ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

文字の大きさ
6 / 138
第一章 俺と婚約者と従者

第5話 坊ちゃん、決意する

しおりを挟む

「エウフェーミア!!」

 体勢を立て直した俺は、焦りのあまり腹の底から絶叫していた。
 菫色の魔力が渦巻く中心でエウフェーミアが蹲る。

 本来、人の体内を循環する魔力には実体がなく、目で見ることはできない。
 熟練の魔法使いになって初めて、魔力を可視化することができる域に達するのだ。
 子どものうちは魔力が不安定で暴走することもあるが、それでも火花が散る程度。少なくとも俺はそうだった。
 これは異常だ。

「……エウ! すぐ親父たちを呼んでくるから!!」

 邸に駆け戻ろうとしたが、異変を感じた親父殿とベックマン氏が駆けつけるほうが早かった。

「父上、小父さま!」
「ニコラ、怪我はないかい? すまなかったね、驚いただろう……!」

 弾かれた右腕はまだびりびりしているが支障はない。
 親父殿は黙りこくったまま険しい表情になり、エウに対抗するように自分の魔力を展開した。蒼い、炎にも似た親父殿の魔力がその身を守るように包み込む。
 そのまま薄紫の渦の中に立ち入り、中心で蹲って泣いていた少女を抱き上げた。

 途端、菫色の魔力が霧散する。
 意識を失ったらしかった。




「生まれつき魔力量の異常があるそうだ」

 邸に戻ってエウを客室に寝かせている間、俺と親父殿は応接間で額を突き合せた。

「制御が効かず、ああして時折暴走することがある。最近はかなりよくなっていたと聞くが、慣れない場所に来たせいで不安定になったのだろう」

「……小父さまはエウを引き取ったとおっしゃっていましたけど、家族は?」

「ゾラを治めるエルトン伯爵夫妻の次女だ。二年前、エウフェーミアどのの魔力を悪用しようとした連中が本邸を襲撃し夫妻と使用人が亡くなられた。ショックで魔力が不安定になり入院していたが、一年前にようやく退院し、ベックマンの邸に向かう道中今度は野盗に襲われた」

 彼女には姉がいて、そちらは一足先にベックマン家に引き取られていたそうだ。
 エウの退院を迎えに行った帰り道に襲撃を受け、念のためと依頼していた護衛の魔法騎士が迎え撃ったものの、野盗の攻撃を受けた姉が目の前で死亡。

 エウはまた入院した。
 そして先日、ようやく病院を出られることになったのだ。

「……何かあるんだなぁ、とは、思っていましたが」

 そこまで死人の出ている事情だったとは。

「エウフェーミアどのは、一度目の襲撃がご自分の魔力を狙われてのことであるとご存じない。おまえも、いま聞いたことは忘れて接するように」
「……はい」
「このまま魔力量が安定するのであれば、恐らくバルバディアに入学することになるだろう。そうなったときに事情を知る者が傍にいるべきだ。そういうわけでおまえに紹介した」

〈王立バルバディア魔法学院〉。
 親父殿とベックマン氏の母校だ。兄貴も俺も数年後、入学できるだろうと言われている。

 成る程、大人たちの思惑はわかった。
 没落する予定もないし勇者も魔王もいないからスローライフ寄りヌルゲーよっしゃぁ、と呑気に考えていものの、そううまいこといかないもんだな。


 魔力を狙われているエウとの婚約。
 まず何事もないわけがない。


 政宗がずらっと並べて色々説明してくれた異世界系の小説。
 どれもこれも、本当に何事もないストーリーなんて一つもなかった。主人公を気取るわけじゃないが、必要もないのに自我持ち越しの転生なんて、そりゃないよな。


 これが、俺が『ニコラ・ロウ』として生まれた理由なのか。


 色々と考え込んでいるうちに黙ってしまったが、親父殿は涼しい顔でお茶を飲んでいる。
 不遇な身の上であるエウに対する同情と気遣いは見えるが、そんな彼女と息子が婚約することに対しては特に何も感じていないらしい。

 俺が巻き込まれて怪我するかもとか、両親や姉のように死ぬかもとか、そういう心配はこれっぽっちもなかったんだろうか。
 う~~~ん、それもどうだかなぁ……。
 中身がコレだからこの程度のリアクションで済むけど、ニコラが普通の八歳だったらと思うとゾッとするわ。

 そうこうしているうちにエウを見守っていたベックマン氏が応接間に現れて、意識が戻ったと教えてくれた。
 原因が何にしろ、俺が涙を流すきっかけになったことは間違いない。ちょっと苦い気持ちで部屋を訪れると、ぐったりとベッドに横になったエウが首を動かしてこちらを見た。

「エウ……。具合はどう?」
「……、……」

 ぽろぽろと涙を流している。思わずうっと身構えた。女子の涙はいかん、いかんぞ。

 魔力の暴走というのが、先程の規模で済むなら俺は平気だ。
 怪我しようが吹っ飛ばされようが、前世のやんちゃ時代のおかげで多少の負傷には慣れているし、死んだときの自損事故に較べればどんな怪我も擦り傷と同じ。

 だけど、……エウがかわいそうだ。
 自分の魔力で他人が傷ついてもへっちゃらなお嬢さまだったらよかったんだろう。だが見るからにそういうタイプじゃないし。

「ごめ……なさい」

 ベッドのそばに寄ると、か細い謝罪が聞こえてきた。

 魔力は血液と同じように体内を循環している。
 その暴走現象ともなれば、彼女の体にも多大な負荷がかかる。事実ベックマン氏によると、今回は親父殿の介入のおかげですぐ治まったが、長引いた際には激しい嘔吐や発熱を繰り返すという。
 今も倦怠感はあるんだろう。
 エウは白い眉間にぎゅっと皺を寄せて、苦しげな息を洩らしながら、しゃくり上げるように泣いていた。


 ……たった九歳の、こんな小さな女の子が。


「ごめんなさい……けが……」
「僕なら平気だよ、いがいと打たれ強いんだ。騎士団長の息子たるもの、このくらいで怪我なんかしないさ」

 寝台の端に腰掛けて手を伸ばす。
 なんと声をかけていいかもわからなかったから、頭を撫でくり回して笑った。

「今度、うちに来たときは遠乗りでもしよう。頭のいい馬がいるんだ。黒いつやつやの毛並みの美人さんで、コクヨウっていうんだけど。エウは、馬に乗ったことはあるかい?」
「……、ううん」
「じゃあ僕の前に乗せてあげるよ。ナータにお願いして、お弁当でも作ってもらって、森のなかで日向ぼっこしながら今度こそ昼寝するんだ。きもちいいぞー?」

 エウは泣きながら、こくりとうなずいた。

 俺が死んだあの夏の日、会いに行った友人夫婦の第一子もこれくらい大きくなったことだろう。
 今でも覚えている。
 嬉しそうに赤ん坊を抱っこする友人たちの、だらしないデレッデレの笑顔。

 この世界に生まれたあとニコラを愛してくれた母の微笑み。
 俺の成長を見守っていた邸のみんなの温かい目つき。
 小さな子どもに目一杯愛情を注いで幸せを願う、大人たちの真摯な眼差し。


 エウフェーミアの家族たちだってそうだったはずだ。
 この子の笑顔を守りたくて命懸けで戦った。


 その遺志に殉ずるつもりはない。だけどせめて強くなろう。
 エウの魔力が暴走したって鎮めてあげられるくらいに。
 襲撃者が来たとしても、余裕で返り討ちにして高笑いできるほどに。


「次は僕が王都に遊びに行くから。エウ」
「……うん」

 だって、こんな小さな女の子が泣いているのはよくない。
 断固として、よくないからな。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

処理中です...