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第二章 王立バルバディア魔法学院
第2話 王都フィーカへ
しおりを挟むベルティーナ王国東南部のオーレリー地方から王都フィーカまでは、のんびりまったりと馬車で北上して五日ほどかかる。
ロウ家の馬二頭の他は俺とシリウスの二人旅だ。誰も見ちゃいないので適当に馭者席を交代しつつ、俺たちは平和な旅路を辿った。
空間転移魔法でぱぱっと王都に行ってしまいたいものだが、学院から魔法での移動を控えるようにと通達が出ているので仕方ない。
空間転移は高位魔法だ。バルバディアの始業式や入学式に合わせて大勢が行使してしまうと、周辺の魔素濃度や生態系に影響が出る。そういうわけで生徒たちの移動は基本的に馬車だ。なんせ新幹線も電車も、車さえない世界。
「ニコと旦那様ってさ、仲が悪いわけではないんだよな?」
シリウスがぽつりと零したのは、三日目の夜。
宿の俺の部屋でトランプをしていたときのことだ。
「……どうだろうなぁ。もともと無口な人だし、何考えてんのかよくわからん。ただ俺を生んだ際に母上が身体を壊したから、思うところはあるかもな」
正直なところを答えると、シリウスは眉を顰める。
「でも、それはニコのせいじゃない」
「俺もそう思うよ。でもま、人間だし。そう簡単には割り切れねえんだろ」
当主は次男に冷たい──というのが、ロウ家使用人たちの見解だ。
さすがに家令とナタリアと執事の三人衆はそんなこと口にしないが、他の面々はそういう理由もあってかニコラに同情的だった。
俺自身はそこまで堪えていない。それでも細かい部分で、長男と次男の扱いに若干差があるなと感じることもある。
「親子だろうがなんだろうが、相性のよくない者同士、無理して仲良くする必要もねーだろ。むしろ放っておいてくれるぶん気楽でいいよ」
「……おまえがそう言うならいいけど」
親父殿は、兄貴の入学時は王都まで同行していた。
しかし今回は騎士団長が長く砦を離れるわけにはいかないと、ルフに残ることになっている。シリウスが気にしているのはそこだろう。
「大体、王都までついてこられても道中の話題に困るだけだろ。放任主義バンザイ」
「ま、そのおかげでオレも雇ってもらえたようなもんだしな」
「そういうことだ」
つくづくロウ家の次男が『俺』でよかったな、親父殿!
普通の子どもだったらとっくに捻くれてグレてるとこだぞ。
そんな風に他愛のない会話をしながら、五日目に王都入り。
六日目──入学式当日の朝、俺たちの馬車はベックマン邸の門前に到着した。
シリウスとともに訪ねると、昔からちっとも印象の変わらないベックマン氏が、美少女と一緒に歓迎してくれた。
「やあ、ニコラ。よく似合っているね、これが噂に聞くギルのお下がりかい?」
「その通りです。当時の兄と背格好も同じだしどうせ買い直すし、仕立てるほうが勿体ないと駄々をこねて、使用人を泣かせました」
ベックマン氏の横に立っていた婚約者殿は、六年前のことを思えば嘘のように、ごく自然にほほ笑む。
シルバーブロンドの波打つ髪、宝石のような菫色の双眸、華奢な手足。
エウフェーミアは儚げな容貌をそのままに美しく成長した。
「ニコらしいね」
「だろう。どうせ制服は汚すし、背が伸びれば仕立て直すしね」
バルバディアの制服もよく似合っている。
オールドローズの上品なシャツに、セピア色のベストとジャケット。学年によって色の異なるネクタイとスカートは、俺たちの代は暗く灰がかった緑色、エバーグリーンだ。全体的に色素の薄い美少女のエウフェーミアを引き立てる。
制服姿を拝見したかったとさめざめ泣いていたメイドの、ハンカチを噛んで悔しがる姿が目に浮かぶようだ。
ちなみに男はシャツの色がやわらかい青で、あとのカラーは一緒。ジャケットが燕尾服の形をしているのが変な感じだが、ナタリア曰く「それがバルバディアらしくていいんじゃないですか!」とのこと。
「可愛いよ、エウ。まるできみのためにデザインされたみたいだ」
「……あ、ありがとう……」
「そんなに照れなくても」
お坊ちゃまモード全開で微笑むと、エウフェーミアは苦笑いになった。どいつもこいつも俺が丁寧に喋ると変な反応を返しやがる……。
後ろで涼しい顔をしているシリウスを不意打ちで振り返ると、いやに唇を噛んだり目を逸らしたりしていた。てめえもか。
ぎゅむ、と爪先を踏んでやる。
そしたら二の腕をこっそり抓られた。
「ニコも、似合ってるよ」
「ありがとう。まだ着られている感じがするけどな」
「そんなことない。すてきよ」
ここからはシリウスが常に馭者席に座る。
俺とベックマン親子の三人を乗せ、馬車は王都の東へと向かった。
王族の住まいであるフィーカ城は、王都を見下ろす高台でその威容を誇る。
その東側に広がる森が〈深奥の森〉。一般人が足を踏み入れれば遭難間違いなしという恐ろしい場所だ。
実際には、王国の叡智の結集地である学院を外敵から護るための結界が幾重にも張られているため、通行する資格のないものは迷うようにできているらしい。
王城とは深奥の森でつながっているが、城には城の護りがあるので基本的に行き来できない。
しかしながらこの王国で唯一、王城と近しい高さから王都を見下ろす。
それがバルバディア魔法学院だ。
森の中に広くとられた馬車の乗り合い場には、俺たちと同じような新入生たちが、見送りに来た親としばしの別れを惜しんでいる。
俺たちもひとまず馬車を下りた。
荷物はすでに学院へ送っているので、手に持つのは貴重品を入れたカバン一つ。
「このあとは、翼竜の駕篭で学院までひとっ飛びだよ。新入生で乗り合いになるからそこで待っているといい」
ベックマン氏の指さす先、乗り合い場の奥には、二頭の竜が翼を休めている。
大人のゾウくらいの巨体を石畳のうえに横たえている二頭の周りには、騎手である〈竜騎士〉が二名ついていた。
魔法の存在が当然であるのと同じくして、この世界にはドラゴンもいる。
気性が穏やかな種は、財力さえあれば飼うことも可能だ。そういう種は乗りやすいので交通手段としても重宝される──が、さすがにそうホイホイ乗れるものではない。
「それじゃあニコラ。エウフェーミアをくれぐれも、くれぐれもよろしく」
大事なことだから二回言ったな。
心配な気持ちもわからんでもないので、ニッコリ笑ってうなずいておく。
「はい、小父上」
「エウフェーミアも、ニコラにあまり心配をかけないようにね」
「はい。おとうさま」
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