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「タクシー呼びますよ」
文化祭からの帰り、そう言った圭に七生は「はあ?」と不満そうに返事をした。
「電車でいいよ。お前いつもそれで帰ってんだろ?」
「……そうですけど、御堂さんですよ?」
圭は怪訝な顔で七生を見る。
「俺がなんだよ」
「有名人?」
日頃はタクシーや葛城の車で移動をしているのを知っている圭は電車で移動する七生を想像できなかった。
「俺だって普通に電車乗るし。……気付かれてるかもしれないけど別に声をかけて来るやつはいねえよ」
「そういうもんですか」
「そういうもん」
七生はきゅっとキャップを深く被りなおす。
圭の位置からは七生の表情は見えなくなった。
不思議だなあと圭は七生のマンションの最寄り駅から歩きながら思う。
電車の中で窓の向こうに流れる街のきらめきと窓に写る七生の横顔を見ていたら駅のホームが視界に入った。ここでお別れかと、じゃあ、挨拶を口にしようとしたら当然のように一緒に降りろとばかりに服の袖を引かれてしまった。
「え?」
「打ち上げ、しようぜ」
さっきまで腹一杯だ、もう食えないと騒いでいたから『circle』に行きたいわけでは無いらしい。
コンビニに寄りたいと言うから寄ればカゴに酒とつまみの他にローションのボトルとゴムが入れられているのを見て、圭は顔を赤くした。
そういうこと……。
気恥ずかしく、買い物分の金を出すなんて気が利くことも出来ず、先にコンビニを出てしまう。
別に童貞ではない。
恥ずかしがる自分もどうかと思うが相手が七生だと思うから恥ずかしい。
それに、少し嬉しくも感じている。
今そういうのを買うという事は七生はしばらく誰ともそういうことをやってなかったということだ。
自分とそういうことをやるために買う……。
そう思うとにやにやと気持ち悪い表情が表に出てしまい、コンビニの入り口で思わず口元を押さえる。
「何してんの」
店から出てきた七生が怪訝な表情で圭を見上げる。
「あ、いや」
買った荷物を、持ちますよ、と手から受け取ったのはいいが、気持ちがソワソワしてしまうのが表にでるのか、「変な奴」と呟かれた。
「見るか?さっきのライブ」
マンションに戻りリビングに入れば七生がソファ前のテーブルに酒やつまみを置きながらテレビを付ける。
なにやらスマホを操作すれば画面に先ほどの講堂でのHEARTYBEATのライブが始まった。
「こっちも録画してたんですね」
「ああ、反省会しようかと思ってさ」
二人並んでソファに座って置かれた缶ビールを開けて軽く重ねた。
今日、今から、そういうことをするのかと期待していたのは自分だけかと圭は少しがっかりした。
そうだ、確かに、ローションだって、ゴムだって、自分と使うなんて七生は一言も言っていない。
早合点も恥ずかしいと画面に目をやる。
ソロのライブもハナコや他の会場のスタッフに頼んで録画してもらうことが多い。
どの曲が盛り上がるのか、盛り上げ方は良いのか、次の曲はどんなのがうけるのか、録画を見ながら反省するのだ。
しかし、今は違う。
画面の七生に見入る。
この仕草が可愛いだとか、このギターの指先が綺麗だとか、多分七生が聞いたら怒りそうな事ばかり考えてしまう。
だって、仕方なくない?付き合いたてのバカップルってこんなもんだろ?
