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第一章 俺と婚約者と従者
閑話・とある従者のひとりごと
しおりを挟むうちの主人は変なやつだ。
シリウスはわりと本気でそう思っている。
見た目だけなら文句なしの美少年。黄色みの強いバターブロンドに、くりっとした透明な天海色の眸。長身というわけではないが全体的にバランスのいい体格をしていて、高そうな衣服を身につけるとサマになる。
そのくせ口が悪い。
外面はすこぶるいいので普段は『キラキラお坊ちゃまモード』だが、自室に戻ってシリウスと二人きりになると急に悪ガキの正体を現す。
こんな風に。
「あああああクソが!」
……いや、これは普段よりひどいかも。
「あンのクソデブ白豚野郎がっ! 人のこと舐め回すように見てんじゃねェよショタ野郎!! ××××して××××してトーキョー湾に沈めてやろうか!!」
ちょっと何を言っているのか聞き取れないしよくわからない。
少なくともベルティーナ王国に『トーキョー湾』とやらは存在しないが、博識な主人のことなのでどこか外国の地名なのだろう。
主人の名誉のために言っておくと、このレベルの癇癪はシリウスも初めてだ。
先程まで当主の名代として出席していたナントカ子爵のうんたらパーティーで、当の子爵から非常に不愉快な視線を向けられたため荒れ狂っているらしい。
シリウスは別室で待機していたので詳細は知らないが、悪ガキのわりに心が広いニコラがこれということはよっぽどだったのだろう。馬車で帰邸するなり、手洗い嗽よりも先に爆発した。
ベッドの上に置いてある高級クッションをぼふぼふと殴りながら一通り罵倒し終えると、ニコラはぜはぜは肩で息をする。
「……おう、なんか飲むか、ニコ」
「酒っ!!」
「……以外にしよう。な?」
「じゃあ茶っ!!」
「ハイハイ」
従者にあるまじき喋り方だが、これはニコラ本人に望まれたことだ。
『キラキラお坊ちゃまモード』も『港町の悪ガキモード』も、どちらもニコラの素ではあるらしい。ただし舌を噛みそうになるから、シリウスと二人のときくらいざっくばらんに話したい。就職初日に耳打ちされた秘密だ。
部屋の隅に設えてあるティーセットのもとへ歩み寄る。
「ニコー、お湯沸かして」
またクッションに顔を埋めてうーうー唸っていたニコラだったが、ようやく気が鎮まってきたのか、杖を一振り。シリウスには聞き取れない言葉──古ベルティーナ語を唱えた。
魔法を使う際、神々や精霊たちに加護を乞うためには彼らと共通言語である〈祈詞〉が必要になる。シリウスはまだそこまで学習が追いついていない。
「なんか茶菓子でももらってこようか?」
「いらん……こんな気分で食ったら茶菓子がかわいそうだ……」
どういう理屈なんだか。
と、手に持っていた薬缶の中に水が湧き、見る見るうちに温度を上げて沸騰しはじめた。
貴族の子弟に専属でつく従者というのは本来、魔力がないと意味がない。
例えば主に危機が迫ったとき、攻撃魔法で対処できなければ話にならないからだ。
ニコラだってそのくらい知っているはずなのに、彼が選んだ従者は魔法を使えない只人だった。
魔力とは血筋で受け継がれるものだ。
基本的に、魔法を使える親からは魔法を使える子どもが生まれる。だからこそ只人の存在は忌まわしいものとされていた。
たいてい、母親が不義を疑われて家庭が崩壊する。
あるいはそうならないように、生まれた只人の子は捨てられたり殺されたりして、表向きは死産だったことにされる。
それが当たり前だ。
魔法を使えないのは腕や足がないのと同じ欠陥なのだ。いや、それよりももっと悪い。
──オレは運がよかっただけ……。
たまたま母親がおおらかだった。父親は母親を信じていた。捨てられることなく育ててもらえた。そしてニコラに出会った。
