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第二章 王立バルバディア魔法学院
第1話 坊ちゃん、15歳の新年を迎える
しおりを挟む十五歳の新年を迎えた。
〈氷〉の女神の息吹によって訪れる凍えの季節は、〈天海のくじら〉の目覚めと咆哮によって終わりを告げる。
〈芽生え〉の乙女たちが一斉にベルティーナ王国を駆け抜け、雪が融け、徐々に世界が色づいていく。
〈祈年祭〉の三日間を経て、今年〈バルバディア魔法学院〉の三回生となる兄貴は一足先に王都の学院へ戻った。
それから二週間後、ベルティーナ王国全土の雪が融ける頃を見計らって、学院の入学式が執り行われる。
いつも通りシリウスのノックで目を覚ます朝ともしばらくお別れだ。
「坊ちゃん、ああ、ご立派になられて……」
兄貴が二年前に袖を通していた制服のお下がりに袖を通すと、シリウスがほろほろと涙を零すふりをした。
茶番である。
が、乗る。
俺は優雅にお坊ちゃまスマイルを浮かべた。
「そうかな? そう見えるならきっと、シリウスが献身的に支えてくれたおかげだね」
「ぐふっ」
「オイ。せっかくこっちがノってやってんのに噴き出すなよ」
お腹を抱えてツボっているシリウスの両頬を掴んでびろーんと引っ張る。俺に負けず劣らずよく伸びる頬だ。
「おまえ、学院じゃそのキラキラお坊ちゃまモードで通すのか?」
「当然だろ。ロウ家次男として、監督生の兄上に恥じない弟を演じてみせるぜ」
ぐっと親指を立てると、笑いを堪えるあまり変な顔になっているシリウスもサムズアップ。
ちなみに監督生というのは、高学年の生徒のなかでも殊更優秀な者に与えられる役職らしい。話を聞く限り生徒会みたいなもんだろう。
シリウスと一緒に一階の玄関ホールに向かうと、そこには見送りの使用人たちが集合していた。
俺の制服姿を見たメイド頭のナタリアが「まあ」と口に手をやり、執事が柔和に微笑む。
「坊ちゃん、ああ、ご立派になられて。これで制服が新品でしたらナタリアはもっと嬉しゅうございましたけど」
「ギル坊ちゃまの制服がよくお似合いですね。『お下がりでいい、新しく仕立てる金が勿体ない』なんて言いだしたときには、坊ちゃんはどれほどロウ家の財政を憂慮されているのかと心配になりましたが」
「そこはかとなく棘を感じるなぁ」
この二人に加えて家令の三人衆は、俺が「お下がりでいい」というのに対して「新品を仕立てろ」と最後までバトルした相手だ。
最終的には親父殿の「ニコラの好きにさせろ」という一言で俺に軍配が上がった。
次にわらわらと俺を囲んだのはメイドたちだ。
「ああ、あたくしエウフェーミアさまの制服姿も拝見しとうございました。坊ちゃん、写真を撮ってちゃんと送ってくださいましね」
「わかったわかった」
「きっとお可愛らしいんでしょうね! あああの波打つシルバーブロンドと、学院のお上品なスカートが、陽の光を浴びて輝くさまが脳裡に浮かびますわ」
「はいはい」
「ああ、エウフェーミアさまにお会いできるのが次の長期休暇だなんて……。坊ちゃん、お休みに入ったらすぐにでもエウフェーミアさまを避暑にお呼びできるよう、お邸を準備しておきますからね」
「うんうん、頼むよ」
うちの使用人はみーんな、美少女天使のエウフェーミアにめろめろである。
これでいつかエウから婚約解消を申し出られた日にゃあ一家総出で首でも吊りかねん。あるとすればバルバディア在学中、エウが別のいいオトコをつかまえて……っていう展開の可能性が高いんだろうけど。
というかそうじゃないとこのまま結婚させられる、確実に。
その点ばかりは、どうにかしねえとなぁと悩んでいる最中だ。
エウのことは可愛いと思うけど、結婚となると話は別。
妹みたいなものだと思っているので、結婚はともかく夫婦としては今のところ難しい。
だって十五歳って。中学三年生だぞ。中身の年齢を考えたらまだまだ犯罪ど真ん中なんだよ。
「……というか、みんな今日から半年は会えないっていうのに別れが気楽だな……」
俺はやや呆れ心地で肩を竦めた。
別に泣いて惜しんでほしいわけではないが、二年前の兄貴の出発に較べるとあまりにも呑気すぎる。
するとナタリアをはじめ、シリウスに執事にメイドたち、庭師、料理人と全員が顔を見合わせて爆笑した。
「まあニコラ坊ちゃんですからねぇ」
「バルバディアにはギル坊ちゃんもいらっしゃいますからねぇ」
「なんだかんだ坊ちゃん、子分を増やして学院を支配したりしそうで」
「むしろ坊ちゃんに振り回されるエウフェーミアさまのほうが心配で」
なんてやつらだ。
これならまだ、昨日のうちに別れを済ませたオスカーたちのほうがまだ寂しがってくれたぞ。「えっニコラ明日出発? 新年早々大変だな。王都土産よろしく」みたいな……。
いや、あんま寂しがってねえな、あいつらも。
そうこうしているうちに親父殿が家令を伴って階段を下りてきた。
むっつりと黙り込んだまま、俺の制服姿には特に反応なし。ニコラと親父殿の間柄は変わらず微妙な緊張感を保ったままだ。
「それでは、行ってまいります。父上」
「うむ」
親父殿は言葉少なにうなずいた。
もともと寡黙な人だ。使用人たちの見送りは呑気すぎて面白かったけど、この男があからさまに別れを惜しんだりしたらそれこそ怖い。
そんなことを考えていた罰だろうか、親父殿はさらに口を開いた。
「エウフェーミアどのを、婚約者としてしっかりお守りするように」
世にも珍しい二言めは、そんな、婚約者をもつ息子の親としては当然の内容だったわけだが──
そこに含まれた様々な裏事情に対する忠告までもしっかりと承知したうえで、俺は神妙に頭を下げた。
「じゃ、行ってきます」
邸の外で待機していた馬車に乗り込み、戸を閉める前にみんなに声をかける。
ナタリアがにっこりと微笑んだ。
「行ってらっしゃいませ、ニコラ坊ちゃま。坊ちゃまに天海のくじらのご加護がありますように……」
そうして深々と頭を垂れた彼女に続いて、いつの間にか一列に整列していた使用人たちが頭を下げる。
不思議なことにこちらには、由来こそ異なるものの、日本と同じようなお辞儀文化があるのだった。
「やめてくれよ。しばらく会えないんだから顔を見て別れたい。頭を上げて、笑って見送ってくれ」
ニコラ・ロウとして百点満点の爽やかな台詞に、みんなはぷるぷる震えながら頭を上げた。
おいやめろ、親父殿も見てんだよ、いくら俺のお坊ちゃまモードが白々しいからって笑うな!!
そんな風な見送りを受けて、馬車はまず、王都郊外のベックマン家へ向かって出発した。
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