七生さんがどう思っているかは分からないけれど。
今日位は許して欲しい。
そして、七生の声に重なる自分の声が少し気恥ずかしい。
「ここ、お前、音外しただろ」
二曲目のサビの冒頭のコーラス、おもむろに七生が指摘する。
「すみません」
若干自分のキーにあっていないのできちんと覚悟を決めて歌い始めないと声が出ない部分だった。
「……あ、でも……この前のロックフェスでもなんかギリギリです、みたいな声だったよな。レコーディングでは大丈夫だったと思うけどここ厳しいか?」
「いや、練習不足です」
七生に、歌えないなんていいたくない。自分を、自分の声を見つけてくれた七生に。
「なら練習しろ」
ふふっと笑って七生はまた画面に視線を戻す。
一時間程度のライブ映像を、七生はタブレットに何やら書き込みながら熱心に見ている。
これがプロなんだなあと圭もライブ映像にきちんと目を向けた。
続けて次は圭のソロライブが始まる。
HEARTYBEATのライブに比べればアコースティックギターのみのシンプルなステージ構成だが、みちるが客席も撮影してくれており狭い空間だがほぼ満員で圭を見る和やかな眼差しが見て取れた。
「お前のファン多いじゃん」
「……いやいや、『じゃないほう』のおかげで校内では知名度があがったかなくらいです」
「そっか?一緒に口ずさんでいる子も多いと思うけどな」
ふんふんと七生も画面と一緒に鼻歌を歌っている。
その姿に感動して圭は思わず七生に声をかける。
「覚えてくれてるんですね」
「あれだけスタジオの隅で練習されれば覚えるだろ?」
「……すみません」
今回のステージの練習やこれから始まるツアーの練習に集まったスタジオの片隅で圭は今日のソロライブの練習を行っていた。
できるだけ音は出さずにつま弾く程度にしていたつもりだったがかなり聴かれていたらしい。
「いや、だから今日一緒に歌えたし。良い曲じゃん、『光と雨』」
そのタイミングで画面ではステージに七生が登場した。
客席がどよめいているのがわかる。
そんな事を気にする風でも無く七生はぽつりとこの曲の歌詞を口ずさむ。
「……『僕はキミの光になるには弱いけれど、この声がキミに届くようにこの場所で歌っている』……良い歌詞だよな」
「ありがとう、ございます」
「俺たちも、誰かに……応援してくれる誰かにきちんと届けたいよな、歌」
すっと、テーブルにタブレットを置いて七生が圭との座っている距離を埋めた。
圭の肩にもたれ、そのまま画面を見る。
圭はその重みと温もりを感じながらも視線を七生に送ることは出来ない。
とくとくと自分の鼓動が早くなるのだけを感じていた。
『光と雨』のサビで二人の声が綺麗に重なる。
まったく合わせる練習なんてしていないのに、これが天才のなせる技かと感心する。
それとも。
七生は圭の『声』に合わせなれているのだろうか。
HEARTYBEATよりもずっと以前から。
文化祭からの帰り、そう言った圭に七生は「はあ?」と不満そうに返事をした。
「電車でいいよ。お前いつもそれで帰ってんだろ?」
「……そうですけど、御堂さんですよ?」
圭は怪訝な顔で七生を見る。
「俺がなんだよ」
「有名人?」
日頃はタクシーや葛城の車で移動をしているのを知っている圭は電車で移動する七生を想像できなかった。
「俺だって普通に電車乗るし。……気付かれてるかもしれないけど別に声をかけて来るやつはいねえよ」
「そういうもんですか」
「そういうもん」
七生はきゅっとキャップを深く被りなおす。
圭の位置からは七生の表情は見えなくなった。
不思議だなあと圭は七生のマンションの最寄り駅から歩きながら思う。
電車の中で窓の向こうに流れる街のきらめきと窓に写る七生の横顔を見ていたら駅のホームが視界に入った。ここでお別れかと、じゃあ、挨拶を口にしようとしたら当然のように一緒に降りろとばかりに服の袖を引かれてしまった。
「え?」
「打ち上げ、しようぜ」
さっきまで腹一杯だ、もう食えないと騒いでいたから『circle』に行きたいわけでは無いらしい。
コンビニに寄りたいと言うから寄ればカゴに酒とつまみの他にローションのボトルとゴムが入れられているのを見て、圭は顔を赤くした。
そういうこと……。
気恥ずかしく、買い物分の金を出すなんて気が利くことも出来ず、先にコンビニを出てしまう。
別に童貞ではない。
恥ずかしがる自分もどうかと思うが相手が七生だと思うから恥ずかしい。
それに、少し嬉しくも感じている。
今そういうのを買うという事は七生はしばらく誰ともそういうことをやってなかったということだ。
自分とそういうことをやるために買う……。
そう思うとにやにやと気持ち悪い表情が表に出てしまい、コンビニの入り口で思わず口元を押さえる。
「何してんの」
店から出てきた七生が怪訝な表情で圭を見上げる。
「あ、いや」
買った荷物を、持ちますよ、と手から受け取ったのはいいが、気持ちがソワソワしてしまうのが表にでるのか、「変な奴」と呟かれた。
「見るか?さっきのライブ」
マンションに戻りリビングに入れば七生がソファ前のテーブルに酒やつまみを置きながらテレビを付ける。
なにやらスマホを操作すれば画面に先ほどの講堂でのHEARTYBEATのライブが始まった。
「こっちも録画してたんですね」
「ああ、反省会しようかと思ってさ」
二人並んでソファに座って置かれた缶ビールを開けて軽く重ねた。
今日、今から、そういうことをするのかと期待していたのは自分だけかと圭は少しがっかりした。
そうだ、確かに、ローションだって、ゴムだって、自分と使うなんて七生は一言も言っていない。
早合点も恥ずかしいと画面に目をやる。
ソロのライブもハナコや他の会場のスタッフに頼んで録画してもらうことが多い。
どの曲が盛り上がるのか、盛り上げ方は良いのか、次の曲はどんなのがうけるのか、録画を見ながら反省するのだ。
しかし、今は違う。
画面の七生に見入る。
この仕草が可愛いだとか、このギターの指先が綺麗だとか、多分七生が聞いたら怒りそうな事ばかり考えてしまう。
だって、仕方なくない?付き合いたてのバカップルってこんなもんだろ?
