ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

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第三章 悪役と主人公は対峙する

第1話 政宗真一郎的アドバイス

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 寮の自室でベッド周りのカーテンを閉めきり、自宅から持ってきていた日記帳を開く。
 下手くそな日本語で書かれた『俺』の記録だ。


 二十年来の腐れ縁に、政宗真一郎という男がいた。


 縦にひょろ長くて、黒縁眼鏡で、不健康な色白のインドア派。標準装備は無表情、白の綿シャツにゆるっとした黒ズボンを毎日ローテしているものぐさ男。昔からマンガとラノベが好きで、政宗の部屋はちょっとした図書館みたいな有様だった。

 転生するちょっと前くらいには『異世界転生・転移』を題材とした作品にはまっていて、居酒屋で酒を飲み飲み、そのテの物語のちょっとした講評や分析を聞かされたもんだ。

 政宗について書き連ねたページを指先で追いながら、俺は脳内に二十七歳の政宗を召喚した。

 俺の中のあいつは二十七歳のまま止まっている。
 ダルそうな顔で召喚に応じた脳内政宗は、だるそうに「よう」と右手を上げた。

 おうおうおう、脳内政宗!
 テメエの講釈垂れた『転生パターン』見事に微妙にズレてんだよマジどうしてくれんだ……!

 開幕早々胸倉を掴むと、俺より数倍物騒な手つきで反射的に掴み返される。
 そうそう、こういうやつなの。血の気が多くて大変だった、マジで。

「いや知らんがな」

 知らんがなじゃねーわ!
 言語チートはねぇわスローライフ系と見せかけて婚約者はワケありだわ、シリウスのことは措いといても『主人公組』のこと思い出したときにゃ本編始動後ってどういうことだコラ!

「それはおれのせいじゃない。おまえが思い出すのが遅いだけ」

 仰る通りですけれども!!

「やーいまぬけー」

 そうなのである。

 例の日記帳をぺらぺらめくってみると、初恋の女の子のことを書いている辺りに、『図書室で本を借りて持っていったら喜んでた』『主人公二人組。悪役の坊ちゃんがどうたらこうたら』という記述があったのだ。
 ただ『ニコラ』という名前がそこに結びついていなかっただけ。

 脳内政宗はいつもの無表情で、ニコラの俺を見下ろす。

「まあ落ち着け。思い出すタイミングがいつだったにせよ、死亡フラグがあるのならばそれを回避する、それが悪役に転生した者の命題だ」

 ほうほう。

「世の中の悪役転生ものにゃ、本編終了の断罪・追放エンドの瞬間に記憶を思い出すようなタイプもあるんだぞ。最終的にはザマァするといってもどん底からの這い上がり人生、それを思えば物語序盤のおまえなんかマシマシ」

 なるほど?

「まあ俺としては、乙女ゲーだろうがRPGだろうが何だろうが、原作の本来の展開を捻じ曲げるっていう考えが理解できんがな。決められた運命を切り拓く主人公という形式の美がテーマにあろうとも、原作は原作、公式こそが神である。あらゆる登場人物の悲劇も、死も、善も悪も、全て物語の結末に向かって在るべきなのだ」

 ばごんっ、と脳内政宗が分厚い本を振り下ろす。痛い。
 俺の脳天をぶちのめしたその単行本の表紙には、栗色の長い髪を遊ばせた少女と、黒髪に黒縁眼鏡の少年が描かれていた。

 リディアとアデル。主人公たち。

「つか脳内会議なんてキモメタいことやってんじゃねー、このスットコドッコイ」


 なんで脳内に再現しただけの記憶の塊に罵倒されなきゃなんねーんだよ!!


 なんかイラァッとしたので日記帳を勢いよく閉じた。
 ぽふっ、と脳内政宗が煙を立てて消えていく。ちくしょうめ。あいつ遠回しに『大人しく石化ルートを受け入れろカス』って言いやがった。

「ニコラー? どうかしたのか?」

 日記帳を閉じた際に音を立てたからか、隣のベッドでごろごろしているトラクがカーテン越しに声をかけてきた。

「ああいや、なんでもない。気にしないでくれ」
「ならいいけど。あんま根詰めないようにしなよぉ、まだ学生生活は始まったばっかりなんだからさ」

 眠たそうに欠伸をしたトラクの言葉に、俺はひっそりと苦笑した。


 ──入学式から二週間。
 結局俺の時間割は、エウとトラクに合わせるかたちで決定した。

 エウは体力に無理のないよう俺よりも時間数は少なめ。俺も自分の体と頭に都合つけつつ、トラクの熱烈勧誘を断りきれないまま、事務局に履修登録をした。

 配布されていた用紙に学校指定のインクで時間割等を書き込み、それを提出すると、事務員さんたちはニコリと笑って紙面を指先でなぞったのだ。
 するとふわりと浮き上がった俺たちの文字が、壁一面の黒板に書かれた時間割一覧へと飛んでいった。
 こうして学生たちの履修登録を管理しているらしい。

 科学の発展が遅いのもなんとなく納得。あんな魔法があるなら、パソコンでデータ管理する必要ないもんな。

 実のところ、いまだにスマホやパソコンが欲しいと思うことはある。だってやっぱり、全部一緒くたになった文明の利器は便利だった。


 ──そんな俺に。


 本日は心強い味方がいる!!
 いや、スマホほどではないけどな。

「ねえトラク。こっちの枕元でアロマを焚いても大丈夫かな」
「アロマ? 別に構わないけど、なんの匂い?」
「ルチルピオニー。兄上に譲っていただいたんだ」

 ルチルピオニー。ベルティーナ王国北部に咲く透明な花だ。
 その成分にはリラックス効果が含まれており、精製する際の〈智〉の魔法によって、記憶の整理の手助けをしてくれるとされる。

 なーんていうと、いかにも女子の好きなおまじないっぽいけど、魔法の世界では実際にご利益があるからバカにできない。

 死亡フラグが確定しているにも拘わらず、そこに至るまでの詳細をキレイさっぱり憶えていない俺にとっては頼みの綱の最終兵器。
 兄貴が勉強中たまにルチルピオニーを焚いているので、ちょっくらおねだりしてみたのだ。

 いやぁまさかこの俺がアロマを焚く日がくるとは。
 つくづくニコラの外見が美少年で助かったー。もとの中の中やんちゃ坊主の顔面でアロマなんてギャグにしかならんからなー。

 いそいそとヘッドボードの収納部分にアロマキャンドルをセットし、枕元に置いてある杖を一振り。

「“火の精霊シルヴォよ、夜の灯火を与えたまえかし”」

 この世界の大気に通う〈魔素マナ〉を根底とし、自らの魔力と祈詞れいしによって〈隣人たち〉の助力を乞い、杖によってその力の方向や威力を調節する、〈魔法〉。
 そもそも概念のない世界での二十七年分の人生があるせいで、最初は〈隣人たち〉の存在にも懐疑的だったが、杖を与えてもらった九歳を境に俺の魔法は飛躍的に上達した。

 馴染んだなぁ、と思う。

 ニコラとしての振る舞いが板につけばつくほど、日本での俺にはもう戻れないのだと実感する。
 俺の中の政宗はいつまでも二十七歳のまま。
 きっといつか、声も、顔も忘れる。


 ……俺が死んだと聞いて悲しんだか、政宗。


 日記帳と杖を枕の下に隠し、俺はふかふかの布団を被った。

 ルチルピオニーの甘い香りが漂いはじめる。
 扨て、記憶の整理を手助けしてくれるという叡智の女神ハルジア。そのお手並み拝見といくか。
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