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第五章 期末テスト大騒動

第4話 坊ちゃんは悪役っぷりが負けている

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「それでは最後に試験内容を発表する!」

 高いヒールの踵を鳴らしながら仁王立ちしたアンジェラ先生の発言に、生徒たちは背筋を伸ばした。
 俺も本日の授業ノートを閉じ、机の上で指を組んで先生を見つめる。

 罰則は結局、アデルを抜いた二人で残り三日間をこなして終了。
 週は明け、来週頭から期末考査が始まるということで、今日から試験内容が続々と発表されるようになる。前々から「期末はレポート提出」とか「ペーパーテストを行う」とか告知されているものもあるが、アンジェラ先生の魔法学Ⅰ(R)はこれが初出だ。

 魔法学はやばいらしい。
 ⅠからⅣまで、満遍なくやばいらしい。

 という噂だけは聞いていたものの、具体的に何がどうやばいのかは、どの先輩たちも口を閉ざして教えてくれなかった。兄貴やルウですら。

「魔法学Ⅰ(R)の試験は、試験期間中の休息日であるほたる日を丸一日使って行う」


 ──いや休息日なんだから休息させろよ。


 教室中の生徒たちの心の叫びが一致した瞬間だった。
 虚無の目になる生徒たちのもとに、アンジェラ先生の浮遊呪文でプリントが配布される。

「場所は〈深奥の森〉魔法演習場オルテガ。演習場内を迷路に改造するので、きみたちには二人一組のペアを作ってその迷路を攻略してもらう。四つの入口から四組が一斉にスタートし、会場内に設置された十五のチェックポイントを可能な限り回収、最後にゴールを目指すこと。それぞれのチェックポイントには問題が掲示してあるので、その解答内容によっても加点される」

 演習場を迷路に改造って。
 さすが魔法学院、規模が頭おかしい。

「試験監督として多数の先生方や騎士団の面々にも同席してもらい、きみたちの魔法の腕前、協調性、状況判断、純粋な知識等様々な観点から総合的に得点を判定していただくこととなる。制限時間は一時間、迷路内にはわたしの用意した妨害魔法もあるので、引っかからないよう気をつけろ」

 魔法学Ⅰではこれまで、ごく基本的な魔法理論の徹底したおさらいと、二つの性質を操る複合魔法まで学んできた。
 俺の場合ほとんど家庭教師の先生に教わった内容のおさらいだ。

 ……その程度の授業内容のわりに、試験が大がかりすぎる。

 一年の総決算とかいうならまだしも、まだ入学して半年だぞ。
 密かに眉を顰めながら見下ろしたプリントには、先程アンジェラ先生が言った内容の他、細かいルールなどが明記されていた。


一、二人一組のペアと試験順は当日発表
二、あらゆる魔法の使用を許可する
三、持ち物は原則杖のみとする
四、例外的に、許可のある者のみ一定の触媒の持ち込みを可とする
五、他ペアの妨害を目的として魔法を行使した者は即失格とする


 四つ目はきっと、リディアとアデルのための記述だろう。
 魔法学Ⅰ(R)の受講人数は、昨年度単位を落とした先輩も含めて四十八名。〈精霊の眼《まなこ》〉持ちで魔術の技術に問題ないアデルはともかく、リディアとペアになる生徒が絶対的に不利なような……。

 んでもって、なんだかいかにもニコラとリディアがペアになりそうなイベントでもあるな。

「きみたちにとっては、己の魔法のレベルを客観的に見極める最初の機会になるだろう。健闘を祈る」

 嫌な予感がする。ひしひしと。

 涼しい顔の下でやだなぁ~~とゴネていると、時計塔の大鐘が授業終了を告げた。
 アンジェラ先生がカツカツと踵を鳴らしながら退室していく。すると即座に講義室の後方で「あぁら」と甲高い声が上がった。
 デイジーだ。

「ごめんあそばせ! 何かにぶつかったと思ったら、只人さんでしたか」

 今日もバッチリくるりと巻いた炎髪に、濡れた果実のような橙色の眸。今のところニコラ以上に悪役らしい悪役っぷりを披露しているご令嬢だ。
 常に二、三人の取り巻きを引き連れているのだが、そいつらも例によって自称ニコラ派、血統主義の色濃い貴族の血筋である。

 対するリディアは、ぶつかった拍子に地面に落ちたプリントを拾おうと屈んだところだった。

「あなた方のペアになる方が心の底から不憫ですわ。精々只人は只人同士で組んで、お互いの足を引っ張り合ってくださいな!」

 デイジーが、スカートの中に隠れた脚を勢いよく振り下ろすのが見える。
 さすがに焦って声を上げた。

「デイジー!」

 それはイカン!!
 それはいかんぞぉぉ、陰湿すぎる、女子コワイ……!
 そう思う心とは裏腹に、お坊ちゃまモードの俺の声は低い。

 動きを止めて澄まし顔でこちらを見たデイジーに、俺は百点満点のキラキラスマイルを浮かべた。

「全く、足癖が悪いレディだね……。かえってきみの靴が汚れてしまうから、やめておきたまえ」
「はああああっ!?」

 リディアがカッと目を見開く。
 やめろやめろ、噛みつくな! せっかくデイジーの脚が止まったのに!

 というか何をしてるんだ俺は。魔王が復活したときのために悪役を全うしてリディアの踏み台になると決めたというのに。でもやっぱさぁ屈んだ女子の手を踏み躙るのはちょっと陰険すぎるんだよなぁぁ俺そういうのムリ!

 ──と内心荒れ狂う心はおくびにも出さず。

「迂闊に只人やその持ち物に触れて、僕らまで魔力を失くしたりしたら大ごとだよ。魔術を使うたびに爆発する人なんてどうせ落第に決まってる。広い心で見守って、ぜひ応援してやろうじゃないか」
「あら、ニコラったらお優しいこと。聞きまして?」

 小首を傾げたデイジーに、取り巻き二人がうんうんとうなずく。

「ええ、確かにわたくしたち、この只人さんたちを見守って差し上げるくらいの余裕は持ちませんとね」
「さすがギルバートさまの弟君ですわ。只人さんに対してもご慈悲の心をお持ちなのね」

 おい、そこ。
 悪役モードのニコラとあの人畜無害な兄貴を結び付けるな。怒るぞ。


「兄上は関係ないだろう」


 思ったよりも冷たい声音になったらしく、デイジーたちが押し黙る。

 気づけば講義室の入口には次の授業を受ける先輩たちが屯していた。俺たちがギスギスしているせいで、入るに入れなかったようだ。

 しかも、兄貴がいる。
 なぜだ。次の時間にこの教室で授業があるわけでもないはずなのに。

「行こう、エウフェーミア」
「あ、ニコ……」

 兄貴がいるのは教室前方の入口付近だ。
 戸惑うエウの細腕を掴んで後方から教室を出ようとしたが、「ニコラ」と、珍しく愛称でなく俺を呼んだ声に足が止まる。

「五限終わりに、教室で待っておいで」
「…………ハイ、兄上」

 やべえ怖えぇ。
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