ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

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第二章 王立バルバディア魔法学院

第3話 あーうちの婚約者可愛い

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 二人が挨拶を交わしている間、俺はシリウスに視線をやった。
 雇ってからというもの、ほとんど毎日を一緒に過ごしてきた相棒だ。しばらく会えないとなると多少の感慨も湧こうというもの。
 シリウスは常葉色の眸を悪戯っぽく細めて、にやりと笑った。

「じゃ、半年後にまた迎えにくっから。……精々『キラキラお坊ちゃまモード』頑張れよ」
「ウッセェ、人を二重人格みてぇに言うな」
「なに二重人格じゃないみたいな顔してんだ猫かぶり野郎。ストレス溜まってもルームメイトの前でブチ切れるんじゃねぇぞ、ドン引きされっからな」

 ちなみにこのやり取りは無音。
 この三年間で磨かれた、俺たちの読唇術による会話である。内緒話にぴったり。

「おまえホント煽りスキル上がったよな……」
「ニコと毎日一緒にいりゃこうなる」

 栗毛のマロンと白馬のマリアにも別れを告げて、俺とエウはロウ家の馬車を見送った。
 振り返りもしなかったシリウスに対して、ベックマン氏はいつまでも窓から身を乗り出し、俺たちに向かって大きく手を振っていた。

 ほんの少し寂しそうな目になったエウを覗き込む。

「もうホームシックか?」

 早々にお坊ちゃまモードとはさよならだ。
 さすがに学院では愛想よく振舞おうと思ってはいるが、なにせこの婚約者が「ギルお兄さまみたいな喋り方のニコはなんだかソワソワする」と嫌がるもので。

 エウはからかわれたことに気づいて頬を染めると、むっと唇を尖らせる。

「ち……、ちがうもん」
「寂しくて寂しくて眠れないようなら昼寝くらいは付き合ってやるよ」
「違うったら!」

 エウはぽかぽかと力ない拳を俺の胸に叩きつけた。非力か。
 あー、うちの婚約者可愛い。
 気分は親戚の子を可愛がるおっさんの気分だ。実際、もとの年齢を考えれば二十七歳も年下ということになる。

 死んだ当時、同級生に子どもがいたことを考えると、生きていれば俺にもこのくらいの娘がいてもおかしくないわけだ……。

 ──いやいや、やめよう。娘とか考えたら色々障りがある。

 俺はニコラ、十五歳。エウは同い年の婚約者で、妹みたいなもの。
 改めて己に言い聞かせていると、彼女はぷいとそっぽを向いた。ほらこの仕草。まだまだガキだ、ガキ。

「もうっ。ニコのばか」
「はー悪い悪い、そんな怒んなって。行くか」

 ついルフのお忍び時の癖でズボンのポケットに手を突っ込もうとして、やめた。
 新入生やその親がそこら中にいる状態で、ロウ家の次男坊がみっともない歩き方はできない。
 TPOって大事だよな。程々に。

「学院じゃ年中ニコラ坊ちゃまモードだからな。苦手でもちゃんと返事しろよ」
「そんな……笑っちゃいそう」
「ったくどいつもこいつも!」
「ふふ」

 ロウ家かベックマン家の邸の中でならエウのほっぺたを抓っているところだが、それも当然憚られる。
 大体こんな美少女の顔になんて触った瞬間、視線という殺意に刺されそうだ。
 他家の馬車を避けながら駕篭乗り場へ向かう道すがら、エウに見惚れる視線の多いこと多いこと。
 ニコラに向けたご令嬢の熱視線も感じたが、それさえ隣のこの美少女へとスライドし、ほうと感嘆の溜め息を吐かせていた。

 儀礼式典用に煌びやかな装飾が施された駕篭へ近寄ると、翼竜のそばに控えていた若い騎手がこちらに視線をやる。扉を開けて中に入るよう示しながら、口元に落ち着いた笑みを浮かべた。

