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第一章 俺と婚約者と従者
第8話 森のなかの湖畔にて
しおりを挟む「なんでオレを雇った?」
黒曜に任せるまま森のなかを散策することしばらく、彼女はお気に入りの湖の畔で脚を止めた。水分補給がしたいらしい。
鞍から下りると、シリウスも若干ぎこちない動きで倣う。
「なんでシリウスを雇ったか、か」
「専属の従者がほしかったにしても、オレじゃなくたってよかったはずだろ。貴族の次男坊につくなら当然、魔法が使えて護衛も兼任できるべきだ。誕生日プレゼント数年分と引き換えてまでオレを雇う意味が、正直サッパリこれっぽっちもわからん!」
いっぺん疑問を口に出したことで開き直ったらしい。
さっきまでのモヤモヤした表情はどっかへ飛んでいき、ルフで一年間どつき合ってきた悪ガキがぶすっと唇を尖らせてそこにいた。
うむ、と俺は腕を組む。
なんでシリウスを雇ったかってそりゃあ──
「なんか貴族っぽいだろ。町の子どもを召し上げるって」
「…………」
「っていうのは嘘。冗談だからそんなマジで軽蔑すんな」
──いや。貴族に転生した物語としてはそういうパターンがある、っていう認識があったのは否定できないかも。
『大体そういう従者は、同性であれば主人に心酔して力強い味方になる』『異性であれば主人公に惚れる』というのが政宗の教えだ。都合が良すぎて本当かどうかは知らんが。
「……大前提として、俺はずっと前からおまえに声をかけるつもりでいたんだ」
「オレが只人なのはわかってただろ?」
「だからこそだよ。おまえは出会ったときから、人のために頭を下げられるような善人だった。俺は、魔力がないっていうただそれだけのために、おまえが不当に負い目を感じているのが気に喰わんかっただけ。只人の待遇についてはもっと改善されるべきだと領主の息子として考えている、従ってシリウスはその第一歩だ」
領主の息子として、っていっても親父殿の跡を継ぐのは兄貴と決まっているけど。
シリウスに会って初めて本物の只人と接した俺は、かつて魔法なんか使えなかったただの人間、それこそ只人として、なんだかなぁと思ったのだ。
魔法が使えないだけで他は全く同じ、身体的にも精神的にも問題や病気があるわけでもないのに、働き口もないっていうのは解せん。
「遅かれ早かれ声はかけてた。ただそうすると身分がバレるだろ。俺はお忍びで出かけたりオスカーとケンカしたりするのが気に入ってたんだが、さすがに何もかも今まで通りにはいかねえだろうなーと思うと気が進まなくてな」
「……まあ、さすがに領主の息子にケンカ売りにはいかねえよな。いくらオスカーが莫迦でも」
「だろ。この件についてはまた考える。──というわけで躊躇していたわけだが、ヨアナさんが病気になったとあっちゃ話は別だ。子どもには親が要る」
前の人生で死ぬ前に会ったのが、子ども生まれたてほやほやの幸せ夫婦だったからか。
婚約者となったエウフェーミアが、両親を亡くした痛みを抱えているからか。
子どもには親が必要だし、愛されて幸せになるべきだ。
そういう思いが漠然と、しかし確かに、胸の内にある。
「おまえには小さい弟や妹もいるし、ヨアナさんにはまだまだ長生きしてもらわねーとな。そのためには医者が必要で、長兄のおまえには仕事と教育が必要で、ついでに俺はおまえを雇いたかった。一石三鳥だ。納得したか?」
シリウスはフと笑った。
「したよ、嫌というほど。……感謝してる」
「そんないきなり殊勝にならなくても。気色わるっ」
「殴るぞ」
「主人に向かってなんて言い草だー」
「棒読みじゃねーか!」
シリウスはいつもの癖で足蹴にしようとして、慌ててやめた。
うん、土が服についてたら家令に怪しまれるからな。あのじいさん、たまに人外か妖怪かってくらい鋭いときあるし……。
「……ん?」
と、俺は眼前に広がる湖の水面に違和感を抱いて顔を上げた。
そう大きくもない湖だ。暖かい時期にはエウフェーミアと舟を出して遊んだこともある。
生息するのは、魔力の影響を受けてきらきらと青く輝く鯉や、同程度の大きさの魚、それと湖のヌシである黒亀、そのくらい。
だが、見覚えのない黒いシルエットがすぅぅっとこちらに近づいてきた。
「なんだあれ……」
「あれって?」
ボケッと眺めていた俺たちの目の前で、それは、勢いよく水飛沫を上げながら飛び上がる。
背丈よりも高く舞い上がったその巨体を思わず目で追ってしまった。
二メートルくらいありそうなでっかい魚だった。
丸くて黒い目、かぱっと開いた口蓋から覗く何百本もの鋭い歯。目と目の間に小さなツノが生えているのは、魔物の上位種の証。
なんか見たことあるぞ、こいつ。
ラブカだ。ラブカに似てる!
陸に打ち上がったその魔物はシリウスのほうを向いた。ビチビチと体をうねらせて水や泥を弾きながら、再び跳躍して凶悪な歯を剥く。
「「ギャアアアア!!」」
──魔法。
杖は乗馬服の内ポケット。
いや取り出していたら間に合わない。
頭より先に体が動いた。伸ばした腕でシリウスを突き飛ばす。
「ニコラ……!?」
魔物の歯は俺の腕を僅かに掠った。服をの切れ端を歯に引っ掛けたまま地面に落っこちて、ギャアギャアと怪獣のような咆哮を上げながらのたくっている。
「おおおおお腕千切れなくてよかったぁぁぁ逃げるぞ!」
「おっ、おう!!」
人間ならいくらでも素手で相手できるけど、魔物は無理!!
異変を感じた黒曜とヨルが駆けつけてきたので、俺たちは慌てて飛び乗り、脱兎の如く邸へと逃げ帰った。
魔物のせいでびしょ濡れになっていた俺たちは、帰りつくなりナタリアに叱られた。
俺の左袖がびりびりに破けていたことに気づいた執事に魔物の件を話すと、ナタリアは今度はひっくり返った。びっくりしたらしい。ごめん。
夕食後の親父殿によると、水鳥に餌として飲み込まれた魔物が、ちょうどあの湖にいるときに内側から喰い破って出てきたのでは、ということだった。
なんだそれグロい。
そして魔力持ちの鯉を喰い荒らして急激に成長し、水辺に近づいた俺たちを喰おうとした──と。
いやいやグロいな。俺あそこの鯉たちに名前つけて、それなりに可愛がってたんですけど。ちょっとショックだ。
「普通はそういうのってヌシに淘汰されるんだけど、うちの黒亀さまはおじいちゃんでさ。そろそろ代替わりの時期だから動けなかったんだろうって」
黒亀はかなり頑丈な甲羅の持ち主だから、喰われたということはないだろうが、二メートル級の魔物の相手はできなかったようだ。
「明日にでも親父殿が討伐に向かうとさ。俺も勉強でついて行ってくる」
「……ふん」
シリウスはご機嫌斜めだ。
これでもかってくらい眉間に皺を寄せて、手元のノートにアルファベットの書き取りをしている。夕食後のこの時間は俺との読み書きの練習タイムなのだ。
「ニコラおまえ、ああいうの二度とすんなよ」
「ああいうのって?」
「主人が従者庇ってどうすんだって言ってんだよ!」
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