ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

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第一章 俺と婚約者と従者

第6話 坊ちゃん、12歳になる

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 十二歳になった。

 エウフェーミアとの婚約から三年と半年。俺たちはのんびりと成長した。

 東部沿岸のド田舎に居を構えるロウ家に対し、ベックマン家の自宅は遠く離れた王都にある。
 普通に訪ねたら馬車で数日かかる距離だが、この世界にはなんとも便利な空間転移魔法というものがあった。そしてベックマン氏も親父殿もその高等魔法を使える。魔法さまさまだ。

 月に二、三度は互いの家を行き来して、遊んだりお茶したり一緒に勉強したり、たまに暴走があって吹っ飛ばされたり。
 そんな日々のなかでエウは徐々に言葉を取り戻していった。
 今じゃ自分の意見もちょっとだけ口に出せるし、俺に対してはかわいい我が儘も言えるように。




 そして、俺はというと──




「ニコラァァァ勝負だぁぁぁ!」
「またかよ」


 ロウ家お膝元、港町のルフをお忍びルックで歩いていると、背後から強襲されるようになっていた。


 わざわざ大声で「今から襲いますよー!」とアピールしてきた襲撃者は、この辺の悪ガキどもを束ねるオスカーだ。
 一年ほど前、町中で絡んできたのでコテンパンに伸してやって以降、たまにこうしてじゃれ合うようになった。

 だだだだーっと莫迦正直に真正面から走ってきたオスカーの飛び蹴りを、ひょいっと横に避ける。
 オスカーは着地して即座に振り返り、右、左、と拳を繰り出してきた。
 大振りで隙だらけ。がら空きの胴を蹴っ飛ばしたくなるのを堪えつつ、片手でその拳をいなした。

 もう片方の腕に抱えていた買い物袋を放り投げると、そばで俺たちのケンカを見物していた悪ガキ仲間が難なくキャッチ。

「おりゃっ」
「ギャアアアア」

 ぱこんと顔面にパンチを叩き込むとオスカーはひっくり返った。
 残念ながら、めでたくチートが付与されたとか俺のケンカスキルが上がったとかじゃない。単にこいつが弱いだけ。

「ううっ、痛てぇよう……眼球破裂した……」

「してねえから安心しろ。大体なオスカー、毎回毎回懲りずに大声出すからこっちも臨戦態勢とっちまうんじゃねぇか。たまには気配を消して背後から襲い掛かるとかしてみろよ」

「ンな卑怯な真似できっかよ!」

 こういうやつなので、なんというか憎めない。
 俺に対して三十戦三十敗を喫したオスカーの肩を、仲間たちがぽんぽんと叩いた。


 この世界における魔法の定義は、第一に『よりよい生活を送るための智慧』だ。


 特にベルティーナ王国では国民の九割以上が魔力を保持するため、魔法は特別なものでもなんでもない。あくまで生活に寄り添う身近な力であって、騎士団などの例外を除き、市井の人びとは攻撃魔法を使わない。発想自体がそもそもないのだ。
 そんなわけで町中の悪ガキのケンカは、俺にとっちゃ有難いことに超アナログ。
 元二十七歳やんちゃ坊主は地元で無敗伝説を築きつつある。

 こんなこと、ロウ家のみんなには死んでも内緒だ。

「オスカーのやつ懲りねえんだよな。……ほらよ、袋」
「ありがと」

 呆れたように肩を竦めたのは、悪ガキ連中の中では一人落ち着いた雰囲気のシリウスだ。
 オスカーは悪ガキたちのリーダーというわりにケンカが弱いが、それをうまいこと支えている縁の下の力持ちが彼。

 一方顔面の痛みに悶えていたオスカーは復活するなりぱっと顔を上げた。

「あ、そーだニコラ。オレこの間、火と風の複合魔法習ったんだぜ!」

 俺やエウが富裕層の箱入り子女というだけで、下町にはちゃんと学校があり、よほどの貧困家庭でなければ子どもは最低限の教育を受けられる。
 当然、魔法の授業もあるわけだ。

「おー、あれ便利だよな。風呂上がりに髪を乾かすのとか」

「ちっくしょうやっぱニコラもう使えんのか! いつだ! いつ習った!」

「ウッセェなじゃれつくなよ。髪の毛乾かすのが面倒だったから、九歳の時に兄貴から教えてもらったよ」

「クソが! オレより二個も年下のくせに生意気だぞ!」

 悪ガキ特有の乱雑な口ぶり。日本を思い出す懐かしい感覚にちょっと笑っていると、隣にいたシリウスの表情が浮かないことに気づいた。


 ベルティーナ王国の国民の魔力保有率は九割以上。
 つまり魔力を持たない者も若干名いる。

 ──シリウスはそれだ。『只人ただびと』という。


「……俺にケンカ売ってる暇あったら魔法の一つや二つ習得してこいよ、オスカー」

「言われなくとも! オレぁ学校卒業したらヴェレッダ騎士団に入って魔法騎士になる男だからな!! あとで吠え面かくんじゃねェぞニコラ!!」

「はいはい、楽しみにしてるよ。またな」

 威勢のいいオスカーや仲間たちが手を振りながら去っていく。
 それに混ざろうとしていたシリウスの襟首を、がしっと掴んで引き留めた。

 二つ年上、兄貴と同い年の十四歳。
 さらっとした緋色の髪に、穏やかな常葉色の双眸。すらりと背が高く、オスカーに較べるとクールで大人っぽいため、実は町での女子人気が高いとか。

「……なんだよニコラ」
「浮かない顔してんなぁと思って」
「あぁ?」

 シリウスは眉間に皺を寄せて、俺の頬を両手で挟む。
 ふん。元の二十七歳独身男性だったら迷わず殴り飛ばしてるとこだが、ニコラ十二歳の頬はすべっすべなので存分に触るといいぞ。若いって素晴らしい!

 ちなみにこいつらは、俺が領主の次男坊であることを知らない。
 親父殿はよき領主として民に慕われているが、さすがに身分がバレていたら背後から襲ってきたりこんな風にじゃれたりできないだろう。

 俺の顔をもちもちいじりながら「よく伸びるほっぺだな」と褒めたシリウスは、俺に誤魔化される気がないことを悟ると溜め息をついた。

「よーし吐け。吐いたらカツ丼を奢ってやる」
「カツドンって何だよ、またお得意の『他国の料理』か?」
「そーだ。豚肉をなんかザクザクした粉で揚げたものを卵でとじて白米の上にかけるんだ。ベルティーナには白米がないから再現不可能だけどな」

 緊張感のないやりとりに、シリウスは力の抜けた笑みを浮かべる。
 掴んだままだった襟首を放してやると、そっと睫毛を伏せた。

「……母さんが体調を崩したんだ。けど、病院にかかる金が、なくて」
「そうか。ヨアナさんが……」

 父親を早くに亡くしているシリウスは母親と三人の弟妹の五人家族。
 町の食堂で働く母親の稼ぎだけでは食べていくので精一杯で、シリウスは学校にも通えていない。
 読み書きさえ不自由で、十四歳とまだ子どもで、極めつけにこの世界ではほぼ必須スキルの魔法が使えない『只人』。
 自分が働いて家計を助けることも難しい。

 魔法を使えるファンタジーな世界だが、現実は現実だ。富裕層があり、貧困層がある。
 ……俺はたまたま恵まれた環境に生まれただけ。


「シリウス。新規従業員を募集しているところが一か所あるんだが、応募してみる気はあるか?」

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