「入学おめでとう」
「ありがとうございます」
「出発までもう少しかかるから、中で座って待っているといいよ」

 駕篭の中は電車を思い出す作りになっていた。
 横に長いシートが窓に沿って並んでいる。八人掛けずつ、全部で十六人乗りのようだ。俺たちより先に乗っていた新入生は四人。

 向かって左側手前には、栗毛の少女と黒髪眼鏡の少年の二人連れ。
 右側手前には深い藍色の髪に琥珀色の双眸をしたそばかすの少年、その少し奥にはアッシュグレイのおかっぱボブの少女。

 やはりこういう場合は手前から詰めるのが礼儀だろうなと、俺はエウの手を引いて、二人連れの横に腰を下ろした。

 ふかっふかのソファに沈み込む俺の隣で、ぽよんとエウの体が跳ねた。
 さすが国内最高峰の研究機関、式典用の駕篭の内装まで凝っている。座席の手すりや窓枠にはこってりとした彫刻がなされ、天井には創世神話の絵画。この世界のどこかに存在するといわれる、天海のくじらを生んだ世界樹ヴァルガルドの図案だ。

「翼竜の駕篭なんて、初めて乗る。ニコは?」
「僕もだ」

 エウは物珍しそうに窓の外を振り返った。
 すぐそばに、体を横たえる翼竜の尻尾が見えているのだ。

 一口にドラゴンといっても三百種ほどいるらしい。
 そのほとんどが荒野や山奥などを住処にしていて、気性も荒く、基本的に人間が従えることはできない。
 ただこの翼竜をはじめとする数種に限っては極めて温厚で、こうして駕篭を曳かせることができるし、訓練を積んだ騎士はその背に乗って飛ぶことも可能だ。もとは戦時中の飛行部隊として発展したものだが、現在はほとんど儀礼式典のパフォーマンス要員となっている。
〈竜騎士〉と呼ばれるそれを目指す生徒も、バルバディアには多く在籍しているそうだ。

「駕篭自体には振動抑制の魔法がかけられるらしいけど。酔い止めは飲んできたね?」
「うん。馬車に乗る前に、家で」
「それならいい」

 エウは体が頑丈なほうではない。魔力の暴走を差し引いても、体調を崩すことが多かった。
 ベックマン氏の別れ際の「くれぐれも」のうちの一つはそれを指している。

 もう一つは言わずもがなだ。彼女と出会ってから七年が経つ。
 この間、幸いにもエウの魔力を狙う輩による襲撃はなかった。
 バルバディアは学院の敷地自体に強力な結界が張られているから安全だろうけど、けっして油断はできない。

 昨年の年明けに入学許可証を貰って以降、封印された魔王に関して色々とよくない動きがあった。
 もし万が一、この子が巻き込まれるようなことがあれば。



───エウフェーミアどのを、婚約者としてしっかりお守りするように。



 意図せず脳裡に翻ったのは、口元を引き結んだ親父殿の仏頂面。
 わざわざ念押ししなくてもわかってんだよウッセェな。バルバディアに一緒に入れるために俺たちを引き合わせたんだもんな。ハイハイ。

「ね、ね、ニコ。翼竜の鱗ってざらざらしてるのかなぁ。何を食べるんだと思う?」
「ドラゴンは総じて雑食だよ。家畜も草も木も人間も食べる。エウなんて一飲みだろうなぁ」
「ひえっ」

 飽きもせず窓の外の翼竜を見つめているエウを観察しているうちに、続々と新入生たちが乗り込んできた。
 九割がた席が埋まったところで、外に待機していた竜騎士が顔を見せる。

「いくつか空席はあるが、時間になったので出発する。離陸の際は揺れるのでベルトを締めるように。騎手を務めるはバルバディア魔法学院の竜騎士候補生、僕が四回生のクレイン・バース。もう一人は三回生のルーファス・チカだ」

 なんと。学生が翼竜の手綱を握るのか。どうりで若いと思った。

「飛行中我々は翼竜の背に乗っているが、有事の際はこちらにあるベルを鳴らせば応答する。──それでは、よい旅を」
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