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第一章 俺と婚約者と従者

第10話 魔法学校の入学許可証

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 十四歳の新年を迎えた。

 ベルティーナ王国では、新しい年の始まりは静かに過ごすのが慣例となっている。
 新年最初の三日間は、短くも険しい凍季ときが終わることと芽吹きの季節が始まることを慶び、穏やかで平和な一年となることを家族で祈る。これが〈祈年祭としごいのまつり〉と呼ばれる、三が日みたいなもんだ。

 ロウ家も例外ではない。使用人の多くは休暇となって帰省する。

 家令とナタリアだけは毎年居残り組だ。シリウスも「オレは帰ろうと思えばいつでも帰れるから」と、この二年は俺の世話を焼くことを選んだ。

 そして一家の当主たる親父殿だが、こちらは毎年、ヴェレッダ騎士団の砦に籠もっている。
 騎士団も、戦でもない限りは見張り当番を組んで順番に帰省となるのだ。
 親父殿は砦に残る団員たちと新年を寿ぐため、家族に顔を見せるのは祈年祭が終わったあと。


「ニコラ坊ちゃま。朝ですよ」


 すっかり従者らしくなった十六歳のシリウスがドアを開けた。
 本日から新年で芽吹きの季節とはいっても、まだまだ寒さが残っている。布団のなかでぐだぐだと過ごしていた俺に呆れ顔を浮かべると、勢いよく掛け布団を剥ぎ取った。

「ぎゃあっ!」
「だらしねぇな、起きろ!」

 ……相も変わらず口は悪い。しかも巻き舌気味。
 まあ四六時中「ニコラ坊ちゃま」なんて傅かれたら悪酔いしそうだから、これくらいで丁度いいんだけど。

 布団を片手に抱えて、もう片手は偉そうに腰に当てて、シリウスはニヤリと笑った。

「新年おめでとう。〈天海のくじら〉のいつも変わらぬ恵みに感謝いたします。今年一年もまた変わらぬ幸いがニコラにありますように」

 つまり「あけましておめでとう」「今年もよろしくね」というような意味だ。


 天海のくじらというのは、神々よりも旧き存在である聖獣のこと。
 誰の目にも見える全知全能の神、かつ魔法の世界における最高神であり、こちらの世界の人びとはあらゆる恩恵をまずくじらに感謝する。


 最初のうちは(クジラぁ?)と不思議に感じたものだが、空を泳ぐ姿を見かけるうちになんとなーく慣れた。
 全くファンタジーな世界だぜ。

「新年おめでとうぅぅぅ」と寒さに震えつつ起き上がり、シリウスに向かって頭を下げる。

「シリウスにとってよい一年となりますように……」
「はいどうも。お手紙が届いていますよ、新年のご挨拶が何通か」

 シリウスが押してきたワゴンの上から手紙を差し出してくる。ハガキではないけど年賀状だ。
 俺は次男坊なので、年賀状の数も少ない。
 当主の親父殿や跡取りの兄貴には山ほどきているだろうが、俺個人に宛てたものなんてエウや少数の知人からだけだ。

「それから」

 勿体ぶった仕草で目の前に広げられた羊皮紙。


「──〈王立バルバディア魔法学院〉より、入学許可のお報せです」


 年賀状を一旦置いて、俺はその文面を目で追った。



 拝啓ニコラ・ロウどの──

 時候の挨拶がうんたらかんたら、貴殿の入学を許可するものとする云々かんぬん、ひいては入学申請の書類をなんちゃらかんちゃら……。

 ……敬具、王立バルバディア魔法学院第九代学院長ゴラーナ・セルバンデス。



「きたな」
「きましたね。……この場合オレってどうなる?」
「バルバディアは全寮制だからなぁ。使用人を連れて行けるのも公爵家以上、ほぼ王族のみだ。だからシリウスはルフに居残り」

 王立バルバディア魔法学院──
 創立者の名をとって〈バルバディア〉あるいは単に〈学院〉とも呼ばれるその学校は、優秀な魔法使いを養成するための教育機関だ。

 一定程度の魔力を有する子どものうち、魔法使いや魔法騎士を志すものが入学を許可され、魔法の知識を深め技術を磨くことを目的とした四年間の寮生活を送る。
 入学するための学力検査や面接などは一切ない。ただ十四歳の新年の日に、一年後の入学を待つ旨の書簡が届くのだ。
 完全招待制であるため入学することそれ自体が栄誉とされる。

 現在凍季休暇で帰省中の兄貴はこの新学期から二回生。
 エウフェーミアもほぼ確実に、同じような許可証を受け取っている頃だろう。

「そんじゃ、寝汚い坊ちゃまを起こせるのもひとまず残り一年か」
「おい訂正しろ。俺が朝寝坊なのは凍季の間だけだ」
「大丈夫か? ちゃんと一人で起きれるか?」
「ウッセェ! 起きるわ!」

 この二年でシリウスの煽りスキルはかなり上がった。
 同様に従者スキルもめきめき上がっているので、最近は叱られることもないようだ。読み書きができるようになり、遅れていた学習もかなり進んだ。今ではすっかり好青年……の皮を被った悪友になっている。


 それにしても、魔法学校かぁ~~。


 異世界に転生の時点で魔法の世界かもしれない、とは赤ん坊の頃から思っていた。案の定、家庭教師から魔法の理論や座学を教わることになったときは内心歓声を上げたものだ。

 だって魔法だぜ、魔法。
 何度でも言う。だって魔法だぜ、魔法!
 九歳の誕生日に杖を誂えてもらった喜びといったらなかったわ。ニコラとしての人生で一番興奮した瞬間だったな。

 シリウスがてきぱきと着替えの用意をしている傍らで、俺はサイドテーブルに置いてある杖を手に取った。

 執事に連れて行かれた王都の杖具店で誂えたのは、長さ約二〇センチと小ぶりな純白の杖。
 限られた場所にしか生えない珍しい木が原料で、魔力の伝導性がいいらしい。値段は聞いていない。執事が「聞かないほうがよろしゅうございますぞ」ってニッコリ笑ったから。

「やっと『本編開始』って感じだな……」
「ハ?」
「なんでもなーい」

 あらゆる物語の中でも、入学式から始まるものは多いはず。
 別にマンガやラノベみたいに波乱万丈な学園生活を送りたいわけじゃない。むしろ限りなく平和に過ごして、エウフェーミアがこれ以上傷つかず、穏やかに幸せに大人になれるのが一番だ。

 で、俺自身はマッタリと魔法を研究して、いずれは異世界の存在なんかも調査してみたいと目論んでいる。


 やっぱ多少は気になるもんな、俺が死んだあとのこと。
 二十七歳で死んで、時間の流れが同じであればあれから十四年、同い年だったやつらももう四十代か。
 あいつら、どんなおっさんになったんだろ。


「おいニコ。なにニヤニヤしてんだよ、入学許可証がそんなに嬉しいか?」
「いんや別に。今日から三日間は勉強も休みでのんびりできるなーって」
「おまえいつもダラダラしてんじゃねーか」
「失礼な!」

 寝間着をがばーっと脱ぎ捨てて、シリウスから投げ渡されたシャツに袖を通す。
 今年も変わらぬシリウスの悪戯っぽい笑みとともに、俺の平和な最後の一年がはじまった。



 このときの俺は、髪の毛の先ほどの可能性も考えちゃいなかった。



 かつて勇者によって封印された〈魔王〉を復活させようとする一派が、この年、再び動き始めるなんてこと。


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