七生さんがどう思っているかは分からないけれど。
今日位は許して欲しい。
そして、七生の声に重なる自分の声が少し気恥ずかしい。
「ここ、お前、音外しただろ」
二曲目のサビの冒頭のコーラス、おもむろに七生が指摘する。
「すみません」
若干自分のキーにあっていないのできちんと覚悟を決めて歌い始めないと声が出ない部分だった。
「……あ、でも……この前のロックフェスでもなんかギリギリです、みたいな声だったよな。レコーディングでは大丈夫だったと思うけどここ厳しいか?」
「いや、練習不足です」
七生に、歌えないなんていいたくない。自分を、自分の声を見つけてくれた七生に。
「なら練習しろ」
ふふっと笑って七生はまた画面に視線を戻す。
一時間程度のライブ映像を、七生はタブレットに何やら書き込みながら熱心に見ている。
これがプロなんだなあと圭もライブ映像にきちんと目を向けた。
続けて次は圭のソロライブが始まる。
HEARTYBEATのライブに比べればアコースティックギターのみのシンプルなステージ構成だが、みちるが客席も撮影してくれており狭い空間だがほぼ満員で圭を見る和やかな眼差しが見て取れた。
「お前のファン多いじゃん」
「……いやいや、『じゃないほう』のおかげで校内では知名度があがったかなくらいです」
「そっか?一緒に口ずさんでいる子も多いと思うけどな」
ふんふんと七生も画面と一緒に鼻歌を歌っている。
その姿に感動して圭は思わず七生に声をかける。
「覚えてくれてるんですね」
「あれだけスタジオの隅で練習されれば覚えるだろ?」
「……すみません」
今回のステージの練習やこれから始まるツアーの練習に集まったスタジオの片隅で圭は今日のソロライブの練習を行っていた。
できるだけ音は出さずにつま弾く程度にしていたつもりだったがかなり聴かれていたらしい。
「いや、だから今日一緒に歌えたし。良い曲じゃん、『光と雨』」
そのタイミングで画面ではステージに七生が登場した。
客席がどよめいているのがわかる。
そんな事を気にする風でも無く七生はぽつりとこの曲の歌詞を口ずさむ。
「……『僕はキミの光になるには弱いけれど、この声がキミに届くようにこの場所で歌っている』……良い歌詞だよな」
「ありがとう、ございます」
「俺たちも、誰かに……応援してくれる誰かにきちんと届けたいよな、歌」
すっと、テーブルにタブレットを置いて七生が圭との座っている距離を埋めた。
圭の肩にもたれ、そのまま画面を見る。
圭はその重みと温もりを感じながらも視線を七生に送ることは出来ない。
とくとくと自分の鼓動が早くなるのだけを感じていた。
『光と雨』のサビで二人の声が綺麗に重なる。
まったく合わせる練習なんてしていないのに、これが天才のなせる技かと感心する。
それとも。
七生は圭の『声』に合わせなれているのだろうか。
HEARTYBEATよりもずっと以前から。
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