ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

文字の大きさ
9 / 138
第一章 俺と婚約者と従者

第8話 森のなかの湖畔にて

しおりを挟む

「なんでオレを雇った?」

 黒曜に任せるまま森のなかを散策することしばらく、彼女はお気に入りの湖の畔で脚を止めた。水分補給がしたいらしい。
 鞍から下りると、シリウスも若干ぎこちない動きで倣う。

「なんでシリウスを雇ったか、か」

「専属の従者がほしかったにしても、オレじゃなくたってよかったはずだろ。貴族の次男坊につくなら当然、魔法が使えて護衛も兼任できるべきだ。誕生日プレゼント数年分と引き換えてまでオレを雇う意味が、正直サッパリこれっぽっちもわからん!」

 いっぺん疑問を口に出したことで開き直ったらしい。
 さっきまでのモヤモヤした表情はどっかへ飛んでいき、ルフで一年間どつき合ってきた悪ガキがぶすっと唇を尖らせてそこにいた。

 うむ、と俺は腕を組む。
 なんでシリウスを雇ったかってそりゃあ──

「なんか貴族っぽいだろ。町の子どもを召し上げるって」

「…………」
「っていうのは嘘。冗談だからそんなマジで軽蔑すんな」

 ──いや。貴族に転生した物語としてはそういうパターンがある、っていう認識があったのは否定できないかも。
『大体そういう従者は、同性であれば主人に心酔して力強い味方になる』『異性であれば主人公に惚れる』というのが政宗の教えだ。都合が良すぎて本当かどうかは知らんが。

「……大前提として、俺はずっと前からおまえに声をかけるつもりでいたんだ」

「オレが只人なのはわかってただろ?」

「だからこそだよ。おまえは出会ったときから、人のために頭を下げられるような善人だった。俺は、魔力がないっていうただそれだけのために、おまえが不当に負い目を感じているのが気に喰わんかっただけ。只人の待遇についてはもっと改善されるべきだと領主の息子として考えている、従ってシリウスはその第一歩だ」

 領主の息子として、っていっても親父殿の跡を継ぐのは兄貴と決まっているけど。
 シリウスに会って初めて本物の只人と接した俺は、かつて魔法なんか使えなかったただの人間、それこそ只人として、なんだかなぁと思ったのだ。

 魔法が使えないだけで他は全く同じ、身体的にも精神的にも問題や病気があるわけでもないのに、働き口もないっていうのは解せん。

「遅かれ早かれ声はかけてた。ただそうすると身分がバレるだろ。俺はお忍びで出かけたりオスカーとケンカしたりするのが気に入ってたんだが、さすがに何もかも今まで通りにはいかねえだろうなーと思うと気が進まなくてな」

「……まあ、さすがに領主の息子にケンカ売りにはいかねえよな。いくらオスカーが莫迦でも」

「だろ。この件についてはまた考える。──というわけで躊躇していたわけだが、ヨアナさんが病気になったとあっちゃ話は別だ。子どもには親が要る」

 前の人生で死ぬ前に会ったのが、子ども生まれたてほやほやの幸せ夫婦だったからか。
 婚約者となったエウフェーミアが、両親を亡くした痛みを抱えているからか。


 子どもには親が必要だし、愛されて幸せになるべきだ。
 そういう思いが漠然と、しかし確かに、胸の内にある。


「おまえには小さい弟や妹もいるし、ヨアナさんにはまだまだ長生きしてもらわねーとな。そのためには医者が必要で、長兄のおまえには仕事と教育が必要で、ついでに俺はおまえを雇いたかった。一石三鳥だ。納得したか?」

 シリウスはフと笑った。

「したよ、嫌というほど。……感謝してる」
「そんないきなり殊勝にならなくても。気色わるっ」
「殴るぞ」
「主人に向かってなんて言い草だー」
「棒読みじゃねーか!」

 シリウスはいつもの癖で足蹴にしようとして、慌ててやめた。
 うん、土が服についてたら家令に怪しまれるからな。あのじいさん、たまに人外か妖怪かってくらい鋭いときあるし……。

「……ん?」

 と、俺は眼前に広がる湖の水面に違和感を抱いて顔を上げた。

 そう大きくもない湖だ。暖かい時期にはエウフェーミアと舟を出して遊んだこともある。
 生息するのは、魔力の影響を受けてきらきらと青く輝く鯉や、同程度の大きさの魚、それと湖のヌシである黒亀こっき、そのくらい。

 だが、見覚えのない黒いシルエットがすぅぅっとこちらに近づいてきた。

「なんだあれ……」
「あれって?」

 ボケッと眺めていた俺たちの目の前で、それは、勢いよく水飛沫を上げながら飛び上がる。
 背丈よりも高く舞い上がったその巨体を思わず目で追ってしまった。


 二メートルくらいありそうなでっかい魚だった。


 丸くて黒い目、かぱっと開いた口蓋から覗く何百本もの鋭い歯。目と目の間に小さなツノが生えているのは、魔物の上位種の証。
 なんか見たことあるぞ、こいつ。
 ラブカだ。ラブカに似てる!

 陸に打ち上がったその魔物はシリウスのほうを向いた。ビチビチと体をうねらせて水や泥を弾きながら、再び跳躍して凶悪な歯を剥く。

「「ギャアアアア!!」」

 ──魔法。
 杖は乗馬服の内ポケット。
 いや取り出していたら間に合わない。

 頭より先に体が動いた。伸ばした腕でシリウスを突き飛ばす。

「ニコラ……!?」

 魔物の歯は俺の腕を僅かに掠った。服をの切れ端を歯に引っ掛けたまま地面に落っこちて、ギャアギャアと怪獣のような咆哮を上げながらのたくっている。

「おおおおお腕千切れなくてよかったぁぁぁ逃げるぞ!」
「おっ、おう!!」

 人間ならいくらでも素手で相手できるけど、魔物は無理!!
 異変を感じた黒曜とヨルが駆けつけてきたので、俺たちは慌てて飛び乗り、脱兎の如く邸へと逃げ帰った。




 魔物のせいでびしょ濡れになっていた俺たちは、帰りつくなりナタリアに叱られた。
 俺の左袖がびりびりに破けていたことに気づいた執事に魔物の件を話すと、ナタリアは今度はひっくり返った。びっくりしたらしい。ごめん。

 夕食後の親父殿によると、水鳥に餌として飲み込まれた魔物が、ちょうどあの湖にいるときに内側から喰い破って出てきたのでは、ということだった。
 なんだそれグロい。
 そして魔力持ちの鯉を喰い荒らして急激に成長し、水辺に近づいた俺たちを喰おうとした──と。
 いやいやグロいな。俺あそこの鯉たちに名前つけて、それなりに可愛がってたんですけど。ちょっとショックだ。

「普通はそういうのってヌシに淘汰されるんだけど、うちの黒亀さまはおじいちゃんでさ。そろそろ代替わりの時期だから動けなかったんだろうって」

 黒亀はかなり頑丈な甲羅の持ち主だから、喰われたということはないだろうが、二メートル級の魔物の相手はできなかったようだ。

「明日にでも親父殿が討伐に向かうとさ。俺も勉強でついて行ってくる」
「……ふん」

 シリウスはご機嫌斜めだ。
 これでもかってくらい眉間に皺を寄せて、手元のノートにアルファベットの書き取りをしている。夕食後のこの時間は俺との読み書きの練習タイムなのだ。

「ニコラおまえ、ああいうの二度とすんなよ」
「ああいうのって?」
「主人が従者庇ってどうすんだって言ってんだよ!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...