Hearty Beat

いちる

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「一生のお願い。HEARTYBEAT、文化祭に出てくれない?」
 みちるが顔の前で手を合わせる。
 十月の最初の授業後に廊下で待ち伏せされていた圭はその行為にぽかんとし、すぐには返事が出来なかった。
「文化祭、誰か呼ぶんじゃなかったっけ?」
「そうよ。でもそのバンドのギターが不倫したとかでしばらく活動自粛」
 みちるは圭の目の前でスマホをいじり、ほら、っと画面を示す。
 そこには確かに告知ポスターに掲載されていたバンドの不倫騒動の顛末が書かれていた。
「今更他のアーティスト呼べなくて、後輩達が困ってるんだよ」
 みちるは前年文化祭実行委員をやっていたのだが、この事態を見かねて後輩の手伝いをしているらしい。
「……えー、でも、HEARTYBEAT、無名の新人だぜ」
「……無名だけ、余計。新人っていうのも誰もそう思ってないから」
 圭のふざけたような言葉にみちるは大きくため息をついた。

 夏フェスが無事に終わると、HEARTYBEATの人気は爆発した。
 なんと言っても御堂七生が音楽業界に戻ってきたのだ。
 その話題はSNSを光速で駆け抜けた。
 九月に発売したデビューアルバムは配信チャート一位をとり、同時に発表されたライブツアーのチケットも瞬く間にソールドアウト。
 開設した動画チャンネルもすでに登録者が百万人を超えている。
 
「大人気のバンドにそんな余裕があるかわからないんだけど、もしスケジュールが空いてたら」
 最後まで言うことも無く、圭はするっとみちるの言葉を遮った。
「スケジュールは空いてるよ」
「え?」
「だって、俺、文化祭のステージ枠持ってるから、休みにしてもらった。御堂さんは矢作さんと打ち合わせするって言ってたし、タクさんとダイスケさんは久々の休みだって言ってたから……休み取り上げちゃうけど、空いてるかと言われれば空いてる」
 大学に入って文化祭で毎年開かれる中庭での音楽部門のステージに圭は参加をしていた。 少しでも自分を知ってもらうためだった。
 今年もすでに抽選で決まる参加枠を勝ち取っていて参加する気だったのだ。
「……その参加、必要?」
「まあ、こんなに騒がれると思ってなかったから宣伝になればって思ったんだよね。しかも結構良い時間で大トリなんだよね」
「……出るんだ」
「一応そのつもり。今年で最後だしね」
 みちるは頭の中ですでに当日の人員整理計画を立て始めた。
 圭は呑気に言っているがHEARTYBEATの人気はうなぎ登りなのだ。
 圭だけの出演でもパニックになるに違いない。
 しかもこちらは無料のライブだ。
「HEARTYBEAT、出て良いか御堂さんに訊いてみるよ」
「本当に?」
「うん。なんか草の根活動したいって言ってたから大丈夫だと思う」
「ただ、申し訳ないことに予算が二百万円しかないんだけど」
 普通のアーティストの出演料の相場は三百万円だ。
 今回出演予定だったバンドはこの大学のOBでもあったので出演料をかなりまけて貰っていた。
「合わせて訊いとく」
「よろしく」
 みちるは神に祈るような気持ちで、じゃあ、もう一つ授業あるから、と立ち去る圭の背中を見守った。

「文化祭?お前の学校の?」
 へえっと興味深そうに七生が聞き返した。
「そうなんです。十一月の第一週の日曜日なんですけど」
 スタジオでライブツアーの打ち合わせをするために集まった際に圭は皆に予定を訊いてみる。基本的には皆スケジュールは空いているようだ。
「ああ、お前が用があるってオフになってた日な」
 スマホを確認しながら七生は言った。声に迷惑そうな色はないのでOKは取れそうだが、言いにくいことを圭は言わなければならなかった。
「ただ、ギャラ二百万しかないみたいですけど」
「えー、それ、安すぎじゃん」
 訊いていたタクが口を挟む。
「ちょっと身内価格なんですよね」
 スミマセンと小声で呟く。
「天下のHEARTYBEAT呼ぶには安すぎない?」
「何言ってんの、無名の新人バンドじゃん」
ダイスケとタクがにやにやと話すのを横目に圭は七生を見る。
「や、あの、俺はノーギャラでいいんで」
 四人で分けてくださいと言いながら、やはり駄目かと諦める圭に七生は何も無く頷いた。
「いいぜ」
「え?」
「その代わり、模擬店のチケット?みたいなの貰える?」
 七生は手で四角いチケットの形を作ると首を傾げて圭に訊ねる。
「へ?」
「俺そういうの行ったこと無いからさ。二百万+模擬店の食べ物食べ放題で手を打つ」
「まじすか」
「ああ。ほらちょっとでも知名度上げたいし」
 みちるがきけばまた怒りそうな台詞を軽々しく口にする。
 もう、十分知名度あるでしょう、と。
「じゃ、OKって伝えますね」
 早速メッセージアプリでみちるに出演が出来ることを伝えれば、速攻で既読が付き、「感謝!」というスタンプが送られてきた。
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