只人の社会的地位の是正。そんな、夢みたいなことを平気で口にするニコラに。
執事に叩き込まれた分量や秒数を頭の中で測りながら、ニコラが町中で気に入って買ってきたカップに注ぐ。
割ったら怖いとかいう子どもみたいな理由で、この坊ちゃんは安物を使っているのだ。領主の息子のくせにやけに庶民くさいとこがある。
「ほら。とりあえず落ち着け」
「おう……悪いな取り乱して……。まーおまえも座れ。飲め」
窓際の丸テーブルにカップを置いてやると、ニコラはクッションを抱きかかえたまま椅子に腰かけ、向かい側をべしべしと叩く。
自分のぶんは適当に淹れて、呼ばれるまま相伴した。
「そんなヒドかったのかよ」
「ああ。どこにでもいるんだな、ああいう手の輩は。危うく公衆の面前で顔面を陥没させるところだった」
「真面目な顔して言うことじゃねえぞ」
ニコラならやりかねない。
雇われるより以前、町中で猫を蹴っていた酔っ払いオヤジどもに飛び蹴りを喰らわして、本当に顔面を陥没させたことがあるのだ。
つくづく顔と中身にギャップのありすぎる主人だ。
神の愛し仔のように儚い見た目で、行儀悪く片膝をクッションごと抱え込み、凶悪に顔を顰めて舌打ちと罵詈雑言のオンパレード。
……主人の名誉のために重ねて言っておくと、こんなにひどいキレ方は珍しくて、普段はもっと可愛いレベルのギャップなのだが。
「金輪際あんなヤロー主催のパーティーなんぞ行くもんか。……いや、すると兄貴が行かないといけなくなる。兄貴なんてストライクゾーンど真ん中だろうしな。やっぱ俺がいっぺんシメてやるしかねえ……」
「発想が物騒~」
「シリウスもだぞ絶対あいつと顔合わせんじゃねーぞ。畜生め。同性愛を否定するわけじゃないが小児性愛は論外だ論外! 未来ある美しい子どもたちを汚らわしい目で見るんじゃねええぇぇ仮にそういう性癖だとしても脳内で完結しろ態度に出すな子どもに悟らせんな!!」
出た、ニコラの『子どもは愛されて幸せになるべき』理論。
自分も愛されて幸せになるべき範疇の子どもであることを盛大に棚上げし、自分以外の全ての子どもたちの幸せを願う。スケールのでっかい次男坊である。
──なんつーか、普通の十四歳よりキャパが広いんだよなぁ。
犬猫のために大人にケンカを吹っ掛けたり、只人の待遇をどうにかしたいとシリウスを雇ったり。
複雑な事情があるという婚約者が、少しでも幸せな気持ちになれるよう手を尽くしたり。
自分以外の誰かの人生を拾い上げるのに躊躇がない。領主の息子だからと言ってしまえば、そうなのかもしれないけれど。
「人のことばっかだなぁ、おまえ」
「そうかぁ? だいぶ私利私欲に走ってるぞ」
「うん、まあ、それも否定はしない」
けれども、私利私欲の割合がかなり低いように見えることもまた、シリウスは否定しない。
変なガキだ。
二つも年下のくせに、ニコラは時折ひどく大人びた横顔をすることがある。──こうして暴れ狂っているとちょっと嘘みたいだが。
──うん、でも、ニコラはそれでいい。
だからシリウスは今ここにいる。
ニコラが前だけ向いて多くを救けようとするのなら、そのニコラが真に苦しんだとき、彼を救けるのが自分の役目だろうから。
目の前で睫毛を伏せて考え事をしている性悪の美少年を眺めているうち、自分でも驚きの決意が、自然と湧き上がってきた。
──オレもすっかりこいつの従者だな……。
一生こき使ってくれるというならば、どこまでもついていく。
冥界の果てまでも。
「よし、明日は憂さ晴らしに呪いの藁人形でも作ってやろー。シリウスも材料集め付き合えよ、気合い入れて行くぜ!」
「そのクソ物騒な発想だけはどうにかしろ」
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