Hearty Beat

いちる

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 当日。
 会場である大学の講堂は満員だった。
 出演が発表された翌日からチケットの問い合わせが入り、プレイガイド経由の発売日にはソールドアウトしてしまったのだ。
 転売チケットも高額で出回っているがこちらは手の打ちようが無くみちる達実行委員を悔しがらせた。
 ライブ自体は夏フェスから二回目なのでファンにとっては貴重なライブだった。
「圭はもう緊張しないのかよ」
「……してますよ。十分」
 ステージ脇のカーテン越しに客席を覗き込んで大きく深呼吸する圭。
 二度目のライブ。
 規模は前回の五分の一程度とはいえ日頃のライブの五倍は人がいる。
 大抵は七生目当てだとわかってはいるが緊張しない訳がない。
「ミドリ、大丈夫?」
 カーテンに隠れてスーハースーハー深呼吸をしているとみちるが近づいてきた。
「あんまり大丈夫ではない……」
「ははは。客席は身内しかいないよ。大丈夫」
 豪快に笑うみちるに何を言っているんだと呆れる。確かに学生は多いが明らかに御堂のファンも多いのだ。LINKS時代のグッズを身につけているファンが客席にはちらほら見受けられた。
「この前のフェスより全然少ないじゃん。平気だよ」
 フェスを見に来ていたみちるはあのライブが終わった瞬間、圭に興奮のままメッセージを送ってしまった。
 圭のライブには何度も通った。むしろ常連だと思う。
 でも今日のライブは別格だと、そう思ったのだ。
 こんなに碧川圭は格好良かっただろうかと思うほど、御堂七生の隣にいる圭が堂々としていて隣の七生に一歩もひけを取らなかったのだ。
 その圭が舞台袖で緊張した顔でいるのが面白い。
「本日は引き受けていただき本当にありがとうございました」
 みちるは七生と他のメンバーにも頭を下げる。
「ミドリの二人の友人のうちの一人なんだって?」
 矢作が名刺を渡しながら訊いた。みちるは一瞬何のこと?という顔をしたが、ライブの客の事かと思い当たり頷いた。
「ええ。もう一人は今日は客席です。先日のフェスも二人で見たんですけど本当によかったです」
「うんうん、格好いいよね。『HEARTYBEAT』。ミドリも始めた頃に比べると随分垢抜けたし。最初はスーツに着られてたからな」
「……矢作さん……」
 圭がジト目で睨むと冗談冗談と笑いながら矢作は場を離れた。
「こちらこそ模擬店の食券100枚も貰って……」
 今度は七生がみちるに声をかけた。
 ギャラはそのままでいいから食券をつけて欲しいと言った圭にみちるは札束でも入っているのかと思うくらい分厚い封筒を持ってきたのだ。
「いえ、あれぐらいお安いご用です!足りなかったら言ってくださいね」
「ありがとう。でも一人100枚貰ったから多分大丈夫だと思う」
 苦笑いを浮かべる七生。
「……良いステージになるよう約束する」
「はい。よろしくお願いします」
 ぺこりと頭をさげてみちるが下がる。
 もう本番だ。

 最初から幕が開いているステージにメンバーが出て行くと客席から歓声が上がる。
 手を振って答えながら楽器を手に持つと、七生が言った。
「こんにちは。HEARTYBEATです。実は今日のこのステージ、学校の許可を貰って撮影可にしてもらっています。動画でも写真でも撮影は大丈夫。よかったらSNSで#HBってつけて投稿してください」
 やったー、まじ?なんて声が客席からあがるとみな一斉にスマホを構える。
「でも、撮影に気を取られて、俺たちの音楽にのりそこねんなよな」
 そういうと、一曲目のカウントが始まる。
 客席はスマホを構えていたのは一瞬で結局は音楽を聴きのがさないように乗り遅れないように次々と手放していった。

「お疲れ様~」
 楽屋代わりに与えられた講堂に一番近い教室に戻ると矢作がさっそく検索を始める。
「エゴサーの鬼……」
「あん?だって気にならないの?お、良い感じでみんな投稿してくれてる」
 動画はほとんど無いが写真は要所要所で撮影したファンが多いらしく検索すれば結構な投稿が引っかかる。 
 投稿者の記事に、行けて羨ましいだの、最高だっただの、SNSは随所でHEARTYBEATの話題で盛り上がっていた。
「今日ミドリ、ちゃんと二番の歌詞歌えてたな」
 タクが声をかけると圭はふふんと胸を張った。
「初日の失敗は繰り返しませんよ」
「ピアノソロは間違ってたけど」
 ダイスケが指摘する。
「すみません!」
 やはり緊張して間違えたのだ。
「さて、もらった食券で文化祭楽しもうぜ」
 タクヤが帰り支度を済ませるとメンバーに声を掛けた。それに申し訳なさげに圭は応える。
「あー、すみません。俺もう一個ステージがあって」
「え?マジで?」
「中庭で音楽系のステージやってて、そこに出るんですよね。模擬店周りは俺はその後じゃないと」
「……HEARTYBEATのミドリくんが、一人で?」
 ダイスケが目をぱちくりとさせ驚いた表情になる。
「どちらかというと『碧川圭』ソロライブですかね」
 自分だけでは客はあまり来ないのを圭はよく知っている。
 いくら七生が『二人のHEARTYBEAT』だと言ってもファンは「七生」と「じゃ無い方」だと思っているのだ。
「ミドリは、ソロやる余裕あるんだ」
「これはHEARTYBEATが正式に動く前に申し込んでいたんで、まあ、最後のソロ活動ですかね」
「……いいんじゃない。HEARTYBEATも未来永劫あるわけじゃ無いし」
 七生が言い放つ。
 HEARTYBEATは期限付きのプロジェクトだ。
 二年というゴールに向かってもう時計は進み始めたのだ。
「タク、模擬店まわろうぜ」
 七生がタクを誘う。その姿に圭は少しだけ寂しさを感じる。
 少しは俺のステージ、興味を持って貰えるかと思ってたのに。
「ええ!お前と一緒じゃ目立つだろ」
「大丈夫、みちるちゃんがお触り禁止令出してくれてるから」
「まじか。じゃ、ミドリ、頑張れよ!俺たちぷらっと回ったら帰るわ。夜、別の仕事いれちまったからさ」
 タクがひらひらと手を振る。
「今日はありがとうございました」
「いやいや、エゴサーしながら、帰るべ」
 やっぱり、見て貰えないか。
 衣装のスーツからカジュアルな服装に着替えると圭は僅かながら肩を落とした。
 数日前にこの話をして、ああ、わかったと素っ気なく七生には返事を貰っていたから、仕方が無いとは思っていたが、タクと文化祭を回るとは。
「仕方ないか」
 スマホで時間を確認すればもうステージの自分の時間まで30分ほどしかない。
 ばたばたと荷物をまとめると圭は次のステージへと移動した。
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