10 / 138
第一章 俺と婚約者と従者
第9話 坊ちゃん、言い負かされる
しおりを挟む「だーって体が動いちまったんだからしょうがねぇだろ。悔しかったら俺より先に『ニコラ坊ちゃま! お逃げください!』って言えるようになれよ」
「ああああ命救われたはずなのに殴りてぇぇぇ」
「血の気が多いぜぇ、悪ガキ」
「ガキはどっちだ!」
ぎゃーすか文句を言いつつ大人しく羽ペンを動かすシリウス。
俺はその横でのんびりと読書に勤しんだ。
科学よりも魔法の発達が著しいこの世界には、テレビなんて勿論ない。
携帯もスマホもパソコンもない、ゲームもない映画もない。俺の娯楽はルフのお忍び散策と、黒曜やエウとの散歩、劇場での観劇、あと読書。
慣れるまでは物足りない生活を送っていたが、ああいうものは『ある』から『ほしくなる』のだ。
暇で暇でしょうがなかった赤ん坊の頃が一番苦しかったけど、それ以降はわりと吹っ切れた。
何よりこの世界、魔法がある。
俺にとってはこの国の歴史なんてファンタジー小説みたいなものだから、暇があれば歴史書を読むようになっていた。
もともと勉強は嫌いじゃない。やんちゃ坊主時代も定期考査では常に一位をキープしていたのでしばし『インテリヤンキー』とかいういかにも頭の悪い綽名で呼ばれたくらいだ(ちなみにその後『番長』『総長』と進化していった)。
昔は教科書以外の活字なんて拒否反応が出ていたが、根気強く政宗に小説を布教されたので大人になって克服したのだ。
現在、「たいへん優秀な坊ちゃんです」と家庭教師に褒められている。
「……ニコラは本当にオレでいいんだな?」
「なんだ、夕方の話の続きかよ」
シリウスは神妙な顔でノートを見つめている。
「そうだよ。魔力がなくて、魔法が使えなくて、魔物にビビッて動けなくなるような腰抜け従者でホントにいいんだな?」
「卑屈だなぁ。こっちに友好的ならともかく、あんなデカい魔物ビビって当たり前だろ。平然と『明日討伐する』とか言えちゃう親父殿がおかしいんだよ」
魔物というと人間に対して攻撃的なモンスターという印象があるが、こっちの世界ではそうではない。
動植物のうち、魔力を体内に蓄積できる種族を総じて〈魔物〉と呼ぶ。
人間基準での性質の善悪や、獰猛か否かはそこに関わらないのだ。
そして魔物は基本的に自然界に生息するものだ。町中で生きてきたシリウスは今日が初めての遭遇。
「なんつーか、おまえ、オレを雇って正解だよな……」
「急に自信満々になりやがったこいつ」
シリウスは諦めたように溜め息をついた。
「だって事実そうだろ。普通の新米従者だったら、主人が自分を庇って危ないところだったなんて申し訳なさすぎて首吊るわ。しかも領主の息子だぞおまえ。もっと自覚しろバカ」
「……ま、領主の息子に向かって『おまえ』呼ばわりできる従者、シリウスくらいかもなぁ」
しかも「バカ」って。
いま二人きりだから別にいいけどさ。
シリウスは新しいページを破ると、単語を一つ、淡々と書きだした。
習ったばかりでお世辞にもきれいとはいえない字だ。左から右への横書き。アルファベット七文字の……人名か。
書き終えたそれを俺へと差し出す。
「やるよ」
「なんだこれ。“アル”……」
「オレの真名だ」
「ま…………」
絶句した俺の顔を見たシリウスは気分よさそうにふふんと笑う。
真名とは〈魂の名前〉だ。
大気中に魔素の通うこの世界では、魔法によって魂を縛ることさえ可能になる。
ゆえに人びとは生まれたとき、親から名前を二つつけられる。
魂の名と、肉体の名と。
前者を真名、後者を仮名と呼び、普通生きるうえでは仮名を生涯名乗るものだ。
ニコラ・ロウは仮名。親父殿がつけた。
そして同時に、あの金髪美女母から真名をつけられている。
真名は他人に知られてはならないというのが常識で、例外となるのは結婚するときとか叙勲されるときとか──とにかく相手に命を託すような儀式の際だけだ。
そんな───
「そんな大事なもんをこんな安物ノートに書くんじゃないっ!!」
俺は咄嗟に、ページの端っこをランタンの火にかけた。
シリウスは仰天して「何やってんだおまえ!」と掴みかかってくる。真名を記した紙はぱちぱちと音を立てて燃え上がった。
あれっ、これいつ手放せばいいんだろ。
マンガとかでよくスパイが手紙を燃やすシーンがあったけど、灰皿とか今ないから落としたら机が燃える。それはまずい非常にまずい。この机は高いやつだ。
そんなふうに困っていたから、最後の一かけらが燃え尽きる際ちょこっと指を火傷した。
「あっちぃ」
「危ないだろバカ! 手ェ見せろ!!」
「バカァ!? テメーに言われたくねーわこのドアホッ!!」
「ドアホとは何だ! こちとら今のところおまえに返せるモンがそれ一つしかねーんだよこのボンクラ坊ちゃんが!!」
「ボンクラァァ!? 上等だシリウス表出ろ!!──いや待て冷静になろう」
「はっ……しまったいつもの癖でつい」
かなりの音量でケンカしてしまった。猛省。
胸倉を掴み合った状態で二人してドアのほうを見やるが、罵り合いを聞きつけた執事がやってくるとか、ナタリアが心配してノックしてくるとか、そういうことはなかった。
危ない危ない。
ひとまず互いに深呼吸して一旦落ち着き、椅子に座り直した。
「……俺はなにもシリウスを忠実な下僕にしたかったわけじゃないし、専用の騎士になってほしいと思っているわけでもないぞ」
「当たり前だろ、オレだっておまえの靴舐める気ねーわ」
「舐めさせる気もねえよ!?」
一通り怒鳴り合ってスッキリしたのか、シリウスはけろっとした様子で頬杖をつく。
「言っただろ。今のところ、おまえの厚意に対して返せるものはそれだけなんだ」
「……いらん!」
「でも知っちまったもんは返品できねぇなぁニコラ坊ちゃん?」
「あああああ記憶力がカスでないばっかりに!!」
「はっはっは」
どっちの立場が上だかわかったもんじゃねーな。
ごつんと勢いよく机に額をぶつけてみたが、頭の中にはしっかりと蚯蚓ののたくったようなシリウスの真名が刻まれてしまっていた。
真名のもつ意味は、重い。
例えるならこう、不倫してますとか隠し子いますとか、そのレベルの秘密を打ち明けられた気分だ。……例えが俗っぽい。俺の比喩表現の貧困さが露呈している。
「あ、言っとくけどニコラの真名はいらんから。悪党に捕まって拷問受けたら吐く自信しかねえし」
「薄情者ぉぉそれでも俺の従者かぁぁ」
「いやぁ、所詮誕生日プレゼント数年分と引き換えに雇われただけの只人なんで」
「ちくしょー一生こき使ってやる!!」
「はっはっは望むところだ」
落ち込む主人を眺めて楽しそうに笑うシリウスに、俺はがくりと肩を落とした。
それほどの大義を成し遂げたつもりはこれっぽっちもない。断固としてない。
……だけど、シリウスのその覚悟に応えられる友人ではいたいな。
そう思った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命
遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
【完結】憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる