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第三章 悪役と主人公は対峙する
第2話 シリウスからの手紙
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親愛なるニコラ坊ちゃま
凍季の寒さも徐々に和らぎ、ルフの町にも芽生えの乙女がやって参りました。
ニコラ坊ちゃまと王都までを旅してから、早いものでひと月が経ちましたが、いかがお過ごしでしょうか。
まだ少し寒いからといっていつまでもお布団のなかでぐだぐだして、ルームメイトを困らせてはいませんか?
好奇心に任せて学院の敷地内を練り歩き、エウフェーミアお嬢さまを連れ回していませんか?
ちゃっかり者の貴方さまのことですから、毎日お元気に過ごされているかと存じますが、『ニコラ坊ちゃま』は些か敵を作りやすい振る舞いがお得意ですから、シリウスは心配です。
どうか学院から呼び出しがかからないよう、平和な学校生活を送ってくださいませ。
ルフの町はいつも通りです。
森の中に〈暁降ちの丘〉がありますから、昨年第四の月の事件の際は驚いたものですが、坊ちゃんたちが学院に向かわれたあとも特になにも起きていません。
魔法教会や王立騎士団からの派遣部隊、ヴェレッダ騎士団による巡回もありますので、すこし物々しい感じはしますけれど。
ともかくこちらは何事もなく、平和に、恙なく過ごしています。
そうそう、ヴェレッダ騎士団に入団したオスカーのことを覚えておいでですか。
先日、町にお使いに出た際に彼の実家で花を買ったのですが、ご家族によると元気に剣と魔法の修行をしているようですよ。
坊ちゃまよりも一足早く、最前線で町を守れるようになることが嬉しいみたいです。
次に町中で会ったときの手合わせが楽しみですね。
ロウ家使用人一同も、皆元気にしています。
ただ、入学式のあとでエウフェーミアさまとのお写真が送られてきて以降、坊ちゃまからの便りが一つもないということで、家令やナタリアさんがたいそう心配しています。
便りがないのはよい報せともいいますが、死ぬほどお忙しいのでなければ、ぜひ彼らを安心させてやってくださいね。
これから暖かい季節になってまいりますが、くれぐれもお体を大切に、エウフェーミアお嬢さまのことも大切に、仲良くお勉強に励んでくださいね。
『ニコラ坊ちゃま』の正義感の強いことは素晴らしいと思いますけれど、いかんせん気の強すぎるところもおありですから、むやみやたらとケンカは売らないように。元悪ガキのシリウスからのお願いです。
それでは、坊ちゃまに天海のくじらのご加護がありますように。
愛を込めて シリウス
◇ ◇ ◇
数年前に較べればかなり達筆になったシリウスからの手紙を睨みながら、俺はコーヒーを啜った。
「シリウスからのお手紙、なんだって?」
隣で朝食のパンを千切っていたエウがこてりと首を傾げる。
そっと手紙を元通りに畳み、封筒に収めた。
何も知らない生徒が周囲に大勢いる学院で、誰に見られても支障ないように丁寧語で認めたのだろうが、一周回って慇懃無礼だしそれも通り越して胡散臭い。
いかに丁寧に嫌味を書くか、ニヤニヤしながら羽ペンを握るシリウスが思い浮かぶようだ。
「みんな元気にしているし、ルフは何事もなく平和だって。あと一度ナータたちに手紙を出せとも」
ついでに「朝ちゃんと起きてるか」「エウは元気か」「敵つくってないか」「おまえは意外と口が悪いんだから誰彼構わず突っかかるなよ」という内容だったが、それはそれとして。
「みんな元気ならよかったね。ちゃんとお返事しなきゃダメだよ」
「ああ、今日の空き時間にでも書くよ」
今日も今日とてお坊ちゃまモード全開のキラキラスマイルを向けると、ようやく慣れたエウもへにゃっと笑った。
一限がすでに始まっている時間なので、食堂はあまり混み合っていない。ゆっくりと朝食を終えた俺たちは、婚約者らしくバルバディアの敷地内を一緒に歩いてお散歩しつつ寮に戻った。
自室の扉を開ける。
トラクは一限を受けているから誰もいない。
勉強机の一番上の抽斗は、貴重品を管理するための魔力認証がついている。持ち主以外には空けられないその抽斗を引いて、古びた日記帳を取り出した。
教科書や筆記具とまとめて授業用のカバンに放り込む。
「あー、そうだ手紙手紙。シリウスは別にノートの切れ端でもなんでもいいけど、ナータたちにはちゃんとした紙じゃないとなぁ」
バルバディア敷地内の中心部には、『本塔』と呼ばれる塔がある。学院の事務局や購買部など、色々な部署が集まっている建物だ。
上部は時計塔になっており、授業の開始と終了を知らせる鐘はここで鳴る。
購買部には、寮生活で必要になる日用品が販売されている。遠く離れた家族に出すためのレターセットも同様。
ただし、明日と明後日の休息日は閉まってしまうのだ。
「休日にわざわざ買い物に出るのもめんどくせーし、四限に購買行っとくか……」
ということで、久々に財布も引っ張り出してみた。
一応坊ちゃんなので小遣いに余裕はあるのだが、寮生活なんてしていると使いどころがないのだ。
休息日には王都の城下町に出かけることができるし、通販なんて便利な制度もあるみたいだが、今のところ困っていない。
なんとなしに俺は、窓の外に広がるバルバディアの尖塔群を振り返った。
「入学式からひと月か……。なんだかんだ、あっという間だったな」
新年のはじまりとともに凍季の寒さは徐々に和らぎ、深奥の森の広葉樹林は色鮮やかな葉をつけはじめた。
芽吹きの乙女ユフィと芽生えの乙女ミア、双子の女神の吐息がベルティーナ全土を駆け巡り、一斉に花々が開花する。虫が動き出し、凍季の眠りについていた動物や魔物が顔を出す。
長く穏やかな温暖期の始まりだ。
「履修登録から二週間過ぎ。ベルティーナに花が咲く頃。担当教諭の都合で初っ端から二回も休講になった魔術学、その最初の授業。……今日だな」
何かというと、物語序盤、リディアに起きる第一の試練が、である。
はあ、憂鬱。
凍季の寒さも徐々に和らぎ、ルフの町にも芽生えの乙女がやって参りました。
ニコラ坊ちゃまと王都までを旅してから、早いものでひと月が経ちましたが、いかがお過ごしでしょうか。
まだ少し寒いからといっていつまでもお布団のなかでぐだぐだして、ルームメイトを困らせてはいませんか?
好奇心に任せて学院の敷地内を練り歩き、エウフェーミアお嬢さまを連れ回していませんか?
ちゃっかり者の貴方さまのことですから、毎日お元気に過ごされているかと存じますが、『ニコラ坊ちゃま』は些か敵を作りやすい振る舞いがお得意ですから、シリウスは心配です。
どうか学院から呼び出しがかからないよう、平和な学校生活を送ってくださいませ。
ルフの町はいつも通りです。
森の中に〈暁降ちの丘〉がありますから、昨年第四の月の事件の際は驚いたものですが、坊ちゃんたちが学院に向かわれたあとも特になにも起きていません。
魔法教会や王立騎士団からの派遣部隊、ヴェレッダ騎士団による巡回もありますので、すこし物々しい感じはしますけれど。
ともかくこちらは何事もなく、平和に、恙なく過ごしています。
そうそう、ヴェレッダ騎士団に入団したオスカーのことを覚えておいでですか。
先日、町にお使いに出た際に彼の実家で花を買ったのですが、ご家族によると元気に剣と魔法の修行をしているようですよ。
坊ちゃまよりも一足早く、最前線で町を守れるようになることが嬉しいみたいです。
次に町中で会ったときの手合わせが楽しみですね。
ロウ家使用人一同も、皆元気にしています。
ただ、入学式のあとでエウフェーミアさまとのお写真が送られてきて以降、坊ちゃまからの便りが一つもないということで、家令やナタリアさんがたいそう心配しています。
便りがないのはよい報せともいいますが、死ぬほどお忙しいのでなければ、ぜひ彼らを安心させてやってくださいね。
これから暖かい季節になってまいりますが、くれぐれもお体を大切に、エウフェーミアお嬢さまのことも大切に、仲良くお勉強に励んでくださいね。
『ニコラ坊ちゃま』の正義感の強いことは素晴らしいと思いますけれど、いかんせん気の強すぎるところもおありですから、むやみやたらとケンカは売らないように。元悪ガキのシリウスからのお願いです。
それでは、坊ちゃまに天海のくじらのご加護がありますように。
愛を込めて シリウス
◇ ◇ ◇
数年前に較べればかなり達筆になったシリウスからの手紙を睨みながら、俺はコーヒーを啜った。
「シリウスからのお手紙、なんだって?」
隣で朝食のパンを千切っていたエウがこてりと首を傾げる。
そっと手紙を元通りに畳み、封筒に収めた。
何も知らない生徒が周囲に大勢いる学院で、誰に見られても支障ないように丁寧語で認めたのだろうが、一周回って慇懃無礼だしそれも通り越して胡散臭い。
いかに丁寧に嫌味を書くか、ニヤニヤしながら羽ペンを握るシリウスが思い浮かぶようだ。
「みんな元気にしているし、ルフは何事もなく平和だって。あと一度ナータたちに手紙を出せとも」
ついでに「朝ちゃんと起きてるか」「エウは元気か」「敵つくってないか」「おまえは意外と口が悪いんだから誰彼構わず突っかかるなよ」という内容だったが、それはそれとして。
「みんな元気ならよかったね。ちゃんとお返事しなきゃダメだよ」
「ああ、今日の空き時間にでも書くよ」
今日も今日とてお坊ちゃまモード全開のキラキラスマイルを向けると、ようやく慣れたエウもへにゃっと笑った。
一限がすでに始まっている時間なので、食堂はあまり混み合っていない。ゆっくりと朝食を終えた俺たちは、婚約者らしくバルバディアの敷地内を一緒に歩いてお散歩しつつ寮に戻った。
自室の扉を開ける。
トラクは一限を受けているから誰もいない。
勉強机の一番上の抽斗は、貴重品を管理するための魔力認証がついている。持ち主以外には空けられないその抽斗を引いて、古びた日記帳を取り出した。
教科書や筆記具とまとめて授業用のカバンに放り込む。
「あー、そうだ手紙手紙。シリウスは別にノートの切れ端でもなんでもいいけど、ナータたちにはちゃんとした紙じゃないとなぁ」
バルバディア敷地内の中心部には、『本塔』と呼ばれる塔がある。学院の事務局や購買部など、色々な部署が集まっている建物だ。
上部は時計塔になっており、授業の開始と終了を知らせる鐘はここで鳴る。
購買部には、寮生活で必要になる日用品が販売されている。遠く離れた家族に出すためのレターセットも同様。
ただし、明日と明後日の休息日は閉まってしまうのだ。
「休日にわざわざ買い物に出るのもめんどくせーし、四限に購買行っとくか……」
ということで、久々に財布も引っ張り出してみた。
一応坊ちゃんなので小遣いに余裕はあるのだが、寮生活なんてしていると使いどころがないのだ。
休息日には王都の城下町に出かけることができるし、通販なんて便利な制度もあるみたいだが、今のところ困っていない。
なんとなしに俺は、窓の外に広がるバルバディアの尖塔群を振り返った。
「入学式からひと月か……。なんだかんだ、あっという間だったな」
新年のはじまりとともに凍季の寒さは徐々に和らぎ、深奥の森の広葉樹林は色鮮やかな葉をつけはじめた。
芽吹きの乙女ユフィと芽生えの乙女ミア、双子の女神の吐息がベルティーナ全土を駆け巡り、一斉に花々が開花する。虫が動き出し、凍季の眠りについていた動物や魔物が顔を出す。
長く穏やかな温暖期の始まりだ。
「履修登録から二週間過ぎ。ベルティーナに花が咲く頃。担当教諭の都合で初っ端から二回も休講になった魔術学、その最初の授業。……今日だな」
何かというと、物語序盤、リディアに起きる第一の試練が、である。
はあ、憂鬱。
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