は答える。
「ミドリ、ラストの曲かなり歌詞間違ってたよな」
「一番二回歌っただけです」
「一緒にコーラス入れる俺たちの身になれ」
「すみません……」
「まあ、成功でしょ?良い初陣だったよ~」
 矢作がスマホをヒラヒラと振る。
「公式SNS、すごい勢いでフォローされてるよ?」
「まじすか?」
「書き込みも、みんな好意的」

『良かった!HEARTYBEAT 御堂お帰り~。LINKSと全然違ったけど全然格好良かった!#Hartybeat #SRF』
『メチャクチャ盛り上がった!超楽しかった!夏始まったって感じだった!#Heartybeat #SRF#御堂七生』
『まじヤバかった…HEARTYBEAT最高!』
『御堂のギターとキーボードのやつ合ってたよな。 #HeartyYbeat』
『キーボードの奴、歌うめー。あいつメインじゃないんだ。 #HeartyYbeat』

「誉められてるよ?ミドリ」
 にやりと矢作がスマホと圭を見比べる。
「はあ…」
「もっと喜べよ」
 タクが圭の肩を小突きながらも嬉しそうに笑っていた。
「いや、実感なくて……だっていつもはこの百分の一とか千分の一なんですよ?お客さん」
「いつもの千倍のキャパでもやっていけるってわかったじゃん……矢作さんに次は俺で行くって言えるじゃん」
 からかうようにダイスケも圭の肩を叩く。
「いや、それは図々しいですって」
 歓声のほとんどは七生に向けられたモノだと分かっている。
 が、実際にSNSで褒められているのを見ればとにかく今日が成功したのだとホッとしたのも事実だった。
「早く楽屋戻るよ~葛城さん来たって」
「あの人どこでみてたんだろうな。スーツで観客席いたら浮くよな」
 歩くのが遅くなっているメンバーを矢作がせかす。
「この後MOMOMのインタビューもあるからさ、あと、何社かインタビューの申し込みあるって」
 ぞろぞろと皆が楽屋に引き返し圭も足を向けた時、腕を引かれ七生に引き留められた。

「圭」
「……なんですか?」
 名前を呼ばれどきっとする。
 基本的に七生が圭を呼ぶのは『おい』や『お前』なので。
 今はうつむき加減なため表情は見えないが怒っている感じでは無かった。
「ありがとう。俺をまたステージに立たせてくれて」
「……御堂さんについてきただけですよ。捨てられたくなくて……」
 これがダメなら、この声が思っていたのと違ったら、御堂さんは。
「捨てるって……」
 ばかかよ、と、七生がため息をつく。あげようとした顔をそっと両手でその頬を包むと圭は七生の顔を上に向かせた。
 その顔はほんのりと朱に染まっていた。
「御堂さん…」
 いつもの虚勢を張るような強がっている雰囲気は今はなく、圭の手を通じて蕩けるように柔らかな心地が伝わる。
 ……キス、したいなあ。
 男が好きだと思ったことはない。今まで付き合ってきたのは女性ばかりだった。
 でも、葛城に抱きしめられている七生を自分も抱きしめたいと思ってしまったし、七生と『ヒロキ』との関係は分からないけれど、名前を呼ばれてすがられるなら自分の名前を呼ばれたいと思ったし、これからもずっと隣で歌っていたいと思ったし。
 
 キス、したい。
 
 今まさにその角度で自分たちは見つめ合っているけれど、人前だし、そもそも、俺たち付き合ってないし。

……好きとも言ってないし、言われてないし。

……言うわけにはいかないけど。

 見つめ合っていると、七生が口を開いた。
「七生」
「え?」
「七生って呼べ」
「はあ?いくらなんでも呼べませんよ!年上で先輩で……」
 大物バンドのボーカリストなのに。
「……俺もちゃんと『圭』って呼ぶ。……ごめん」
 朱をますます濃くして七生は言った。
 何に謝っているのか分からないけれど、なんだか決心のような物が伝わって来たので、圭ははい、と首を縦に振った。
「じゃあ、七生さん、で」
 圭なりの妥協案を出すとしぶしぶという風に七生は頷いた。
「……今は妥協してやる」
「はい」
 にっこりと笑うと圭は七生の後頭部を撫でる。
「七生さん……インタビュー前に髪の毛直してあげますね?」
 一ステージ終えた七生の髪の毛は確かに乱れている。こんな姿でインタビュー写真なんて撮られるわけにはいかないと圭は思った。
「そこかよ」
「……俺、七生さんを誰にも触らせたくないんです」
「は?」
「ついでに乱れた七生さんも誰にも見せたくなくて」
 怪訝そうに七生は圭をみた。
「……俺にとっても御堂さんは唯一無二だって言ったら笑います?」
「……いつから?」
 渋い表情を浮かべる。
 出会いは最悪だったのを思い出す。
 でも、七生を知っていくうちにどんどん七生に惹かれていったのも事実だ。
「さあ?……テルさんの店からお姫様抱っこして帰った日かなあ」
 そうとぼけた風に言えば七生はその言葉ににやりと笑った。

「HEARTYBEAT!イチャイチャしないでさっさと来いー」
 矢作がついてこない二人に気付き呼ぶ。
「なんて呼び方…」
 圭はプロデューサーからの雑な呼ばれ方にがっくりと肩を落とすが、七生はくすくすと小さく笑った。
「……あってんだろ、俺たち二人の名前だ」
 どれでも無い。
 この二人のバンド名だ。
「そうですね、いきましょう?」
 圭は七生の肩を抱き寄せ歩きだした
 そっと七生の手が圭の腰に回る。

 拒否されないのがとりあえずの答えかなあと溢れる笑みを抑えられないまま圭は肩を抱く手に力をこめた。

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